2010/1/31

ベイブレード大会  今日の出来事

今日は長男のお友達4人がうちに遊びに来てくれた。3人女の子と、その兄弟の1歳半の男の子。もともとNちゃんとクッキー作りをしよう、と言っていたが、長男がSちゃんと「ベイブレード」の話しで盛り上がり、ベイブレードで対決もしよう、ということになった。

Sちゃんのパパは、うちで「ベイブレード大会」をすると聞くやいなや、早速電器屋さんに駒を3つ買出しに行ったそうだ(あはは〜) 私も先週大阪市内で3つ駒を購入してきたが、まだ足りない物があると、父が別の店にまた買出しに行っていた 本当に誰の為のおもちゃなんだか・・・

今日は、ホットケーキミックスで、マフィンとクッキーをみんなで大量に作り、トッピングを楽しみながら、おいしく頂いた 食べた後は、ベイブレードを楽しむ子もあり、お絵かきを楽しむ子もあり、みんなそれぞれ楽しく遊んでいた。にぎやかで楽しい休日であった
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2010/1/30

英語の手紙  独り言

私は昨日、英語で手紙を書いた。送り先はエチオピア そんな所に手紙が届くのかしら〜?

封筒の中には、色鉛筆、小さなノート、絵葉書を入れた。普通のエアーメールで約10日間ほどかかるそうだ。送った後、なんだかとっても嬉しい気分になってきた。ちゃんと届くだろうか?

ある新聞広告がきっかけで、「ワールド・ビジョン」というNPOの「チャイルドスポンサー」に応募したのだ。ホームページで調べてみると、発展途上国の子供たちの自立支援をするシステムで、その地域全体の活性化も手伝う組織のようだ。私は、その「地域全体が自立できるように支援していく」という主旨に非常に共感を覚え、応募することにした。

応募の際、支援地域を選べるのだが、私はあえて選ばなかった。どこでも良い、としたら、エチオピアのある男の子のスポンサーに選ばれた。その男の子は5歳、私と誕生日が1日違い。

その男の子に手紙とプレゼントがちゃんと届きますように〜
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2010/1/29

”便利”の弊害  独り言

車を新車に買い換えて、車内でCDを聴けるようになった。毎朝子供たちを保育園に送って行く時、子供が好きな音楽を掛ける。

今朝、長男がCDを掛けて、ピコピコ曲を飛ばして、前後にピコピコ動かしまくるので叱った。

「辞めなさい!CD聴くなら、最初から全部ちゃんと聴きなさい。好きな音楽だけ掛けない!飛ばさず全部聴きなさい!」

昔はレコードやカセットテープで、今のCDのように簡単に曲を飛ばしたりできなかった。それもあって、「曲を飛ばして聴く」という習慣は無かった。ところが今の子供たちは、指一本で曲を自由に飛ばして聴くことができる。

でも、これって本当はとてもよくない事だと思う。何でも好きなものしか受け入れない、嫌いなものは聴きもしない。食事も同じ。好きなものは食べる、嫌いなものは食べない。人との付き合いも同じ。好きな人と付き合い、嫌いな人とは口も利かない。

それでいいのか?ダメだと思う。こういう小さな習慣(音楽を飛ばし、好きな曲だけ聴くような)から、子供はダメになっていっているのではないか?

「どんな音楽も、聞こえてくる音楽を全部聴きなさい。その音楽を演奏している人は、一生懸命演奏しているのよ。好きな曲が流れたら、ああ〜いいなぁ〜、と思ったらいいし、好きじゃない曲だったら、あんまり好きじゃないなぁ〜、と思っていたらいいの。」

今日子供にしつけたこと。間違っていますか?やっぱり私、厳しすぎ?
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2010/1/28

心に栄養を  独り言

人間も動物も生きている限り、何かを食べて生きている。これは体、肉体に対して栄養分を与え、生命をつないぐこと。食べなければ死んでしまう。

それと同じように、心にも栄養を与えてあげなければ、人間は生きていけないのではないか、と私は思う。じゃ、「心の栄養」って何だろう?

