2015/12/3

やはり人  教室

今、私の教室では、英語の外国人講師が3名いる。その中で、一番人気のある講師が、ロシア人男性だ。しかも、ネイティブのカナダ人講師をおさえての一位!

ロシア人講師と、カナダ人講師の違いといえば、まず、ロシア人講師は年齢が20代半ば。カナダ人講師は19歳、まだ若い!若いながら、英語講師の資格は国で取っているのだけれど、やはり、本当に実際、講師をするとなると、そういう資格で解決できるものではないんだな、と思う。

よく、問合せで、「おたくの講師は、どんな講師ですか?ちゃんと、講師としての資格がある人ですか?」など、聞かれる方もおられるのだけれど、現実問題として、取得資格で学んだ内容通りにレッスンしたから、生徒さんが満足される・・・というものではないのだ。

そして、また、ロシア人講師は日本語がとても上手で、しかも、日本に対する理解が非常に深い。彼は、日本歴史が非常に好きで、色んな日本の歴史人物の背景をよく知っている。特に、戦国時代が大好きらしく、どの武将はどの地域出身で、元は誰の部下で・・・とか、人間関係なども、熟知している。そして、「拙者は・・・」「〜でござる」などの、武将言葉などもよく知っていて、本当に驚く。

そうした、日本人や日本社会に対する深い理解が、レッスンの時にも生徒さんに対する態度として表われるので、それで、生徒さんからの人気も高いのだと思う。しかも、レッスンが非常に熱心!1時間、そんなに熱心で疲れないか・・・というくらい、とても熱心。

だから、やっぱり講師というのは、国(ネイティブかどうか)や資格が一番大切なものではない、というのがよく分かる。最終的には、やはり、一生懸命さと、その”人”が一番大切なのだと思う。
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2015/12/1

育てて頂いた教室  教室

教室を開いて、そろそろ11年になる。最初、教室を開こうと思っていた頃と今・・・私自身も変わったし(一児の母から三児の母に・・・)、そしてこの11年間に社会も大きく変わった。当時、「こんな教室にしたいなぁ〜」と思い描いていたものと、今とでは、まったく異なる。

正直、こんな建物を自分で建てて、教室を構える・・・というところまでは、まったく想像していなかった。その時々で、色んなニーズや社会的環境の変化に合わせて、教室を適応させていったことで、今の形になってきたといえる。

それは、とてもおもしろいというか、興味深いというか、私が意図しないところで勝手にこんな形になっていった・・・という現実がある。「順応同化の精神(松下幸之助の七精神の一つ)」を守ってきた結果・・・かな?とも思う。

本来、社会についていくものではなく、社会をリードするのが企業だけれど、私にはそんな力量はなくて、社会の変化に適合していくことで精一杯。それでも、まだまだできていない部分はあるのだけれど、儲け中心ではないから、社会に必要とされて存続できる存在であり続けたい、というそれだけなので、この形でいいのかな・・・と思う。

例えば、受講生の方から「月報を作ってほしい」という依頼があって作り始めた月報、それも作り続けて3年になる。例えば、「英語もここで勉強したい」という声に応えて、開講した英語クラスも4年になる。例えば、「教室の(開講日が分かる)カレンダーが欲しい」と言われ、それを毎年10月くらいに翌年度分のカレンダーを作るようになり、やはり、それを作って便利になったなぁ、と感じる。

そうして、受講生の方からの声を反映して作ってきた教室。ここまでずっと開いてこれたのも、やはり受講生の皆さんに育てて頂いたからと感謝している。これからも私は、このスタイルで続けるのだろうと思う。
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2015/11/29

モチベーションの保ち方  教室

よく聞かれるのに、語学学習のモチベーションを、どう保てばいいか・・・という問題。

私た単純に考えるのに、モチベーションの原動力としては、「必要性」と「好きという気持ち」の2つが挙げられると思う。この2つが揃っていれば、最強のモチベーションを保ち続けることができると思うのだけれど(笑)

例えば、語学が好きじゃないけれど、仕事で絶対に必要だ・・・という人もいる。でも、この人が、語学があまり好きじゃなかった場合、一旦やってみるけれど、あまり長続きしない・・・という場合もある。もちろん、やってみたら、楽しくて、仕事で使ってみると、更に楽しくて、どんどんモチベーションが上がっていく、という場合もある。

