2019/5/5

205,000km越え  家族のことつれづれ

息子は4年前に、軽のスポーツカーである1991年製のHONDA BEATを大学の先輩から格安で譲り受け、以来、休みの度にひとりで全国をドライブしている。

今回のGWを以って、北海道と九州を除く全地域を走破したことになるらしい。

今回のGWは、未踏だった中国地方を6日間かけて巡ったようだ。

いつも関西方面に行く時は、往路は晴海埠頭からカーフェリーで徳島へ向かうのだが、今回はGWの混雑で車しか乗船予約が取れなかったとかで、本人は別途新幹線でとりあえず岡山に向かうことになった。

車は前日の午前中に乗船手続きを済ませ、本人は当日の早朝6時半頃に実家を出て、東京駅から新幹線に乗るも大阪辺りまで立ち続け、その後、岡山で徳島行きの特急に乗り換え、愛車と再会できたのは午後2時過ぎ。

国内なのに、どんだけ時間かかってんねん?と言う感じだ。

交通費も往路だけで、車の運送料と新幹線代(自由席)で6万円余り…決して節約旅行ではない。

無事、車を受け取った後は、旅行前にザックリと決めていたプランに従って、気ままなドライブ旅。

夕方に辿り着いた場所で、その日の宿を探すと言う大雑把さなので、毎回マトモな宿が取れずに、緊急避難的にインターネットカフェで寝泊まりすることがある。  

今回も2日間音沙汰がなかったので、(こちらからは極力連絡は取らないことにしているが)心配になって電話してみたら、夜中の11時半の時点で宿が決まっていないと言うので本当にハラハラした。その能天気さに腹が立った。

結局、日をまたいで0時15分過ぎに、漸くインターネットカフェに空きが出て泊まれることになったと連絡があった。

こちらとしては、何も知らない方が、どれだけ気楽か…毎回このことで息子とは喧嘩になる。

やはり、インターネットカフェはコンビニと同様に、24時間営業で、常にある程度の現金があるにも関わらず警備が手薄、と言うことで強盗被害のリスクがあるから心配なのだ。

案の定と言うか、今回のGW期間中にも、名古屋のインターネットカフェで、強盗事件が発生している。

いい大人が、お金がないわけでもないのだから、リスク管理はきちんとして貰いたいものだ。


今回、息子は岡山→広島→山口→島根→鳥取と巡り、復路は新人時代に半年間、工場研修で滞在した浜松に寄り、そこで研修時代に親しくなった何人かの友人(地元の飲み仲間?)と旧交を温め、1泊してのち実家に戻って来た。

今回訪ねた場所で最も印象的だったのは「しまなみ海道」だそうだ。風光明媚な景色の中を、風を切って走る心地よさは格別だったと言う。

因みに、今までの全ドライブ旅行で最も印象に残っている地は、それまでの彼の人生で感じたことのない独特の雰囲気を湛えていた青森の「恐山」だそうだ。

何百ヶ所と訪ねた中で、「恐山」の名が挙がったのは、正直意外だった。

息子の気ままなドライブ旅は、親から見れば心配の種が尽きない"無謀な冒険"だが、息子はこの一連の旅で親の私達も見たことのない景色をたくさん見て来たんだろうなあ…


とまれ、息子が車を買った時点の走行距離は不明だが、息子の車は既に205,000キロを超えている。走行距離20万キロは、(タクシーやトラック等の業務用車両は別格として)一台の自家用車としては金字塔とも言うべき数字だと聞いたことがある。

息子曰く、愛車は30年近く走り続けて、今なお「すこぶる元気で」快調な走りらしい。

息子の愛車BEATくんには今後も事故なく、車としての寿命を全うして貰いたいと願っている。

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2017/8/11

そろそろ親も子離れ  家族のことつれづれ

 夏休みで他県に住んでいる息子が来週帰省すると言う。

 ひとり息子が家に戻って来るのは嬉しくありつつも、彼が実家を離れてから2年が経過し、既に夫婦ふたり暮らしのペースが出来上がっているので、彼の滞在でちょっとイライラが募るのもまた事実である。

 友人と会うからと深夜に帰宅したり(最終バスを逃したらタクシーで帰って来れば良いものを、酔った状態で歩いて帰って来たりするので、事故や事件に巻き込まれる危険性大。いい大人が親に心配かけるなと思う)、暇だから市中をブラブラして来ると出かけたのは良いが、一向に帰るコールもなく、こちらは夕食の準備をどうするか思いあぐねたり…「家は無料の宿泊所じゃない!」と憤ってしまうのも度々。

 「郷に入りては郷に従え」だ。世話になっているのは彼の方なのだから、ここは親に配慮して然るべきだと思う。

 せっかく戻って来るから、彼の好物の料理を作ってあげようとか、家族で共通の趣味である映画を見に行こうとか、招待券があるから普段は行く機会がないであろう展覧会に連れて行ってあげようとか、親としてはそれなりに彼に気を使っているつもりである。

 実家に戻ればつい親への甘えが出てしまうのかもしれないが、ちょっと腹が立つのである…

 って書いている時点で、私自身はまだまだ子離れ出来ていないのか?!

