2013/2/12

有朋自遠方来  教室

うちの教室で4年間講師をしてくれていた人が2年ぶりに訪ねてくれた。彼は帰国して2年になる。現在日系企業で勤務、日本出張の機会が有り、時間を取って来てくれた。

中国の各都市の変化は大きい。特に、ここ2,3年は、どの都市も地下鉄工事の真っただ中。蘇州でも、昨年蘇州市内の地下鉄が完成。街並みはかなり変わってしまった。

そんな変化の大きい中国から2年ぶりにやってきた彼。

「ここは時計が止まってしまったように、まったく変わらない。」

と笑っていた。懐かしそうに教室内を見てまわっていた。息子たちも彼にはお世話になったので、一緒に会って少し歓談。また日本に来る機会があればいいね、と話していた。
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2013/2/11

まとめたいのだけれど・・・  独り言

どんな中国人と接するかにもよるし、地域、人にもよる。「私は色んな中国人を知っている」と思っていても、それで「中国を知っている」と思うのは勘違い。だから、私だって、まだまだ知らない中国があって、本来もっと勉強しなければならないんだろう。

ただ一つ言えるのは、中国語は英語のようにはいかない、という事。中国語は英語より歴史が長い。紀元前に既に孔子などの思想家がいた国の言葉。そして、56民族があり、北から南、東から西まで、広い広い国であるという事。ただ中国語が話せれば通じる・・・という世界ではないのが現実。

同じ中国語圏でも、台湾と中国ではまたまったく異なる。華僑はまた別の文化を持ち、在日中国人なども、日本文化をある程度理解し、日本に順応しようとしている人たちなので、現地にいる中国人たちとはまたまったく異なる。

自分がどこまで中国語能力を高めたいか・・・にもよるのだけれど、私にとっての中国語とは、「中国人とコミュニケーションを取る為のツール」。だから、例えば中国人が、

「ほらほら、あれ、”明月幾時有”、あの続き、何だったっけ?
 あの詩人の名前、何だったっけ?」

とか聞かれたときには、パッと答えたいし、

「最近、中国でこんな言葉が流行っているんだよ。」

という事にも興味を持って耳を傾け、教えてもらいたい。普段の会話の中には、色んな文化が入って来るから、その時に、

「そうだよね、そうだよねー。」

と中国人と一緒になって共感したい。共感できる自分である為には、やはり、中国人を理解していなければならないと思う。こんな時、中国人ならどう感じるのか。表面には出さないけれど、きっと彼らはこんな時、我慢しているのだろうな・・・とか。

もし、色んな事に一緒に共感できたり、中国人なら誰でも知っている常識的知識を知っておいたら、きっと中国人たちは、もっと親近感を感じてくれるだろうと思う。

そういう点において、特に中国語を勉強するにあたっては、単なる”語学”だけで済ませていたらもったいない、せっかくのコミュニケーションを取る為のツールが、半分しか活かされない・・・私にはそう思える。

きっと、よく中国や台湾に出張される方なら、この辺りの事は普段から感じられている事なんだろうけれど。でも、受講生の方皆さんが、そんなに中国や台湾に行かれる機会を持っているわけではない。こういう点について、本当はもっと伝えられる教室でありたいと常々思っているのだけれど・・・。理想は高く・・・なかなか現実は難しい・・・。


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2013/2/10

春節  中国

今日は春節・・・蘇州の両親と連絡を取りたいけれど、世界中に散らばっている中国人たちが、国内の家族と連絡を取り合おうと、ネットや電話はなかなかつながらない。

それでも、何とか少しだけ電話がつながり、少しだけ話ができた夫。

春節の夜になると、ネットもつながりやすくなり(一番つながりにくいのは、大晦日の夜)、義母とはチャットができた。

春節が来ると、本当に春が来た・・・って感じがする。今日の風も春風の香りがした。
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2013/2/9

中国語はツール6  独り言

つまりは「郷に入らば郷に従え(入郷随俗)」。

日本で一生懸命中国語を勉強し、中国へ行って中国人と中国語で話しをする。どんなに流暢に中国語が話せても、相手を理解しようとする気持ちが無いとか、日本人的感覚(常識)を押しつけるような言い方をするとか(←私の失敗例)・・・それじゃ、中国語を勉強しても中国人には受入れられない。