反対に、まったく必要性は無い、という人もいるわけで。単に、趣味で好きだから・・・という場合。そうしたら、「好き」という気持ちも強さが大切になってくるのだけれど、それ以上に、自分の生活の中に、どう「必要性」を見いだせるか、という点も重要になってくると思う。

例えば、好きで、語学を使って何かする事で、「楽しみ」を増やすとか。好きな映画を見る、音楽を聴く、コンサートを聞きに行く、誰かを話すなどなど。自分の生活の中に、それがなくてはやっていけない・・・というくらいの何かを見つけるとか。そして、最終的に、どんな自分になりたいとか、その語学を生かして何をする!という目標(10年先に何をするか!など)を作るとか。

それは、とっても大切だと思う。今、うちの教室で、10年以上ずっと習い続けていらっしゃる方がいる。その方は、入会当初から、「私は、世界一周旅行に行くのが夢です。」と言われ、そしてそれを昨年達成された。そして、その後もまだ、次ぎの夢に向かって学習続けていらっしゃる。

そういうものだと思う。人生、どう楽しく過ごすか・・・その糧にするために、その手段の一つが語学だったら、それを頑張ろうと思う、そのモチベーションは保ち続ける事ができるのではないだろうか?
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2015/11/23

恩師の来訪  教室

先日、恩師が教室を訪ねて下さった。学生時代、私がゼミ(トピック)を取った先生で、非常に色んな事を教えて頂いた。

当時、学内では、先生たちは日本語を喋ってはいけない立場に有り、私はまさか、先生がそんなに日本語が話せる方だとは認識していなかった(先生はアメリカ人)。

先生は現在、北海道のある大学で教鞭を執られていて、今回神戸で会議があって、こちらに出張に来られたついで(神戸から「ついで」で来る・・・というのにも、かなりすごいものがあるけれど)に、私の教室を訪ねて下さった。私が語学教室を開いている、というのを知って、来て下さったのだ。

先生が、たくさんいる教え子の中の、私ごときをわざわざ訪問して下さって、本当に感激。昔話も色々しながら、先生が今携わっておられる仕事の内容も色々教えて頂いた。私もこの日を楽しみにして、アップルケーキを作って食べて頂き、大阪泉州名物の大阪みたらし団子もお土産に準備した。先生もとても喜んで下さった。

先生とは、日本語でぺらぺらとたくさんお喋りし、いつか私も、英語で先生とそこまで話せるようになればいいなぁ〜なんて思いながら(笑)、先生とお別れした。また、いつかお会いする日が来ますように・・・。
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2015/11/19

留学生講師たち  教室

教室に来る留学生講師たち、若いのに、みんな偉いなぁ、と思う。自分でちゃんと学校に通い、自分でちゃんと生活している。それだけでも偉いのに、こうして私の教室などでも一生懸命働いている。

自分が若い時は気づかなかったけれど、こうして子の親としての立場に立ってみて、ここまできっちりできる子を育てるのに、どれだけ苦労されてきたかと思う。ご両親も本当に素晴らしい方々だな、と思う。

講師を辞めていった(蘇州館を卒業していった)留学生たちは、大抵はみな、それぞれ素晴らしい道を歩み始め、中には既に家庭を築かれている人たちもいる。みんなみんな、偉いな。

今また、若い留学生たちが、英語も中国語も講師として教室に来て頑張ってくれている。こうして若い留学生たちにいつも囲まれ、彼ら彼女たちから、色んな事を教えられているように感じ、ありがたいなと思う。私の教室が、若い留学生たちが頑張って、何かを吸収したり、成長していく過程の一つの場になれれば嬉しいと思う。
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2015/10/17

言葉の退化  教室

うちの教室には、幼児や小学生も通ってくれている。そういう子ども達で、習った言語(中国語や英語)が退化していく(つまり、上達しにくい)子がいる。それは、どういう子かというと・・・。

幼児教育によって、もしくは、幼児期の生活環境によって、そのお子さんの語学環境が非常に恵まれていた、という場合。つまり、英語や中国語で生活していた、もしくは、日々の生活の中に英語や中国語の語学環境がかなり整えられていた、という場合、彼ら彼女らは、母国語と同じレベルでコミュニケーションが取れるレベルになる。

