2007/4/3

三倉岳 ノーマルチムニー  マーシーのシビれたライン



「三倉の石を抱いて眠れ」



言わずと知れた広島山の会による三倉岳登攀にまつわる言葉。

烈しく熱く、そして若さと情熱に溢れるこの言葉を聞いて、
三倉岳に何と無く畏れを抱くのは俺だけでしょうか。

ともすれば、忘れられがちなクライミングの原点が、この三倉岳には存在するのだ。

30年以上前の広島山の会の三倉登攀の歴史は、今でもクライマーに多くの影響を与えるものではなかろうか。

時を経ても猶、
三倉の青空が変わることが無いのと同様、
鎧の様に武装されたこの岩峰群が持つオーラは全く色褪せるものではない。
しかし今は、この言葉にあるような三倉の青春時代はもう去ってしまったのか、
クライマーのコールが三倉岳に響くことはそう多くは無い。
そんな中、その青春時代を知る一人のクライマーが今でも三倉岳で登っている。

その人の名は、
両さん(仮称で失礼)。

齢五十を過ぎて猶、この三倉岳に活動の本拠を置き、元気にクライミングをされておられる。
小生が初めて三倉に行った時からお世話になりっぱなしの人である。年齢を感じさせないその体躯はがっしりとしていて、その容姿からは他人への寛容さというか、優しさが溢れているのがわかる。
三倉岳の青春時代が終わろうとする頃に広島山の会に入会し、遅咲きのクライミング人生を、今の今満喫しているのだ。三倉岳の主要なラインを登り尽くし、自らも新ラインを追加した数え切れない課題たちを一冊のルート図集にまとめあげた。
三倉と云えば、粗い粒子の花崗岩に溝のように彫り込まれたフレアしたワイドクラックがその特徴だが、
両さんはテーピングを巻かずに分厚い手の平を壁に押し当てて、ゆっくりと登って行く。

当時にして、三倉岳の全課題制覇を三周目達成を目標に頑張っておられた。

何故そんな事をしているのか聞いた事がある。

まあ、ただのライフワークじゃあ、、、みたいに、
少し照れながら返事をされたように記憶している。


しかし俺は、ちゃんとした本当の理由を理解しているつもりでいる。






さて、この
三倉岳 中岳正面壁 ノーマルチムニー 5.8 30m。

この課題を登りたいなら直接向かう前に、まず麓の小屋から三倉岳と対峙して欲しい。
三倉の岩峰群の中から、中岳を見つけたら、もう視界に入っている筈である。

そう、あのはっきりとした顕著なクラックライン、
三倉岳のどこにでもある花崗岩の節理の中でも一際に目立つ、あの真直ぐに立ち昇る太く黒い筋。

それがノーマルチムニーである。

目で確認したら、どうぞ岩場に向かって下さい。
森の中を深呼吸しながら、
この課題の事を考えながら歩くだろうと思います。

興奮しただろうか、それとも恐くなっただろうか。
そのどちらでもクライマーの資格ありです。

小生がクラックを初めて体験したのは、ここ三倉岳だ。
福岡のタカピロ氏らと、フリーファンの取材で訪れた時だ。

有名なライン、モルモットクラックを敗退してから俺は、
狂ったように三倉通いを始めた。
ある時、正面壁のある課題を一撃することが出来て、
喜んでいたのであるが、
そのすぐ横にある巨大なチムニーをのぞいてしまったのだ。
思わず、笑ってしまうほど、立派で完璧なチムニーであった。


よっしゃ、いつかこれをやったる。
そう心に決めて、何日たってから取りついたであろうか。

詰まるところそのトライを先延ばしにしていたのかもしれない。

ビビッてたのだ。


何と言っても、ここ三倉岳には触り切れない程に課題が存在するのだから。

それが俺の言い訳だった。


ようやくこの課題に取りついたのは、俺の相棒ダニーとだった。
最早やり残した準備など無い。
俺たちは、三倉の殆どのクラックを登ってきたのだから。
ただ、粛々と登るだけだ。


ほな、行くで。
俺は相棒に声をかけて、この30mのチムニーにかかった。


チムニーを登るのに技術どうのこうのはない。
じっとしているのは、簡単である。落ちようと思わなければ、絶対に落ちない。
家に帰ろうと思えば、登って行くだけだ。
ただ間違っても、
へこっと力を抜いてしまわないように。

チムニーで問題なのは、プロテクションが取れないことだ。
当たり前だが、40cmも50cmもある岩の割れ目にきかせるカムはない。

俺は無心で登っていった。ちょうど壁の真ん中辺りだったか、
錆びたハーケンが打たれてある。
藁をも掴むと云う言葉がピッタリか、まずはこれにクリップしておいた。

しかし何故か不安にかられてきた。
変にホッとするのは良くないのか。

まだ先は長い。上部でプロテクションが取れるのかわからない。
俺はいったん壁の外の方に横移動して、壁面をのぞいてみた。
するとエイリアンがききそうな割れ目を発見。
ハーケンとエイリアンの大きな分散過重の支点をセットした。
これで納得。

では突っ込むぞっ。

また黙々と、チムニー運動をして、俺はどんどん上がっていった。

何も難しい事は無い。ただ、景色がどんどん変っていくだけである。


ようやく、壁の上に立ち終了点を作って、コールをかけた。

易しいので奮闘度は低い。しかし達成感がこみ上げてきた。
相棒も簡単な回収物を持って上がってきた。

俺たちは握手をして、次の課題に向かうべく、順にラッペルして降りた。
最高の瞬間だ。



夕暮れの景色の移り変わりを岩の上で眺めるのは、
楽しい時間の使い方だ。
そうやって真っ暗な登山道を何度駆け降りただろうか。

キャンプ場に帰り着くと、
先に下山していた両さんたち三倉連は、すでに焚き火の準備をして、
いつも温かく俺たちを迎えてくれるのだった。

焚き火を囲みながら、
今日の一日の成果を報告しあうのがまた楽しみだった。

両さんは自分たちの成果を一つ一つ驚いてくれるのだが、
次はあれをやったらいい、これをやったらいいと課題を紹介してくれるのだ。

それらの課題は大抵、ひと癖ふた癖ある感じだが、登ってみると勧めてくれただけのある、思い出に残る課題ばかりだった。

両さんたちとそんな時間を過ごせたのは、小生にとって本当にありがたいことであった。
岩を登る者同志、火を囲んで、どの課題がどうだとか、あの課題を今度は登ってみせるぞ、いやお前になんぞできるわけは無い等と、
語り合って酒を飲むのはクライマーとして最高の喜びだ。



結局のところ、両さんが三倉で登り続ける訳は、そこにあるのだ。

両さんが守っているのは、三倉の岩とクライマーの情熱と、この焚き火にあるのだ。


小生もう一本、どうしても登りたい課題が宿題のままである。

また両さんの焚き火にあたりに行こう。







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