2008/3/30

雨の日の物思い  

もうすぐ清明節(今年は4月4日)。この時期蘇州でも雨の日が多い。春になったのに寒くなって、冷たい雨が降り続く。

今日は一日雨。久しぶりに家でじっとしていた。今日は夫と義母があちこち買出しに行ってくれ、教室で必要な物もあれこれ買ってきてくれた。

義母が来日して1ヶ月が過ぎた。次男が生後6ヶ月を過ぎた。離乳食も順調すぎるくらい。食べすぎ・・・というくらい何でもパクパク食べてくれ、とにかく手のかからない子だ。

ここ2日間は教室に寝泊り、義母の蘇州家庭料理三昧の日々。この1ヶ月で少し太ったと言われ、義母のお陰と喜んでいる(この年でゲッソリしていると、余計に年とって見えるから、ある程度は太った方がいい)。

こうしているうちに、義母の帰国日がすぐにやってくるんだろうなぁ・・・。
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2008/3/28

守りたい方言  

蘇州には蘇州語という方言がある。初めて蘇州語を聞いた人は、これが本当に中国語なのか、と信じられないくらい、中国語の共通語の発音とはかけ離れている。

私が蘇州に行った当初は、会社の中は95%が蘇州人、社内は蘇州語でしか話されなかった。会議でさえ蘇州語だった。

それが今では、どこの会社にも半分近く(もしくはそれ以上)の外地人がいるのが普通で、社内でも蘇州語を聞くことが少なくなった。また、学校などでも共通語で話すよう奨励されている為、子供たち同士でも共通語で話すようになってきた。

もちろん、方言が「外地人いじめ」に利用される事も多く(外地人は聞いて分からないので、方言攻撃、方言しか喋らず仲間はずれ)、それを防ぐ為・・・というか、地方の人間が都市間を行き来しやすくする為に、共通語を小さな時から喋り慣れるよう奨励されているのかもしれない。

ただ、このままでは方言が忘れられ、それを喋る人が無くなっていくのではないか、という危惧も出てきている。例えば、私の甥は、共通語はペラペラ喋り、まるで大人のような口調で喋るが、蘇州語は聞いて分かるが、自分ではほとんど話さないらしい。

私も蘇州へ行ったばかりの当初は、蘇州語で悩まされたが、その一つの方言が無くなりそうだ、と聞いて、頑張って残していってほしいと思う。
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2008/3/27

桜の季節に一年を振り返る  

桜の季節。私は桜が大好き。涙が出るくらい大好き。中国でいた時、どれだけこの日本の桜を見たいと思ったか・・・。その時の気持ちをいつも思い出すから、今は日本にいて桜を見ることができて、私は本当に心から涙を流して喜んでいる。

この1年、私たち家族にとっては変化の一年だった。去年の今頃、私は妊娠中で体調を崩し、長男はまだまだ小さく・・・。長男のこの一年の成長もまた大きかった。明日、長男は年少組最後の日だ。明日、担任の先生にプレゼントを渡そうと、長男と義母と一緒にクッキーを作った。物より食べるものの方がいいと思ったからだ。保育園の先生方にも、本当にお世話になった。長男のこの一年の成長も、保育園の先生方のお陰だ。本当に感謝の気持ちでいっぱいだ。
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2008/3/26

有縁千里来相会  

「有縁千里来相会」縁があれば千里離れていたって出会うものだ、「无縁対面不相識」縁が無ければ対面の人だって知り合うこともない

とはよく言ったものだ。

今日の義母と私の会話。
私 「本当に中国語って難しいわ。」
義母 「そぉ?」
私 「小学校2年生(の国語の教科書)までは私でも何とか分かる。でも、3年生になると、かなり難しい単語も入ってくる。単語が難しい。」

