Carol by the Candlelight  気のままニュージー

Carol by the Candlelight に行ってきた。
「ろうそくの光の中で、クリスマスソングをみんなで歌おう」というイベントである。

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7時から始まるのだが、ニュージーランドの夏は日が長い。
7時でもこの明るさ。
ろうそく、いらん。

田舎の集まりなので、実にひなびた感じがよい。
みんな食べ物や飲み物持参で、芝生の上に敷き物敷いて、リラックス。
例年になく寒い夏なので、毛布に包まっている人もいる。
私らも、ダウンジャケット着て行った。

すぐ前にいたファミリー。
赤毛のころころした男の子がかわいい。

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父親に買ってもらったオレンジのろうそくを振り回しながら、オーケストラの指揮をしていた。
頭を振りながら、目をつぶって、陶酔状態。
めっちゃ、かわいい。

クリスマスソングの歌詞カードが1週間前には各家庭に配布され、みんなそれを持参してブラスバンドにあわせて一緒に歌う。
楽しいのだが、寒い。
地面に座っているお尻や足が冷え固まる。

1時間たった頃、あまりの寒さに、日本人ヘナチョコ夫婦、一時退散。
暖かいカフェで、ワインとチップスで温まった。

9時頃、会場に戻ると、ちょうど全員のろうそくに灯がともされたところ。
火のついたろうそくを持って、子供たちおおはしゃぎ。
ろうそくをゆらしながら、全員でWe wish a merry christmasをうたう。

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演奏は、「ロトルア・ブラスバンド」の人たち。
言うなれば、「ロトルアじじばばバンド」

バンドがあまり上手でないところも、音響がよくないところも、テントがぼろいところも、座席もなにもないところも、全部含めて、あたたかい良い催しでした。

Merry Christmas and
       A Happy New Year to You. 
                by.あひる
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 故郷、金沢のお菓子「福梅(ふくうめ)」を食べた。

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ざらめをまぶした最中の皮のなかに、水あめを練りこんだ硬めのあんこが入っている。
うすい桃色と白の2種類。

purunさん、よしりんさんはよくご存知ですよね。)
その名の通り、福を呼ぶと言われる縁起もので、お正月に食べるお菓子である。

河童いわく、「なんでお正月のお菓子を今食うねん?」

しゃーないやんか。
おかんが送ってきた「福梅」、賞味期限が12月28日までやねんもん。

「来年、福が来るように祈って食べよ」と言った。

じゃ、来年のために笑おうか。
わーっはっはっはっはっは。

...と笑いながら福梅を食べた私たち。
あかんわ、笑ってるのに、泣きたくなる。

おかんが送ってきてくれた荷物は、やたら食べるもんばっかり。
つけもの、おかき、シューマイ、うどん、飴...
これらを買ってる母を想像すると、泣きそうになる。
父親と一緒に郵便局に持っていって送ったんだろうね、きっと。

そして、パッチワークで作った来年の干支の壁掛け。

もう、7年分の干支がたまりました。
ニュージーランドにきて7回目のお正月。
ごめんな、おかん。遠くにきてしまって。

毎年1回、12月に両親から届く小包は、洒落てなくて洗練されてなくて、そして、すっげえ暖かい。
毛糸のパンツがはいってたりする。
今、ニュージーランドは夏やっちゅうねん。

ありがと。うどん、大事に食べる。
汁も全部飲むで。
血圧あがってもええわ、低血圧やし。

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人を嫌うということ  気のままニュージー

人を嫌ってはいけない。
人に嫌われることをしてはいけない。

そんなん、うそやで。

人間は、理不尽に人を嫌うもの。
この人、虫が好かないと思う気持ちはごくごくあたりまえの感情。
その感情をもつことで自分を責めてはいけない。

人から嫌われることを恐れてはいけない。
人は、理不尽にあたりまえに誰かを嫌うものだから。

私がいったい何をしたというのか?
私は彼(彼女)に何か悪いことをしたのか?
そんなことを考えてはいけない。

人を嫌うということはごくあたりまえのことだから。

嫌うと憎むは違う。
人を憎むのには、理由がある。
人を嫌うのに理由はない。

中島義道さんの「人を嫌うということ」を読んで、気持ちが楽になった。

彼は言う。
「自分が何をしても、自分がどんなに好かれようとしても、ある人は理由なく私を嫌うのだ。私が理由なく人を嫌うように。人から嫌われたり、自分が人を嫌いになることを、悪いことだと思う必要はない。」


