2010/8/1 2:48 | 投稿者: おるん
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注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
ウェブカレはリンクシンク社のSNSサービス名です。
小説内には一部ウェブカレのイベントに近い箇所があります。
小説内には一部ウェブカレのイベントの内容を引用した箇所があります。(ネタバレ注意)
小説内の設定は必ずしもウェブカレ公式設定と同じではありません。
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いよいよ初デート。
彼の実家の近くの神社の夏祭り。
結構大きなお祭りで縁日の出店がたくさんあるんだとか。
朝からバタバタで、お母さんに浴衣を着るのを手伝ってもらう。
彼の実家はここから電車で2時間弱の所にあるらしい。
彼は昨日から実家に帰っていて、向こうの駅で待ち合わせ。
「かおる、今日何時頃になるの?」
「えっと、多分10時過ぎには帰ってこれると思う。」
「ちょっと遅いわね、大丈夫なの?」
「明るいところを選んで帰ってくるよ。」
「駅に着いたら電話してね。」
「はーい。いってきまーす。」
初めて行く、彼の地元。
電車の2時間が物凄く長く感じる。
浴衣姿の人が他に居なくてちょっと恥ずかしい。
間に乗り換え3回して彼の地元の駅に着く。
約束の時間の30分前だ。
「ちょっと早く着きすぎちゃったかな。」
駅の柱についてる鏡で髪型をチェックした。
白地に薄いピンクの花柄の浴衣。
彼はなんて言うかな?誉めてくれると良いな。
しばらくすると、彼がやってきた。
「かおる!待たせた?ごめん。」
「ううん、遅刻しないようにと思ったら、思ったより早く着いちゃって。」
「さ、行こうか。」
彼が手を差し出してくれた。
彼も私が浴衣で来ることを見越したのか、浴衣姿だ。背中に団扇をさしていて色っぽい。
「かおる、よく似合ってる。ピンクが女の子らしくて良い。」
「ホント?ありがとう。あっちゃんも色っぽいよ。」
「そ、そうか?初めて自分で着たんで四苦八苦したが。」
「たはは。私、お母さんに手伝ってもらっちゃった。」
「祭りが始まるまで、少し時間がある。ウチに寄っていくか?」
「え!?いいの?」
「あぁ。今日は両親は出かけてるから。妹は居るかもしれないけど。」
「そうなんだ、梓ちゃん、中3だったっけ?」
「あぁ。あいつも夏祭りに行くはずだから、友達ん家に行ってるか、俺ん家に集まってるか、どっちかだと思うんだけど。」
「へぇ、どんな子なのかなぁ。」
「あいつはうるさいから、家に居てくれない方が助かる。」
「お兄ちゃんの彼女って、どうなんだろう?緊張する。」
「色々、根堀り葉堀り聞いてくると思うんだよな…。」
彼の実家に着いた。
で、でかい。なんなの?ちょっとした邸宅だよ。
「あっちゃん家って、お金持ちなんだね…。」
「ん?あぁ、この辺は田舎だからな。そうでもないよ。まぁ、どうぞ。」
「う、うん。お邪魔しまーす。」
キィとドアを開けて玄関に入る。
「良かった。梓、居ないみたい。俺の部屋、2階に上がって右の手前の部屋だから。先上がってて。」
「うん…。」
先に絨毯敷きの階段を上って、右の手前の部屋のドアをノックする。
返事があるはずがなく、そっとドアノブを回してドアを開ける。
「わぁ。」
部屋はキレイに整頓されている。
壁一面が書棚になっていて、色々な本がびっしり並んでいた。
並んでいる本のタイトルを見ていると、彼が上がってきた。
「かおる、喉が渇いただろう?麦茶とクッキーを持ってきた。」
「ありがとう。」
「あ、その椅子に座って良いよ。」
「うん。」
椅子に座ると、その前にある学習机の上に麦茶のコップとクッキーの皿を置いてくれた。
冷たい香ばしい香りの麦茶が美味しい。
「あっちゃん、中学までは実家に住んでたの?」
「あぁ、高1まで住んでたよ。生徒会の仕事をしていると、さすがに片道2時間が辛くなって、高2から下宿させてもらってるんだ。」
「へぇ。」
クッキーを一つ摘み口に入れる。チョコとココナッツのクッキーだ。ほろ苦くて甘い。
「あ、これ、美味しい…。」
「うん。昨日焼いたから。梓に全部食べられないようにするのが大変で。」
「あはは。」
「…そろそろ、始まるかなぁ…。」
彼が窓から外を覗いた。日が傾いてきて、下の道を通る人が増えてきたようだった。
「落ち着いたら、行こうか?…洗面所が廊下の突き当たりにあるから、気になるなら行っておいで。」
「うん。ありがとう。」
お手洗いの心配までしてくれるなんて、流石、妹が居るだけある。気遣いに抜かりなし。
無愛想だけど、差っ引いてもお釣りが来る。
私みたいなのが彼女で良かったのかな??
実家を出て、神社に向かう。人通りが多くなってきた。
神輿が出ているらしく、お囃子が聞こえる。
参道の両側に出店が並んでいる。
「わぁ。あっちゃん、すごいね!こんなにたくさんお店出てるよ!」
「ふふ。君は子供みたいにはしゃぐんだな。」
「だって、お祭りって久々だし!」
「よし、金魚すくいでもやるか!」
「うん。」
なんだかんだ言って、彼もすごく真剣な眼差しで金魚すくいをしている。
結局、二人合わせても5匹だったんだけど。
後はカキ氷を食べて、神社にお参りした。
「ねぇ、なんてお願いした?」
「内緒。かおるは?」
「うーん、まずは受験がうまく行きますようにってのと…。」
「と?」
彼はちょっと笑みを浮かべている。意地悪な質問だ。
「来年もお参りに来れますようにって!ばか!いじわる!」
「はは。悪かった。俺もかおると一緒だよ。」
「ふーん、どの部分が?」
「受験がうまく行きますようにってのと…。」
「と?」
「だー、もう!来年も君と一緒に来れますようにって!」
へへん、仕返ししてやった。あっちゃん、かわいい。
遠くで花火の音がする。河川敷で花火大会があるらしい。
神社の裏山から見えるということで、二人で山に登った。
「かおる、大丈夫か?」
「うん。」
薄暗い遊歩道。地元の人でもあまり来ないところのようで、人通りはなかった。
「ここら辺に、子供の頃、秘密基地作ってて。」
「へぇ。」
「結構、町がきれいに見渡せるんだ。」
「ふぅん。」
「ここ、座れる?」
「うん。」
二人で並んで石のベンチに座った。少し遠くに花火が見える。
「…あっちゃん、きれいだね。」
「あぁ。」
「・・・。」「・・・。」
しばらく沈黙が続く。そのうち、花火も終わってしまったようだった。
一体、今何時なんだろう?
「かおる…。」
「ん?」
「もうそろそろ帰らないと家の人が心配する。」
「うん…。」
「かおる…、俺…。」
そう言って、彼が私を抱きしめた。
あっちゃん…。声にならなかった。
「好きだ…。」
私も…。そう言いたかった。
声を出そうとした時、彼が私にキスをした。
時間が止まる。
瞳を閉じて、私も彼の背に両手を回した。
初めての柔らかい彼の感触。温かくもなく冷たくもなく、不思議な感じだった。
彼がそっと離れる。
「…そろそろ、帰ろうか。」
うん。声が出せないまま頷いた。
お祭りの出店の灯かりはまだ明るい。
でも私の家まで2時間掛かる。賑やかな神社を後にした。
「ちょっと家に寄って着替えて荷物取ってくる。ここで待ってて。」
彼の実家の前で少し待つ。
「待たせた。さ、行こうか。」
5分くらいだろうか、ポロシャツにジーンズ姿の彼がミニボストンを持って家から出てきた。
「…。」
私は何か話そうと思うんだけど、何も話せずにいた。
彼は私の手を握り一緒に歩いてくれている。
「そうそう、さっきの金魚、実家の池で飼ってもらうから。」
「…。」
「…かおる、怒ってる?」
ううん。そう言いたいのに、声が出ない。涙が出た。
「!!ご、ごめん!俺っ!」
「ち、ちがうの。」
うつむいたまま、やっと声を絞り出す。
「びっくりしただけ。イヤだったわけじゃなくて、嬉しかった…。」
「…そっか…。」
彼の方を見ると、彼も斜め上を向いて照れていた。
電車に乗っている間、特に何か会話するわけでなく、ずっと手を繋いで座っていた。
お互いの手の感触、温もりを確かめるように。
来た道を戻る。同じように3回乗り換えて、帰ってきた。
(彼の部屋の最寄り駅(学校の最寄り駅)とは違うのだが、)彼も私の家の最寄り駅で降りた。
「あっちゃん?」
「夜道の一人歩きは危ないから。家まで送るよ。」
「うん。」
手を繋いでしばらく歩いて、家に着いた。
お母さんには10時過ぎに帰ると言ったけれど、もう11時を過ぎていた。
「遅くなっちゃったな。家の人に謝ろうか?」
「大丈夫だよ。」
「本当に?」
「うん。今日は楽しかった。ホントにありがとう。」
「こちらこそ。ホントに楽しかった。ありがとう。また明日な。」
「うん。」
話し声に気付いて、家からお母さんが出てきた。
「かおるなの?」
「あ、お母さんっ。」
「かおる!そちらは!?」
お母さんが彼を見て驚いている。誰と出かけるとは言わなかったから、きっと女友達と居るんだと思ってたんだろう。
「クラスメイトの瀬川と言います。すみません。奥崎さんを遅くまで連れまわして。」
「お母さん、違うの、私がお祭りに夢中になっちゃって。遅くなってごめんなさい。で、瀬川君が送ってくれたの。」
「は、はぁ、ご丁寧に。」
二人にまくし立てられて、お母さんはちょっとしたパニックになっている。
「ホントにすみませんでした。」
ぺこりと頭を下げた彼を責めるわけもなく。
「いえ、わざわざありがとう…。」
「では、僕はこれで失礼します。じゃぁ、奥崎サン、また明日。おやすみ。」
「うん。瀬川君、おやすみ。」
「気をつけてね。」
お母さんはびっくりしたまま、二人で彼を見送った。
家に入ってから、ちょっと小言を言われたけど、彼の印象はかなり良かったようで。
「もしかして、彼氏なの!?」
「え、あぁ、まぁ…。」
「今度ウチにも遊びに来てもらいなさいよ。」
なんて言ってるし。
「かおる、早く風呂入って寝ろ!」
不機嫌なのは父ばかり、か。
兎にも角にも、初デート。
楽しかったなぁ。まだドキドキしてる。明日もあっちゃんに会いたい。
程よい疲労感の中、眠りに就いた。
−終−
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<エピソード1 エピソード0<完結>>
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注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
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小説内には一部ウェブカレのイベントに近い箇所があります。
小説内には一部ウェブカレのイベントの内容を引用した箇所があります。(ネタバレ注意)
