2010/6/30

バッシャーン!  子育て

今日夕方、長男のピアノレッスンが終わり、お迎えに行き、その後保育園に次男を迎えに行き、その足で二人を連れたまま教室に向かった。教室の裏で花の水遣りをしていたところ、次男が自分に水遣りをさせてくれ、とせがむ。

そこは、高い手すりがあり、その上から水をやらなければならず、ホースの先は手で握らないと水が出ないし、次男と一緒にやってあげるにも非常に不便だった。それで、「無理だから一緒にしない。」と言うのだが、次男は引かない。

そのうち、ホースを掴んで引っ張り出した・・・と、その時!

バッシャーーーン!!

ホースの頭が取れ、ホースから水が噴出した。それで次男は頭からビッショリ水に濡れてしまうし、私も服からズボンまでがびしょ濡れになってしまった。

だから言ったでしょーーー


特大カミナリがドッカーン!と落ちた。次男の着替えはまだ何とか持っていたから良かったものの、私はビショビショ。下着の透けたビショビショの服で、どうやって教室で生徒さんに対応すればよいのか。

最近本当に次男には手を焼かされる。
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2010/6/29

泣いた絵本  子育て

クリックすると元のサイズで表示します宮西達也氏の絵本といえば、子育てされているお母さんなら一度は手に取られたことがあるのではないだろうか?

私が初めて出会った彼の絵本は「さんせーい!」という絵本。5匹の狼の兄弟、名前はバル、ビル、ブル、ベル、ボル(つまり、バビブベボの兄弟)。その5匹が何を食べようか、という話で、5匹の兄弟が非常にお互いを思い合うシーンが繰り広げられる。おかしいんだけれど、すっごく心温まる話で、こんな兄弟だったらいいな、こんな友達同士だったらいいな、社会全体がこんなにやさしく暖かかったらいいな・・・と思わせられるお話だった。

今回、たまたま図書館で見つけた宮西達也氏の「ティラノサウルスシリーズ」の一冊。最初に読んだのは「きみはほんとうにステキだね」。最後には涙を流さずにはいられなかった。長男も何かを感じたのか、普段は「本を買って」とはあまり言わないのにシリーズ本を買ってというので2冊購入した。「ぼくにもそのあいをください」「わたしはあなたをあいしています」最後のシーンでは必ず涙がこぼれる。

感動した母は、残りのシリーズ6冊を全部購入した。機会があれば、是非図書館で借りて読んでみて下さい。本当に心が洗われ感動します。


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2010/6/28

計算通りにはいかない  子育て

今月もあと3日。6月30日までに、今日はあれやって、明日はあれやって、明後日最後にはあれやって・・・。7月1日の月初にはあれやって・・・。

全部計画立ててるのに・・・

今日は次男が39度を越える発熱 そんな計画も全部駄目になってしまう・・・。毎度ながらの愚痴だけど、男はいいよなー、子供の風邪で自分の仕事の計画が狂うって事は無いんだから。子供が風邪ひいて病院行くのも、付き添うのも全部母親の務め。男は絶対に子供の風邪に関係無く仕事に行く。

不公平だ たまには代わってくれ
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2010/6/27

ちょっと辛口だけれど  

昨日の投稿で「外国人は国際交流会に参加したくない」と書いたけれど、本当にそうなんだろうか?老板娘がそう思っているだけではないだろうか?

そう思われた人もいるだろう。では、近くで国際交流会などがあれば、一度参加して見てほしい。もしくは、自分に外国人の友人がいたら、聞いてみてもいいかもしれない。もし、その交流会で外国人がお金を稼ぐことができる、もしくは、自分の商売の宣伝になるようなプログラムなら、きっと彼らは積極的に参加していると思う。でも、そうではない単なるパーティー形式のようなものなら、自分から日本人と交流したいと思って来ている人は結構少ない。大抵は、主催者にお願いされて来ているボランティアだと思う。

