2020/3/26

ふたつの足枷が新型コロナ対策を遅らせた  はなこのMEMO

世界的流行を見せている新型コロナ。その中でも、多くの国民の自助努力の甲斐もあって、日本は比較的穏やかに状況が推移していると見られていた。

しかし、「自粛疲れ」ならぬ「自粛慣れ」から来る気の緩みと春の陽気に誘われて、先週の三連休は各地で多くの人出があったことで、今後の感染爆発(オーバーシュート)が懸念される事態となっている。

埼玉では行政からの再三の自粛要請にも関わらず、6,000人もの人を集めての大規模イベントも開催されてしまった。

昨日は首都東京で41人もの感染者(しかも陽性率は50%!)が発覚し、小池都知事が急遽会見を開いて、週末の外出自粛要請を出すに至った。

これは遅きに失した感が拭えない。せめて、先週の三連休の前日に外出の自粛要請をすべきであった。東京都のみならず、東京都との往来が盛んな近隣の神奈川、千葉、埼玉の三県を加えた首都圏で、市民は外出を自粛すべきであったと思う。

【参考データ】近隣県から東京都への1日当たりの流入数は約291万人。内訳は神奈川県:106.8万人、埼玉県:93.6万人、千葉県:71.6万人、茨城県:6.7万人、栃木:1.7万人、群馬県:1.3万人。以上、テレビ朝日調べ。

振り返れば、今年1月半ばからの新型コロナ騒動では、政府や行政のコロナ対策に関して、二つの潮目があった。

ひとつは習近平国家主席の来日が取りやめになった時、もうひとつは東京オリンピックの延期が決まった時だ。


1月半ばの時点で中国武漢市で新型コロナの感染爆発が深刻さを増しても、日本政府は春節期の中国からの人々の入国を止めなかったのに、習近平国家主席の国賓としての来日が取りやめになると、あっさりと入国制限をかけた。

日本政府が入国制限をかけることに躊躇したのは、明らかに主席の来日を控えた中国政府への忖度と、6000社にも及ぶ中国進出日本企業への配慮だろう。

また、世界的な新型コロナの感染拡大を受けて、東京オリンピック開催の可否が世界各国で取り沙汰されても、JOCや日本政府は頑なに予定通りの開催を主張し続け、なぜか首都圏の検査実績が他国と比べてあまりにも少ない為にウィルス蔓延の実態は市民に明らかにされず、この件に関して都知事からのアナウンスも殆どなかった。

しかし、オリンピックの延期が決まった途端、都内において感染が急拡大したかのような連日の感染者の増加報道と小池都知事の会見である。

外務省もようやく(オリンピック開催延期決定を待って?)他国への渡航制限をかける始末。本来ならば、海外渡航者のウィルス持ち込みを防ぐためにも、もっと早期に渡航制限をかけるべきだったのではないか。

おそらく、前近代的な不平等契約で、オリンピックの開催決定権がホスト国である日本にはなく、日本から中止や延期を言い出せば損害賠償が発生する恐れがあるために、JOCや日本政府は表向き予定通りの開催を言い続けるしかなかったのかもしれない。

そして予定通りの開催を主張する以上、日本での新型コロナウィルスの蔓延の状況を、対外的に詳らかには出来なかったのかもしれない。

しかし、経済的結び付きの強い(=経済的依存度の高い)中国政府への忖度と、中止となれば経済的ダメージが計り知れないオリンピックに拘泥するあまり、新型コロナへの防疫対策は後手後手になってしまい、日本国民の生活や生命が脅かされる事態に至ってしまったとは言えないか?

市中でのウィルス蔓延(不顕性感染者=サイレント・キャリアの存在)の実態を知らされていない市民の中には、危機感を持てない人も少なからずいて、彼らの安易な行動が、今後懸念される感染爆発の引き金となった可能性を大いに孕んでいる。

このまま学校を再開して大丈夫なんだろうか?休校中に子供たちが繁華街に繰り出すことが問題視されたが、それは休校前に、休校の理由と意義を子供たちに理解させることなく、また休校中の学習課題をきちんと与えることなく、休校への十分な準備期間を設けずに休校に入らせてしまったことが原因だと思う。他国では休校期間中オンライン授業を行っているところもあると聞く。

つくづく、日本は教育政策が他の先進国から大分遅れてしまった教育後進国だと思う。これはとりもなおさず、政府の教育軽視の姿勢に原因がある。未来への投資を怠る国は衰退の一途を辿るだろう。日本の最大の不幸は、目先の利益にしか目配り出来ない、大局観のない政治家が政治を担っていることなのかもしれない。

ドイツでは無軌道な一部の若者たちがコロナパーティなるものを開いて物議を醸しているらしいが、戦争も飢餓も、そして今回のような疫病も知らない若者たちは所謂「平和ボケ」で、自分自身に降りかかる問題としての危機感がないのだろう。その点は、本来ならば避けるべき場所で遊び惚けている日本や米国の一部の若者も同じ。


日本の新型コロナ対策が後手後手に回った経緯は、精々そんなところなんだろうな。

新型コロナ禍の時期に偶々ふたつの足枷を嵌められてしまった日本は不運としか言いようがないし、未知のウィルスへの対策は手探りで行うしかないのだろうけれど、政府にはせめて市民の生命と生活を守ることを第一に考えて動いて欲しかった。

新型コロナ流行に関する連日の報道に、市民の中にも生活必需品の買い溜めに走ったり、感染者に対する心ない差別が発生するなど、集団ヒステリーの様相も見られるけれど、どうか理性を失わずに落ち着いて対処して欲しいなと思う。

日本の感染爆発が今まで回避出来たのは、ひとつには衛生管理がしっかりした国民性と社会の体制だと思うので、国民のひとりとして、その維持に努めようと思う。忘れられがちだけれど、ほぼ毎日定期的にゴミの収集が行われていることが、市中の清潔の生命線であることも心に留めておきたい。

今回の件について、「失敗学」の提唱者である畑村洋太郎先生の見解を伺いたいなとも思う。

【追加メモ】
@今朝(3/26)のニュースで、これまで30人の感染者の治療に当たった医師によれば、感染者には発熱や咳などの初期症状以外に、味覚の変化、違和感を訴える人が多かったと言う。覚えておきたい。

A誰かがテレビで発言していたけれど、国を守ると言う意味で防疫は防衛に匹敵するほど重要

今回のコロナ禍で顕在化した、医療現場でのマスクやアルコール消毒剤や防護服の不足は深刻な問題だ。

今回の事態が収束した暁には、反省点として防疫体制の強化を図り、その一環として国は十分な数の専門家の育成や米国のCDCのような疾病対策センターの創設、さらに必要不可欠な医療用品については、国主導で十分な量の国内生産と備蓄に努めるべきだと思う。