小説内の設定は必ずしもウェブカレ公式設定と同じではありません。
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いよいよ初デート。
彼の実家の近くの神社の夏祭り。
結構大きなお祭りで縁日の出店がたくさんあるんだとか。
朝からバタバタで、お母さんに浴衣を着るのを手伝ってもらう。
彼の実家はここから電車で2時間弱の所にあるらしい。
彼は昨日から実家に帰っていて、向こうの駅で待ち合わせ。
「かおる、今日何時頃になるの?」
「えっと、多分10時過ぎには帰ってこれると思う。」
「ちょっと遅いわね、大丈夫なの?」
「明るいところを選んで帰ってくるよ。」
「駅に着いたら電話してね。」
「はーい。いってきまーす。」
初めて行く、彼の地元。
電車の2時間が物凄く長く感じる。
浴衣姿の人が他に居なくてちょっと恥ずかしい。
間に乗り換え3回して彼の地元の駅に着く。
約束の時間の30分前だ。
「ちょっと早く着きすぎちゃったかな。」
駅の柱についてる鏡で髪型をチェックした。
白地に薄いピンクの花柄の浴衣。
彼はなんて言うかな?誉めてくれると良いな。
しばらくすると、彼がやってきた。
「かおる!待たせた?ごめん。」
「ううん、遅刻しないようにと思ったら、思ったより早く着いちゃって。」
「さ、行こうか。」
彼が手を差し出してくれた。
彼も私が浴衣で来ることを見越したのか、浴衣姿だ。背中に団扇をさしていて色っぽい。
「かおる、よく似合ってる。ピンクが女の子らしくて良い。」
「ホント?ありがとう。あっちゃんも色っぽいよ。」
「そ、そうか?初めて自分で着たんで四苦八苦したが。」
「たはは。私、お母さんに手伝ってもらっちゃった。」
「祭りが始まるまで、少し時間がある。ウチに寄っていくか?」
「え!?いいの?」
「あぁ。今日は両親は出かけてるから。妹は居るかもしれないけど。」
「そうなんだ、梓ちゃん、中3だったっけ?」
「あぁ。あいつも夏祭りに行くはずだから、友達ん家に行ってるか、俺ん家に集まってるか、どっちかだと思うんだけど。」
「へぇ、どんな子なのかなぁ。」
「あいつはうるさいから、家に居てくれない方が助かる。」
「お兄ちゃんの彼女って、どうなんだろう?緊張する。」
「色々、根堀り葉堀り聞いてくると思うんだよな…。」
彼の実家に着いた。
で、でかい。なんなの?ちょっとした邸宅だよ。
「あっちゃん家って、お金持ちなんだね…。」
「ん?あぁ、この辺は田舎だからな。そうでもないよ。まぁ、どうぞ。」
「う、うん。お邪魔しまーす。」
キィとドアを開けて玄関に入る。
「良かった。梓、居ないみたい。俺の部屋、2階に上がって右の手前の部屋だから。先上がってて。」
「うん…。」
先に絨毯敷きの階段を上って、右の手前の部屋のドアをノックする。
返事があるはずがなく、そっとドアノブを回してドアを開ける。
「わぁ。」
部屋はキレイに整頓されている。
壁一面が書棚になっていて、色々な本がびっしり並んでいた。
並んでいる本のタイトルを見ていると、彼が上がってきた。
「かおる、喉が渇いただろう?麦茶とクッキーを持ってきた。」
「ありがとう。」
「あ、その椅子に座って良いよ。」
「うん。」
椅子に座ると、その前にある学習机の上に麦茶のコップとクッキーの皿を置いてくれた。
冷たい香ばしい香りの麦茶が美味しい。
「あっちゃん、中学までは実家に住んでたの?」
「あぁ、高1まで住んでたよ。生徒会の仕事をしていると、さすがに片道2時間が辛くなって、高2から下宿させてもらってるんだ。」
「へぇ。」
クッキーを一つ摘み口に入れる。チョコとココナッツのクッキーだ。ほろ苦くて甘い。
「あ、これ、美味しい…。」
「うん。昨日焼いたから。梓に全部食べられないようにするのが大変で。」
「あはは。」
「…そろそろ、始まるかなぁ…。」
彼が窓から外を覗いた。日が傾いてきて、下の道を通る人が増えてきたようだった。
「落ち着いたら、行こうか?…洗面所が廊下の突き当たりにあるから、気になるなら行っておいで。」
「うん。ありがとう。」
お手洗いの心配までしてくれるなんて、流石、妹が居るだけある。気遣いに抜かりなし。
無愛想だけど、差っ引いてもお釣りが来る。
私みたいなのが彼女で良かったのかな??
実家を出て、神社に向かう。人通りが多くなってきた。
神輿が出ているらしく、お囃子が聞こえる。
参道の両側に出店が並んでいる。
「わぁ。あっちゃん、すごいね!こんなにたくさんお店出てるよ!」
「ふふ。君は子供みたいにはしゃぐんだな。」
「だって、お祭りって久々だし!」
「よし、金魚すくいでもやるか!」
「うん。」
なんだかんだ言って、彼もすごく真剣な眼差しで金魚すくいをしている。
結局、二人合わせても5匹だったんだけど。
後はカキ氷を食べて、神社にお参りした。
「ねぇ、なんてお願いした?」
「内緒。かおるは?」
「うーん、まずは受験がうまく行きますようにってのと…。」
「と?」
彼はちょっと笑みを浮かべている。意地悪な質問だ。
「来年もお参りに来れますようにって!ばか!いじわる!」
「はは。悪かった。俺もかおると一緒だよ。」
「ふーん、どの部分が?」
「受験がうまく行きますようにってのと…。」
「と?」
「だー、もう!来年も君と一緒に来れますようにって!」
へへん、仕返ししてやった。あっちゃん、かわいい。
遠くで花火の音がする。河川敷で花火大会があるらしい。
神社の裏山から見えるということで、二人で山に登った。
「かおる、大丈夫か?」
「うん。」
薄暗い遊歩道。地元の人でもあまり来ないところのようで、人通りはなかった。
「ここら辺に、子供の頃、秘密基地作ってて。」
「へぇ。」
「結構、町がきれいに見渡せるんだ。」
「ふぅん。」
「ここ、座れる?」
「うん。」
二人で並んで石のベンチに座った。少し遠くに花火が見える。
「…あっちゃん、きれいだね。」
「あぁ。」
「・・・。」「・・・。」
しばらく沈黙が続く。そのうち、花火も終わってしまったようだった。
一体、今何時なんだろう?
「かおる…。」
「ん?」
「もうそろそろ帰らないと家の人が心配する。」
「うん…。」
「かおる…、俺…。」
そう言って、彼が私を抱きしめた。
あっちゃん…。声にならなかった。
「好きだ…。」
私も…。そう言いたかった。
声を出そうとした時、彼が私にキスをした。
時間が止まる。
瞳を閉じて、私も彼の背に両手を回した。
初めての柔らかい彼の感触。温かくもなく冷たくもなく、不思議な感じだった。
彼がそっと離れる。
「…そろそろ、帰ろうか。」
うん。声が出せないまま頷いた。
お祭りの出店の灯かりはまだ明るい。
でも私の家まで2時間掛かる。賑やかな神社を後にした。
「ちょっと家に寄って着替えて荷物取ってくる。ここで待ってて。」
彼の実家の前で少し待つ。
「待たせた。さ、行こうか。」
5分くらいだろうか、ポロシャツにジーンズ姿の彼がミニボストンを持って家から出てきた。
「…。」
私は何か話そうと思うんだけど、何も話せずにいた。
彼は私の手を握り一緒に歩いてくれている。
「そうそう、さっきの金魚、実家の池で飼ってもらうから。」
「…。」
「…かおる、怒ってる?」
ううん。そう言いたいのに、声が出ない。涙が出た。
「!!ご、ごめん!俺っ!」
「ち、ちがうの。」
うつむいたまま、やっと声を絞り出す。
「びっくりしただけ。イヤだったわけじゃなくて、嬉しかった…。」
「…そっか…。」
彼の方を見ると、彼も斜め上を向いて照れていた。
電車に乗っている間、特に何か会話するわけでなく、ずっと手を繋いで座っていた。
お互いの手の感触、温もりを確かめるように。
来た道を戻る。同じように3回乗り換えて、帰ってきた。
(彼の部屋の最寄り駅(学校の最寄り駅)とは違うのだが、)彼も私の家の最寄り駅で降りた。
「あっちゃん?」
「夜道の一人歩きは危ないから。家まで送るよ。」
「うん。」
手を繋いでしばらく歩いて、家に着いた。
お母さんには10時過ぎに帰ると言ったけれど、もう11時を過ぎていた。
「遅くなっちゃったな。家の人に謝ろうか?」
「大丈夫だよ。」
「本当に?」
「うん。今日は楽しかった。ホントにありがとう。」
「こちらこそ。ホントに楽しかった。ありがとう。また明日な。」
「うん。」
話し声に気付いて、家からお母さんが出てきた。
「かおるなの?」
「あ、お母さんっ。」
「かおる!そちらは!?」
お母さんが彼を見て驚いている。誰と出かけるとは言わなかったから、きっと女友達と居るんだと思ってたんだろう。
「クラスメイトの瀬川と言います。すみません。奥崎さんを遅くまで連れまわして。」
「お母さん、違うの、私がお祭りに夢中になっちゃって。遅くなってごめんなさい。で、瀬川君が送ってくれたの。」
「は、はぁ、ご丁寧に。」
二人にまくし立てられて、お母さんはちょっとしたパニックになっている。
「ホントにすみませんでした。」
ぺこりと頭を下げた彼を責めるわけもなく。
「いえ、わざわざありがとう…。」
「では、僕はこれで失礼します。じゃぁ、奥崎サン、また明日。おやすみ。」
「うん。瀬川君、おやすみ。」
「気をつけてね。」
お母さんはびっくりしたまま、二人で彼を見送った。
家に入ってから、ちょっと小言を言われたけど、彼の印象はかなり良かったようで。
「もしかして、彼氏なの!?」
「え、あぁ、まぁ…。」
「今度ウチにも遊びに来てもらいなさいよ。」
なんて言ってるし。
「かおる、早く風呂入って寝ろ!」
不機嫌なのは父ばかり、か。
兎にも角にも、初デート。
楽しかったなぁ。まだドキドキしてる。明日もあっちゃんに会いたい。
程よい疲労感の中、眠りに就いた。
−終−
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<エピソード1 エピソード0<完結>>
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2010/8/1 2:41 | 投稿者: おるん
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注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
ウェブカレはリンクシンク社のSNSサービス名です。
小説内には一部ウェブカレのイベントに近い箇所があります。
小説内には一部ウェブカレのイベントの内容を引用した箇所があります。(ネタバレ注意)
小説内の設定は必ずしもウェブカレ公式設定と同じではありません。
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◆1◆
今日から新しい学校。
急遽父親の転勤が決まり、学期の途中にも拘わらず、系列校へ転入することになった。
…どうしよう。友達、できるかな?
