身延山の菩提梯(ぼだいてい)と名づけられた287段の石段は、傾斜がきつく一段の高さが30p近く?
一気に登るのではなく7つのブロックに分かれていても、登るにつれてだんだん足が重くなり前に進なくなった。
あまりの急傾斜なので手すりにつかまりながらで、もしつまづいたら転がり落ちるかもと緊張してしまう。
春の枝垂れ桜で有名な身延山には、かなり昔に来たことがあるはずなのに、こんな急階段があった記憶は全くない。
駐車場からは坂道で境内に入れるので、きっとそのルートだったのだろう。
手軽に色々な所へ行けるツアーは便利だけれど、時間に限りがあるからその場所を堪能することが出来ないので、いつかゆっくり行きたいよね〜という所が増えてしまうのは仕方がないかも!
身延山もそんな場所の1つだ。
まず急傾斜の階段を克服し、久遠寺本堂などにお参りを済ませてからロープウェイは使わず自力で奥の院を目指すことにした。
バス乗り場からの奥ノ院までの標高差は、時々訪れる伊勢原の大山よりは100mほど少ない750m位だろうか。
順調にいけば2時間半位で登れそうなので元気に出発だ。
実は登山コースは東と西の2つがあり、西コースの方が山道で紅葉樹木が多いらしいが、菩提梯を上がると東コースに導かれる。
紅葉コースも魅力だったが、急階段体験ができたので良しとしよう。
登り始めは車が通れそうな舗装道だったので、山登りというよりはハイキング気分だ。
所々にお堂が点在している山内は静かで清々しい。
それにしても、他に歩いている人はいないから皆ロープウェイ組だったのだろう。
しばらく登ると丈六堂というお堂があり扉は閉まっていたけれど、私たちの姿を見つけて駆けつけてくれたお坊さんが「時間があったら中へどうぞ」と、わざわざ鍵を開けてくれた。
お堂の中には金色に輝く立像のお釈迦様がいらっしゃり、その周りには四天王像が祀られていた。
かなりの高さのお釈迦様を見上げながら、このお像はどういうふうに安置されたのだろうとか修理をする時も大変そうなど、そんなことを考えてしまった。
お参りのあと「この先急勾配の箇所があるので気をつけて」と声をかけてくれたお坊さんに挨拶をして、再び歩き出し次に目指した大光坊では、大黒堂と三光堂が赤く染まった樹木と共に迎えてくれた。
青空と紅葉とお堂のコントラストが美しく、秋景色を堪能だ。
さあこれから先は山道だ。
適度に汗ばみ血流がよくなったせいか、身体が軽くなったのでこの先も頑張ろう。
お坊さんが言っていたように、だんだん急勾配になってきたけれど紅葉樹木が目を楽しませてくるから、それほど苦に感じない。
近場で手軽に登れる高尾山は大人気の観光スポットとなり、いつ訪れても大賑わいなのに、身延山の登山道はたまに下ってくる人とすれ違う位で、まさに修行の山という感じで身が引き締まる思いだ。
今回はストック無しなので、転ばないよう気をつけながら1時間程登るとお水屋があった。
ということは、奥ノ院まであと30分ほどの場所に到達。
もう少し頑張ろう!
さすがに汗だくになりながらラストスパート。
奥ノ院手前の展望台では富士山のお出迎えが。
富士川の流れまで見ることができ大感激だった。
私たちが登ってくる姿を見かけたのか「下から登って来たんですか?」と、びっくりした顔で声をかけられたから、やはり自力で登山をする人は少ないようだ。
奥の院には黒服を着た大勢の方たちがいたけれど、団体参拝なのかもしれない。
一通り散策とお参りしていたらあっという間に時が過ぎ、帰りの心配をする時間になっていた。
富士駅で身延線から東海道線に乗り換え、片道4時間はかかる。
さすがに歩くのは無理で、帰りはロープウェイを使い一気に下山だ。
〈百聞は一見にしかず〉とは良く言ったもので、もっと簡単に登れると思っていた身延山登山だったが、以前からの念願が叶い満足な一日だった。
枝垂れザクラの時期も魅力!ともう心は春に向いてしまう。
ところで、この時期になると、年賀状のやりとりをしている友人から喪中の挨拶状が届くのが何ともいえずやるせない。
中々会うことが出来ない人たちとは、年一の近況報告ということもあるし、一言書き加えられた言葉の変わらない筆跡を懐かしんだりで、私は年賀状派だ。
この時期の一通の葉書に込められた悲しみを思うと、人生いつ何が起こるか分からないとそんなことを思ってしまう。
大げさなことではなくて、自分のやりたいことができる日々の大切さを感じるのはいつものことだ。
そういえば身延山登山は私にとっては軽い筋肉痛になるレベルだったのに、足に変化がなくて不思議。
やはりパワーをもらったのだろうか。
だから山歩きはやめられないのよね〜♪