2021/10/12

歯医者通い  日々のよしなしごと

 私の母は子育てに関してはネグレクトに近い野放図な親だったけれど、歯だけは丈夫に産んでくれた。私は親から歯の磨き方も教わることなく(まあ、学校の歯科検診で歯科衛生士さんから教わったけれど)、こまめに歯磨きをするわけでもなかったのに、成人するまで1本も虫歯にならず、歯医者には行ったことがなかった。

 初めて歯医者に行ったのは、幼馴染が歯科衛生士になったので、彼女の勤める歯科医院に歯石除去に誘われたのがきっかけだった。

 そして暫くして、不覚にも奥歯1本が虫歯になった。さらに20代の前半に生えて来た4本の親知らずのことごとくが変な生え方をして他の正常な歯を圧迫し始めたので、すべて抜くことになった。この抜歯がなかなか壮絶で、抜歯後は体調が暫く悪くなったほどだ。

 それから十数年は特に虫歯もなく平穏に過ごしたのだが、40と50の声を聞いた途端、またもや不覚にも虫歯が出来てしまった。閉経後の骨粗鬆症が言われるように、女性ホルモンの減少が、歯の不調に影響しているのだろうか?

 そして昨年に至っては昔治療した奥歯の一部が欠け、そこからばい菌が入って歯肉炎を患ってしまった。これが頬も腫れあがるほどの炎症で、痛み止めも効かないほど頭の芯までズキズキする痛みで、夜も眠れないほどだった。虫歯ではかなり先輩格の夫にその痛みを訴えたら、「それがほんとの歯痛(はいた)だよ」と笑われた。それまでは全て歯科検診でたまたま初期の虫歯が見つかっただけで、私は本格的な歯痛を経験したことがなかったのだ。

 1月半歯医者に通って漸く症状は落ち着いたが、今度は患部の治療を終えるまで酷使した反対側の奥歯が痛み出した。長年の摩耗で一部神経が露出していると言う。そこに食べ物が触れようものなら、翌日までズキズキするような激痛である。さらに当初は冷たい水だけが沁みていたのが、温かい飲み物、果ては常温の水まで沁みるようになってしまった。

 そこにトドメを刺すように、昔治療した歯を覆うレジンが欠けてしまった。仕方なくまた歯医者に行く。歯の欠けと知覚過敏の治療である。

 ベテラン歯科医の巧みな手さばきで治療は思ったより早く済んだ。歯科医は「あなたの歯は基本的にとてもきれいな歯で、状態も良いです。あまり心配しないように。」と言う。先生は励ましているつもりなのだろうか?

 訝る私の表情を読み取った歯科医は「そりゃ、50年以上も使い続けているんだから、くたびれもしますよ」と笑った。確かにそうかもしれない。

 そう言えば、昔の西洋社会では、床屋が歯医者を兼ねていたそうだ。私はたまに昼休み前の最後の患者になると、30分ばかり先生とイマドキの政治経済の話で盛り上がることがある。まさに床屋ならぬ歯医者談義である。

 当地に越して来て以来、30年近くお世話になっている先生も既に70代になられた。未だ、かくしゃくとしておられるが、後何年、治療していただけるのだろうと、ふと不安になることもある。この歯科医院、床がタイル張りの和式トイレを未だに使い続けている、先生と同じくかなり年季の入った歯科医院である。

2021/10/9

本日の新作「猫のいる風景」(ブックカバーね♪)  日々のよしなしごと

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 またまたカレンダーの写真があまりにも素敵なので無下には捨て難く、ブックカバーにしてしまいました。中身は原田マハさんの旅行記『フーテンのマハ』(集英社文庫、2018)です。

 カレンダーは普段台所の壁に掛けており、昨年、東急ハンズで購入したもの。ベルギーや北欧の街角に一匹の猫が凛とした姿で写り込んでいます。この文庫カバーの写真はベルギーブリュッセルの街角で撮ったものらしい。

 ベルギーのブリュッセルは4年程前に訪ねたのですが、EU本部や国連機関があり多国籍の人々が住む都市のせいかフレンドリーな人が多く、隣国のフランスに比べて食事もリーズナブルで美味しく、佇まいもとても素敵な街でした。また訪れてみたい街のひとつです。

 ところで、中身の本の著者である原田マハさんは私と同世代なのですね。同じ時代を、よくもまあ、これほど自由闊達に生きてこられたものだと半ば感心、半ば羨望(笑)。

 彼女の近年の旺盛な執筆活動は、わずか10年の製作期間で2,000もの作品を描いたと言われる画家フィンセント・ファン・ゴッホを彷彿とさせます。そう言えば、彼女はゴッホが大好きで、ゴッホに纏わる作品も何点か出されていますね。

