2008/9/30

母の務め  

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昨晩は夜中1時過ぎまで絵を描いていた。もうすぐ長男と次男の運動会。次男は初めての運動会(といっても、本人はまったく分からないだろうが)。その運動会の為に、運動場に飾る旗を一人一枚ずつ描かなければならないのだ。自分で描くお友達もいるが、長男は「ママ描いてぇ〜♪」と言うので、仕方なく絵の具を取り出し、筆を取って描いた。今年は長男が好きなポケモンの絵。ああ・・・眠たい。これも母の務めよ。
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2008/9/29

中国語レッスン  

今日夜寝る時の長男との会話。

「ママに(教室で)中国語教えてもらいたいなぁ〜。」
(今日は2回目の中国語レッスンの日)
「ママは日本人だからダメなの。」
「なんで?生徒さんには教えてるやん。子供やからあかんの?」
「そう。みんなのパパママは中国人でしょ?だから、中国人の先生の方がいいの。」
「ええ〜、ママがいい〜。」


クリックすると元のサイズで表示しますじゃあ、最初っから家で私が教える中国語、しっかり学びなさいよっ!夜、寝る前に中国語であれこれ聞くと嫌がるくせに!最初から私が教えられるんだったら、わざわざ教室に連れて行かないでしょっ!

ま、でもそれだけ効果出てるってことかな。今日驚いたのは、ピンインを書く練習の時、ちゃんとノートに書けていたことだ。クラスの3人の中で長男だけが1歳小さい。その分ハンデがあると思っていたが、なかなか、頑張っているぞ。


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2008/9/28

上街  

中国語で街へ出掛けることを普通は「逛街(guàng jiē)」と言うが、今日私は「上街(shàng jīe)」をした。「上街」と言うと、田舎から街へ出掛けるようなニュアンスがある。

次男を夫に預け、長男と一緒に心斎橋へ・・・。学生時代の先輩の写真の個展を見に行く為だ。夫はこういうのはあまり好きではなく、もちろん私に付き合ってくれるわけもなく、長男とデート感覚で出掛けた。

個展は想像と全然違っていた。個展と言うと、ここぞとばかりに作品が並べられているものを想像していたが、厳選して選りすぐった作品30点だけが壁に飾られていた。こういう事ができる人はうらやましい。もし私だったら「どうだぁー!」と言わんばかりにいっぱい並べてしまいそうだが(笑)、芸術を愛する人は、個展会場全体が作品になるわけだから、そうはしないわけだ。

長男はかしこくずっと私について来てくれた。電車の中でもずっとおとなしかった。

「また大きくなったらママを連れて、こんな所に来てくれる?」
と聞くと、
「うん、いいよ。でも、お金いるで。」
と現実的なことを言う5歳の息子。
「じゃ、しっかり稼いでくれる?」
「うん、いいよ。」

大きくなった息子とデートするのも楽しいだろうなぁ・・・と思いながら、久しぶりの心斎橋の街を歩いた。たまに「上街」するのもなかなかいいなぁ、と思った。
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2008/9/27

満一歳  

今日は次男の満一歳の誕生日。今月はこの次男の誕生日の件で、夫とは一悶着あった。

長男は9月11日、次男は9月27日、誕生日が近い。それでも私としては、二人の誕生日を平等に送りたいと思うのだ。特に長男は1歳の時から毎年きっちり誕生日にケーキを食べ、ろうそくも吹き消し、それをちゃんと写真とビデオに収めてきている。次男にも同じように記録を残してあげたいのだ。私は「平等に!」という事を非常に重んじている。

ところが夫は、「二人の誕生日は一緒に送ればいい。二人の誕生日にケーキは1つ。小さい時からそう習慣づけておけば大丈夫。それで大きくなって親に文句を言うような子供なら、そんな子供とは親子の縁を切る!」とまで言うのだ。

なので、今日私が次男にケーキを買った事に対して夫は非常に不満。しかもケーキ屋さんで買ったからもっと不満。「カルフールのケーキで十分おいしい!」と言い、「来年からはカルフールの1500円くらいのケーキにしろ!」とうるさい(ケーキ屋の誕生日ケーキは少し高い)。

今回次男にちゃんとケーキを買ってあげられたのも、蘇州(常熟)からわざわざ来てくれた友人が、私と夫の間に入って色々助言をしてくれたからだ。もしかしたら、ケーキに2〜3千円もかけるというのは贅沢なのかもしれない。でも、たったの2〜3千円で子供の心を一生左右するとしたら(大げさかもしれないが)、そのくらいのお金は全然安いものではないだろうか?

とりあえず今日は満一歳なので、小さいサイズのケーキにしておいた。私にも「二児の母一年生、おめでとう!」、子育てを手伝ってくれている家族みんなにも「お疲れ様!」。
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2008/9/25

SHUNZA  

台湾歌手で「順子(SHUNZA)」という女性歌手がいる。アメリカに長く住んでいた人らしいが。彼女は英語でも多くの歌を歌っている。

初めて「順子」という名前を見た時、どうして日本人の名前をつけているのだろう?と不思議に思ったものだ。台湾では一昔前、日本の色んなもの(アニメや食品、その他色々)が流行った時代があったので、日本人っぽい名前をつけるのが格好良かったのかな?

