犀川のほとり  気のまま雑記

実家の近くに川がある。
犀川という。
犀川のほとりで走り、犀川のほとりで大きくなった。


幼少の頃、「危ないから、川で遊んだらだめ」と母が言った。
でも、子どもなので川で遊びたい。
服をぬらさなかったらばれないだろうと、ズボンを脱いでパンツだけで川にはいって遊んでいたらこけた。
びしょぬれのパンツを公園のシーソーの鉄柵にかけて乾かしながら、パンツをはかずに遊んだ。

小学校の頃。
雪が積もると、川原の坂でミニスキーやソリをして遊ぶ。
雪は意外に深く、ずぼっとはまるのがおもしろかった。
金沢弁で、足がゆきに埋まることを「ごぼる」という。
ごぼるが方言だったことに気づいたのは、大人になってから。
川原から雪だるまを作り、道路を押して家まで転がして帰った。
絵本に出てきそうな大きな大きな雪だるまができた。
弟ととなりのみえちゃんと押した。重くてなかなか転がらなかった。


雪をかぶった医王山(いおうぜん)を観ながら、中学校に通った。
川上のほうの住宅地に、好きな子が住んでいた。
犀川のほとりに立って、好きな子の家のほうを眺めた。
空がつながっているんだなあと思いながら。
そして、部活で走る彼の足跡に自分の足跡が重なればいいなあと思った。
犀川のほとりで。


大人になり、就職して、結婚して、ニュージーランドに住むようになった。
日本に一時帰国して、夫や娘と一緒に犀川のほとりに立つ。
あの頃、私が腰をおろした川原で小さな娘が走り回る。
「危ないから、川のそばに行ったらあかんよー。」と叫ぶ私がいる。


ここで大きくなったんだ。
犀川のほとりで。犀川がいつもそばにあった。
そう思うと泣きたくなる。
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帰れる故郷があるって幸せだ。
犀川、どうかいつまでもきれいなままで。
犀川は、私の原点だ。
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ウィルスくん  気のまま雑記

写楽が風邪をひいた。
熱性ウィルスにやられたらしく、39度近くの熱が3日ほど続いた。
熱が高いのですぐに救急診療に行ったら、解熱剤を定期的に飲ませるように指示された。
「ウィルスには、抗生物質は効かない。だからたくさん水分を摂って鎮痛剤(解熱剤)を飲ませなさい」とドクター。
いつものことだ。
あまり薬は出さない。
診察料20ドル払って、「水飲ませなさい」と言われると、ちょっとがっかりする。たいしたことなくてよかったのだろうけど。


1週間たって熱も下がり元気になった。
やっと今日から幼稚園に行った。やれやれ、である。

「熱が続き咳がでる。」
この症状で、最近幼稚園や学校を休んでいた子が多かったようだ。
友人の子どもも4人。同症状。
となりの家の子も同症状。
同じウィルスくんががんばっていたのかね。


いずれにしても、元気でいるのが一番。
水分をたくさん摂って元気でいまひょな。

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ロトルアでの英語研修と文化交流  気のままニュージー

留学コーディネートを仕事としている。
個人留学のお世話の他に、グループでの短期留学の企画実施とパストラルケア(現地ケア)も行っている。

例えば、今年の8月に日本のある高校対象に企画した研修はこんな感じ。


【ニュージーランド到着1日目】
オークランド空港からロトルアまでバスで移動。途中、巨大アイスクリームの店に寄ってランチ。ロトルアの高校に到着したら、ホームステイ先のホストファミリーと顔合わせ。それぞれのホームステイ先へ。

【2日目】
高校で、マオリの伝統にのっとった歓迎の儀式。午前中英語研修。ホストファミリーの持たせてくれたランチを食べた後は、午後の体育の授業に参加。現地高校生とバスケットボール対戦。