2020/1/30

人生で急激に老化を感じる時期が3回あるそうだ!  はなこのMEMO

 昨年後半から思いがけず身辺慌ただしくなったのと、老化が原因と思われる目の不調から、PCに向かうことすらままならず、このブログも放置していました。

 何人の方がこのブログを読んでいて下さるのかわからないけれど、遅まきながら新年おめでとうございます。本年も細々と続けて行く所存です。よろしければ、お付き合いください。


 さてさて、録画で見た「月曜から夜更かし」で、さらっと紹介していたのをメモしておこう。


 スタンフォード大のさる研究チームの調査によれば、人間には人生で3回、自身の身体的衰えを否応なしに実感するタイミングがあると言う。

 そのタイミングと言うのが、34歳、60歳、78歳なんだそうだ。

 ちょうどその年齢の頃、血漿(けっしょう)に含まれる「たんぱく質」の濃度と構成がそれまでとガラリと変わることで人間は身体に変調を来し、老化が一気に進むらしい。

 つまり、体力が"ガクン"と落ちるのだ。

 そう言えば年配の知人女性が、年を取ったら、たんぱく質を積極的に摂取しないとだめだと何度も口にしていた。

 血管も筋肉もたんぱく質で出来ている。健康寿命の鍵はたんぱく質にあるのだと。

 そのことを医学的に検証して見せたのが、上記の研究なのだろう。

 
 個人的には、所謂「お肌の曲がり角」を迎える25歳から、5年毎に容貌、特に肌質の衰えを感じて来たが、それが50歳を過ぎた辺りから、1年毎に感じるようになった。

 年々、老いているのだなあ…誰も逃れられない老い。

 身体的衰えが医学的根拠で、上記の3つの年齢で顕著ならば、それぞれの年齢の前後3年位は、健康に関して要注意の期間と自覚しておいた方が良いのかもしれない。

 私は年齢的に2度目の「ガクン期」をもうすぐ迎えようとしている。

 覚悟を決めて、その時に備えよう。

2019/9/1

日韓問題について思うこと  はなこのMEMO

現時点で解決の糸口が見えないとまで言われている日韓の軋轢。

一番の問題は、韓国と言う国が政権が変わる度に主張を変える事。一貫性がなさ過ぎる。

協定を結んでも、政権が変われば平気でその内容に疑義を唱える。特に今回の文在寅政権は酷い。言っていることが支離滅裂だ。

国際常識に照らせば、通常は国と国が交わした約束は、たとえ政権が代わっても守るのが当然だろう。

韓国と言う国は、いつまで70年以上も前の禍根を引き摺っているのだろう?一体いつまで日本は韓国に対して謝罪し続けなければならないのか?

「日韓請求権協定」が交わされた経緯やその後の韓国側の解釈の変遷を知ると、本当に付き合いきれないと言うか、信用できない国だなと思う。

一方、日本政府の側にも問題はある。

日本政府は国際社会に対して日本の立場を明確に理解して貰うよう、きちんと情報発信をすべきだ。1965年に締結された「日韓請求権協定」の内容と、それに基づいて日本が韓国に対して具体的に行ったこと、それによって十分に補償・謝罪がなされたことに関して、国際社会に周知徹底を図るべきだと思う。

論旨明快に主張しなければ、理解して貰えるまで何度でも繰り返し主張しなければ、国際社会からは理解を得られない。大きな声で明確に主張しなければ、誰も耳を傾けてはくれないのだ。

韓国のロビー活動を侮ってはいけない。

私自身、韓国人の友人とは国同士の諍いがあろうが親交は続いているので、市民レベルでの交流は現時点でも十分可能だと思うが、国家間では両者で交わした約束を守り、互いの間にある問題と冷静に向き合い、その解決に向けて真摯に対処しない限り、正常な二国間関係は結べないと思う。


東アジア地域の安全保障や経済の相互発展を考えれば、本来、互いの好悪の感情抜きに日韓両国は協力しあわなければならない関係のはずなのに、今の状況は歯がゆいばかりだ。日韓共に、互いにとって不毛でしかない現状の落としどころを見つけるべく行動し、争点に関しては是々非々の姿勢で率直に議論するような、未来志向の政治家はいないのだろうか?

過去に拘泥するあまり、一歩も前に進めない関係には、もううんざりである。

2019/8/31

内田也哉子さんと有働由美子さんの対談  はなこのMEMO

先日、たまたま見た深夜のニュースショー『ZERO』で、エッセイストの内田也哉子さんと番組キャスターの有働由美子さんの対談VTRが流れました。

放送では編集された一部が放映されたのみですが、期間限定で対談のノーカット版が番組公式サイトで見られるそうです。

残念ながら公開は9月1日㈰まで。対談の時間は1時間20分弱です。

内田さんはその発する言葉に力のある語り手です。その一語一語が心に響きます。

内田也哉子×有働由美子対談(日本テレビ『ZERO』)

2019/7/23

「凪のお暇(なぎのおいとま)」  はなこのMEMO

今クールのドラマの第一回をひと通り見たところで、一番面白かったのが、タイトルの「凪のお暇」。

TBSで毎週(金)午後10時から放映です。

これも今般流行りの人気漫画のドラマ化らしいのですが、主演が大好きな黒木華(はる)さんな上に、脇を固めるのが、高橋一生さん、中村倫也さん、吉田羊さん、三田佳子さんと、主役級で演技巧者な方々なのです。三田さんなんて、美貌の謎めいた独居老人(美人でも、他人に対して狭量で辛辣なJKから見ればただの老婆)をキッチリと演じておられる。


気弱で、周りの空気を読み過ぎることに疲れてしまったヒロインが、それまでの生活を全て投げ出して、郊外のひなびたアパートに布団と自転車だけを持って移り住むところから物語が動き出します。

心機一転、それまでの都会生活で自分を守るために身に纏っていた固く重い心の鎧を脱ぎ捨てるかのように、他人の目を一切気にすることをやめたヒロイン凪。

ミュージカルのヒロインアニーを彷彿とさせるフワフワな癖っ毛(⇦実のところ、幼い頃からのコンプレックス)に、ヨレヨレTシャツにデニムパンツと言う飾り気のない出で立ちで、今度はちょっびり勇気を出して自分の思っていることを口にし始める。

その途端、彼女の人間関係が、人生が、好転しはじめるのを予感させて、第一回は終わります。

それまで出会ったことのない思いやりある人々の優しさに触れて、凝り固まっていた心が徐々に解きほぐされて行く凪。自分のあるがままを受け入れて貰うことで凪は心の安らぎを得て、新たな人生を歩み始めるのでしょうか?