2017/6/5

非婚化、少子化は政治の問題でもある  家族のことつれづれ

 北関東に住んでいる息子が、東京の都心で行われる会社の同期(入社した同僚)の結婚式の為、一時帰宅していました。

 折しも大学卒業後、単身オーストラリアに渡り、現地の日本料理店でシェフをしている中高時代の友人が一時帰国しており、息子は式の前日に、その友人と上野で落ち合って酒を酌み交わしたようです。

 この友人、早稲田大学の教育学部を出て、なぜか異国でシェフになったらしいのです。人によって進路もさまざまですね。しがらみや常識に囚われない生き方を敢えて選択する潔さが凄いなと思う。イマドキ珍しい6人兄弟の、年の離れた末っ子と言う気楽さもあるのかもしれないけれど。

 さて、話は息子の同期の結婚に戻りますが、息子と同期と言えば26歳前後です。息子の話では、既に半分近くが既婚者らしい。昨今の平均値よりは大分早婚だと思うのですが、どうでしょう?

 今の世の中、大企業と言えども未来永劫安泰とは言えないですが、それでも現時点で正規雇用で安定した収入を得ることができているのは、結婚への大きなインセンティブになっていると思います。

 多くの若者から未来への希望を奪ったのは、やはり小泉竹中時代に始まった非正規雇用の増加ではないでしょうか?経済のグローバル化による産業構造の変化でやむを得ない部分があったとしても、現状の非正規雇用の割合は大き過ぎます。社会正義にもとると言える。

 従来なら正規雇用で守られていたはずの従業員の生活が不安定化したことにより、結婚を躊躇う若者、結婚しても教育費用負担の心配から子どもの数を絞らざるを得ない若者も多いと思う。

 その一方で史上最高益を更新している企業もあります。

 さらに、工業生産品のコモディティ化により、従来のような収益を上げるには、より高度な技術が必要とされる分野が増えたのに、会社は社員教育にかつてほど注力しません。大企業に慮った政策ばかり施行する政府にも、その責任の一端はあると思う。

 さらに政府は高齢化社会の進展による社会保障費の増大への対応に精一杯で、教育に必要十分な予算を割く余裕を失っています。尤も、公教育の抜本的な立て直しは、政府のやる気の問題のような気もしますが…

 今の日本の年金システムは、現役世代がリタイヤ世代を支える方式になっているのに、支える側の人口は減る一方です。そして社会保障費を応分に負担する正規雇用従業員はさらに少ない。このままでは早晩、日本の社会保障制度は破たんするでしょう。

 若者の婚姻率を正規雇用と非正規雇用で比較してみれば、一目瞭然です。少子化対策には、第一に若者が結婚できる環境を整える事。その改善策として企業は正規雇用を増やし、社員教育に力を入れること。そして、ひとりひとりの人生が生まれた環境に極力左右されることのないよう、政府は公教育を充実させ、できるだけ数多くの有用な人材の育成を図ること。


 子ども(と若者)は未来そのものなのです。その存在を蔑ろにする国に未来はありません。

 若者も今、自分たちが置かれている状況には、政府に対して怒ってしかるべき。どうして、他国の若者のように積極的にアクションを起こさないのでしょう?もっと自己主張すべきです。

