2016/1/28

言いたくない人たち  独り言

私も、このブログで子供が発達障がい(最近では、「障害」ではなく、「障がい」と書く方がいいようだ)である事を最近述べたばかり。カミングアウトしたのには、やはり、誰か情報共有できる人がいるのではないか、と考えたからで、それをまず、自分から発信してみたい、と思ったから。

世の中には、私と同じように子供が何らかの障がい(重い軽いは有るとしても)を持つ親がたくさんいるはず。そういう人たちと、何か共通の話しはできないか、と思ってみるのだけれど、驚いた事に・・・というか、私が現実社会を理解していなかっただけなのだけれど、人々は、誰かと悩みを共有して、お互いによりよい生活を送れるように助け合いたい、とは思っていないようだ。

恐らく、「助け合う」という言葉の中には、「相手を助ける」という事ももちろん半分含んでいるので、自分の事でも精一杯なのに、相手まで助けるなんてできない、という思いもあるのかもしれない。

私の恩師曰くは、人はプライベートな事を人には話したくないものだ、という事らしい。私はオープン過ぎるのだろうか?
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2016/1/26

一人親に近く感じる事も  独り言

先日、ソフトボールチームの保護者会議があった。先週のお別れ大会をもって、私達6年の代は引退、代わって現在5年の保護者たちが、チームを運営していくことになる。その、新体制の運営についての会議が行われた。

できる限り、父母二人の保護者で参加とのことで、私も夫と共に参加した。この新体制から、隣の小学校のチームと連合する事になり、連合チームでの会議となった。あちらは「北」、こちらは「南」というので、それぞれチーム名が異なり、そのチーム名をどうするか、という議題があった。

とりあえず、現在は、うちの「南」の方が人数が多いけれど、「南」が「北」を吸収して、「北」が「南」に入る・・・という現状はあったとしても、そうではなく、「1+1=1」的な感じで、どっちがどっちに入る・・・というのではなく、男女が夫婦として一つになるのと同じで、あちらとこちらが一緒になる・・・という考え方にしたい・・・というようなニュアンスの話し。つまり、どっちが大きい、小さい、とか、上とか下とか無く、同じ立場で一緒になる・・・だから、チーム名から「北」とか「南」とかを外しませんか?・・・という話し。

新監督は、それを「外します!」と断言するのではなく、他保護者たちの意向も聞いて・・・という感じで、婉曲的に新監督の意向を説明、他の保護者に意見を聞いていった。全会一致で、「北」や「南」を外す・・・と決まった。

・・・ところが、帰ってきて、何日かたってから、夫はこんな事を言った。

「新監督も頑固だなぁ〜。南という文字を外したくないって一人でずっと言い続けて。」

え?違うでしょ? 新監督が、南という文字を外したいって議題を出したのに。

「Iさん、は南という文字、外したくないって一人言ってたな。」

え?違うでしょ? 全員、外そうっていう意見で統一してたでしょ?

・・・とこうだ。日本人の婉曲的表現がやはり理解できないみたいだ。これでよく、会社で仕事やっていってんなぁ〜、と思うのだけれど。夫、本当に大丈夫だろうか?

とにかく、一事が万事こういう感じで、夫はやはり、日本人社会をかなり理解できていない。だから、子供を育てる親として、なかなか難しい部分が多い。日本人であっても、父親がなかなか子育てに参加できず、難しいご家庭も有るとは思うけれど。
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2016/1/2

中国の両親と・・・  独り言

クリックすると元のサイズで表示しますこの冬休み、中国蘇州から、夫の両親が来てくれている。私が、子供を連れて蘇州に行かないので、夫が蘇州から両親を呼び寄せたのだ。

まだ三男は2歳、私一人で3人の息子を連れて、大阪から上海、上海から蘇州へ、とても行く余裕が無い。夫は、私達とは絶対に旅行に行かない、と言い放っているので、私もそれなら・・・と、中国には子供を連れて行かないのだ。まだ、子供は小さすぎて、私一人では荷物も多くなるし、絶対無理!

