弟が生まれた日  気のままニュージー

今日は弟の誕生日である。
弟は7月に生まれる予定であったが、早産で2ヶ月早くうまれてきたため、未熟児と呼ばれ、保育器にはいっていた。
私は、2歳。
弟が生まれたときに、おとんに連れられて、おかんの入院している国立病院に行った。
たこ焼き持って。
たこ焼きは、おそらく、私と母に食べさせるために父が買ったのだろう。黄緑色の薄い紙で包んであった。

保育器の中の弟は、他の保育器の中の赤ん坊に比べてでかかった。
オムツもおへその絆創膏もとってしまい、丸裸でくねくねとタコ踊りをしていた。
これが弟か、と思った。


一姫二太郎がいいとかいうが、私は弟じゃなくて兄か姉が欲しかった。
妹でもよい。
弟が一番いらんなと小さい頃は思っていた。
弟は役に立たない。
めんどうをみてやらないといけない。
弟は私のまねばかりしたがる。
どこかに遊びに行くときも絶対ついてくる。
「弟をつれていかないなら、遊びに行くな」とおかんが言う。
弟なんかいらんなー。姉は損や。といつも思っていた。


もっと年齢が離れていたら、もっとかわいがることができたのかもしれない。また同性であったら、いろんな話もできたであろう。
弟との2歳という年齢の差は、一緒に遊ぶには離れすぎてケンカになり、かわいがるには近すぎた。


弟が小学校のときは、たまには一緒に話したり、遊びに行ったりもしていたが、が、中学、高校と進むにつれ、お互いの興味や世界が異なるため、話すこともなくなってしまった。
弟は弟で、小学校でも中学でも、「○○の弟」と呼ばれることがいやだったそうだ。
高校卒業して私は大阪に出たので、一緒に住むこともなくなった。


帰省したとき、「やあ!」「元気?」とたまに言葉をかわすほど。


お互いが成人して、結婚して、やっと少し話すようになった。
それでもメール交換をするのは、ごくマレである。
今は私はニュージーランドに住んでいるため、ほとんど会えないが、会うと、酒を飲みながら、話す。
お互いの夫や妻を交えて、4人で話すと楽しい。
おとんやおかんは、興奮して喜んで上機嫌である。
とくにそんなときのおかんの興奮ぶりはものすごい。


仲が悪いわけではないが、仲がいいわけではない。
元気でいてほしい。
何か用事がないと連絡はしない。

そんな私たち、姉と弟の関係。


今日は弟の誕生日。
彼はどんな誕生日を過ごしているのだろう。
仕事だろうね。



誕生日おめでとう!のメールでも送ってみるか。
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