2016/1/31

衝動をどう抑えるか1  子育て

長男の問題で、最も重大で解決困難な問題が、暴力の問題だ。自分の意に叶わなければ、発狂状態に陥り、破壊的(暴力的)になってしまう。これが、小さい頃はまだ私が抑えることもできた。

でも、もう今は12歳、この4月からは中学生だ。小さい頃と同じように、ただ抑えるだけではもちろん抑えられなくなっているのだ。それは、以前から分かっていたからこそ、そういう、発狂状態に陥らないように、その気持ちのコントロールの仕方などを教えてくれる鍼灸院にずっと通ってきたわけだ。

私は、薬で問題を解決したくない。薬で、その衝動的行動は抑えられるのかもしれない。でも、薬に頼れば、ずっと薬に頼るしかなく、薬が切れると、その衝動が一気に爆発するのではないか、と思うのだ。
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2016/1/30

みんなの中で育つ、という考え  子育て

今は、個人情報の扱いが難しい時代で、例えば自分の家庭事情を誰か一人にでも言ったら、それが広がって、どんな事になるか分からない、という恐怖心、警戒心が強い、それが普通なのだろうか?

個人情報によって、色んな事件に巻き込まれたりする時代だからな。私がその怖さを分かっていないだけなのだろうか?

「助け合う」って、普通の事だと思っていたけれど、それは違うんだろうか?

例えば、苦しかったソフトボールでも、みんなが集まるからこそ、子供達がそこで育てられ、ソフトボールも上手くなっていって・・・という事ができるわけで、私一人が子供とキャッチボールするだけでは、ソフトボールのチームプレー、つまりこういう運動をさせてあげる事はできなかったわけで。

それと同じで、たった一人、もしくは夫婦二人だけで子育てするのと、地域の何らかのサークルに入って一緒に子育てするのとで、やっぱり、夫婦二人だけだとできない事が可能になって、その中で子供がより良い環境、条件の下に生活していける、育っていけるのではないか・・・と考えるのだ。

私は甘いのだろうか?
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2016/1/29

言いたくない人たち2  子育て

先月、ある人と久しぶりに連絡を取った。何年間かお世話になった事があった人なのだけれど、その方も私と同じく3人息子さんがいて、長男さんが発達障害だと前から聞いていた。それで、たまたま連絡する事が有り、私の長男の事を言って、「また色々教えてもらいたい事もあるので、一緒にお茶にでも行きませんか?」と誘っていた。「来月の仕事のシフトが決まって、空いている時間が分かればまた連絡するね。」という返事だった。

ところが、その人から返事は無かった。やっぱり、自分の家庭の事を人に話すのは嫌なのかな。

それじゃ、サークルみたいな会を作れないだろうか?と思い立った。そういうお母さんたちが月に1回でも集まって、意見交換をしたり、人を呼んで公演してもらったり。最初は数人でもいいから、そういうサークルを作れないだろうか?と考えてみた。

一人、思い当たる人がいて、手紙を書いてみた。私がその考えに至った経緯を簡単に書いて、どう思われますか?みたいなお手紙なのだけれど・・・。そうすると、やはり返事が無かった。

こういう考えは、突拍子も無いんだろうか?そういう、子育ての悩みを共有する、というのは、しないのが当然なのだろうか?
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2016/1/28

言いたくない人たち  独り言

私も、このブログで子供が発達障がい(最近では、「障害」ではなく、「障がい」と書く方がいいようだ)である事を最近述べたばかり。カミングアウトしたのには、やはり、誰か情報共有できる人がいるのではないか、と考えたからで、それをまず、自分から発信してみたい、と思ったから。

世の中には、私と同じように子供が何らかの障がい(重い軽いは有るとしても)を持つ親がたくさんいるはず。そういう人たちと、何か共通の話しはできないか、と思ってみるのだけれど、驚いた事に・・・というか、私が現実社会を理解していなかっただけなのだけれど、人々は、誰かと悩みを共有して、お互いによりよい生活を送れるように助け合いたい、とは思っていないようだ。

恐らく、「助け合う」という言葉の中には、「相手を助ける」という事ももちろん半分含んでいるので、自分の事でも精一杯なのに、相手まで助けるなんてできない、という思いもあるのかもしれない。

私の恩師曰くは、人はプライベートな事を人には話したくないものだ、という事らしい。私はオープン過ぎるのだろうか?
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2016/1/27