音楽を聴くことだったり、映画を見ることだったり。私は特に、本を読むのが一番の「心の栄養」になるように思う。

毎日イライラしたり、落ち込んだり、後悔したり、腹を立てたり。

「私ってダメだなぁ〜
「あの時こうしたら良かった〜
「なんであんな事してしまったんだろうぉ〜

毎日こればっかり・・・。
本当に人間できてない。情けない。未熟者。欠点だらけ。

そんな私を元気にしてくれるもの。最近は音楽もクラシックを聴く事が多い。でも、音楽だけじゃ復活できない。映画も見ていて楽しいけど、終わったらまた、色々思い出す。やっぱり一番心に栄養を与えてくれるのは本だと思う。

今、生徒さんにお借りした本、「あの戦争から遠く離れて」(NHK「遥かなる絆」の原作)を読んでいる。これを読んでいると、泣けて泣けて、涙が止まらない。この主人公の苦しみに比べたら、私なんて”へのカッパ(←これはカエル)”。生きる力を与えられる。寝る前に読むと、私の悩みなんかスッと吹っ飛ばされる感じだ。

毎日食べて体に栄養を与えてあげるのと同じように、心にも栄養を与えてあげなければ。人は「心身共に」元気でいなければ!
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2010/1/27

長男のブーム  子育て

最近長男は「ベイブレード」に夢中だ。ポケモンももちろん好きだが、まだポケモンのカードでちゃんと遊べない(ルールが難しい)のと、私たちがポケモンの電子ゲームを買い与えないので、今以上フィーバーすることもできない。

ところが、この「ベイブレード」、実際はアニメから流行ったものだが、遊びとしては単純な「こま」。昔は紐を巻きつけて駒をまわしたが、今は簡単にまわせる道具がある。

これにまた夢中になってるのが、うちの父 自分の昔ながらの駒を取り出し、長男と駒をぶつけ合って”戦い”をしている。

先日は私の双子の甥(つまり長男のいとこ)が来て、「ベイブレード」で遊んでいた。皆、一人に2,3個ずつ駒を持っていて、長男は一つしか駒を持っていなかった。今、どこに買いに行っても売切れ状態なのだ。

昨日難波に行った時、ついでにビッグ・カメラに寄って3つの駒を買ってきた。長男は当然喜んだが、意外に一緒に喜んでいたのが父

「おぉ〜!どこで買ってきたんや!良かった良かった

父大喜び・・・興奮してる・・・

昔、自分が幼少の頃遊んだ事を思い出すのかな〜
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2010/1/26

今日の収穫  今日の出来事

クリックすると元のサイズで表示します今日は何ヶ月ぶりかに大阪難波へ出かけた。田舎から都会に出る田舎っぺそのもの 寒いのは苦手だからとダウンジャケットを着ていくと、今日は暑くて暑くて・・・しかも都会は田舎より暖かい ゴワゴワのジャケットをずっと手に持ったまますごくジャマだった

今日は上海新天地とジュンク堂へ教材探しに行った。まず上海新天地へ・・・。中国語の教材ではこれと思ったものがまったく無く、そのままほぼ素通りと同じ感じで、次に食品売り場へ・・・。まだ午前中だったので人が少なく、私以外に2,3人の中国人男性客と二人の日本人女性客がいた。

二人の女性は「中国語の先生があれがどーのこーの言ってた。」などと言いながら物色している。私はお目当てのこれ!四川唐辛子調味料をゲット それ以外にいくつかの食品を購入。値段の高い中国茶のところはやはり素通り(あはは〜)

二人の女性は私の篭の中を見て、「へぇ、中国人はああいうの買うんだ〜」とか何だか言っている。

だーかーらーっ!
私、日本人だってゆーのっ!


もういいけど・・・。
その後ジュンク堂へ・・・。そこでは何冊かの教材をゲットできた。今回気付いたのは、中級レベルの教材が増えていたということ。一年前とは明らかに違う。やはり、中級レベルの学習人口が増えてきたのだろう。今後の中級以上レベルの教材開発がどうなっていくのか楽しみだ 

今日はそれだけでもかなり収穫があったな


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2010/1/25

その違和感を取りたい  教室

実は教室を建てた時から、私は教室の内装が気に入らなかった。

教室はログハウス。生徒さんが教室に入られたらホッとするようなそんな空間を持ちたいと思って選んだのだが・・・。でも、教室の中国家具とマッチしない!私はそれがずっとイヤだった。