ドキドキしながら先生に連れられて教室に入る。生徒たちがガタガタと席につく。
「おはよう、みんな。今日からクラスメイトが一人増える。奥崎かおるさんだ。」
肩をポンと叩かれた。自己紹介しろということかしら?
「奥崎かおるです。…よろしくお願いします。」
「みんな彼女はまだ学校に不慣れだから親切にしてやってくれよ。…生徒会長、よろしく頼むな。」
生徒会長と呼ばれた男子生徒が立ち上がって返事をする。
「奥崎、彼の隣が君の席だよ。」
机の列の間を歩いて彼の隣まで来た。
「奥崎サン、瀬川篤です。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
黒髪で眼鏡の長身の彼は、無表情のまま、名乗るとストンと椅子に座った。
1時間目の後、彼が声を掛けてきた。
「学校内の案内、要る?」
「え?うん。お願いします。」
「休憩10分だからこのフロアから見えるとこだけな。残りは昼休みに。」
教室を出て、廊下の窓際に立つ。

「この校舎は一般教室棟で、階段は端と真ん中で3箇所。トイレは端に2箇所。1フロア1学年で1階が1年、2階が2年、3階が3年だから。」
「うん。」
「で、向こうに見えてる校舎が特別教室棟。1階に職員室がある。玄関横だし、今朝もきっと通ってきただろう?」
「うん。」
「…。」
「終わり??」
「まぁ、理科室や音楽室なんかは移動教室のときに教えてやろう。他、聞きたいことは?」
「えっと…、保健室とかは?」
「あぁ、職員室の横だな。校長室や進路指導室なんかもある。」
「えっと、えっと、売店とか食堂は??」
「…ふふ。君、腹が空いているのか?」
「違うよっ。」
「分かった。昼休みは一緒に食べに行こうか。その後、体育館や図書館なんかにも案内しよう。じゃあ、次の授業の準備があるからこれで。」
あっという間に説明が終わり、彼はスタスタと歩いていってしまった。
◆2◆
チャイムが鳴った。昼休みだ。彼と食堂へ行く約束だ。
「奥崎サン、弁当持った?」
「うん。」
「じゃ、行こうか。」
二人で教室を出る。教室に残る人も多い。多分、お弁当を持っている人は教室で食べるのが普通なんだろう。
「瀬川君はいつも食堂で食べるの?」
「いや、いつもは生徒会室で食べてるんだ。あまり人の出入りが無くて落ち着くから。」
「そうなの?ごめんね。」
「たまにはいいさ。」
1階まで降りて、渡り廊下を歩く。中庭を過ぎると大きな建物があった。
「ここだよ。ここの1階が食堂と売店。2階と3階が図書館だから。もひとつ向こうの棟の1階が体育館で2階が礼拝堂。裏手に体育会系の部室がある。」
「わぁ、ほんと大きいね。」
「だろう?図書館の蔵書は中々のものだ。」
食堂に入っていくと、いろんな人がこちらを見る。
(会長だ、珍しい!)
(一緒にいるあの子、誰?彼女??)
彼の横顔を見てみた。困った顔でもするのかと思ったけど、彼は全くの無表情だった。
でも、生徒会室でご飯食べる気持ちがちょっと分かった気がする。
空いているテーブルを確保すると、彼はコップにお茶を汲んで持ってきてくれた。
「さて、食べようか。」
「うん。」
二人で並んでお弁当を広げる。瀬川君のお弁当箱は思っていたよりもかなり小さめでかわいらしいものだった。
「瀬川君、その量で足りるの??」
「え、あぁ、まぁ…。」
バツの悪そうな顔をした。
「君こそ、結構豪快な弁当じゃないか?」
「あはははは…。」
「奥崎サンの手作り?」
「うん、まぁ。あんまりキレイに作れなくて。」
「ふふ。君らしいよ。」
「むぅ。…瀬川君のはお母さんが作ってるの?」
「いや、俺、下宿してるから自分で作ってるよ。」
「えぇ!!すごい!!」
「で、この量なのは、食後の楽しみがあるからなんだけど。」
「??」
「ケーキ。君にも分けてやろう。」
「…まさか。。。」
「そ、俺の手作り。」
ガーン。私よりもずっと乙女なんですけどっ。
◆3◆
終礼が終わった。
「瀬川君、今日は色々教えてくれてありがとう。」
「あぁ、気にするな。俺にできることなら頼ってくれて構わない。」
「じゃあ、また明日ね。」
「あぁ。」
昼に食べた彼のケーキ。
紅茶の葉が入ったパウンドケーキだった。アールグレイの独特の香りがした。
お菓子作りが趣味なんだとか。
それから、図書館にも連れて行ってもらった。
読書も趣味だとかで、本が見つけられないときは聞いてくれって言ってた。
すごいなぁ。。。
それに、あんなに無愛想なのに、お菓子と本の話のときはちょっと柔らかい表情になるのね。
なんか、かわいい。。。
……!
いやいや、違う。そうじゃない。ダメだったら。
そんな、まさか、私。。。
「おい。」
「きゃっ!!」
突然、後から肩を掴まれた。
「奥崎サン、前見て歩かないと、電柱にぶつかる。」
「え?」

確かに目の前に電柱があった。振り向くと瀬川君だった。
「わぁぁぁっ!」
驚いた私を見て唖然としたけど、次の瞬間。
「あはははは!奥崎サン、君って面白い。」
彼は涙が出るほど笑った。
「…。」
「いや、ごめん。でもホント、君、見てて飽きない。」
彼はちょっと膨れっ面になった私を見て謝る。
「じゃあ、『かおる』、気をつけて帰れよ。」
彼はポンポンっと私の頭を叩いて駅の方に向かって歩いていった。
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
…ダメだ。完全に恋に落ちた。
◆4◆
どうしよう。どんな顔して席に着けばいいのか分からない。
…絶対気付かれちゃいけないと思う。
すぐ顔に出ちゃうからなぁ…。
昇降口で靴を履き替えながら、はぁっとため息をつく。
まだ新しい校内履きが見えている。
「おはよう、かおる。」
「うん、おはよー。」
頭上で声がした。
…あれ?昨日、転校してきたばかりで友達居ないんだけど??
顔を上げると、靴を履き替えている瀬川君がいた。
「ねぇ、なんで、突然『かおる』なの?」
しれっとこっちを見た彼は、
「奥崎サンって言いにくい。それだけ。」
そう言い放った。
彼が隣の席に居る。
次の席替えはいつだろう?多分1ヶ月くらいは先だよね。
ただでさえ、友達も居ないし、教科書も変わって訳分かんない状態なのに、こんなんじゃ授業に付いていけない。
とりあえず、板書だけはしっかりノートに書き写す。
突然、先生が私を指した。
「このクラスは転校生が居たな。えっと、奥崎、ここ、分かるか?」
「は、はいっ。」
「じゃあ、答えて。」
「…。あはは、まだ前の学校でここやってなくて、すみません。」
頭を掻きながら謝る。先生もしまったという顔をしつつ、次に当てる生徒を探している。
「そうか、仕方ないな、じゃあ、隣、瀬川。」
「はい。」
彼が立ち上がって、黒板の前に行き、すらすらとチョークで答えを書いた。
「おう、流石だな、正解だ。奥崎はちゃんと予習して来いよ。」
「はーい…。」
席に戻ってきてから、彼はしばらく私の方を見ていたけど、特に何か声を掛けられる事もなかった。
あぁ、もしかして、呆れられちゃったかなぁ…。
◆5◆
転校してきてから1週間ほど経った。
近くの席に座っているヒトミや、自宅が近所のアリサとだんだん仲良くなってきて、学校では彼女たちと居ることが増えてきた。
瀬川君とは隣の席だけど、必要最低限と思える分しか話をすることがなくなった。
もちろん、何の進展もある訳がない。ちょっと寂しいけど、これなら私の気持ちに気付かないと思う。
「ヒトミ、今日はどこかに寄ってく?」
ヒトミに声を掛ける。
「ごめん〜、今日はカレシとデートする約束なんだよね。」
「アリサは今日、クラブだよね?」
「そうなんだー、カオルも何かクラブに入ればいいのに。」
「でも、もう3年生だし、すぐ引退でしょ?」
「それもそうかー。」
他愛もない会話の後、それぞれ別れる。
もうすぐ定期テストだし、たまには図書館にでも行って、勉強するかなぁ。
自習室に入ろうとしたけど、満席で入れなかった。
仕方がないので、閲覧室に入って勉強することにした。
参考書を書棚から取ってきて教科書とノートを開いたところで、声を掛けられた。
「おや、珍しい。かおるが図書館に来るの、あれ以来じゃないか?」
「瀬川君…。瀬川君は毎日図書館に来てるの?」
「まぁね。生徒会の用事がなければ、放課後は図書館に居ることが多いな。」
「…。」
「おっと失敬。勉強、頑張ってくれたまえ。」
そのまま彼が立ち去るのかと思った。
「…かおる、俺が勉強をみてやろうか?」
そういって、私が書棚から持ってきた参考書を手に取った。
「いいの?瀬川君の勉強が進まないんじゃ?」
「限度はあるが、人に教えることは自分にとっての最良の勉強法でもあるんでね。」
「じゃあ、よろしくお願いします。特にソレ(数学)。」
ヒトミとアリサによると、彼は1年の時からほぼ学年トップの成績をキープしてるって。
生徒会長になるくらいだから、元々は面倒見のいい人らしいけど、なんせ堅物なんだとか。
ポーカーフェイスだし、何でもソツなくこなしてるように見える。
欠点なんかあるのかな?ホント、掴み所がない。
参考書のページをめくる彼の細くて長い指。
伏せた目に掛かる長い睫毛。
あれ?こうやって間近で見たら、結構カッコいいんじゃない??