そうだといいなあ…

無職でお金もない凪が、心優しき人々に囲まれて、OL時代よりもノビノビとして幸せそうなのが、いささかおとぎ話チックではありますが、心身共にお疲れ気味の週末には、程よい癒しのドラマになりそうです。

2019/7/23

子どもに対する大人の責任  はなこのMEMO

登戸の無差別殺傷事件の犯人も、今回の京都の放火大量殺傷事件の犯人も、
当初の報道では子ども時代の写真しか出て来なかった。

それは何を意味するのか?

近影もないほどの(他者との良好な関係のない)孤独、社会からの孤立?


(もちろん、彼らが犯した罪は到底許されるものではない。
しかし、彼らが引き起こした事件の重大さと、
その結果がもたらしたあまりの悲しみに、
どこかの時点で事件を防ぐ手立てはなかったのかと考え込んでしまう…

事件前日に監視カメラに映り込んだ犯人の姿をニュースで見て、
ドラマや映画のように、その時点に時間が巻き戻せたらと切に思った。

予知能力のある人が実在していて、
事件を予知し、未然に防げていたならとも思った。

「自暴自棄な人間が、社会への復讐のため、他者を道連れにする自殺」
とも言えるこの種の事件は、
一部の人々が声高に訴える厳罰化だけでは防ぎようのない事件のように思う)



偶然にも、何れの容疑者も幼少期に両親が離婚し、
以来、実の親とは疎遠だ。
(京アニ放火事件の容疑者は、両親の離婚後
、父親が引き取り育てたようで、
別の男性と再婚した母親とは疎遠らしい。)


夫婦が離婚するのは仕方がない面もある。
しかし、自らが世に出した子どもに対して、
親は出来る限り責任を持つべきだと思う。

子どもは親が離婚すると言う事実だけでも、
そこに至るまでにも、十分深く傷ついている。
レアケースではあるだろうが、それに追い打ちをかけるように、
子どもを見捨てることだけは本当に止めて欲しい。

(尤も、育児放棄の問題は離婚家庭に限らないだろうけれど…)

親に見捨てられた子どもは、自尊心がズタズタになりがちだ。
自分の存在価値に自信が持てず、人を信頼することもできず、
自分の将来に希望を持つのが困難になるほどと聞く。

どうしても実の親が当てにならないのであれば、
親に代わって身近な大人が支えてあげなければならないだろう。
身近にそんな大人がいなければ、
社会全体で支えてあげなければならないだろう。

もう何年も前から少子化の問題が叫ばれながら、
子どもの存在は尊重されるどころか蔑ろにされているような気がする。
子どもを保護・育成する施策や法整備が
遅々として進んでいないような気がする。

この日本に生まれて来てくれた子ども達が、その出自に関係なく、
健やかに育つ環境を社会で整えることはできないものだろうか?

子ども達が自尊心を持って、幸せな人生を歩むことができるように。
自身を蔑み、社会を恨む不幸な大人を、これ以上生み出さないために。

政府や自治体の施策を待つまでもなく、
個人でもさまざまなサポートは可能なはずだ。
私達夫婦はかつて仕事で開発途上国と関わった経験から、
長らく国際里親制度を利用してアフリカやアジアのコミュニティ支援を行って来た。
しかし、最近は国内の貧困に目を向けて、
生協が主催する奨学金制度への出資を通して
ささやかながら経済的に困窮する家庭の子どもの学資支援を行っている。


選挙が終わり、国政参加に心が奮い立っているであろう新任の政治家の皆さんにも、
子ども達を取り巻く環境の整備について、今一度目を向けていただきたいと思う。

2019/7/23

吉本興業を巡る騒動に思うこと  はなこのMEMO

そんなに騒ぐほどのことか?と思う。

所属する吉本興業を介さずに直に営業することは、
芸人にとっては従来それほど珍しいことでもなく、
吉本興業側も黙認していたのが、
ゴシップ写真週刊誌に、
反社会派勢力絡みで扇情的に取り上げられたことで
何らかの対応をせざるを得なくなった、
と言うのがコトの真相なんでしょう?

そもそも直営業を黙認していたから、
社内でも厳密な罰則規定など存在せず、
直営業で反社会派勢力との関わりを持ってしまった芸人の処遇に、
会社としても明確な指示を出せなかっただけの話。
図らずも、会社の危機管理能力のなさが露呈した形。

確かに被害者が存在する犯罪集団と直営業で関わり、
ギャラを受け取ってしまったことは社会倫理上不味かったかもしれないが、
芸人を無期限に謹慎したりクビにするほどのことか?と思う。

(近年は暴対法対策で反社会派勢力もフロント企業で正業を営んだりと
ステルス化が進んでいるので、私達一般人も気づかないうちに
何らかの関わりを持ってしまっている可能性は十分ある。)


営業先の身元を碌に確認もせず、
安易に仕事を請け負った芸人の脇の甘さは否めないし、
当初ギャラを貰っていないと嘘をついたことには、
その芸人の小賢しさ、セコさを感じて不快だけれど、
(宮迫さんは世間を舐めている不真面目な人と言う印象。
これまでもテキトーなことを散々やって来ていて、
運よく切り抜けていたのだろうけれど、
今回ばかりは「いい加減にしろよ」と神様から大目玉をくらった感じ。
おそらく、宮迫さんの人間としての「いい加減さ」と
芸人としての「面白さ」は表裏一体で、
それは、かつての市川海老蔵の私生活における「無軌道さ」と
芸の「華やかさ」が表裏一体であったのと同様なのだろう。)

本人がきちんと心から反省して、ギャラも返上して、
今後は二度とそんなことをしないと態度を改めるのであれば、
一定の謹慎処分を科した後に
もう一度チャンスを与えるくらいの度量が、
吉本興業側にあっても良いと思う。

そもそも私は芸能人に清廉潔白さを求めていない。
彼らが社会の手本となる存在であるとは思っていない。

ゴシップ誌でしばしば取沙汰される不倫問題にしても、
当事者の夫婦間、家族間の問題であって、
不快に感じることはあっても、私には直接関わりのないことなので、
芸人なら芸人として、俳優なら俳優として、歌手なら歌手として、
素晴らしいパフォーマンスを見せて貰えれば十分だ。

かつてのプライベートが謎めいた銀幕のスターと違い、
現在はお茶の間にあるテレビで、芸能人の一挙手一投足が見える時代。
近所のちょっときれいな女の子が束売りでアイドルになる時代。
自身のプライベートを切り売りすることで生きながらえている芸能人さえいる。
だから、見たくないことも、見なくて良いことも見えてしまう。


今回の件で最も腹立たしい存在は、
ゴシップ誌に写真を提供した反社会派勢力と
その写真を使ってセンセーショナルに記事を書き立てた出版社だ。

こちらの方が社会倫理上よほど悪質かつ問題で、
その行為の正当性を議論すべきだと思う。

反社会派勢力は自分の力を誇示する道具として芸人を利用しただけでなく、
芸人の人生を弄ぶようにゴシップ誌に営業時の写真をネタとして提供した。
正にマッチポンプとも言える行為で、不快極まりない。

反社会派勢力が持ち込んだ写真をホイホイ受け取って、
さも自らが社会正義を振りかざしているが如く、
芸人を糾弾した記事を掲載した出版社も出版社だ。

叩きやすい相手を叩いただけの安直なジャーナリズムだ。
そこにはマスコミとしての覚悟も使命感も見えない。
おまけに今回は、反社会派勢力に
「マスコミを利用して人を貶める」と言う
新たな悪知恵を授けたようなものだから始末が悪い。

このことに関して他社から何の批判も出ないことに、
この業界の倫理観のなさ、自浄能力のなさを感じる。

こんな低次元のジャーナリズムが跋扈する現状で、
マスコミの本分とも言うべき「権力の監視装置」としての役割は、矜持は、
一体どこに行ってしまったのだろう?

