果たして陸前高田に行けるのだろうか・・・
伊勢湾台風並みの大型の台風はゆっくりとした速度で進路を東に変え、何と7月10日から11日にかけ関西から東北に接近するとの予報・・・
7月11日はあゆみ観音さまが独り立ちする日だ。
多くの方々が、被災地への想いを込めノミを入れて下さった“あゆみ観音さま”のご用材は高田松原の松。
その松が観音様に姿を変えて故郷へ戻られ、法要が営まれる大切な日に台風が!?
けれど台風特有の暴風雨とあゆみ観音さまがどうしても結びつかない。
勘が当たったのか、台風の影響は全くなく陸前高田の未来商店街に到着した時は薄日が射し始めていたのだから、やはり奇跡が起きたと思ったのは私だけではないだろう。
そんな状況なのに埼玉からは曹源寺さん、岐阜からは安祥院さんがそれぞれ35人ほどの檀家さんを伴い未来商店街に集合。
7月3日に完成壮行法要をして下さった奈良信貴山の管長さんや、神奈川からは勢山会の方も、それぞれが“あゆみ観音さま”の独り立ちに立ち会いたいと駆けつけてくれた。
奉納法会では参列者1人1人が、可愛らしい“あゆみ観音さま”に手を合わせお焼香を。
「故郷に戻れて良かったね」と、心からそう思う。
実行委員会の奉納法会後、曹源寺さん御一行や、安祥院さん御一行、勢山会の皆さんが、信貴山管長の鈴木貴晶様導師のもと般若心経を唱え、そしてそれぞれがその想いを熱く語って下さった。
この場におられる方たちは、もちろんあゆみ観音さまに一刀を入れて下さった方で“あゆみ観音さま繋がり”だが、それより以前に仏師の渡邊勢山さんが彫像したお仏像に日々手を合わせて下さっている方々だ。
同じ制作者のお仏像をお祀りしていても所在地や宗派も違うから、こんなふうに一同に会するということは珍しいこと。運慶・快慶もきっとできなかっただろう。
これも勢山さんが彫像されたお仏像が縁となり、勢山さんを応援したいということから実現したのだと思う。
応援といえば勢山会の方々が果たす役割は大きい。
3日に信貴山で行われた完成記念壮行法要に引き続き、今回の陸前高田での法要参加だ。
そしてあゆみ観音さまのノミ入れに関しても、一人一人が知人友人に呼びかけるなどして活動の輪を広げて下さったという。
「涙ぐんでしまいましたよ!」と、勢山さんのお弟子さんが一言。
法要中目頭を押さえている方もいたから、やはり皆同じ気持ちだったんだな〜とさらに胸が熱くなった。
各地でノミを入れて下さった7000人を超える方々にとっても、“あゆみ観音さま”との出会いはかけがえのない時間だったにちがいない。
後で知ったことだが、新聞やテレビでもあゆみ観音さまに関する報道があったとのことだから、「私もノミを入れたのよ!」などと、お守り袋を手にして会話が弾み喜んで下さっただろうなと嬉しくなる。
ところでこれからの“あゆみ観音さま”だが、あの津波で流されてしまった陸前高田の“立山観音堂”が再建されたらご本尊として安置されるとの事。
それまでは地元の寺院に仮安置され公開されないそうだ。
「どこに納められるの?今回は行けないけれど是非訪ねたいから場所を教えて」と、聞かれることもあるので公開されないのは本当に残念。
淋しくはないかな・・・またお会いできる日が来るといいのだけれど・・・
ノミ入れが開始され、そのお姿が徐々に立体的になっていく様子を見守る心境は親心に似ていたようで、未来商店街を後にする時は一抹の淋しさを感じてしまった。
かさ上げに使う土を運ぶためのベルトコンベアが張り巡らされた現在の陸前高田。いったいいつになったら生活の場が戻るのだろう。
あゆみ観音さまの独り立ちの日は、東日本大震災がもたらした被害の大きさを改めて思い知らされた日でもあった。