当然。

これもある例で、若いサラリーマン。中国へ初めて出張、訪中前に色んな書物を読んで中国の事を勉強してきたそうだ。会議室の中で、中国人が数名いる前でこう言い放った。

「南京大虐殺は、あれは捏造なんですよ。」

私たちは目が点になった。中国人も、あまりに唐突な発言で、驚いて凍ってしまっていた。その人はKYなんだろうな、私たちのその気まずい雰囲気に気付かないのか、平気なのか、まだその話を続けている。自分が読んだ本の作者の言い分を話し続けている。

ま、これは非常に極端な例だけれど、でも、本当にそんな人はいるのだ。

人の思想は自由だから、何をどう考えるかは自由だけれど、相手がいるという事。時と場所を考える、これは人として最低限の事。これは、国の違いに関わらず・・・。

私、当然の話ばかりしているけれど。
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2013/2/8

中国語はツール5  独り言

クリックすると元のサイズで表示します今日は雪が降った。雪の中でけなげに蕾を出しているチューリップ。この寒い冬を越えて花を咲かせるチューリップ。私は大好き。

さて、中国語と日本語で、同じ諺が有る。恐らく、中国から伝わったものと思うけれど。

「口は災いの元」
「祸从口出(huò cóng kǒu chū)」

「失敗は成功の元」
「失败是成功之母」

私が黙って中国人たちの話を聞いているようになったのは、蘇州で働き始めてから1年後くらいだ。何故私があまり話さなくなったのか・・・。実はある失敗がきっかけだ。

「中国で中国人と喧嘩はしてはいけない」

これは私の失敗による教訓。その失敗以来、一度も中国人と喧嘩をしたことは無いが(夫含まず!)、一度だけ2年前無錫のホテルで、フロントの女性と大げんかをした。その時は、他の中国人も私を応援してくれた(笑)。これは例外。

一度、蘇州勤務中、ある物流主任と口論になった(もちろん中国語で口論)。私は絶対に自分が正しいと思っていたし、自分の方が理路整然としていると思っていた。ところが、翌日から中国人スタッフは全員私を総スカン。無視。口もきかないどころか、仕事もしてくれない・・・。

ある仲の良かった物流スタッフ(若い男性)が私に教えてくれた。

「どんなに君が正しくても、ここでは彼女の方が上だよ(彼女は主任、私は現地採用のただの日本人。日本本社から駐在で来ている日本人たちは部長。)。みんな、君が悪いと社内で言いふらしている。」

そうか・・・。勉強になった。中国では、正しいかどうかは問題なく、物事は人間関係の強弱で決まる。中国で私は超少数派で、肩書きも何も無いただの異邦人。口で彼らを言い負かした、と思っていたら大間違いで、反対に自分で自分の立場をより悪くしただけだった。

それ以来、私は中国語はできても、中国語で彼らとあまり話さなくなった。必要最小限しか話さなくなった。

口は災いの元、失敗は成功の元

ま、日本でも同じかもしれないけれど。


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2013/2/7

中国語はツール4  独り言

老板娘は中国語を教えていて、何故「中国語は絶対必要とは限らない」というような事を言うんだろう?何故「中国語は別に勉強しなくてもいい」ともとれるような事を言うんだろう?・・・と思われた人もいるかもしれない。

一言では伝わりにくいと思うけれど、その国の言葉を学ぶなら、言葉だけを学べばよいのではなく、やはり文化を含め、その国やその国の人たちを理解しようとしていく姿勢が大切なんだと思う。

もう一つ、ある例。これは私自身の話。

上海や蘇州で働いていると、現地スタッフは方言で話しをする。この方言がかなりくせ者で、中国人であっても地方が違えば、別の土地の方言はまったく理解できないレベル。例えば、蘇州語と中国の共通語がどれだけ違うかと言うと(比べやすくするため、あえて日本語で発音表記)、

財布
共通語「チエンバオ」
蘇州語「ぴーちあず」

顔を洗う
共通語「シーリエン」
蘇州語「かぁみ」

という具合にまったく発音が異なる。通常、中国語の共通語を学習してきた日本人には、方言は聞いてまったく分からない言語となってしまう。

だから、現地スタッフは色んな陰口をたたく時には方言を使う。少しくらい中国語ができる日本人が聞いても理解できない、と安心して、何でもかんでも言っている。

ところが、蘇州人の夫を持った私は、蘇州語でも8割くらいは聞いて分かる。私はいつも黙って、理解できないふりを装って聞いていた。そのお陰で、中国人がどういう人に対して、どんな見方をするのか・・・がよく勉強できた。