つまり何が言いたいかって、すごく辛口かもしれないけれど、「真の国際交流」っていうのは、そんなに簡単なことじゃない、っていう事。ま、私の個人的考えだけれど。
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2010/6/26

本当の国際交流って・・・?  中国

クリックすると元のサイズで表示します人は「TAKE」=与えられる事、得る事ばかりに目がいってしまう。

よくある「国際交流会」のようなもの。ああいうのに大抵の外国人は行きたがらない。でも、外国人が来なければ「国際交流会」にはならないのだから、嫌がる外国人にどうやって参加してもらうか、というのが主催者の悩みの種になる。大抵は、”お礼”を準備することになるのだが、それでも外国人は参加したがらない。なぜか。

それは、日本人が、外国人から外国文化を紹介してもらいたい、外国人とその国の言葉を使ってお話したい、という目的で来るからだ。その外国人に対して、できるだけ日本語で喋ってあげたり、日本の紹介をしてあげたり、ということをあまりしないからだ。

つまり、よくある「国際交流会」は、日本人側が「TAKE」する事がメインにプログラムが組まれているとか、参加者自身に、外国人に日本の文化を伝えたり、相手が分かる日本語で話しかけてあげようという気持ちや努力や工夫に掛けていることがよくある。

本当の「国際交流」というのは、「GIVE」するところから始まるのではないだろうか?自分の方から相手に「GIVE」する。すると、相手は自然と「あ、私も”GIVE”してあげようかな。」という気持ちになって、「GIVE & TAKE」の形ができてくる。これこそが本当の「交流」なのではないだろうか?

今回、私はある集いを企画しているが、それについて提言できるような集いにしたいと思っている。

写真は教室内。PCの関係で、色を修復できないのが残念なんだけれど


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2010/6/25

夏の風物詩  

クリックすると元のサイズで表示します皆さんの家には同じようなものがあるだろうか? これは、蘇州人が夏に好んでよく使う敷物だ。

これは竹で作られているが、タクシーの運ちゃんも椅子にこれを敷いたり、会社でも皆、これを自宅から持参し、会社の椅子に敷いて座っている。じっと据わっていたら、竹も暖かくなるんだけれど、布のようにお尻がむれないので、好まれるのだろう。

また、ベッド用の竹の敷物もあり、夫などはそれを非常に好むのだが、私は嫌い。痛いから・・・(硬い)。寝る時は私はやっぱり柔らかい布団で寝るのが好き。


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2010/6/24

二人目ってそんなもん  子育て

クリックすると元のサイズで表示します昨日と今日、次男の保育園の参観日 ま、もちろん私も頑張って行くんだけれど、長男の時ほど必死にならないな 長男の時は必死で写真とビデオを撮りまくり、時間も最後までちゃんと見ていたけれど、次男のは撮る枚数も少ないし(あはは〜)、自由遊びの時間に入ったら、「もういいかなぁ・・・」と思い、帰宅するし・・・。

ちょっと記念に、長男が同じ年の同じ月の参観日に着ていた服と同じ服は着せてみたけれど・・・。

次男は家ではすっごい言う事きかない子なのに、保育園では見間違える程すっごくかしこい!先生の言うことを全然聞かない子も1/3くらいいたけど、その中で次男は”おにぎり座り”もきっちりできていて、クラスで一番かっこよかったくらい 驚くよねぇ〜

少し見たら、他のクラスも気になって、別のクラスの見学に行ったり、「ああ、あの先生、ピアノうまいなぁ〜」なんて思って聞いていたり。

保育園の先生って本当にすごい。自宅でピアノ練習もしなければいけないだろうし、毎日親とのやり取りがあって、保育時間もあんなに長いのに、その保育の準備もしなければならない。今日は次男の参観ながら、次男より他のことに色々目がいく私であった。


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2010/6/23

中国人は”混”が好き  中国

ま、これは中国人に限ったことではなく、日本人にだってそういう人はいる。でも、中国人のそれは非常に蔓延しているし、8〜9割りの人は”混”することが正義とまで思っているかのようだ。