でも、ログハウスに壁紙を張ったり内装をしてしまうと、ログハウスで建てた意味が無い 壁に色を塗ろうと思ったが、行者の担当者に「辞めた方がいい。木は呼吸しているから、できるだけ何も塗らずに使う方がよい。」と言われた。

でも、最近になって、やっぱりこの違和感がどうしての拭い去れず、どうにか中国風な雰囲気と、家具に合った雰囲気を部屋の中に作りたい、と強く思うようになってきた。現在、教室の壁に色をつける事を検討中。もちろん夫は(お金が掛かるので)大反対。

ログハウスの木の色と家具の色がまったく合わないこの違和感。どうにかしたい!家具のある部屋の中だけでも・・・。
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2010/1/24

そろそろまとめましょうか・・・  中国

今回のシリーズ、非常に長かったが、「どうすれば中国語が上手くなりますか?」という質問には、つまり非常に答えにくい(笑)、話せば長くなる、ということになる。

まとめると、どれもあくまで私の個人的意見になるが、

1.独学には限界がある。
   →質の良い教育を受けた方がよい。
2.仲間がいた方がよい。
   →中国好き、中国語学習が好き、という仲間から
    色んな刺激、影響を受ける方がよい。
3.中国には行った方がよい。
   →短期間であれ、長期間であれ、それが直接的に
    中国語能力アップには繋がらずとも、何らかの
    大きな影響を与えることには変わり無い。
4.習った中国語は使うこと。
   →「イン・アウト」の法則。
    「イン(学ぶ)」しただけ「アウトプット(使う)」
    することを繰り返す。
5.語学学習だけではなく、色んな角度からの
  中国文化も吸収していった方が良い。

こんなもんでしょうか・・・。うぅ〜ん、こんなに長く書いてきたが、やっぱり生徒さんたちからの質問に対するちゃんとした答えにはなっていないような気がする。申し訳ないm(_ _)m
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2010/1/23

喧嘩できる中国語力は必要か?  中国

中国で就職してからは、朝から晩までずっと中国語の中で生活し、正直日本語が恋しく思う日々だった。その為、帰ってまで中国語の本を開くことはなく、蘇州の家では日本のNHK番組を見ることができたので、家ではほとんどずっとNHKを見ていた。

会社では相変わらず中国語三昧の日々だったが、最初は蘇州語の方言に悩まされた。いじめもあった。最初は何故、こんないじめられ方をされるのか理解できず、半年たった頃、上司に相談した。それで一時的には仕事上のいじめは無くなった。でも、これは根本的な解決にはなっていなかった。

ある時、物流の主任である女性と仕事上で喧嘩になった。私は中国語でまくしたてるように彼女と言い争った。私は自分が正しいと思っていた。中国語で喧嘩ができるようになっていた自分にも驚いた。

確かに、感情的になった時、相手も自分も早口言葉で声を荒立てて話す中国語、ある程度の能力がないとできないかもしれない。でも、これは「間違えた使い方」だ。中国では絶対に相手の面子を立てなければならない。それがどんな立場の相手であっても、自分の部下であろうと、年下であろうと、相手を尊重する態度、やり方で接しなければならない。いくら中国語が流暢であろうと、中国社会のルールを知らず、横暴な中国語を喋っていれば、それは無用の長物かもしれない。

「中国語を学ぶ」という事は、中国社会のルールの中での「中国語の使い方」を知る事だと思う。語学の知識だけを学び、それを振りかざすように使うと、私のように失敗する。やっぱり私は反面教師。
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2010/1/22

私は劣等性  中国

一年留学した結果、中国語レベルはグンと上がった。この上達ぶりは、日本では達成できなかったと思う。でも、だからと言って、それで十分ではなかった。とりあえず、「一年」と区切った期間の中で、自分が目標としたレベルには到達したが、でも、それは最終的に私が描いている姿にはまだ遠かった。

私が中国語学習を始めて、その時で丸5年がたっていた。でも、当時留学修了後の私の中国語能力といえば、今、うちの教室で、まったくの初心者から始めて3年間学習した人と同じくらいのレベル。日本で週1回1時間のレッスンで3年勉強した人と、学習暦5年(内1年間留学)の私と同じ。私は独学の時間が長すぎた。これは、学習者としては無駄な時間を過ごしていたと言ってもいいと思う。