ところが、この日本に住んでいる限り、その語学環境を保持続ける事は非常に困難。小学1年生になれば、普通の小学校に通うので(私学も含む)、ぱったりとその語学環境が無くなってしまう。その時、できる限り、その語学環境を維持したいものだけれど、現状は語学教室に通う程度にしか維持はできない(その言語で生活したり、教育を受けたり・・・というのは事実上不可能)。

毎日、その語学環境を与えられていたお子さんが、突然週1回1時間しか、その言語に触れられなくなったとしたら、それはやはり退化していく。例えば、毎日ピアノを1時間練習していた子が、週1回、レッスンの日だけピアノに触るようになったとしたらどうだろう?それと同じ事が言える。

保護者の方が、ご自宅でも、その学習言語で子どもに語りかけてあげる、という努力をすれば、かなり違ってくるのだろうけれど。

例えば、まったく習った事が無いお子さんが、週1回1時間レッスンに来る。これは伸びていく。退化する事はなく、新しい事を吸収して、上達していく。ところが、既に頂点から始まる子というのは、現状維持がまず基本で、そこから年齢に合わせ、どう発展させていってあげるか、という難しい指導内容になる。

日本という国は本当に難しい。語学環境が整っていない為に、折角学んだ言葉も、普段の生活の中ではなかなか使えないから。世界でも特殊なこの言語環境、もう少し、社会的に外国語が普通に通用する状況になってほしいものだ。
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2015/10/8

楽しみたいだけ  教室

確かに、英会話が好きで、単に楽しみたいだけ・・・という気持ちもよく分かる。特に、何か間違いを指摘されるでもなく、ただ単に、外国の人たちと会話して、色んな話しを聞くだけ、それだけで楽しい。自分の英会話力がアップしなくても、本当に楽しむだけでいい・・・。

勉強とか、レッスンとか、そんな堅い形だと、レッスン前に変なプレッシャーさえ感じ、レッスンが楽しめないかもしれない。

うぅ〜ん、それはよく分かる(笑) 実は、私も自分の英語の先生にレッスンしてもらう時は、すごいプレッシャーが有る。どこをどう直されるだろうか・・・とか。直されたら、「ああ、やっぱりか!」とか(笑)落ち込むし、ドキドキするし(あはは〜)

でも、後から考えたら、それを超えて、今の自分の英会話力が有るわけ。それ無しに、今までの上達は無かったはずだし。

苦しみを超えてでも上達して、もっと楽しく会話したいと思うか(笑)、本当に楽しいだけでいいと思うか。楽しいだけでいいっていうの、大いに賛成なんだけど、自分に置き換えて考えてみるとね。
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2015/10/7

マイ・フェア・レディがいい例  教室

「マイ・フェア・レディ」もそう。「雨に唄えば(Singin' in the rain)」もそう。

非常に有名な映画だけれど、どちらもミュージカルで、映画を見たことがある人も多いはず・・・なのに、私もそれを、自分の英語教育に置き換えて考えた事がなかった。いや、自分もそれを実践しているのに、それを、受講生の皆さんに伝えられていなかったな・・・と気付かされたのが昨日。

私には、私の英語講師がいる。彼女とは10年来の付き合い。彼女から、「『マイ・フェア・レディ』は正に、私たちがしている事なのよ!」と言われ、はっと気付いた。

「マイ・フェア・レディ」では、下町育ちで汚い英語発音の女の子が、発音矯正を受け、素敵なレディに変身していく・・・という話し。映画の中で、その彼女の発音矯正レッスンは、かなり厳しいもの。つまり、英語の発音で、その人の生まれや、品が有る無い、が評価される社会なのだ、という事が分かる。

また、「雨に唄えば」でも、無声映画の大女優が出てくる。でも、実際彼女が話す英語発音とその声質、言葉使いはひどいもので、有声映画の時代に突入した時、アテレコで別の女性(ヒロイン)が彼女の声優となり、吹き替え映画を作る。そのアテレコ映画はヒットし、その大女優が実際にインタビューに答えなければならない場面で、吹き替えだった事がバレてしまい、大騒動になる・・・というシーンが有る。

つまり、英語の発音も、ネイティブであれば誰でもいい・・・というのではなく、その人の英語発音そのものが、社会的評価にもつながる、という事の一番分かりやすい例だと思う。

