2016/2/29

愛着障がいと言われて2  子育て

本当に、私の育て方が原因で、長男にこのような問題が発生したとすれば、それは「愛着障がい」だという事になる。では、愛着障がいは、どのような状況下で起こりうるのか。ネットで調べると載っている。

・親に捨てられた、もしくは放任
・親との死別、もしくは別居
・親からの虐待、もしくは拒否(無視)
・親の離婚やけんかを目の当たりにしていた
・親が自暴自棄、もしくは自殺未遂などを経験
・再婚などにより親の愛情が他の存在に奪われた
・親が自分よりも他の兄弟を可愛がった
・親の期待や都合ばかり押し付けられた

など。この中で当てはまるとすれば、親の喧嘩(私と夫の喧嘩)かなぁ〜(笑) でも、喧嘩も毎日するわけではないし(夫は平日は、家にいないし)。ここまでの精神的負担を、私が長男に与えていたのか?もし長男が「愛着障がい」なら、下の二人の息子たちも愛着障がいになってしかるべきではないか?

私がここまでひどい事を息子たちに、特に長男にしてきていた、というのか? 

小学3年生の時、塾に3ヶ月だけ通った時、塾の担任からも言われた。

「この子は、怒られ慣れています。もっと誉めて育ててあげて下さい。」

この「怒られ慣れている」という表現は、少なからずも当たっていた。ADHDのお子さんを持つ親ならお分かりだろう。もし、私が早く気づき、長男がADHDだとわかっていたら、叱って育てる事はしなかったと思う。でも、普通の子だと思って育てていたから、だから、通常の人間ならできる、単なる人間として当たり前の生活習慣さえちゃんとできない、いくら言ってもやらない長男に、毎日毎日、「歯磨きしなさい!」「ご飯食べなさい!」「宿題しなさい!」「お風呂入りなさい!」と、普通に普通に生活させようと言い続けてきたのだ。

今はもう、彼のやりたいようにさせてあげているけれど。
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2016/2/28

愛着障がいと言われて  子育て

発達障がいの子どもを持った親(特に母親)が一番苦しむのは、周囲の理解を得にくい、という点だ。まったく普通の、正常な健常児にしか見えない子どもが、衝動的な言動があったり、場にそぐわない言動があったり、超わがままだったり、人の理解を超えるレベルで、そのような不愉快、不可解極まりない言動を起こすのだ。

それを見て、周囲の人はいつも言うか、心に思う。

「親の顔が見たいもんだ。」
「ちゃんと子育てしていないから、こうなるんだ。」
「子どもの育て方がなっていない。」

などなど。親が悪い、親が悪い。親が悪いから、子供がこうなる。

実際、本当に育てられた環境が原因で、心に問題を持つ現象を「愛着障がい」と言う。私など、今の長男のこの現象を、私の両親からいつも、「お前が悪い。お前が悪い。小さい頃、長男をほったらかして、仕事ばかりしていたから、長男がこうなった。」と責められる。

先日も私の母親が私にこう叫んだ。

「長男は発達障がいなんかじゃないで!」

いつも私を責める。毎日責められる。本当に苦しい。
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2016/2/27

校内委員会  子育て

ま、とにかく、病院を変えてよかったという事だ。

本来、このように支援が必要な発達障がい児について、どのように支援していくか、保護者も入った校内委員会というものが開かれなければならない制度になっている。保護者、学校の代表者、担任、児童コーディネーターの4者が入るのが通常らしい。

そして、今回こうして私が病院を変え、知り合いの方にも様々な情報を頂いた上で教育委員会にも行き、そしてやっと持てた校内委員会。本来、私が最初に学校に、長男の診断書を持って相談に行った際に、校内委員会を開く提案を学校側からしてくるべきなのだが、現状、保護者から強く依頼しなければ開いて貰えないようだ。

そして、やっと校内委員会を開いて貰えた今週。先生方には残業して頂き、本当に恐縮だったけれども、2時間話しをする事ができ、どのように中学校に話をつないでいくか、という発展的内容になったので、とりあえずは満足している。
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2016/2/27

病院を変えて4  子育て

その医師の前で、長男は色々話した。医師は、なぜそのような問題行動を起こすのか、大体の状況の原因(ADHDの子たちは、環境要因によって問題行動を起こす)を非常によく理解されていて、突っ込みどころが鋭い。

例えば、カッターナイフ事件。私は担任から、長男がH君の机の上にあったカッターナイフを自分で取って、数人友達が固まっているところに振り回しに行った、と聞いた。でも、それを言うと担当医が、「何も原因無しにそんな事しないでしょう?」と言って、何か長男に質問したら(その言葉を忘れたのだけれど)、長男は「H君が、俺にカッターナイフ渡してん。」と言う。

ええ?ちょっと待って。それって、先生の説明と違うやん!