私は、あっちこっち色んな寄り道をしすぎたと思う。学習を休んだ期間も長かった。留学修了後、蘇州で就職したが、就職してから日本に帰国するまでの4年間、信じられないかもしれないが、一度たりとも辞書を開いたことがなかった。

私は学習者としては劣等性だ。でも、劣等性だからこそ自分自身を反面教師とし、こんな方法では上達しない、と分かる部分もある。生徒さんたちには、できるだけ真っ直ぐな(一番近道の)学習の路を歩んでほしいと思っている。
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2010/1/21

たったの一年じゃ足りない  中国

一年の長期留学。目標はHSK8級に合格すること。HSK8級は中国語検定3〜2級レベル。

大体こういう試験を受けるのはアジア人が多い。欧米人はあまり受けない。学校のテストでも成績がいいのは、大抵韓国人と日本人。でも、成績が良い韓国人と日本人も、実際の会話になると、欧米人たちには歯が立たなかった。韓国、日本人は漢字に頼る為、中国語の「音」に対して弱く、会話の応用力、臨機応変さに欠けるのだ。

私も1年間に3度HSKにトライし、3度目最後のテストで8級に合格した。本当はあと半年でも勉強を続けたかったが、日本でかかる年金、保険、税金と、中国の学費、生活費をこれ以上負担できなくなり、否が応でも就職しなければならなくなった。

元々北京留学も反対していた母、「一年で帰るから!」という約束で北京に来たが、その母に秘密で、中国での就職先を探し始めた。「まだ日本には帰れない!」という強い気持ちがあった。まだ、私の語学力が、中国人との自然な会話をするに不十分だと強く感じていたからだ。

これこそ「イン・アウト」の原理かな。留学中に「イン(学ぶ、吸収する)」はしたけど、「アウトプット(話す、使う)」が極端に少なかった。「イン・アウト」をバランス良く繰り返すことで、語学の実力がついていくのだと思う。「イン」したら「アウト」する、欧米人はこれが非常に上手だった。
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2010/1/20

私の答え  中国

本題からずれてしまっているが、要は、「どうすれば中国語が上手くなるか」、という問題。私が出した答えは「中国に住む」事で、まず長期留学することにした。

長期留学先も北京を選んだが、留学中は、それこそ一日中ずっと勉強三昧の日々だった。学校の授業が終わってからも、近くの塾に通い、夜は夜で宿題をしたり、ノートとペンを持ちながら中国のテレビを見たり・・・。

さすがに独学とは違った。ちゃんと学校で学ぶという事が如何に独学と異なるか、まざまざと体験したし、他の留学生たちからも色んな刺激を受けることができた。

人によってそれぞれ答えは違うと思う。私の場合、最初に「独学」という形で勉強し続けていた為、4年たっても2年目と変わらない自分の中国語レベルに大きな壁、高い高い壁を感じていた。でも、系統にのったきっちりとした教育課程で学ぶことで、その大きくて高い壁を自然に乗り越えていたのだ。たった1年間の留学だったが、「教わる」ことの意義を身を持って体験し、学ぶには「仲間」も非常に大切なのだ、ということを体験した。
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2010/1/19

元北京大学学生劉さん  中国

短期留学に、現地の付添人が3人いた。一人は社員、一人は学生アルバイト、一人は講師。社員は日本語ぺらぺら、アルバイト生も日本語が流暢だった。講師だけは日本語がまったくできなかった。

その社員は劉さんと言い、色々話をするうちに、元北京大学の学生で、天安門事件に関わった人だったと言う。天安門事件の後、奥さんと共に日本へ移り、奥さんと娘さんは当時ずっと日本で暮らしていて、劉さんも駐在という形で日本から派遣されていた。

天安門事件のことについては、あまり詳しく聞けなかった。聞きにくかった。でも、そこに中国人との間にある「線」が感じられた。

アルバイト生の王さんも、日本語は流暢だが、どうも腹を割って話してくれている感じがしなかった。

これは何だろう?言葉が通じても心が通じない感じ・・・。

短期留学から戻った後も、もやもやしていたのは、これもあった。言葉だけ上手くなっても、相手(中国人)に心を開いてもらえないなら意義が無い。

私は中国人社会に中国人と同じように入り込みたい!という強い思いを持ち始めた。

これは私が教室を開いているポリシーでもある。語学力として、中国語だけが上手くなっても、その国の文化、風習、社会的背景等を理解していなければ、中国人と本当に会話はできない。心があって言葉がある、その心がどこから来るか、それを理解してこそ本当に通じる会話ができるのだと思う。
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2010/1/18

