2012/10/12

人生の通過点  教室

今日、関東地方に住む以前の講師が大阪に来たというので、一緒に食事をした。

大学院を卒業後就職、関東へ引っ越した彼女。有給休暇を利用し、関西へ旅行に。今は航空券も安くなり、東京ー大阪間、往復6千円台だ。遊びに来て訪ねるのは、やはり友人たちのところだろう。大阪では、蘇州館の講師仲間の部屋に泊まらせてもらったようだ。

こういう関係って嬉しいなと思う。彼女が蘇州館にいたのは、彼女の人生の中で、20代という青春を謳歌する中のたったの1,2年。だけれど、彼女が就職してからも、やはり訪ねるのは蘇州館で得た友人のところ。きっと、30代、40代になって、自分の歩いてきた道を振り返った時にも、必ずそこには、彼女の中に”蘇州館”が存在していると思う。

蘇州館は、そんな留学生たちの人生の通過点。彼女たちが、生活の中で、ふと人生を振り返った時にいつもそこに”蘇州館”が存在しているだろう、と思うと私は至極嬉しい気持ちになる。
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2012/10/11

秋高気爽  季節

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今日の雲、絵に描いたような雲だった。秋の空は美しい〜 秋高気爽!

教室に新しい英語の先生をお迎えした。これで英語の先生は二人目。また素晴らしい方で、こんな方にめぐり会えたというのは、私は何という幸せ者なんだろうと思う。

実は、今、三人目の英語講師を探していて(レッスン時間の関係で、もう一人英語講師が必要)、やはり色々試行錯誤、四苦八苦している私。それで先日、カフェレッスンなるものに行ってみた。

正直本当にガックリ!・・・っていうか、巷のカフェレッスンってこんなにレベル低いの?とちょっと驚き・・・。多分、当たり外れがあって、私はその”外れ”だったのだと思うけれど。

例え、良い方に出会ったとしても、やはり”教室”という空間でレッスンをするのと、カフェとでは、まったくその”レッスンの質”が異なる。

・・・てなことで、カフェレッスンで講師を探すのも諦め、また色々考えているこの頃。

とりあえず、今来て下さっている英語講師の2名の方は、本当に素晴らしい先生!感謝!
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2012/10/10

桂花の季節  

先週くらいから、キンモクセイの香りがあちこちで漂うようになった。キンモクセイの季節・・・いいなぁ・・・。

キンモクセイは、中国語で「桂花」。中国では、食用としてよく使われるのだけれど、日本人になじみがあるのは「桂花鎮酒」。あまくておいしいと思う。中国では、その他に「桂花茶」も有るし、漢方薬としてもよく使われている。

蘇州市の”市花”は、キンモクセイ。もちろん蘇州でも、あちこちでキンモクセイの香りがする。いい季節になってきたなぁ・・・
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2012/10/9

学ぶ者の気持ち  独り言

学ぶ方にも、学ぶ姿勢というのは色々求められると思うけれど、まず、学ぶ者の思いは一つしかないと思う。

「上達したい」

しかも、それは”楽しく上達したい”というのが根本にあるはず。自ら学ぶという事は、それが好きだから学びたいと思うのであって、好きな事をするのに楽しく無い事は求めないはず。つまり、

好き→学びたい→学ぶ(時間とお金を使う)→楽しむ→上達する→好き→学びたい・・・

この繰り返しではないだろうか?

では、もしこの”上達する”が無くなった場合、その人はどういう判断をするだろうか?まず、上達しない原因を考えるはず。外的要因(講師など)の原因か、内的要因(自分に問題があって)の原因か・・・。

この”上達する”という部分においては、講師、学ぶ環境にも影響を受けるが、基本的にやはり”自分”だと思う。理想なのか逃避なのか、自分が上手くいかない時には、どうしても外的要因に原因を求めがちだが、でも実際は自分の問題で、なかなかそれを受入れられなかったりする。

ただ、講師としては、どれだけそのお手伝いを真摯な気持ちでしているか・・・講師も努力を惜しんでいないかどうか・・・これは非常に重要なポイントだと思う。
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2012/10/8

極める人  独り言

昨日は二胡コンサートに行ったのだけれど、極める人のすごさを目の当たりにした、という感じだった。

学ぶ者にとっては、自分の師匠が”極めている人”、もしくは”極める事に努力を惜しまない人”である事は、本当に嬉しい事だと思う。自分がそれだけレベルの高い先生に教えて頂ける、という満足感が得られると思う。

私は今、フラメンコ、ピアノ、英語を習っている。習い事をする理由の一つは、仕事オンリー、中国オンリーという”オンリー”な人になってはいけないと思う事。もう一つの理由は、学ぶ人の立場に立ち、自分が教える事、また教室を運営する事を見直したいと思うから。

それぞれ、どの先生もやはり極めておられる方。ピアノの先生は、色んな賞を受賞され、音楽大学の講師でもあり、年に何回かコンサートを開かれるというプロの方。フラメンコの先生も、舞踊という舞踊は片っ端から学ばれた事があり、音楽にも長け(フラメンコは音楽性もかなり必要)、もちろんプロ。

