2012/11/30

マラソン大会  今日の出来事

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今日は長男のマラソン大会。男の子はスポーツができる子はどんどん早くなるから、差がどんどん開く。

長男はスポーツは並みよりちょっと下(笑)。とりあえず頑張って走ってた(^-^) 完走できた事がいい事。頑張る事がいい事。よく頑張ったね!
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2012/11/28

お目当てはこれ!  中国

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先日「行列のできるお店」で紹介したところ、行列を作っていた人たちのお目当てはこれ!私も食べたことが無いの〜! 次回蘇州へ行った時には、私も行列に並んで食べてみなければっ!
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2012/11/27

今年挑戦した事は・・・  独り言

気がつけばもう12月になる。まだ早いけれど、今年を振り返ってみる。今年は私にとって、どんな一年だっただろう?

昨年2011年は挑戦の年だった。教室で英会話クラスを立ち上げた事は、私にとっては挑戦だった。だから、昨年は、「仕事の挑戦」の年だったと思う。

今年2012年は、「自分自身への挑戦」の年だったと思う。3月のピアノ発表会、12月のフラメンコ発表会。ピアノ発表会では、かなり難易度の高い(私にとって)ショパンのノクターンを弾いた。死ぬほど練習した・・・。死ぬほど緊張した・・・(笑)

そしてまた来月、初めてのフラメンコ発表会。先週はリハーサルが有り、その熱気に驚きと緊張を持って参加。今も尚、発表会に向けた熱いレッスンが続いている。

その上、私はもう一つ、今月から挑戦している新しい事がある。それは来年に向けても続けてやっていく事なのだけれど。

70歳になっても(私がそこまで長生きできたらだけど)、こうやって前に進んでいく日々を過ごしたいなぁ・・・と思う。


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2012/11/25

角印  中国

クリックすると元のサイズで表示します教室には角印がある。石に彫刻した角印、中国のもの。

教室を開いたばかりの時、蘇州の両親が作ってくれた。それがこの写真の右側のもの。これをもらった時にも、とても嬉しく思ったものだ。

ところが今年4月、教室の名称を変更し、色んなところで名称変更作業が必要になった。契約書や領収書等の書類に押印するこの角印もしかり。

写真の左側角印が新しいもの。また蘇州の義父にお願いし、蘇州で作ってもらったのだけれど、こんなに良い物ができあがってくるとは思ってもいなかった。正直驚いている。

写真で見ると分かりにくいかもしれないが、かなり大きい。そしてこの石、持っただけでも非常に重く、驚くくらい。そして朱肉も、これは普通の朱肉ではない。入れ物は古いブリキに入っているので、日本人から見ると、「古いなぁ・・・」という印象しか受けないかもしれない・・・が、実は由緒ある朱肉で、歴史上いつぞやの皇帝にも献上していたのと同じものらしい。見る人が見ると分かるのだろうけれど・・・。

これを使う度に、ちょっと手が震えるかも〜


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2012/11/23

恐竜化石展  子育て

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今日から始まるという「モンゴル恐竜化石展」。午後から行ってきた。今日午前中、私は十三まで行って、フラメンコ発表会のリハーサル。次男を連れての参加。長男はソフトボールの練習、夫と共に参加。午後から、この恐竜化石展で合流。長居公園も、もうすぐ終わりとはいえ、紅葉がきれかった。

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この化石展は本当にすごい!これは、大人も絶対に感動する。私も、こんなに大きな恐竜の化石、しかも本物(当たり前だけど)を見るのは初めて!

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こんなに大きいのは本当に驚く!迫力!

