私は音楽が大好きだ。
小さい時には、いつでも音楽に触れられるようにと、沢山レコードがあったし、ピアノも買ってもらった。
ただ、ピアノはほとんど上達しなかった。
でも、歌は好きだったからよく歌っていた。
大学ではコーラス部だったから、いつも歌があった。
お陰様できちんとした発声も教わったし、歌うことが楽しかった。
独身の時はいつでもラジカセから音楽が流れていたし、結婚してからもそうだった。
しかし、姑と同居してからは違った。
音楽の趣味が違うのは、まぁ、仕方の無いことだと思う。
なんでも、私と張り合う人だった。姑は・・・。
カラオケ教室に少しばかり通い、家事をしながら歌っていた。
正直すごく下手だった。
夜に歌われると、逃げ場が無くて困ったくらいだ。
それでも、まぁ、個人の趣味だから我慢した。
しかし、私から「歌うこと」を取り上げる事が起こった。
ある日姑に呼び出された。
そして、延々とカラオケ教室で習ったと言う発声法を披露した。
そう、延々と歌うのだ。
それも、私の好きではない歌を。
(私だってコーラス部で教わった発声法があるのに・・・)
そう思いつつ顔で笑って心で半ベソをかきながら、歌の講義を聞かされた。
それでも、まだ、我慢した。
とうとう、姑は私にこう言った。
「あたしは19の時に扁桃腺の手術をしたから声が出ないだけで、
歌はあんたと違ってうまく歌えるんだから。あたしはカラオケ教室で発声を習っているんだから、あんたもその通りにするんだよ。」
はぁ??????
なんで私があんたの発声法を真似なきゃなんないのよ!
しかし、それだけではすまなかった。
事あるごとに私が聴く音楽全てを「くだらない」とその度ごと言い続けた。
とうとう私は、家で音楽を聴かなくなった。
歌も歌わなくなった。
辛かった。
他人から見れば、「そんなこと」と思うかもしれないが、私にとっては辛い日々だった。
だから、kotaのことがきっかけで別居した時には、これで家で歌が歌えると嬉しく思ったのだ。
離婚して、自分の故郷に戻り、この「呪縛」から解き放たれて
やっと、カラオケでも歌えるようになった。
学校の親睦会でも、カラオケの時には思い切り歌う。
好きな歌を思い切り歌う。
家でも、好きな歌を思い切り歌う。
学生時代に歌った歌を思い出しながら、家事をしながら歌う。
時々第九の歓喜の歌のアルトを歌う。
大学の校歌を自分のパートとだけを歌う。
あぁ、気持ちがいい。
くだらないなんていう人はいない。
音楽がある幸せ。
歌が歌える幸せ。
車の中だけではなくなった幸せ。
よかった。
ただ、離婚する時元ダンが処分してお金に換えるのではないかと危惧し、人に譲ったピアノだけは、手放したことが惜しいな・・・と思う。
でも、弾けない私が持っているより、プロの人が引き取ってくれたから、きっとピアノにとってはそのほうが幸せなんだ。
それに、ピアノの処分で友達には嫌な思いもさせたから、誰かのところに行ってくれてよかったんだと思ってる。
今は、自分の声が楽器。
音楽に興味を持つ息子kotaと趣味は違っても、音楽を楽しめるのが幸せ。
ささやかな、自分が歌えると言う幸せ。
ほんと、小さな小さな喜び・・・。

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