2006/10/31

本当は反対であるべき?  

今日は息子の好きなハンバーグを作ろうと思った。でも買っておいたミンチの量が結構多い。ハンバーグだけじゃ、作りすぎてしまう。

「そうだ、余ったミンチで夫の団子スープを作ろう!」

そう思った時、おい待てよ・・・と考えた。本来なら、まず最初に「夫に○○を作ってあげよう。」と考え、「余った物で子供にも××を作ってあげよう。」と思う方が筋ではないだろうか?

ちなみに夫はハンバーグが嫌い。油で焼くという料理が蘇州にはほとんどない。肉を焼くのは夫が嫌い、お汁で煮込むのが好き。だから夫には肉団子スープ、息子にはハンバーグを作った。もうちょっと、夫のこと考えてあげるべきなんだろうな(あはは・・・妻失格か?)
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2006/10/30

いじめ  

最近いじめのニュースを目にする。日本語の中には昔から「いじめ」という言葉があった。中国語の中には、これに完全に相当する言葉はないが、あえて「欺負(qi1 fu)」と訳すこともできる。

では中国に「いじめ」はないのか?日本のものとは質が違うように思う。日本では、小学生とか中学生、こんな小さな子供社会に存在しているが、中国の学生生活の中で「いじめ」はほとんど見られない。見られるとすれば、”会社の中”でだ。利害関係のある社会の中では”弱い者いじめ”的現象がよく見られる。(これが非常に厳しい!)

私も中国でいじめられた口だ(笑) あの時はすごく辛かったし、上海へ行ってもその経験から、中国人とは心を開いて付き合うことができなかった。日本に帰ってからも、あの本の執筆中もずっとその傷を引きずっていた。でも、あの本を書いて本当に良かったと思う。書き終えた頃から、いじめられた経験が、私にとって宝物のような体験、後から微笑みながら思い出すことができるものとなった。中国人社会の中には、ちゃんとルールがあって、そのルールを分かっていなかった自分がバカだったな、すごくいい勉強をさせてもらえたな、と思えるようになった。本当に貴重な体験だったと思う。

日本の子供社会のいじめは、本当になくなってほしいものだが・・・。
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2006/10/29

思い出した蘇州での朝食  

今日夕方ちょっと疲れたと思い、しばらく横になっていた。約2時間後起きてみると、すごいめまいだ。しかも、3,4日前から胃の調子が悪かったのだが、胃の調子もかなり悪く、地面にのめり込むほどのめまいとのダブルパンチでまた寝込んだ。

薬を飲んだお陰で、夜になって少し体調が良くなり、お米から炊いた白粥を食べた。その時、はっ・・・と思い出した。そうだ、蘇州にいた時は、毎朝食べる分だけ小さなお鍋でお米から白粥を炊いて食べていたんだった。

すごく懐かしかった。中国のお米は日本ほどおいしくはない。日本のお米は改良に改良を重ねられて、人間(日本人)の口に合うように人工的に作られた味だ。でも、中国のお米は、食べた瞬間、日本のお米ほどおいしさは感じないのだが、炊きたてのご飯は香りや味がすごく素朴で、食べ慣れるとおいしいと思える。特に、このお米から炊いた白粥は最高においしかった。日本から持ってきていた梅干も、体調の悪い時には大事にしながら食べていた。

今日は久しぶりに白粥を食べて、すごく懐かしい思いになった。
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2006/10/28

鬼節(gui3 jie2)で楽しむ息子  

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初めて参加した住宅地内のハロウィン行事、子育てサークルの方が主催して開催された。私は仕事があったので参加できず。夫が代わりに息子に付き添ってくれた。息子は、色んな衣装を身にまとった子供たちを見て、目をクルクルさせていたとのこと。夫もこういう行事には初めて参加したようで、たくさん写真を撮影していた。
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2006/10/27

両親が旅行へ  

私の両親は仲がいい方だと思う。今日から二人で一泊の旅行へ・・・。

親がいなくて気が楽な部分もあるけど、「早く息子を保育園に迎えに行って、帰ったら洗濯物取り入れて、猫のトイレの掃除して、晩御飯作って・・・」と気持ちが焦る。息子も家では、絶対に誰かが相手になって遊んでくれる環境に慣れている為、私が晩御飯の準備をしている間、誰も相手にしてくれる人がいなくて、洗面所で水浸しになって遊ぶわ・・・「おにぎり作る」と言うから作らせると、机の上も下もご飯だらけになるわ・・・。ああ・・・(:_;)