2016/11/12

トランプ祭り?!  家族のことつれづれ

 昨夜、普段は音沙汰なしの息子から電話があり、また来週から、今度は2週間米国に行くことになったとの連絡だった。

 しかも、自分以外はすべて年長者の8人と、3都市を行脚すると言う。

 「(仕事の)内容的にもキツイ」と。たぶん電話の向こうでは少ししかめっ面をしていたと思う。

 入社2年目、配属されてからまだ1年にも満たない一番下っ端な上に同世代が皆無では、気の遣い通しでさぞかし疲れるだろうねえ…広い米大陸では移動も大変そうだ。

 内心そう思いながらも、「何事も経験。でも、気をつけてね。」と、後で励ましのメールを送った。

 電話の途中で思わず笑ってしまったのは、息子の口から出た表題の「新語」である。

 何だよ?「トランプ祭り」って。

 息子曰く、トランプ氏が大統領選で勝利して次期大統領に決まったので、米国は今頃、お祭り騒ぎなんじゃないかと。

 違うだろーお前は新聞を読んでないんかい

 家にテレビのない息子にとって、ニュースはネットと新聞だけが頼りだ。

 どうも、どこか抜けている。知識や関心が偏っている。

 こちらが常識と思っていることを意外に知らない。分かっていない。

 今、地域で、日本で、世界で、何が起きているのか、関心を持って、最低限の状況把握ぐらいはしなさいよ、と言っておいた。

 相変わらずのおとぼけぶりである。

 本当にマトモに仕事はできているのか心配になる。

 で、追記です。

 どうも「トランプ祭り」とは、株取引をしている人々の間で交わされている隠語のようですね。息子の会社の先輩には株取引をしている人が多いと聞いているので、彼らの間で交わされている言葉を聞きかじった息子が、それを真似て口にしただけなのかもしれません。

 選挙結果が判明した直後の株価の大幅な下落は、トランプ氏の勝利を受けて、今後の米国の動向に(何たって、選挙期間中のあのトランプさんの過激発言ですからね)一抹の不安を感じた投機筋が、一時的に危険回避の動きに出ただけのこと。

 実際、米国では大統領選直後は、社会が一種の興奮状態で、支持派のお祭り騒ぎ(今回、あのKKKも祝勝パレードを行ったんだとか!)もあれば、不支持派の就任反対デモもある。

 国全体がザワザワしている。

 これらを総称しての、今回の「トランプ祭り」でしょうか? 

2016/10/28

義理の母のこと  家族のことつれづれ

 もう結婚してから30年近いので、それはそのまま夫の母、つまり義理の母との付き合いの歳月にもなる。

 義母とのこれまでの数えきれないほどの会話の中で最も感嘆するのは、これまでほぼ1度たりとも義母の口から人の悪口、陰口を聞いたことがないことだ。

 例えば私が「同居する弟の嫁さんは家事を私の母に任せきりの一方で、母の入院時に一度も見舞いに行かないらしいのよ。」と不平を述べた際に、義母は「嫁姑で喧嘩しないだけ良いんじゃない。」と返した。

 私の人間としての未熟ぶりを恥じた瞬間であった。

 夫はこの人に育てられたのか。夫の誠実の源はこの人なのか。

 そんな義母が唯一、人に対してキツイ一言を浴びせたのは定年を迎えた日の義父に対してであったらしい。

 「今まで苦労をかけたな」とねぎらいの言葉をかけた義父に、義母は真顔で「はい、散々苦労しました」と応えたそうだ。

 いつも穏やかで従順な義母からの意外な一撃に、義父は心底驚いたのではないかと想像する。

 そんな驚きのエピソードを、台所で魚を焼きながら、ポロッと口にした義母。もちろん、意表を突かれた私も驚いた。

 夫からは幼い日の実家での貧しい暮らしを何となく聞いてはいたので、義母の人並みならぬ苦労を私なりに想像はしていた。

 しかし、普段、人を咎めるような発言を一切しない義母からの、積年の恨みを表明するかのような一言には、義母のそれまでの想像を絶する苦労が偲ばれた。よほどのことであったのだろう。

 現在の義母は若い頃に罹った病の後遺症で肺の病気を患い、呼吸するのも苦しい状態だが、それでも老いた自分の体力のなさを嘆くことはあっても、人の悪口はけっして言わない。

 寧ろ、近くに住み、細々と世話を焼いてくれる義弟の妻である義妹への感謝の言葉を欠かさない。

 驚いたことに、夫がこれまで大病することなく健康でいられたことへの感謝を、妻である私にも述べる義母である(逆に夫を丈夫に産んでくれた義母に、私の方が感謝したいくらいである)

 その観音さまのような慈愛の深さには、いつも驚かされる。

 そんな義母との会話を、これからも出来るだけ長く楽しみたいと心から思っている。

2016/10/15

阿呆としか思えないヽ(`Д´)ノプンプン  家族のことつれづれ

 明後日から1週間、入社して初の海外出張だと言うのに、今日から1泊2日の予定で、大学時代の友人12人と連れだって伊豆までツーリングに行っている息子。

 こんな綱渡りなことして、何考えているの?と思う。

 幾ら海外への出発が、ツーリングから帰宅して翌日の夕方とは言え、前日まで長時間のドライブで遠出するなんて危ないにも程がある。

 息子曰く、今回のツーリングは息子が車を買ったお祝いに大学時代の部活仲間が企画してくれたもので、息子の名前を冠した会。宿泊先のホテルも半年前から先輩が予約してくれていたらしい。

 だから、主賓の自分が欠席するわけには行かないと言う。

 海外出張は当初7月の予定だったのが、出張先の都合で延びに延びて、来週になってしまったと言う間の悪さ(ツーリングの帰りに実家に立ち寄った息子の話によれば、先週は米国の方から先に出張者が来て、その対応に追われたらしい。息子の英語、ちゃんと通じたのかな?まあ、技術屋同士の会話だから、専門用語を羅列すれば一応通じるとは思うけれど……)

 何だか、息子は以前から間が悪いと言うか、常にギリギリの綱渡りで世渡りして来た印象がある。

 ここ数年に限っても、院の修了式の前日まで(修論は既に提出済)実験を続けていたり…

 こうした部活仲間でのマイカー購入記念ツーリングは半ば伝統化しているらしいとは言え、愚息もとい息子の為に12人もの人が集ってくれるのは有り難いこととは言え…

 この間の悪さは何だ!