あまりに真面目なイメージが先行して、ルックスを気にしてなかったけど。

「かおる、この問題解いて。」
「は、はい。」
「…。」
「……、これは骨が折れるな。」
「ご、ごめんなさい。」
「まずは基本の計算問題からやろうか。」
「うん。」
小一時間ほど勉強を見てもらった。おかげで今日の授業までの所の問題は解けるようになった。
「今日はここまでにするか。」
「ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
「瀬川君、なんでもできてすごいね。私、数学ダメだから助かっちゃった。」
「…、俺にだって苦手なものはある。」
「ホントに?何なに?」
「…ソレは秘密。じゃまたな。暗くなる前に帰れよ。」
そう言って、彼は図書館から出て行った。
こうやって勉強を見てくれたりするのは、やっぱりただのおせっかいなんだろうなぁ。
◆6◆
学校から出ようとしたところで雨が降ってきた。
鞄に折り畳み傘を入れていたはずだったのに入ってない!
住宅街を抜けると駅前の繁華街に出る。そこまで辿り着けばアーケードだ。
頑張って走るしかない。
薄暗くなってきた住宅街で、なにやら犬の鳴き声が聞こえる。
見ると、ゴミ捨て場の片隅に段ボール箱があり、その中に子犬が1匹縮こまっていた。
「かわいそうに…。」
余分に持ってきていたサンドイッチを少し分けてやる。
「…どうしよう。」
そこに、傘を差した彼が通りかかった。
「ん?どうした?」
「あ、瀬川君。…子犬が…。」
「捨て犬か。情けを掛けるものではないな。飼えないんだろう?だったら、その犬の運命だ。」
「そんな…。」
「ほら、傘を貸してやるから、早く帰れ。」
傘を私に渡すと、彼は走って去っていった。
仕方なく私も駅に向かう。
「ごめんね…。」
アーケードまで辿り着いたものの、子犬が気になって仕方がない。
さっきの場所まで引き返した。
すると、彼がそこにいて、子犬を抱き上げてタオルで拭いていた。
「寒かっただろう?俺の家でも飼えないが、代わりに飼い主を探してやるからな。」
そのまま住宅街の奥へ、傘も差さずに歩いて行ってしまった。
その翌日、子犬の行方を聞こうと思ったのだけれど、彼は学校を休んだ。
◆7◆
放課後、ヒトミに瀬川君の家の住所を聞いて、お見舞いに行くことにした。
ヒトミ曰く、彼が学校を休むことは滅多にないらしい。
やっぱり、昨日、私に傘を貸したから、風邪ひいちゃったんだ…。
住所を頼りに携帯で地図検索。
何とか彼の部屋らしきところに辿り着いた。
駅近くのワンルームマンションだ。
ピンポーン♪
ドアのインターホンを押す。
しばらくして、ドアの鍵の音がガチャガチャとして、ドアが開いた。
「はい、誰…??」
よれよれっと彼が出てきた。

「瀬川君、大丈夫??」
「かおる…??」
よろめいた彼をとっさに支える。
「すまない…。」
「瀬川君、すごい熱じゃない!?」
「あぁ、今朝から具合が悪くて。」
「起こしてごめんね。寝てなきゃダメだね。」
彼を支えながら、部屋に上がりこんだ。
彼がベッドに横たわって言う。
「ごめん。部屋片付けてなくて。汗かいてるから汗臭いし。」
「そんなの気にしないで。薬飲んだ?ご飯は?」
「う、ん…。薬切らしてて。食欲無い。」
「風邪薬、持ってきたんだけど、飲む?」
「ありがとう。」
スポーツ飲料のペットボトルと薬を手渡した。
片付けていないと言った彼の部屋は、脱ぎ捨てた服が床にあった以外はキレイだった。
チェストの上にある畳んだタオルを借りて水に濡らす。
「おでこ、冷やした方が良いかも。」
「うん。」
彼のおでこにタオルを乗せる。彼は目を閉じ、力なく息を吐いた。
「…昨日、ごめんね。傘、ありがとう。」
「あぁ、気にするな。こっちこそごめん。心配掛けて。」
「あの、プリンとレトルトのおかゆ持ってきたの。具合が良くなってきたら食べて。」
「うん。あぁ、そういえば、昨日の子犬。気にしてるだろ?」
「うん。」
「ペットショップで預かって貰ってるんだ。貰い手が見つかるといいんだけど。」
「ありがとう。」
「…ほら、風邪が感染るといけないから、もう帰って。」
「大丈夫なの?」
「ま、寝てればそのうち良くなる。明日はまだムリかも知れないけど。」
「わかった。じゃあ、帰る。連絡先書いとくから、何かあったら連絡してね。」
「かおる、ありがとう。」
「うん。。。お大事に。」
◆8◆
今日の瀬川君は、今までのイメージとちょっと違った。
風邪ひいて、熱出してたんだから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
いつもビシッとしてる堅い雰囲気だったけど、今日はちょっと優しく感じたかも。
子犬のこともそうだけど、ホントは凄く優しいんだよね。
口調もキツいし、表情もあんまり変えないから、そう思わなかったけど。
いつか、私の前では優しく笑ってくれたらいいのにな。
弱ってるところなんかも絶対に見せたくないんだろうけど、私の前では気にしないでくれたらいいのにな。
大丈夫かなぁ…。連絡ないから大丈夫なんだろうけど、心配。
自宅から彼の家まで、自転車だったら40分くらい。
さすがに夜に出掛けるのはムリよね。
そのまま諦めて寝てしまった。
翌朝、学校に行くと、彼が登校してきた。
「おはよう。」
「あ、おはよう。もう大丈夫なの?」
「ああ、おかげさまで。」
そう言ったきり、こちらを見てはくれなかった。
まだ調子が戻らないのかと思って、聞いてみる。
「もしかして、まだ調子悪いんじゃない?」
「…悪いが、話しかけないでくれるか?」
「えっ。…ごめんなさい。」
彼は前を向いたまま、鞄から荷物を出していた。
どうしたんだろう?
やっぱり昨日、家まで押しかけたのが嫌だったのかな?
彼女でもないんだもんね。
風邪ひかせちゃって、勉強の邪魔しちゃった訳だし。
私、舞い上がってたのかもしれない。
ちょっと近づけたと思ったのに、全然ダメだ。
瀬川君、ごめんね。
私のこと、嫌わないで。
◆9◆
「じゃぁ、終礼終わり。日直!」
「起立、礼ー。」
結局、その日はずっと、彼が話しかけてくれることはなかった。
そもそも、彼は誰とも口を利いていない気がする。
隣の席の彼の様子を伺っていたけど、表情はずっと険しいままで、こちらを見る気配すらない。
前の席に座るヒトミが声を掛けてきた。
「カオル、本屋さんに行かない?買いたい雑誌があるんだー。」
「うん、いいよ。」
そこに、アリサも合流。
「ヒトミ、私も今日はクラブないし、一緒に行く〜。」
「じゃぁ、行こっか。」
私たちは鞄を持って、ガタガタと立ち上がった。
「瀬川君、また明日ー。」
「…。」
声を掛けたけど、無視されてしまった。
教室を出てからヒトミが聞く。
「会長、どうしたの?機嫌悪いねー。」
「んー…。」
「カオル、なんかあったの?昨日、彼の家に行ったんでしょ?」
「うん…。」
え!?なにそれ?って驚いているアリサにヒトミが説明する。
「昨日さぁ、会長休んだでしょ?カオル、お見舞いに行ったんだよね?」
「うん…。その前の日に、瀬川君、自分が差してた傘貸してくれて。ずぶぬれで帰ったの。」
「それで??」
「やっぱり彼、すごい熱出してて。薬と食べ物を渡してきただけだから、別に何もなかったんだけど…。」
「うんうん。」「それから?」
「わかんない。今朝からまともに口利いてくれなくて。私が家まで行ったから怒ってるのかも。」
「うーん。」「っていうか、カオル、会長のこと好きなの!?」
「え!?やだ、そんなこと…。ただ、私のせいかなって思っただけだよ!」
顔が熱い。思いっきりバレバレだ。
「ふーん。」「そうなんだー。ああいうのがタイプかぁー。」
ヒトミもアリサもニヤニヤしてこっちを見る。
「あーもう!この話終わり!!」
「照れちゃってカワイイの!」「会長、やるなー。」
「早く行こうよっ!」
二人を置いて、昇降口までバタバタと走った。
◆10◆
翌日もその翌日も、挨拶くらいはしてくれるものの、一向に私と話をしてくれない。
生徒会の人たちとは普段どおりに話しているみたいなのに。
話しかけるたびに嫌そうな表情をするので、怖くなって、とうとう私も彼を避け始めた。
席は隣同士なのに全く何も話さない。不自然。
でも、来週はテスト期間だから席順が変わる。
少し気が楽かもしれない。
「テスト勉強、頑張らなきゃなー。」
そう思って机に向かうものの、身が入らない。
「瀬川君も今頃部屋で机に向かってるのかなぁ…。」
と、こんな具合で心の中に彼が居る。
もう嫌われちゃったんだから仕方ない、これ以上嫌われるのは嫌だから関わらないでおこう、と思ってるのに、でもやっぱり好き。
重症、いや末期だ。
いよいよテストまで残すところわずか。
連日、勉強しているわけではないのに寝不足。
テスト前なのに、授業中に居眠りしてしまった。
休憩時間になって起こされた。
「おい!」
「は、はい!」
声の主は彼だった。
驚いてとっさに逃げようとしたところ、手首を掴まれた。
「ちょっと来い。」
「え?なに?」
そのまま、向かいの特別教室棟の生徒会室まで連れてこられた。
私を椅子に座らせるとパタンと扉を閉め、彼は窓際の方に歩いていった。
「君、朝食ちゃんと食べてきたか?」
向こうを向いたままで表情は分からないけど、怒ってる声だ。
「今日は寝坊して…。」
「そんなことだろうと思った。食べなきゃ頭が働かない。テスト勉強?付け焼刃で詰め込んでもダメだ。」
「う、うん…。」
「ほら、これを食べておけ。」
棚の隅からクッキーを出してくれた。
「俺の非常食。…誰にも言うなよ。じゃあな。」
「ありがと…。」
こちらをほとんど見ないまま、生徒会室から出て行ってしまった。
私のことを気に掛けてくれて嬉しいけど、どういうつもりなんだろう…?