でも、自分では手伝っているつもり(笑)。最後は、乾いた洗濯物を一生懸命たたんでくれた。山のようにこんもりと、たたんでいるのかいないのか分からない洗濯物、息子に「ありがとう!」と言って、そのままにしておいた。慣れない一人でする家事、何が大変だったって、食事準備中の息子の相手・・・。手伝って(?)くれた息子にも、”今日はお疲れ様!”
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2006/10/26

江南地方の男性って・・・  

江南地方のある男性がかなり髪を短く切っていたので、「散髪したんだね。」と声をかけた。それに対する答えが、「このくらい短く切っておいたら、3ヶ月は髪の毛を切らずに済む。散髪代をうかす為だよ。」だって・・・。

うちの旦那は、日本の高い散髪代をうかせる為に、日本に来てからずっと私に散髪させる。私の腕がいいから・・・というのではなく、散髪代の為に月2回、私が散髪している。

まだ彼が救えるのは、「散髪代でういたお金で、彼女に何か買ってあげる。」と言うところ(口だけかな?)。うちの旦那は、私がうかせてあげた散髪代で、私に何か買ってくれたこと・・・一度も無いなぁ・・・(^^; きっと彼も結婚したら、うちの旦那と同じように奥さんに散髪させるんだろう(笑)(釣った魚に餌は無し、きっと彼も同じようになるんだろうな・・・)
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2006/10/25

鬼節(gui3 jie2)の準備  

クリックすると元のサイズで表示しますあまり興味はなかったんだけど、うちの住宅地の中でハロウィンを祝うプログラムがあるらしい。近所の友達がみんな参加すると聞き、今日、ハロウィンの帽子を息子と一緒に買いに行った。マントは家にあった布で作った。

写真は、ハロウィンの帽子とマントを着て、蘇州の祖父母とパソコンでチャットをする息子。


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2006/10/24

蘇州の友人  

昨日夜中、蘇州の友人に長いメールを送った。すごくお世話になった友人なのに、最近は全然連絡をとっていなかった。

彼らは私を本当の妹のように大切にしてくれた。どんな事があった時でも、いつも私の味方になってくれた。緊急な事態が起こった時でも、どんな所からでもすっ飛んで来てくれた。

そういう恩の気持ちを私は忘れているんじゃないだろうか。必要な時だけ彼らと連絡し、自分が忙しいと連絡しない。仕方のないこととは言え、何かとても自分が勝手で義理人情も無い人間になったように思う。

彼らはまるで私のお父さん、お母さんのような存在だった。何でも受け入れてくれたなぁ・・・。自分たちも生活するのに必死なのに、よく一緒に夜ご飯を食べさせてくれたもんだ。恩返しがしたいな・・・。こんなに離れていると、それもできないな・・・。親不孝な娘の気分だ。
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2006/10/23

最近思い出そうと努力する  

最近、昔自分が蘇州にいた頃、蘇州のことをどう感じていたんだろうかと思い出そうとする。北京へ留学し、その後蘇州で働き結婚し、そして日本へ帰って中国語会話教室を開いている、この道のりを私はどうして歩んできたのかと考えてみたいのだ。

「あ、トイレに行こう。」って感じで「あ、北京留学しよう。」って思った。蘇州で就職も、蘇州人と結婚も、教室開くのも全部、「あ、頭かゆいなぁ。」と思って頭をかくのと同じ感覚だった。要は、考えたことがないのだ。いつも動物的直感で動いてきたような・・・(笑)

今の自分がどうしてこうあるのか。ちょっと考えてみたくなった。蘇州の友人たちに会いたい、そして、あの頃の自分のこと確認、もう一度考えてみたい。
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2006/10/22

秋  

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今日は家族でピクニックに行った。

蘇州にいた時初めて秋のピクニック(秋遊)へ行ったのは天平山だった。紅葉がきれいと聞いて楽しみに行ったのに、黄色と茶色の枯れた葉しかなくて、日本の華やかな紅葉とのギャップに何だかガックリ・・・。お弁当の習慣もないので、私が持っていった手作りおやつにも、中国人たちは「何だこれ?」の反応だけ・・・。あの時は日本との習慣の違い、風景の違いに物足りなさを感じたっけな。

今日は母と一緒にお弁当の準備をして、お昼は木陰でお弁当に舌鼓♪やっぱりピクニックはこうでなきゃ!
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2006/10/21