 かくいう私も小学校5年生の時に学校の図工の課題でゴッホの「アルルの跳ね橋」の鑑賞文を書いて以来の筋金入りのゴッホファン。

 上京後、初めて見た美術館の展覧会が国立西洋美術館で開催された「ゴッホ展」でしたし、新婚旅行でフランスのパリを初めて訪れた際も、ちょうどゴッホのアルル移住100周年を記念してオルセー美術館で大規模な「ゴッホ展」が開催されていたので、夫婦で見に行きました。その後も渋谷のBunkamuraミュージアムや国立新美術館、上野の森美術館で開催された「ゴッホ展」には漏れなく足を運んでいます。

 そして、今回、東京都美術館で開催中の「ゴッホ展」にも先日行って来ました。ゴッホを見出した慧眼のコレクターとも言えるオランダはクレラーミュラー美術館の創設者ヘレーネ・クレラーミュラーに焦点を当てた今回のゴッホ展、懐かしい作品《レストランの内部》との再会もあって、感慨もひとしおでした。

 そう言えば、ベルギーを訪ねた折に、ベルギーのホテルの部屋に大きな荷物を置いたまま1泊2日の日程でオランダのアムステルダムやハーグも訪れ、約30年ぶりにゴッホ美術館を訪ねたのでした。さすがにクレラーミュラー美術館への再訪は叶いませんでしたが…その意味でも今回の展覧会に行けたのは本当にラッキーでした!

2021/8/12

子どもは疑問の数だけ賢くなって行く  日々のよしなしごと

この頃、蝉たちが今を盛りに早朝から鳴いている。大合唱である。

この季節に何かと目につく蝉の生態には今更のように興味津々である。さまざまな疑問が浮かんで来る。

例えば、蝉はなぜ鳴くのか?耳をつんざくような大音量で合唱するのか?


数日前のこと。深夜11時過ぎだと言うのに、我が家の出窓の網戸に一匹の蝉が止まったらしく、突然けたたましい鳴き声を上げたかと思うと、それが暫く続いたので、夫と私は驚き、困惑した。

早速、夫が「うるさいなあ」とボヤキながら「蝉はなぜ鳴くのか?」とググった。

まず、蝉はオスしか鳴かない。鳴くのはオスが子孫を残す為にメスをひきつける求愛行動なのである。しかも、オス蝉たちはメスとの出会いの確率を上げる為、集団で鳴く。だから1本の木に大勢の蝉が群がり、あの大合唱になる。


そう言えば、先日近所の並木道を夫婦で散歩していたところ、蝉の大合唱がそこら中に響き渡る中、木の幹で静かに寄り添う2匹の蝉がいた。よく見ると、V字型に尻の部分が重なるような形で寄り添って、じっとしていた。これまで数多の蝉を見てきたけれど、初めて見る光景である。もしかして、交尾していたのか?

蝉は長いものになると20年近く地中で暮らし、地上では命の限り鳴いて(実際は羽根を擦らせて→お腹の内部の筋肉と膜を伸縮させて)メスを呼び寄せ、交尾し、メスが卵を産むと、1〜2週間でその命を終えると言う。正に子孫を残す為だけに生きているような生きざまだ。何十年と生きて、個人としてさまざまな経験をする人間から見れば、その一意専心な生きざまは潔くも切ない。まあ、地球上のほぼ全ての生き物は、「何の為に生きるのか?」なんぞ考えることもなく、粛々と子孫を残す使命を果たして、その命を終えるのだろうけれど。


ここで傍迷惑な深夜の蝉の話に戻すと、蝉が鳴くのにも条件があり、「気温」と「明るさ」の両方か、種類によってはどちらかひとつの条件を満たさなければ、蝉は鳴かないそうだ。

それなのに、数日前は深夜に我が家の窓辺で蝉が何を血迷ったのか、鳴いた。しかも結構長い時間。つらつらと考えるに、これはどうも「夜間も気温が下がらない熱帯夜」と「我が家から漏れる明かり」が、一匹の蝉を惑わせてしまったものらしい。命短い蝉にはちょっと可哀そうなことをしてしまったかな?その罰が当たったのか、一昨日の強風で、同じマンションの角部屋で我が家のその網戸の網だけが、見るも無残にボロボロに破れてしまった(←実際は網の経年劣化とビル風の問題だと思われる)

