2009/1/31

網婚  

今、中国の社会現象として「网婚(wǎng hūn)」が取りざたされている。もともと「网络(wǎng luò)」といえば「インターネット」のことで、「网恋(wǎng liàn)」という言葉も数年前からある。これは、インターネットで恋愛することだ。(インターネットを通して知り合い、恋愛を始めた人も含む) この「网婚(wǎng hūn)」も、インターネットを通して知り合い結婚した人たちのことを指すのかと思えば・・・。

今日教室でこの話を講師としていると、「网婚(wǎng hūn)」は、「インターネット上の婚姻関係」のことを指すと言う。元々は、インターネットで恋愛するところから始まり、そのままネット上で結婚する。以前は若い子がしていた事が、現在では、実際の婚姻生活に満足していない大人が、ネット上で別の人と婚姻生活を送るという問題に発展している。もちろん、その相手とは会ったこともないわけだが、それでも架空に別の婚姻関係が作られているのだから、これを浮気と呼ぶのか、二重婚と呼ぶのか、これを法律的にどう扱えばいいのか・・・。なんと、中国では人々がそこまでネットに頼る生活をしているのか・・・。人はやっぱり実生活で実際の人と会って触れ合い、コミュニケーションを取る方が、きっと健康的な生活を送れるだろうと思う。
0

2009/1/30

私のおばちゃん  

実は、私が初めて中国語を喋ったのは、「ニーハオ」でも「シエシエ」でもない。

「父亲, 回来了吗? 太辛苦了!(Fùqin, huílaile ma? Tài xīnkǔ le!)」
お父さん、帰ってきたの? お疲れ様!

これが私が初めて覚えて喋った中国語だ。まだ4,5歳の頃だろうか、「おばちゃん」に教えてもらい、おもしろい音だなぁ・・・と思いながら、「おばちゃん」を真似て喋っていた。もちろん、発音は日本語発音、中国語だとは知らず「フーチン、ホイライラマ、タイシンクーラ」という感じで、何度も何度も繰り返し喋っていた。それが中国語だったと分かったのは、私が中国語を勉強し始めて2,3年たってからだった。

先日、私は両親と共に「おばちゃん」の家を訪れた。「おばちゃん」は私が幼少の頃から小学生の頃まで、両親が仕事で不在の時に我が子のようにかわいがって下さった方だ。

年末に喪中のはがきを頂き驚いた。ご主人が亡くなられていたとのこと。「おばちゃん」とそのご主人は、戦争中から中国へ渡り、戦後帰国できず10年間も中国全土を八路軍と共に歩いて移動され、激動の中国で生き抜いて来られた方だ。そのご主人が書かれた手記も教室の本棚に置いてある。

おばちゃん、元気そうで良かった。また暖かくなった頃に、おばちゃんに会いに行きたい。
0

2009/1/29

30分の余裕  

うちは長男次男共に保育園通い、毎日保育園への送り迎えという仕事がある。朝は掃除、洗濯を終わらせて保育園へ送り、教室からの帰り道に保育園へ迎えに行く。帰宅後のお風呂と食事の時間を考えると、5分の余裕も無いくらい毎日バタバタ

ところが今日は、自宅で作業する用事があった為(現在、教室の椅子カバー作成中)、午後から自宅でいた。作業を少し早く切り上げ、4時前にまず次男を迎えに行った。なかなか一緒にいてあげられる時間が無いので、今日は暖かいし、早い目に行って園庭で少し一緒に遊んであげようと思った。長男は、園庭での遊び時間が4時過ぎから始まるので、少し遊ばせてあげてから帰ることにした。

たったの30分の余裕なんだけど、私自身の心境が違う。それが子供にも伝わるんで、子供たちもゆったりしてる。一緒に遊べたので次男も今晩は非常に落ち着いていた。普段から、このくらいの余裕は子供の為に作ってあげないといけないな。
0

2009/1/28

予防接種  

何もこの時期にわざわざ病院へ行かなくてもいいじゃないか・・・と思うが。先週は次男の予防接種、今日はまた長男の予防接種の為に病院へ子供を連れて行った。

今、インフルエンザがとても流行っているらしい。先週は一番ですぐに診察室へ入れたが、今日は1時間半待ち マスクをした子供ちゃん、冷えピタを貼った子供ちゃん、咳をしている大人・・・色々いる。こわぁ〜 元気な子供に移るじゃないか 私は外で長男と待つことにした。

