リンク栃木、突然の解任劇の裏側=JBL
“田臥の恩師”加藤HCの更迭について
田臥と加藤氏の能代タッグでのVは夢となった【スポーツナビ】「更迭」という二文字は、日本のバスケットボール界において、あまりにも聞きなれない重い言葉だった。11月10日、JBLリンク栃木ブレックスの加藤三彦ヘッドコーチ(HC)が更迭される衝撃の事態が起こった。3勝7敗と負けが先行していたが、就任7カ月、わずか10試合終了時点での指揮官交代劇はJBLでは異例の出来事。
リンク栃木は今シーズンJBL2よりJBLに昇格したプロクラブチーム。高校界の超名門・能代工高から加藤氏をHCに招聘(しょうへい)し、さらには、加藤氏の能代工高時代の教え子であり、日本人初のNBAプレイヤーである田臥勇太をシーズン直前に入団させたことでも大きな話題を呼んでいた。更迭の理由について、11月12日の記者会見で山谷拓志ゼネラルマネジャー(GM)は、「成績不振ということではなく、チーム内のコミュニケーションが築けず、信頼関係が修復不可能になった」と発表した。加藤氏とのHC契約は3年間。チーム側は加藤氏に対してアシスタントGM就任の要請をしたが、加藤氏がこれを辞退したため、11月11日付にて双方合意の上、違約金なしで契約を解除。さらに責任の所在を明らかにする上で、山谷GMに月額報酬15%の減給処分を課した。
今後、チームの指揮を執るのは、これまでJBLのいすゞ自動車やWJBLのJOMOといった名門チームにおいて、アソシエイトヘッドコーチやアドバイザーを務めた経歴を持つトーマス・ウィスマン氏(59歳)。当面はHCという役職を置かずに、代理とも言える「アソシエイトヘッドコーチ」という形で就任する。
「結果的にはヘッドコーチ不在なので、更迭ではなくて解任という形」(山谷GM)となった今回の解任劇。「現状打破」をスローガンに、JBLに風穴を開けるべく誕生したプロクラブチーム・リンク栃木ブレックスに何が起き、今後どこへ向かっていくのか――。
■高校生と大人のギャップに見えた苦悩のあと
HC解任については「信頼関係の破たん」が理由とされるが、これが具体的に何を指すかについて山谷GMは「掘り下げた内容についての発表はしかねる」と明言を避けた。
リンク栃木のスローガンである「現状打破」に賛同して高校界からJBLに転身した加藤氏が、意気揚々と就任会見を行ったのは4月のこと。能代工時代は伝統の「オールコートゾーンプレスからの速攻」というスタイルを武器に、能代工しかできないオリジナリティーを築き上げたのは、バスケットファンならば誰もが知るところ。また、常に自信に満ち溢れた姿勢で高校界をリードし続けてきた。それが一転、JBLへ転身してからはその強烈な個性が影を潜めた。というよりも、試行錯誤の日々に苦しんでいた印象がある。
加藤氏は「多様化している現在のバスケットをシンプルにして、トランジションバスケット(攻防の切り替えしが速いこと)で勝負したい」と展望を述べていた。能代工高のスタイルそのものとも言えるが、それだけではない。今まで能代工高で培ってきたことを土台に、大人が持つ個々の能力を生かして進化させたい。そのために必要なのは「改めて基本の徹底を見直すこと」だと新たなチャレンジに取り組んでいた。そんな中で浮上したのが、山谷GMが明言を避けた信頼関係。問題視されたのは目指すバスケットの方向性ではなく、トップリーグの大人たちに伝える手段にあったのではないだろうか。
シーズン開幕前から加藤氏は、指導の壁にぶつかっていることを報道陣に明かしていた。
「バスケット用語ひとつにしても、自分では統一してみんなにわかるものを提示したいという考えがあるが、それには高校の時とは違う伝え方が必要で、自分を変えなきゃならない。選手は色んなところから集まってきているから、僕の言葉で僕の色を知りたいという選手と、僕の方が対応を変えることを望んでいる選手がいる。そこの溝を埋めることは時間がかかるものだし、自分を変えることに対してジレンマを感じている」