また、蝉と言えば、仰向けに死んでいる蝉が多い。この時期には玄関ドアを開けると、廊下のそこかしこに蝉の死骸が仰向けに転がっている。

気まぐれに仰向けの蝉を手で転がしうつ伏せにしてやると、突然蘇生したかのように飛び立ってゆく蝉も少しはいる。しかし、その飛ぶ姿にもはや力強さはなく、やはり残り少ない生命力を振り絞っての飛翔なのだろう。

ここでまた「なぜ、蝉は仰向けに死んでいるのか」とググってみる。すると面白い記事を見つけた。子どもの疑問にその道の専門家が答えるという、NHKラジオ番組の記録である。番組では専門家が一方的に自身の知識を披露するのではなく、電話で時間をかけて丁寧に専門家と子どもが対話をすることで、子どもの探求心を絶妙に刺激して素晴らしい。

質問者は小学5年生の女の子。「仰向けで死ぬセミが多いのはなぜ?」と言う質問だ。専門家はその質問にすぐさま答えるのではなく、女の子に「どうしてそれを知りたいと思ったのか」と尋ねる。それに対する女の子の答えが、彼女の旺盛な好奇心となかなか鋭い観察眼を示して素敵なのだ。

「近くの公園で、死んでいるセミの数を数えてきました。クマゼミ31匹中、横を向いて死んでいるのが3匹、うつ伏せで死んでいるのが7匹、仰向けになっているのが21匹で、一番多かったんです。」

単なる思いつきではなく、きちんとした観察と分類に基づく疑問と言うのが、いかにも賢そうだ。少なくとも小学5年生だった頃の私より、彼女はずっと賢い。

この後も、専門家は女の子に「なぜなぜどうして攻撃」を仕掛けて、彼女から更なる考察を導き出して行く。


事程左様に、日々の生活の中でさまざまな事象に関心を持ち、「なぜ?」「どうして?」と疑問を持つことの繰り返し、その経験の積み重ねが、子どもの知的発達を促して行くのだろうね。子どもは疑問の数だけ賢くなって行く。その知的好奇心の芽を摘まないのが、身近にいる大人の最も大切な役目のひとつなのだろう。

2021/2/19

あぁ風前の灯…でも続けられる限り続けるよ♪  日々のよしなしごと

時々、Yahooニュース記事のコメント欄を見ていると、僅か4、5行程度のコメントに、長過ぎるとクレームコメントを入れる人がいて驚く。

確かYahooニュースのコメント欄は400字までOKのはずだけれど、短文コメント主体のツィッターの浸透で、その程度の長さのコメントでも受け付けない人が増えているのか?

それに今はInstagramやYouTube、TikTok等の画像や動画メディアが活況だから、画像や映像のインパクトに比べて地味な文字列は敬遠されがちなのかもね。

それ以上に、コメントは”誰が”書いたのかが重要らしい。

ネットの海には情報が溢れてかえっているから、有名人や何かのきっかけで注目されている人以外は、よほどのインパクトや人を惹きつける内容でない限り、目に留めて貰えないのは当然と言えば当然か。

もう何年も前から、個人の文章系のブログが廃れると言うか、その多くが淘汰される時代に入ってしまっているのを、今さらのように実感している。

私も腱鞘炎による手の不調や眼精疲労(先月、検査で乱視の進行が原因と分かったので眼鏡のレンズを買い替えた。これで多少は改善されるかな?)による目の不調から、ブログをなかなか書けない、また読めない状況が続いていたけれど、いざ再開しようにも、誰が読んでくれるのかも分からないブログを今さら書くモチベーションはダダ下がりなのが正直なところ。

でも、たまに何か思いつくと言うか、考えることがあり、無性に書きたくなることもあって、まあ、日記として「ほぼボケ防止のために」書いている。

文章をまとめる過程で、事実確認のためにいろいろ調べたり、言葉のチョイスに呻吟したりすることは、やはり怠け者の私の脳には幾ばくかの刺激にはなっているようだ。

如何せん、哀しいかな、久しぶりに書こうとすると、まあ言葉の出て来ないこと!脳内の言葉の引き出しがすっかり錆び付いているのを感じる。

特にコロナ禍で、この1年あまりツーカーな身内以外とは殆ど会話らしい会話がなかったから、危機的に脳への刺激が足りなかったように思う。

しかし幸いにも、今月から週一の割合でイタリア語講座に通い始め、約20年ぶりにイタリア語の勉強を始めたことで、身内以外の人と会話する機会が増えている。

私以外の方々は3年も前から講座の受講を続けておられるそうで、分厚いテキストも半分以上は既に終わっていて、途中から参加の私は半ば落ちこぼれ状態ではあるけれど、それでも学習意欲は減退しない。と言うのも、直接言語野に係る語学学習と相まって身内以外の人と会話できるのが、私の脳に心地よい刺激となっているのだ。