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音声ガイドは、大人用、子供用が有り、子供用のを一緒に聞いたけれど、私は子供用を聞くのでちょうどいいくらい(笑)。他にもクイズ用紙が有り、長男はそれを必死でやっていた。

「もう一回行きたい!」

大興奮の長男(次男にはまだちょっと早いのか・・・あまり興味無いのか・・・)。ここはお勧め!
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2012/11/22

行列のできる店  中国

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蘇州の義父から送られてきた写真。行列のできる店。みんな、何を食べる為に並んでるんだろう?なになにぃ〜、食べてみた〜い(笑)
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2012/11/21

575の世界  

さて、あなたはいくつ笑えましたか?「第12回 シルバー川柳」(以下転記)

入選した20作品は次の通り。

◎第12回入選作品  ※順不同、敬称略
「日帰りで行ってみたいな天国に」
    (71歳/女性/宮城県/無職)
「延命は不要と書いて医者通い」
    (70歳/男性/宮城県/無職)
「紙とペン探してる間に句を忘れ」
    (73歳/男性/千葉県/無職)
「三時間待って病名『加齢です』」
    (65歳/女性/新潟県/無職)
「目覚ましのベルはまだかと起きて待つ」
    (71歳/男性/神奈川県/経営コンサルタント)
「起きたけど寝るまでとくに用もなし」
    (73歳/男性/埼玉県/無職)
「年重ねもう喰べられぬ豆の数」
    (88歳/女性/兵庫県/無職)
「躓いて何もない道振り返り」
    (44歳/男性/群馬県/会社員)
「二世帯を建てたが息子に嫁が来ぬ」
    (64歳/男性/神奈川県/会社員)
「改札を通れずよく見りゃ診察券」
    (46歳/女性/千葉県/主婦)
「遺影用笑い過ぎだと却下され」
    (50歳/女性/愛知県/パート)
「アイドルの還暦を見て老いを知る」
    (54歳/男性/福島県/無職)
「味のない煮ものも嫁のおもいやり」
    (57歳/女性/茨城県/主婦)
「年金の扶養に入れたい犬と猫」
    (68歳/男性/福岡県/無職)
「ガガよりもハデだぞウチのレディーババ」
    (31歳/男性/千葉県/無職)
「女子会と言って出掛けるデイケアー」
    (74歳/男性/千葉県/無職)
「LED使い切るまで無い寿命」
    (78歳/男性/京都府/無職)
「おじいちゃん冥土の土産はどこで買う?」
    (44歳/女性/島根県/自営業)
「忘れ物口で唱えて取りに行き」
    (77歳/女性/福岡県/無職)
「指一本スマホとオレをつかう妻」
    (51歳/女性/北海道/パート)
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2012/11/20

決めたのは・・・  教室

今、うちの教室には2名の英語講師がいる。もちろん本職があって、こちらには非常勤で来て頂いている。質の良い・・・と言うと失礼かもしれないが、レベルが高い英語講師というのは、なかなかいないものだ。

日本社会、これだけ「英会話」に関する学校、スクール、教材、テレビ等々が氾濫している。「氾濫している」という事は、多く有り過ぎ、本当に良いものをなかなか探し当てられない・・・という事になってくる。

英語講師というのも、本当に「できる」講師というのはなかなかいない。今、来て頂いている2名の方に出会えたのは、本当に「縁」としか言えない。素晴らしい2名の講師だ。

現在、英語講師をもう1名増やすべく、この3ヶ月間、あの手この手、色んな手段で英語講師を探し、面接もしてみた。蘇州館の要求レベルが高いのか、世間一般(他校)のレベルがそのくらいなのか・・・分からないけれど。

ネイティブだって、ただ英語が母語というだけで、「教える」という事ができるかどうかは別問題。また、私がこだわる「日本人の立場」を理解する、つまりは、日本人的感覚が理解できるネイティブ講師というのは、非常に限られてくるし、それでいて「教えられる」という人材になれば、それはもう非常に非常に難しい。

通常、大手英会話スクールのネイティブ講師たちは、本国で募集され、年間契約をして来日している。中国人講師と同じように留学生を連れてくれば・・・というのは甘い。彼らは「教える」ことには素人、でも、日本人経営者の指示通りには動きたくない、授業準備は断る、報酬の要求金額はうちの受講生の受講料以上!ネイティブというだけで、素人の学生に、何故そこまで支払うか?有り得ない。

英語に関しては、最初から私はネイティブ講師は考えていない。もし、本当に私の言う”質の良いネイティブ講師”に習うなら、1時間1万円近くは払わなければならないだろう。もちろん、交通費は別途支給。そこまでしなければ、私が求める”質”には届かない。