私は、英語でも中国語でも、生徒さんに対する発音指導は厳しいのだけれど、特に英語に関しては、自分の発音を矯正する事でリスニングにもつながってくるので、いつまでも言い続ける。言い続けていると、やはり生徒さんの発音は上達してくる。

たまにやっかいな事も有り、「自分はリスニングもいい、発音もきれいだ」と思っている生徒さんだと、私が矯正しても、自分は正しいと思っているので、私の指導はありがた迷惑にもなり得る。

私の英語の先生に、そういう生徒さんは、どうしたらいいのだろうか?と相談すると、「とにかく、自分に英語に対するプライドが高い生徒さんだから、悪い点を指摘してはダメ。いい所を褒めて、”こうしたらもっとよくなる”というスタンスで伝えるしかない。」とのこと。

ま、レッスンというのは、人対人、なので、合う、合わない、は有って当然。難しいなぁ・・・と思う。「生徒さんの為に」と言っても、何がその人が望む事なのか、私が勝手に「生徒さんの為に」と思ってしても、その人が望んでいなければ、単なる迷惑にしかならないのだから。

でも、現実、特に英語では、やはり「クイーンズイングリッシュ」というのが有るくらいで、発音のきれいさは、その話す人の人格、品格が高いと相手に評価される事なので、是非身につける努力をしてもらいたいなぁ・・・と、思ってしまう私。


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2015/10/6

ブレない努力  教室

私が英語のレッスンをしている、と言うと驚く人もいるかもしれない。やはり、中国語を教えてきた期間の方が長いから。

中国語でも英語でも、私が自信を持って授業ができるのは、私の「発音指導」に有ると思う。私は、中国語でも英語でも、発音指導には自信があって、ネイティブでは教えられない指導方法で、生徒さんの発音を向上させていくことができる。私が長く担当した生徒さんの発音は、大抵はとても良いのだけれど、ネイティブが長く担当すると、発音指導が適当なのか、発音が全然上達しないどころか、退化している生徒さんさえ時々見かける。

語学は「ネイティブじゃないと発音が本物じゃない」と思っている人が本当に多いのだけれど、じゃ、その「本物の発音」をするネイティブに英語や中国語を習って、それで、あなたの発音はネイティブ並みになっているんですか?・・・と思うこともある。ネイティブに喋ってもらうだけで、自分の発音もネイティブ並みになるのなら、誰も苦労はしないわけで。しかも、ネイティブの発音でリスニング力を高めたい、というのなら、レッスンではCDを活用すれば、色んなネイティブ(老若男女)が話す発音を聞いて、正しい英語のリスニング練習をする事ができる。

じゃ、実際ネイティブが話す言葉を聞きたい。でも、ネイティブだから、正しい文法か・・・というと、ネイティブだからこそ、かなり注意しないと、正しい言葉は教えられない。先日も、日本語ができる英語講師が、日本語で「すっげー」という言葉を使ったので、注意した。恐らく、日本人大学生がそんな日本語を使うので、それが正しい日本語だと思い、自分も使ってみたのだろう。

ま、語学学習に何を求めるかの違いかもしれないけれど。ただ、その語学を学習する、というからには、その国の人と交流したい、という文化交流に強く興味を持っている人も多くて当然だから。文化交流にこそ意義が有ると思っている人、ネイティブに習わなければ上達しないと思っている人、語学力を上げる為の学習なら、一番良い手段で学びたい、と思っている人、ただ語学を楽しみたいだけ、という人。色々あっていいと思う。

じゃ、そんな中で、日本人講師として、私はどういう努力をしているのか?と、いうと、やはり、自分の発音がブレていないかどうか、それは中国語でも英語でも確認するようにはしている。そして、日本人だからこそ、学習者の立場に立てるように、いつもそこがブレないように、そこは努力が必要だと思っている(どうしても、人はどんなに努力しても、自分の立場でしか考えられないものだと思うから)。
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2015/10/5

授業に穴は空けないでやってきた10年  教室

例えば、普通の公立学校でも、担任の先生がいて、担任が休みの時は、別の先生が代講に入る。他の語学スクールでも、担当講師が不在の場合は、代講講師が入る。

まず、学校でも語学スクールでも、授業に穴を空けない運営をしている。誰でも、家の事情も有れば、体調不良も有る。そこを、組織的に生徒や受講生に迷惑掛けない運営に尽力している。代講は、担当講師と同じようにはレッスンできずとも、少なくとも、運営側の原因での休講にはならない。