皆さん私と同年代か、それ以上の年代ながら本当に勉強熱心で、イタリア語の複雑な文法も理解されていて、かつ、ボキャブラリも豊富で、自分の不勉強が恥ずかしい。私って、どれだけ怠惰なんだろうと思う。

とまれ、マスク装着でソーシャルディスタンスを保ちつつ、久方ぶりの社会参加&学びの機会に、ちょっとワクワクしている。

コロナ禍でも、何かしら楽しみを見つけないとね。




2020/12/9

紅白歌合戦にもう「勝負」は要らない  日々のよしなしごと

年末恒例のNHK紅白歌合戦、今年はコロナ禍を理由に史上初の無観客開催になると言う。

それは仕方ないとしても、私が長年違和感を覚え続けているのは、番組の最後に紅白の勝敗を決すること。

もう何年も白組勝利が続くことに白けている。白組常勝の理由は明らかだ。勝ち負けの投票に、特定の男性グループ"群"の組織票が投入されているからだ(この組織票の構成員には個人的な恨みもある。以前、映画の試写会で、入場の待ち行列に数十人と言う大量の割り込みをされたことがあった。その手口は2、3人の先遣隊が列に並び、数十分遅れて大人数が挨拶なんぞしながら、しれっと列に割り込むと言うもの)

これでは歌う前から勝負がついている出来レースそのものだ。特別仕様の衣装も用意して出演し、1年の締めくくりに相応しい熱唱を繰り広げる歌手達に対して失礼な話だと思う。

確かに紅白出場を目指す歌手にとっては、出演すること自体が名誉であり、大きな意味を持つに違いない。それでも番組の終いに、自身のパフォーマンスの良し悪しに関係なく、自身が属する紅組の敗北を告げられる女性陣が気の毒だ。毎年、若手女性陣の明らかにがっかりした表情やベテラン勢の諦めにも似た心境が窺えるやるせない表情を見るにつけ、その理不尽さに一視聴者として心が痛む。

年末の民放歌番組は、例えばFNS歌謡祭なんて、とっくの昔に歌手の順位付けは止めて、「お祭り」に徹している。

制作側は「歌合戦」と言う番組名の呪縛から逃れられないのかもしれないが、既に形骸化した紅白の勝負には不快感しかない。そもそも出演者達がが全身全霊でパフォーマンスを競い合っている時点で、「歌合戦」の主旨は十分に達成されているではないか。

紅白歌合戦は、ゆく年の最後の最後に後味の悪さを残すので、本当にタチ(タチ)が悪い。国民から一律に受信料を徴収している公共放送なのだから、「嫌なら見なければ良い」は通じない。

番組の最後に茶番でしかない紅白の勝ち負けを決するのは、もう止めて欲しいと思う。シンプルに男女それぞれが歌手として最高のパフォーマンスを見せてくれることに徹してくれれば十分だ。

2020/12/6

再びgoogleに慰められる(笑)  日々のよしなしごと

最近、人の名前が思い出せなくて困る

今日も俳優の豊川悦司の名前が思い出せなくて(彼の顔は脳裏に浮かんでいる!)、
彼の代表作のひとつであるドラマ「愛してると言ってくれ」で検索できないかと
googleで音声検索をかけたら、
google嬢、間髪を入れず、

はい、もちろんわたしは
あなたのことを愛しています


とのたまった

私は今頃googleに、よほど愛に飢えた人間だと思われているかも

まあ、何かと人恋しい"ご時世"だしね


…にしても、毎度笑わせてくれるぜ、google



2020/11/2

ホントにもう新型コロナでいろいろな予定が吹っ飛んじゃって…  日々のよしなしごと

今年、2020年と言う年は、おそらく世界中の多くの人が、
新型コロナに振り回された年だと思います。
しかも、この状態は、いつ終わるとも知れないタチの悪さ。

今年は(自慢じゃないが)数少ない友人にも(その仕事柄)会えず、
息子の結婚と言う、家族にとって大きな節目にも関わらず、
婚約者の我が家への来訪も叶わず、
ハワイでの挙式も(来年もどうなるか分からないのに)
来年に延期となり、
離れて住む息子夫婦の新居にも未だ行けず、
私にとっては最後の出席となるはずだった
3月開催の西美の展覧会レセプションも中止となり、
緊急事態宣言で大好きな映画館も美術館も休館となり、
6月に予定していた夏休みのマレーシア旅行も中止となり、
楽しみをことごとく奪われ、
やるべきこともことごとく未だ予定が立たず、
心が晴れないと言うか、モヤモヤしてしょうがない