今、教室で英語講師がもう一人必要な状態。私は、この”質”を守る為に、また思い切った決断してしまったかもしれない。
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2012/11/19

今、必要なもの  独り言

最近聞いた歌で感動したのは、槇原敬之氏の「四つ葉のクローバー」。

彼は大阪府高槻市出身。社会的問題も起こしたことのある人だけれど、それだけにナイーブな人なんだろうと思う。

彼の新曲、ドラマの主題曲にもなっている。曲風もちょっと今までとは違うのと、やっぱり歌詞がいい。「世界に一つだけの花」も非常に感動的な歌詞。それと同じくらい、すごい歌詞だと思う。

四つ葉のクローバー。「無い」と決めつけて探さないのは、目に見えないすべてのものを否定する事だという。例えば、愛とか希望とか、夢などを諦めるのと同じ事・・・といったような内容の歌詞(著作権の関係で、ここに歌詞をそのまま書く事はできないので)。

確かに・・・。子供の頃は、必死になって四つ葉のクローバーを探した事が何度もあった。1,2度、自分が見つけたか、友達が見つけたか。本当に見たことがあった。

子供の頃って、色んなものを信じていた。いつの間にか、「そんなもの無いわ。」と決めつけ、探す事もしなくなって・・・。でも、実際何度も何度も探し続けていたら、ある時本当に見つかる事ってあったりして。

そういう子供の頃のような純粋さ、情熱が今、必要なのかもしれない。
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2012/11/18

誕生日ケーキ  独り言

今まで毎年自分に誕生日ケーキなんて買った事が無いのだけれど、今年は初めて自分に誕生日ケーキを買った。だって、そのくらい自分にご褒美をあげてもいいじゃないか?(誕生日は昨日、でも昨日は超忙しい日、食べたのは今日。)

夫の時も、子供達の時も、誕生日ケーキをちゃんと注文して買うのに、何故、私の時だけ誕生日ケーキが無い?そのくらいの贅沢はしてもいいんじゃない?

「今の日本経済は、もう破綻している。
これから日本はどんどん貧乏になっていく。
俺の給料だって減っていくだろう。
俺は大丈夫だ。中国にいた時だって、
お風呂の無い家(祖母の家)で暮らしていた。
俺はお風呂に入れなくっても暮らしていける。
誕生日ケーキなんか買わなくても生きていける。
今、誕生日ケーキなんか買っている世の中ではないんだ。」

ま・・・考えようによっては、心強いコメントとも言える。相棒が、どんな貧困な生活にでも耐えてみせる、という覚悟を言ってくれたのだから。

それを言うなら、私だって、貧乏というか、私にとっては節約の極限の苦しい生活は中国で耐えてきたつもり。日本でも、中国から帰国当初住む家(両親の家)は有ったけれど、次男が生まれるまでの4年間は苦しい生活をしてきた(と私は思っている)。

今、そういう生活をわざわざ自分に課せなくても、今は今で楽しみたい・・・という、こういう考えがあったっていい。

自分で自分に誕生日ケーキを買うなんて、なんだか、それだけでもかわいそうな自分に思えるけど、子供達が歌を歌ってくれたから、それだけでも良かったかな。
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2012/11/17

簡単に使いたくない言葉  独り言

だから私は、必ず「人の立場に立つ」という事を徹底してやらなければならない、と自分に言い聞かせている。

つまり、私が語学教室を開く上で、私が「受講生の立場に立つ」という事。受講生が日本人であれば、「日本人として、学ぶ者の立場に立つ」事を絶対に念頭に置いている。ここに関しては、私は自分に妥協を許したくない。

私は「日本人」にはなれる。私は日本人だ。では、どうしたら私は「受講生の立場に立つ」ことができるのか?簡単だ。自分が受講生になれば良いだけの事だ。

私は今、3つの習い事をしている。フラメンコ、ピアノ、英語。英語は自分の教室で習っている。私が何故こういった習い事をするのか?究極の答えは、「自分が受講生になる為」と言える。