人生は坂道  子育て

先日、ニュースを見ていた時、ある野球の2軍の選手の紹介コーナーがあった。北海道の高校出身で、この冬北海道に帰って、母校を訪ねた時の取材だった。彼は、時々この母校に来て、当時毎日走っていた坂道を、現役高校生選手と一緒に走るらしい。

その坂道というのが、延々と10キロ続く山道の上り坂。

藤波選手の母校、大阪桐蔭にも、坂道が有るらしい。学校は山の麓(?)に有るらしいのだが、毎日練習するグラウンドというのが、その山の上に有るらしく、2,3年生になれば、学校からグラウンドまではバスで行けるのだが、1年の時は、学校からグラウンドまでは走って行かなければならないらしい。

その坂道には、2通りあって、1つはエンペラーロード(?)だったかな、普通の山道だけれど、もう1つは「獣道」という最短ルートで、垂直の崖を紐伝いに上がったり、藪をかき分けていかなければならない、正に獣道だったそう。しかも、バスに練習道具などを積み込んだ後、そのバスよりも早くそのグラウンドに到着して、バスから練習道具を下さなければならなかったらしく、相当厳しいクラブ活動だったようだ。

強いチームになれば、高校野球チームの練習で、坂道ランニングのトレーニングを取り入れているところは多いようで、その北海道の顧問の先生は、こう言われていた。

「人生、苦しい事ばかりだ。でも、毎日この坂道を走る事で、その人生の苦境を乗り越えていける人間になってほしい。」

・・・と。その顧問の先生は、50代くらいの方に見えたが、「人生、苦しいことばかり。」とおっしゃったその一言に、すごい説得力があった。人生、みんな、そうなんだな。だからこそ、それを乗り越えていける「力」を育ててあげなければいけないんだな、と思う。
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2016/1/26

一人親に近く感じる事も  独り言

先日、ソフトボールチームの保護者会議があった。先週のお別れ大会をもって、私達6年の代は引退、代わって現在5年の保護者たちが、チームを運営していくことになる。その、新体制の運営についての会議が行われた。

できる限り、父母二人の保護者で参加とのことで、私も夫と共に参加した。この新体制から、隣の小学校のチームと連合する事になり、連合チームでの会議となった。あちらは「北」、こちらは「南」というので、それぞれチーム名が異なり、そのチーム名をどうするか、という議題があった。

とりあえず、現在は、うちの「南」の方が人数が多いけれど、「南」が「北」を吸収して、「北」が「南」に入る・・・という現状はあったとしても、そうではなく、「1+1=1」的な感じで、どっちがどっちに入る・・・というのではなく、男女が夫婦として一つになるのと同じで、あちらとこちらが一緒になる・・・という考え方にしたい・・・というようなニュアンスの話し。つまり、どっちが大きい、小さい、とか、上とか下とか無く、同じ立場で一緒になる・・・だから、チーム名から「北」とか「南」とかを外しませんか?・・・という話し。

新監督は、それを「外します!」と断言するのではなく、他保護者たちの意向も聞いて・・・という感じで、婉曲的に新監督の意向を説明、他の保護者に意見を聞いていった。全会一致で、「北」や「南」を外す・・・と決まった。

・・・ところが、帰ってきて、何日かたってから、夫はこんな事を言った。

「新監督も頑固だなぁ〜。南という文字を外したくないって一人でずっと言い続けて。」

え?違うでしょ? 新監督が、南という文字を外したいって議題を出したのに。

「Iさん、は南という文字、外したくないって一人言ってたな。」

え?違うでしょ? 全員、外そうっていう意見で統一してたでしょ?

・・・とこうだ。日本人の婉曲的表現がやはり理解できないみたいだ。これでよく、会社で仕事やっていってんなぁ〜、と思うのだけれど。夫、本当に大丈夫だろうか?