 
 とにかく、くれぐれも事故のないよう、十分休憩を取りながら安全運転に努めなさいとは言っておいた。

 もう親の手を離れてしまった以上、息子自身でシッカリするしかないんだよね
 
 でも、「せっかく、ここまで育て上げたのに何かあったら」と思うと、いつまでも親としては心配の種は尽きないんだよね 

【2016.10.17 追記】

 上司や先輩と共に17時?発の全日空機で米ワシントンへと向かった息子(一丁前にビジネスクラスですよ。親が昔使っていた30年物のボロボロのキャリーケースで…)。その1時間前、出国審査を済ませて搭乗待合室にいるであろう息子にメールを送った。

 「気を付けて行ってらっしゃい。楽しい土産話期待しています。初の海外出張、思いっきりやりなさい。」

 すると息子から速攻で返信があった。

 「オッケー」

 軽い。軽すぎる。やっぱり、阿呆だなと思う。 

2016/5/16

親の問題、子の問題  家族のことつれづれ

 私の母方の家系は長寿で、祖母は105歳の大往生だった。曾祖母も90歳を過ぎて亡くなったそうだ。母は今年の夏で80歳になる。

 祖母は10人の子供を産み育て、90歳頃まで頭もしっかりしていたが、母は父を亡くしてから8年、最近になって痴呆の気が出て来た。先日、母からうちに掛かって来た電話で、そのことに気付いた。すぐさま、同居の弟に電話で確認した。

 最近、弟が母を大学病院に連れて行き、脳の検査をしたところ、脳に萎縮は見られず、器質的には50代の若さだと言われたそうだ。しかし、精神に異常を来している。被害妄想で隣家の方をストーカー呼ばわりし、ご迷惑をおかけしたらしい。

 現在は心療内科に通院し、精神安定剤と睡眠薬を処方して貰っているが、薬を飲みたがらず、弟を困らせているらしい。昔の母を知る娘としては、母が「自分」を失いつつあるのが哀しい。

 父方の祖父や父は70代半ばで老人性痴ほう症を発症し、母は合計10年近く、ふたりを在宅介護した(祖父の介護は、当時中学生だった私も手伝った)。弟夫婦は結婚以来ずっと共働きなので、これまで家事の一切を母が担って来た。60歳過ぎまで食肉加工の会社で働いてもいたので、ずっと働き詰めの人生だった。

 祖父が実業家として成功し、高校卒業時までは家にお手伝いさんもいたお嬢様育ちの母が辿った人生は、特に乱暴者(勤勉だが短気で喧嘩っ早い。病気で倒れるまでは大酒飲み)の父と結婚してからは順風満帆とは言えなかった。5人の子宝に恵まれたが、幼い娘を交通事故で亡くしてもいる。

 今で言うところのDVに悩んだ人生だったと思う。父は痴呆症になった晩年も母に暴力を振るったらしい。父が亡くなって正直ホッとしたとも言っていた母だが、同時に喪失感も大きかったようで、父が亡くなって以後はどこか寂しげだった。

 せめて打ち込める趣味のひとつやふたつあれば、何でも言い合える親しい友人が身近にいれば、母の現状もまた違ったのではないか?痴呆症の発症もここまで早まらなかったのではないか?

 母は果たして幸せだったのだろうか…

 悪いことは重なるもので、夫の両親も体調がすぐれず、現在ふたりとも入院中だ。私達夫婦は遠距離に住んでいるので、細かなことはどうしても地元に住む弟夫婦に頼ることになってしまうが、そうすると特に実質世話をしている弟の妻の負担をどうしたら減らせるか、夫は今、福岡に嫁いでいる妹と話し合っているところだ。

 父の入院が長引けば、私が行くことも考えなければならないが、2月に帰ったばかりで、また空路行くとなると交通費の負担が大きい。今、ネットで遠距離介護について調べているが、人によっては、やはり交通費だけで月に10万円もの負担になっているケースもあった。それだけ大きな負担をして、子世代は自分達の老後資金の手当ては大丈夫なのだろうか?それとも、親の死後、遺産相続で相殺されることが前提なのか?