【3日目】
午前中英語研修。午後ロトルア市内観光へ。オヒネムツ教会、ガバメントガーデン見学の後自由行動。夕方から、ダックツアーに参加し、水陸両用車で湖へ。

【4日目】
1・2時限英語研修。高校で植樹やガーデンのメンテナンスなどボランティアワーク。午後はポリネシアンスパへ。

【5日目】
土曜日。タウランガへ日帰り旅行。海岸を馬で歩くすばらしい乗馬を体験。

【6日目】
日曜日。それぞれのホストファミリーと一緒に過ごす。

【7日目】
1・2時限英語研修。3・4時限マオリ文化授業。午後は、ロトルア市役所が行う町の美化活動に参加。ごみ拾いのボランティアのあと、市長さんとお茶会。

【8日目】
午前英語研修。午後Te Puiaへ。マオリコンサートと間欠泉見学。

【9日目】
午前英語研修。午後レインボースプリングスとゴンドラ&リュージュ。

【10日目】
終日、ファームでの労働体験。

【11日目】
午前中英語研修。午後フェアウェルパーティ。今日でホストファミリーとはお別れ。

【12日目】
バスでオークランドへ。スカイタワーにのぼったあと自由行動。みんなで夕食。

【13日目】
朝の飛行機で日本へ向けて出発。


かなり盛りだくさん。できるだけたくさんニュージーランドの文化に触れて、ニュージーランドの人々と話し、ボランティアの仕事をすることで、観光だけでは得られない何かを学んで欲しい。
来年はどんな子たちがくるのだろう。


言葉が通じなかったり、ご飯が口に合わなかったり、自分の思い通りにならなかったり、そういう経験も必要なのではないかと思う。
通じない言葉を屈指してなんとか自分の意志を伝えられた喜びを感じた時、いつも自分の好きなおいしい食事を用意してくれたり身の回りの世話をしてくれる家族に対する感謝の気持ちが生まれた時、自分の思い通りにならないはがゆさからがんばろうという前向きな気持ちになれた時、「きてよかった」と生徒さんが思うだろう。
何かを自分でやりとげたという気持ちになってくれればいい。そのために、安全面には細心の注意を払う。

ボランティアや体験授業をはじめ、すべてのアクティビティに同行するが、生徒さんに対してすべてをやってあげるわけではない。そこが旅行の添乗員さんやガイドさんとは異なるところだと思う。私たちの仕事は、サービス業であるけれども教育だと思っているから。
「自分で聞いてごらん。」「このように言ってみたら。」というアドバイスはするが、自分の力でまずやってみることを推奨する。
そのほうが良い思い出ができる。
私が直接交渉したり質問するほうが早いのだが、生徒さんにやってもらう。
私はちょっと離れたところで見ている。
そして、細かいことでも引率の先生や現地高校の担当職員に報告する。


観光名所の説明やニュージーランド文化の説明ももちろんする。
しかし、短期留学にきている高校生に伝えたるべきことの中では、それが最重要ではないと思う。、ニュージーランドのある湖の深さが何メートルなのかということよりも、もっと伝えたいことがある。


私が話すことの大半は「明日持ってくるもの」とか「注意事項」で終わってしまうのだが、できるだけ待ち時間など、時間があればどんどん生徒さんと話す。雑談で個人的に話したことのほうがかえって印象に残っているものかもしれない。
とるにたらない、本当につまらないこともたくさん話しているのだが。



私が生徒さんのパストラルケアをする際に心がけていることはもう一つ。
いたってシンプルなことだ。それは、できるだけたくさん生徒さんと話すこと。生徒さん個人に関することを本人から教えてもらうこと。
「高校卒業したらどうするの?」「大学で何の勉強するの?」「興味のあることは何?それはどうしておもしろいの?」などなど。
全くうるさいおばちゃんだ。
うるさそうにされることもあるね、実際。ははは。
話すことで、自分でもよくわからなかった自分のことが少しずつ明確に見えてきたり、自分の進みたい方向がみえてきたりするのではないか。そうなればいいなあと思う。
えらそうに言っているが、実は生徒さんと話すことは本当におもしろい。
へえー、こんなこと考えてるのかとか、「すごいなあ、えらいなあ」と啓蒙されたり教えられたり、楽しくて仕方ない。


