2010/4/30

やさしい曲の難しさ  ピアノ

コンクールやコンサートの話題が続きましたが、
そういうところで弾くような難しい曲にだけ、
価値があると思っているわけでは、もちろん、ありません。

先日、大変胸を打たれたのは、
県境を複数越えた遠くから、ブルクミュラーを持って
レッスンに来られたピアノの先生の姿勢でした。
もうすぐ赤ちゃんが生まれるので、
レッスンは続けられないのですが、
生徒さんたちに教えている事がこれでいいのかどうか、
県内の先生に習っても納得がいかない所があったようで
私のHPを読んで、どうしても、赤ちゃんが生まれる前に
レッスンを受けたかったのだそうです。

どういう曲で勉強しても、学んだことの中の何かを
小さな生徒さんたちのために生かすことはできますが、
限られた時間しかレッスンを受けられない状況の場合は、
今、実際に教えている、その曲でレッスンを受ければ
一番違いが分かりやすく、そのままレッスンに役立てられるわけです。

音大を出たピアノの先生が、遠くから、ブルクミュラーを持って
生徒さんたちのためにレッスンを受けに来るというその姿勢に、
本当に感動しましたし、心から嬉しく思いました。

札幌でも、近々演奏会がない時とか、
人前で演奏する気はない、という場合、
チェルニーの8小節の練習曲やバッハのインヴェンションなどで
ピアノの先生方がレッスンを受けることは実際にありますし、
私の方からお勧めすることもあるくらいです。

ここをご覧のピアノの先生方で、
生徒さんたちのために勉強したい気持ちはあるけれど、
難しい曲を練習する余裕はないし、かといって、
あまり易しい曲でレッスンに行くのは恥ずかしいとか、失礼では・・とか、
迷っている方がいらしたら、
全然そんなことはありませんから、
ブルクミュラーでも、チェルニーでも、
本当に、どうぞ、ご遠慮なく。。。(^^)

易しい曲を、ほんとうに素敵に弾くのは、実は、けっこう難しいのです。

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2010/4/25

うれしい報告♪  ピアノ

うれしい報告は、こだまのように返って来るのでしょうか?(笑)
このブログでコンクールのことを報告した後、
門下生の皆さんからのうれしい報告が次々入って来ています。

私の紹介で、ピアノと平行して別の音楽の勉強も始めたピアノの先生は
そちらのレッスンにも大感激で、通じるものがあるとのこと。
「こんなに音楽の勉強が出来て幸せです☆」という文の
最後の☆がキラキラ光っているようでした。

先日東京でレッスンした中に、コンサートを控えた方が
一人と一組(連弾)いたのですが、どちらも無事に終わって、
本当に充実した本番の様子が伝わって来るような、
生き生きとした報告メールが2日続けて届きました。
どちらのメールも、
「先生のレッスンのお蔭です。」とか
「感謝の気持ちでいっぱいです。」と、熱く書かれていて、
本当に胸が一杯になりました。

ありがとう!!よかったですね♪
心から嬉しいです。またレッスンがんばりますね。p(^^)q

そして、今日は、レッスンの帰り際に、
「あの・・報告なんですけど・・・結婚することになりました♪」と
にっこにこの笑顔で、サプライズ報告をしてくれたピアノの先生も♪

大勢の生徒さんはそのまま教え続け、連絡先も変わらず、
お仕事上は旧姓のまま通すそうで、
同じお名前のままで、今年もKitaraに出演するとのこと。

お幸せに!!!! v(^^)v

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2010/4/17

東京レッスン発展中♪  ピアノ

コンクール後は、14日水曜までレッスンして最終便で帰って来ました。
今月の東京レッスンではピアノの先生が一度に3人も増えました。

30歳過ぎたら指が動かなくなると先輩に言われ、怖くなって、色々調べて私のHPに辿りついた・・という20代のピアノの先生は、今回の初レッスンで、「30歳過ぎても指が動かなくならない弾き方」を知り、その場で、少しですが、今までとは違う弾き方ができて音も雰囲気も変わり、「すごい!・・先生、凄いですね!」とびっくりしてくれましたし、とにかく、皆さん、キラキラの笑顔になってくれて、本当に嬉しかったです。

レッスンを継続している皆さんの中には、1日で、連弾2時間、ソロ2時間、合計4時間というレッスンを受けたピアノの先生も。。。
素晴らしい集中力でした。
そして、ピアノの先生同士の連弾は、もう、もう、こちらが楽しくて仕方がなくなってしまう激変ぶりでした。その日のうちに届いた、連弾の方からのメールです。

………………………
先程は、実り多いレッスンをありがとうございましたハート。今日レッスンを受ける事が出来て、本当によかったです^o^!
先生のアドバイスが、とてもわかりやすく、自分の気付けなかったところを上手く導いて下さり、もやが晴れて視界がくっきりするようでした^o^
集中力の調整、オケの一員とソリストとの切り替え、(中略)・・全てとても納得できました´▽`。また違ったイメージになり、弾くのが楽しくなれそうです♪x3