それは、学校として、語学スクールとして、語学教室として、当然の事をしているだけ。ただ、この当然の事、当然とはいえども、実はこの運営が非常に大変。特に、うちのような小さい教室は、人材が限られているので。

基本、私がいつでも、どのクラスにも、最終的に代講に入れるようにしておかなければ、この10年間、一度もこちらの勝手な都合で休講(授業に穴が空く)になった事が無い、という状況は作れないわけで。どんな時にも、私が代講に入ってきた。

例えば、中国語レッスン中、女性講師が突然体調を崩し、立つのも立っていられなくなり、授業の途中から私が代講に入った・・・という事も、何度かあった。教室に来てみれば、担当講師がいなくて(レッスンを忘れていたなど)、私が代講に入ったり、突然の事情で講師が授業時間に間に合わず、講師が来るまでの間だけ、10分や20分という時間だけ私が代講に入ったり・・・。

英語でも、一度あった。道に迷った英語講師が時間通りに到着せず、私が10分だけ代講に入った・・・しかもそれは、外部のカルチャー教室であった事で、私はカルチャー教室まですっ飛んで行った事もあった。

そうやって、今まで何とか穴を空ける事なく、10年以上ずっとやってきた教室。それが、教室の信頼に繋がっている、と私は思っている。

ところが、日本人講師の代講はダメ、外国人でも性別まで指定・・・となると、大手英会話スクールでも、そこまで受講生の要望通りには運営できないというのが実情だと思う。それを要求されるまでになれば、もう、「授業が突然休講になる事が有る」と、事前了承を貰うしかないと思う。事前了承も、最初に口頭説明だけだと、後から「そちらの勝手な事情でしょ」と言われてしまう(人は何事も忘れやすいものだ)。

今や、色んな食品パッケージにも、「温めた後開封時には、熱い湯気でやけどをしないよう気をつけて下さい」とか、「開封時には手を切らないように、気をつけて下さい」などの、当然のような文言が印刷されている。それが無ければ、何か苦情があった際には、製造者の責任にされてしまうのだろう。

食品会社がそこまでしている事を考えると、うちのような語学教室が、「講師」という「人」によって起こり得る可能性について、覚書にしておいて、受講生の皆さんからの了承を得ておくのも、当然の事かもしれない。とりあえず、今のところ、英会話の方だけだけれど。
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2015/10/3

だんじりの準備  教室

毎年この時期、だんじりが有る。私の教室の前の道は、7町連合のだんじりが全部通る道で、お宮参りに通る道でも有り、目抜き通りに入る前の待機場所にもなるポイントでもある。

毎年困るのが、ゴミとたばこ(の吸い殻)。そして、毎年教室の駐車場は荒らされ、昨年は駐車場のチェーンがバキバキに割られ、散々たる状態で、バラバラに壊されたチェーンが駐車場にまき散らされていた。

それを受け、今年は、少し強い態度で、「徹底的な対応をしてもらわないと困る」というクレーム(というのか意見というのか)を町内会の人に伝えた。すると、今年、連合の責任者をされているという方が今日、教室に来て下さった。それが、実は私の同級生(同じ中学の同級生)のお父さん、という事で、あちらも親切な感じで話して下さった。

今年からは、連合の名前で、うちの駐車場に色んな対処をして下さる、との事で私も了承した。今年のその結果を見て、また来年以降、どのように対処するのか、相談もして下さるとのこと。

だんじりは、日本の伝統文化でもあるし、そのような伝統文化をこうして引き継いでこられた、というのは大変な事。今後も、後世に引き継いで行かれる為には、やはり、このような伝統行事の中で、迷惑行為が行われないように、運営の方々も尽力されていく必要があると思う。それは、大変な事だとは思うけれど、やはり、みんなが気持ちよく、この伝統行事を残していけるようにしなければならないと思う。
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2015/9/30

留学の目的  教室

うちの教室では、中国語と英語のクラスが有り、どのクラスの講師も留学生が担当している。

中国人留学生と西洋人留学生では、大きな違いが一つある。それは、中国人留学生は、日本の大学で卒業する事を目的とし、西洋人留学生は短期で日本に留学し、一つの留学体験として短期滞在し、自国の大学で卒業する、という点だ。それは、中国では、日本の大学を卒業したら、価値が高いけれども、西洋ではそうではない事を意味する。