ホストファミリーと別れるとき、ほとんどの学生が泣く。
中には、力足らずであったろう私たちにも抱きついて泣いてくれる子もいる。昔自分も授業中に回したような、ノートをやぶった手紙をくれる子もいる。
泣いている子たちは、別れが寂しくて泣いているのではなく、「会えてよかった」「自分もがんばった」という感情で胸がいっぱいになるんだろうね。その空間や気持ちを共有できる仕事をしていてよかったと感じる瞬間だ。
私も「会えてよかった」と思う。
かわいいなあ、いい子たちだなあ、素敵だなあと思う。


いつも高校生と別れるときいつも願うのは「ニュージーランドで体験したことや感じた気持ちがこれからのあなたの人生のプラスになりますように」ということ。
もっと簡単な言葉でいうと「幸せになってね。」という気持ち。
若者のこれからの人生に幸あれ、と願うのって、どう考えてもおかんの気持ちやね。
日本で学生指導の仕事をしていた頃は、母ではなく「姉」の気持ちやったのに。
もう年齢的にもすっかり、おかんだ。


来年はどんな子がくるんだろう。
中高生対象短期語学研修、大変だけど楽しい仕事のひとつだ。
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白も強かった  気のままニュージー

2010年に南アフリカでサッカーのワールドカップが行われる。
ニュージーランドのナショナルチームが、1982年の出場以来、7大会ぶり2度目に出場できることが決まった。

11月14日(土)に首都ウェリントンで大陸間プレイオフがあった。オセアニア予選を勝ったニュージーランドと、アジア予選で上位に入れなかったバーレーン。
勝ったほうが、本選への出場権を獲得する。


ニュージーランドが1−0で勝った。
1982年に出場した選手の一人が現在アシスタントコーチをしており、彼の息子が選手として出場していた。
父息子で泣きながら抱き合っていた。
みんな泣いていた。コーチも選手も。

ニュージーランドのナショナルチームには、だいたい愛称がある。
世界のオールブラックスにちなんで、「ブラック」がついている愛称が多い。
(詳しくは、河童のブログ記事をみてください。)
ニュージーランドのナショナルチームの愛称、例えばこんなふうだ。

ラグビー:オールブラックス
クリケット:ブラックキャップス
ヨット:ブラックマジック
バスケット:トールブラックス
女子ラグビー:ブラックファーンズ

もともとオールブラックスがあって、そこからニュージーランドのナショナルカラーは「黒」というイメージがある。
オリンピックでも、ニュージーランドのユニフォームは黒で、背中や胸にファーン(しだ)があしらわれている。

しかし、ニュージーランドのサッカー(フットボール)のナショナルチームだけは、「黒」くないのである。
愛称は、「オールホワイツ」
ユニフォームも白である。試合前にHAKAもしない。
ラグビーをはじめ他のスポーツとは、かなり異なる様相だ。ユニフォームが白というだけでも。
オールホワイツのウェブサイトはこちら

胸にはシルバーファーンがついている。
シルバーファーンは、前進の象徴、勝利の象徴。
そこだけはどのスポーツも共通している。
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シルバーファーン(Silver Fern)という羊歯(しだ)は、葉の後ろが銀色である。それは発光性を持っており、暗いところで蛍光色に光る。
昔、マオリの戦士が戦いに行く際、このシルバーファーンを進む方向に向けて道しるべとしておいたという。
味方の最後尾の人間が、最後に通るときに裏返しておけば光らないので、敵には進んだ方向がわからない。
このことから、シルバーファーンは、勝利への象徴であり、道しるべ、前進を意味するのだ。
ニュージーランドのスポーツ選手は、みんなこのシルバーファーンを胸につけている。


2011年には、ニュージーランドでラグビーのW杯があるが、その前にサッカーも応援できることになった。
黒だけなく、白のシルバーファーンが世界の舞台で疾走する。
すばらしい。


サッカーでは、ちょっと足があたっただけでも、敵チームの反則をアピールするために大げさに痛がって転げまわったりする。あれがどうしても好きになれない。
そんなもん、痛いことないやろ!ラグビーを見てみいな。
顔から血流しながら、人相かわるほどボコボコの顔になっても、みんな試合を続行してるぞ!と言いたい。
オールホワイツは、『おおげさに転げまわって痛がる』というあのアピールをあまりしない。それを潔しとしない国民性なのかな。
そこに好感が持てる。
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ゼリーの池に金魚  気のままグルメ

