2006/9/30

朝練  ひとりごと

中学生、高校生の時に部活動では「朝練」(=アサレン、授業の前の練習)のためにいつも早く学校へ通っていた。朝起きるのは眠いしもうやめちゃおうかぁ〜なんて誘惑に駆られる。それでも休まずに続けてきた気持ちはなんだったのだろうか?

高校時代からテニスを始めた。授業が終わりテニスコートへ行くと先輩が「まずランニング!こいつが一番遅いから後れないように着いて行け!」と言われ校外へ走り出した。長距離が苦手だったのでとても苦しくスピードについていけないのを「置いてきぼりにされちゃかなわない。」と思い必死になって着いて行った。
やっとの思いでコートに戻ってくると先輩たちが思う存分にストローク練習からボレー練習までずーーーーーとやっている。その間1年生はボール拾いと、声出しのみ。だんだんと暗くなりボールが見えなくなると、先輩たちは程なく練習を終わりかえっていく。真っ暗になってからボールを打つことも出来ず毎日が終わっていた。

そもそも朝練を始めたのは、そんな状況ではボールが見える時にコートを使うのは朝しかなかったからだ。
自らが「ボールを打って練習をしてうまくなりたい!」と自発的に考え、キャプテンに恐る恐る「朝コートを使わせてください。」と懇願したのだ。その時キャプテンは快く許可してくれたのだが、「お前たちがやるなら俺も一緒にやってやる」と言ってくれた。それから朝練開始となったのだ。だから早起きをして電車に乗って行くことが苦にならなくなるのだ。

やりたいことをするために自分の中から決めたことはしっかりとやり通す事が可能であることをした。逆に言えば、やりたいと思ってるだけで実現できないのは周りの環境ではなく自分自身の工夫が足りないのだと考えるようになった。

もうひとつの考え方は、練習時間が足りなければ試合には勝てないというコトだ。練習時間を多くとることがまずは試合で勝つための最初に思いつく方法である。絶対的な練習量が少ない者が練習量の多い者には肝心な時に勝つことが出来ない。最後に勝つのは無意識に体が反応している方だ。その反応を生み出すのは「質ではなく量」であると言うことだ。
量が質を高める」とはmoreに会った方は一度は聞いたことがあるかもしれない。

部活動の時間は一日の中で限られている。となるとどこの時間を使えば練習が出来るようになり、試合に勝てるようになるかを必死になって考えた結果が朝練なのだ。

その朝練を許可してくれたキャプテン(ひとつ上の先輩)はmoreの人生の師匠であり今でも家族ぐるみのお付き合いをさせていただいている。moreにとってはとてつもなく大きな存在ですが、「生物(年齢)的には一年しか違わない(ただのおっさん)なんだから、そんなにたいそれた存在にするな!」と言われるがやっぱり大きな存在だ!



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