がんばってくださいをもう一度考える  気のまま雑記

私は「がんばってください」という言葉が好きでない。

と、いうことについて、10月に書いた「がんばってくださいを考える」のエントリーに、陶ちゃんmariko mamさんよしりんさんがコメントをくれた。

marikoさんsaidその時々の状況で、「私は頑張っているのに・・・。」と思ってしまうのは、相手の心の状態ででしょうね。
スポーツマン《プロ選手》へは、ただの「応援の言葉」の中のひとつであって、「おまえ、もっとがんばれや〜。」的でないから、選手も解っていると思うなぁ。
言う人の人柄、言われる側の人柄。
言葉って、そういうものだよね。
難しいねぇ〜〜〜〜〜言葉はね、心が見えないからね。


あひるのコメント日本語の「がんばって」には、私にはどうもしっくりこないんですよ。なんでかなあ。「がんばってください」以外になんかいい言葉ないかなあと。
日本語は、「いってきます」「おかえりなさい」「いただきます」「ごちそうさま」「お邪魔します」など、英語にはない、いい言葉がたくさんあるのに、なんで、最後はいつも「がんばってください」なんでしょう?

受験のときや大事な試合のときに、「がんばってねー」と送り出すのは、違和感を感じないのですが。
もちろん、運動会や、ラグビーみながら叫ぶのは「がんばれー」ですよね。それもいいんです。
私自身「時々しかがんばらない」ことをモットーにしていますので、がんばれといわれるのがあまり好きでないのかもしれません。

言葉は受け取るほうの心がみえないから、ほんとに難しいです。
でも、やっぱり言葉は楽しい。
言葉は一度口に出してしまうと、言霊が宿るそうです。だから、いい言葉、前向きな言葉を意識して使うのがいいのだときいたことがあります。
大好き、うれしい、楽しい!そんないい言葉をたくさん、言いたいですね。「きらい」、「いや」ばかりいうよりも、幸せでいられるような気がしますよね。
そう考えると「がんばれ」という言葉も悪くはないんですけどー。


陶ちゃんsaid
ボクはね、意外に好きなんです。「頑張って」という言葉が・・・。
たぶん、頑張っていないからだと思うんです。とことんやった状況でも、頑張って!といわれると嬉しいと思います。
言われなくても頑張ってるワイ!
そんな状況になった事ないので分かりません。
俺は、頑張ってるよ!そんな状況に・・・。

>がんばらなくてもいいのではないか?

その通りだよね〜
つうか、頑張ってないからコンナ事いってるんだけど・・・

末期癌患者の方の
>これ以上がんばられへん

コレは痛切ですよね。お見舞いの方はそういうしかないんだろうケド・・・。
その方は亡くなられたんでしょうか?ご冥福をお祈りします。
でも、生死の問題とスポーツなどの状況を同時に語るのは話がヤヤコシクなるよ〜

例えば医者が、誰かの生命の鍵を握る・・・
先生、頑張って・・・
ガンバテルワイ!でも死んじゃった・・・ではない。
何かを、極める・・・その後にやること・・・もっと頑張る、という事なのだとボクは思うのだが・・・。

たぶんツーウェイコミュニケーションでの「頑張れ!」と切り離して考えないと複雑になっちゃうね。

頑張れっ!・・・いい言葉だと思うのだが・・・。
災害被災地のこととリンクしちゃうからね・・・反感は。

疲れて、これ以上ダメかな?もっとやるべき事があるような気がするんだけど・・・そんな時に、耳元で
「頑張って・・・!」
そう囁かれたら、頑張っちゃいますよ〜男は・・・。
「もっと、頑張れ!」自分にそう言いたい。


よしりんさんsaid
うーん 使ってますね。悪気はなく。
でも、ぎりぎりまで すでに『頑張っている』人に対しては禁句なのかもとは必ずどこかで意識しています。
また、ある心の病の方には決して使ってはいけないそうですね・・・。

そう思うと、無意識下で口にしている場合は「もそっと 頑張れ」と無意識下で思っているんだろうか?うーん
あんたに言われんでもがんばっとるわい アホ!
と思える人には、まだ底力というか、跳ね返せるエネルギーは見えるから言ってもいいのかも・・・なんて思ったり?
いずれにしても、語彙力が衰えていくと(個人でも社会ででも)、ひとつの言葉をいろんな、いろいろな想いにすべて使おうとするから、おかしな場面が出来てくるのではないかな?って気がします。

でも、逆にいろいろな想いをあえてその言葉にいろいろ詰め込んで発する言葉は短い一言って場合も無きにしも非ず・・・

がんばって、がんばれ!より
頑張っていますね。応援しています。
という方がやっぱり嬉しいかな?


私はこう考える。
「がんばって」という言葉がいやなのでなく、簡単にがんばってと言ってしまうこと安易さがいやなのかもしれません。
「がんばる」のはいい。
がんばってる自分は結構好き。(がんばることは、たましにしかないけど)
がんばってる人も好きです。
がんばってる人からは、見ているだけでパワーやエネルギーを与えられるし、自分も!と前を向かせてくれる。

でも、自分の心身の調子がよくないとき、がんばってる人はまぶしすぎるんですよ。まぶしくて、目をそらしたくなる。
または、がんばってもがんばっても結果がでないとき、そんなときはがんばってる人から目をそらせたくなるし、がんばれと言われるのも責められているような気持ちになることはないでしょうか?
闘病してる人や、がんばっているのにいい結果が出ない人に対して。

「がんばる」のはいいけど「がんばれ」がいやなのかもしれません。
「がんばって」って日本人は気安く言うけど、「がんばれ」って結構重い言葉だと思うのです。
人に「がんばって」といえるほどオマエはがんばっているのかと自分に問いかけると、「すみませーん」と言いたくなるほどしか私はがんばってない。
そんな自分が「がんばって」とヒトに言うことはすごく申し訳ないことです。また、反対に自分はよくがんばったと自分で納得できるほどの結果がでたとき、そんな自己満足した自分がヒトに「がんばって」と言うのも、すごく不遜なことに思えるのです。

私が「がんばって」が好きではないのは、「がんばる」という言葉がいやなのではなく、安易にその言葉を使うことがいやなんです。でも、この言葉自体が挨拶みたいなもんですから、「がんばってください」と言う人がきらいだというわけではありません。

陶ちゃんがいうように、耳もとで「ガンバッテ」ってささやかれたら、男はがんばっちゃうよーと。
そういう意味の「ガンバッテ」はいいですよねー。でも、私はあえて「がんばって」でなくほかの言葉を耳元でささやきたいなあ。
「大好き」とか。これは私の勝手なこだわりです。

「がんばれ」という言葉はもっともしっくりくる場面でつかいたい。
綱引きとか、子供を生むのにいきんでるとか、紅白玉いれとか、応援合戦とか。

よしりんさんがおっしゃっているように、「がんばって」ではなく、「がんばってるね」がいいかもしれない。
「がんばったね」もいい。

さようならのかわりに「がんばってください」
病気で入院してる人に「がんばってください」
今度の試合「がんばってください」
絵の個展がうまくいくように「がんばってください」
来年も「がんばってください」

これらを違う言葉で言えないかなあと思うのです。
何度も言いますが、これは私の勝手なこだわりです。
「がんばって」という言葉が嫌いなわけではないのです。

と理屈をいうてる間にがんばれて?

   クリックすると元のサイズで表示します                        のが私の主義なんです。
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