と言いながら、小学3年生の国語の教科書の朗読を始める。所々詰まる(知らない)漢字の所で、一つ一つ解説してもらう。

私 「ほら、私の中国語レベルなんてこんなものよ。」
義母 「仕方ないわよ。こういうのは、単語だけの問題じゃないの。小学校3、4、5、6年生、中学校、高校・・・という積み重ねなんだから。単語だけ勉強してもダメ。」
私 「そうなのよ。私も本当は北京でもうあと1年勉強したかった。たったの1年しか勉強しなかったから。もうあと1年勉強していれば、もっとマシな中国語ができてたと思うわ。」
義母 「じゃ、どうしてもう1年勉強しなかったの?」
私 「単純にお金が足りなかっただけ(笑)。もう働かないとお金がなかったのよ。」
義母 「まぁ、残念ねぇ。もうあと半年でも頑張れば良かったのに。」
私 「でも、もしまだ北京に残って勉強してたら、○○(夫)とは蘇州で出会ってなかったよ。」

ほんと、人生なるようになってるものなのだ。私が計画してなったのではなくて、生まれた時から、そういう運命というか、辿ってくる道がもうできていたみたいな・・・。縁・・・だなぁ・・・。
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2008/3/25

路地が好き  

クリックすると元のサイズで表示します私は和泉市生まれの和泉市育ち、和泉市の道はよく知っている方だと思う。先日夫が義母と長男を連れて車で出掛け、案の定道に迷ってしまった。電話を掛けてきたので、どこかと聞くと「信号に○○と書いていて、こんな建物の前にいる。」と言う。ああ・・・分かった。「こう行って、こう行って、こう行くんだ。」と説明すると、「おまえ、本当に俺が今、どこに立っているのか分かってるのか?」と疑心暗鬼、しかしその通りに行って帰って来れた。

今日私は義母についてきてもらい、次男の予防接種へ行った。その帰り、近道で信号の少ない細い道を行くと、「さすが老板娘だねぇ〜、よく道を知っていること!」と言う。「私はここの地元の人間だからね。」と言い、以前蘇州でも路地をよく通っていた話になった。

蘇州の路地は、日本で有名な北京の胡同とはまた感じが違う。建物と建物の間の石畳の道もあれば、マンションとマンションの間の道や(これは比較的新しい路地)、川沿いの建物との隙間をぬっていくような道(道というか、通り抜けている間に勝手に道のようになっている)とか色々ある。

今では蘇州も開発、開発で、そういった昔懐かしの路地がかなり少なくなってきている。義母が小さかった頃は、蘇州はそういう道ばかりだったと言う。でも、これだけ人口が爆発的に増え、企業もこれだけ進出していれば、そういう路地ばかりでは都市が機能しない、仕方の無いことなのだ・・・、とまぁ、今日はそういう話をしていた。


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2008/3/24

文法は外国人に聞く  

最近中国人講師から文法について尋ねられる事が多い。教室の講師以外にも、私には中国人の中国語講師仲間が何人かいる。時々電話が掛かってきて、文法を聞かれたり、ぴったり合う日本語訳について聞かれたりする。

この間、ある中国人講師から聞かれた。「”我已経看了三遍書”というのは、何か不自然だ。”我已経看了三遍書了”と、最後に”了”をつけるとスッキリする。でも、”了”が無かったらどこが間違いかと聞かれて、何が違うのか分からない。でも、”了”が無いとやっぱり絶対に不自然なんだ。」と言うのだ。

そのまた前は「”很受歓迎”って、日本語でピッタリくる訳は何?」と聞かれ・・・。

その他色んな質問があり、その場で答えられる事もあり、中には参考書や辞書で調べて答えるものもあり・・・。「文法が分からなかったら老板娘に聞け!」と思い出してもらえる事はとても嬉しい事で、私もまた勉強になるのだ。

え?上の答えは何かって?ハイ、また明日にでもコメントに書きます〜今日はここまで。(答えが分かった人はコメントに書き込みをどうぞ!)
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2008/3/23