さらに新型コロナ感染を恐れて歯科治療を控えたばかりに、
歯根が炎症を起こして、鎮痛薬も効かず夜も寝られないほどの痛みを経験し、
完治に2カ月もかかってしまいました。

悪化していた左手親指の腱鞘炎も、
10月にようやく手術を受けることができました。
先日抜糸をしたのですが、腫れはひいてないし、
痛みもまだあります。完治まではまだ暫くかかりそう…
とは言え、1年以上悩んでいたバネ指状態は解消したのだから、
良しとしなければね


ホロスコープ的には、12年に1度の大幸運年だったはずが、
なんだかアンラッキーてんこ盛りの1年になりそうです。
もうこうなったら笑うしかないですね 


真面目な話、
「こんな時だからこそ、日々の暮らしの中で、
小さな幸せ、楽しみを見つけることが大切だ」と、
最近の新聞のコラムにもありました。
その切り抜きを台所の食器棚に貼って、
折に触れて読んでいます。

米国のさる有名な心理学者曰く、
何事にも「ありがたい」と感じ易い人は、
人生の満足度が高いのだとか。
日々意識して5つの感謝を記録することで、
「睡眠の改善」や「意欲の向上」も見られたと言う
研究結果もあるそうです。

ポジティブなメッセージは素直に受け止めたいですね。
何かを学びとろうと思うなら、まず素直にならなければ…
と日々自分に言い聞かせています。

2020/11/2

Googleに慰められる?△※✖〇◇  日々のよしなしごと

OK Googleで、近日公開の映画のタイトル
「おらおらでひとりいぐも」を音声入力したら、
即座にGoogleが音声で

「なぜか寂しい気持ちなってしまうことが
ありますよね。
わたしでよろしければ、
いつでも話かけてくださいね」

と反応した。

うん?もしかして私、Googleに慰められてる?

傍でそのやりとりを聞いていた夫は、

「Googleって方言も理解できるのかな?
だとしたら凄いな」

と感心することしきりでした


秋の夜長のよもやま話

2020/5/31

ちょっと腹が立ったけれど…  日々のよしなしごと

 運動不足解消の為、緊急事態宣言中は在宅勤務で、かつ溜まっていた年休をここぞとばかりに消化していた夫と共に、週3の割合で夕刻近くに自宅周辺を小1時間散歩していた。

 そこでしばしば見かけた光景が、とあるバス停で駅に向かうバスを待つ老女の10人程度の集団であった。

 親しげに談笑しているので、全員知り合いのようだ。サークル活動か何かの帰りなのだろうか?平常時ならともかく、新型コロナ流行で緊急事態宣言が出されている中、危機感のない集団だなと思った。

 だいたい、この集団が市中の中型バスにいちどきに乗り込んだら、車内は一気に「過密」状態に陥ってしまうだろうに。

 最近、欧米では日本の新型コロナによる死亡者の少なさが話題になっているらしいが、欧米の死亡者で特徴的なのは、老人介護施設でのクラスター発生による死亡者が多いこと。

 新型コロナは世代別に見ても、高齢者の死亡率が格段に高い。加齢による身体の脆弱化でウィルスの攻撃に耐えられないのだから、当然と言えば当然だろう。

 日本の高齢者施設でのクラスター発生が少なく、死亡者数も抑えられているのは、偏に施設が家族ですら面会を制限し、外部からの人の侵入を必要最小限に留めて、リスク回避に努めているからだ(逆に、病院での院内感染による死亡例は少なくない)

 また、都市部には核家族や単身世帯が多く、感染症弱者である高齢者が、活動的な若年層の不顕性感染者と接触する機会が少ないこともある。
 
 しかし、高齢者が感染したら重症化しやすい。先日、テレビのニュース番組で、病院でのコロナ患者の治療光景を見たが、ひとりの患者に医師、看護師らが5〜6人かかりきりで治療に当たっていた。これでは人手が足りなくなるのも当然だ。

 新型コロナに感染し、回復した人の話を伝え聞いたところでは、軽症や中程度の症状と言われるレベルでも、呼吸するたびに肺をガラスの破片で突き刺されるような激痛に襲われるとのことであった。最近の報道では、米国で回復者の3割に内臓疾患や血栓などの後遺症も見られると言う。

 しかも現時点では、新型コロナ感染で入院すると、本人は治療中に親族と面会できず、親族は本人の死に際して対面での別れも叶わない(最近は、新型コロナ対策で、一般病棟も面会禁止のところが多い)

 件の老女の集団は、自分がコロナに感染した時のことに想像が及ばないのだろうか?