子供に予防接種を受けさせるというのも大仕事だ。子供の健康状態にも非常に気をつけなければならないし、決められたタイミングを守らなければならない。結局こういうのは母親が全部管理しているもので・・・母たるもの、責任重大よ(おい、そこの夫、分かってんのかぁー! 今、横で中国春節の歌番組を見ている・・・)
0

2009/1/27

中国の物は安いとは限らない  

日本のメディアは中国の悪い面をよく報道する。それは事実ではあると思うが、偏った報道の仕方だと思う。

うちの教室には、高級紅木彫刻家具が置かれ、生徒さんたちはその家具に座って授業をしている。これらの家具は、中国でも普通は置物、飾り物として使われるくらいで、実際に座って使われることはあまり無い。そのくらい高価なものだ。

中国の物は何でも安くて品質が悪い・・・という印象があるが、中国でも本当に良い物は価格も非常に高いし、日本では入手できないくらい高価で品質の良いものだ。義母が来日する時には、いつも山のようなお土産を持ってきてくれるのだが、私の家族にプレゼントしてくれる衣料品など、本当にすごくいい物だ。もちろん中国で買っても、そういうものは高い。

中国にだって、本当にいい物はたくさんある。ただ、それ以上に粗悪なものが多すぎ・・・という現実もあるのだが。中国のいいところも、もっと伝わっていいはずのにな・・・。
0

2009/1/26

お正月  

祝 新年快楽! 今日が中国のお正月。昨日は中国の友人に電話したり、メールしたり・・・。皆それぞれ新年を過ごしていた。

中国ではあまり年賀状というものは書かないので、大抵相手に電話をかける。昨日はなかなか電話がつながらず、友人一人とだけ電話が通じたが、ひっきりなしに電話が掛かっているのだろう、私が電話した時も「電話中です、しばらくそのままお待ち下さい」というアナウンスが流れてから本人が出た。でも、2,3分も喋らないうちに、ちゃんと挨拶もしないまま、なんだか急いで電話を切られてしまった

今日はもう一つの家族、蘇州で私を本当の家族のようにかわいがってくれた人の家に電話した。今日はそれほど電話回線が込んでいなかった為、すぐに通じて、ゆっくり話しができた。

「いつ蘇州に帰ってくるの?」と聞かれ、「子供二人を連れて飛行機に乗るのはお金が高くつくからね、ちょっと考えているの。私一人帰っても仕方ないでしょー、私一人だけだったら皆に怒られるよ、”おまえの顔が見たいんじゃない”って。子供は絶対に一緒に連れていかないと・・・・」と答えると笑っていた。はぁ・・・やっぱそろそろ蘇州行き、考えないといけないよなぁ・・・。
0

2009/1/25

大年夜  

クリックすると元のサイズで表示します今日は中国の大晦日、大年夜。さぁ、今日うちの家は大忙しだ!朝から3人の男共の髪の毛をカット 子供二人に30分、夫に30分、1時間かけて3人のカット。次男はまだ(あさってで)1歳4ヶ月なのに、カットの時はかしこくジッとしてくれている。長男など、つい最近やっとジッとするようになったというのに・・・

その後買い物。蘇州では大年夜に、家族団らんを象徴する「小圓子」を食べる。それを作る為に、白玉団子の粉を買いに行った。小さな袋で170円くらい、夫が「高いなぁ」と言う。同じ棚に、「米の粉」「もちの粉」「だんごの粉」というのもある。米の粉が130円くらいで一番安い 説明を見てみると、鏡餅などを作るのに使われる粉だ。それが一番安かったので、夫がそれを買おうとする

「ちゃうちゃう!”白玉団子の粉”やないとあかんって!」と、それぞれの粉の説明をするが、夫は私を信じない。たったの40円の差やのに、なんでそんなに値段にこだわるねん
クリックすると元のサイズで表示しますとりあえず、「だんごの粉」と「白玉団子の粉」の2種類を買って帰って作り始めた。夫は「(2種類の粉を)混ぜようか?」と言うが、私が「ダメ!」と言うと、20円安かった「だんごの粉」から使い始めた。貧乏性やなぁ・・・