権力は監視を怠ると暴走する、と歴史が証明しているのに 。


何だか、視聴者や読者を馬鹿にした茶番劇を
延々と見せ続けられているような気がして、
ものすごく不快

2019/7/17

最近は以前ほど怒らない  はなこのMEMO

ひとりの人間は本質的な部分は変わらないのだろうけれど、日々生きて行く中でさまざまな経験を積み重ね、学習して、世間との関わり方と言うか世間との距離の取り方は、処世術として適宜変えて行くものなのかなと思っている。

それが自身の対外的なイメージの変化に繋がって、「精神的に成長した」とか「雰囲気が変わった」と、周りからは言われるのだろう。


私は最近、以前ほどには怒らなくなった。以前なら例えば、禁煙場所のバス停でタバコを吸っている人に対して喫煙をやめるよう注意したりしたが、最近はそういう人を見かけたとしても表立って注意はしない。バス停で喫煙されると、場所によっては煙がかかるので不快だし腹は立つのだけれど、わざわざ喧嘩を売ったりはしない(笑)。

正直、そういう人と関わること自体が面倒臭くなった。たとえ注意しても素直に耳を貸す人は殆どいないし、本人に自分のマナー違反の行為を改める気持ちがないのだから、注意したとしても(←結構、最初の声かけは勇気が要る。心臓バクバク)結果は何も変わらない。残念ながら、ものの道理が通じない人は一定数いるものだ。

それに公共の場で明らかに挙動が不審な人は、最近の事件報道を見ていると、わざとその場にたまたま居合わせた赤の他人を挑発して、攻撃の機会を狙っているようなフシがある。懐に刃物を忍ばせている可能性もないとは言えない。

つい先日もタクシー乗り場で見知らぬ他人に傘の先で目を突かれ、被害者は失明するという事件があったばかりだ。その時たまたま居合わせた加害者との関わりで、目を突かれ失明するほどの落ち度が被害者にあったとは思えない。

こうした事件の加害者は、自分の日頃の鬱屈した思いを無差別攻撃という形で爆発させて、身勝手な鬱憤晴らしをしているように見える。自分以外の他人はすべて敵と言わんばかりの孤独感を纏って世間に敵対しているように見えて仕方がない。

そういう人間と徒に関わるのは危険だ。自暴自棄で自分の行動の抑制が効かない人間は、他人を傷つけることなど厭わない。明らかに挙動不審な人を見かけたら、静かにその場を離れた方が身の為だと思う。

何の関係もない赤の他人に、無闇に傷つけられることほど理不尽なことはない。

それに私は無謀な正義漢だったけれど、傍目には自らの正義を声高に主張するうるさいおばちゃんであったのかもしれない。そういう反省もあって、最近はおとなしくしている。

2019/6/19

防災ラジオ  はなこのMEMO

8年前の東日本大震災をきっかけに買い求めた写真の防災ラジオ。

被災地が停電してしまうと、肝心の被災者はテレビを使えないからね。テレビの地震報道は、主に被災地以外の人の為〜国民が国内で起きた災害の情報を共有する為と思った方が良いのかも。

実際、私自身が外出先の横浜で東日本大震災に遭遇した時、震災の全容が分かったのは、避難先の横浜ランドマークタワーのホールのスクリーンに映し出されたNHKの午後7時のニュースによってだった。実に地震発生から4時間以上が経過していた。それまでは情報を得る手段がなかったので、どこでどのような災害が起きて、どの程度の被害が発生しているのか判然としなかった。

本格的な5G時代に入れば、また災害情報の発信や受信方法も変わるのだろうか?


ラジオ以外にライト、サイレン、そして今のスマホに対応できるのか不明なのですが、携帯電話の充電機能も付いています。

電源は単4電池2本使用ですが、付属のレバーを1分間に120回まわすことで、ラジオなら約60分間使える手巻き充電も可能です。

防災ラジオもいろいろ販売されていますが、コロンとした形の見た目のかわいさと機能性で、本品を選びました。

本品はずっと戸棚にしまったままだったのですが、先日、目の手術をした夫が入院中に使用することになり、久しぶりに日の目を見た形です。

せっかくだから普段から使おうよ、と言うことで、夫の退院後もしまわずに、夜は枕元に置いています。

そのタイミングでの昨夜の新潟の地震。

東日本大震災以降は結構な頻度で、北は北海道から南は九州・熊本、宮崎まで、震度5、6級の大きな地震が起きており、かねてより懸念されている首都圏直下型もいつ起きてもおかしくない状況です。

改めて、大地震に対する物的、精神的備えが必要なんだなと思いました。

因みに電動ポンプで各戸に給水するシステムのマンション暮らしである我が家は、東日本大震災時に計画停電で水の確保には苦労したので、以来、常に2Lペットボトル入り水を30本常備しています。

古いストックから使って、随時補充する形。

数十万年単位で起きるとされる地球の地殻変動期に、特に地殻の不安定な日本列島に住んでいる以上、私達は常に地震に直面する覚悟で生きなければいけないんでしょうね。

老後の数十年をどう生きようかと悩むのも、自然の壮大な摂理の前には、ちっぽけな人間の身の程知らずな足掻きのようにも思えてきます。

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2019/4/26

経営者の発想、セレブの発想、大陸人の発想  はなこのMEMO

 自分では思いもつかない他人の発想や着想に驚かされることは少なくない。自分の経験知には限りがあるから、他人の言動から謙虚に学ぶ姿勢は大事にしたいと思う。 


 先月の台湾旅行でのこと。高校時代の同級生を中心に古くは小学校からの友人と計8人で行ったのだが、2泊3日の日程なのに、ひとりだけ1週間位の旅行で使いそうな大きなスーツケースを携えて来た友人がいた。