本当にその立場に立つ事で見えてくる事がたくさんある。自分の教室はどうやっても自分の教室。他人の教室として見ることはできない。それなら、外部の教室に別の事を習いに行く。そして客観的に自分の教室を見つめ直してみる。自分の教室、外部の教室、両方で習い事をする。それで、外から、内から、見えてくるものがある。

自分が「好き」と思えるもの、自分の趣味にできるものを習いに行く。それらの習い事をしながら、受講生の目で先生を見る。理想の先生像とはどういうものか。自分が理解できていない点を、先生はどう教えてくれるのか。私は、何故この習い事を続けようと思うのか。一緒に学ぶ仲間はどうか。

私は、HPに書いた「立場に立つ」という言葉に対して絶対に妥協したくない。言うは易し、行うは難し。そう簡単に使いたくない言葉。
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2012/11/16

異文化を受入れにくい日本  独り言

日本家電メーカーの失敗でいえば、「消費者の立場に立って考える」ところから、大きくずれている点に挙げられる。

何故、韓国メーカーがこんなに世界で成功したのだろうか?韓国メーカーは、駐在員を海外に派遣したら、必ず現地人と同じ生活環境で生活してもらうのだそうだ。そして、現地人の友人を多く作ること、これが使命らしい。

例えば携帯電話。携帯で中国語簡体字メールをいち早く導入したのは韓国メーカーやノキア等のトップメーカーだった。日本メーカーは、中国で携帯電話を販売するのに、当初、日本語入力携帯電話を市場に出していた。売れるはずがない。結果、現在あの中国の携帯市場で、日系メーカーはたったの数%しかシェアを取っていない(確か日系全部合わせても3%くらい)。

また、韓国メーカーは、中東で携帯電話市場を切り開くのに、いつでもメッカの方向を指し示す方位磁針を携帯に組み入れた。これで瞬く間に中東の携帯市場を勝ち取った。

之は一重に、「消費者の立場に立つ」努力をしたからに違いない。日本企業の駐在員たちは、どこの国に行っても「日本の生活レベルを落とさない生活環境」を守り、日本人の和の中、日本語ができる現地人社員に守られる中で仕事をしている。それが悪いとは言えない。それでも個人個人はかなりの苦労をされているはずだから。

しかしその結果、日本企業は、どこの国に行っても、“日本”相手の商売しかできない。“日本人相手”“日系企業向け”の商売。それは、日本企業が「日本人の立場に立つ」事だけしかやっていないからだと思う。
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2012/11/15

人の立場に立つ・・・という事  

昨日の続き。(ちょっとしつこいかも・・・すみません)

「人の立場に立つ」というのは、つきつめれば、「その人になる」のと同じ事が要求されると思う。

例えば、平社員が「社長の立場になって考える」なんて、到底無理な話だと思う。社長になった事が無い人間が、社長の立場に立てるだろうか?その反対はできそうだ。社長が社員の立場に立つ・・・これは、社長だって平社員だった時代はあるのだろうから。

例えば、日本家電メーカーの失敗は、「使用者の立場に立つ」ことができていないからだと思う。開発チームには、女性がいると思う。炊飯器や洗濯機を実際に使うのは、家庭主婦たちだろうから。ところが、決裁を下ろす人間は50代の男性。50代幹部クラスの男性が、自宅で家電製品を使いこなして家事をしているのだろうか?そんな人たちが、家電製品の開発のキーを掴んでいる、なんておかしくないだろうか?

つまり、本当の意味で「○○の立場に立って考える」というのは、その人になりきらなければならない。家電製品を使いこなすなら、季節ごとの移り変わりでも状況は異なるので、やはり最低でも1年間、本当に主婦になり、その家電製品を日々使い続けてみなければ分からない。本当に「消費者の立場に立って考える」のであれば、その50代の幹部クラスの方々には、1年間研修の名目で休んでもらい、じっくりと主婦をやってみてもらいたいものだ。

その中で、「成果主義」を問われてきたサラリーマンが、「家事」という成果を要求されない仕事や、誰からも評価されない主婦の気持ち、「家」という小さな枠の中で、家電製品と暮らすことで、本当の主婦たちの気持ちや望みが見えてくるだろう。

私は、中国にたったの5年間しか滞在していないけれど、夫が中国人だとしても、では私が「中国人の立場に立って考える」事ができるのかどうか?教室でも、これだけ長い時間中国人講師たちと付き合っていて、それで「中国人の立場に立って考えられる」のかどうか?