そうやって作り始めたのがこのお団子たち 蘇州では小さい団子にする。作りながら、蘇州の家族とネットでチャット。夫の兄が、「○○(夫)が作ったら、団子の大きさがまちまちや!」と笑って言う。うぅ〜ん、確かに大きさ色々あるよなぁ・・・ 夫の兄は料理がすごく上手なのだ。
クリックすると元のサイズで表示しますそうして出来上がったのがこちら。右側のは、私が餃子の皮であんこを入れて作った点心 さぁ、今晩は中国全国盛り上がるだろうなぁ 祝 新年快楽!
0

2009/1/24

年末の思い出C  

祖母の家は暖房設備が無かったので寒かった。皆、家の中なのに、外で着るオーバー類を着たままでいた。お料理が食卓の上に置かれると、お料理から湯気がもくもくと立っていた。さぁ、皆で食事をするという時間、ご飯をお碗に入れると、食卓からもっと湯気が立ち上がった。

全員で10名という人数、なんとかぎりぎり食卓を囲んでみんなで食べ始めた。どんな料理だったかは忘れたが、魚料理があった。中国語で「年年有魚(余)」と言い、裕福でいられますようにという縁起をかつぐ料理だ。日本のおせち料理とよく似ている。

その魚料理を夫が祖母に取り分けてあげていた。夫だけではなく、義兄も義母も、どんどん祖母のお皿に入れてあげる。「いいよ、いいよ、もういいよ。」と祖母が言うのだが、皆は「たくさん食べな。」と言って入れてあげていた。祖母も「いらない」と言いながら、入れてもらったおかずは全部食べていた。それも私には不思議な光景だった。

「いらないって言ってるのに、なんでまだ入れるのかなぁ?おばあさんも、いらないって言ったけど、全部食べてるなぁ・・・本当は食べれるの?それとも無理して食べているんだろうか?」 色々考えながら、私は自分の分をパクパク食べていた。
0

2009/1/23

年末の思い出B  

私にとってはすごく珍しい儀式だったのだが、義母も、祖母の為にやってあげている、という感じだったし、他の人は全然見向きもせずに奥の部屋で喋っているだけなのも印象的だった。夫いわく、こういった昔の風習を最近の若者は重視しなくなってきているとのこと。

これを日本に置き換えて考えても同じことがいえる。玄関にしめ縄や門松をお正月に飾らない家は多い。昔は車にもつける人が多かったのに。家の中に鏡餅を飾る家も少なくなったのではないだろうか。私の家でも、このどれもしなくなった。

この儀式の間は、一応誰も祖母の邪魔にならないようにと、その部屋には入ってこなかったが、儀式が終わると叔母が部屋に入ってきた。叔母とはその時初対面だった。初めて見た日本人の女の子(当時は”女の子”だった)だったのだろう、息継ぎしているんだろうか・・・と思うくらいのスピードで私に話しかけてきた。

その叔母の話す中国語の速いこと速いこと 弾丸のようにダダダダァー と話しかけられ、私は心臓まで突かれたような心地だった。
0

2009/1/22

年末の思い出A  

それは私が初めて見た中国人の大年夜の過ごし方だった。

義父と義母が一生懸命たくさんの料理を作っている。確か料理の数は8種類(縁起が良い)、冷菜から野菜、お肉、スープなど色々あった。机いっぱいにお料理が並んでも、まだ誰も席に着く様子はなかった。そのうちに、祖母がお箸とお酒をつぐ用のコップを並べ始めた。日本では横向きにお箸を置くが、中国では縦に置く。コップにお酒を注ぎ始めた。3度でコップ一杯になるよう注いで行く。でも、まだ他の皆は奥の部屋でペチャクチャ喋っていた。

そうしている間に、祖母がお祈りの言葉を言い始め、壁に掛けてある亡くなった祖父の写真に向かって祈り始めた。聞くと、これらのお酒とお料理は、まずご先祖様たちに食べて頂くというのだ。その儀式だった。(それに参加していたのは、祖母と義母と夫くらいだったが・・・)

また、今度は土間の床で祖母が何かを燃やし始めた。「錫箔」と呼ばれる、昔のお金を形どった紙で、燃やすことで、天国にいるご先祖様たちが裕福に暮らせますように、というお祈りだ。それを燃やした後、祖母は棚に置いてある観音様にお線香をあげ、祈っていた。
0

2009/1/21

年末の思い出@  

中国では今年1月26日が旧暦の新年、もう今は新年を迎える雰囲気で大いに盛り上がってきている。

大晦日(中国語で「大年夜」もしくは「除夕」)の思い出というと、初めて夫の祖母の家へ行った時の思い出だ。ちょうど10年前のことか・・・(何年前になるのか思い出すのに、すごく考えた・・・)。