 我が家の場合、私自身は父が亡くなった時、父には、両親と弟家族が住む自宅と土地ぐらいしか資産はなかったので、それを売り払ってまで現金化しろとはさすがに言えず、弟以外の姉妹は全員相続を放棄した。夫の両親もそれなりの蓄えがあるとは言え、それは両親自身の老後の為であり、遺産相続など端から期待出来ない。現に私達夫婦はこれまで、結婚する際にも、自宅を購入する際にも、親からの援助は一切受けておらず全て自力で賄って来た。

 夫の両親に関しては今後ますます介護が必要になって来ると思うが、両親の住む長崎でも公立の介護施設は不足しており、入所はかなり難しい状況らしい。それ以前に父が介護ヘルパーを自宅に入れることさえ嫌がって、弟夫婦が説得して、最近になって漸く週に1回ヘルパーさんに来て貰えるようになったぐらいだ。両親は地元への拘りも強く、自宅を離れることは頑として聞き入れそうにない。暫く、この両親のことで頭を悩ませそうだ。

 首都圏も同様に公立の介護施設は不足がちで入所は難しいらしいが、友人知人は比較的恵まれた人が多いのか、親御さんを私立の有料介護老人ホームに入所させているケースが多い。結局、身も蓋もない話だが、介護問題もお金が解決すると言うことなのだろうか。

 教育を巡る問題にしても、介護問題にしても、実にさまざまな家庭の事情があり、格差を感じるご時世である(尤も、元々あった格差が、現在さまざまな形で露わになっただけなのかもしれない)。 

2016/5/7

息子の愛車でドライブ  家族のことつれづれ

 息子がGWの帰省を終えて自分のアパートに戻ると言う日に、息子の愛車で横浜へ約1時間のドライブを楽しんで来ました。

 息子の愛車はHONDAのBEATと言う車種で、なんと息子と同い年の25年物の2人乗り軽自動車。軽ながら、その走りはスポーツカーのようで、エンジン音をブルンブルン唸らせて疾走します。運転中の息子は、5MTのシフトチェンジを楽しんでいるようでした。息子の愛車はハードトップタイプで、屋根の部分を取り外せばオープンカーにもなるようです。

 このBEAT、発売総数は約34,000台で、発売から25年経った現在も未だ6割(約20,000台)が現役なんだとか。マニアックなファンが今も大事に乗り続けているようです。そんなファンの一部がYOU−TUBEにも動画を多数アップしています。

HONDA BEATの試乗レビュー(動画)

 息子は3人目のオーナーで、最初のオーナーが20年乗った後、息子の大学(部活)の先輩が5年程乗り、先輩は先ごろHONDAから発売されたS660を購入したのを機に、このBEATを息子に格安(キャリアで販売されているスマホ1機の値段位)で譲って下さったそうです。

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 実際に助手席に乗っての感想は、まず車高が1.2mにも満たない低さではっきり言って乗りにくい(笑)。座席のすぐ後ろにエンジンが搭載されているので走行中のエンジン音は半端なく?ウルサイ(笑)。

 実はこの車高の低さ(=視線の低さ)と、うるさいほどのエンジン音が、実際以上の疾走感(加速感)を感じさせてくれるようで、それが車好きには堪らないのだとか。パワステも非装備なので、コーナリングでは力づくでハンドルを操作しなければならないのですが、それもドライブの楽しさに繋がっているのだとか。車を単なる移動の道具だとしか考えていない私には、ちょっと分からない感覚です。

 車内も運転手本位の作りで、運転席により広いスペースを割いた為、助手席はやや狭め。さらに190CM近い長身の夫(息子は180CM)だと天井に頭がつきそうで、足元もかなり窮屈でしょう。それが分かっているのか、夫は今回、息子の愛車を外から眺めるだけで、乗ろうとはしませんでした。斯様に、あくまでも走行性を重視した必要最低限の居住スペースなので、荷物も殆ど積めません。

 私が乗ると、私の重みで走りが鈍ると、息子は愚痴る始末。

 どう見ても、"クルマ好きの人間が趣味で乗る"車ですね(笑)。

クリックすると元のサイズで表示します 今回は、いつもは電車で行っている横浜のみなとみらい地区や山下公園界隈をドライブしました。

 これまで何度か車で来たこともあるのですが、息子の運転するBEATの車窓から見る景色は少し違ったものに見えました。

 車高の低さによる違いなのかもしれませんが、道行く人から見下ろされているような感覚が面白かったです。信号待ちで止まっていると、中には不思議そうに私達の車をジロジロ見る人もいました。