音楽ってどんどん変われるんですね♪x3。先生に出会ってから、それを改めて感じる事が出来て、本当に幸せですハート (後略)
……………………

本当に幸せですハートと言ってもらえて、私こそ、本当に幸せですハート


左腕の神経が完治しなかったから今の私がある、と、下の記事に書きましたが、もちろん、それだけではなく、幸運にも素晴らしい先生方に出会え、良い事を沢山教えて頂いて、その知識の積み重ねの上に神経のケガがあったから、それを「ラッキーなこと」に変えられました。
そういった幸運やラッキーと、長年ピアノというものを探求してきた成果が形になった弾き方や表現法を、少しでも分かりやすく伝える工夫をするのが、今はとても楽しく、それを受け取ってもらえると、とても幸せです。

その幸せをエネルギーにして、手の神経の病気も「ラッキーなこと」に変えようと思います。

下の記事にさっそく反応があり、どうやら同じ病気らしい方から、私の文章を読んで元気づけられたと、お礼のメールを頂きました。ありがとうございます。お互い、前向きに病気と闘いましょう♪
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2010/4/14

困難は進歩のためにある  

実は、昨年後半から、手が動きにくくなる神経の病気になり、まだ闘病中です。リウマチに似た症状ですが別の病気です。
音楽を聴くのが体に悪いという耳の病気と、耳の病気の特効薬が使えない(ステロイドのような強い薬が使えない)膵臓の病気だけで、もう、十分なのですが、今度は手までとは、ご丁寧な運命です。(笑)

その病気を治せるという代替医療に莫大な(といっても、私にとっては・・ですが、)治療費を使っても、私には合わなくて(あくまでも、私には、ですが、)かえって悪化した時期もあったりと、色々ありましたが、今は別の方法で改善傾向です。

これを書くと、「楽な弾き方を教えるなんて言って、本当は弾き方が悪いんじゃないのか?」などと言う人が出てくるかもしれませんが、そうではないことは、お医者さんと、増え続ける専門家の門下生と、そして、今回の入賞が証明してくれます。

十数年前、ピアノとは関係ない怪我で左腕の神経を傷め、完治しなかったから、今、札幌と東京で多くの専門家にレッスンしている私があると確信を持って言えます。なので今回も、プラスにできると信じます。

病気になってからのこの数ヶ月、いつもレッスンで門下生に言っていることを、自分自身が改めてとことん意識したり、さらに楽な弾き方を追求したり、練習の仕方を工夫してきて、勉強になりました。

コンクールも受けて良かったです。入賞したことで、この病気を乗り越えて行けるという確信が持てましたし、病気の手でも弾ける自分の奏法に自信が持てました。

入賞したのはジュラ・キシュ国際ピアノコンクールというコンクールで、曲はこれを弾きました。
(門下生のいしおかさんが私の演奏を聴いた感想を書いてくれました。ありがとう!)

http://hitujisannoouchi.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/post-1fd8.html

実は、コンクール前、何人かのレッスンの時に演奏したのですが、
何人も泣いてくれました。
「何か」が伝わる感動を、弾いた私自身も味わうことができて、大変幸せでした。
ピアノと生きてきて、良かったと思いました。


※写真は賞状です。
※病気に関しては、病名、病院、代替医療の名前等含め、ご質問はご遠慮下さい。
同じ病気でも、病気は人によって違いますから。

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2010/4/10

母の短歌とコンクール入賞  ピアノ

昨日は母の命日でした。

  幸籠めて
  ミキモトパール手入れする
  若き日の夢も娘のもとへ

短歌が趣味でよく投稿もしていた母の作品には、長年近くにいた私のことがよく出てきます。亡くなってから発見したものも多く、大変励まされました。この歌は歌誌に掲載されていたものです。

亡くなるずっと以前にアクセサリーを沢山くれたのですが、古い真珠のネックレスは、すっかり傷んで真珠層がはげているように見える部分もあって、『あら〜、これはもうダメだねぇ。』と、がっかりしながら、思い出話をしてくれました。

独身時代に教師をした、札幌の高校の退職金で買ったこと、運転免許とどちらにしようか迷ったこと、当時の運転免許は凄く高かったこと等々。。

色々話してくれるうち、 諦めきれなくなったようで、何とかならないものかと、後日、お店へ持って行ってみると……
ネックレスは見事に生き返ったのです。しかも“M”というイニシャルの飾りまでサービスでつけてもらって。。喜んでいた母の顔が浮かびます。
それが、こんな歌になっていたことを後で知って、さらに感動しました。

若き日の母は、どんな夢を見ていたのでしょう。そして、夢を託された私は、それにふさわしい人生を生きているでしょうか。

次々病気して凹むことはありますが、諦めないことの大切さを何度も教えてくれた母が、『幸』をこめ、『夢』を託して、譲ってくれたネックレスをつけて、今日、コンクールを受け、入賞しました。

詳しくはまた。

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私より年上のネックレスです。
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