人を嫌うのも人から嫌われるのも悲しいこと。
私を嫌わないで。
私を好きになって。
私と仲良くして。
誰も嫌いになりたくない。

そんなことを思わない強さが、私はほしい。



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甘いささやき  気のまま家族

夫の顔が私の顔に近づく。


彼は、私の目をじっとみつめる。


彼の瞳に私の瞳がうつる。


彼は、優しい声でこう言った。


「オマエの目って、トイレット博士の目に似てるなあ...」
   
   

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トイレット博士。
それは美しくも一生をうんこの研究に捧げた男の物語である。

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アマリリス  気のまま雑記

手のひらを広げたよりも大きなアマリリスが咲いた。
「きれいに咲きや」と声をかけ続けたアマリリス。

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      今日、ぱーっと日がさすように、開いた。
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あなたの作品みせてください  気のまま雑記

私の作ったカッパの茶碗。
薬味を入れたり、おかきをいれたりと、うちでは活躍してるんですよ。

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陶ちゃんいづみさんナッツさんすなぴょんさんゆがふさんなど、プロの方々が大勢いらっしゃる中で、非常にお恥ずかしいのですが、自分では気に入ってるカッパちゃん茶碗です。
自分で作ると愛着わきますよね。はは。



ついでに、先日送られてきた、うちのおかんの力作。

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そして、今度はプロの作品。
友人のキャサリンが10月に大丸でひらいた個展に出した作品のひとつです。
キャサリンには、「うわー、めっちゃ上手!」とつい言ってしまい、「プロやっちゅうねん!」と怒られます。
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公募企画。
「あなたの作品見せてください。」

ご自分で作った愛着のある作品をブログで公開していただけませんか。
トラックバックお待ちしています。
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がんばってくださいをあと少し考える  気のまま雑記

「がんばって」については、たくさんの人からいろんな意見をきかせていただきました。ありがとうございます。
陶ちゃんからはメールもいただきました。ありがとうございます。

「がんばって」って使いたい人は、使ったらええやん。私は、なるべく言いたくないから言わない、それでええやん。
...と思っていたのですが、貴重な時間をとって自分の考えを書いてくれた人が何人もいるということに感激しました。
...そして気付きました。
このこと自体が、メッセージなのではないかと。

自分以外の人が自分にしてくれたこと(考えてくれたこと、意見を聞かせてくれたこと、時間をとって文章にしてくれたこと)を尊重し、真摯にうけとめなさい。
そして自分もちゃんと考えてみなさい。

という大きな力からのメッセージなのかと今は思っています。
ちゃんと考えろ、そして、自分はどうがんばるのかを決めて、そして「がんばれ!」というメッセージなのかもしれません。

ケイジさんsaid
「がんばれ」は、あひるさんが書いてるとおりあいさつですね。記号だと思います。
ちなみに、僕はがんばれと言われるのは嫌ではありません。少なくとも言った人は好意があって応援してくれてるわけでしょうし。

頑張る事は自分の限界を知る事なので、それが恐いと言われたくないし頑張りたくも無いのでは。
頑張れと言われて滅入る時は、何言われも滅入りますね、僕は(w。「頑張れ」はそう言うシーンで使われやすい言葉なので悪者にされがちですが、他の言葉でもダメな時はダメですよ、きっと。

陶ちゃんsaid
誤解を恐れずに言うなら、関西人のツッコミだと思いますね。

当時イチローのいたオリックスは、ユニフォームの背中に「ガンバロー神戸」と書いていたし。それはいい言葉だと思った。

一善さんsaid
自分自身がテンパってる時に「頑張って!」って言われると確かにツラいかも・・逆に、何をどう頑張るのか、具体的に見えてる時は、
素直に受け取れそう。

ぴあのさんsaid
私の 辞書には 頑張る という言葉はありません。 たぶん 日本語で いちばーん 嫌いな言葉かもー。。。www

まりこさんsaid
自分が言われてキレた事もあります。
「これ以上私に何をどうしろと!!」と叫びました(苦笑)
でも、マラソン参加するときなんか、素直に「ありがとう!頑張るね!」とも言えます。自分が頑張るの好きです。
頑張ってる人を見るのも好きです。
でもキレた時の私には、そういう余裕がなかった。