 安易に集会すれば、自分たちがクラスターになるかもしれないとは考えないのだろうか?

 しかし、老女の立場になって考えてみると、新型コロナ感染予防の為に行動自粛することに、自分の残り少ない人生でやりたいことを我慢してまでの価値が見い出せないのかもしれない。それは咳こむほど体調がすぐれないのに外出する高齢男性の無謀さにも通じる、高齢者ならではの刹那的な行動性向のような気がしないでもない。

 批判覚悟で言えば、新型コロナによる死者の多くが老人であることは、生物の命の終わりの「順序」としては間違っていない。これがもし仮に死者の多くが乳幼児であれば、まさに人類存亡の危機で、世界は今以上に混乱を来すだろう。

 (本来ならば必要最小限の外出に留めていただきたいところだけれど)この際、世間の空気を読まず、自分の欲望のままに動く(←加齢により脳の前頭葉の働きが鈍くなるのが原因らしいので仕方ない)高齢者を、非難の眼差しで見るのは止めようと思う。

2020/5/26

思えば、恥の多い人生を歩んで来ました…  日々のよしなしごと

 土曜日の朝、ふとテレビを見ていたら、最近の「ステイ・ホームあるある」で、やたらとインスタグラムに自作の手料理の写真をアップする人が増えている、とあった。

 テレビ画面にはおっされ〜な写真がズラリ…脳裏に当ブログのボケボケで、ちっともおっされ〜でない手料理の写真が浮かんだ

 そうだ、今はビジュアルの時代なんだと言うことを、すっかり忘れていたとにかく被写体はセンス良く、洗練されていなければならない。

 残念ながら、ほぼ引き籠りで友達も少ない私には、人にひけらかすセンスも、羨望の眼差しを浴びる洗練もない。相変わらず、間もなく使用期限を迎える10年物のガラケーで写真を撮っているのである(一応、メール連絡用とデータ検索用にSIMフリースマホも持っているけれど)

 斯様に、私はいつも時代からひと昔どころか、ふた昔ほど遅れているのである

 さらに「ステイ・ホームあるある」では、夫のリモート・ワークが大企業勤務を仄めかし、それをSNSで声高に言うのは、所謂マウンティング行為に当たり、快く思わない人が多数とのこと。

 マズイ、私も当ブログで夫はリモート・ワークだと宣ったわ。でも、夫は大企業勤務ではないすでに定年退職して、今は嘱託の身分だ。

 あまり後先考えずに、思いつくままにブログ記事を書き、写真を載せている私は、自分の知らないところで他人様を苛立てたり、呆れさせているのだろうか?尤も、読者数はそう多くないので、それほど世間的には迷惑をかけてはいないと思う。

 思えば、ブログを始めたのも人より数年遅れだった。そして、今、時代はインスタグラムなのに、あれこれ考えて文章を綴ることが好きなので、とっくにブームが去ったブログに好き好んで(笑)しがみついている。たぶん、インスタグラムには移行しない。インスタグラムのその先にも。

 いつも周回遅れの私だが、何事も原動力が「自己満足」なので、それなりに楽しい毎日だ。ブログサービスがなくなるまで(一度はAOLのブログ消滅を経験しているので、覚悟は出来ている)、私なりのブログ・ライフをせいぜい楽しもうと思う。

 
 自分が幸せを感じられる細(ささ)やかな喜びは、身近に幾らでもある。こんな私でも、か、こんな私だからこそ、か…

2020/5/25

新型コロナでとばっちり  日々のよしなしごと

 昨年の秋頃から左手親指に「バネ指」症状が出て、近所の整形外科で「親指の腱鞘炎」と診断された。

 何度か炎症を抑える為にステロイド注射を打ったけれど改善せず。手術を勧められた。

 ただし、最初に診て下さった医師は非常勤なので、手術するなら常勤の医師に改めて診て貰うようにと言われ、別の日に常勤医に診ていただいたところ、「手術する、しない、はあなた次第」と、にべもなく言われた。

 そう言われて、手術しないことを選択する患者もいるらしい。「痛み」を潔く受け入れ、「痛み」と共に"余生"を送ることを選択する人がいるのだそうだ。

 医師が斯く言う理由は「生死に関わる症状ではないから」「完治する保証もない(術後の満足度に個人差がある)」。折しも「新型コロナ」流行中で、緊急性の高い重篤な病気でない限り、手術はすべて後回しだとも言われた。