短期留学では上達しない  中国

今思えば当然だ。たったの3週間現地に行ったからと言って、メキメキ中国語が上達し、行く前と比べて天と地も違う程上達するか・・・有り得ない 正直、中国語に関しては、まったくもって完全に何も上達はしなかった。(そんなにすぐ上達する方法があるなら、誰だってそうするよな・・・

短期留学は勉強半分、旅行半分、授業はクラスもレベル別に分かれる事なく、大学の敷地(教室)を借りて、業者が適当に授業をするだけ。中国語に関して、私がそこで得るものは、ほとんどまったく何も無かったと言ってもいい。だが、それ以上に私に大きい影響を与える体験をいくつかした。

1)「中国大好き!」という仲間がたくさんできた事。
2) 現地引率者の男性が、天安門事件に参加したことの
  ある人だった事。
3) 出張では行けない色んな観光地(世界遺産)へ行けた事。
4) 病院へ行った事。
5) 中国語が上達しなかった事。
6) 唯一授業で印象に残っていることは、授業中に
  「ジャスミンの花」の歌を先生が教えてくれ、
  それをクラス全員で一緒に歌う練習をしていると、
  外にいた出稼ぎ労働者の人も一緒に歌っていたこと。

とにかく、3週間短期留学から帰国し、上司と所長には感謝の意を述べ、頭を下げ、「これからも中国語を仕事に生かして頑張ります!」と言った。

ところがそれから1週間、私はずっとモヤモヤしていた。違う・・・そうじゃないんだ、ここままじゃダメなんだ。ここにずっといても同じなんだ。

1週間くらいたったある日、ポーン!と何かがはじけたように答えが見つかった。

「そうか中国に行けばいいんだ。」

私は会社を辞めて、本格的に北京留学へ行くことに決めた。
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2010/1/17

嘆願書を書いて行った短期留学  中国

入社して3年目の後半、短期留学を考え始め、色々調べて計画を立てた。当時はまだあまり種類が多くなかったのか、はっきり覚えていないが、とにかく「北京3週間短期留学」に絶対に行こう!と堅く心に決めた。

初めて北京に行ったのは94年頃、北京市内にはまだポツポツとしか車が走っておらず、黄色いバンのタクシーの全盛期だった。出張で行ったのだが、あの時の感覚は不思議としか言いようが無い。飛行機が北京空港に降り立った瞬間、私の心の中に「帰ってきた!」という強い思いが出てきた(初めて行った土地なのに)。説明できないんだけれど・・・。

ホテルに着いてすぐ、2時間くらい時間が空いていた。泊まったホテルから故宮博物館が非常に近かったので、タクシーで故宮博物館へ行った。当時はまだ、観光地の入り口は外国人と中国人に分かれ、荷物(鞄類)も持ち込み禁止だった。運転手がずっと案内してくれた。

「俺に黙ってついてきな。一言も話すなよ。場内で一言でも誰かに聞かれると、すぐに日本人って分かるからな。」
と言って、中国人料金で中国人入場口から入って行った。運転手はとても親切で、ポイントごとに中国語で私に色々説明してくれたが、私はチンプンカンプンだった。

その故宮博物館でも不思議な感覚を覚えた。ある中庭を通った時、そこで遊ぶ当時(宮廷時代)の子供たちの幻を見たような気がした。とにかく、北京は私に縁がある地に思えた。

そんなわけで、北京には強い思い入れもあり、北京短期留学を選んだわけだが・・・。3週間ものそんなに長い休暇が取れるかどうか。当時の上司に相談した。あくまで「今後の仕事の為に、語学力を伸ばす目的で」という、仕事メインの理由で夏休みと有給休暇を合わせて3週間休ませて欲しいと相談した。素晴らしい上司だ!私に、「営業所所長宛に嘆願書を書きなさい。」と言い、私と一緒に所長に頭を下げて嘆願して下さった。

私は入社4年目の夏休みに3週間北京短期留学に行けることになった。短期留学とはいえ、授業は午前中だけ、午後は観光だった。たったの3週間だったが、それは私に大きな影響を与えた。これが私の転機になったと言ってもいいと思う。
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