がんばってくださいをあと少し考える  気のまま雑記

「がんばって」については、たくさんの人からいろんな意見をきかせていただきました。ありがとうございます。
陶ちゃんからはメールもいただきました。ありがとうございます。

「がんばって」って使いたい人は、使ったらええやん。私は、なるべく言いたくないから言わない、それでええやん。
...と思っていたのですが、貴重な時間をとって自分の考えを書いてくれた人が何人もいるということに感激しました。
...そして気付きました。
このこと自体が、メッセージなのではないかと。

自分以外の人が自分にしてくれたこと(考えてくれたこと、意見を聞かせてくれたこと、時間をとって文章にしてくれたこと)を尊重し、真摯にうけとめなさい。
そして自分もちゃんと考えてみなさい。

という大きな力からのメッセージなのかと今は思っています。
ちゃんと考えろ、そして、自分はどうがんばるのかを決めて、そして「がんばれ!」というメッセージなのかもしれません。

ケイジさんsaid
「がんばれ」は、あひるさんが書いてるとおりあいさつですね。記号だと思います。
ちなみに、僕はがんばれと言われるのは嫌ではありません。少なくとも言った人は好意があって応援してくれてるわけでしょうし。

頑張る事は自分の限界を知る事なので、それが恐いと言われたくないし頑張りたくも無いのでは。
頑張れと言われて滅入る時は、何言われも滅入りますね、僕は(w。「頑張れ」はそう言うシーンで使われやすい言葉なので悪者にされがちですが、他の言葉でもダメな時はダメですよ、きっと。

陶ちゃんsaid
誤解を恐れずに言うなら、関西人のツッコミだと思いますね。

当時イチローのいたオリックスは、ユニフォームの背中に「ガンバロー神戸」と書いていたし。それはいい言葉だと思った。

一善さんsaid
自分自身がテンパってる時に「頑張って!」って言われると確かにツラいかも・・逆に、何をどう頑張るのか、具体的に見えてる時は、
素直に受け取れそう。

ぴあのさんsaid
私の 辞書には 頑張る という言葉はありません。 たぶん 日本語で いちばーん 嫌いな言葉かもー。。。www

まりこさんsaid
自分が言われてキレた事もあります。
「これ以上私に何をどうしろと!!」と叫びました(苦笑)
でも、マラソン参加するときなんか、素直に「ありがとう!頑張るね!」とも言えます。自分が頑張るの好きです。
頑張ってる人を見るのも好きです。
でもキレた時の私には、そういう余裕がなかった。

Chiさんsaid
個人的には「頑張ってる自分」を全面的に押し出す人は好きじゃないし、自分でもゴリゴリに頑張らないタイプですが、ふと「あー頑張っちゃったよ、今日は」と爽快になる夜も一年に1・2回はあります。

kohさんsaid
個人的には「頑張って」は使わないで、
「成る様に成るさ」を使うのがスキですね。
裏に「だから心配するな」って意味が含まれてるからかもしれません。

mariko mamさんsaid 
このエントリーを読むと、どうしても『私に頑張れって言わないでッ。』と叫びに聞こえてしまう。

自分のことを本当に思ってくれている人からの『頑張れ』は魔法だ。
どうしようもない私が生きれているのは、そうした頑張れに支えられているよ。

purunさんsaid
「がんばらん」大賛成!
私は中学高校時代親から言われる「頑張れ」の言葉が大嫌いでした。
何故ならその時私は十分頑張っていたから。
その頃から私は頑張っている人に向かって「頑張って」というのは極力やめるようにしました。
「頑張って」と声をかけるのは第3者的無責任発言と思っています。
頑張ってという場面に私は「ふぁいと〜」と声をかける。
頑張ろうね…戦おうね…私も応援しているよ〜の気持ちを込めて!

エイコさんsaid
ワタシも「頑張れ」という単語には違和感を覚える一人です。言っている人には悪気はないし、色々な人がいて人それぞれ使うニュアンスが違うので一概には言えないのは承知なのですが、やはり言葉が本来持つ叱咤激励的な雰囲気に馴染めないのかもしれません。

フィカルさんsaid
たしかに「がんばれ」って、言うほうに責任がかかってくる重い言葉だと思う。相手を追い詰めていやしないか、相手の現時点までの努力を無視していやしないか。
だからこそ、「がんばれ」を口に出すときは、その言葉の意味や、その言葉を受け取る相手の気持ちをよくよく考えないといけない。
その上で口に出してる「がんばれ」は、私の中でやっぱり最上級の励ましなんだよねぇ。がんばれない人には言えないもん。私にとっては、相手を信じてるから言える言葉だなぁ。



ありがとう、ありがとう、ありがとう。
みなさんからいただいたコメント読み返して、それぞれが今までそして今もがんばってるから言える言葉なんだろうなあと想像でき、胸が熱くなります。

私もじっくり考えました。
marikoさんのご指摘通り、私は「がんばれ」と言われるのがいやだったのかもしれません。そんなことはないと斜にかまえたポーズをとっていましたが、育ってくる課程で、がんばってるのに結果が出ない挫折と屈辱を予想して、「がんばっても、できない」自分になるのがいやで、「がんばらない」に置き換えていたのかもしれません。卑怯者です。

がんばれといわれると、「私はがんばらへんねん」と言いたくなる天邪鬼でもあります。「そういうオマエががんばれや」と言い返したくなるイヤな女です。

私はがんばってるところを他人にみせずにこっそりがんばって、涼しい顔でなんでもできる人でいたいというええかっこしいです。でも、それがなかなか結果に現れず、結局何もできない何のとりえもない人である事実をごまかすために、できない自分に言い訳するために、「がんばってないもーん」とごまかしているのです。

本当につらいときは、その気持ちを友達に話したりもしません。弱いところを見せたくないから。強い人でありたいから。
だから、「がんばれ」と言われたくないのかもしれません。がんばれといわれると、弱い自分を見透かされたような気持ちになるのかもしれません。「がんばれ」と人にも言いたくないのです。きっと、がんばってる人は、だまってがんばってると思うから。

Chiさんがおっしゃるように、私もがんばってる自分は好きです。(たまにしかないけど)
がんばってる人も好きです。でも、がんばらんでええ、と友達にはいいます。
でもフィカルさんがおっしゃる”それでも「がんばれ」は最上級の励まし”という言葉にもちょっと感動しました。

じっくり考えると自分の心の中が少し整理できました。
私は「がんばれ」と安易にいうことがいやですが、「がんばる!」「がんばろう!」という言葉は嫌いではないということ。

自分で「がんばる!」という言葉と、一緒に「がんばろう!」という言葉には心がある。「がんばれ!」「がんばって!」という言葉からは、他人事のような感じをうけるのです。
もちろん、言うほうは、そんな大きな意味を持たさずに、使っている言葉なのでしょうが。
だから、阪神大震災後のオリックスの「ガンバロウ」には温かみを感じ、marikoさんのjin様からのメッセージにも心がこもっているのでしょうね。
河童も「がんばろな」とよく言います。
一緒にがんばろう。自分がついてるから。
一人ではないから、一緒にがんばろう。

「がんばれ」でなく「がんばろう」
「がんばれ」でなく「がんばるぞ」

おかげで、いい言葉に気付かせてもらいました。
自分を考えるいい機会になりました。A lot of thanks!

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