2006/7/31

縁  

縁というのはおもしろい。昔は自分が「蘇州」という土地とこんなに深い縁を持つようになるとは思ってもみなかった。

昨晩は、ある蘇州人歌手の夢を見た。李広宏という歌手だ(以前に紹介済み)。私が彼のコンサートを聞きに行って(実際はまだコンサートには行ったことがないのだが)、感動して大泣きしてしまう夢だ。しかも、あまりに大泣きするので、李広宏さんご本人も私のことを大そう心配してくれるという、何とも恐れ多い夢だった(笑)

今日はまた、蘇州に縁を持つ方が教室に来て下さった。一緒に蘇州のことをお話しているだけで、すごく楽しい時間を過ごさせて頂いた。気付かないうちに、一時間があっという間に過ぎてしまった。蘇州の写真なども見せて頂いて、私はやっぱり蘇州をいとおしく思っているんだな、と感じた。
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2006/7/30

花火は冬の風物詩  

今日はやっと、息子の甚平を買うことができた。去年の甚平はとっくに着れなくなってしまった。子供の成長って早い!もう1つ大きいサイズを買って、来年も着れるようにと思ったが、ちょうどいいサイズのしかなくて、仕方なくそれを買ってきた。

夜、甚平を着て花火をした。両親も一緒に庭に出て、家族全員で花火をした。日本では花火というと、夏の風物詩だ。中国ではやっぱり、花火は冬!という感じがする。私はどちらかというと、花火はやっぱり夏にしたいなぁ・・・。
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2006/7/28

オヤジの仲間入り?  

今日も神戸での授業があり、お昼にある喫茶店に入りランチを食べた。その喫茶店、客が多いのはいいが、ぜぇ〜んぶオジサン(すみません(^^; )ばっかり・・・。漫画を読みながら食べる20代の男性もいて、とにかく女性客が一人もいなかった。あぁ〜あ、我ながら自分がオヤジになったように思えた。
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2006/7/27

今回長かった  

息子の体調がやっと良くなった。長かった・・・。2日後には良くなったかと思うと、3日目にはまた39度を超える熱。子供って分からない・・・。体力的というより、精神的な疲れが今回の体調不良につながったような感じがする。
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2006/7/26

桜の泪  

ある方から「桜の泪」という手記(随筆?)の原稿を頂き、今日やっとそれを読むことができた。「桜」とは、中国人男性に嫁いだ日本人女性のことを指す。戦前から戦時中、戦後にかけて、中国人の妻として中国へ渡り、苦労された日本人女性数名のことについて書かれたものだ(作者は、中国人の妻になったある日本人女性の娘)。

手記そのものは、そんなに長いものではない。また、文章そのものも淡々と書かれている。でも、その行間からにじみ出てくる彼女たちの苦労、苦しみ、泪・・・それは、私が想像して想像し得るものではなかった。もちろん戦時中は、誰もが生死の狭間をいくほどの苦労をされてきているのだと思う。でも、同じ中国人の妻として、もし私が同じ時代に生きていたとすれば、私は生きていられただろうか・・・と思う。

こんなに昔から、中国人の妻となった日本人女性がたくさんいたのだな・・・と改めて知った。
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2006/7/25

一生の仕事  

お陰様で、息子もかなり元気になって、まだ微熱は残るものの、普通に室内で遊んだりはするようにはなった。でも、まだ明日は保育園を休まないといけないだろうな。ご心配してコメントなどを下さった皆さん、ありがとうございました。

さて、今の中国語講師の仕事をして約3年。今は、この仕事を自分の一生の仕事にしていきたいと思っている。講師3年といえば、まだまだひよ子。私は、この仕事を10年、20年と続け、講師としての経験を積んでいきたいと思っている。

今までやってきた仕事(営業)も、いつも好きだと思ってやってきた。でも、いつもどこかで「営業の仕事はずっとやっていけない。」という気持ちがどこかにあって、「営業の仕事は女性がする仕事ではない。」と思いながら、自分がすごく無理をして仕事をしているといつも感じてきた。