プロというのは、”それで生活している”という事で・・・。芸術で生計を立てる事ができる人というのは、ピラミッドの頂点に立つほどの人しかいない。そこまで極められる方というのは、努力と才能のたまもので、間近でそういう方に接することができる、というのは本当に恵まれた事だと思う。

二胡の先生も、いつも教室に来て下さって、教えておられる所をちらちらと拝見するだけだったのだけれど、今回のコンサートでは、この”極める人”のすごさを今更ながらに教えられた、という感じだった。芸術ってすごい・・・ああ、芸術の秋。
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2012/10/7

二胡コンサート  教室

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今日は、教室で二胡を教えて下さっている先生のコンサートが有り、聴きに行った。

たっぷり2時間のコンサートで、先生も本当に大変だっただろうな・・・と思う。大曲を何曲も演奏され、感動、感動の2時間だった。

二胡というのは、あの音の深みを出すのがプロの技なんだろうと思った。二胡2重奏で、もう一人の方が一緒に演奏されるのだけれど、音色がまったく違う。その方も、先生が選ばれる程の方なので、きっととっても上手な方に違いない。でも、先生の音色とはほど遠く・・・これがプロの音色か・・・と驚くばかり・・・。

中国の曲でも、「シルクロード」の時はシルクロードの世界が・・・「蘇南小曲」の時は、蘇州などの江南地方の情景が・・・「二泉映月」の時には静かな月夜、月が泉に浮かんでいる風景が・・・。私は色んな世界にいざなわれた。目をつむると、その世界に引き込まれ・・・。

「ハナミズキ」ではせつなくてせつなくて・・・、最後の「秦腔主題隨想曲」では、中国の壮大さ、悠大さ、そして自然の荒々しさまでが伝わってきて、二胡という一つの楽器でここまで色んな世界を表現されるのかと驚き、感動せずにはいられなかった。
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2012/10/6

三連休、1日目  

だんじりのお陰で、土曜日がお休み。

実は、教室の前の道はちょうどだんじりの通り道で、毎年色々問題が起こる。先週も試験曳きの時に、ゴミやら駐車場の物品破損等で困り、昨晩もそれで夜遅くまで教室の駐車場で作業をしていた。帰宅したのは夜11時前・・・疲れた・・・。

今朝は久しぶりに朝9時まで寝た。子供の朝ご飯も作らず、寝させてもらった。非常に疲れていた・・・。昼からは、長男のソフトボールのお茶当番。

明日も午後から予定が入っている。連休だけれど、お休みの無い私・・・
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2012/10/4

断る時  教室

昨日、面接の話をしたけれど、面接ではもちろん、合格にする人より、不合格になる人の方が多い。必然的に、「断る」という事をしなければならない。

例えば、自分が就活をしたとして、不合格通知を受け取る程嫌なものはない。大抵は、紙切れ一枚に、「残念ですが、この度は・・・」のような文章が書かれていると思う。受け取った側には、不合格になった理由、根拠というのは分からない。それが普通だと思う。

でも、もし自分なら、非常に納得がいかないと思う。自分のどこが悪かったのか。どこが、他の人より劣っていたのか、もしくは、その会社に合わないと判断されたのか。知りたいと思う、私だったら。

だから、私は、不合格の連絡をする際には、必ずその理由を書く。大抵、絶対不合格になるのは、発音が悪いという原因。どの発音がどのように悪かったので、正しい発音を教える事に妥協できないという理由で、採用できないと通知する。

その他、人によって色んな理由が有り、私はそれをちゃんと伝える。そこまでする必要は無いのかもしれない。もし、大きな会社なら、一人一人にそんな事はしていられない。でも、私の教室は小さな教室だし、少しだけでも、その人の人生に関わった人間として、どうして彼らを断るに至ったかを説明し、それで彼らが次のステップアップにつなげていけるのなら、やはり伝えた方がいいだろうと思うから。

私の教室に通って下さっている方には見えない部分だけれど、今、私の教室に来てくれている講師たちというのは、そうして私が厳選して来てもらっている素晴らしい講師達。これは私が自信を持てるところ。
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2012/10/3

人を見極める  教室

新しいNHK朝の連続ドラマが始まった。梅ちゃん先生もなかなか良かったが、今回もまた違った雰囲気で、いい感じかも。

昨日は面接シーン。笑わせられた。就活、ホテルでの面接、「何故このホテルを希望しましたか?」の問いに、「社長になりたい!」と答えた主人公。そして、その後、面接中に携帯を見る面接官や、大きな音でくしゃみを何度もする面接官、人を見て話をしない面接官相手に、「それが面接する態度か!」と怒鳴ってしまう主人公。

それでも、今日の回で、面接は合格と通知が来た。

私もよく、中国人を面接する機会がある。本当に1回、1時間ほどの間で、初めて会う人がどういう人か、判断するのは非常に難しい。しかも、面接といえば、みんな猫をかぶっているはずだから。

