2010/12/21  16:55 | 投稿者: おるん

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注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
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◇◆◇6.閻魔帳

結局、彼女の事は他の誰にも言えず、彼女の葬儀以降、家でも学校でも普段どおりに過ごした。
もしかしたら、先生や生徒、家族、何人かは俺の様子がおかしいと思ったかもしれない。
でも、誰にも指摘されることはなかったから、大丈夫だったんだろう。
いつの間にこんなに芝居が上手くなったんだか。

3-Aでいつもどおり授業を行って、チャイムが鳴って、黒板を消す。
その時、珍しく相葉ひかりが教卓までやってくる。
「先生。」
「はい?」
黒板拭きを置いて振り向く。
「相葉さん、何か質問かな?」
「いえ…。先生、この手帳、お気に入りなんですか?」
「え?まぁ…。」
「真っ黒って、先生には似合わない気がする。」
「…まぁ、そうですねぇ。」
相葉ひかりが教卓の上の手帳に手を伸ばして、その表紙を触ろうとした。

「触るな!!」

バンと机を叩くようにして彼女の手より先に手帳を押さえる。チョーク塗れの手で表紙が白く汚れた。
彼女がビクッと体を震わせた。
思いのほか大きな声を出してしまって、他の生徒達も驚き、教室が静まり返った。
「…すみません。この手帳には色々書き込んであるので見せられないんですよ。」
思わず声を荒げてしまったことを後悔する。
「私こそすみません。閻魔帳ですよね。あはは、そりゃ触っちゃいけませんね。」
「ええ。閻魔帳らしい閻魔帳でしょう?」
「そうですね。…もし、買い換えることがあったら、次はもっと明るい色をお勧めします。」
「ありがとう。では、私はこれで。」
消し掛けの黒板をそのままに、教卓の上の教科書やノートを纏めて教室を後にした。

閻魔帳。
奈月が就職祝いに買ってくれた手帳。
まだ使い始めて半年。手帳は大分使い慣れてきたけれど、まだまだ綺麗なままで。
これからもずっと使い続けるだろう。くたくたにくたびれても。
国語準備室に戻り、汚れてしまった手帳を湿らせたハンカチで拭いた。
もしあの事故がなければ、この手帳には君のこともたくさん書いただろうに。
もちろん、授業のスケジュールやテストのこと、生徒の授業態度や課題の状況もたくさん書き込んでいて、それ以外のことを書くスペースはほとんどない。
それでも、君とのデートの約束だったり、誕生日だったり、ちょっとしたことを書き込んだと思う。
この手帳をプレゼントしてくれた時の君の顔が脳裏に浮かぶ。
君に会えなくなって二ヶ月と少し。やはり人の記憶というものは曖昧になっていくもので、彼女の声や顔を思い出すものの、本当にそうだったのかどうか、自分でも不安になる。
君のことを過去にできる日が来るのだろうか?君をすっかり忘れてしまう未来があるのだろうか?
少し暇な時間ができてしまうと君のことばかり考えてしまう。まだまだ君を忘れられそうにない。

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1.よく当たる占い
<5.空に溶けて 7.司の過去>
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2010/12/19  1:57 | 投稿者: おるん

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◇◆◇5.空に溶けて

翌朝、結局一睡もせず、一旦自宅によって身支度を整えてから学校に行く。
本当は今日は告別式だけれど、彼女はまだ婚約者でもないし、学校に言えなくてそのまま一時限目の授業を行う。
でも、結局上の空になってしまって、うまく授業ができなかった。
ずっと禁煙していたけれど、竜士の煙草をくすねてきて、休み時間に屋上で吸う。
俺が高校生だった頃を思い出す。奈月がコーヒー牛乳を持ってきたなぁ。ほんの少し前のことみたいだ。
渡せなかった指輪。なんとなく学校に持ってきてしまった。
嘘みたいだ。君がもう俺に笑いかけてくれないなんて。
煙草を一本吸い終わったところで下に下りる。
「先生?今日、何か変じゃない?」
声を掛けてきたのは相葉ひかりだった。
「あぁ、相葉さん。そうですか?いつもどおりのつもりなのですが。」
「うーん。なんかフワフワしてるっていうか、鋭さが足りないなぁ。」
「ふむ。昨日、体調が優れなくて。今日もまだダメなのかもしれませんね。」

その日の授業は一時限目と二時限目で終わりだったので、結局早退させてもらう。
自宅で喪服に着替えて、彼女の元に向かう。告別式の時刻に間に合った。
ポケットの中の指輪。
彼女の棺に入れてもらうかどうか、彼女の祭壇に供えるかどうか、迷った。
でも、まだまだ心の整理がつかなくて。
元々彼女にあげるつもりの指輪。他の誰かにあげたりなんかしないし、彼女に渡すのが一番だと思う。
でも、これを彼女に渡してしまったら、彼女と俺を繋ぐものがなくなるのではないかと思った。
彼女はもう、これを貰っても俺の傍には居てくれない。笑いかけてくれない。
鼻の奥がツンと痛む。喉が痛む。耳が痛む。頭が痛む。目が痛む。
「くぅっ…。」
奈月の家族が俺を火葬場まで同行させてくれた。最後に棺の中の奈月に対面する。
痛々しさは変わらないけれど、心なしか穏やかな表情になっている気がした。
俺も笑わなきゃ…。彼女に泣き顔なんて見せられない。
「な、つき…、向こうでも元気に…。…俺も頑張るから…。」
視界が歪む。彼女が微笑んだように見えた。
「あぁぁぁぁっ!!奈月っ!!なつきぃっ!!うぅぅ…、なんで…!!!」
親戚達がたくさん居る前で涙が止め処なく溢れ出て止まらなくなった。
棺にすがり付いて取り乱した俺の肩を奈月の父親が抱えて、俺を棺から引き離した。

そのまま彼女が釜の中に入れられる。
火葬場の外で煙突から立ち上る煙を仰いでいた。
壁にもたれて煙草に火を点け、煙を燻らせる。俺の煙草の煙と、彼女の煙が空に溶けてゆく。
ポケットから指輪のケースを出して開けてみる。
小さなダイヤモンドがついた婚約指輪。
新任教師の給料で買った物だから大した価値はないけれど、俺が選んだ指輪、きっと君によく似合っただろう。
そっと横から、同じように煙草を吸っていた奈月の父親が声を掛けてきた。
「綾川君、だったね?それは…?」
「…はい。実は近々、奈月さんにプロポーズをしようと思っていました。」
「ほう…。」
「すみません。ご両親にもご挨拶がまだでしたのに。」
「いや、いいんだ。君の事は家で奈月がよく話していたから。」
「これを今日、奈月さんに嵌めてやろうか、供えてやろうか、悩んだんですが…。」
「…。」
「まだ、心の整理がつかなくて。…って、ご家族の皆さんの方が整理がつかないですよね。」
「いいんだよ。君も家族になるはずだったじゃないか。」
「ありがとうございます。」
「奈月の事は忘れないでやって欲しいが、囚われないで欲しいんだ。君にはちゃんと前を向いて生きて欲しい。」
「…。そんな、まだ無理です…。」
「急がなくてもいい。」
「自分の中で決着するまで、この指輪を持っていようと思います。決着したら、これを奈月さんに贈りに来ます。」
「あぁ、その時を楽しみにしているよ。」
そう言った奈月の父親の声は優しかった。俺の肩を優しく叩き、建物の中に入っていった。

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1.よく当たる占い
<4.突然の別れ 6.閻魔帳>
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