中国は一つの国・・・という感覚  

「中国はあんなに広くて、民族もあれだけたくさんあって、言葉もあれだけ全然違って・・・、それでも一つの国、という意識はあるのだろうか?」という疑問を持ったことがある人はいると思う。では、その質問を中国人に聞いてみたとしよう。

もちろん、人によって答えは違うはずで、例えば統計を取ったとしても、少数民族や、中央政府(北京)から遠い地方に位置する中国人たちの答えは、また色々あるはずだ。

でも、全体的な割合としては「そりゃ、中国は一つの国だ。イスラム教を信仰する民族も、ウイグル民族も雲南省の少数民族たちも、みんな中国人だ。」と答える人が多いだろう。もちろん学校でそういう教育を受けているからであり、実際それは(国際的に認められた)事実なのだから。

今日、私の兄がナイナイ(義母)にその質問をしていた。もちろんナイナイは模範的な回答をし、またそれが彼女の本心で答えた回答なのだ。台湾だって「台湾省」、中国の中の一つの省なのだ(中国ではそう教育されているし、地図帳にも「台湾省」と掲載されている)。ただ、そういった少数民族や新疆ウイグル地区のように遠くに住む国民については、やはり”遠い”存在に感じ、反対に外国人である日本人の方がよっぽど”近い”感覚がある、とは言っていた。

確かに、私たち島国日本の”国”に対する感覚と、広大な国土を持つ中国に住む中国人の感覚とでは、かなり違うものがあるように感じる。
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2008/3/22

自転車と中国語  

今日長男は、私の両親に自転車を買ってもらった。つい最近まで「いらない、いらない。」と言っていたのに、今日は素直に一緒に買いに行き、とうとう(やっと)コマ付自転車に乗り始めた。乗ってみると喜んで、今日は一日中自転車を乗り回していた。

また、やっと最近になってナイナイとの交流にも慣れてきたのか、少しずつ中国語を喋るようになってきた。一番上手く(笑)言えるのは、「ナイナイ、カン!(ナイナイ、見て!)」という中国語だ(短い!)。でも、今日は少し長い文章もちょっとずつ言えるようになってきていた。

聞いては全部理解しているが、中国語を話すとなると、文章になって出てこない。それが、少しずつ文章を言えるようになってきているようだ。語学はやっぱり環境が大切だ。
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2008/3/21

蘇州の春  

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春・・・ですね。蘇州も春を迎えます。
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2008/3/20

乙醇(yī chún)  

中国ではよくテレビなどでも環境保護のCMを放映したりしている。日本でも、中国の環境汚染についてはよく報道されるが、中国の一般市民もその深刻さには関心を持っている。(ただ、環境より金儲け・・・に走ってしまう人間がかなり多いことも事実だが・・・)

「乙醇(yī chún)」は「エタノール、エチルアルコール」の事を指す。これはトウモロコシや芋類などから作ることができ、新しい燃料として今、中国でも注目されているようだ。ガソリンに数%〜20%程度の「乙醇」を混ぜても走行でき、車の走行性能もほとんど変わらない。

それで、実は中国の9省でもう既に、8-10%の比率でガソリンに「乙醇」が添加されているらしい。今は国内消費量の約20%、これを2010年までに比率を50%に上げる目標だ。これは世界でも先進的な取り組みなのではないだろうか? 