とにかく、一事が万事こういう感じで、夫はやはり、日本人社会をかなり理解できていない。だから、子供を育てる親として、なかなか難しい部分が多い。日本人であっても、父親がなかなか子育てに参加できず、難しいご家庭も有るとは思うけれど。
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2016/1/25

価値観様々な保護者たち  子育て

教師として働く先生方も、6年生という学年をまとめきれず、大変困られての話しだったのだろう(スキー説明会での保護者への「実態」説明)。

他の保護者の方はどう思われていたのか分からないけれど、優秀なお子さんを持つ保護者の方は、「私は(うちの子は)関係無いわ。」と思われていたことだろう。

今は、本当に、保護者の方々にも色んな価値観があって、「学校は、ただ義務だから行かせているだけ。」と思われていて、塾や受験勉強こそが一番大事と思われ、受験の為に学校を2,3週間もずっと子供を休ませる方もいらっしゃる。もちろん、そのようなご家庭の保護者の方は、学校のPTA活動など一切された事が無い方がほとんど。本来、我が子が通う6年間の間に、必ず1度はPTAの学級委員(役員ではなく、クラス毎に決まった人数で役を分担するもの)にならなければならない。それにも6年間、まったくなられた事は無く、6年間どころか、兄弟、上から下までが卒業するまで、例えば10年間でも、一度もPTAの委員をされない方もおられる。

そういう方達は、学校の説明会や、授業参観後の学級懇談会すら、一度も顔を出された事が無い方もいらっしゃる。

かと思えば、PTA役員を2年も3年も連続してされる方もいらっしゃる。そのように、価値観の異なる保護者たち、そしてその子供達。まとめろ、と言う方が元々不可能に近い事なのかもしれない。

私はといえば、来年度、PTA役員をする事になり、学校の色んな活動、行事などには、できる範囲内で関わっていく気持ちはある。それは、やはりお世話になっている学校に対して、親として、サポートできる事が有るなら、PTAという形で何かさせて貰えれば、と思うから。特に長男が色々学校に面倒を掛け、かなりお世話になっている事は事実(もう小学校は卒業するけれど)。そして、担任の先生にも、考慮頂いてご指導頂いている事も事実。そんな中で、先生方の愚痴に近い「実態」の訴えを聞いて、色んな思いはあるものの、何も声を上げる事はできないし、その必要も無いと思う。先生方も、色んな事が子供達にとって良い方向に改善していってもらいたい、との願いから出た言葉なのだろうし。

そんな複雑な思い・・・。
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2016/1/24

極寒のお別れ大会  子育て

クリックすると元のサイズで表示します極寒のお別れ大会。朝7時集合、朝と夕方は強風と雪。試合中は晴れてくれたけれど、寒さはかなりのもの。足カイロなど、まったく効果無し。子供たちも、足が凍って痛い、と訴え始め、全員に足カイロを入れたけれど、やはり効果無く・・・。お昼ご飯に差し入れしたカップラーメンで少し暖を取ることができ、午後からは何とか持ち直した。

長男はどの試合でも、すべて出塁。出塁率はチーム一位だった。準決勝戦、タイブレークに持ち込んだ。時間になっても、勝敗が決まらなかった為で、各チーム2塁走者を置いたところから始め、そこで失点して負け。その相手チームが最後は余裕の優勝。惜しくもトーナメント戦で第三位、でも、銅メダルは貰え、最後に夕方5時くらいから表彰式が行われた。
クリックすると元のサイズで表示します表彰式の途中、吹雪になってきたが、これも思い出。6年間最後の締めくくりの試合となった。今年度、長男が6年で取ったメダルは全部で7,8個有るようで、今朝もメダルを並べて思いにふけっている長男だった。


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2016/1/23

責任を押しつけていませんか?  子育て

息子たちが行く小学校は、各学年3クラスずつ、学年に3人ずつ担任の先生がいる事になる。

前回、修学旅行前の6年担任からの「6年の現在の実態」。

「何事にもやる気が無く、積極性が見られない。人任せ。」という愚痴のような報告。

今回、2月のスキー合宿に際する説明会においての6年担任からの「6年の現在の実態。」

「男子はうるさい。まとまりがない。するべき時にすべき事がちゃんとできない。集団で悪ふざけをする。女子は問題無い。しかし、そんな男子を抑える力も持っていない。」

ああ〜、また始まったか・・・。と思っていた。「実態」「実態」って。自分の教え子たちの「現状」とか「実態」とかって、そういう言葉を使うこと自体、既に子供達を見放した言い方だと思う。「教え子」とか、「自分のクラス」という気持ちがあれば、自分が教えている子供達を集団として捉えて「その実態」と言う言い方で、「ここがこう悪い、あそこがこう悪い。」という客観的な表現を使って、他人事のように、悪口ばかりを保護者に説明するだろうか?