私も、その先生と話しているうちに、いろいろ見えてきた。長男の言語表現能力は、WISCでは6歳と出ている。でも、他の友達は当然、12歳の言語表現能力をもっているわけだ。何か問題が起きた時、先生に、「どうしたん!?」と聞かれると、みんなはあれこれ状況を説明する。普通の子は、自分の都合の悪い事は言うはずがない。H君などは、きっと、誰にも見られないように、こっそり長男に「おい、あいつら、脅かしてこいよ!」みたいに言ったのだろう。のせられやすい長男を使って、ちょっと冗談で人を脅かして楽しもう、みたいなところがあったのだろう。

ところが、その場面は他の子には見られていないし、H君は、「俺、知らんで〜。」と言って終わりだし(実際、悪い子ではないが、そういういたずら好きな子ではある)、大抵の子は自分を防御する手段や方法は知っている。ところが、長男はバカ正直なのだ。やった事は「はい、やりました。」と認める。でも、他の子もこんな事した、あんな事した・・・という事までは言えないのだ。

そこを、先生がちゃんと推し量り、周囲に見ていた子が他にいないかを徹底して聞いてもらいたい。

だから、眼鏡事件(友達の眼鏡を割った)でも、長男だけが手を出したように言われたが、この担当医の前で、また長男が話し始めた。相手も、長男に手足を出していたどころか、日常的に、いつも蹴ったり、叩いたり、しかも平手打ちをよくしてくるそうなのだ。もちろん、そんな力いっぱいにするわけではないが、それでも、平手打ちはないだろう、と思うのだが。そういう事は、何も指摘されず、いつも長男がやった事だけが浮き彫りにされる。

つまり、表現能力の低い長男が、12歳の子供たちに言い負かされ、教師はそこを推し量る事なく、自己防衛して自分に都合のいい事だけを言った子供たちの証言に基づき、長男に事実確認をし、事実はそれだけとして問題処理していたのだ。

親としては、本当に許せない事ではないだろうか。
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2016/2/26

病院を変えて3  

その病院の担当医、以前からちらちらお見掛けした事はあった。三男の担当医ではなかったが、よく通られていたし、入院中にも見かけた事があった。眼鏡が、まん丸眼鏡(コンパスで描いたような丸いレンズ)で、いつも白衣の下は、カラフルなワイシャツを着ていらっしゃって、個性的な方だなぁと思っていた。

初めての診察に、1時間以上かけて下さった。以前の病院と大違い。以前の病院は5分で終わったからな・・・。以前の病院の場合、受信前に、保護者と学校が、それぞれ6枚くらいのアンケートを記入してこなければならず、医師は先にそれを見て大体状態を把握し、実際診察にかける時間は5分だけ。だから、薬についての説明もなく、パンフレットを渡すだけ。

ところが、このK病院は、アンケート無しに、カウンセリング形式で1時間20分も時間を取って下さった。

長男は、可動式丸椅子にお腹を乗せて、クルクル回りながら医師と話しをする状態。それも許してくれる。普通、小学6年生の子が、病院で医師と話しをするような姿勢ではない。でも、実際の精神年齢は、三分の二と言われるADHDの子たち。それプラス多動などの症状もある長男は、そういう状態がリラックスして素直に自分を出して、ちゃんと自分の気持ちを言えるので、そういう状態も許してくれる医師に、すぐに打ち解け、心を許し、私にも話さなかった事などを、色々話し始めた。
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2016/2/25

病院を変えて2  子育て

今回変えて新たに行った病院は、堺市にある。前の病院で、すぐに薬を紹介され、薬のパンフレットを2冊ポンと渡され、「読んで、どうするか考えておいてください。」と言われ、最悪だと思った。医師がその薬について説明も何もなく、ただ単に薬のパンフレットを渡すだけ。そんな医者ってあるだろうか?と、正直開いた口が閉じられなかった。それ以来ずっと病院にかかる事はなかった。

でも、2学期末から、長男がかなりの頻度で色々問題行動を起こし、これはもう病院に行かなければ、と思い立ち、行ったのがK病院。なぜ、その病院にしたのか。

たまたまK病院は、昨年三男が喘息と肺炎で3度入院した病院で、入院以来ずっと月1回の検診に行っていたのだ。小児科で待っている時、受付のところに、「学校や生活の事で、何かお困りの事があれば、お声かけ下さい。」と書いてあったり、待合のベンチの横に、ちょこっとADHDのポケットサイズの紹介用紙が置かれてあったりした。大々的に、「発達障がい児も診察します」という書き方ではなく、それとなく分かるような書き方が、何とも感じがよかったのだ。それで、毎回三男の検診に来ていた時、「へぇ〜、ここでも診てもらえるんだ。」と思っていたのだ。

