2011/4/21

地域の子供を守る気持ち  独り言

放射能汚染問題、文部科学省が福島の子供たちの放射能受容基準を20ミリシーベルト/年にすることを発表した。大人でも本来1ミリシーベルト/年だったのに、その20倍だ。

市民と文部科学省との対談では話にならない。何も答えられない担当者を出席させ、責任者は雲隠れ。国は国民の命をどう考えているのだろう。国民があっての国なのに、国の立場を守ることばかりにやっきになっている。報道機関もスポンサーの関係で、事実をちゃんと伝えていない。

別の話。

今朝、交差点に立っていた時、犬の散歩をさせている年配の男性が、交差点に車が来たので子供たちを私が停めた時、

「車が停まってくれるから渡りなさい。」

と言って子供を渡らせた。まだ車は停まっていないどころか、あと2方向からも車がやってきた。その男性は横断歩道の真ん中に立ったまま、車に停車合図も何もなく、子供に向かって手を振り、子供たちを横断するよう促した。

私は思いあまり、

「車が停まってくれるとは限りません。子供は大人のような判断ができません。
 ここは危ないところです。ほら、まだ2方向から車が来たじゃないですか。」

と言ったが、その男性は子供たちを渡らせた。もちろん3台の車は仕方なく停まってくれたが、運転者たちも「何、この人?」という感じ(車が来ているのに、平然として横断歩道の真ん中に突っ立っている)。そして、子供たちが横断歩道を渡り終わった後も、3方向から向かい合った車も、どの車がどう先に動けばよいか、おろおろしている状態。車も危ない。

その人に聞きたい。自分の子供がまだ小学生の時に、我が子に向かって

「車が来ても、車が停まってくれるから、道を渡ってもいいよ。」

と指導、教育してきたのだろうか。本当に子供の安全、子供の安全意識を育ててあげよう、という思いはまったくないのではないだろうか。車は停まってくれるとは限らない。自分で自分を守らなければ!車が来たら停まる。飛び出さない。交通安全指導の基本ではないか。

「自分だったら」「これが我が子の身の上に起こった問題だったら」と考えられないなら、それは、人としての心を失ったも同じだ。
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