日本のお菓子ってどうしてこんなに、美しくて、繊細で、おいしいのだろう。
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日本の夏のお菓子、錦玉寒というのか?
赤い金魚の羊羹がレモンゼリーの池に泳いでいる。
かわいい。


ずっと眺めていたいのに、3歳児はすぐに食べてしまう。
もっと味わって、ありがたがって食べなはれ。
ホーキーポーキーと同じようにバクバク食ってはいかん。


ニュージーランドも初夏。
冷菓が似合う季節になってきた。
こんなに美しいお菓子、ニュージーランドにはないなあ。
日本人でよかったと思い、日本を誇りに思うときである。
この繊細なお菓子をくださった気持ちにも感謝感謝。
いただきます。
ありがとうございます。
とつい、手を合わせる。
その合掌する気持ち、手を合わせる気持ちが、美しい和菓子には似合う。


日本の上生菓子、食べたいなあ。
食べたいねえ。
今の季節なら、日本では栗や芋のお菓子がおいしいのかな?


最近、どんな和菓子を食べましたか?
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こんなのが家にあるなんて  気のままニュージー

最近親しくなったトルコ人の友達がブランチに家に呼んでくれた。
エラちゃんという写楽の一つ下の女の子がいる。

「じゃ、パン焼くから待っててねー。」とキッチンでパン生地を薄く延ばしてターキッシュブレッドを作ってくれた。
そのおいしいこと!
本物はこんなにうまいのかーと驚いた。
オリーブオイルやガーリックや野菜などを包み込むようにして、成形し、オーブンで軽く焼く。

子どもたちには、ほうれん草とチーズを包み込んだターキッシュブレッド。
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すっごーーい、おいしい。
写真にちらっと見えているサラダもおいしかった。
バージンオリーブとレモンをたっぷり使った、シンプルでめちゃうまなドレッシングがたっぷりかかっていた。
ターキッシュブレッドも油をたくさん使っているのに、しつこくなくさらっとしていた。そしてモチモチしている。


ご主人のタルケンさんは何のお仕事をしているのか聞くと、「コーヒーローストの仕事」だという。
へえー、コーヒー会社とかケータリングの会社で働いているのか。
...と思ったら、家での仕事だという。

「見せてあげるから、おいで。」とガレージに連れて行かれて、ぶったまげた。
だって、ガレージにどーんとこんなものが置いてあったのだ。
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普通ってなに?  気のまま雑記

「普通、そんなことせえへんやろ。」
「そうするのが普通やろ。」
「そう言うのが普通とちゃうんか。」
そういう言い方を日本語でよく耳にする。

普通って何?
日本でいう普通というのは、「多数」ということなのか。
じゃ、常に多数が正しいのか?
常にとは言わないまでも、多数が正しいことが多いのか。


自分はどう思うのか、そして自分はどうしてほしいのか。
日本人には、その意思表示の仕方と交渉の仕方が苦手な人が多いように思う。
例えば、自分が何かサービスを受けたとする。
自分が支払った対価に対し、そのサービスが見合わないと思った場合、そのことを相手に伝えるという場面で、交渉がうまくできない人が多いように思う。
「こんなひどい目にあったんです。こんなひどいサービスだったんです。どう思いますか?普通はそんなことしないと思うんですけど。」
こういう言い方をする人が多いのではないか。

じゃ、どうしてほしかったの?
その部分をあいまいにしたまま、相手の出方を待つ。
そして、相手の対応が悪かったらまた誰かに「こんなことをされた。どう思います?」とうったえる。
聞かされたほうは、本当は「どうも思わんね。」と感じていても、「へえー、大変でしたね。」と相槌ぐらいは打たねばならない。
「どう思います?」と聞かれて、「どうも思わん」と答えたら、また違う誰かに「どうも思わんって言われた。ひどいでしょ?どう思います?普通そんなふうに言わないでしょ?」と言われてしまうもの。