・・・というので、来てくれた中国の両親。その両親をどこに案内しようかと思い、今回私が企画したのが、天橋立。ちょうど、日帰りバスツアーがあったのだ。近くの駅が出発地になっていたし、私も行った事が無いし、お正月に行くにはいい所だと思った。

一応、カニ、フグ食べ放題、というのもついていたのだけれど、ツアーなので、時間がどこに行ってもギリギリ。私は、三男を連れているので、自分がゆっくり食べる暇など無い。子供に食べさせるので必死だし、食べ終わっても、オムツを替えるのに大泣きする三男にてこずるなど、そして、長男、次男の相手もしない夫に、子供達はトイレから出てきた私に群がって、お土産をあれ買って、これ買ってとせがむ。もう、バスに乗る集合時間1,2分前!私も訳が分からずに、はいはいと買って、バタバタとバスに乗り込む。

次ぎは、その集合場所からまた、ケーブル乗り場まで歩いて行くのだけれど、三男を連れているので、他のツアー客のスピードについて行けない。夫も、子供達の事は知らんぷりで、自分だけ悠々と歩いている。長男が、ずっと私と三男に付き添って、三男をおぶったりして助けてくれる。

何とかケーブルカーにも乗ったら、今度は天橋立を見る山の頂上まで階段を上がらなければならない。また、私にまとわりつく三男を何とか長男が背負ってくれ、頂上までおぶって上がって行ってくれた。とにかく、何もしない夫。いいけど、いつもの事だし。

何とか見れた〜、と思ったらすぐ下山。何とかギリギリ集合時間に間に合ったと思ったら、今度は夫とその両親の3人が戻っていない。トイレに行ったと言うが、集合時間10分過ぎても戻ってこない。しびれをきらして私が探しに行くと、「トイレで並んでいたから仕方が無いだろ。」と言う。「それでも、もう10分以上過ぎて、みんながバスの中で待っているよ!」と言っても、「俺等が遅れても、バスは出発しないから大丈夫だ。」と言う夫。「他の人たち全員を、あなた達は待たせてしまったのよ!」と叱ると、「おまえは、俺の両親に対して、なんていう態度を取るんだ。」とキレる夫。ああ〜、また新年から喧嘩だ。やめとこ、これ以上言うのは。

はい、すみません、皆さん、お見苦しいところをお聞かせしてしまい〜

そんなこんな、とにかくバタバタ。最後は、何とかバスで帰ってこれたのだけれど、本当に到着間際10分前くらいに、三男がかなりの嘔吐をしてしまい、これまた大変。私も疲労困憊のところ、一生懸命バスの床を拭き拭き。夫を呼んで、「ティッシュ取って!」と言っても、ティッシュさえ取れない夫。まわりの人たちが、たくさんティッシュを下さって、それで何とか到着したと同時くらいにきれいに床を拭き終わり・・・。

本当に、小さな子供を連れていると大変なの〜! でも、帰って夫はまた、私を怒鳴り散らし、「だから、金かけて旅行なんかに行くな!疲れるだけだ!俺はもう、二度と、おまえ等とは旅行には行かない。金も出さない。勝手におまえ等だけで行け!」

・・・という、そんな旅行となった新年の天橋立(笑)。それでも、私は、この年になって初めてこの名所に行けて良かったと思っている。いい思い出だと思う。こういう機会(中国の両親が来ている)でもなければ、こんなところにまで足を伸ばすことはできなかったと思うし。

は〜、新年早々、バタバタの老板娘一家でした〜


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2015/12/5

また夢を・・・2  独り言

ほとんど毎日夢を見ている私。はっきり覚えている時と、そうでない時があるみたいで。

これまた、強烈に覚えていた夢。

何故か(夢とはそんなものだ)私が、精神科医をしている(笑)。そして、ある患者さん、これがリアルでは私のママ友なんだけれど、その患者さんと1時に診断予約をしていた・・・のに、私は2時と勘違いしていて、遅刻してしまう。

親しい関係の患者さんなので(笑)、「ごめん!時間間違えた!1時間遅れるけど、待っていてね!」と言って、その患者さんは「いいよ〜♪」と言って待ってくれる。

実は、その時、先日教室に来てくれた学生時代の恩師、アメリカ人の先生と会っていたのだ。そこで、お茶した後精算するのに、所持金が足りない事に気づく(笑)。そして、またその患者さんに電話して、「お金貸して〜!すぐに返すから!」とか言っている私。