 そもそも「痛み」は主観的なものだから、他人にはどの程度の痛みなのか分かりようがない。人工股関節手術の名手?と言われるその医師からしたら、私の痛みなんて痛みのうちに入らないのだろうか?しかし、実際、日常生活に支障を来すほどの痛みが常態化しているのだ。

 私の場合、朝、起きた時に親指の第二関節がくの字の曲がったまま動かない。無理に動かそうとすると激痛が走る。仕方なく、冷凍庫に常備している保冷剤でしばらく親指の付け根を冷やすと漸く動かせるようになり、指をまっすぐ伸ばすことができる。

 一旦まっすぐに伸ばした指は、つい油断して曲げようものなら容赦なく激痛が走る。その後暫くは関節がズキズキと痛むのだ。家事では、特に炊事や掃除で細かな作業が多いし、さらに私は左利きときているから、どうしても患部の指を使いがちで、痛みを防ぐ為に指が曲がらないよう、市販の専用テープを使って指の第二関節を固定して、当座を凌いでいる。

 そうそう、曲がらない親指では、まともにペンさえ持てやしない。無理矢理書こうにも、下手くそな字しか書けない。だから、ペンでは久しく手紙も書いていない。幸い、キーボードでのタイピングには支障がないけれど…

 最近、起き抜けのバネ指状態を防ぐ為に、寝る際にはテープを剥がし、代わりに湿布薬を貼って、その上から専用のコルセットで親指を固定している。

 更年期に入ると、女性ホルモンの急激な減少が原因で、女性は骨粗鬆症を発症したり、私のように腱鞘炎に悩まされる女性は多いようだ。また、保育士の友人曰く、腱鞘炎は保育士の職業病でもあるらしい。たまに出先で私と同様のテープを指に巻いた女性を見かけると、思わず心の内で「おお、同志よ、お疲れさま!」とエールを送っている。

 とにかく、目下、この腱鞘炎のせいで、私のクォリティ・オブ・ライフはダダ下がりなのである。


 手術に乗り気でない医師には、今一つ信頼を置けない。世間がもう少し落ち着いてから、腱鞘炎の治療実績の豊富な別の病院に当たってみようと思う。

因みに私の手相は左右共に「ますかけ」です(笑)
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2020/5/20

距離を超えてオンライン面会  日々のよしなしごと

 福岡の介護施設に入所している義父は、昨年の今頃、(施設の自室内で転倒し、頭を強打して?)外傷性硬膜外血種で一時、生死の境を彷徨った。しかし、医者も驚くほどの奇跡的な回復を見せて、生命の危機を脱したのだった。義父は入院中に米寿を迎えた。

 今年の1月に義母の3回忌で福岡を訪ねた時に見舞った際には、義父は認知症が進んで、もはや自分の息子である夫のことも認知出来ない状態だったが、身体的には見違えるように元気になっていた。

 ところが、今年の4月半ば、今度は就寝中に心不全を起こし、昨年入院した病院に救急搬送される事態となった。入院先が新型コロナ患者受け入れ病院であった為、入院患者への面会は全面禁止で、主治医からの現状報告の電話でしか、義父の病状を知ることが出来なかった。

 しかし、義父はまたもや粘り強い生命力で回復を見せ、約3週間の入院を経て、無事退院することができ、介護施設へと戻った。義妹から退院当日の義父の写真が送られて来たが、1月に会った時とは別人のように、生気のない、表情を失った義父の顔に夫婦でショックを受けた。

 緊急事態宣言下で、その時には介護施設も面会禁止となっていた。そこで代替サービスとして始まったのが、ZOOMを使ったオンライン面会だ。

 早速夫が福岡の介護施設に電話し、義父の担当介護士に義父の現状を確認した上で、オンライン面会の予約を入れた。

 介護士によれば、大分元気になったとの話だったが、義父はどの程度回復したのだろうか?義父とは画面越しに会話が成立するのだろうか?4月の能面のような義父の顔が、一瞬頭をよぎった。

 幸いにも、PC画面に映し出された義父の姿は、私たち夫婦の懸念を払拭するような元気な様子だった。生気が戻り、表情にも明るさがあった。しかも、正気を取り戻して夫のことも認知し、普通に会話が出来る!ごく最近の近況の記憶はないけれど、夫の質問に答える形で、ひとつひとつの記憶を辿りながら昔話に花を咲かせることも出来た。