彼女のヒット曲の中でも特に有名な彼女の歌が「回家」。この歌を聴くと、夫と出会ったばかりの頃を思い出す。

誰にでも、そういった思い出の曲があると思う。時々そういう思い出の曲を聴くのもいい。
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2008/9/24

中国の縁  

中国へ出張に行くと、いつも君を思い出す、と言ってメールを下さる方がいる。私が新入社員時代にお世話になった方だ。

当時私は二十歳。その方は当時主事で確か50歳前後くらいではなかったかと思う。そんな上の方に対して、私は一緒に仕事をさせて頂くのに、非常に偉そうに対等な口の利き方をしていたように覚えている。それなのに、本当にすごくよくかわいがって下さった。

その会社を辞めて10年。その方も定年退職されて数年たつ。私が中国へ留学に行くと言った時も、すごいご馳走をして下さり、贈物まで下さった。中国へ行ってからも、いつもその方からお便りを頂いていた。

その方は、無錫で名誉市民の称号を貰っている方で、未だに無錫の地とは切っても切れない絆で毎月のように出張に行かれている。私はその隣街の蘇州で結婚。もう10年近くもお会いしていないのに、何故かお互いずっと連絡を取り合い切れない縁。正にこういうのを”縁”というのだと思う。
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2008/9/23

危ない運転  

今日午後から夫の運転で河内長野の方へ遊びに行った。免許を取って1年が過ぎた。まだ道を覚えていない(元々すっごい方向音痴、以前大阪市内で、徒歩10分で行ける距離をバイクで2時間さまよった人)ので、大分前から「右、左」を言ってあげなければならない。

まだそれはいい。車間距離が短い。信号などで止まる時、前の車に当たりそうになるくらい近く停める。中央線をよく踏んで「ボヨオォォ〜ン」という音をよく出す。カーブの前までスピードを出し、曲がりながら(曲がりきれないので)カーブの中でブレーキをかける。下手なくせに、ギアを変えまくる。ニュートラルで走るのが好き。

今日など、エンジンブレーキをかけようと、ギアを変えまくり、60キロで走行中にギアがバックに入り、エンスト・・・。超危ないよっ!

ま、今日は重いお尻を上げて、やっとドライブに出掛けてくれたから、それだけでも進歩有りとするか・・・。ああ〜
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2008/9/22

子供の中国語レッスン  

今日から長男の中国語レッスンが始まった。親が中国人という子供が3人集まって、これから教室で中国語を勉強していく。

彼ら(私の息子も含め)に共通しているのは、中国語は聞いて完全に理解できるが、自分で自由に中国語を話すことができない、という点だ。口をついて出てくる言葉は、ほとんど全て日本語なのだ。

これを如何に中国語を意識的に話せるようにするか。また、中国人が小学校で教育を受ける国語力(つまり母国語としての中国語能力)をどこまでつけさせてあげられるか・・・というところにポイントが置かれる。

まずは、まだ小さい(5,6歳)ので、自分から意識的に中国語を話そうとするところに重点を置き、自然に中国語の単語がポンポン出てくるところを目標に、半年間を目処にレッスンを始める。とりあえず今日第一回目はとても楽しかったようだ。良かった良かった。
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2008/9/21

講師研修会  

今日は月に一度の講師研修会。いつもは私が一方的に話しをするか、模擬授業の課題を出すか・・・というやり方だったが、今日は初めて講師たちに発表してもらった。事前に発表内容を言っておいたので、皆きっちり準備をしてくれていた。

今まで何度も研修会を繰り返してきたが、今日ほど充実感を感じたことはなかった。今まで私が何度も言ってきた事をすごく吸収してくれている事を感じたし、それ以上に、彼らが自分で更に考え、自分としての意見までしっかり持ってくれている事にすごい喜びを感じた。

今日ほど講師研修会が嬉しく、充実感を覚えたことはなかった。これを重ねていく事が大切なんだと思う。
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2008/9/20

食の安全  

今朝の朝刊のトップは、事故米についてのニュース。日本は中国の餃子だとか粉ミルクだとか、中国の食品について酷評しているが、自国の食品管理はどうなっているのだろう?

吉兆もしかり、今回のお米についてもしかり。お米なんて私たちの主食ではないか。その主食がこんなずさんな法の下に管理されていたとは、国の統治に問題があったと言っても過言ではないと思う。政府は国民の安全を守る義務が有る。その為の法律だ。規制緩和ばかりし、目先の利益だけを追い求める政府のやり方が今回の結果を招いたのではないだろうか。

中国の食品の批判をしている暇などあれば、わが身を振り返り、きちんと安全な食を国民に提供する政治をしてもらいたいものだ。(なんだか今日は社説みたいな文章になってしまった・・・)
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2008/9/19

車の時代  

夫が18歳の頃、蘇州では自転車を持っているというだけで、結構イケてたらしい(当時自転車は高級品)。自転車に彼女と二人乗り・・・なんて(←確か当時は交通違反)羨ましがられる対象だったという。