東大は、アジアでナンバーワンの大学だったのが、今年はアジアで3位に落ちたそうだが、世界では82位(だったか?)くらいだそう。やはり、アジアでは高レベルとされる日本の大学も、世界では低くなってしまう事の証明だ。

だから、私がどんなにあがいたって、西洋人留学生は短期留学しかしないのが通例だし、中国人留学生は卒業目指して長期留学する。つまり、うちの教室で働いてくれる西洋人留学生が、短期しか勤務できず、担当講師が頻繁に(数ヶ月単位で)変わってしまう事も、本当に仕方のないことだ。

もし、長期(1年や2年といったスパン)で西洋人講師に英語を学びたいのであれば、大手英会話スクール(それでも1年ごとに変わるかもしれないが)か、配偶者が日本人で永住権の有る西洋人が自分で開校している英会話教室に通うしかないと思う。大手英会話スクールでは、諸外国の現地で講師を募集し、現地で採用、そして就労ビザを企業で手続きし、契約し、海外から人材を集めてきている。そのような、資本を持って経営している大企業並みな事を要求されたとしても、到底うちのような小さな個人教室では、対応できない事だ。

日本という国は、アジアでの地位、世界での地位がどんなものか、あまり知られていない為に、単にうちの教室だけの問題と誤解されてしまうのが困りものだ。

*追記*
今年の大学ランキング
東京大学 世界43位(昨年23位)、アジア3位(昨年1位)
京都大学 世界88位(去年59位)、アジア?位
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2015/9/24

お互い様  教室

この間、あるテレビで、移動スーパー会社の紹介がされていた。移動スーパーは、結局採算が合わず、無くなってしまう事が多いなか、ある徳島の会社が成功している例が紹介されていた。

その中で、その会社の成功の秘訣の一つが紹介されていた。それは、どの商品にも、一律10円をアップして販売する、というルールだ。それは、販売車のガソリン代などに当てられるもので、このたったの「一律10円」ルールによって、黒字経営に転換できたというもの。

消費者に対しての説明として、「やはり、移動スーパーができて便利、でも、コストギリギリ経営で、経営悪化の結果、会社が無くなってしまえば、また住民たちも困る。だから、つまりは、持ちつ持たれつ、お互い様、消費者が10円負担するだけで会社が存続できるなら、その分を負担してくれませんか?」というもの。そして、消費者たちはそれを快く受け入れ、成功している。

うちの教室にも、それとよく似たルールがある。それは、「前日・当日キャンセルは受講料掛け捨て」ルールだ。

通常、どこの文化教室でも、カルチャーセンターでも、語学スクールでも、ほとんどが月謝制度。うちも、もちろん月謝。でも、大抵のところは、振替不可で、本人の都合で休めば、例え4回分の月謝で3回しか受講できなくても、月謝は一律4回分。つまり、休んだ分の受講料は当然掛け捨て。

それを、うちは、自画自賛だけれど、非常に良心的にも、受講予定日の二日前までの依頼であれば、振替可能とし、個人レッスンは原則受講回数分のお支払となっている。但し、前日・当日連絡では、受講料は頂く。

これは、講師の勤務条件を良くする為。時間給で来てもらっている講師に、例えば突然、レッスン1時間前、もしくはレッスン時間になって(そういう事もよくある)受講生から授業キャンセルの連絡が入る。すると、彼女たちは、既に授業準備もして、教室で待機しているにも関わらず、突然レッスンできなくなる。それは、彼女たちが収入を得られなくなる事を意味する。

例えば、突然キャンセル常習の受講生の方もいらっしゃり、その方の担当になった講師は、毎回、わざわざ時間を空けて、授業準備もしているのに、頻繁に・・・もしくは、頻繁でなくても、突然授業キャンセルになったら、どんな気持ちだろう?もし、自分が勤務している語学学校で、いつもそんな目にあったら・・・。きっと、非常に気分は悪いだろうし、辛いだろうし、その生徒さんの授業を担当するのが嫌になると思う。