Chiさんsaid
個人的には「頑張ってる自分」を全面的に押し出す人は好きじゃないし、自分でもゴリゴリに頑張らないタイプですが、ふと「あー頑張っちゃったよ、今日は」と爽快になる夜も一年に1・2回はあります。

kohさんsaid
個人的には「頑張って」は使わないで、
「成る様に成るさ」を使うのがスキですね。
裏に「だから心配するな」って意味が含まれてるからかもしれません。

mariko mamさんsaid 
このエントリーを読むと、どうしても『私に頑張れって言わないでッ。』と叫びに聞こえてしまう。

自分のことを本当に思ってくれている人からの『頑張れ』は魔法だ。
どうしようもない私が生きれているのは、そうした頑張れに支えられているよ。

purunさんsaid
「がんばらん」大賛成!
私は中学高校時代親から言われる「頑張れ」の言葉が大嫌いでした。
何故ならその時私は十分頑張っていたから。
その頃から私は頑張っている人に向かって「頑張って」というのは極力やめるようにしました。
「頑張って」と声をかけるのは第3者的無責任発言と思っています。
頑張ってという場面に私は「ふぁいと〜」と声をかける。
頑張ろうね…戦おうね…私も応援しているよ〜の気持ちを込めて!

エイコさんsaid
ワタシも「頑張れ」という単語には違和感を覚える一人です。言っている人には悪気はないし、色々な人がいて人それぞれ使うニュアンスが違うので一概には言えないのは承知なのですが、やはり言葉が本来持つ叱咤激励的な雰囲気に馴染めないのかもしれません。

フィカルさんsaid
たしかに「がんばれ」って、言うほうに責任がかかってくる重い言葉だと思う。相手を追い詰めていやしないか、相手の現時点までの努力を無視していやしないか。
だからこそ、「がんばれ」を口に出すときは、その言葉の意味や、その言葉を受け取る相手の気持ちをよくよく考えないといけない。
その上で口に出してる「がんばれ」は、私の中でやっぱり最上級の励ましなんだよねぇ。がんばれない人には言えないもん。私にとっては、相手を信じてるから言える言葉だなぁ。



ありがとう、ありがとう、ありがとう。
みなさんからいただいたコメント読み返して、それぞれが今までそして今もがんばってるから言える言葉なんだろうなあと想像でき、胸が熱くなります。

私もじっくり考えました。
marikoさんのご指摘通り、私は「がんばれ」と言われるのがいやだったのかもしれません。そんなことはないと斜にかまえたポーズをとっていましたが、育ってくる課程で、がんばってるのに結果が出ない挫折と屈辱を予想して、「がんばっても、できない」自分になるのがいやで、「がんばらない」に置き換えていたのかもしれません。卑怯者です。

がんばれといわれると、「私はがんばらへんねん」と言いたくなる天邪鬼でもあります。「そういうオマエががんばれや」と言い返したくなるイヤな女です。

私はがんばってるところを他人にみせずにこっそりがんばって、涼しい顔でなんでもできる人でいたいというええかっこしいです。でも、それがなかなか結果に現れず、結局何もできない何のとりえもない人である事実をごまかすために、できない自分に言い訳するために、「がんばってないもーん」とごまかしているのです。

本当につらいときは、その気持ちを友達に話したりもしません。弱いところを見せたくないから。強い人でありたいから。
だから、「がんばれ」と言われたくないのかもしれません。がんばれといわれると、弱い自分を見透かされたような気持ちになるのかもしれません。「がんばれ」と人にも言いたくないのです。きっと、がんばってる人は、だまってがんばってると思うから。

Chiさんがおっしゃるように、私もがんばってる自分は好きです。(たまにしかないけど)
がんばってる人も好きです。でも、がんばらんでええ、と友達にはいいます。
でもフィカルさんがおっしゃる”それでも「がんばれ」は最上級の励まし”という言葉にもちょっと感動しました。

じっくり考えると自分の心の中が少し整理できました。
私は「がんばれ」と安易にいうことがいやですが、「がんばる!」「がんばろう!」という言葉は嫌いではないということ。

自分で「がんばる!」という言葉と、一緒に「がんばろう!」という言葉には心がある。「がんばれ!」「がんばって!」という言葉からは、他人事のような感じをうけるのです。
もちろん、言うほうは、そんな大きな意味を持たさずに、使っている言葉なのでしょうが。
だから、阪神大震災後のオリックスの「ガンバロウ」には温かみを感じ、marikoさんのjin様からのメッセージにも心がこもっているのでしょうね。
河童も「がんばろな」とよく言います。
一緒にがんばろう。自分がついてるから。
一人ではないから、一緒にがんばろう。

「がんばれ」でなく「がんばろう」
「がんばれ」でなく「がんばるぞ」

おかげで、いい言葉に気付かせてもらいました。
自分を考えるいい機会になりました。A lot of thanks!