「一人一人に話しをすると、ちゃんと分かってくれるのに、集団になると、こんな悪い事をする。」

集団になった子供達が悪い事をするのは、家庭でのしつけが原因だ、と言わんばかりだ。もし、家庭でのしつけが原因なら、一人一人になった時でも、その子供達は悪い事をするはずだ。一人一人になった時は、いい子なのに、集団になったら悪い事をするのであれば、それは、集団になった子供達をまとめられない教師の力不足ではないだろうか?

しかも、「女子は悪くない。でも、男子を抑える力も無い。」って。それは教師の仕事じゃないだろうか?まるで、騒ぐ男子を抑えるのは女子の仕事だ、と言わんばかり。責任転嫁していないか?

子供のマイナス面ばかりを見て、それを叱る事ばかりにやっきになり、集団になった時のいい面をもっと引き出す指導やまとめ方ができていないから、マイナス面ばかりが引き出される結果になるんじゃないだろうか?

あの魔法の言葉を発するU先生が4年生の時は、あんなにもいい学年だったじゃないか。その学年をこんな風にしたのは、あなた達、今の担任なのではないだろうか?

集団をプラスに導く指導力、子供達をポジティブ思考に導く先生たちの魅力に欠けているのではないだろうか?

いつも、保護者説明会、懇談といえば、子供の悪いところばかりを話す先生たち。もっと、子供のいい面に目を向け、それをもっと褒めて、もっと引き出していってあげる指導はできないのだろうか? 「集団になったら、こんな悪い事をする」と言うのは、「集団になった子供をまとめる力が無い」と自分たちの無力を認めているだけにすぎない。

こんな教師たちを、もっと指導できる教師が必要な教育現場に感じる。
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2016/1/22

本はアテにならない  子育て

長男は、今日もFくんを待たせることがなかった。2日連続、良かった〜。

発達障害は、本当に理解しにくい障害だ。1つに、目に見える障害ではない事。2つ目に、知的障害を伴わない事が挙げられると思う。だから、理解しようと思って、本を読んでみようとするが、対処法として、「家庭内でルールを決める」と書いてあるものの多いこと多いこと。

私は、「家庭内でルールを決める」と書いている偉い人に伝えたい。「ルールを守れない障害の有る人に、ルールを作って”それを守れ”と言うのは、飛べない犬に”空を飛べ”と言っているのと同じ事だ。」と。

理解できない・・・。この偉い人たちは、何を根拠に、「家庭内でルールを決めたら、問題解決できる」と考えているのだろう?
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2016/1/21

魔法の言葉  子育て

安心して下さい、大丈夫ですよ、お母さん。

陸上クラブ顧問の先生に電話して、長男が友人Fくんを待たせる状況を説明した。すると、まずこの第一声。この先生の言葉に、ほろりと涙が出た。

「息子さん、開始時間の準備を手伝っているかどうか、ちゃんと見れていませんが、でも、終わりの片付けは絶対にちゃんとやってくれるんです。Aくん、Bくん、Cくん、Dくんの4人と一緒に、いつもきっちりやってくれています。他に片付けしない6年がいる中で、息子さんは、絶対にやってくれます。息子さんに任せていたら、安心なんですよ。」

と言って下さった。絶対にいつも、必ず子供達のいい所を見て下さる。マイナス面に目を向けず、プラス面を見て下さるので、それが引き出され、子供たちのマイナス面が消えていく、なくなっていく、プラスにしか作用していかない、そういう魔法を持っていらっしゃるU先生だ。

でも、私からの依頼で、翌日には長男とは話しをして下さったようで、先生が長男と話しをして下さった日の翌日、長男はFくんをまったく待たせる事なく、きっちり玄関を出ることができた。私もそこで、長男とハイタッチ!感動的だった!