でも、うちの教室では、そんな場合でも、当日キャンセル手当を出している。そうする事で、講師たちは、例え当日キャンセルになっても安心だし、嫌な思いも軽減される。そうすれば、講師も気持ちよく授業ができ、生徒さんもまた、気持ちよく授業を受けることができる。

受講していない授業料を負担する事に反感を感じられる方もいらっしゃるかもしれないが、それは、講師の勤務条件を良く保つ為。条件が良い所には、良い人材が集まる。それは、回り回って、やはり受講生の方の為。また、他の語学機関では、うちほど融通をきかせて受講料や受講日程の調整はしてくれない。そう考えると、もし、うちのルールで納得できないなら、他の語学スクールでも、やはり継続学習はできないだろうと思う。それこそネットチャットするか(いつでもキャンセル可)、カフェレッスンの相手を自分で見つけ、自分でレッスン日時をアレンジするか・・・しかないのではないか〜?と思うのだけれど。

本当に疲れる社会だ。
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2015/9/23

異文化コミュニケーション  教室

昔、大学で「異文化コミュニケーション」という科目があった。でも、そのクラスで、自分が何を学んだかは、まったく忘れている。そんなの、学校の中で学べるものじゃないのかもしれない。

うっすら覚えているのは、担当の先生が、確かオーストラリア滞在経験が有り、そこでの異文化体験をずっと聞かせてくれた、というもの。

ところが、異文化というのは、別に欧米文化だけではなく、アジアでも、中国と日本は全然違うし、インドまで行けば、肌の色だって違う。中東は、アフリカは・・・。それこそ、世界は異文化だらけ。日本とどこの国・・・という1対1の関係で片付けられる問題ではない。

また、同じ国の人でも、もちろん人によって、性格も感じ方も違うのだから、本当に人というのは難しいものだと思う。

うちの教室では、英語講師は、母国語を英語としない外国人でも講師として受け入れている。それは、英語が国際共通語で有り、世界各国様々な人が英語を話し、コミュニケーションを図る道具として使われているから。

今回、また新しい講師を採用していっているのだけれど、日本語ができる人も少なくない。ただ、やはり、彼らとコミュニケーションを取る時は、日本語ができる人でも、英語で話しをした方が、分かりやすい時もある。

その理由は、日本語で聞くと、私が母国語のニュアンスで考え、日本人的感覚で彼らの言葉をそのまま受け取ってしまうからだ。私が、日本人的感覚になる事で、異文化を持つ彼らと接しているのだ、という事を忘れさせられ、日本人的感覚で物事を判断してしまうのだ。これは危ない。

そして、また、その事を彼女たちに伝えると、「やはり、言葉の壁があるのか・・・」と彼女たちを傷つけてしまったりするのだ。

ああ〜、難しい!それなら、最初から英語で話し合う方が、やはり伝わりやすい。彼女たちは、日本語の勉強の為、私とは日本語で話したいと思うのだけれど。

でも、中国人講師でも、結局、入ったばかりの頃は、私と日本語で話すのだけれど、1ヶ月もしないうちに、私とは中国語で話し始める。やはり、その方が気持ちが通じやすいのだ。

これも勉強かな。英語の外国人講師たちとは、やはり英語でコミュニケーションを取るように、心がけなければならない。
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2015/9/7

講師面接  教室

そんなこんな、夢うつつな事をあれこれグダグダ書いているうちにも、私の現実生活は続いているわけで。

今日は、また中国人講師2名と、外国人講師1名の面接。ああ〜、若いね〜♪(←かなり”おばさん”が入ってる) 今回英語の外国人講師は、たったの二十歳!私の年齢の半分以下だわ〜、ああ!若い!

すっごく”おばさん”が入ってるんだけど、とにかく、かわいい♪ 中国人留学生もまだ20代前半でしょ。そしたら、本当にかわいいの!若い子の笑顔は本当にかわいい♪ 騙されるじゃないけど(いやいや、そんな言い方をしてはいけない!)、確かに、あの若い子たちの笑顔を見てるだけで、癒されるわ〜♪

生徒さんたちが、若くてかわいい講師たちに授業してもらいたい気持ち、分かるなぁ〜(笑) 語学学ぶのが半分、癒されるのが半分。いいよね〜♪

ま、そんな事を考えながら、面接終了。これからまた、新しい体勢作りに力を入れなければ〜
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