あれから5年(後編)

2019/1/3  0:21 | 投稿者: おるん

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◆◇◆あれから5年(後編)◆◇◆

桜を自転車の後ろに乗せて、最寄り駅へ向かう。
地震後の混乱で駅の入り口は混んでいた。

「電車は動いていないみたいだな。仕方ない、君の家まで自転車で行こう。たかが数駅。20分もあれば着くだろう。」

携帯電話で地震速報を探す。
宮城県沖で大きな地震があって、津波警報が出ているらしい。テレビならもう少し情報が出ているかもしれないのに。

街の様子を観察しながら、桜の家に向かう。
コンビニなどは店の掃除に追われているようだ。
下校時間の子供達も親に付き添われている。
社用車だろうか、いつもより少し道が混んでいる。
電車に乗れなかった人が駅から大通りに向かって歩いてくる。

桜に何か話しかけようとしたが、桜の母親の安否がわからない以上、何を言って良いかわからなかった。
桜も一言も喋らず、ただひたすら沈黙が続いた。

◆◇◆

「お母さん!」

エレベーターが止まったマンションの階段を駆け上がって、家のドアを開けて玄関に飛び込んだ桜が叫んだ。

「桜?お帰りなさい!すごい地震だったわねぇ、怪我はなかった?」

のんびりした口調で奥のリビングから桜の母親が出てくる。

「心配したのはこっちよ!なんで電話に出てくれなかったの?」
「電話?鳴らなかったわよ?携帯?そういえば、どこに置いたかしら?」
「もー!」
「あら、草間君、いらっしゃい。もしかして、桜を送ってくれたの?」

すごい剣幕の桜と、いつも通りの母親と。

「はい。大きな地震で電車も止まってしまって。
大事になってはいけないので早めに帰そうと思いまして。
うちでも食器なんかが割れたんですが、谷本さんのおうちは大丈夫ですか?」
「東京って、地震が多いのね。東京に来た時にちゃんと対策しておいてよかったわ。棚の中で幾つか割れたけれど、もう大体片付け終わったし。」
「そうですか。何かお手伝いすることがあれば手伝います。」
「ありがとう、特にないのよ。思い出のグラスが割れちゃって残念だったけど、もうすぐ引っ越しだし、荷物も少しは減るわね。」

桜の母親が少し寂しそうに微笑んだ。

「薫君、ありがとう。喉乾いたんじゃない?少し上がっていく?」
「いや、うちも犬を置いてきたし、弟たちが帰ってきているだろうから。」
「草間君、お茶だけでも飲んでいったら?ちょっと待っててね。」

桜の母親が麦茶を注いだコップを差し出してくれた。
一気に飲み干すと、挨拶をして桜の家を出ようとする。

「お邪魔しました。桜、また連絡する。」
「うん、じゃあね。あ、お祝い!」

桜が鞄からガサガサと何かの袋を取り出して手渡す。
なんとも適当なお祝いだな。
こんな状況だし、仕方ないか。
また後日、ゆっくり過ごそう。

◆◇◆

「あれ?そのネクタイ、あの時の?」

向かいの席に座る桜が不意に声をあげた。

「ん?ああ、そうだな、あの時の合格祝いだ。」
「あれから5年だね。早いなー。」

あれから5年経って、俺達は大学を卒業し、社会人になった。
まもなく1年で仕事には随分慣れたものの、まだまだ先輩方のサポートがないと大した仕事もできないヒヨッコだ。

桜が選んでくれたこのネクタイは、大学の入学式でも着けた。
東大の赤門をイメージした赤色とシルバーのストライプ。
自分では赤色のネクタイは選ばなかっただろうが、案外スーツのと相性も良く、ここぞと言うプレゼンなんかがある日はこのネクタイを締める。

「あの後、俺の家は家族で大掃除だったな。本棚の本が全部落ちて。」
「そっか、薫君のおうちは本が多そうだもんね。」
「怪我がなくてよかったな。」
「そうだね。」

あの時の大きな揺れが怖くてしがみついた桜。
俺も怖かった。
あの時の汗ばんだ手の感触が忘れられない。

帰宅難民の人の列。連日放送された津波の映像。避難所の様子。
東京では、日常生活ではあの時の記憶は薄れつつあるが、あの強烈な映像は脳裏から離れない。

いつ災害に見舞われるかわからない。
その時にならないと何ができるかわからないが、できるだけの備えはしておかなければな。

「なぁ、食事が済んだら買い物に行かないか?」
「いいよ、何買うの?」
「防災グッズ。」
「うん。薫君らしいね。」
「君の部屋には何もなさそうだからな。」


-終-

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前編
後編
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