では、中国語の”混(hun4)”とはどういう意味か?「混ぜる」・・・? もちろんその意味もあるが、例えば

他是混混的(彼は”混混”な奴だ)。

と言うと、ちょっとしたけなし言葉になる。日本語では表現しにくいが、「手抜き、楽して仕事しながら、うまく仕事をこなしているように見せかけ、評価は良い評価を得られ、うまくやっている。」という感じだろうか。つまり、ズル賢い奴・・・みたいな感じかな。

例えば、同じ職場で自分はすっごく一生懸命働いているのに、実際は非常にだらけ、手抜きし、楽して仕事をしながら、人間関係だけはちゃっかりうまく作り、上司や会社から高い評価を受けている同僚がいたら、きっと嫉むに違いない。そういう時に、その同僚のことを

他是混混的(あいつは”混混”な奴だ)。

と言うのだ。そういう時、自分は”混”できない不器用さに、ちょっとした嫉妬心があるようだ。中国では、”混”できて出世していくとか、人生順調に進んでいくとか、”混”ができる=有能、勝ち組。”混”できない=無能、負け組。となっている。

もちろん、身を粉にして一生懸命働く真面目な真面目な中国人だって、いるんだけれど・・・でもそれは少数派。もちろん私は”混”する人は嫌いなタイプ。でも、本当に社会全体や会社が、”混”する人を高く評価しているところに自分が入っていったら、それはもう、どうしようもないと思う。

中国は甘くない。誰が”混”しているかなんて、日本人の目、上司、幹部の目には映らないから。そんな簡単な社会じゃない。駐在している日本人の目に見えているのは、本当に薄い薄い膜一面の表面だけって思っておいた方がいいだろう。
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2010/6/22

”ありがとう”を言う範囲  独り言

私はたった一度だけアメリカ旅行に行ったことがある。その時に驚いたのは、

"Thank you!" "Your welcome!"

このやり取りが非常に多かったこと。レストランでお水を持ってきてくれたウェイターに"Thank you!" 、ウェイターも"Your welcome!"と答える。バスから降りる時に乗客が運転手に向かって"Thank you!" 、運転手も"Your welcome!"と答える。

まぁ、なんて素敵な国

と思ったことを覚えている。日本でもよく「ありがとう」は言うが、「ありがとう」にまでいかない程度の時は、「すみません」と言ったりする。「すみません」の中に「ありがとう」という意味が含まれている。実は、この「ありがとう」の意味の「すみません」を日本人が使う事は非常に多いと思う。

では、中国人はどうか。ご存知の通り、中国人はめったやたらに「謝謝!」は言わない。日本人の「すみません」にあたる「不好意思」はよく使うが、やはり「謝謝!」はほとんど聞かない。中国で、頭を下げて「謝謝!」と日本人はよく言うが、そういう日本人を見て、中国人は「日本人って本当に礼儀正しいよね〜」とよく言っている。
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2010/6/21

距離  中国

人と話をする時、その話をする相手との立つ位置の距離、というのがある。その距離は、その相手との関係の親密度に比例するのではないだろうか?相手によって、これ以上近寄って話しをされると、ちょっと気まずい・・・という距離があると思う。

この”立ち位置距離”だが、中国人は非常に近いような気がする。唾がペッペッと飛ぶくらいの至近距離に、初めて会う男性が立って話しかける。公共の乗り物の中で、他にも空いている空間がたくさんあるのに、何故かピッタリくっついてくる(こういう時、私は「スリかも・・・」思いと注意するが)。

また、物理的な距離だけではなく、会話の内容でも、会ったばかりの人と、そんな話はしないでしょー!というような話もベラベラ喋ったりする。バス停でバスを待っている時に、見知らぬおばさん同士が、家の遺産相続問題について語り合っている。しかも大声で、他の人にも思いっきり聞こえてるし・・・。そんな事、日本では有り得ないと思うけど・・・。

でも、中国では日常茶飯事だ。人との間で保ちたい距離感が違うように感じる。
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2010/6/20