それで、まず、「もう、やっぱり病院で診てもらわなければ!」と思った時、このK病院がすぐに頭に思い浮かんだ。
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2016/2/24

病院を変えて1  子育て

最初に、発達障がいの診断を受けた病院は、学校から紹介された病院だった。この地域(三市一町)で、発達障がい児の診察をする病院に教育委員会からの指定されているとのこと。学校は、とにかくまず、この病院を紹介する。

そこでは、きっちりとしたWISCの診断をしてもらえるので、その点については、この地域ではそこに行くしかないのだろう、という感じだ。

ところが、そこの病院を私はどうにも好きになれなかった。かなりの児童が待ち状態で、予約を入れてから診断を受けるまでに、約半年も待たなければならない、と言う。簡単な診察は、一週間で予約が取れたが、WISCを受けるのには、3ヶ月待った。それでも、キャンセルが出たところに何とか入れてもらえた形だ。

そして、担当医の方が、非常にぶっきらぼうに、配慮なく、本人の前で、聞きにくい事もポンポンと聞いてくるのだ。私はまだ、本人には、告知していない。病院に連れていく時にも、「色々相談しに行こうね。」という感じで連れて行っているのに、その本人を前に、症状名を言ったり、薬の話をぼんぼんしてくる。本人を前に言う事ではないと思う。

ソーシャルスキルトレーニングも、3ヶ月に1回、つまり年4回しか受けられないなんて・・・。それで、WISCを受けた後はそこに行かなくなり、自分で鍼灸院を探して、毎週通うことにした。主には、やはり、薬を飲ませたくない、という理由からだ。薬なしで、何とか、特に暴力的になったり、衝動的になる症状を抑えたいと考えたからだ。
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2016/2/23

子供達の信頼関係  子育て

そのU先生の、変わった算数教授方法は、「パワーアップ朝礼」があってこそのやり方だと思う。「パワーアップ朝礼」無しに、あの教授方法は成り立たないと私は感じている。

「パワーアップ朝礼」は、背筋をしっかり伸ばし、子供たちが大きな声で「はい!」と返事をしたり、かけ声を掛けたりするもので、子供達がハイタッチをして教室中を駆け回る。そして、最後にタッチした友達と向かい合わせになり、その子のいい所を3つ言い合う、というものだ。

その「パワーアップ朝礼」の雰囲気が、教室中に充満していて、子供達が強く信頼し合っている。その中で、子供達が教え、教えられ、という事が自然にできるのだ。

そういう「パワーアップ朝礼」を運営できる力を持つ先生、というのも、本当に少ないと思う。

U先生は、3年、4年と受け持ち、長男は4年生の時だけ担任になった。この2年間、この学年の子供たちは、お互いに友達同士が信頼し合う、という基礎を作って下さったのだと思う。

だから、長男が今、担任教諭に、食べられない物を毎日給食で食べるように強要される中で、こっそり友達が長男の苦手な物を代わりに食べてくれている、というのだ。席替えをしても、必ず誰か友達が食べてくれるみたいだ。学級委員信任投票のやり直しを担任教諭が言い出した時も、クラスのみんなが反対してくれたように、子供達は子供達同士で助け合ってくれている。

U先生に感謝だ。
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2016/2/22

そして教育委員会へ5  子育て

O先生は、長男が問題を起こさなかった4年生の時についても、色々聞いて下さった。U先生の指導方針が素晴らしかった事について、2点例を挙げた。1つは、「パワーアップ朝礼」のこと。もう1つは、変わった算数の授業方法について。

U先生の算数は、先生が授業をするのではなく、新しい単元のページを子供たちに開かせ、子供たちにまず、その問題を解かせる。すると、数人の子供たちが、先に問題を解き終わる。解き終わった子供から、まだ問題を考えている友達のところに行って、教えてあげる、というもの。

そうする事で、その問題を理解している子は、余った時間を今度は、「教えてあげる」という時間に有効に使うことができる。理解していない子は、一対一で教えてもらえる事になる。そして、もしそこで、自分が理解したら、今度はまた、自分も教えてあげに行く事ができる。

長男のように、多動の子は、こうして動き回れる授業の方が、集中できるのだ。45分間も、じっと座っていられないのが多動の子で、通常授業をされると、長男はついていけなくなるのだ。