でも、中国語講師の仕事は違う。自分が自分らしく、無理せず、また子供がいても続けられる仕事だと思う。私は今、この仕事を自分の一生の仕事にしたいと思っている。
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2006/7/24

病院へ・・・  

息子が39度以上の熱を出すのは初めてだった。先週土曜日は、夫も残業で一日出社、私も仕事で夜7時まで帰らず・・・。息子は待ちきれずに、夕方6時半頃から住宅地入り口の信号前でずっと私を待っていたらしい・・・(涙)

そういうのも関係しているんじゃないかな。彼なりにきっと、我慢して頑張っているんだと思う。今日は病院で色んな検査を受けて4時間もかかった。な・・・長い・・・(^^; 一応特に異常は見られなくて安心した。

いつも「ドラ息子、ドラ息子」と言っているが、”ドラ”でいいから早く元気になっておくれ。
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2006/7/23

またまた発熱  

今日は家の近くでちょっとしたお祭りがあるとの情報を生徒さんから頂いていたので、それを見に行く予定だった。獅子舞も出ると言うし、昨日から息子も「ガォ〜(獅子舞のこと)見に行く!」とすっごい張り切っていた。ところが午後になって急に発熱、39度を超えて本人もまったく起き上がれない状態。

きっと彼は彼なりに、毎日保育園で頑張っているんだろうなぁ・・・。もうちょっと息子と一緒にいる時間を増やしてあげたいな。
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2006/7/22

初めて見た「喜餅(xi3 bing3)」  

今日、教室の生徒さんの結婚パーティーに通訳として同席させて頂いた。生徒さんは台湾人男性とご結婚、そのご家族も台湾から来られ、その通訳をさせて頂いた。

中国では幾度となく、友人や同僚の結婚式に参加し、自分自身も中国で結婚式をした。でも、「喜餅(xi3 bing3)」というのは今までまったく見たことがなかった。やはり、伝統を重んじる台湾ならでは、さすがだ!

味もすっごくおいしくて、やっぱり大陸のものより丁寧な味がする。栗餡の中に「肉松(rou4 song1)」という豚肉のくん製というか、台湾特産の肉と卵の黄身が入っていて、すごくめずらしいものを頂いてしまった。

しかも、こんなきれいな入れ物(箱)は、中国でも見たことがない。さすが台湾!台湾にもいつか、行ってみないといけないな。台湾には、中国大陸ではもうなくなってしまった昔の伝統や習慣がたくさん残っているらしく、それらを見てみたいな、と今日は思った。

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2006/7/21

接客  

私は今、毎週2回神戸まで行く仕事があるが、その時昼食は駅前のファミレスで食べている。最初はパン屋さんの喫茶コーナーで食べていたが、680円でサンドイッチと紅茶だけ。た・・・高い・・・。ファミレスだと500円でおなかいっぱいのランチが食べられる!(←出た!食いしん坊の私!)

もう数回行っているので、店員さんも私の顔を覚えてくれている。私が入って行くと、すぐに禁煙席に案内してくれる。こういう接客って、すごく嬉しい。ちゃんと、「私はあなたのことを覚えていますよ。」という信号を送ってくれている。日本人はやっぱりすごいなって思う。ただのパートかアルバイト、と言ったら失礼だが、それでもこうしてサービスの心で一生懸命接客している。私は、日本人のこういうところが本当にすごいと思う。
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2006/7/20

三つ子の魂百まで  

「三つ子の魂百まで」という諺、これは日本独特の言い方なんだろうか?中国や他の国にはないのだろうか?