 似たようなデザインの車が氾濫する中、25年前の車であるBEATを知らない人から見れば、そのフォルムは十分個性的なんでしょうね。

 今回、近隣のホンダ・ディーラーに点検に出して整備して貰ったので、車のコンディションもバッチリ

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 丸っこいお尻が可愛い(笑)。作られてから25年も経っているとは思えない見た目…これまでのオーナーが大事に大事に乗り継いで来られたのでしょうね。

 これから先、あと何年乗れるか分かりませんが手入れをきちんとして、(レーサーじゃないんだから、コーナリングでの加速もほどほどに)とにかく安全第一で運転して欲しいです。
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2016/4/29

大事なスーツを忘れる…  家族のことつれづれ

 ウチの息子は生来穏やかな性格で、彼が人前で声を荒げた姿を今まで一度も見たことがない。まあ、私が知る範囲の話だけれど。だから、比較的育てやすい子供であったと思う。

 よく、ヨソさまから、「A君はしっかりしたお子さんで」と半分お世辞ながら褒めていただくことが多かったけれど、時々、信じられないようなポカをするので、その度に、自分の子育ての仕方が間違っていたのであろうかと反省している。

 今日もたまのポカをやらかしてくれた

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 明日、九州での友人の結婚式を控え、息子は午後に飛行機で現地へ移動の予定だったのだけれど、息子ももう大人なのだから私も適当に放っておけば良かったものを、出発前に念のため彼の服装支度のチェックをした。なにぶん今回は初めての友人代表スピーチを担当するので、晴れの日にだらしない服装では相手方に失礼だと思ったからだ。

 案の定、彼が自宅から持って来たワイシャツには汚れの首輪、スーツはパンツの折り目が緩くなっていた。仕方なしに、急遽、実家に残っていた彼の洗濯済みのワイシャツにアイロンを掛け、持参したスーツにもアイロンを掛けた。そして、それが皺にならないよう、ガーメントケースに入れた状態で、玄関先のコート掛けに掛けておいた。もちろん、息子にもそのことは伝えてあった。

 にも関わらず、息子はその肝心要のスーツを忘れたのである。

 私もうっかりしていたけれど、すぐに気付いたので、部屋着のままバス停までスーツ持参で走って行った。しかし、息子が乗ったバスは既に出発した後だった。

 慌てて電話をしたが、息子は電話を取らない。留守電になる。何度かけてもダメ。メールしても返事がない(肝心な時に連絡がつかないなんて、携帯電話を持っている意味がない。マナーモードにしてカバンに入れていたから気づかなかったと…) 。

 仕方なく私は「駅の改札口で待ち合わせ」と留守電に伝言を残して自宅に戻り、急いで着替えて、スーツを手にタクシーで駅へと向かった。

 すると途中で息子から電話。スーツを忘れたことに気づいて、家に戻ろうと今バスを降りたと言う。

 えっ?どうして?駅で落ち合おうって、携帯電話に伝言を残したじゃない?どうやら、留守電の伝言を聞いていないらしい。改めて、駅の改札口で待っていると伝えた。

 果たして、私が駅に到着して待つこと10分余りで、今、バスターミナルに到着したとのメールが入り、それからさらに5〜6分後に青ざめた表情の息子が息せき切って現れた。

 一刻を争う事態なのに、どうして、わざわざバスなのよ!気づいた時点でタクシーに飛び乗っていれば、余裕で10分前の空港直行の電車に乗れたはず。さらに呆れたことに、息子はスイカのチャージもしていなかった。

 結局、搭乗予定の飛行機に乗れるか否か一か八かのレベルで、息子は次の空港行きの電車に飛び乗って行った。

 そして、出発15分前に空港の駅に到着。ギリギリセーフで搭乗出来たらしい。

 今回ばかりは私がカバーせずに、息子自身の責任で失敗をリカバリーさせれば良かったかなと、後で大甘な自分を反省した私です。今のうちに一度ぐらい大きな失敗をさせた方が、彼の将来の為には良かったのかもしれない(今のままでは、何かあれば親が助けてくれると、いつまでも高を括るかも。心を鬼にして、彼に自分の甘さを自覚させなければ)

 もう25歳の大人なんだから、息子にはシッカリして欲しい。そういう風に育ったのは、親である私の責任でもあるのだろう。こうして、今日の一連の出来事を文章化してみると、自分の過保護ぶりが瞭然。

 これは夫が昼寝をしていた間の出来事ですが、その後目覚めて、事の次第を知った夫とも、今後は息子の身に何があっても放っておこうとの結論に至りました(もちろん、命に関わる件に関しては別)

 「過保護な親バカ(バカ親?)」は返上しなくては 

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2016/3/13

そろそろ周囲では結婚話が出て来た…  家族のことつれづれ

 帰省中の息子と久しぶりにいろいろ話をしている。

 今年のGWには、大学時代の友人の結婚式で福岡に行くらしい。その友人は同じ研究室仲間だけれど、学部卒で就職した人なので、社会人4年目で身を固めることになるわけだ。昨年大学院を修了し、入社一年目を無我夢中に過ごして、今は仕事のことで頭がいっぱいの息子とはエライ違いである。

