あれから10年たちました  気のまま雑記

美しいニュージーランドの山に感動した。
1996年7月だった。

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これはトンガリロ国立公園の山々。
このルアペフ山麓は、ニュージーランド北島で一番大きいスキー場である。この山は1995年に噴火したため、翌年の96年はスキー場が火山灰のため閉鎖されていた。

スキーはできないけど、この山を間近で感じたいと、タウポに泊まることにした。
オークランドからB&Bを予約するすることにした。
最初に電話したところには、満室だとことわられた。
この1軒目にことわられたことが、布石であった。
2軒目に河童が電話したのが、この人たちのB&B。
1軒目に、ことわられてラッキーだった。
なぜなら、そのおかげでこの人たちに会えたから。

親愛なるボブ&コリーン。

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はじめて会ったときから、気があった。
ワインをたくさんごちそうになって、一緒にダンスをした。

3泊した。
日本に帰りたくなくなった。
オークランド行きのバスに乗るとき、寂しくて涙が出た。
日本に帰ってからも、手紙を書いた。


翌年97年。
私達はニュージーランドに移住した。
偶然にもタウポから車で1時間のロトルアに住むことになった。

ボブとコリーンにことあるごとに、会いにいき、手紙を書き、電話をした。
何度かボブとコリーンのB&Bに泊まりにいっているうちに、もう私達は友達だから、宿泊費はいらないと言われた。


暖かく、優しく、賢く、強い。
そしてユーモアのセンスがある。
出会いは、偶然だったけど、この人たちに出会えたことは、神様が私達の人生へくれた大きなプレゼントである。


親子ほどにも年齢が離れているが、大好きな大事な友達。
河童の両親もボブとコリーンに会いにきた。
私の両親もボブとコリーンに会いにきた。
河童の姉さん夫婦も私の弟夫婦も会いにきた。

ボブとコリーンの友達もうちにやってきた。
ボブとコリーンの金婚式パーティにも出席した。
2004年にはボブとコリーンと一緒に日本に帰った。
箱根や京都に一緒に行った。
タウポは箱根と姉妹都市なのである。
箱根町長に一緒に会いにいった。
行く先々で、ボブとコリーンは友達ができる。
私達の友達は、みんなボブとコリーンのファンとなる。

ボブとコリーンは、「あるある大事典」に出演した。
コリーンは、100人ぐらいの前で「日本について」の講演をした。
私は浴衣姿で、アシスタントガール(?)をした。


2006年7月。
出会ってから、10年たっていた。
「10周年記念のディナーをしよう。」と、コリーンが家に招いてくれた。
10周年スペシャルケーキが焼いてあった。

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We are very lucky to meet you and have a wonderful friendship with you.
コリーンが何度もそう言った。
ボブはいつものようにだまってニコニコしていた。
ろうそくの火がゆれてにじんだ。

コリーンと一緒にろうそくの火を吹き消そうとしたが、2ドルショップ安物のろうそくなので、なかなか消えず、だんだんに火が大きくなって、ボーボーと燃えた。
ケーキまで燃えそうになった。

「きっと死ぬまで、私達の友情の火も消えないのだろうね。」
ちょっとくさすぎるセリフを口にした。
コリーンは、oh!Yes!と何度も言った。


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写楽が生まれたとき、二人は「10人目の孫ができた」と本当に喜んでくれた。

いつの日か、この人たちがこの世からいなくなる。
その日のことを考えただけで、泣きそうになる。

10年間、友達でいてくれてありがとう。
これからもどうぞよろしく。





追記*
8月9日
ばあちゃんが亡くなってちょうど1年。
妊娠していたため、大事をとって帰国しなかったので、最後のお別れもできなかったけど、きっと、わかってくれてる、見守ってくれてると思う。
今晩は、ばあちゃんを思って乾杯します。


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