丁度1年前の今日、子供を連れて家を出た。
色々あって、すごく長い1年だったような気がする。
親にとっては、大切な娘を不本意な結婚から取り戻せたある種喜びの1年だったろう。
元ダンにしたら、これから先の人生で自分を振りかえざるを得ない「記念日」になるだろう。
私にとっては、特に節目として考えることは無いだろうと思う。毎日に追われて、この日を忘れてしまっていたくらいだから。
今、私と子供たちは贅沢さえしなければちゃんと生活できる環境になった。おかずが無くて、ご飯にマヨネーズをかけて食べる夕食に悲しむことも無くなった。
離婚した当時は、色々な支払いの名義が私になっていたから、生活保護費から色々支払ってしんどかった。でも、よい司法書士の先生のお陰で苦労して手続きをして、破産と免責が認められ、毎月の支払いに胃が痛くなることも無くなった。
病院に行くお金も無くて、ハラハラする事も無くなった。
自分の子供の文房具を買えなくて、友達に買ってもらうことも無くなった。
資格があったおかげで、安定収入のある教職員の仕事にもめぐりあえた。
壊していた体も、ほぼ元に戻ったし、まだ治療しなくてはならないことも、お金を心配することなく病院に通って治せるようになった。
浮気やギャンブル、暴力だけが離婚につながるのではない。
家族を養えないことは、結婚生活の破綻につながる。
主夫に徹してくれていれば、まだ違ったかもしれない。
夢ばかり追いかけて、プライドばかりある男に魅力は無いと、思った。
私の嫌いな元ダンの言葉に「わかってる」があった。
分かっているといいながら、ちっとも実行に移さなかった。
「そのうちね」とか「いつかね」といつも言われた。
でも、それが彼自身によって実現したことなど、振り返れば一度も無かった。
男の夢を支える良い妻でいることは、私にはできなかっただけのこと。
子供たちにいつも言うこと。
「『あとでね』は、一生来ない。今やろう。今でなければ具体的に実現する日時を指定すること」
「お金持ちでも、病人でも、どんな境遇にあっても、必ず平等に与えられているのは「時間」。だから無駄にはしないこと」
「人生に息抜きは必要。でも、だらしなく気を抜いたら下りのエスカレーターに乗っているように、さがってしまう。同じ速度で登って初めて現状維持。もっと上に行きたければ、駆け上がっていかなくちゃいけない。」
自分にも言い聞かせながら、毎日を過ごしている。
これらも、きっと、ずっと。
担当している6年生に送った言葉。
「『あとで』は一生来ない。だから今の自分に向き合おう。必ず道は開けるから。」
自分に言い聞かせながら、そう、毎日を「生きていく」
そんな私を、子供たちに見ていてほしい。

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