老朋友  中国

先日、うちの教室のブログにある講師が「老朋友」(←その投稿内容はここをクリック)について投稿していた。非常にうまく表現していると思うが、ここでもう少し私の考えを書いてみたい。

中国人でも一般的に、北の人間は情が深く、喜怒哀楽がはっきりしていて、人にも親切であり、南の人間は非常に警戒心が強く、他人に親切にしない、という傾向がある。最近の大都市では、南北を問わず、往々にして外国人に対しては親切な中国人が多いが、それが心からの親切心なのかどうかは、すぐに信頼してはいけないと思う。

日中友好交流が好きな日本人がいると、大抵の人は、来日中の中国人に親切にしたいと思っているし、その中国人と仲良くなりたい、お互いに親身になりたい、と願っている。非常に善良な人が多い。

ところが、中国人は果たしてそう思っているだろうか?来日中の中国人であれ、中国にいる中国人であれ、日本人が思うほど、日本人と友達になりたい、と思っている中国人はいるのだろうか?もしくは、思っても、日本人が求めるほどの深い関係になろう、とは思っていないのではないだろうか?

つまり、簡単に言えば、日本人側は中国人に「老朋友」の関係を求めているが、中国人にとっての「老朋友」というのは、そんなに簡単な関係ではないという事だ。中国人にとって、本当に心底信頼できる「老朋友」というのは、もしかしたら、一生に一人いるかいないか、だし、「老朋友なんていない」、と思っている人も多くいるだろう。

日本人は、「私は彼の老朋友になった」と思っていても、必ずしも中国人側はそうは思っていない事はよくあると思う。それが日本人が気づいていないだけだと思う。

だからといって、そういう中国人がまったくいないという事ではないし、友人関係が築けないというわけでもない。要は、その関係の深さの認識、要求する心理に日中の違いがある、ということは知っておいた方がいいと私は思っている。
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2010/6/19

次男語録  独り言

今日は兄にパソコンのリカバリーをお願いしているが、備えあれば憂い無し、とはよく言ったものだ。もっとしっかり、データのバックアップを取っていれば・・・と後悔 大抵のデータはバックアップを取っているが、2,3のデータはバックアップを取っていなかった・・・

さて、気を取り直し・・・
昨晩は久しぶりに蘇州の父とネットでチャット。夫はほぼ毎日義父とチャットしているが、私は子供を寝かせるので必死。昨日はたまたまタイミング良く、10分ほどチャットができた。

次男が今はチャットになると大張り切り

イエイエー!イエイエー!
(おじいちゃーん、おじいちゃーん
ナイナイなー?ナイナイなー?
(おばあちゃんはー?)
どんぐりころころどんぐりこー
おいけにはまってさーたいへんー
ちゅーりっぷぅーのーはーなーがー


うるさい・・・停まらない・・・

なんと便利な世の中になったことだろう。一昔前は”テレビ電話”なんて聞くと、「そんなのすっごい設備を備えられるお金持ちにだけ使えるものよ。」なんて思っていたのに、普通に家のパソコンで相手を見ながらお話できるんだから・・・

次男は、飛行機に乗るとイエイエ、ナイナイ(蘇州の祖父母)に会いに行けると思っているようだ。

ひこーきのるねん、ひこーき
フェイジー(飛行機)、フェイジー


はいはい、乗って下さいね〜
今度いつ行こうか・・・
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2010/6/18

パソコン壊れた・・・  今日の出来事

パソコンと携帯、これは私にとって服を着るのと同じくらい大切なもの。それが無ければ生活できないくらいの存在になっている。

そのパソコンが昨日壊れた・・・

ガ〜〜〜ン

どうするのよー!まずメールチェックができない。それと、教室の色んな大切なデータをどうするのか。もちろんバックアップは取っているが・・・。

こういう時こそ兄頼み
お兄ちゃ〜ん、助けてぇ〜

(今日は教室のパソコンでブログを更新)
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2010/6/17