◆11◆
クッキーを食べ終わって、教室に戻る。
席に着いて、彼にお礼を言おうとする。
「あの…。」
「…。」
チラッとこちらを見たものの、やっぱり無視されてしまった。
つ、辛い。堪える。
お見舞いに行ったのは先週だったから、かれこれ10日くらい?
いよいよ土日明ければテスト。席順が変わる。
席順が変わっても何も進展しないけど。
何とか土日で付け焼刃を磨き上げて、3日間のテストを乗り切った。
まだ成績は分からないけど、転校初回にしては頑張ったはず。
彼と話す必要が全くなかったのがちょっと救いだった。
終礼の後に席順を元に戻す。
また、彼の隣だ。
「テスト終わったね。」
「…。」
やっぱり、何も言ってくれない。こっちも見てくれない。涙目になる。
うつむいていたら、アリサが来た。
「ねぇねぇ、ヒトミ、カオル。テスト終わったし、カラオケ行かない??」
「いいね!カオル、行こう?」
「うん…。」
「どしたの?カオル?」
「ゴメン。私、今日は行けない。ゴメンね。」
顔が上げられないまま、鞄を持って教室を出た。
「カオル!」
涙がこぼれそう。こんな顔じゃ外歩けない。
昇降口まで来たものの、そのまま家に帰る気にもならなかった。
校舎の外から回って中庭に抜ける。
クラブ活動の生徒が数人通ったけど、図書館の横にあるこの場所はテスト明けということもあって、ほとんど人が居なかった。
ベンチに座って、花壇の花を眺めていた。
「なんで、こうなっちゃったんだろう…。」
膝の上に涙がこぼれた。
◆12◆
しばらくして、ベンチの横に誰かが座った。
「はい。涙拭いて。」
目を開けると紺色のハンカチが差し出されていた。
持ち主を横目で見てみると、制服のスラックス、細身の脚が見えた。多分彼だ。
「ううん、自分のがあるから。」
ポケットから自分のハンカチを出して涙を拭いた。
「…。」
「…。」
二人とも無言になった。あぁ、耐えられない。
立ち上がろうとしたそのとき、
「かおる、ゴメン。」
と彼が謝ってきた。
「え?」
顔を上げて彼を見る。彼は顔を逸らしていた。
「俺、君にはそんな顔をさせたくないんだ。」
「…!」
「わかってる。でも、どうしたらいいかわからなくて。」
「…。」
「ホントは、君には笑っていて欲しい。」

「瀬川君…。…じゃあ、こっち向いてよ。」
「…。」
彼はそっと私を見た。ちょっと顔が赤い。
「うふふ。瀬川君、顔、赤いよ?」
「っ!!!言うなっ!」
ますます赤くなった彼がかわいかった。
「あははは!」
「〜〜〜!! …まぁ、いいや。かおるはその笑顔じゃないと。」
ふふっと、彼が笑った。
「じゃあ、瀬川君オススメのケーキのお店に連れてってよ。もちろん瀬川君のおごりで。」
「調子に乗るな!…でも、今日は俺も食べたいからおごってやる。」
「やったー!」
「今日だけだからな!!」
またそっぽ向いてる彼。なんだ、照れ隠しだったのね。
あんまり攻めると怒りそうだから、控え目にしておいてあげる。
◆13◆
あれから、彼に無視されることはなくなった。
でも、やっぱり恥ずかしいみたいで、普段、あんまり打ち解けた感じはしない。
生徒会の仕事がない日は、図書館で私の勉強を見てくれるようになった。
「はい、じゃあ、次。」
「えっと…。ここ、wasじゃないの?」
「問題よく見ろ。時制の一致。過去から大過去にするんだろ?」
「あぁ、なるほど。じゃぁ、had beenだ。」
「そ。…バカだな。」
「バカバカ言わないでよ。自分でもわかってるんだから。」
「わかっているだけマシか。」
「むぅ。」
彼はなかなか厳しい先生だ。
おかげで、授業の理解度がかなり上がった。
というか、上がらなければ、彼が怒る。
「じゃあ、今日はこの辺で。」
「瀬川君、ありがとう。」
「どういたしまして。駅まで送ってやる。」
「うん。」
図書館からの帰り道、他愛もない話をするようになった。
彼の家族の話や私の以前住んでいたところの話、オススメのケーキ屋さんや馴染みの古本屋さんの話。
絶対他の人には見せないんだろうなっていう生き生きした表情。
いつもこれくらい明るかったら、近寄りがたいなんて思われないのに。
多分私だけが知ってるんだろうな、っていうのがとても嬉しい。
◆14◆
駅に着いた。
「じゃあね。」と彼と別れたのもつかの間、改札から出てきた人とぶつかってしまった。
「きゃ。ご、ごめんなさい。」
よろけながら相手を見ると、ちょっと柄が悪そうな他校の生徒だった。
「お前、前見て歩けよ。痛てえじゃねーか。」
「ごめんなさい。」
すり抜けて通り過ぎようとしたものの、仲間3人に行く手を阻まれた。
「おい、このまま帰る気かよ?」
「…。」
どうしたものかと困っていたら、彼が気付いてこちらに来た。
「かおる、どうした?」
「あ、私がうっかりしてて、この人にぶつかっちゃって…。」
「そーそー、痛かったよなー。」
彼も一緒に囲まれてしまった。
「怪我でもしたのなら、病院に行けばいい。なんなら、被害届を出しに警察へ付き合ってやってもいいぞ。」
「てめえ、カッコつけてんじゃねーぞ!」
相手が彼に近づく。殴られちゃう!そう思って目を瞑った。
ガツッ!
見ると彼が鞄でかわしていた。
あっ、と思ったときにはもう遅く、他の仲間が彼を後から殴った。
「ううっ…。」
彼が後頭部を押さえてしゃがみこんだ。
「やめてよっ!」
頭に来て、鞄で相手3人を殴ってやった。
そこへ騒ぎに気付いた駅員が飛んできた。
「そこ、何やってる!!」
「やべっ!行こうぜ!」
絡んできた生徒たちが逃げ去っていった。
駅員が彼に声を掛ける。
「君、どうした、大丈夫か?」
「はい…。かおる、大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫。瀬川君…、手当てしないと。」
「駅員室で手当てしよう。」
駅員さんがそう言ってくれたものの、後々面倒だと思ったのか、彼は断ってしまった。
「いえ、大したことありませんから。ちょっと揉めただけなんで。失礼します。」
駅の外のベンチに並んで座る。
「痛てぇ…。」
「無茶するからだよ。これで冷やして。」
ファーストフード店で貰ってきた氷袋を彼に渡す。受け取って頭を冷やしている。

「俺、喧嘩は苦手なんだよな。」
「得意な人もそんなに居ません。」
「カッコ悪いな、俺。」
彼がはぁっと溜め息をつきながら言った。
「そんなことない。…ごめんね。」
「謝るな。かおるに怪我がなくて良かった。」
「病院に行ったほうがいいんじゃない?」
「多分大丈夫だ。段々痛みが取れてきたし。さ、今度はちゃんと前見て歩けよ。」
そう言って、私の肩をポンと叩いた。
「心配だよ…。」
「…そんなに言うなら、俺の部屋に泊まるか?」
「うん…。」
「バカ。冗談だ。早く帰れ。」
「わかった。瀬川君も気をつけて。」
「ああ、じゃあな。」
ちょっと不機嫌な彼と別れて改札を通った。
本気でも良かったのに、と思いつつ、冗談が言えるほどなんだから大丈夫、と自分に言い聞かせて家に帰った。
◆15◆
あの一件以来、彼も私には時々弱音を吐くようになった。
あんな冗談が言える位に気を許してくれているんだと思う。
まだまだ、随分カッコつけてる感じはするのだけど、それはそれでかわいいし、彼が言うことは大抵説得力があって、それはカッコいいと思う。
転校してきてから2ヶ月、最初のことを考えたらすごく進展していると思うけど、これ以上望むのは無理だろうなぁ。
そう思っていたら、恒例の放課後図書館デート(?)の帰りに彼がこんなことを言った。
「…今度、二人で夏祭りに行かないか?」
そういえば、学校以外の場所で会ったことってほとんどないなぁ、と思いながら返事。
「え?うん、いいよ。」
「ホントに?」
「??なんで?」
「友達として誘ってるんじゃないぞ?」
「!」
びっくりした。彼は真面目だから、受験が終わってからだろうと思ってた。
彼が立ち止まった。
「…俺じゃ、ダメか?」
心配そうな顔でこちらを見つめる。
「かおる…?」
心臓の鼓動が早まる。
そんなの聞かなくったってわかってるくせに。もう、自信満々でしょ?