そして、最終的にその患者さんと会うんだけれど、どっちが患者でどっちが精神科医なのか分からない状況に、笑っている私・・・という夢・・・。

こわぁ〜い!精神科医を否定的に見て書かれた書籍などもあるけれど、精神科医だってすべてがすべて、正常というか、まともというか、そういう人とは限らない場合もあるんじゃないかな・・・と思った夢だった。いやぁ〜、なんでこんな夢見たのかな〜
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2015/12/4

また夢を・・・  独り言

以前も、夢についてこのブログに書いたのだけれど・・・。皆さん、朝になっても、はっきり覚えている夢ってありますか?

今日また、はっきり覚えている夢を見てしまった。。。

夢って何かな?願望?なんで、そんなストーリーになるんだろう?って不思議じゃない?

今日の夢は、ある外国人の先生(私は何故か学生:笑)に、私一人だけ呼び止められて、「君に話しがあるから、残りなさい。」と言われる。いいながら、先生は私の頭をポンポンとたたく。

他の友達に、「なんであんただけなん?」と言われながら、みんなは遠ざかって行き、一人ポツネンと残された私。すると、横の保健室から、保健の先生が私を保健室に招き入れ、「ほら、見てみ。この子。」と言って、グレーの猫をなでる。「もうすぐこの子、死ぬねん。」と先生が言った。「ええ?いつ死ぬん?こんな元気そうやのに?」と私が聞くと、「あと2日くらいしか、もたへんと思う。」と保健の先生が言われた。

そこに、その外国人の先生がやってきて、「これ(猫)を君に見せたかったんだ。君ならどうする?」と聞く。私は猫を抱っこして、「まだ死んでいないのに。このまま抱っこしています!」と私が言うと、「君ならそう言うと思った。」と先生は言って、立ち去った。私は、猫を抱っこしたまま、2日間授業に出た。

・・・と、そこまでのお話。すごくリアルに感じた夢だったんだけれど。何なの、この夢、不思議〜
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2015/11/30

私のモチベーション  独り言

じゃ、私のモチベーションはどうなんだ?という問題。昔は、非常に高かったモチベーション。すっごく高かった(笑)。勉強もかなりしたけど、自分では「勉強している」という感覚はなかった。とにかく、好きな事をしている、という感じ。

私は「好きという気持ち」もあったし、仕事などの「必要性」もかなりあった。それで、英語も中国語も結構勉強したと思う。

じゃ、今は?今は勉強していないな〜(笑) 勉強はしなければならないのだけれど、その時間的余裕はまったく無い。でも、私も目標はある!実は、英語の方で目標を作っている。これは、4年後の目標。それを達成できるように、英語は少しずつコツコツ頑張っているよ〜♪

中国語の方は、三男が中学生くらいになったら、ちょっとやってみたいと思っている事はあるけれど、その時に私の気持ちがどこに向いているか・・・という問題は有るのだけれど。

とりあえず、私の場合、そういう目標を遠く(何年か先の設定)に作っている・・・という感じ。
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2015/11/18

最近更新がなかなか無いのは・・・  独り言

最近、ブログ更新がなかなかできないのだけれど・・・。理由は、夜、パソコンをしなくなったから。

夜、3人の子供たちを寝かせるまで、ご飯、片付け、洗濯、お風呂、明日の準備、寝る準備・・・と終わるともう9時過ぎ。三男は、かなり体力がついてきて、なかなか寝付かない。私が夜、後で起きてこようと嘘寝で横についていたら、いつまでたっても絶対に寝ない。だから、もう一緒に寝るしかないのだ。

小さな子供がいたら、パソコンできない。家でパソコンをする時間がまったく取れない(うちは、平日の夫帰宅時間は9時半過ぎなので、夫に子どもを見ていてもらう、なんて事もまったくないので)。

ああ〜、もう少し自由な時間が欲しいなぁ〜
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2015/11/17

3度のサプライズ  独り言

11月は私の誕生日月なのだけれど、今年の誕生日は、3度のサプライズケーキがあった。

まず、友人があるカフェを紹介してくれ、そこに一緒に行った時、そこでデザートの時に「Happy Birthday」の歌が流れ、誕生日をデコレーションしたお皿とケーキが出てきてびっくり!その店主の方の手作りケーキだった。すごい〜!感動!

