昨日は、意外に早く雨が上がったので、出かけることにしました。
行き先は、滋賀県東近江市。
当社のお客様から勧められた「観峰館」という書道の博物館で、公益財団法人日本習字教育財団が経営しています。
「観峰」というのは、日本習字という書道団体の創始者・原田観峰氏にちなみます。
いくつかの建物があり、それらはつながっています。
入口のある「新館」には、特別展示室があり、市内にある臨済宗永源寺派大本山・永源寺に伝わる書画の特別企画展が開かれていました。
「本館」の目玉は、世界遺産である中国河北省にある清朝皇帝の離宮「避暑山荘」内部の再現展示です。
扁額は、もともとスペアとして作られたもので、現地正門に掛かるものとほぼ同一なのだとか。
ほかにも、中国の書画骨董の品々が展示してあります。
本館の外部通路には、中国西安にある「碑林(ひりん)博物館」にある石碑を復元したものが8基展示してあります。
(私は、35年くらい前に西安に行ったことがあります。石碑が、本当に林立していました。)
それぞれ、高さは3メートルくらいあって、表面に漢字がビッシリ掘られています。
ふと見ると、石碑の表面に、半紙が何枚も貼り付けてありました。
近くに男性の係員がいて、話しかけてくれました。
それらは、拓本を採るためのもので、東京から来た大学生たちが実習中なのだそうです。
まもなく、学生たちが現れました。
多くが女子でしたが、男子学生も数人いました。
先ほどの係員は拓本の先生で、用意された「たんぽ」に墨を付け、それで半紙を叩くよう指導しました。
皆、ポンポン叩き始めると、半紙は黒くなり、文字が白く浮き上がってきました。
帰りに駐車場に駐まっていた2台のバスを見たら、「大東文化大学文学部書道学科」のご一行だと分かりました。
拓本実習のための石碑がたくさんあるところなんて、日本中探しても、ほかにはないのでしょうね。
「企画展示室」では、海外の古地図に描かれた琵琶湖の変遷を示す特別展示をしていました。
また、なぜか、西洋アンティークの展示室もありました。
「本館」に戻り、3階に上がると、書の歴史の展示がありました。
甲骨文→金文→大篆→小篆→隷書と書体は変遷していきました。
そこまでは分かるのですが、この隷書が崩されて、草書・行書になりました。
最後に現れたのが、おなじみの楷書。
楷書を崩したのが行書で、もっと崩したのが草書だと思いがちなのですが、実は違うんですね。
それから、近くにある「東近江市 近江商人博物館」にも足を伸ばしました。
近江商人といえば、売り手によし、買い手によし、世間によしの「三方よし」の精神が有名です。
ところが、この言葉は、昭和の末期に研究者が近江商人の精神を表現した言葉であって、実際に言い伝えられたものではないそうです。
また、伊藤忠商事と丸紅の創業者がともに伊藤忠兵衛さんで、同根の会社だったとは知りませんでした。