国際結婚は難しい  国際結婚

普段あまり意識していないけれど、うちは国際結婚なんだなぁ、と思う。
普段あまり意識していないけれど、うちの子供たちはハーフなんだなぁ、と思う。

中国人って見た目が日本人とほとんど変わらないから、相方が外国人なんだって意識しないんだけれど、やっぱりそうなんだ。家の中で中国語で話すのも、別に私たちにとっては全然違和感ないので、その辺りが他の家庭と違うっていう事も普段はすっかり忘れている。

国際結婚の第一関門は、まず、夫婦どちらの祖国で生きていくか、という問題だ。これが一番大きな問題だろう。どちらかが自分の祖国から離れ、伴侶の祖国に骨を埋める覚悟をしなければならない。祖国には自分の家族親戚友人もたくさんいる。家族たちから自分だけが一人離れて生きていかなければならないのだ。そこまでして伴侶と添い遂げたい、という思いになれるかどうか、ということだ。

第二関門は、祖国を離れた方が、伴侶の祖国になじんで生活していけるかどうか、という問題だ。水、気候、生活習慣、言語など、超えなければならない障害はたくさんある。

第三関門は、生活の経済基盤をどのように築くか、という問題だ。もともと経済力のある伴侶の祖国で暮らしていく場合はよいが、例えば夫が妻の祖国で外国人として暮らしていく場合、夫がどのように外国で就職し、収入を安定させるか、という問題だ。

この3拍子がうまく揃わなければ、国際結婚は続かない。私の友人の中にも、経済的理由(第三関門)の為に中国を選び、中国で生活していた友人も2,3人いるが、本人が中国の生活習慣に慣れることが非常に困難で、うまくいっている例はあまり無い。第一関門の、どちらの国で住むか、というところで、もう既にお互いが譲れずに別居状態になるケースも私の友人の中で2,3ある。

そう考えてみると、今私がこうして、夫と日本で生活していけるのも、すべて夫の努力の賜物によるところと言える。感謝、感謝・・・。
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2010/6/16

一人でも行動できる人に・・・  子育て

今月に入ってからずっと、毎朝私は近所の四つ角に立ち、通学する小学生たちを見守っている。たったの20分程度のことだ。7時30分に家を出て、7時50分に家に戻る。長男は、同じ7時30分に一緒に家を出る。

以前一緒に通学する約束をしていたお友達は、大抵7時45分くらいにその角に来る。そのお友達と一緒に行くこともあるが、今週は長男はずっと一人で学校に行っている。

長男が私に聞く。
「ママ、もう行ってもいい?」
「一人で行くの?大丈夫?」
「うん。」
「じゃあ、行っておいで。」
一人で行くことに、何ら抵抗も無く、淋しいとかも思っていないようだ。私はそれでいいと思う。

だからといって、長男が本当に協調性が無いかというと、学校(集団)の中では、やるべき時にやるべき事は皆と一緒にできているのだ。家ではわがままだが、学校の中で、給食中に走り回るとか、授業中に立って自由行動するとか、そういう事は絶対無い。

前にも少し書いたが、要は、日本人はツレションが好き。特に、ママさん世代は自分の子供たちにもツレション文化を守ってほしい願望があるようで、一緒に行くと決めたら絶対その子と一緒に行く。友達の輪を親が決め、親が子供の”友達の輪”を管理しようとしているのだと思う。(最近は安全面の問題もあり、何かあった時の為に、いつも決まった輪で、親同士も見知りあい、親同士がいつでも連絡できる関係を作っておく、というのも理解できるのだが。)

私はそこまで子供を縛ろうとは思わない。子供の輪は、日によって、時によって変わってもいいし、そこまで私は関与しない。それは子供の世界で、子供が作っていけばいいことだと思う。長男が、輪に入ったり、輪に入らず自分一人で行動したり・・・それでいいと思う。私は反対に、長男が一人でも自分のやりたい事を自分で行動に移せる姿を見る方が嬉しい。

他のママさんたちから何をどんなに言われても、私は自信を持って長男の味方でいようと思う。
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