2007/5/5

ツェルニー没後150年  音楽

「ピアノを習った人なら誰もが知っているツェルニー。
『ツェルニー100番』から『同30番』『40番』『50番』と一冊ずつ難易度が高まる一連の練習曲集を軸として、日本のピアノメソッドは組み立てられてきたと言っていい。
『50番』をマスターすれば、大半の古典・ロマン派のピアノ曲は弾けるはずだが、多くの学習者はその手前で落伍する。
退屈な練習曲を繰り返し弾かされた事で、ツェルニーには恨み骨髄という人も少なくない・・・」


この冒頭で、今日の東京新聞に「ツェルニー没後150年」の記事が載っていました。
【ツェルニーには恨み骨髄】(笑)・・私もその中の一人であったかもしれません。

私達の時代はツェルニーは当たり前でした。
「やだなあ〜」と思いながらも練習するものと諦めていました。

でも今は子供達にツェルニーを練習するだけの時間が無いのが現状で、また仮にあったとしても、どれだけの子供達がこの厄介で面白くない練習曲をやり続ける根性があるでしょうか・・・。

このツェルニー、ベートーヴェンの弟子で、リストの師でありました。
ご存知でしたか?

実はツェルニーには800を超える作品があり、それは交響曲・室内楽曲・ピアノ曲・歌曲・宗教曲と、オペラを除く全てのジャンルに及んでいます。
練習曲は氷山の一角。

私も知りませんでした・・全然。

ツェルニーはこうした芸術作品と練習曲を初めて明確に分けて書いた革新的な作曲家だったと、楽友協会のオットー博士は言っております。

「子供には音楽的に易しいものを与えることで、練習が機械的にならないよう、楽しく学べるように、と。
それが、音楽的に平易だからとわざわざ機械的に非音楽的に扱われ、退屈な指の運動が「ツェルニー」になっていったとは・・」

とオットー博士は結んでいます。

私はこの記事を読み、ツェルニー先生に申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。
珍しく反省しました。

生涯独身で身寄りのなかったツェルニーは、残した莫大な財産を
・楽友協会(ウィーン)
・音楽家の年金
・修道士(女)の病院
・目や耳の不自由な人々の学校

に1/4ずつ寄付したそうです。

【金曜日】
昼・・ご飯、納豆、目玉焼き、ウインナー
夜・・青椒肉絲、、大根サラダ、キムチ、お味噌汁
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