だから、4年生の時は成績もぐんと伸びた。その事も、O先生に説明すると、O先生はその内容をメモに控えて下さっていた。
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2016/2/21

そして教育委員会へ4  子育て

もちろん、話しながら問答は有り、O先生も担当の方も、「信じられない」とか、「教師にあるまじき発言」と何度もおっしゃった。私が嘘や、誇張表現をしているのではない事は、私をよく知るO先生なら分かって下さったはずだ。

とにかく私は、先生や校長、学校を悪く言う事のないよう、事実を淡淡と述べるように努めた。間、間には、「それでも、担任の先生は、よく細かな事に気がついて、よく連絡も下さり、その点については、本当に感謝しています。」とか、色々他にお世話になった事などは、ちゃんと説明した。人間、もちろん悪いところばかりではない。こちらもお世話になった点は、本当に頭が上がらないくらいお世話になっているのだから。

私が安心したのは、和泉市教育委員会では、ちゃんと、発達障がい児の「療育」を認識している、という点だった。偏食は発達障がい児の症状、その児童に対して、食べられない物を無理矢理食べさせるのは以ての外だ、と言って下さった。

また、アレルギーではないのに、「食べられないから食べなくていい」とする対処方法など、他の子と異なる対応しなければならない部分について、他の子も納得できるような方法を、学校側と保護者がもっとしっかり相談しなければならず、本来は「校内委員会」が開かれなければならないとのこと(これは、本にも書かれている)。それが、行われていなかった、という事にまず問題点が有る、と言って頂けた。

4年生の時は、まったく問題を起こさなかった長男が、6年になって、これだけ問題を起こすというのも、本人の原因だけによるものではないように思って、当然のところだと思うが、それは私から言う事ではないので言っていない。


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2016/2/20

そして教育委員会へ3  子育て

まず、今年度起こった問題を、最初から話していった。

5月、偏食(発達障がいの症状)で食べられないイカが、給食に出て、そのイカを食べろと強要されたが、食べなかった長男は、運動会組立体操の練習に出してもらえなかった。

2学期、学級委員に選ばれた時、
@担任教諭から電話で、「一人しか立候補しなかったので、仕方無く学級委員になりました。学級委員として、ふさわしくない言動が息子さんには多いので、注意させてもらいました。」と言われた。
Aクラス内で、信任投票で当選した際、担任教諭がクラス全員に向かって、「本当に、自分たちクラスの代表がこの子でいいの?もう一度、ちゃんと考え直しなさい。」と言い、信任投票を再度やり直そうとしたところ、子供達が反発。そして学級委員になった・・・(という経緯を、後から友人のお母さんから聞いた)。

修学旅行で、ちゃんと列になって歩かなかったり、集合時間に遅れてきた為に、学級委員を辞めさせられ、修学旅行中から1週間、学級委員を辞めさせられた。保護者への報告も無し。

メガネ事件(友達の眼鏡を割った)で、校長が当事者(息子と相手の男の子)だけに聞き取りを行い、公平な事情聞き取りがされていなかった。6年生だが、表現力はまだ6歳というテスト結果が出ている長男、それが分かっていて、不利な状況で聞き取りされ、すべて長男だけが悪いとされた。もともと5,000円の眼鏡(眼鏡屋に確認済み)を、18,000円で不当に弁償させられた。

カッターナイフ事件(長男が、友達の卓上にあったカッターナイフを突然振り回し始めた、という担任教諭の説明)でも、公平な事情聞き取りがされていなかった。本当は、長男にカッターを渡し、「あいつらを脅かしてやれ!」とたきつけた男の子がいたのに、長男が一人でやった、とされた。

授業妨害をした、と4時間目に机ごと廊下に出されたが(それはまぁいいとしても)、その後、給食当番をちゃんとやらなかった(長男はふてくされてやらなかった)として、罰として、給食を与えられなかった。

などなど。今まであった事を順に話していった。
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2016/2/19

そして教育委員会へ2  子育て

まず、私が思いついた人は、私の恩師。私も和泉市で小中卒業しているので、恩師は何人かいる。私は中学時代、ブラスバンド部に所属、中二の夏から部長になり、中三では部員82名になるという大きなクラブで、夏まで部長を務め、地区大会では金賞受賞した。その時3年間お世話になった顧問の先生が、女性のO先生。O先生のご主人も当時中学教諭で、私の母と同僚だった(私の母は、和泉市の中学教諭を二十数年務めた)。つまり、O先生ご夫婦は、私の事は、私の家族を含め、よく知って下さっているという事。