基本的に、当然の事ながら、面接時間に遅れて来る人は問題外だ。日本人にとっては有り得ない話。ところが、中国人を面接していると、半分近くの人は遅刻してくる。本当に信じられないのだけれど。こっちを、”単なる小さな教室”と甘く見ているのだろう。

そういう人にはいつも言う。「まず、遅れると分かった時点で、連絡を入れるべきだ。」すると、「電話番号を控えてきていなかった。」と言う。そこからして既に、心構えがなっていない。

「あなたが就活して、会社の面接に遅刻するなんて有り得るの?遅刻した時点で、もう面接は受けられませんよね?」とも言ってあげる。私はやさしいのか、甘いのか、一応面接はする。面接してみて、「感じがいいな。優秀だな。」と思う人はいる。でも、大抵は不合格だ。

遅刻せず、ちゃんと面接時間の10分前に来る人だって多くいる。それでも、色んな原因で不合格にする人もいる。不合格通知をした後、ちゃんと挨拶の返事をする人もいる。こういう人とは、また機会があれば一緒に働きたいな、と思う。

不合格にされて、気分を害すだけの人と、私に感謝の気持ちと、熱い気持ちを言葉にしてメールで返事をしてくる人がいる。こういう時に、本当のその人の人柄って分かると思う。

短い時間で人を見極めるというのは、本当に難しいと思う。
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2012/10/2

長男の運動会  子育て

クリックすると元のサイズで表示しますもともと日曜だった運動会。台風で延期、今日開催された。風は涼しかったものの、外でずっと見るには暑い暑い・・・。この暑い中、ずっと運動会運営をされていた先生方はすごいな・・・と思った。

私はといえば、夫不在の中、写真撮影に忙しく、長男の出番になると、撮影コーナー(学校が4カ所設置してくれた、撮影する時だけに入ってよいスペース)へ行き、一生懸命撮影。それが終わると、少し遠くの影の有る場所で見学。その繰り返し。

クリックすると元のサイズで表示します平日になって、見学者は少ないかと思いきや、日曜開催時とほとんど変わらない状態。パパさん参加率もかなり高く、皆さん子供さんの為に仕事を調整して休まれたのだなぁ・・・と。この地域の人たちは、子育て熱心な方が多いんだなぁ・・・と改めて思い・・・。

うちはといえば、夫は東京出張。興味が無いことはないけど、行けなくてすっごく残念がっている感じもなく・・・。その辺り、ちょっと差を感じるけど・・・

長男たちの踊りは、「エイサー」という沖縄民謡の踊り。これがすごく良かった。運動神経の良い子供さんなら、運動会といえば我が子の活躍の場、色々見所もあるんだろうけれど。ま、うちはその辺りはあまり期待してなかったので、知り合いの子供さんたちを見て盛り上がったり・・・。

クリックすると元のサイズで表示しますあと、毎年すごく楽しみにしているのが、組立体操。これは本当に感動させられる。今年は、少しバラバラ感があったけど(音楽に合わすのが難しい)、でもやっぱり感動。涙が出てきた。素晴らしい!車椅子の女の子がいて、その子も一緒にできる事を一生懸命していたのがとても印象的だった。

それはすごく感動的で、周囲の子たちも、彼女が自分でできる事は彼女がする様に、助けが必要な時には、必要な事だけ必要な人がして・・・。それがすごく自然で、多分、普段の学校生活の中からずっと、みんながそういう関わり方を彼女としているのだろう、と感じられた。

組立体操はこれだけ大勢が心を一つにして作り出すもの。誰もが心を打たれる。周囲の人たちも、目に涙をためて見られていた。


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2012/10/1

歴史の中の私  中国

9月29日は、日中国交正常化40周年の日だった。元々、その記念式典が行われるはずが、今年は行われなかった。

この時、この正常化に踏み切った人物が田中角栄。その後のロッキード事件等、彼の汚点の方が印象が強いが、彼なくして今の日中関係は無い。

その後、1978年、松下幸之助氏と邓小平氏が会談、松下(現パナソニック)が中国の近代化に力を貸すと約束し、中国に家電工場を進出させていった。松下は、それから10年間で約30の工場を中国に建てていった。10年間で30工場といえば、1年に平均3工場。

もし田中角栄がいなければ・・・もし、邓小平がいなければ・・・私は夫と会う事もなかった。今、こうして子供が二人生まれている事もなかった。私は中国に行く事もなかった。

私は二十歳を過ぎた頃から、とにかく日本を脱出したい気持ちが強く、年に5,6回は海外旅行に一人で行っていた。あちこち、あちこち。中国以外の国で仕事を探した事もあった。ところが、最終的に中国に収った。

もし、日中の国交が成立していなければ、祖母も中国へ行く事はなかっただろうし(祖母は書道の先生、書道の道具を買いに1979年に蘇州を訪れている)、私も中国へ行けなかったし、邓小平が松下に中国の近代化をお願いしていなければ、私は蘇州の松下で働く事もなかった。

誰もがそうなんだろうけれど、自分は歴史の中で人生を刻んでいるんだなぁ・・・と思う。

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