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荒井由実『ひこうき雲』
今回の旅の一番の目的は戦死した私の予科練の叔父さんの慰霊祭。
叔父さんは99式艦爆機の搭乗員でした。
2日目は土浦の「予科練戦没者慰霊祭」へ。
土浦駐屯地はその昔は霞ヶ関航空隊の基地で、予科練の教習所がありました。
今年で47回目だそうです。
慰霊祭は武器学校内の雄翔園で行われました。
10年前はもっともっと搭乗員の姿が多かったそうですが、初めて参加するわたしにはそれでも想像以上の搭乗員の数でした。
今は白髪で80歳半ばをこえた元搭乗員の皆さんは、70年前自ら志願して飛行兵になった10代の少年だった。
中学そこそこの年齢で親もとを離れて一緒に学んで一緒に戦った亡き友のために、こうして毎年慰霊祭に参加するのはどんな気持ちなんだろうと思うと胸が熱くなりました。
式典は海上自衛隊の慰霊飛行(感動しました!)や遺族による献花、遺族の言葉や陸上自衛隊音楽隊の素敵な演奏など1時間ほど。
わたしと同じ世代(姪や甥)やもっと若い孫世代の遺族の姿もありました。
ずっと行きたかった予科練戦没者の遺品や資料を展示している「雄翔館」には叔父さんの遺影が飾られていました。
ふだんは静かでしょうに、慰霊祭の参加者で満員ですごい熱気でした (^_^;)
お隣の新しい「予科練平和記念館」はこの日は無料で解放していました。
ここは豊富な写真と当時の展示品でテーマ別にわかりやすく構成されていて、
予科練や太平洋戦争の歴史を知ることができます。
館内も庭も広くて明るくてきれいで、家族連れにもおすすめです。
土浦の近くには叔父さんが飛行練習をした谷田部航空隊もあり、周辺や予科練生が通ったという食堂、霞ヶ浦の風景も見たかった。
どこまでも続く畑や田んぼ、遮るもののない広い空と遥かむこうに叔父さんも見た筑波山が…。
茨城は予科練の叔父さんの思い出の場所

また訪ねようと思っています。
歴史研究家の友人の「池田和義」のブログ↓
http://papamama.k.asablo.jp/blog/2013/12/02/7088615
画像は
★お父さんと叔父さん。
幼いお父さんにとって9歳違いの搭乗員のお兄さんはとても自慢だったそうです。
★武器学校に残る古い木造の建物は予科練時代のものかしら。。?
★歴史研究家の友人の搭乗員ファイルより。
私の叔父さん「池田和義」だけでなく、予科練乙飛9期生の写真やプロフィールが分厚いファイル3冊にぎっしり書き込まれています。すごい!


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