関係のない第三者に愚痴るよりも、相手に交渉したらいいのに、と思う。

みんなの意見を聞いて、多数の意見に従うために、「どう思います?」と話すのだろうか。


「じゃ、どうしてほしかったの?」
自分の要求がかなうように相手が動いてくれるように、言葉使いや顔の表情にも気をつけて、考えて気持ちを伝える。
それが交渉能力である。

自分はこう思う。こうしてほしい。
だからこう交渉しようと思うのだが、どう思いますか?
そうやって聞かれるならいい。
その方法が私もいいと思う、とか、それよりもこうしたほうがいいいのではないか?と自分の考えを答えられるから。

「こうするのが普通やろ。」とか「普通こういうやろ。」という言い方には、自分は常識や慣例を知っているのだというおごりがある。
普通、普通と言うな!
台風時の電車か、きみは。

「こうするのが普通やろ。」
「普通こう言うやろ。」
案外、そういう人が普通でなかったりする。
平気でひとを傷つけたりする。
そしてそのことに気づかない。


普通でなくてもいいやん。
大事なのは、自分はどうしたいのか。
ひとに迷惑をかけたり、ひとを傷つけたり、法に反することでなければ、普通でなくてもいいと私は思う。

普通、普通と言いすぎな人。
結局は自分で決められへんということやな。
普通、そんなに言わんやろ。


それぞれの人のいう「普通」がもともと異なるのだ。
ひとが自分と同じであることを強要する必要はないのに。

私もつい口癖のように「普通」を口にしてしまっているかもしれない。
You are someone special.
3歳の娘がそういっていた。幼稚園で習った歌の一部らしい。

普通なんかありえない。
みんな普通じゃないのだ。
だから、普通でない人に怒る必要もなくなる。
そのことに気がついたら、腹が立つことが減って楽になると思うよ。


普通でない人に怒る必要がなくなったら、自分はどうしほしいのか、どうしたいのか、交渉できるようになる。
そのほうが、話が早い。
怒らなくてすむなら、エネルギーも消耗しないし物事が早く解決する。


普通なんかありえない。
みんな普通じゃないのだ。
感じ方も立場も性格もみんな違う。
それがあたりまえ。


みんな違う。
そこからはじめてみませんか?
そうすれば、少し楽に生きられるかもしれません。
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覚えているよ  気のまま雑記

昨日、母から聞いた話。
写楽は、短縮ダイヤルに登録してある金沢の実家に勝手に電話することがある。
いつの間にか、ひとりで電話できるようになっておる。3歳児あなどれない。
「KとZのはいってるのが、かなじゃわ(金沢)おじーちゃんのおうちだから、それからonを押すんだよ」などと言っておった。

電話に出た母にいきなり唐突にこう言ったらしい。

「かあちゃんの一番うれしかったことは、○○(自分の名)が生まれたことなんだって。次にうれしかったことは、かなじゃわおじいちゃんとかなじゃわおばあちゃんが、二人でニュージーランドにきてくれたことなんだって。涙が出るくらいうれしかったんだって。ニュージーランドにきてくれて、ありがとっ!」

そんなこと、私、写楽に言うたっけ?
写楽がそこまで詳しく話せるなら、そう言うたんやろな。
自分ではあまり覚えていない。
「○○がきてくれて本当にうれしいよ。かあちゃんのところに生まれてくれてありがとう。」とはいつも言っているが、自分の両親がニュージーランドにきたことがうれしかったと写楽に話した記憶がない。
でも、きっと話したんやろな。
おじいちゃんとおばあちゃんが二人でニュージーランドにきてくれて、うれしかったのだということを。
それを写楽は覚えていたのだ。


また別の話。
写楽が通っているスイミング教室で、写楽は5〜6歳ぐらいのマオリの女の子に「あんたはウンコだ」といわれたらしい。
You are gunというスラングで、「ガンっていうのは、プープー(うんち)のことなんだよ。」と写楽。
なんで写楽がそんな言葉を知っていたのかを聞くと、「you are gunていうのはプープーっていうことだから言ったらだめだよって、ミッシェル(先生)が言った。」らしい。