 その人は郷里でコンビニを3店舗も経営しているやり手経営者である。

 曰く、「いつもお世話になっている人へのお土産用に大きな収納スペースが必要なのよ。私もいつもお土産をいただいているから、お返ししなくてはね。」「こちらが多く与えれば、こちらにも多く返って来る。まさにギブ&テイクね。」

 とにかくお金の使いっぷりが豪快だ。コンビニ出店も一店舗当たり4000万円の設備投資が必要らしいが、事業の為なら多額の借金も厭わない豪胆さだ。台湾でも立ち寄ったドラッグストアで、美容シートマスクを大人買いしていた(笑)。将来への不安からお金を使うことにイチイチ躊躇し、チマチマ溜め込む庶民の私とは大違いである。

 そう言う彼女の口癖は「金は天下の回り物。」
 
 台湾は今回で七度目と言う彼女は、数多あるパイナップルケーキもほぼ全種類食べ尽くし、台湾グルメにも詳しかった。そう言えば、昔からグルメでおしゃれだった。生きることに貪欲な人だった。

 社長令嬢として育った彼女の発想は、父親譲りの経営者ならではのものなのだろう。


 先日、お会いした女性は仮に「高輪夫人」と称しておこう。彼女は義父が岩波文庫にその名が載るほど高名な英文学者であり、詩人であったと言う。その義父が健在の頃は自宅の1階の一部をサロンとして開放し、そこには若き日の谷川俊太郎などの詩人、文学者らが集っていたらしい。

 現在はそのサロンであった場所を画廊として改装し、月に一度のペースで貸し出していると言う。先日、私はそこを訪ねたのだが、さすが山の手、近隣の住民も美術への関心が高いのか、私が滞在している間、来訪者が引きも切らなかった。

 その時にお会いした中で96歳の男性が波乱万丈な人生を歩まれた方で、興味深いお話を聞かせていただいた。戦時中、海軍兵として何度も死線をさまよわれたそうだが、悲惨なはずのエピソードを茶目っ気も交えてお話された。

 戦地から引き上げた後、金属加工の会社を立ち上げ、50あまりの特許を取得し、その特許料収入で悠悠自適に暮らしておられるようだ。隠居後は書家としても活躍されたそうで、ご高齢ながら会話にもよどみがなく、足の具合が少し悪い以外はすこぶるお元気だった。その笑顔には戦禍をくぐり抜けた人の強さと優しさがあった。


 元プロ野球選手でタレントの長嶋一茂は、日本のプロ野球史上絶対的なスター選手として名高い「長嶋茂雄の息子」として世間に華々しくデビューした。しかし、大学卒業後にプロ野球界入りしたものの、そのキャリアは僅か8年で終わり、プロ野球選手としては大成しなかった。圧倒的な才能が必要とされる世界で、偉大な父を持ち、その父と同じ道を歩むのは、子どもにとって茨の道を歩むようなものなのかもしれない。

 しかし、その彼も現在ではテレビで何本ものレギュラーを持つ売れっ子タレントである。プロ野球を引退後に始めた極真空手ではシニアの大会で優勝するなど、既に達人の域に達しているらしい。

 その彼は仕事のスケジュールが空けば、すぐさまハワイへ飛ぶと言う。ハワイこそが自分の本拠地だとうそぶく。それどころか、ハワイに行くと言う理由でレギュラー番組も休むらしい。悪びれもせず、それを番組内で言うのだから、"そういうこと"が許される稀有な存在なのだろう(普通のタレントならとっくにクビになっている)

 とにかく生まれながらのセレブだからなのか、発想が常人とは違う。ドライな仕事観、金銭感覚、対人関係、そして自分の身体を鍛えることへの拘り(20人のトレーナーがついているらしい)など、経済的な困窮を知らない人間だからこその独特な哲学に基づく生き方を貫いており、その是非はともかく、他のタレントとは一線を画す存在である。


 先日、同タイトルの漫画が原作の「キングダム」と言う映画を見て来た。中国統一を果たした秦の始皇帝の若き日の物語である。

 奴隷の出である信と後の始皇帝とのやりとりでは、始皇帝の発言が逐一圧倒的な権力を持った人間ならではの発想で、信の反論を許さない、人間の尊厳など一切無視の冷徹さが印象的だった。

 そもそも500年もの間、数多の国が戦いに明け暮れている群雄割拠の中、王家の血を引くとは言え、若き日に「天下統一を果たす」と宣言すること自体大言壮語と受け取られかねないのに、後にそれを実際に果たしたのだから、始皇帝と言う人物のスケールには計り知れないものがある。

 王族として生まれ落ちた時から、将来国王となるべく所謂「帝王学」を学び、上に立つ人間として常に大局を見極めることが求められて来たのだろうから、国王たる者、下々の人間とは発想が違って当然なのだろう。

 王国でなければ、例えば日本のように天皇が国民の統合の象徴と位置付けられ、直接政治に関与できない場合、政治のトップである首相に統治者としての大局観が求められるのだろう。少なくとも政治家を志す人には大局的に物事を見る素養が欲しい。広い視野で天下国家を語れる人であって欲しい。その意味では、終戦以来、日本で真の意味でのエリート教育がなくなってしまったのが、今、政治の世界で深刻な人材不足を招いているのだと思う(元々エリート養成機関として設立された東大には今も他大学を圧倒する多額の予算がつぎ込まれているが、少なくとも国内では頭脳明晰な学生の集まりであるはずの東大生が、本来の建学の意図を汲まずに官僚や政治家を目指さなくなっている。彼らに期待する方が間違っているのか?)

 近年は広大な国土を持つ中国に、島国の日本は圧倒され通しだが、国土の広さの違いはそのまま人間の発想のスケールの違いに反映されているような気がする。ここ数年、習近平主席が提唱する「一帯一路」がまさしく大陸人ならではの発想で、ユーラシア大陸全土を巻き込んで、中国主導の一大経済圏を築き上げようとしている。少なくとも今の日本の政治家にはそのような発想は期待できないし、日本の国力を上げようとの気概も感じられない。

 また、近年、民主主義国家の市民の当然の権利として、国や地域の重要な案件について国民投票や県民投票が実施されることが国内外で多いが、英国のEU離脱を巡るゴタゴタを見る限り、国家の行く末を左右するような重要な案件を、果たして国民投票で決めて良いものなのか疑問を禁じ得ない。なぜなら、国民の教育レベルや知性には当然バラつきがあり、全員が案件の重要性を正確に認識し、流布する情報の正誤を判断し、正しい採決ができるとは思えないからだ。これこそ、選挙によって選ばれた市民の代表である代議員に、その判断を委ねるべき案件だったのではないか? 