ところが、その陰口をたたかれている本人たち(大抵は日本人)は、まったく気付いていない。そりゃ、分からないだろう。一般的に、現地スタッフは上司である日本人スタッフに対しては、どんな場合でも素直に従っているように装う努力をしているのだから。

語学というのは、自分から何かを発信しなくても、そこに存在して受信しているだけで、すごく勉強になるもの・・・だった、私の場合。そして、それが「中国語を話す」こと以上に役立ち、それは今の私の仕事にも役立てられている。
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2013/2/6

中国語はツール3  独り言

今日は風の中に、少し春の香りを感じた。さすがに暦というのはすごい、もうこの日曜日は春節なんだから。

ところで話の続き。今度はまた別の男性。この方はまたまったく反対で、中国ビジネスを何十年も手がけられてきたのに、まったく中国語を習得しようとされなかった方だ。

ご本人いわく、中国語はまったくわからない。もちろん、「謝謝」や「没関係」程度の事は言えただろうけれど、どの中国人の名前も、決して中国語発音では呼ばず、日本語発音で呼んでいた。「王くん(おうくん)」「徐さん(じょさん)」「李くん(りくん)」など。

とにかく、「俺は中国語は話さん。」という方だった。

それでも、多くの中国人や日本人は、彼と一緒に仕事をするのを好んだ。彼が出張すると言うと、いつも現地担当者は喜んで彼について出張し、もちろん相手のお客さんも彼を非常に歓迎した。

その証拠に、彼は既に90年代の頃、ある中国の省の省都(中心の市)の栄誉市民として表彰され、彼がその市を訪問する時には、必ず市長が彼を出迎え、歓迎の晩さん会も必ず行われた。

つまり、私が思うに、やはり、中国語というのは、中国ビジネスに必須のものではなく、単なるビジネスツールの1つにすぎない、という事。中国ビジネスのツールとして、中国語を選択する人は多いし、もちろんできれば便利にこした事はない。でも、実は絶対に必要なものではなかったりする。

私が思うに・・・。
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2013/2/5

中国語はツール2  独り言

その部署では、大抵の人が中国語はかなりできて、大学でも中国語専攻という人が少なくなかった。

ある男性、中国語は自他共に認めるすごいレベル。中国人でさえ舌を巻くほど。私から見れば、”ぺらぺら”レベルの人に対しても、

「さっきの事なら、あんなにぐだぐだ説明しなくても、○○○○という成語(四字熟語)で言ってしまえば、一言で済むのに。」

などと、よくアドバイスをされたりしていた。

そうかぁ・・・、中国語があんなにできて、すごいなぁ・・・

なんて、私は思っていたのだけれど。でも、その人、どこに行っても中国人にはあまり好かれていなかった。その一つの理由に、中国人でさえあまり使わない難しい言葉を使い過ぎる・・・という点があった。

中国語で「掉书袋」と言うけれど、色んな難しい言葉を引用して学識をひけらかすという意味で、そういう人は反対に嫌がられる。

中国語、どんなに広い知識、深い知識を持っていても、その知識を使う時と場所がふさわしくなければ、またそれは、無意味になってしまう。どんな道具でも、使い方はとても大切なのと同じで、中国語もできればいいってもんでもない・・・。

私の体験から、私がずっと心に思っている事。
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2013/2/3

中国語はツール1  独り言

以前、大阪市内で中国関係の仕事をしていた頃、その部署は全体で100名ほど、大抵の人が中国語がかなりできる人たちばかりだった。

入社当時、隣の指導担当の営業ウーマンの方に
「あなた、中国語できるの?」
と聞かれ、できません、と答えると、

「かちょー!中国語できない子入れて、どうするんですかっ!」

と言われたのを今でも覚えている。それからは仕事する中で必死で中国語を覚えていった。

中国語は仕事をする為のツールだった。最初は中国語ができず、いちいち中国語でFAXを書いて仕事をしていたのが、少しずつ中国語ができるようになり、電話もできるようになっていった。以前なら、書くだけで20分ほど掛かってしていた仕事が、少し中国語が話せるだけで、電話1,2分でその仕事を片付けられるようになっていった。

私にとっては革命的な事だった。

「中国語ができれば、こんなにも便利!」
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