「また途中まで?」と笑われた。
親の影響というわけではないけれど、大学でワンゲル部に入った息子はきちんと訓練をこなし、夏には北アルプスや南アルプスを縦走しているから、私たちの中途半端な山歩きがおかしいらしい。
白馬五竜テレキャビンを降りたとたん、五竜岳をはじめとする山々が目の前に迫り、その美しさと迫力に圧倒された。
しばらく目が釘付けになり、その景色の素晴らしさに胸は高鳴る。
以前から訪れたいと思っていた五竜。幸いなことに、栂池から送迎バスがあったので念願がかなったのだ。
けれど持ち時間は3時間ほど。
アルプス平駅前に広がる野草園の花々には後で挨拶をすることにして、まず地蔵の頭に向かう。
少しでも高い位置から山々を見たくて、珍しく展望リフトに乗ったが、何ともいえないリラクゼーションタイムだった
すぐ近くまでリフトで来られるので、地蔵の頭は多年齢の人々で大賑わいだ。
西には、五竜岳から白馬三山までもが連なり、東側には遠く妙高から浅間山まで見渡せることもあるらしい。
地蔵の頭(1676m)の先は、登り90分下り60分の、小遠見山(2007m)トレッキングコースに続いているが、帰りのバスの時間まで2時間半弱しかないから頂上までは行けない。
だが、せっかくなので時間が許す限り登ることにした。
頂上に雲がかかり始めた五竜岳を、眺めながら歩き始めるとすぐ樹林帯に。登山道の様子は様々だから、初めて登る山は緊張感でいっぱいだ。だが思ったより歩きやすく一安心。秋景色も楽しめそうだから憶えておかなければ。
時折大きなリュックを背負った人とすれ違う。五竜岳を極めてきたのかもしれない。
ゆっくり30分ほど登っただろうか、見晴らしの良い、その名も「見返り平」に到着。
地蔵の頭が眼下に見え、さらに白馬の町並みが広がっていて、まるでお山の大将になったような気分だ。
ちょうど良いお休みどころという感じで、先客たちが下界の景色を楽しんでいる。
しばらくして、「もう登りたくない」という小さな子を励ましながら、家族連れが先に進んで行った。
もっと時間があったら小遠見山を制覇できたのに。
もうちょっと登りたい・・・という気持を抑えて、キリが良いところで戻ることにした。
というわけで、この日も「また途中まで?」と笑われる山歩きとなったのだ。
お陰で、途中までの山リストがいっぱいだ。
それだけ、これからの楽しみが多いということだから、それはそれで良しとしよう。
野草園の花々を愛でながらアルプス平に戻ると、アルペンホルンの演奏が始まろうとしていた。
清々しい音色を聴き、小遠見山の頂上を極められなかった事への残念な気持は、いつの間にかどこかへ吹っ飛んだ。
初めて見る長〜いホルンは、いったいどうやって音階を吹き分けるのだろう?と、不思議に思っていたら体験コーナーが始まった。
でも、せっかく呼びかけているのに希望者がいない。吹いてみたくてウズウズの私も、恥ずかしくて出て行けない。
しばらくして、子どもが前に出て吹き始めたら意外と良い音色が響きビックリだ。どうも同じような楽器の経験があるらしい。
続いて数人が前に出たので、後悔しないように私も思い切って後に続いた。アルペンホルンは、唇を震わせながら吹いて音を出すそうだが、やはり難しくて腑抜けな音しか出ない。
でも楽しかった。こんな経験ができたのは余裕をもって早めに戻ったお陰だ。
最近は山道も整備され、さらにゴンドラやロープウェイを使えば高山も身近だ。雄大な山の姿や、高山植物などが気軽に見られるのは確かに嬉しい。
だが、自然はいつも優しいとは限らない。時によっては恐ろしい牙をむくのだ。
できたら怖い目にはあいたくない。そのためには早めの判断・・・と、不幸にしておきてしまった、夏山や川での事故をわが身に置き換え肝に命じた。