「…ばか。…イイに決まってるでしょ!」
私が彼の手を取った。彼が私の手をぎゅっと握り返した。

前を向いた彼が言う。
「じゃあ、『瀬川君』はやめないか?」
「んー。じゃあ、『あっちゃん』?」
「OK」
「あっちゃん、おしゃれしてくるから、楽しみにしててね!」
「わかった。」
彼が私を見て優しく微笑んだ。きっと私も笑っていると思う。
二人で手を繋いで駅に向かう。
夕日がまぶしい。明日もきっといい天気だ。
−終−
---------------------------------------------
エピソード1
エピソード2>
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0
注)本文中にある名称は実在の物・人・団体とはなんら関係ありません。
ウェブカレはリンクシンク社のSNSサービス名です。
小説内には一部ウェブカレのイベントに近い箇所があります。
小説内には一部ウェブカレのイベントの内容を引用した箇所があります。(ネタバレ注意)
小説内の設定は必ずしもウェブカレ公式設定と同じではありません。
---------------------------------------------
◆1◆
今日から新しい学校。
急遽父親の転勤が決まり、学期の途中にも拘わらず、系列校へ転入することになった。
…どうしよう。友達、できるかな?
ドキドキしながら先生に連れられて教室に入る。生徒たちがガタガタと席につく。
「おはよう、みんな。今日からクラスメイトが一人増える。奥崎かおるさんだ。」
肩をポンと叩かれた。自己紹介しろということかしら?
「奥崎かおるです。…よろしくお願いします。」
「みんな彼女はまだ学校に不慣れだから親切にしてやってくれよ。…生徒会長、よろしく頼むな。」
生徒会長と呼ばれた男子生徒が立ち上がって返事をする。
「奥崎、彼の隣が君の席だよ。」
机の列の間を歩いて彼の隣まで来た。
「奥崎サン、瀬川篤です。よろしく。」
「よ、よろしくお願いします。」
黒髪で眼鏡の長身の彼は、無表情のまま、名乗るとストンと椅子に座った。
1時間目の後、彼が声を掛けてきた。
「学校内の案内、要る?」
「え?うん。お願いします。」
「休憩10分だからこのフロアから見えるとこだけな。残りは昼休みに。」
教室を出て、廊下の窓際に立つ。

「この校舎は一般教室棟で、階段は端と真ん中で3箇所。トイレは端に2箇所。1フロア1学年で1階が1年、2階が2年、3階が3年だから。」
「うん。」
「で、向こうに見えてる校舎が特別教室棟。1階に職員室がある。玄関横だし、今朝もきっと通ってきただろう?」
「うん。」
「…。」
「終わり??」
「まぁ、理科室や音楽室なんかは移動教室のときに教えてやろう。他、聞きたいことは?」
「えっと…、保健室とかは?」
「あぁ、職員室の横だな。校長室や進路指導室なんかもある。」
「えっと、えっと、売店とか食堂は??」
「…ふふ。君、腹が空いているのか?」
「違うよっ。」
「分かった。昼休みは一緒に食べに行こうか。その後、体育館や図書館なんかにも案内しよう。じゃあ、次の授業の準備があるからこれで。」
あっという間に説明が終わり、彼はスタスタと歩いていってしまった。
◆2◆
チャイムが鳴った。昼休みだ。彼と食堂へ行く約束だ。
「奥崎サン、弁当持った?」
「うん。」
「じゃ、行こうか。」
二人で教室を出る。教室に残る人も多い。多分、お弁当を持っている人は教室で食べるのが普通なんだろう。
「瀬川君はいつも食堂で食べるの?」
「いや、いつもは生徒会室で食べてるんだ。あまり人の出入りが無くて落ち着くから。」
「そうなの?ごめんね。」
「たまにはいいさ。」
1階まで降りて、渡り廊下を歩く。中庭を過ぎると大きな建物があった。
「ここだよ。ここの1階が食堂と売店。2階と3階が図書館だから。もひとつ向こうの棟の1階が体育館で2階が礼拝堂。裏手に体育会系の部室がある。」
「わぁ、ほんと大きいね。」
「だろう?図書館の蔵書は中々のものだ。」
食堂に入っていくと、いろんな人がこちらを見る。
(会長だ、珍しい!)
(一緒にいるあの子、誰?彼女??)
彼の横顔を見てみた。困った顔でもするのかと思ったけど、彼は全くの無表情だった。
でも、生徒会室でご飯食べる気持ちがちょっと分かった気がする。
空いているテーブルを確保すると、彼はコップにお茶を汲んで持ってきてくれた。
「さて、食べようか。」
「うん。」
二人で並んでお弁当を広げる。瀬川君のお弁当箱は思っていたよりもかなり小さめでかわいらしいものだった。
「瀬川君、その量で足りるの??」
「え、あぁ、まぁ…。」
バツの悪そうな顔をした。
「君こそ、結構豪快な弁当じゃないか?」
「あはははは…。」
「奥崎サンの手作り?」
「うん、まぁ。あんまりキレイに作れなくて。」
「ふふ。君らしいよ。」
「むぅ。…瀬川君のはお母さんが作ってるの?」
「いや、俺、下宿してるから自分で作ってるよ。」
「えぇ!!すごい!!」
「で、この量なのは、食後の楽しみがあるからなんだけど。」
「??」
「ケーキ。君にも分けてやろう。」
「…まさか。。。」
「そ、俺の手作り。」
ガーン。私よりもずっと乙女なんですけどっ。
◆3◆
終礼が終わった。
「瀬川君、今日は色々教えてくれてありがとう。」
「あぁ、気にするな。俺にできることなら頼ってくれて構わない。」
「じゃあ、また明日ね。」
「あぁ。」
昼に食べた彼のケーキ。
紅茶の葉が入ったパウンドケーキだった。アールグレイの独特の香りがした。
お菓子作りが趣味なんだとか。
それから、図書館にも連れて行ってもらった。
読書も趣味だとかで、本が見つけられないときは聞いてくれって言ってた。
すごいなぁ。。。
それに、あんなに無愛想なのに、お菓子と本の話のときはちょっと柔らかい表情になるのね。
なんか、かわいい。。。
……!
いやいや、違う。そうじゃない。ダメだったら。
そんな、まさか、私。。。
「おい。」
「きゃっ!!」
突然、後から肩を掴まれた。
「奥崎サン、前見て歩かないと、電柱にぶつかる。」
「え?」

確かに目の前に電柱があった。振り向くと瀬川君だった。
「わぁぁぁっ!」
驚いた私を見て唖然としたけど、次の瞬間。
「あはははは!奥崎サン、君って面白い。」
彼は涙が出るほど笑った。
「…。」
「いや、ごめん。でもホント、君、見てて飽きない。」
彼はちょっと膨れっ面になった私を見て謝る。
「じゃあ、『かおる』、気をつけて帰れよ。」
彼はポンポンっと私の頭を叩いて駅の方に向かって歩いていった。
自分でも顔が赤くなるのが分かった。
…ダメだ。完全に恋に落ちた。
◆4◆
どうしよう。どんな顔して席に着けばいいのか分からない。
…絶対気付かれちゃいけないと思う。
すぐ顔に出ちゃうからなぁ…。
昇降口で靴を履き替えながら、はぁっとため息をつく。
まだ新しい校内履きが見えている。
「おはよう、かおる。」
「うん、おはよー。」
頭上で声がした。
…あれ?昨日、転校してきたばかりで友達居ないんだけど??
顔を上げると、靴を履き替えている瀬川君がいた。
「ねぇ、なんで、突然『かおる』なの?」
しれっとこっちを見た彼は、
「奥崎サンって言いにくい。それだけ。」
そう言い放った。
彼が隣の席に居る。
次の席替えはいつだろう?多分1ヶ月くらいは先だよね。
ただでさえ、友達も居ないし、教科書も変わって訳分かんない状態なのに、こんなんじゃ授業に付いていけない。
とりあえず、板書だけはしっかりノートに書き写す。
突然、先生が私を指した。
「このクラスは転校生が居たな。えっと、奥崎、ここ、分かるか?」
「は、はいっ。」
「じゃあ、答えて。」
「…。あはは、まだ前の学校でここやってなくて、すみません。」
頭を掻きながら謝る。先生もしまったという顔をしつつ、次に当てる生徒を探している。
「そうか、仕方ないな、じゃあ、隣、瀬川。」
「はい。」
彼が立ち上がって、黒板の前に行き、すらすらとチョークで答えを書いた。
「おう、流石だな、正解だ。奥崎はちゃんと予習して来いよ。」
「はーい…。」
席に戻ってきてから、彼はしばらく私の方を見ていたけど、特に何か声を掛けられる事もなかった。
あぁ、もしかして、呆れられちゃったかなぁ…。
◆5◆
転校してきてから1週間ほど経った。
近くの席に座っているヒトミや、自宅が近所のアリサとだんだん仲良くなってきて、学校では彼女たちと居ることが増えてきた。
瀬川君とは隣の席だけど、必要最低限と思える分しか話をすることがなくなった。
もちろん、何の進展もある訳がない。ちょっと寂しいけど、これなら私の気持ちに気付かないと思う。
「ヒトミ、今日はどこかに寄ってく?」
ヒトミに声を掛ける。
「ごめん〜、今日はカレシとデートする約束なんだよね。」
「アリサは今日、クラブだよね?」
「そうなんだー、カオルも何かクラブに入ればいいのに。」
「でも、もう3年生だし、すぐ引退でしょ?」
「それもそうかー。」
他愛もない会話の後、それぞれ別れる。
もうすぐ定期テストだし、たまには図書館にでも行って、勉強するかなぁ。
自習室に入ろうとしたけど、満席で入れなかった。
仕方がないので、閲覧室に入って勉強することにした。
参考書を書棚から取ってきて教科書とノートを開いたところで、声を掛けられた。
「おや、珍しい。かおるが図書館に来るの、あれ以来じゃないか?」
「瀬川君…。瀬川君は毎日図書館に来てるの?」
「まぁね。生徒会の用事がなければ、放課後は図書館に居ることが多いな。」
「…。」
「おっと失敬。勉強、頑張ってくれたまえ。」
そのまま彼が立ち去るのかと思った。
「…かおる、俺が勉強をみてやろうか?」
そういって、私が書棚から持ってきた参考書を手に取った。
「いいの?瀬川君の勉強が進まないんじゃ?」
「限度はあるが、人に教えることは自分にとっての最良の勉強法でもあるんでね。」
「じゃあ、よろしくお願いします。特にソレ(数学)。」
ヒトミとアリサによると、彼は1年の時からほぼ学年トップの成績をキープしてるって。
生徒会長になるくらいだから、元々は面倒見のいい人らしいけど、なんせ堅物なんだとか。
ポーカーフェイスだし、何でもソツなくこなしてるように見える。
欠点なんかあるのかな?ホント、掴み所がない。
参考書のページをめくる彼の細くて長い指。
伏せた目に掛かる長い睫毛。
あれ?こうやって間近で見たら、結構カッコいいんじゃない??