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幸せの甘さ  気のままニュージー

さて、これは何の機械だと思いますか?
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ソフトクリーム製造機みたいです。(ソフトクリーム食べたいね)
生ビール出てくるんでしょうか?(それもサウンズグッド)

ロトルアでポン更新されました。
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がんばってくださいをもう一度考える  気のまま雑記

私は「がんばってください」という言葉が好きでない。

と、いうことについて、10月に書いた「がんばってくださいを考える」のエントリーに、陶ちゃんmariko mamさんよしりんさんがコメントをくれた。

marikoさんsaidその時々の状況で、「私は頑張っているのに・・・。」と思ってしまうのは、相手の心の状態ででしょうね。
スポーツマン《プロ選手》へは、ただの「応援の言葉」の中のひとつであって、「おまえ、もっとがんばれや〜。」的でないから、選手も解っていると思うなぁ。
言う人の人柄、言われる側の人柄。
言葉って、そういうものだよね。
難しいねぇ〜〜〜〜〜言葉はね、心が見えないからね。


あひるのコメント日本語の「がんばって」には、私にはどうもしっくりこないんですよ。なんでかなあ。「がんばってください」以外になんかいい言葉ないかなあと。
日本語は、「いってきます」「おかえりなさい」「いただきます」「ごちそうさま」「お邪魔します」など、英語にはない、いい言葉がたくさんあるのに、なんで、最後はいつも「がんばってください」なんでしょう?

受験のときや大事な試合のときに、「がんばってねー」と送り出すのは、違和感を感じないのですが。
もちろん、運動会や、ラグビーみながら叫ぶのは「がんばれー」ですよね。それもいいんです。
私自身「時々しかがんばらない」ことをモットーにしていますので、がんばれといわれるのがあまり好きでないのかもしれません。

言葉は受け取るほうの心がみえないから、ほんとに難しいです。
でも、やっぱり言葉は楽しい。
言葉は一度口に出してしまうと、言霊が宿るそうです。だから、いい言葉、前向きな言葉を意識して使うのがいいのだときいたことがあります。
大好き、うれしい、楽しい!そんないい言葉をたくさん、言いたいですね。「きらい」、「いや」ばかりいうよりも、幸せでいられるような気がしますよね。
そう考えると「がんばれ」という言葉も悪くはないんですけどー。


陶ちゃんsaid
ボクはね、意外に好きなんです。「頑張って」という言葉が・・・。
たぶん、頑張っていないからだと思うんです。とことんやった状況でも、頑張って!といわれると嬉しいと思います。
言われなくても頑張ってるワイ!
そんな状況になった事ないので分かりません。
俺は、頑張ってるよ!そんな状況に・・・。

>がんばらなくてもいいのではないか?

その通りだよね〜
つうか、頑張ってないからコンナ事いってるんだけど・・・

末期癌患者の方の
>これ以上がんばられへん

コレは痛切ですよね。お見舞いの方はそういうしかないんだろうケド・・・。
その方は亡くなられたんでしょうか?ご冥福をお祈りします。
でも、生死の問題とスポーツなどの状況を同時に語るのは話がヤヤコシクなるよ〜

例えば医者が、誰かの生命の鍵を握る・・・
先生、頑張って・・・
ガンバテルワイ!でも死んじゃった・・・ではない。
何かを、極める・・・その後にやること・・・もっと頑張る、という事なのだとボクは思うのだが・・・。

たぶんツーウェイコミュニケーションでの「頑張れ!」と切り離して考えないと複雑になっちゃうね。

頑張れっ!・・・いい言葉だと思うのだが・・・。
災害被災地のこととリンクしちゃうからね・・・反感は。

疲れて、これ以上ダメかな?もっとやるべき事があるような気がするんだけど・・・そんな時に、耳元で
「頑張って・・・!」
そう囁かれたら、頑張っちゃいますよ〜男は・・・。
「もっと、頑張れ!」自分にそう言いたい。


よしりんさんsaid
うーん 使ってますね。悪気はなく。
でも、ぎりぎりまで すでに『頑張っている』人に対しては禁句なのかもとは必ずどこかで意識しています。
また、ある心の病の方には決して使ってはいけないそうですね・・・。