加藤氏の葛藤(かっとう)は選手にも伝わり「今やっているバスケには具体的な決まり事がない」と、予想外とも思える指示の少なさに、戸惑いの声が聞こえていた。お互いの伝わらない、分からない思いが改善されず、チーム内にフラストレーションが溜まっていったことは端から見ていてもうかがえたことだ。だが新しいチームに壁はつきもの。「試行錯誤の1年になる」(伊藤俊亮)と選手たちも覚悟の上で臨んでいた。
■指揮官とフロント双方の認識にズレ
「この決断が、正しいか正しくないかは、今は判断できない」と山谷GM【小永吉陽子】 そこへ来て開幕直前に、加藤氏のバスケットボールをよく知り、代弁者となりうる司令塔の田臥が入団した。「僕のやりたいトランジションゲームにはアイツがいてこそ」と加藤氏は信じた道を貫く決意を固め、選手たちも「勇太が来たことで安心した面があった」(竹田謙)と、急ピッチでチーム作りは進められた。
これぞ、加藤氏の求めている展開で勝利が訪れたのは10月18日の三菱戦。オールコートのゾーンプレスからの速攻でたたみかけ、2勝目をあげた試合だ。田臥と山田謙治が前線からディフェンスを仕掛けてスティールを連発し、川村卓也が速攻に走った。能代工高出身の2ガードが機能したスタイルに加藤氏は「青写真ができた」と手応えを感じ始めてもいた。だが、相手が違えば対応策も違う。その後の試合ではチームがうまく機能しなかった。
とはいえ、まだ一巡目の10試合が終わったところである。当然、新規参入のチーム作りには時間を要するものであり、加藤氏もこれからだと感じていたところだろう。しかし、フロントは「長期的な視点で見てもチームを作り上げていくことが難しく苦渋の判断」(山谷GM)と決を下した。「5年後の日本一」という明確な目標の下、「成長」をテーマに掲げるチームでありながら、成長過程においてこのような決断を下した背景には、指揮官とフロント双方の認識にズレがあったとしか言いようがない。
HC解任について田臥は「三彦さんがいたからこのチームに来たことは理由の一つでもありますが、この決定はフロントが決めたことで、これがプロチームなんだと思います。選手がやることはどんな体制であれ、ベストを尽くすこと。ただ(チームを辞めたからといって)、三彦さんが僕の恩師であることに変わりはありません」と語った。
■今後、リンク栃木が進むべき道
新しくアソシエイトヘッドコーチに就任したウィスマン氏は、「ディフェンスを強化していきたい」と語る【小永吉陽子】 多かれ少なかれ、どこのバスケットチームにも、どこのスポーツ界にも、こういったチーム内人事のもめ事はあるものだ。しかし、JBLの場合は企業主体のリーグであるがゆえ、これまでチーム内の衝突が表面化されたことはなかった。創部してからの2年間、リンク栃木はファンミーティングや地域貢献といった草の根活動を大切にし、その報告と改善においても、迅速な判断で行動を展開してきた。また、「成長と現状打破」といった分かりやすいチームコンセプトに、「新しいJBLの形」を期待した人々も多かったはずだ。“チーム運営”にプロの姿勢で臨んだ球団だからこそ、リンク栃木は醜態ともいえる今回の一件についても事の経緯を説明した。しかし、同時に長期的なプランを持った“チーム作り”という点においては、スタート地点ではプロとして未熟だったことも露呈した。
新しくアソシエイトHCに就任したウィスマン氏は、在籍したいすゞ自動車やJOMOにおいて、選手個人の能力を伸ばすことに定評があった人物。「急に体制が変わる中でシーズンを戦うことは難しいが、ここまでやってきたことをベースに、さらにディフェンスを強化していきたい。田臥というポイントガードがいるかぎり、トランジションのスタイルは変わらない」と方針を定めた。
「この決断が、正しいか正しくないかは、今は判断できない。判断が正しかったと言えるように、変化したチームを見てほしい」と山谷GM。シーズン途中でチームを改革することは容易なことではない。それでも軌道修正することが成長への近道だと選んだのであれば、リンク栃木のこれからの取り組みこそが、本当の意味で真価が問われることになる。
<了>
(2008年11月8日(火):スポーツナビ)

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