そして、誕生日当日には、子供たちが私の母に言って、母に誕生日ケーキを買ってもらい、サプライズで私に誕生日ケーキを出してくれた・・・というより、子供たちがただ、この機に食べたかっただけなのかもしれないけど〜(笑)

そしてまた、その翌日、生徒さんから誕生日ケーキを頂き♪

わぉ〜!素敵なサプライズ三連発で幸せな私♪みんな、みんなに感謝感謝!本当にありがとう!
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2015/11/16

甘いな!  独り言

このブログを書いている今週、次男が学校の図書室から本を借りてきた。

「ぼくの宝は 足と友」(渡利 真氏著) 編集工房ノア

という本だ。この本を開いた途端、涙が出て止まらなかった。甘いな、私。障害も、ここまで大きいと、カミングアウトの問題ではない。

タイミングがいい。この本を借りてきてくれて。もし、我が子がこんな大きな障害を持って生まれてきたとしたら、私はどうなるだろう?どうするだろう? でも、またこれが私の偏見かもしれないけれど、「五体不満足」の著者のように、心は強靭的に強い子として生まれてくるのではないだろうか? その点で、反対に母親として、救われる部分が絶対にあるはずだ・・・と思うのだ。

何がいい、何が悪い・・・塞翁が馬、どちらでもないんだな、結局。そうでなきゃ、悪いばかりじゃ、存在すら不可能のはずだから。
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2015/11/15

カミングアウト7  独り言

では、極悪犯の家族などは、どうなるのだろうか・・・?とまた考えるのだ。極悪犯ともなれば、警察が家宅捜索に来る。その地域一帯の人は、ほとんど全員が知ってしまうだろう。それで、例えばその地域で住めなくなった人が、別の土地に引っ越ししたとする。

新しい土地で、再出発したいと引っ越してきただろうから、もちろん引越しの背景は秘密だ。でも、いつも、どこかでばれないだろうか、と不安に思って暮らす事になるだろう、と思う。そこで、カミングアウトは絶対有り得ないと思う。

そこまで考えると、カミングアウトできる人、それを考える人、というのは、まだ幸せなんじゃないだろうか、と思う。まだ、その時点では、(カミングアウトしたら)理解して貰える希望が有る、という事なのだから。問題が大きくなる前に、カミングアウトしておく方が、賢明なのかもしれない、と思う。
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2015/11/14

カミングアウト6  独り言

例えば、我が子が障害者だとしても、親というのは、我が子の為ならば、自分がいくら犠牲になるというか、その為に強いられる不都合、苦しみ、大変さ・・・という、親子間での直接的負担というのは、受け入れる覚悟で生活されていると思う。

でも、人間は社会的な生き物なので、どうしても社会との関わりが出てくる。将来大人になれば、仕事にも就かなければならないだろうし。その、社会との間で、例えば相手の人に迷惑を掛けることが出てきた時、それをどう解決していくのだろう、と考える。

身体的な障害は目に見える。だから、まだ相手に理解されやすい。でも、性の問題などは、目に見えない分、社会からの理解を得ることは難しいと思う。これも、私の偏見や、逆差別と言われるかもしれないけれど、目で見える”他人との違い”を持つ人というのは、返って問題対処のしやすさがあるのではないか、と思ってしまう。

性の問題にしても、実は、最近では芸能人で、マツコデラックスという人や、愛ちゃん、という有名な人気芸能人もいる事で、かなり社会的にも受け入れられるようになってきたのではないかと思う。それでも、偏見や差別を受ける事はあるだろうと考えられるけれど。
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2015/11/13

カミングアウト5  独り言

今回、こうして「カミングアウト」について書いてきたのに、私が最近考える、社会的偏見と差別についての問題が有る。

例えば学校で、障害者の子がいる。学校の中にいる障害者の子ども達は、外見ですぐに、障害者だと区別できる。そういう、一見してすぐ分かる障害者の保護者の方は、特に我が子が障害者だと、カミングアウトする必要もなく、子育てされている。