そう思うと、無意識下で口にしている場合は「もそっと 頑張れ」と無意識下で思っているんだろうか?うーん
あんたに言われんでもがんばっとるわい アホ!
と思える人には、まだ底力というか、跳ね返せるエネルギーは見えるから言ってもいいのかも・・・なんて思ったり?
いずれにしても、語彙力が衰えていくと(個人でも社会ででも)、ひとつの言葉をいろんな、いろいろな想いにすべて使おうとするから、おかしな場面が出来てくるのではないかな?って気がします。

でも、逆にいろいろな想いをあえてその言葉にいろいろ詰め込んで発する言葉は短い一言って場合も無きにしも非ず・・・

がんばって、がんばれ!より
頑張っていますね。応援しています。
という方がやっぱり嬉しいかな?


私はこう考える。
「がんばって」という言葉がいやなのでなく、簡単にがんばってと言ってしまうこと安易さがいやなのかもしれません。
「がんばる」のはいい。
がんばってる自分は結構好き。(がんばることは、たましにしかないけど)
がんばってる人も好きです。
がんばってる人からは、見ているだけでパワーやエネルギーを与えられるし、自分も!と前を向かせてくれる。

でも、自分の心身の調子がよくないとき、がんばってる人はまぶしすぎるんですよ。まぶしくて、目をそらしたくなる。
または、がんばってもがんばっても結果がでないとき、そんなときはがんばってる人から目をそらせたくなるし、がんばれと言われるのも責められているような気持ちになることはないでしょうか?
闘病してる人や、がんばっているのにいい結果が出ない人に対して。

「がんばる」のはいいけど「がんばれ」がいやなのかもしれません。
「がんばって」って日本人は気安く言うけど、「がんばれ」って結構重い言葉だと思うのです。
人に「がんばって」といえるほどオマエはがんばっているのかと自分に問いかけると、「すみませーん」と言いたくなるほどしか私はがんばってない。
そんな自分が「がんばって」とヒトに言うことはすごく申し訳ないことです。また、反対に自分はよくがんばったと自分で納得できるほどの結果がでたとき、そんな自己満足した自分がヒトに「がんばって」と言うのも、すごく不遜なことに思えるのです。

私が「がんばって」が好きではないのは、「がんばる」という言葉がいやなのではなく、安易にその言葉を使うことがいやなんです。でも、この言葉自体が挨拶みたいなもんですから、「がんばってください」と言う人がきらいだというわけではありません。

陶ちゃんがいうように、耳もとで「ガンバッテ」ってささやかれたら、男はがんばっちゃうよーと。
そういう意味の「ガンバッテ」はいいですよねー。でも、私はあえて「がんばって」でなくほかの言葉を耳元でささやきたいなあ。
「大好き」とか。これは私の勝手なこだわりです。

「がんばれ」という言葉はもっともしっくりくる場面でつかいたい。
綱引きとか、子供を生むのにいきんでるとか、紅白玉いれとか、応援合戦とか。

よしりんさんがおっしゃっているように、「がんばって」ではなく、「がんばってるね」がいいかもしれない。
「がんばったね」もいい。

さようならのかわりに「がんばってください」
病気で入院してる人に「がんばってください」
今度の試合「がんばってください」
絵の個展がうまくいくように「がんばってください」
来年も「がんばってください」

これらを違う言葉で言えないかなあと思うのです。
何度も言いますが、これは私の勝手なこだわりです。
「がんばって」という言葉が嫌いなわけではないのです。

と理屈をいうてる間にがんばれて?

   クリックすると元のサイズで表示します                        のが私の主義なんです。
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散髪 その後  気のまま雑記

獅子頭、田舎の中学生、稲妻落としの岡田可愛、「どうせなら隈取りを書いてグレート歌舞伎みたいにせえ」といろんなほめ言葉をちょうだいした私の髪型でありますが、言霊パワーに助けられ、日本人美容師ミチヨさんのご尽力によって、本日かっちょいい、今風の、洒落た、美人なアタマに変身したことをご報告申し上げます。

河童にこのようにほめられました。
「水前寺清子!」

...って、わしはチーターかい!
どうせなら、九重ユミコと言ってほしかったよ、コメットさん。

ヘアダイもしてもらいました。
「アッシュ」という色あいらしい。
青が混じってるらしい。
「どんな色でもいいです、おまかせします」と言ったら、なんか素敵な色になりましたぞ。
どんな色かというと、説明できない。
なんせ青が混じってるんです。

このかっちょいいアタマで、まだまだブイブイいわすぜ!
イェーイ。
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