 ここ数年、息子の周りの同世代では、結婚話がチラホラと聞こえて来た。2つ違いの従兄は息子の年齢で結婚しているし、高校の同級生も長い付き合いだった女性と昨年結婚、幼稚園からの幼馴染の女性は20歳で結婚して、もうすでに一児の母である。

 早々と結婚した人は、高卒で就職するなど社会人生活を早くスタートさせた人か、学生時代にすでに相手と出会っている人が多い(やはり子供は親の背中を見て育つものなので、親が早婚なら子も早婚、両親が学生時代に出会い、結婚に至った場合、子供も似たような経緯を辿るようだ)

 特に後者は、相手の職業や年収と言った「条件」など考えずに、「ひとりの異性として好き」と言う思いが先行しての結婚だから、男性が社会人になった時点で結婚に踏み切るケースが多いように思う。そうした結婚には勢いがある。一方、なまじ社会人になってしまうと、男女共に互いの気持ちがどうなのか以前に、相手の「結婚相手としての条件」が気になってしまい、結婚に二の足を踏んでしまいがちだろうか?

 今回、結婚式に招いてくれた友人は就職を機に福岡に移住した人らしく、結婚相手とは就職後、福岡で出会ったらしい。

 その友人の結婚式で、息子は友人代表のスピーチを頼まれたそうだ。子供時代の口下手な印象が未だ残っている親からしてみれば、これは意外である。そもそも学生時代、その友人が息子と特段仲の良い友人だった印象もない(話に何度も出てくる友人の名前は、さすがに覚えている)

 にも関わらず、息子が友人代表のスピーチに選ばれた理由を聞いて、周囲が息子に対して抱く印象を改めて知った。なんでもお相手のご実家がお寺さんで、まかり間違ってもふざけたスピーチはして欲しくないとのこと。だから、"友人の中で一番真面目"な息子に白羽の矢が立ったそうだ。ふーん、息子はそんなに"真面目"で通っているのか。ともあれ息子よ、せっかくご指名をいただいたのだから、学友の門出を心の籠ったスピーチで祝ってあげなくてはね。

 親の目には"頑固"で"変人"だけれど。その頑固で変人ゆえに、未だに彼女が出来ない息子である。ただし人として誠実なのは親も認めるところ。仕事一辺倒の近寄りがたい雰囲気で、今のところ女性には縁のない息子だけれど、いざ恋人が出来れば、恋人を守り大切にする男気はあると思う。彼の良さに気付く女性がいつか現れて欲しいなと思う。

 その為には、私のような息子溺愛母は身近にはいない方が良い。息子が就職を機に実家を出たことは、私自身としては一抹の寂しさがあるけれど、息子にとっては良かったと思う。

 最近、帰省する度に、一人の人間としての粗が目につくのか(つまり客観視しているということ)、私に容赦なく厳しい言葉を投げかける息子に、人間的成長(=親離れ)を感じて、親としては安堵している。

2016/3/10

息子の帰省  家族のことつれづれ

 週末に息子が帰省することになりました。金曜深夜に帰って来て、日曜には北関東の自宅アパートに戻る慌ただしい日程ですが、私としては2カ月ぶりに息子と会えるのは嬉しいです。ハハハ…親バカですね

 なんでも今年の近日中に、入社後初めての海外出張をすることになり、就労ビザ申請の為にパスポートが必要らしく(米大使館に赴いて職員の面接を受けるらしい)、実家にあるパスポートを受け取るのが第一の目的のようです。ついでに、年末に切って以来、何の手入れもしていないボサボサ頭を行きつけの美容室で整えて貰うらしい。それならと、私の発案で日曜日には家族3人で、上野で今月始まったばかりの『カラヴァッジヨ展』を見ることにしました。そのまま上野駅から北関東に行けますからね。土曜の午後には映画も良いかな?