でも、最初から周知されている現状であっても、周囲からその事で、偏見や差別を受ける事は有るのだろうか?反対に、周囲からやさしく接してもらう事の方が多いのかもしれない、とも思う。

実際、私の長男の学年にも、次男の学年にも、色んな症状の、いわゆる障害と呼ばれる問題を抱えている子どもさんがいる。その保護者の方と、あまり交わる機会も無いので、実際どんな事があるのか聞いた事はないのだけれど。社会との関係の問題も有るけれど、障害そのものに向き合う問題の方が大きいのではないか、とも思う。
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2015/11/12

カミングアウト4  独り言

カミングアウトするからには、もちろん、した後の事というのは、色々想定しておくだろう。好意的な人、偏見の目を向け、差別してくる人。色々有るのではないだろうか?

プラスとマイナス、と単純に考え、プラスになる事の方が大きい、と考えるからこそ、カミングアウトするはずで、では、カミングアウトして、どういう点がプラスなのだろうか?

私の勝手な考えとして、やはり、「周囲の人に、”自分が人と違う”という事が理解してもらえる」という点が、一番大きいのではないだろうか?周囲の人に理解してもらう事で、自分が堂々と、人と違う事をする事ができるようになる。まずは、そこではないだろうか?

私は、本質的にネガティブな人間なのかもしれないが、じゃ、公表して、差別は受けないのだろうか?と心配になる。差別は許されない社会のはずだけれど、嫌がらせや、いじめというのは、明らかに存在する。

カミングアウトするからには、もし、そんな事に遭っても、それに堂々と立ち向かう強さも必要なのではないだろうか。社会は弱肉強食、強い人に食ってかかる人は、少数派だし、ほとんどいないと言ってもいい。

じゃ、結局は、カミングアウトするか、しないか、の問題ではなく、やはり、自分が強くなる事、それが第一のように思える。
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2015/11/11

カミングアウト3  独り言

カミングアウトした方が楽だ、と思うこともあると思う。何故、自分が人と違うのか、を相手に理解してもらうには、一番手っ取り早い方法だと思う。

だけど、一番恐れるのはやはり、偏見や差別。それまでも、偏見や差別は少なからず受けてきただろうけれど、やはり、はっきりそうだとは分からない中で、明らかな偏見や差別を受ける事は無いはずだ。それでも、言わなければ、スムーズに社会生活を送れなくなってくるのだろう。だからこそ、カミングアウトをせざるを得ない状況になってくるのではないだろうか。

それは、勇気が要る事なんだろうか?勇気か?それとも、どうしようもない状況に置かれての決断なのか?他には、カミングアウトに至る原因、理由は有るのだろうか?
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2015/11/10

カミングアウト2  独り言

今、私の息子たちの小学校では、「みんなちがって、みんないい」というスローガンがいつも叫ばれている。でも、本当だろうか?学校で、そういうスローガンを子どもたちに叫ばせながら、教師たちはやはり、クラス運営の中では、枠にはまった言動をしない子に対して、厳しい目を向ける(人が多い)。自分が、運営しにくくなるからだと思う。

そういう、「みんなちがって、みんないい」が、現状とはかけ離れ、単に口から出任せようにように、教育現場で叫ばれているこの日本社会の中で、あのヨーロッパの首相たちの、同性婚のニュースは、どのように受け止められているのだろうか?

遠い国の事。所詮は日本や、自分が暮らしているこの社会とは、まったく関係のない事、、、と、絵空事のように捉えているのだろうか?

私は、まず、彼らがどういう背景があって、自らを同性愛者だと公表したのだろうか、と考えるのだ。勝手な私の想像で、アウティング(他人によって、その秘密をばらされた)があって、カミングアウト(公表)せざるを得ない状況に追い込まれ、カミングアウトするしかなかったのだろうか。それとも、首相をするだけの人物なので、やはり、周囲の社会情勢(同性愛者の社会的地位)を変えたくて、それでカミングアウトしたのだろうか?

どちらにしても、強い人たちだと思うし、それを好意的に捉える人々が多い社会にも驚かされる。
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