 さまざまな発想や着想に触れて、刺激を受けることは本当に多い。それが思索のきっかけにもなっている。だから、常にアンテナを張って、耳をそばだて、自分では思いもつかない発想や着想に、できるだけ数多く出会いたいと思う。そう考えると、自分以外の他人はすべて「思索のヒントを与えてくれる先生」と言えるのかもしれない。

2019/4/11

最近の政治家と私と内田也哉子さん  はなこのMEMO

@日本の政治には本当に幻滅している

安倍氏一強の与党自民党では、自らの保身のために安倍氏やその盟友麻生氏に「忖度」する議員ばかりで、日本国や日本国民のことを真剣に考えて職務に当たっている議員が殆ど見当たらない。

一連の失言で更迭された議員らに共通するのは、その発する言葉の軽さだ。思慮のなさだ。国民の代表としての自覚がなさ過ぎる。自分の発言が誰にどのように受け止められるかの想像力に乏しく、言葉選びの稚拙さからも知性が明らかに足りないように思う。

恥ずべきことだが、失言で更迭と言う事態がこれまで何度となく繰り返され、明らかに国会議員の資質に欠けると見られる人物が国会議員になれる日本の政治の状況には、私達国民にも責任の一端があるのだろう。

(五輪担当大臣がこうもコロコロ変わって良いのだろうか?世界はこの日本の状況をどう見ているのだろうか?以前、リオ五輪の準備の不手際を日本のマスメディアは何度も報道しては嗤っていたが、東京五輪も人のことを笑えない状況だと思う。日本はもう少ししっかりした国だと思っていたのだが、いつの間にか、やること為すこと緊張感や責任感に欠ける二流三流国に成り下がってしまったようだ。)

かと言って、野党も政府与党の政策に反対を唱えるばかりで、有効な対案を出す政策立案能力もなく、その自覚があるのか?ないのか?与党議員の粗さがしに余念がない。しかも離合集散を繰り返し、政権奪取の為に一致団結する気配もない。

内閣の不祥事続きの現在の状況は、かつて自民党が大敗を喫して万年野党が政権を奪取した時と同じ様相を呈しているが、今の野党のていたらくを見れば、今また野党に政権を任せようとは誰も思わないのではないか?。

先日の神奈川県知事選もそうだったが、今の政治の状況は
有権者に選択肢がない!
一票を投じて、治政を託したい政治家がいない!
と言う、有権者にとってはとんでもなく不幸な状況だ。

政治家の資質と言う意味では、そもそもどのような人間が政治家を目指すのかが気になるところだ。

昨今は県議会レベルでも、やたらに二世三世議員が多いが、「政治家」とはそれだけ「うまみ」のある職業なのだろうか?なぜなら、もし苦労の割に実入りの少ない職業なら、子どもは継ぐのを躊躇うだろうから。二世三世は親の地盤を引き継ぎ、周りの人間や利権絡みの支援者がいろいろとお膳立てをしてくれるから、一般の人間と比較して、さぞかし議員になるハードルも低いんだろうね。

逆に何の後ろ盾もない全くの新人が政治の世界に参入しようにも、選挙には何よりお金が掛かり過ぎるのが問題だ。選挙を戦うノウハウも必要だ。仮に新人が政治家を目指すのなら、宗教団体や労働組合、市民団体等の強固な組織の後ろ盾がないと難しそうだ。もちろん其のためには、そういった組織で圧倒的な人望を得る資質も必須だけれど。

二世三世議員が全く駄目とは言わないが、生まれながらにさまざまな面で恵まれた環境しか知らない彼らに、国民の大多数を占める庶民の痛みや苦しみを想像したり理解するのは難しいだろう。だから多様な背景を持った人材が政治の世界には必要だ。

このまま政府の無策が続き、国民への社会保障費の負担が増大し、大多数の国民が生活に疲弊してしまったら、政府が少子高齢化社会を見据えて目指す個々の「生産性の向上」なんて望むべくもない(その分、移民への依存度が高まりそうだ)

こうした状況が今後も続くようなら、もうこの国から世界的な企業も文化人も生まれないと思う。

なぜなら、国家も企業も結局、人が形作るものなのだから。


私利私欲を越えて、この国をより良くしたいと言う熱い思いを持ち、其のためには自らの命を賭すことも厭わない覚悟を持った人が、政治家を志して欲しい。政治家に必要なのは、「滅私奉公」と言う言葉を体現するような究極のボランティア精神だと思う。

A最近何だか知らないけれど、よく知らない人に話しかけられる

私自身が「話しかけやすい」オーラでも放っているのか、最近、行く先々で知らない人に話しかけられる。道端で、バス停で、バスや電車の車内で、スーパーマーケットで、病院で、特に年配者に声をかけられる。せっかくだから私も笑顔で応じて、結構会話が弾む。

大抵ひとりで行動しているから、人と会話することは脳にも心にも適度な刺激と安らぎになっているだろうから、この状況をせいぜい楽しもうと思う。

B樹木希林さんの娘、内田也哉子さんの聡明さに脱帽!

「日本アカデミー賞の授賞式」や「内田裕也氏のお別れの会」の様子を伝えるテレビ番組で、たまたま耳にした内田也哉子さんのスピーチの素晴らしさに感動した。

何より言葉の選択の的確さ(政治家は彼女の爪の垢を煎じて飲んで欲しい)、スピーチの構成の巧さに、類稀なる知性を感じる。聞き手は、冒頭のフレーズのインパクトにまず心を鷲掴みにされ、丁寧に紡がれた言葉ひとつひとつの深みに心打たれ、締めのフレーズのセンスに唸らされる。その語彙と表現の豊かさに、彼女は今までどのような本をどれだけ読んで来たのだろう、日々どのような思索を重ねて来たのだろうと感心する。

母子だけに、声音(こわね)やおっとりとした語り口も亡き母樹木希林さんを彷彿とさせる。飾り気のない率直な物言いも母親譲りのものだろうか?

内田也哉子さんは10代をニューヨーク、ジュネーブ、パリ等海外の学校で過ごし、19歳で帰国後、20歳の若さで10歳上の本木雅弘氏と結婚している。若くして母親になっている。特異な夫婦関係を持った両親のもとに生まれ、結婚後は有名タレントの妻として3人の子育てで多忙でもあっただろうに、いかにしてその知性と感性を磨いて来たのだろう?