答えは明らか。

できない。

何故なら、私は日本人だから。だから私は本当の意味で「中国人の立場に立つ」ことはできない。その努力はできても、日本人の私が中国人に成り得ることは有り得ない。
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2012/11/14

日本人にしかできない気遣い3  独り言

長くなりましたが・・・そして、本題です!(←前置き、長過ぎ)

私の存在意義=日本人にしかできない気遣いができる

・・・という事になるはず。絶対に中国人にはできない「日本人の立場に立つ」という事。

語学の上においては、日本語が母語である人から見た中国語の難しさがニュアンスまで理解できる、という点が挙げられると思う。

日本人を理解する、という点においては、例えば、日本人の「本音と建て前」とか、日本人の季節感とか、それが理解できるか、これは外国人にとっては、非常に難しい問題。

夫もよく私に聞く。「○○さんは、こう言ったけれど、本当はどう思っているんだ?日本人はこういう場合、どうする?」 日本人の「本音と建て前」とか、「あいまい文化」とか、「遠慮」とか、こういうものは、外国人にとっては実は非常に理解が難しい部分。

また、季節感という事で言うと、秋といえば、やきいも、柿、梨などの食べ物、読書、スポーツ、芋掘りなど。こういったものは、日本人であれば、幼少から必ず経験してきている習慣、行事。こういう感覚を持ち合わせる事は、外国人には難しい。知識が有る、経験が有る・・・というのと、その「季節感を持つ」という事は大きく異なる。

そして、対人関係において大切な「日本人らしい気遣い」ができるかどうか。

「気遣い」とは、「心を込めて、相手が望むことをする」事らしい。挨拶から、言葉遣い、所作、行動に対する配慮、雑か優雅か、丁寧か・・・。でしゃばっているか、奥ゆかしいか、それは必要な事かどうか。礼儀正しさや、思いやり。

この部分においては、もちろん私自身もまだまだ勉強が必要な部分。日本人でさえ学ぶ必要が有るのだから、外国人であっても、学んでいく事はもちろん可能な部分。ただ、私自身が日本人である事で、同じ日本人から見れば”安心”につながる点かもしれない。その”安心”が”おおきな安心と信頼”になっていくように、私はこれからも努力していきたい。
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2012/11/14

日本人にしかできない気遣い2  独り言

語学学習には、ネイティブの見方だけではかなり不足な部分が有る。比較言語、比較文化の立場から学ぶ必要があり、母語にどのような特徴がある為に、英語や中国語を話す、書く、聞く時にどのような問題が発生するかを理解していなければならない。

やはり、それぞれの母語を話す人が両方とも必要なんだと思う。そして、もし生徒が日本人なら、授業の前にまず、日本人の気持ちや考え方を理解したい。そこで私が考えるのは、「日本人にしかできない気遣い」って何なんだろう?・・・という事。

うちの講師たちはかなり優秀なので、私以上に気遣いができたりするものだ。だけど、それだけ(中国人講師の気遣いだけ)では私の存在意義が無いわけで・・・(笑!ここは重要だ!)

そこで考えてみた。

蘇州館には、それこそ幼稚園児から70代の方まで通われている。幼児〜高校生までの受講生においては、母親としての気持ちも入れ、日本の学校教育とのつながりまで気遣う。つまり、日本の学校教育制度、システム、教育レベル、塾等、色んな情報を持っている事が必要。

ビジネスマンに関しては、その学習目的を的確に把握(当然)。趣味で来られている方たちには、達成目標レベルを把握、時々に応じて臨機応変に授業内容を変えたりする。

ん?それだけ?そんなの当然だな〜

・・・と私はまた思うわけだ。つまり、

私の存在意義は何なんだーーー?・・・という事で・・・
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