夫が23歳の頃、原付バイクを購入。これも当時若者の間ではちょっとした流行り。ところがその3,4年後には原付バイク走行禁止令が発令、原付バイクに代わり、電動自転車が姿を見せるようになった。

・・・が、電動自転車は人々の忙しくなった生活を助ける為の手段であり、決してステイタスを表す物ではなかった。昔の”自転車→原付バイク”に取って替わったのが車だ。今や、蘇州で勤務していた頃の同僚たちも自家用車を持っている。

15年もたたないうちに、自転車を買うので精一杯だった人たちが車を購入。すごいなぁ・・・。
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2008/9/18

予防接種  

夏は暑すぎて、なかなか行けなかった予防接種。赤ちゃんは1歳になるまで色んな予防接種を毎月のように受けに行かなければならない。最近少し涼しくなってきたので、今日、次男の予防接種を2つ予約入れた。来月からは保育園に通うので、その準備で健康診断も受けなければならない。

次男は今月27日で一歳。母は「こんなに小さいのに保育園に入れて、かわいそうね。」と言うが、私はそうは思わない。片手間に見られる方が、よっぽどかわいそうじゃないだろうか?他の子供ちゃんたちと一緒に、子供らしい、その年齢に合った環境でいられる方が、より他の面でも成長できるのではないだろうか?

とりあえず来週中には入園の準備を済まさなければならない。ああ、忙しや忙しや・・・。
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2008/9/17

漢詩の世界  

高校生の頃、漢詩がすごく苦手だった。なんで漢詩なんか国語の中で勉強するんだろう?と不思議だった。「レ点」とか「ニ点」とか複雑で分からなかった。テストでは自分で「レ点」「一、ニ点」を書き加え、日本語に換え、日本語として理解しなければならない。私は余計に混乱した。今から思えば、最初から中国語として習っていれば、あれほど苦しまなかったのではないかと思う。

中国語の勉強を始めた頃、「静夜思」という漢詩を教えてくれた中国人女性がいた。でも、その当時はまだ漢詩のすばらしさがまったく理解できなかった。これを暗記して下さい、と言われ、どうしてこんな詩を暗記するのだろう?と理解できなかった。「暗記」=「テスト勉強」みたいで好きになれなかった。

私に漢詩の素晴らしさを教えてくれたのは、母方の叔母だ。叔母は漢詩が大好きで、それを日本語訳で朗々と読むのだ。もちろん暗記している。叔母は中国語で読む勉強もし始め、その頃に叔母からの影響で私も漢詩が好きになった。

私が漢詩を好きなのは、二千年近くも前の人間が詠んだ詩なのに、現代の私たちもが共感できる内容であること。中国の雄大さ、壮大さ、自然のスケール、人の思想のスケール(宇宙まで届くほどの)を感じることができること。あとは、中国語本来の美しい音とリズムを楽しむことができるということ。だから大好きだ。

私が知っている漢詩は数少ない。これからも少しずつ漢詩を読み、その世界を楽しむ機会を作っていきたいと思う。
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2008/9/16

語学の壁と楽しさ  

今日ある生徒さんから「最近難しくなって、もうどうしようかと思う。」と言われた。色んな生徒さんがいらっしゃるが、大抵、学習して1年たった頃が一つ目の山。しんどい・・・と思う。でも、まだここは超えられる山。一番大変なのが、3年たった頃の山。これはもう壁と言ってもいいかもしれない。ここからが、なかなか超えられない壁なのだ。

今まで順調と言えば順調に、上達してきていた。ところが、3年たった頃から上達しているのが自覚できなくなってくる。講師には同じような指摘ばかりされ、どうやっても”言葉の壁”を感じ、それが越えられないように思えてくる。

その期間が半年の人もいれば、1年、3年、5年、7年・・・とかかる人もいる。その間どれだけ持続して勉強し続けることができるか・・・。そしてある時突然「あ・・・こんなものか。」と悟り、「語学学習に終わりはない」と思え、勉強すればするほど難しくなっていくことに気付き、そこに面白さを見出せる。そうなった時に、10年でも20年でもずっと勉強していける、そんな楽しみを感じることができるのではないだろうか。

・・・と偉そうに書いた私も、またまた最近は勉強をさぼっている。勉強したい気持ちはあるのだが・・・。
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2008/9/15

頑張らなくていい?  

「頑張らなくてもいい?」

これは長男がこの間、スイミングに行く時に私に聞いた言葉だ。一瞬「うっ・・・」とつまってしまった。この子は絶対に私に似ていないと思った(笑)。何故なら、私は小さい頃から頑張ることしか知らない子供だったからだ。それは日本人だから、と言ってもいいかもしれない。

中国では、あまり「頑張れ!」という言葉は相手に掛けないものだ。でも、最近の厳しい競争社会の中では、また変わってきているかもしれない。

とにかく、この時は「うぅ〜ん、いいよ、頑張らなくても。」と答えておいた。そんなに頑張らなくてもいいのかもしれない、と実際思うから。
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