結構衝撃的だったこと  

今でも覚えている。あの時は結構カルチャーショックを受けたな。まだ夫と付き合い始めて間もない頃、夫の自宅近くにある夜店に連れて行ってもらった。

日本で夜店というと、夏のお盆祭りの時くらいしか見ない。それが、蘇州では普通に年がら年中開いているのだ。日本みたいに黄色い電気がお店についていて、小吃店(xiao3 chi1 dian4)がほとんどだが、生活雑貨を売っているような出店もある。すっごく楽しいと思った♪「蘇州じゃ一年中夜店がある!」

そして何に驚いたって、その値段だ。豆腐にネギや香料、タレを入れたお碗一杯(結構おいしい、ふわふわの豆腐)がなんと、たったの2元(当時だと25円くらい)。鶏肉の串が一本たったの1元(当時だと13円くらい)。ええ〜!!そんなに安いの!?しかもおいしい!

あれは確かに結構衝撃的だった。でも、もう蘇州も都会になってきて、そんな夜店で食べて楽しむ若者も減ってきたのか、夜店が出てる所も減ってきたなぁ・・・。
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2006/10/20

違和感のなかった私  

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他の方のブログを拝見していていつも思う。「私にはこういう目線はないなぁ」と・・・。

北京でいた時、何もかもが新鮮だった。不衛生な場所で食べるのだって結構楽しめた。蘇州に来た時は(当時はまだまだ田舎だったので)「うわぁ〜、のんびりしてるなぁ。」と思ったが、それ以外で新鮮さを感じることはあまり無かった。生活は楽しかった。夫と恋愛もして、蘇州のローカル人だけが知っているような胡同(路地)へどんどん入っていくようになった。ローカル人だけしか入って行かないような場所が、自然と自分の生活環境の一部になっていった。

その頃から私には、外国人として感じる新鮮さとか、見方が無くなって、蘇州での生活のあらゆる物が、私にとっての常識、というか、以前から私の身の回りに存在していたような、違和感の無いものとなっていった。

だから時々、他の方のブログで中国のことを色々書いたり、写真を載せられている記事を見ると、「そうか、日本人はこういう角度から見るんだ(見たいのだ)。」ということを教えられる。(また、その方たちはそれを分かって書かれているのだろうと思う。)私にも、そういう視点が必要なのかもしれないと思う。
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2006/10/19

口コミのお店  

今日は生徒さんたちと一緒に口コミのお店に行った。すごく目立たない所で、すごく小さいお店だ。教室から歩いて一分。なんとなんと、こんな所にこんないいお店があったもんだ!口コミというのはやっぱりすごい。一番アテになる。生徒さんたちとお喋りしながら楽しい時を過ごせた(生徒さんたちと喋っていると、教えてもらうことすごく多くて勉強になる)。
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2006/10/18

最近の父  

父は今年4月から中国語を独学し始めた。教材はNHKテレビの中国語会話講座だけだ。でも、父は今、かなりの語彙力がある。NHKは半年1ターム、たった半年の教材であれだけの語彙数があるというのはすごい。そして、それを覚えている父もすごいと思う。ちょっとした会話をしていても、すぐ、中国語の単語が口から出てくる。あの努力と積極的学習態度が本当にすごいと思う。

残念なのは、やっぱり発音が悪い・・・(^^; なかなか四声や、日本語にない発音ができず、私の夫に時々中国語で話しかけるも「分からない。」と冷たくあしらわれ(笑)、それでもめげずに毎日勉強してる。

もう60歳を過ぎているのに、あの学習意欲、そしてあの記憶力。私は自分が60歳を過ぎた時、きっと父のようにはできないんじゃないかなぁ・・・と思う。
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2006/10/17

朝食  

私は朝食の時間が大好きだ。毎朝食べるものは決まってる。ジャムを塗ったフランスパンにミルクティー。ほぼ毎日同じものばかり食べている。

おもしろいことにこれが飽きない。しかも、それがすごい楽しみなんだ。朝早く出る日以外は、必ず息子と一緒の朝食、これが私の至福の時。

中国でいた時は朝食に何を食べていたんだろう?思い出せない。(中国の)パンはあまりおいしくなかったから(中には外国人向けのおいしいパン屋さんもあったが)、パンを食べていた記憶はあまりない。ご飯だったのかな・・・。日本のパンやケーキは本当においしい。毎日手軽においしいパンが買えて、毎朝食べられるのは本当に嬉しい。幸せだと思う。
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