内田也哉子さんその人を知った今、今後は彼女から目を離せない。彼女が紡ぐであろう素敵な言葉を、ひとつたりとも聞き逃したくないと思う。


どうやら樹木希林さんは、この世に素敵な置き土産を残して、この世を去られたようだ。

2019/3/9

コンビニの深夜営業を巡る問題  はなこのMEMO

大阪府内のある大手コンビニ・フランチャイズ店オーナーの「深夜営業を止めたい」と言う訴えが波紋を呼んでいる。

空前の人出不足で、特に深夜帯のアルバイト店員が見つからない。2018年の6月から今年の2月にかけて13人もの従業員が辞め、追い打ちをかけるように長年共に店を切り盛りして来た妻を病で亡くし、オーナーはひとりで最長28時間も働く日もあるなど、心身共に疲れ果ててしまった。その窮状をコンビニ本社へ訴えたが、会社側は契約を盾に短縮営業を認めなかった。

そこでオーナーは本社の了解を得ずに独断で2月1日に午前6時から翌午前1時までの短縮営業を始めてしまったのだが、本社からは「24時間営業の不履行は契約違反なので違約金(1,700万円)が発生し、契約解除の可能性もあり得る」と指摘されたらしい(都内の大学に進学していた息子さんも父親の窮状を見かねて帰郷し<中退か休学かは不明>、現在は父親の店を手伝っていると言う)。(以上、テレビ報道や日本経済新聞2019年2月22日朝刊15面等を参考とした)

確かにフランチャイズ契約で取り決めたことは重要だけれど、何の斟酌もなしに違約金云々と言う会社の回答は、加盟店オーナーに対して冷た過ぎやしないか? (一応、オーナーの妻が亡くなった際にコンビニ本社は応援要員を派遣して対応しており、それに対してはオーナーも感謝の意を述べている。しかし、これはあくまでも一時凌ぎに過ぎず、根本的な問題解決には至っていない。本社との話し合いは膠着状態が続き、心身共に限界に達したオーナーは、今回実力行使に出たのだろう)

実は同様の問題は私の身近でも起きていて、同じマンションの住民ご夫婦も、深夜帯の営業でアルバイト店員が見つからず、60歳半ばを過ぎたご主人が連日連夜の深夜勤務で体調を崩したためコンビニ経営から身を引いたと言う。

それだけに今回の一件には高い関心を持って注視している。


そもそもコンビニは24時間開いていなければいけないのか?常に24時間開いていなければ、コンビニではないのか?(当然ながらビル等のテナント営業では、現時点でもビルの開業時間に合わせて営業している)

24時間営業に関して、コンビニの立地(地域性)やフランチャイズ店オーナーの事情を考慮する余地はないのか?全てのフランチャイズ店は一律24時間営業でなくてはならないのか?その根拠は何なのか?コンビニ各社が横並びに24時間営業である必要はあるのか?(会社として、24時間営業の看板を下ろした時点で”負け確定”なのか?そう言えば昔、「24時間闘えますか♪」と言う栄養ドリンクのCMキャッチコピーがあったなあ…)

過去にセブンイレブンが社会情勢の変化に伴い、屋号にもなった午前7時〜午後11時の営業時間を24時間の終日に変更したのであれば、今また社会情勢の変化に合わせて営業時間の見直しをすることはないのか?

素人目にも疑問は尽きない。


先日の「羽鳥慎一モーニングショー」でもこの件について特集していたので、そこから得た情報を以下に列挙してみる。


まず、コンビニ店オーナーの平均勤務時間:18時間
→時給換算すると500円にも満たない雇っているバイト店員より低い

経営が安定軌道に乗るまでの創業期ならともかく、それが開業以来ずっと続いている。働き方改革が叫ばれ、職場をあげて勤務時間の適正化が図られている昨今の状況とは真逆の状況にある。

コンビニのフランチャイズ店オーナーは店舗のオーナーでありながら、フランチャイズ契約の縛りでオーナー店の営業時間も自身で決められないジレンマを抱えている。しかし、営業に損益が出れば、それはオーナー自身の責任となる。フランチャイズ店オーナーは経営者なのか?それともコンビニ本社の管理下にある労働者なのか?

コンビニのタイムスケジュール:

AM 0〜4時;商品の搬入、検品、品出し@
   4〜7時:清掃
   7〜9時:販売ピーク@
   9〜12時:搬入、検品、品出しA
   12〜13時:販売ピークA
   13〜16時:棚卸、清掃、ゴミ出し
   16〜18時:搬入、検品、品出しB
   18〜21時:販売ピークB
   21〜0時:品出し、清掃、ゴミ出し、【発注】

日に3回ある搬入、検品、品出し作業はかなりの重労働らしい。従業員は、大量の商品の品出しを販売と並行して行わなければならない。しかも昨今のコンビニは商品の販売だけでなく、公共料金の収納や宅配の受け取り引き渡し、興行チケットの販売や発券の代行業務も行い、ホットスナックも提供するのでその調理もしなければならない。時間帯によっては息つく暇もない忙しさだろう。

さらに昨今は災害時の社会的インフラとしてもコンビニは重要視(重宝?)されている。

そして、オーナーにとって最も重要な作業が発注売れ残って廃棄処分になれば、それは全てオーナーの損失となるので、廃棄が出ないようシビアに発注を決める。

コンビニ各社が24時間営業に拘る理由:

@深夜営業を止めると、全体の売上が3割ダウンすると言う経験則を持っている(コンビニ本社曰く、24時間営業していることが顧客に「あの店はいつでも開いている」と言う安心感や信頼感を与え、昼間の集客に繋がっている。)

A深夜の輸送、搬入で物流コストを抑える。

B取引業者(弁当製造等)もコンビニの営業に合わせて24時間稼働しており、深夜営業を中止すれば、その業者への影響も大(昼勤、準夜勤、深夜勤と三交代制を取ることで設備投資を抑えられる)

深夜営業を求める客:深夜勤務者、学生等

番組が聞いた街の声(サンプル数は13人と少ないが):8割の人が、(省電力等)環境保護の為なら深夜のコンビニ利用を控えても良いと回答。

セブンイレブン・ジャパンでは99%がフランチャイズ店で、直営店はわずか1%。
→本社としては社員雇用の人件費がかかる直営店より、コンビニ営業の「看板」と「ノウハウ」の対価としてフランチャイズ店オーナーが支払うロイヤリティで儲ける方が経営効率が良いからではないか?→ロイヤリティの見直しは?→過去に一度行っている。

既にコンビニは店舗数に一部の地域で飽和感もあり、今後は人口減少、かつ社会構成員の高齢化が進む日本では、24時間営業というコンビニのビジネスモデル自体が曲がり角に来ているのではないか?