ただ、トウモロコシの輸出国であった中国が、「乙醇」製造の為にトウモロコシが足りず、このままではトウモロコシ輸入国になってしまうのでは、という危惧もあるという(もし、そんな事態になれば、世界のトウモロコシ、穀物価格は今よりもっと値上がりしてしまうだろう)。やはり、環境より食糧問題の方が先に解決しなければならない事なのだろうか、ああ、難しい問題だ。
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2008/3/19

南瓜粥  

義母は本当によくしてくれる。私が義母と同じ年くらいになった時、義母のことを思い出したら涙が止まらないと思う。もう60歳も過ぎて、海を渡り、息子夫婦の為に慣れない海外で言葉も通じない場所で長期滞在し、子育てを手伝うなど、私にはきっとできない事だと思う。

今日は二度目、南瓜粥(かぼちゃ粥)を作ってくれた。もち米とかぼちゃを一緒に煮て作ったお粥だ。とってもおいしい!この味はきっと、ずっと忘れられないと思う。
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2008/3/18

ネットも規制できる  

今、中国からはアクセスできないHPが増えているようだ。以前から、中国からはアクセスできないHPは色々あった。アメリカの報道関係のページや日本の出版社関係のページなど。最近はかなりの分野でアクセスできなくなってきているようだ。ぎょうざの事件に加え、西部の暴動などの報道、オリンピックを前に、中国政府もかなり神経質になっているようだ。

中国はすごいと思う。ちゃんとネットも規制できる(ま、もちろん、やりすぎなのだが・・・)。日本も中国を見習って、悪質なHPはもっと規制してもいいと思うのは私だけだろうか・・・?(表現の自由を奪う問題も言われるが、社会に与える悪影響の方が大きい場合は規制してほしいと思う)
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2008/3/17

久々の授業  

今私は、週に1コマだけ担当授業がある。それ以外の授業は全部中国人講師に担当してもらっている。

先週から、ある一人の講師が喉をつぶしてしまい、授業ができなくなっている。彼女の担当は比較的多く、しかも、難しい授業を多く担当してもらっている。今この時期は、古い講師が辞め(大学卒業の為)新しい講師と入れ替えの時期、新しい講師はもちろんまだ入ったばかりでまだまだ育っていない。つまり、頼れる講師が少ないのだ。

それで今日も私が代行授業、明日も代行授業を4コマしなければならない。久々の授業、それはまたそれで楽しみでもあるのだが・・・。早く彼女に戻ってきてもらいたい・・・。
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2008/3/16

蘇州の兄  

私には蘇州の兄がいる。もちろん血のつながりは無く、私が蘇州ですごくお世話になった人だ。

彼の息子さんが日本へ留学する時に、ちょっとばかり留学手続を手伝ったことがあるのだが、それを一生の恩として、いつも私に感謝してくれるのだ。今日は、その息子さんが日本で大学を卒業するというので、うちの家にわざわざ蘇州から来て、挨拶をしに来てくれた。

彼はいつも私のことを「妹よ」と呼びかけてくれる。私は「お兄さん」と呼ぶべきなのだが、なかなか呼べない・・・。彼は丑年、私も丑年。今日はお互いに、「私たちは牛のように働くよね。」という話をしていた(私は彼ほど働き虫ではないが・・・)。本当に性格が少し似ているところもあって、いつかの時代には兄弟だったこともあるのでは・・・と思うほどだ。

今日は、教室まで見に来てくれて、「日本に帰ってからここまで、よく頑張ったね。」と涙さえ浮かべてくれた。もう、そろそろ彼のことを「お兄さん」と呼んだ方がいいのだろうか・・・。年齢が私より12歳も上なだけに、そう呼んで失礼にならなければ、これからは「お兄さん」と呼びたい。
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2008/3/15

餃子大会  

クリックすると元のサイズで表示します今日は年に一度の餃子大会、今年は今までで一番人数が多く、去年以上に盛り上がった。残念だったのは、講師の数が少なかったこと。教室の講師全体の人数は増えたのに、参加人数が減ったというのは、たまたまアンラッキーだったと思う。中国に帰国していた人が2名、用事で来れなくなった人が2名で残念だった。

それにしても、今回もまた色んな餃子を食べることができた♪同じ材料を使っているのに、テーブルごとに味が違うのだ。写真は参加してくれた子供ちゃんたちが作った餃子、とってもかわいい!上手に作っている!味は?もちろん很好吃!だった♪


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