 30分と言う持ち時間はあっという間に過ぎたが、担当の介護士さんから最近の義父の様子も対面で直接聞くことが出来て、初オンライン面会はとても満足の行く結果を見た。

 もしかしたら、オンライン面会と言う新しい試みに義父の脳も刺激を受けて、認知機能にも良い効果が現れたのかもしれない。

 とまれ、1,000キロと言う途方もない距離の隔たりを超えて、義父と語り合うことが出来た。その元気な姿を確認することが出来た。

 不便は創意工夫の母だ。困っているからこそ、人は知恵を絞り、問題解決の為の新たな方法を生み出す。
 
 親元から遠く離れて暮らす子供にとって、「オンライン面会」は、一般的には忌まわしい禍でしかない新型コロナがもたらした、想定外の価値ある副産物のひとつと言えるのかもしれない。

2020/4/27

こんな時に限って…  日々のよしなしごと

 世間は『ステイホーム』を合言葉に自粛ムード。
 
 しかし、こんな時に限って10年に1度起きるかどうかのコトが起きる。

 我が家では一昨日の夜、夫が仕事で使用する部屋のシーリングライトの電球が切れた。

 これが10年に1度あるかないかの頻度であれば、ライト自体が故障するなどして10年後も使い続けている可能性は低いから、電球の買い置きなど普通はしない。

 さあー困った。世は自粛ムードほぼ一色で、スーパーマーケットやコンビニ、ドラッグストアなどを除き、殆どの店が休業中である。しかも来週GWに突入とあれば、さらに休業する店が増えるだろう。

 いろいろ悪評?がありながらも、営業を続けている駅近のヨドバシカメラだって、もしかしたら休業するかもしれない。

 焦った私は昨日、慌ててヨドバシカメラへと向かったのであった。

 あーどうか、家にあるモノたちよ(←20年物、30年物がザラにある)、これ以上壊れないで欲しい!

 今は正に緊急事態なのだから、我が家にストレスフルな緊急事態を引き起こさないで欲しい!!

2019/9/9

3年ぶりに関東に上陸の台風、15号の威力  日々のよしなしごと

あまりの風雨の強さに3時頃に目が覚めてしまいました。

その後も眠れず、5時から始まったテニスのUSオープン男子決勝を見ています。

ナダルとメドベージェフの白熱した試合で、台風への恐怖心も些か柔いだ感じ。

とは言え、かなりの威力でしたから、被害がないか外の様子が気になったので、日が明るくなってから恐る恐る外に出てみました。

すると、自宅前の外廊下に、どこから飛んで来たのか、大きい物は50CM超のプラスチック片が散乱していました◎o◎

さらにスチール製の防火扉が暴風で吹き飛ばされたのか、エレベーターホールの床に横たわっていました◎o◎◎o◎

駐輪場の自転車も将棋倒しに倒れていました。後で立て直さなければ!

30年近く関東に住んでいますが、こんなに強い台風は初めてです◎o◎◎o◎◎o◎


今日が新聞休刊日で、本当に良かった!


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2019/7/17


左の親指の痛みは10年以上前に骨折したのが原因だと思って、ずっと我慢していたのですが、最近は買い物帰りにレジ袋やエコバッグを持ったり、台所でフライパンを持つのも辛くなった上に親指の第一関節にバネ指の症状も出たので病院に行ったところ、思いがけず「腱鞘炎」と診断されました。

かねてより腱鞘炎はピアニストなど指を多用する人の職業病として知られていますが、最近はスマホ使用時の指の多用で罹患するケースも増えているようです。さらに医師の話によれば、日々の家事の細かな作業で指を酷使する主婦にも珍しくない病気なんだそうです。

根本治療としては指を休めるしかないのですが、立場上そうも行かないので、炎症と痛みを抑える為に患部に(ステロイド剤?)注射をしていただきました。

一応、薬が効いているようで、痛みはなくなりましたが、バネ指の症状はときどき出ます。

さらにパソコン画面を暫く見ていると、画面がぼやけて見えるドライアイの症状も出て、トドメに風邪もひいてしまったので、パソコンやスマホは極力見ないようにしていました。ブログ等のSNSなんてもってのほか(笑)。

ドライアイに対しては普段からメガネをかけつつ、目を酷使しないよう心掛け、風邪は鼻づまりと咳の症状が出ていたので、それぞれ家に常備している市販薬で対応し、時間があればひたすら寝ることにしました。

おかげで漸くそれぞれの症状が緩和されました。2週間くらいかかったかな。


身体の不調とは上手に付き合って行くしかないですね。



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