それを踏まえてのことか、セブンイレブン・ジャパンでは時短営業の実証実験を行うと言われている。当初直営店のみでの実施予定であったが、フランチャイズ店オーナーらからの申し入れもあり、フランチャイズ店での実施も検討されるようだ。

別番組では経済評論家の森永卓郎氏が「地域のコンビニ各店舗が協議して、深夜は当番営業制にしてみてはどうか?」と言う提案をしていた。実効性からすれば一考に値するアイディアだと思う。

思うに、仮に地域のコンビニが深夜は当番営業制になったとしても、今や情報化社会なのだから、スマホ等で深夜営業している店舗を探すことはできるはずだ。

コンビニの24時間営業は必要かとの問いに、街頭インタビューで寄せられた「飲み会帰りに寄りたい」だの、「ついうっかり忘れていた公共料金を支払いたい」などと言った利用者の言い分はそれほど切実な訴えとは思えず、コンビニが24時間営業をしなければならない理由としては弱い。

利用者が行き付けのコンビニをいつまでも利用したいのであれば、その便利さを心置きなく享受したいのであれば、またコンビニ各社もその事業をいつまでも継続したいのであれば、コンビニのフランチャイズ店オーナーが無理なく経営を続けていけるような体制作りを、企業と利用者双方で考えて行かなければならないと思う。

今の私達は一時が万事あまりにも”便利さ”に慣れ過ぎていて(企業は企業で利潤追求に走り過ぎていて)、それが難しくなりつつある現在の社会状況への理解や考察が足りないような気がする。

経営者側の事業拡大路線は、もはや環境保護の時代にそぐわない。また、利用者側が求める至れり尽くせりのサービスも、結果的に利用者自身を怠惰にするだけだ。

これからの時代は「与えられた環境で現状の良い部分をいかに持続させるか」が問われるようになるのではないか?その為には皆で知恵を絞らなければと思う。

【追記】

日本経済新聞2019年2月22日朝刊15面には、セブンイレブンが今夏予定している沖縄初進出についての記事が掲載されている。セブンイレブンの進出は、コンビニ大手三社の中で先頭を切って沖縄に進出したファミリーマートに遅れること30年である。

先行するファミリーマートとローソン(ファミマの10年後に進出)は沖縄独特の商慣行を踏まえ、積極的に現地の小売業者との連携策を取り、沖縄独自の商品開発も行うなどして、「ローカライズ戦略」で現地でのフランチャイズ浸透に努めて来た。

一方のセブンイレブンは『綿密な市場調査をした後オーナーを募り、店舗数が一定数に達した時点で、取引先の食品加工会社に工場建設を求める。他のコンビニと違い、専用工場がなければ進出しない。』と言う”自社と旧知の取引業者連合”の「パッケージ戦略」で進出を図るのが常らしい。沖縄でも同様の戦略を取り、現地企業の出資も仰がないと言う。

何事も「沖縄ファースト」で現地密着型を好む沖縄独特の風土に、セブンイレブンの企業文化は果たして受け入れられるのか?根付くのか?日本屈指のインバウンド経済圏でもある沖縄でのセブンイレブンと先行する二社との戦いは、店舗の飽和と客の多様化と言う点で、コンビニの未来を占う布石と見られている。

2017/8/30

私が私として、できること  はなこのMEMO

 たとえどこぞの国からミサイルが飛んで来て、
 Jアラートで避難を呼びかけられても、
 無力な私にできることはただひとつ。

 死ぬ瞬間まで日常を生きること。
 これしかない。

 私個人が平凡な日常を愛おしむことは、
 ミサイルでさえ侵すことはできない。

 それは天災にも言えることかもしれない。
 不意に襲い掛かる事故や事件でさえも…

 私が私としてできることは、
 日常を精一杯生きること。
 誇りを持って生きること。

2017/8/25

ミサイル攻撃するする詐欺  はなこのMEMO

 某国と米国の意地の張り合いはエスカレートするばかり

 地理的にも立場的にも両者の間に挟まれて、
 日本は単独では為す術がないどころか、独自の判断もつけられない。

 それどころか、ミサイル攻撃に対応できるのか否か定かでもない
 米国製兵器を買うハメになる。

 これって、もしかして某国と米国が結託しての、
 兵器売り込み詐欺なんじゃないかとさえ思ってしまう。

 日本と言う国は、軍需産業からしたら、いいカモなんじゃないか?
 兵器の部品はMade in Japanかもしれないけれど…


当ブログ内関連記事

 武器商人としては、米国と並んで旧ソ連現ロシアもなかなかの強者のようです。

 @映画「ロード・オブ・ウォー」レビュー
 A2008年3月9日記事「映画『ロード・オブ・ウォー』のモデルのひとり逮捕される」

参考データ
 @武器の輸出額・輸入額国別ランキング(「世界ランキング統計局」より)
 
 第二次世界大戦戦勝国(あれ?中国も?)によって構成される国連の常任理事国全てが、輸出額トップ10に堂々ランキング入り!ハハハ…笑止千万。まさにマッチポンプ最近噂のウクライナもベスト(ワースト?)5入り。ランキングに大国が居並ぶ中、その一角に旧ソ連の衛星国が食い込むなんて、これは括目すべき事実ですよね。

2017/8/13

呼び込み担当のペッパー君  はなこのMEMO

 1年程前から行き付けの中華料理店の店頭にペッパー君が立っている。

 見る度に、可愛らしい声を張り上げて、一生懸命客を呼び込んでいる。

 しかし、「ぼくとお話しませんか?」と言っている割には、私が目の前で話かけると、つぶらな目で私を見つめるだけで、黙り込んでしまう。

 これまで何度も彼との会話を試みたが、私のアプローチの仕方が悪いのか、一度も成立した試しがない。

 昨日も映画の帰りに、その中華料理店でランチを食べた。

 帰りにレジカウンターで、思わず店長さんに「ペッパー君と話したいんですけれど、彼、いつ話しかけても全然応えてくれないんです。」と切り出したところ、「そうなんですよね。いつもタイミングがずれてて…」と店長さんは苦笑い。

 私達が店内で食事している間も、彼の懸命の呼び込みがずっと聞こえているので、彼が真面目な働き者であることは認めるけれど、どうもコスパ的に見合っているのか疑問に思う。

 「ペッパー君、役に立っているんでしょうか?」と率直な疑問をぶつけると、店長さんは「これは3年契約なんです。店としては顔認証位の機能が欲しいところですが、そのオプションを付けると1台200万円もかかるんです。コスパ的にそれはちょっと…」と、また苦笑い。

 孫社長、ペッパー君の本格的な普及を考えるなら、もう少し料金を「お勉強」してはいかがでしょうか?(おそらく、現時点で基本リース料金は既に破格な安さなのでしょう…)

 結局、市場がまだまだ小さいと言うか、需要がまだ少ないせいで、それなりの価格設定でなければ採算が取れないのかもしれませんが、新たな需要を掘り起こし、市場を広げる為には、ソフトウエアも採算度外視で思い切った価格設定が、一定期間必要なのではないかと思いました 私が記憶する限りでは、ソフトバンクさんは、そのようにして自社製品の販路を開拓して来た企業だと思うのです。

 ここ数年、あちらこちらの店頭で見かけるペッパー君ですが、採用している企業からコスパに見合う働きを認められて、契約延長に至っているペッパー君が果たして何台あるのか、ふと疑問に思いました。 



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