当時夫は祖母の家で暮らしていた。まだ中国人の旧正月についての認識が浅かった私は、何も考えずに大晦日の前日祖母の家へ夫と一緒に行った。その時初めて夫の家族と会い、挨拶をした。ま、この辺りの詳しい話(プロポーズ代わり?)は私の本にも書いたのだが。

その次の日、つまり大晦日の夜も、何も考えずに夫と共に祖母の家へ行った。今考えれば、手ぶらで大晦日の家族団らんの日によく行けたもんだなぁ・・・と自分を恥ずかしく思うが、まだ当時24歳(あ、今の年バレバレ!)、しかも中国の大晦日という認識も無く、本当に失礼な子だったなぁ(大晦日じゃなくても、手ぶらで行くな!)と思うが、さすが義母だ、そんな私をよく受け入れてくれたもんだ。非常識も甚だしい(今では恥ずかしい!)。

その日、私にとっては夫の家に二度目の訪問となるのだったが、日は大晦日、親戚一同が揃い、本当ににぎやかな一晩だった。まだ中国語がそれほど流暢ではなかった私に、親戚たちが色々話しかけてきてくれ、かなり面食らったのも覚えている。ああ、懐かしやぁ〜
0

2009/1/20

さがしもの  

さがしものはなんですか
みつけにくいものですか
カバンの中も 机の中も
さがしたけれどみつからないのに

まだまださがす気ですか
それより僕と踊りませんか?
夢の中へ 夢の中へ
行ってみたいと思いませんか 
ウフフ〜 夢の中へ ウフフ〜 夢の中へ
ウフフ〜 あ〜あ〜





この二日間探してますけど見つかりません〜
(皆さん、この歌ご存知ですか?)
0

2009/1/19

やりたい事  

やりたくてなかなかできない事って誰にでもあると思う。私の場合、「やりたい(けどなかなかできていない)事」は・・・

1.アルバム作り
  子供のアルバムが約2年前くらいで止まっている。
  次男のアルバムにおいては、まだまったく作れていない
2.中国語学習
  去年勉強していた本、1月からやろうと思って探してみたが、
  ずっとほったらかしにしていた為、みつからない

私の意思とは関係なく、実現できないもの

3.長男の習い事
  昨年水泳で失敗 教室で中国語を習う以外の習い事は
  ことごとく拒否され、今、他のことを習わせられない状態

子育てから手が離れたらしたいこと

4.ピアノのレッスンの再開
5.二胡を習う
6.中国語以外の言語の勉強(イタリア語とか?)

独り言です
0

2009/1/18

クッキー作り  

クリックすると元のサイズで表示します最近時々長男と一緒にクッキーを作る。面倒くさいが、子供が楽しむので、ちゃんと型を抜いて作る。最初の頃は、「ああ〜 あかん〜」と言うことが多く、ギャーギャー喧嘩しながらクッキーを作っていたが、最近長男もコツを覚えてきたようだ。

今日は保育園のお友達二人とそのお姉ちゃん一人がうちに来てくれ、皆でクッキー作りをした。皆楽しくグリグリ混ぜたり型を抜いたり・・・。すっごくたくさんできたので、全部作るのに2時間もかかってしまった できあがったクッキーを食べながらみんなでお茶をして、とても楽しかった


0

2009/1/17

(絶対)私に似てない  

今日は教室で、中国語暗唱コンテストのリハーサルがあり、それに出場する予定の息子もリハーサルに参加 「小小的船(xiǎo xiǎo de chuán)」という児歌(児童向け朗読文)を発表した。

実は、同じくパパが中国人という1歳年上の女の子と一緒に発表。これは私が簡単に振り付けを考え、振り付けをしながら言うようにしたもの。昨日まで息子は全然覚えていなくて、夜5回練習させるだけで大騒ぎ(疲れる)。できないのが嫌で練習を嫌がる息子に「お友達はできて、あんただけできへんかったら、笑われるのはあんたやで!」と言いながら、なんとか練習させた。

はい、今日本番(リハーサルの本番)。ま・・・ぐーたら息子にしたらマシな発表だったが、結局お友達の方を見ながら、お友達の振りを確認して言っているという状態(おいおい・・・)。子は親に似るというが・・・あれは(絶対)私に似てないと思う。(最近益々誰かの性格に似てきた長男・・・)
0



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