あまりに真面目なイメージが先行して、ルックスを気にしてなかったけど。

「かおる、この問題解いて。」
「は、はい。」
「…。」
「……、これは骨が折れるな。」
「ご、ごめんなさい。」
「まずは基本の計算問題からやろうか。」
「うん。」
小一時間ほど勉強を見てもらった。おかげで今日の授業までの所の問題は解けるようになった。
「今日はここまでにするか。」
「ありがとう。」
「いいえ、どういたしまして。」
「瀬川君、なんでもできてすごいね。私、数学ダメだから助かっちゃった。」
「…、俺にだって苦手なものはある。」
「ホントに?何なに?」
「…ソレは秘密。じゃまたな。暗くなる前に帰れよ。」
そう言って、彼は図書館から出て行った。
こうやって勉強を見てくれたりするのは、やっぱりただのおせっかいなんだろうなぁ。
◆6◆
学校から出ようとしたところで雨が降ってきた。
鞄に折り畳み傘を入れていたはずだったのに入ってない!
住宅街を抜けると駅前の繁華街に出る。そこまで辿り着けばアーケードだ。
頑張って走るしかない。
薄暗くなってきた住宅街で、なにやら犬の鳴き声が聞こえる。
見ると、ゴミ捨て場の片隅に段ボール箱があり、その中に子犬が1匹縮こまっていた。
「かわいそうに…。」
余分に持ってきていたサンドイッチを少し分けてやる。
「…どうしよう。」
そこに、傘を差した彼が通りかかった。
「ん?どうした?」
「あ、瀬川君。…子犬が…。」
「捨て犬か。情けを掛けるものではないな。飼えないんだろう?だったら、その犬の運命だ。」
「そんな…。」
「ほら、傘を貸してやるから、早く帰れ。」
傘を私に渡すと、彼は走って去っていった。
仕方なく私も駅に向かう。
「ごめんね…。」
アーケードまで辿り着いたものの、子犬が気になって仕方がない。
さっきの場所まで引き返した。
すると、彼がそこにいて、子犬を抱き上げてタオルで拭いていた。
「寒かっただろう?俺の家でも飼えないが、代わりに飼い主を探してやるからな。」
そのまま住宅街の奥へ、傘も差さずに歩いて行ってしまった。
その翌日、子犬の行方を聞こうと思ったのだけれど、彼は学校を休んだ。
◆7◆
放課後、ヒトミに瀬川君の家の住所を聞いて、お見舞いに行くことにした。
ヒトミ曰く、彼が学校を休むことは滅多にないらしい。
やっぱり、昨日、私に傘を貸したから、風邪ひいちゃったんだ…。
住所を頼りに携帯で地図検索。
何とか彼の部屋らしきところに辿り着いた。
駅近くのワンルームマンションだ。
ピンポーン♪
ドアのインターホンを押す。
しばらくして、ドアの鍵の音がガチャガチャとして、ドアが開いた。
「はい、誰…??」
よれよれっと彼が出てきた。

「瀬川君、大丈夫??」
「かおる…??」
よろめいた彼をとっさに支える。
「すまない…。」
「瀬川君、すごい熱じゃない!?」
「あぁ、今朝から具合が悪くて。」
「起こしてごめんね。寝てなきゃダメだね。」
彼を支えながら、部屋に上がりこんだ。
彼がベッドに横たわって言う。
「ごめん。部屋片付けてなくて。汗かいてるから汗臭いし。」
「そんなの気にしないで。薬飲んだ?ご飯は?」
「う、ん…。薬切らしてて。食欲無い。」
「風邪薬、持ってきたんだけど、飲む?」
「ありがとう。」
スポーツ飲料のペットボトルと薬を手渡した。
片付けていないと言った彼の部屋は、脱ぎ捨てた服が床にあった以外はキレイだった。
チェストの上にある畳んだタオルを借りて水に濡らす。
「おでこ、冷やした方が良いかも。」
「うん。」
彼のおでこにタオルを乗せる。彼は目を閉じ、力なく息を吐いた。
「…昨日、ごめんね。傘、ありがとう。」
「あぁ、気にするな。こっちこそごめん。心配掛けて。」
「あの、プリンとレトルトのおかゆ持ってきたの。具合が良くなってきたら食べて。」
「うん。あぁ、そういえば、昨日の子犬。気にしてるだろ?」
「うん。」
「ペットショップで預かって貰ってるんだ。貰い手が見つかるといいんだけど。」
「ありがとう。」
「…ほら、風邪が感染るといけないから、もう帰って。」
「大丈夫なの?」
「ま、寝てればそのうち良くなる。明日はまだムリかも知れないけど。」
「わかった。じゃあ、帰る。連絡先書いとくから、何かあったら連絡してね。」
「かおる、ありがとう。」
「うん。。。お大事に。」
◆8◆
今日の瀬川君は、今までのイメージとちょっと違った。
風邪ひいて、熱出してたんだから、当たり前といえば当たり前なんだけど。
いつもビシッとしてる堅い雰囲気だったけど、今日はちょっと優しく感じたかも。
子犬のこともそうだけど、ホントは凄く優しいんだよね。
口調もキツいし、表情もあんまり変えないから、そう思わなかったけど。
いつか、私の前では優しく笑ってくれたらいいのにな。
弱ってるところなんかも絶対に見せたくないんだろうけど、私の前では気にしないでくれたらいいのにな。
大丈夫かなぁ…。連絡ないから大丈夫なんだろうけど、心配。
自宅から彼の家まで、自転車だったら40分くらい。
さすがに夜に出掛けるのはムリよね。
そのまま諦めて寝てしまった。
翌朝、学校に行くと、彼が登校してきた。
「おはよう。」
「あ、おはよう。もう大丈夫なの?」
「ああ、おかげさまで。」
そう言ったきり、こちらを見てはくれなかった。
まだ調子が戻らないのかと思って、聞いてみる。
「もしかして、まだ調子悪いんじゃない?」
「…悪いが、話しかけないでくれるか?」
「えっ。…ごめんなさい。」
彼は前を向いたまま、鞄から荷物を出していた。
どうしたんだろう?
やっぱり昨日、家まで押しかけたのが嫌だったのかな?
彼女でもないんだもんね。
風邪ひかせちゃって、勉強の邪魔しちゃった訳だし。
私、舞い上がってたのかもしれない。
ちょっと近づけたと思ったのに、全然ダメだ。
瀬川君、ごめんね。
私のこと、嫌わないで。
◆9◆
「じゃぁ、終礼終わり。日直!」
「起立、礼ー。」
結局、その日はずっと、彼が話しかけてくれることはなかった。
そもそも、彼は誰とも口を利いていない気がする。
隣の席の彼の様子を伺っていたけど、表情はずっと険しいままで、こちらを見る気配すらない。
前の席に座るヒトミが声を掛けてきた。
「カオル、本屋さんに行かない?買いたい雑誌があるんだー。」
「うん、いいよ。」
そこに、アリサも合流。
「ヒトミ、私も今日はクラブないし、一緒に行く〜。」
「じゃぁ、行こっか。」
私たちは鞄を持って、ガタガタと立ち上がった。
「瀬川君、また明日ー。」
「…。」
声を掛けたけど、無視されてしまった。
教室を出てからヒトミが聞く。
「会長、どうしたの?機嫌悪いねー。」
「んー…。」
「カオル、なんかあったの?昨日、彼の家に行ったんでしょ?」
「うん…。」
え!?なにそれ?って驚いているアリサにヒトミが説明する。
「昨日さぁ、会長休んだでしょ?カオル、お見舞いに行ったんだよね?」
「うん…。その前の日に、瀬川君、自分が差してた傘貸してくれて。ずぶぬれで帰ったの。」
「それで??」
「やっぱり彼、すごい熱出してて。薬と食べ物を渡してきただけだから、別に何もなかったんだけど…。」
「うんうん。」「それから?」
「わかんない。今朝からまともに口利いてくれなくて。私が家まで行ったから怒ってるのかも。」
「うーん。」「っていうか、カオル、会長のこと好きなの!?」
「え!?やだ、そんなこと…。ただ、私のせいかなって思っただけだよ!」
顔が熱い。思いっきりバレバレだ。
「ふーん。」「そうなんだー。ああいうのがタイプかぁー。」
ヒトミもアリサもニヤニヤしてこっちを見る。
「あーもう!この話終わり!!」
「照れちゃってカワイイの!」「会長、やるなー。」
「早く行こうよっ!」
二人を置いて、昇降口までバタバタと走った。
◆10◆
翌日もその翌日も、挨拶くらいはしてくれるものの、一向に私と話をしてくれない。
生徒会の人たちとは普段どおりに話しているみたいなのに。
話しかけるたびに嫌そうな表情をするので、怖くなって、とうとう私も彼を避け始めた。
席は隣同士なのに全く何も話さない。不自然。
でも、来週はテスト期間だから席順が変わる。
少し気が楽かもしれない。
「テスト勉強、頑張らなきゃなー。」
そう思って机に向かうものの、身が入らない。
「瀬川君も今頃部屋で机に向かってるのかなぁ…。」
と、こんな具合で心の中に彼が居る。
もう嫌われちゃったんだから仕方ない、これ以上嫌われるのは嫌だから関わらないでおこう、と思ってるのに、でもやっぱり好き。
重症、いや末期だ。
いよいよテストまで残すところわずか。
連日、勉強しているわけではないのに寝不足。
テスト前なのに、授業中に居眠りしてしまった。
休憩時間になって起こされた。
「おい!」
「は、はい!」
声の主は彼だった。
驚いてとっさに逃げようとしたところ、手首を掴まれた。
「ちょっと来い。」
「え?なに?」
そのまま、向かいの特別教室棟の生徒会室まで連れてこられた。
私を椅子に座らせるとパタンと扉を閉め、彼は窓際の方に歩いていった。
「君、朝食ちゃんと食べてきたか?」
向こうを向いたままで表情は分からないけど、怒ってる声だ。
「今日は寝坊して…。」
「そんなことだろうと思った。食べなきゃ頭が働かない。テスト勉強?付け焼刃で詰め込んでもダメだ。」
「う、うん…。」
「ほら、これを食べておけ。」
棚の隅からクッキーを出してくれた。
「俺の非常食。…誰にも言うなよ。じゃあな。」
「ありがと…。」
こちらをほとんど見ないまま、生徒会室から出て行ってしまった。
私のことを気に掛けてくれて嬉しいけど、どういうつもりなんだろう…?