「そんな〜、友達を待たせずに行く事くらい、当然だろ〜。」

と思われる方がほとんどだと思う。当然の事ができて当たり前。それが普通の社会だと思う。でも、長男にはそれができないのだ。だから、それができた時には、私にとっては感動なのだ。

U先生は、どんな魔法の言葉で長男に話しかけて下さったのだろう。チチンプイプイのプーーーイ!・・・かな? ビビデバビデブーーー!・・・かな? (笑)

私にも、U先生のような魔法の言葉が話せたら、長男はもっと変わるのかもしれない。
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2016/1/20

友達を待たせる長男  子育て

長男は、毎朝7時頃家を出て登校する。陸上クラブが7時半から始まるので、同じ陸上部の友達一人と一緒に行っている。

5年生の時は、一年学年が上の友達と一緒に行っていた。その時は、その友達を待たせる事はまったくなく、いつも同じ決まった時間に来てくれるその友達と、インターホンの音でピッタリ外に出て行き、一緒に登校していた。

ところが、その友達が先に卒業してから、別の同じ学年の友達と行くようになった。これは、陸上部の規則で、朝早いので、できるだけ陸上部の友達と一緒に登校するように、と顧問の先生からの指導がある為だ。

今、一緒に登校しているFくん。とってもいい子で、今時あまり見ないくらい純粋で、おとなしくて優しい子だ。長男はそのFくんをいつも玄関で5分前後待たせる。私が毎日、どんなに「友達を待たせるな。」と言い聞かせても、まるでわざとダラダラ準備しているかのように、絶対にその来てくれる時間に準備し終えず、本当にわざとやっているように、あれこれ一階と二階を行き来したりして、なかなか一緒に行こうとしない。

昨日でも、寒いので玄関の中にFくんを招き入れ(毎日玄関に入ってもらって待ってもらう)、Fくんは立ったまま待ってくれているのに、ダイニングでまだ小学生新聞を読んだまま、動こうだにしない!普通の人間がする行動ではない。いや、いくら障害があったとしても、本当に一般常識的に許されるような行為ではない!と私は思う。

そして、やっとお尻をあげて、あれこれFくんの前を通りながら、あっち行ったり、こっち行ったり、準備をする。その間、Fくんの方を見ることもしないし、おはようの挨拶も無いし、やっと準備ができて靴を履き始めても、「ごめんな。」の一言もなく、私が必至に「Fくん、ごめんね!ごめんね!」を連発して言っているだけ。目も合わせない。

恐らく、長男はFくんの事があまり好きではないのかもしれないけれど、でも、今までこの一年間一緒にずっと行ってくれている友達なのに、その態度はないと思う。我が子であっても、発達障害であっても、やっぱり許せないと思う。

だから、尋常な精神状態で長男に向き合うのが困難だ・・・という事になるのだ。それでも、我が子である限り、扶養教育の義務がある私。発達障害で、その障害のなせる業・・・ではないが、それが原因だとは分かっていても、やはり、社会的に通用しない、という事を、いずれ社会人になる我が子に教え、改善させていかなければならないのだ。

医者には頼れない。学校や先生にも頼れない。夫も無理。私一人で向き合い、立ち向かい、解決していかなければならない問題なのだ。人に頼って解決できる事ではないのだ。

今日、Fくんを家に呼んで、これから一緒に行くかどうか、Fくんの気持ちを聞いて、今後は別々に行く事も考えた方がいいのではないかと思っている。Fくんの気持ちを長男の前でちゃんと言ってもらい(おとなしい内気な子なので、はっきりと言う場を作ってあげないと、Fくんから長男には言えないと思う)、それで長男がどう反応するか、それで私も考えようと思っている。
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2016/1/19

普通の食事がしたい  子育て

よくテレビで、家族が一緒に食事をしているシーンが出てくる。私は以前から、「なぜみんな家族揃って、一緒に座って喋りながら食事ができるんだろう?」と不思議だった。

長男が2歳の頃、同じくらいの年頃の子供さんを一緒にレストランやファーストフードに連れて行っている家族を見ていて、「なぜ、子供と一緒に外食できるんだろう?うちでは有り得ない。」と思っていた。そして、今では、普通の家族の風景「一緒に食卓を囲む」というのが、ほとんど無い。それが、本来は「普通にできる事」「当たり前の事」なんだと、最近ではひしひしと感じる。

うちは、まず夫は、平日毎晩9時過ぎにしか帰らない。土日も、基本、夫は自分が食べたい時間に一人で先に食べる人なので(子供を待たない、子供と一緒に食べるという感覚が無いので)、夫と一緒に食べる事はほとんど無い。