これは、何にでも言えることではないだろうか?例えば、仕事に関しても私はそうだ。最初に就職した会社で教えてもらったこと、その会社の精神とか方針とか、そういうものまで後々自分の仕事の進め方に影響を与えるものだと思う。

私の息子もあと2ヶ月で3歳になる。やっぱり彼は、どんなに大きくなっても自分は日本人だと思うだろうし(父親は中国人でも、日本で育っているから)、今住んでいる家は、彼にとってのふるさとになるんだと思う。今の彼を見ている限り、私はそう思う。
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2006/7/19

蘇州の母  

クリックすると元のサイズで表示します昨日夫が一週間の中国出張から帰ってきた。蘇州にも寄ってきたので、実家にも泊まってきた。私は義母に、パンストを数足お土産にと買っただけだった。あんまり大そうなものを買っても、相手に気を使わせるだけだ、とも思ったので。

昨日、夫が帰ってくると、パンストなんか買うんじゃなかったと後悔させられた。義母は私にシルクの服2着を買ってくれていた。本当に申し訳ない!なんでここまでしてくれるんだろうと思う。義父に甚平でも買おうかとも考えたが、蘇州のあの暑さの中で、甚平なんてとても着れたものじゃない。義母にも何か服をと思ったが、「日本の服は全部中国で作ってて、中国で買った方が安いんだから買わないで。」とまた言われるだろうし・・・、なんて考えながら・・・。でも、やっぱり何か買ってあげたら良かったと後悔した。


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2006/7/17

私と中国との出会い  

私はいつ”中国”に出会ったんだろう・・・と考えてみると、実はすごーく昔、もしかしたら生まれる前から縁があったんじゃないだろうかと思う。

父方の祖母は書道の先生だった。日中国交正常化の後すぐくらいに、中国へ硯と筆を買いに行ったことがあったらしい。そんな話も祖母が亡くなって十年以上たった時に聞いた。その行ったことのある都市名さえも聞いたことがなかったが、祖母の形見であるそれらの筆を3年前に見せてもらうと、なんと、それらはすべて蘇州で買われたものだった。そしてしかも、その毛筆を作っていた工場は、夫の祖父の家の斜め前の工場ではないかっ!

私が小さかった頃、両親が共働きでお手伝いのおばさんが家に来てくれていた。そのおばさんも、戦後十年以上中国で暮らされていた人だった。

就職した時、中国貿易の部門に配属され、その時から中国との縁が始まったと思っていたが、本当はずっとずっと昔から縁があったんだと思う。
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2006/7/16

気が早くて気が長い息子  

今日は、前日から「明日は○○に買い物に行くからね。」と言っていた。普段なら、朝起きてからオムツを履かせ、服を着せるまでに物凄い苦労する(小さなお子さんがいらっしゃる方なら分かって下さるだろうか・・・、とにかくオムツを履くまでに一悶着、ギャーギャー物凄い騒ぎがあって、服を着せるのにまた物凄いドタバタ劇で、よく息子は発狂状態に近いくらいグズってしまう)。

でも、今日は「オムツも服もちゃんと着ないと、○○には連れて行きません。(我不帯ni去的!)」と言うと、すんなり着替えてくれた。そして私がまだ布団を干したり準備をしている時に、もう自分で車を開けて、チャイルドシートに座り、シートを締めて待っている。それからまだ私は着替えて化粧をして・・・。息子は約30分間も一人で車のチャイルドシートの上でじっと待っていた・・・。なんと言う気の早さ、なんと言う気の長さ・・・(^^;
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2006/7/15

夏の敷物  

クリックすると元のサイズで表示します日本でも夏は、ゴザの上で昼寝をする人はたくさんいるが、蘇州人は夏、ゴザや竹で作った敷物(これがすごく重い・・・)の上で寝る。特に、竹で作った敷物はすごく冷たくて気持ちがいい(硬いから、慣れるまでは体が痛いけど・・・)。椅子の上にも、こぉ〜んな竹で作った座布団(?)を敷く(え?日本にもある?そぉ?)。会社でも、これを会社の椅子に敷いている中国人がたくさんいた。

竹の敷物は確かに涼しいんだけど、私はやっぱりやわらかい布団の上で寝るのが好きだ。やっぱり私は日本人♪


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