◆11◆
クッキーを食べ終わって、教室に戻る。
席に着いて、彼にお礼を言おうとする。
「あの…。」
「…。」
チラッとこちらを見たものの、やっぱり無視されてしまった。
つ、辛い。堪える。
お見舞いに行ったのは先週だったから、かれこれ10日くらい?
いよいよ土日明ければテスト。席順が変わる。
席順が変わっても何も進展しないけど。
何とか土日で付け焼刃を磨き上げて、3日間のテストを乗り切った。
まだ成績は分からないけど、転校初回にしては頑張ったはず。
彼と話す必要が全くなかったのがちょっと救いだった。
終礼の後に席順を元に戻す。
また、彼の隣だ。
「テスト終わったね。」
「…。」
やっぱり、何も言ってくれない。こっちも見てくれない。涙目になる。
うつむいていたら、アリサが来た。
「ねぇねぇ、ヒトミ、カオル。テスト終わったし、カラオケ行かない??」
「いいね!カオル、行こう?」
「うん…。」
「どしたの?カオル?」
「ゴメン。私、今日は行けない。ゴメンね。」
顔が上げられないまま、鞄を持って教室を出た。
「カオル!」
涙がこぼれそう。こんな顔じゃ外歩けない。
昇降口まで来たものの、そのまま家に帰る気にもならなかった。
校舎の外から回って中庭に抜ける。
クラブ活動の生徒が数人通ったけど、図書館の横にあるこの場所はテスト明けということもあって、ほとんど人が居なかった。
ベンチに座って、花壇の花を眺めていた。
「なんで、こうなっちゃったんだろう…。」
膝の上に涙がこぼれた。
◆12◆
しばらくして、ベンチの横に誰かが座った。
「はい。涙拭いて。」
目を開けると紺色のハンカチが差し出されていた。
持ち主を横目で見てみると、制服のスラックス、細身の脚が見えた。多分彼だ。
「ううん、自分のがあるから。」
ポケットから自分のハンカチを出して涙を拭いた。
「…。」
「…。」
二人とも無言になった。あぁ、耐えられない。
立ち上がろうとしたそのとき、
「かおる、ゴメン。」
と彼が謝ってきた。
「え?」
顔を上げて彼を見る。彼は顔を逸らしていた。
「俺、君にはそんな顔をさせたくないんだ。」
「…!」
「わかってる。でも、どうしたらいいかわからなくて。」
「…。」
「ホントは、君には笑っていて欲しい。」

「瀬川君…。…じゃあ、こっち向いてよ。」
「…。」
彼はそっと私を見た。ちょっと顔が赤い。
「うふふ。瀬川君、顔、赤いよ?」
「っ!!!言うなっ!」
ますます赤くなった彼がかわいかった。
「あははは!」
「〜〜〜!! …まぁ、いいや。かおるはその笑顔じゃないと。」
ふふっと、彼が笑った。
「じゃあ、瀬川君オススメのケーキのお店に連れてってよ。もちろん瀬川君のおごりで。」
「調子に乗るな!…でも、今日は俺も食べたいからおごってやる。」
「やったー!」
「今日だけだからな!!」
またそっぽ向いてる彼。なんだ、照れ隠しだったのね。
あんまり攻めると怒りそうだから、控え目にしておいてあげる。
◆13◆
あれから、彼に無視されることはなくなった。
でも、やっぱり恥ずかしいみたいで、普段、あんまり打ち解けた感じはしない。
生徒会の仕事がない日は、図書館で私の勉強を見てくれるようになった。
「はい、じゃあ、次。」
「えっと…。ここ、wasじゃないの?」
「問題よく見ろ。時制の一致。過去から大過去にするんだろ?」
「あぁ、なるほど。じゃぁ、had beenだ。」
「そ。…バカだな。」
「バカバカ言わないでよ。自分でもわかってるんだから。」
「わかっているだけマシか。」
「むぅ。」
彼はなかなか厳しい先生だ。
おかげで、授業の理解度がかなり上がった。
というか、上がらなければ、彼が怒る。
「じゃあ、今日はこの辺で。」
「瀬川君、ありがとう。」
「どういたしまして。駅まで送ってやる。」
「うん。」
図書館からの帰り道、他愛もない話をするようになった。
彼の家族の話や私の以前住んでいたところの話、オススメのケーキ屋さんや馴染みの古本屋さんの話。
絶対他の人には見せないんだろうなっていう生き生きした表情。
いつもこれくらい明るかったら、近寄りがたいなんて思われないのに。
多分私だけが知ってるんだろうな、っていうのがとても嬉しい。
◆14◆
駅に着いた。
「じゃあね。」と彼と別れたのもつかの間、改札から出てきた人とぶつかってしまった。
「きゃ。ご、ごめんなさい。」
よろけながら相手を見ると、ちょっと柄が悪そうな他校の生徒だった。
「お前、前見て歩けよ。痛てえじゃねーか。」
「ごめんなさい。」
すり抜けて通り過ぎようとしたものの、仲間3人に行く手を阻まれた。
「おい、このまま帰る気かよ?」
「…。」
どうしたものかと困っていたら、彼が気付いてこちらに来た。
「かおる、どうした?」
「あ、私がうっかりしてて、この人にぶつかっちゃって…。」
「そーそー、痛かったよなー。」
彼も一緒に囲まれてしまった。
「怪我でもしたのなら、病院に行けばいい。なんなら、被害届を出しに警察へ付き合ってやってもいいぞ。」
「てめえ、カッコつけてんじゃねーぞ!」
相手が彼に近づく。殴られちゃう!そう思って目を瞑った。
ガツッ!
見ると彼が鞄でかわしていた。
あっ、と思ったときにはもう遅く、他の仲間が彼を後から殴った。
「ううっ…。」
彼が後頭部を押さえてしゃがみこんだ。
「やめてよっ!」
頭に来て、鞄で相手3人を殴ってやった。
そこへ騒ぎに気付いた駅員が飛んできた。
「そこ、何やってる!!」
「やべっ!行こうぜ!」
絡んできた生徒たちが逃げ去っていった。
駅員が彼に声を掛ける。
「君、どうした、大丈夫か?」
「はい…。かおる、大丈夫か?」
「うん。私は大丈夫。瀬川君…、手当てしないと。」
「駅員室で手当てしよう。」
駅員さんがそう言ってくれたものの、後々面倒だと思ったのか、彼は断ってしまった。
「いえ、大したことありませんから。ちょっと揉めただけなんで。失礼します。」
駅の外のベンチに並んで座る。
「痛てぇ…。」
「無茶するからだよ。これで冷やして。」
ファーストフード店で貰ってきた氷袋を彼に渡す。受け取って頭を冷やしている。

「俺、喧嘩は苦手なんだよな。」
「得意な人もそんなに居ません。」
「カッコ悪いな、俺。」
彼がはぁっと溜め息をつきながら言った。
「そんなことない。…ごめんね。」
「謝るな。かおるに怪我がなくて良かった。」
「病院に行ったほうがいいんじゃない?」
「多分大丈夫だ。段々痛みが取れてきたし。さ、今度はちゃんと前見て歩けよ。」
そう言って、私の肩をポンと叩いた。
「心配だよ…。」
「…そんなに言うなら、俺の部屋に泊まるか?」
「うん…。」
「バカ。冗談だ。早く帰れ。」
「わかった。瀬川君も気をつけて。」
「ああ、じゃあな。」
ちょっと不機嫌な彼と別れて改札を通った。
本気でも良かったのに、と思いつつ、冗談が言えるほどなんだから大丈夫、と自分に言い聞かせて家に帰った。
◆15◆
あの一件以来、彼も私には時々弱音を吐くようになった。
あんな冗談が言える位に気を許してくれているんだと思う。
まだまだ、随分カッコつけてる感じはするのだけど、それはそれでかわいいし、彼が言うことは大抵説得力があって、それはカッコいいと思う。
転校してきてから2ヶ月、最初のことを考えたらすごく進展していると思うけど、これ以上望むのは無理だろうなぁ。
そう思っていたら、恒例の放課後図書館デート(?)の帰りに彼がこんなことを言った。
「…今度、二人で夏祭りに行かないか?」
そういえば、学校以外の場所で会ったことってほとんどないなぁ、と思いながら返事。
「え?うん、いいよ。」
「ホントに?」
「??なんで?」
「友達として誘ってるんじゃないぞ?」
「!」
びっくりした。彼は真面目だから、受験が終わってからだろうと思ってた。
彼が立ち止まった。
「…俺じゃ、ダメか?」
心配そうな顔でこちらを見つめる。
「かおる…?」
心臓の鼓動が早まる。
そんなの聞かなくったってわかってるくせに。もう、自信満々でしょ?
「…ばか。…イイに決まってるでしょ!」
私が彼の手を取った。彼が私の手をぎゅっと握り返した。

前を向いた彼が言う。
「じゃあ、『瀬川君』はやめないか?」
「んー。じゃあ、『あっちゃん』?」
「OK」
「あっちゃん、おしゃれしてくるから、楽しみにしててね!」
「わかった。」
彼が私を見て優しく微笑んだ。きっと私も笑っていると思う。
二人で手を繋いで駅に向かう。
夕日がまぶしい。明日もきっといい天気だ。
−終−
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エピソード1
エピソード2>
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