そのご主人の方のO先生が、現在和泉市の教育委員会で勤務されていて、O先生にお電話すると、すぐ翌日会って下さる事になった。前日は、どう話しをしようかと、色々考え、なかなか眠れず、夜中起きて、何をどう話すか、1時間ほどメモをしていた。

当日、行って見ると、担当者の方も同席して話しを聞いて下さった。今まで起きてきた問題が、すべて、校長容認の下に問題処理されてきただけに、一体和泉市の教育委員会は、どういった方針が有るのか、その点も分からなかった。そこから、注意して話し始めなければ・・・と考えていた。
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2016/2/18

そして教育委員会へ1  子育て

古くからの友人に紹介頂き、20年以上発達障がい児たちにずっと携わってこられた、という方とお会いさせて頂いた。約2時間ほどはお話しさせて頂いたのではないだろうか?でも、あっという間に時間は過ぎ、そして、何とも充実した時間となった。

そして、その翌日、予約していた病院に行き、この1週間に起きた事をまた話した。その中で、色んな学校側の対応の問題点も浮き上がり、その方がおっしゃった事と、医師が言われる事が一致していたので、これはやはり、教育委員会に行こうと私も決断した。

今まで、学校側にはそれなりに一生懸命対応してきてもらっているのだけれど、やはり、腑に落ちない点もある。「恩を仇で返した」と思われたくはない、でも、卒業までの1か月、問題なく過ごさせてあげたい。

その強い思いで、とにかく、先生方は一生懸命して下さっている、こちらの一方的な言い方の部分もあるかもしれないが、この現状(問題を頻繁に起こす)を何とかなくしたいと思うので、お力添えを頂きたい、という事で、教育委員会に話をしてきた。
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2016/2/17

それが現実社会  子育て

そうやって壊した身体が、普通に生活できるようになるまで4ヶ月掛かり、本当に回復するのには約1年掛かった。母乳を飲ませていたのに、母乳には影響がでない、という薬を産科で処方してもらい、薬に頼って生活した。

でも、その三男の出産の年、長男は4年生だったが、担任の先生にも素晴らしい先生と出会う事ができ、この一年間は、まったく問題を起こさなかったのだ。問題を起こさないどころか、成績も伸びたし、何より毎日生き生きと学校に行き、生活を楽しんでいた。私も自分の事で必死だったけど、長男がそのような様子でいてくれたからこそ、彼の発達障がいを疑う事も何もなく、心配していなかった。3年では問題があったものの。

そして、問題行動が起き始めたのが、やはり担任の先生とうまくいかなくなってきた5年の中頃からだ。その頃やはり、カウンセリングを何度か受けた。

私もそうやって、その場その場で子供に向き合って、自分の中では100%の思いで子供に向き合い、子育てしてきたと思っている。もちろん、反省する点がまったく無いわけではない。でも、母親からの、今までの私を完全否定するような言葉は、本当に受け入れられない、と思うのだ。でも、それが現実社会だ、と覚悟しておかなければならないとも思う。
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2016/2/16

誰もが必死の子育てをしている  子育て

長男が発達障がいではないか、と考え始めたのは、小学5年生の三学期だ。でも、それまででも、小学3年の頃から、学校の中にあるカウンセリング制度を利用し、定期的ではないにしろ、何度かカウンセリングを受けた事はあった。

小学3年生の頃、色んな問題を何度か起こした事で、私も仕事量をかなり減らし、家事もほとんど全部自分でするように生活を変えた。

それまでは、両親と同居していた事から、両親がかなりの家事を手伝ってやってくれていた。基本的に、買い物、洗濯、晩ご飯作りは父親が全部やってくれていた・・・というより、父がそれを望んでやっていた。家計を自分がコントロールしたい、という事で。

子供にそのような問題が起きてきた事で、私も父親に家事を任しておくのは限界だと思い、両親に頼んで、家計や家事を分けるようにお願いした。その時、三男を妊娠していた時だったが、これを機会に・・・という事でお願いした。

妊娠しながら、急に増えた家事と、今までと同じ仕事をこなすのはかなりきつかった。産後、退院してきたら、やはりすぐ、私は家事を始めなければならなかった(親に、家計、家事を分ける事を私から要求した流れで、退院後もすぐ私が自分でしなければならなかった)。でも、退院して3日後、ひどい頭痛で起き上がる事もできず、病院に運ばれた。入院を勧められたが、子供達がいるので入院はできない、と言い、通院する事になった。それでも、必死に家事をしようとしたが、1ヶ月しないうちに、立ち上がれなくなった。
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