子供は、というと、一緒に食べるのは次男と三男だけで、長男が一緒に食卓につくのは、週に1,2回、たまたま長男がお腹空いた時間に、私たちの食事の時間が合った時だけだ。平日は6時前後がご飯の時間、ところが昨晩でも長男は自分がお腹が空いていないと、夜9時を過ぎてから、一人でダイニングで食べる、という状態。しかも、かなりの偏食ときているので、好きな物を好きなだけしか食べず、大抵はお皿の中に何か残している、という状態。

「ご飯食べるでー!」という声かけにも、何も反応しない。言う事を聞かせようとしても、絶対に無理。次男と三男は、2,3度声かけしたとしても、必ず最終的にはちゃんと食卓に着く。ところが、長男だけは無理で、私もそれ以上言うのは疲労困憊なのだ。じゃ、その時長男は何をしているのか、といえば、ゲームやテレビを見ている、といった状態。それを辞めさせようものなら、破壊的な反抗行動に出てくるので、他に子供二人がいるので、そちらの子供の方をしてあげる事を優先させ、もう長男の存在そのものを無視するのだ。

昨晩は、最近疲れ気味の次男を早く寝かせたかった為、もう長男の存在を完全に無視する状態で、次男と三男とだけ一緒に過ごし、9時半には二人を寝かせ、私もそのまま一緒に寝た。長男は、9時を過ぎてから、お風呂、食事を一人で済ませ、宿題もせずに寝ていたようだ。

我が子であっても、発達障害とは分かっていても、人間として最低限一緒に暮らす、というルールが守れない長男、私もかなり腹が立つし、私がおかしくなってしまいそうだと感じることさえ有る。時々、「私は忍耐強くない人間で、私こそが、どこかおかしい、発達障害なのではないか・・・」とさえ思えるほど、本当に腹が立って仕方がない。あまりに腹が立った時、あまりにそんな長男の調子に合わせるのが苦しい時は、その存在を無視する。子供の虐待の中で「ニグレクト(無視)」というのがあるとは分かっていても、私にはそうするより他、我慢の方法が無い場合もよく有る。
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2016/1/18

小学校の恩師4  子育て

各市町村では、発達障害やその他カウンセリング等の問題について、ガイドラインは教育委員会の中で設けられている。ただ、例えば和泉市では、教育委員会の中で担当者がすべての小学校、中学校を担当しているようで、学校と医療機関の間に立ち、ヒアリングを行った後、どの医療機関に行けばよいか、をアドバイスするようになっているようだ。

私もそのアドバイザーの方と、教頭先生に同席して頂いてお会いしたが、私がM先生と知り合いだという話をすると、「そういう知り合いの方がいらっしゃるなら、その方に相談される方が早いと思います。私たちが紹介する医療機関に行かれると、通常は初診が半年後とかになりますので、先にそのM先生に相談して下さい。」と言われた。

私としては、なんだなんだ?という感じだった。既に学校に相談し始めてから(発達障害を私が疑い、それについての相談)3か月が過ぎていた。じゃ、今までの3か月は何だったんだ?あれこれ、いっぱい話をして、相談して、何度も足を運んでやってきたこの3か月は何だったんだ?

本当に、「それなら最初からM先生に話しておけば良かったんだ。」と心底思った。そして、M先生に電話をすると、すぐにお会いして下さり、2時間近く私の話を聞いて下さった。そして、どこにどうやって連絡して行けばよいか、細かく教えて下さった。
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2016/1/17

小学校の恩師3  子育て

それから三十数年、M先生は、私の子供が通う小学校で、養護学級の担任をされていた。そして2年ほど前、退職されてから、今度は地域の病院で、発達障害や知的障害などの子供達が関わる機関で顧問として勤務されている。

そのM先生と、ばったり市場で会い、M先生が子供たちのことを聞いてくれた。少し話しただけだったけれど、「今度、もっとゆっくり話し、聞かせてな。」と言ってくれ、M先生は私に携帯番号を教えて下さった。

すると、1,2週間のうちに、別のケーキ屋さんで、またまたバッタリM先生と偶然お会いした。その時、20〜30分ほど立ち話をしてしまい、今度はゆっくり、喫茶店で話しをしよう、という事になった。

学校と話をしても、学校側は何も知らないし、何も導いてはくれなかった・・・というのは、私の甘い考えなのだろうか?でも、どこに相談したらよいのかが分からなかった。それが、この偶然とこの縁によって、私はこんなにも救われた。この時、私は本当に、縁というものと、何か自分が導かれているものを感じた。
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