プールサイドで観ていた私は、写楽がマオリの女の子に顔を指差されて何か言われていたのは知っていたのだが、そんなことを言われておったとは。
写楽はそれほど気にしていなかったのに、後から聞いた私のほうが頭にきてしまって「う○こだと?う○こ、言うもんがう○こじゃ!」とぷりぷり怒っていたら、写楽は笑っていた。
「かあちゃん、怒ってへんてこりーん。」だと。


なんで、4歳や5歳の子がそういう言葉を知っているのか?
なぜ、初対面の知らない子に向っていきなりそういう言葉をいうのか?

きっと、その子が親から言われているからだろう。
そして、周りの大人が誰かにそう言うのを聞いているからだろう。
そういう言葉を聞かされて成長する子。
かわいそうに。
「そんなことを言ってはいけないよ。みんなひとりひとりが違って、ひとりひとりがスペシャルなんだよ。」
そう教えてやる大人はそばにいないのか。


何を話すか、大事である。
何でも覚えているからね、こどもは。


できれば、うれしい話、うれしかった話をたくさんしたい。
同じく、こどもの心に残るのであれば。


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ルネッサーンス!  気のままニュージー

写楽作。
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「ワインもって、かんぱーいってしてるおにいちゃん」だそうな。
ひげ男爵のヒグチくんに見えてくるのが不思議だ。

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とりごえまりちゃんの絵本 紹介  気のままともだち

友人の絵本作家とりごえまりちゃんの最近の作品。
「ツムーリのおうち」と「ゆうびんやぎさん」を送ってもらうとき、無理を言って初期の作品「月のみはりばん」もリクエストした。

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ジャーン。届きました。ぴかぴかの3冊。
なんと、特別にとりごえまりさんのサイン入り。
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写楽、大興奮。
「とりごえまりさんが、○○に送ってくれたの。○○○ちゃんへって書いてあるの。」と父に報告。
うっとりしながら、とりごえまりさんのサインのページを何度もなでている3歳児、かわゆし。

「ツムーリのおうち」
一番大事なもの、かけがえのないものって案外身近にあって、見失いがちなのである。普通であることの幸せ、ないものでなく、自分が持っているものを尊重し価値を見出すべきだということに気づかせてくれる。
うーん、哲学だわ。
かたつむりの名前がツムーリ、かえるの名前がエールくんだということがうれしくなる。意外にベタな名づけが私好み。
敬愛するビートたけしさんが、牛の着ぐるみを着て、「牛田モウです。」と言っていたのを思い出す。
大切なものはすぐそばにあることに気づいてね。


「ゆうびんやぎさん」
作者は小学校5年生の女の子。
それに、まりちゃんが絵をつけた絵本。
写楽は、この本が気に入ったよう。ゆうびんやぎさんが、郵便を運んでくれたとおもっているのだろうか。
送り主も宛先もわからない小包、いったい誰から誰へのものだったのか。読んでのお楽しみ。


「月のみはりばん」
この話好きー。月の大好物は、めだまやきなんだって。
私もめだまやき、大好きである。
谷山浩子さんの「ねえ、きみ、きみ、きみはたまごの黄身」という歌思い出した。
その唄が流行っていたのは、私もまりちゃんも高校1年生の頃。
まりちゃんは、この唄覚えているだろうか。
同じ剣道部だったしめじ(通称)にテープを借りたのだ。CDやDVDなんてまだ主流ではなかった頃。
お月様が太ったり細くなったりするのを管理し補助してあげる月の見張り番たちがいるという発想。
共感できるなあ。


プロ絵本作家のとりごえまりさんに、絵を描いて送った写楽。
子どもは怖いもの知らずだ。

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まりちゃんのおうちには、ニヤ、ポロン、ルルという3匹の猫がいるらしい。
あこがれのとりごえまりさんから。全部ひらがなの手紙をもらった写楽は、そこに書かれていた猫の絵を描いてまりさんに送った。



とりごえまりさんの絵本、お勧めです。
子どもさんへのプレゼントにどうぞ。


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