 いやいや…あまりいろいろ予定を詰めちゃうと、せっかくの帰省なのに、息子は実家でのんびりできなくて可哀想かな?自宅のベッド大好き人間だし…

 さて、1月の極寒の北海道出張にもびっくりした私ですが、今度は米国の現地法人になんと1カ月の出張なんだそうです。学生時代から、就職したら海外にもガンガン行きたいと、常々言っていた息子ですが、初の海外出張でいきなり1カ月の長丁場には本人も少し戸惑いぎみ。「何言ってるの?まだ配属されて右も左も分からないペーペーの新人なのに、こんな機会を与えられて…有り難いことじゃない。」と、息子の初の海外出張に、我が事のようにワクワクしている私は、弱気な息子を叱咤激励しました。

 先日、会社で受験したTOEICが800点に足りなかったと意気消沈していた息子ですが(学生時代に満点を取ったとか、周りが優秀過ぎる)、学部・院を通して海外からの留学生とは積極的に英語でコミュニケーションを取っていたので、英語に対する苦手意識はないようです。さらに理系と言うこともあって、学生時代、英語論文もかなり読み込んだらしく、こと技術英語に関しては心配していないらしい。心配なのは慣れない土地での生活。要は出張先の気候風土、食住環境等を知らないことへの不安と、知らない人と1月に渡って一緒に仕事をする緊張感なんでしょうね。経験が乏しい新人ならではの心配とも言えます。

 私自身は仕事で達成感を覚える間もなく寿退職をしてしまったので(そもそも選んだ職種が自分には向いていませんでした。適性がないと言うか、力不足と言うか…)、自分の努力次第で、目の前にいくらでも可能性が広がる息子の今の状況は羨ましい限りです。

 努力の甲斐あって(10才の時、その会社で働きたいと夢見てから苦節14年。特に学部、院時代は本当によく勉強したと思う)、自分の希望する道に進めたのは本当に幸せなことだし、そこで自分の可能性を広げるチャンスを早々に与えられるなんて幸運以外の何物でもない。息子にはこのチャンスを是非、生かして欲しいです。

 とは言え、親としての心配のレベルは(殆どの親御さんがそうだと思いますが)、息子の身体のこととか、息災のことばかり。いつも息子の無事を祈っています。

2016/3/7

息子がとうとう車を買ったらしい…  家族のことつれづれ

 先日、北関東に住んでいる息子から電話があり、ついに車を買ったとのこと。

 買ったのは25年物のHONDA BEAT、白のハードトップ(屋根を取り外せばオープンカーになるタイプ)。私は知らなかったけれど、two seaterの軽のスポーツカーらしい。なんと16万qも走行した車らしい。しかし、根強い人気のある車らしく、発売から25年経った今でも6割の車が未だ現役だそうだ。

 今回買った車のユーザーは息子が3人目で、大学時代の同じ部の先輩から7万円?!で譲って貰ったそうだ。先輩は発売されたばかりの同じくHONDAの軽スポーツカーS660を最近購入したので、後輩のよしみで息子に4年乗った愛車を格安で譲ってくれたらしい(今でも中古車市場では数十万円で取引されている車だ)

 息子が大学時代に所属し、部長も務めた部は、専攻内容に直結した研究系の部だったけれど、現役部員だけでなくOBとの関わりも深く、息子は卒業後も何かと先輩方にお世話になっている。就職した会社にも何人か先輩がおられるようだ。知らない土地で暮らす息子には、その存在がどれだけ心強いことだろう。

 ところで、息子はアパートを借りる時にも、なぜか自分の年齢と同じ築年数に拘っていたけれど(その時は「どうして、それより新しい物件が幾らでもあるのに、震災の危険もある中、わざわざ古い物件を選ぶのか?アホか?」と言って止めた)、初めてのマイカーも自分と同い年の車を選ぶという拘りぶり。意味不明。何を考えているんだか。そもそも、こんな古い車、メンテナンスも大変だろうに。

 とにかくメンテを欠かさずに安全運転を心掛けてね、とは言っておいた。

 とは言え、近いうちに息子の住む北関東を訪ねて、息子の愛車に乗せて貰おうと思う。マニュアル車なので、長いことマニュアル車を運転したことがない私は、運転できないだろうなあ…尤も息子も私に運転なんて許してくれないだろうけれど

2016/2/3

息子は息子  家族のことつれづれ

 息子が研究所に正式配属されてから2カ月が過ぎた。

 先週には初めての出張も経験。その行先があろうことか、日本でも寒冷地で知られる北海道の旭川市であった(私自身にとっては、高校時代に著書を愛読していた作家の三浦綾子さんの出身地で馴染み深い)。真冬の最中、息子が行った当時の旭川は零下15度前後の寒さだったようだ寒冷地での製品の動作実験を行う為だったらしい。

 旭川への出張予定を知ったのは、たまたま久しぶりにスカイプで話した時のことだ。未体験の寒さだというのに、出張を翌日に控えていたにも関わらず、阿呆な息子はその寒さに対して何の備えもしていなかった。

 大甘だなと内心思いつつも、職場の先輩に、寒さの備えとして何が必要なのか問い合わせた方がいい、とアドバイスした。もし、その日両親とスカイプで話すことがなければ、息子は日がな一日自宅の蒲団の中でゴロゴロして過ごすつもりだったようだ。

 結局、先輩のアドバイスに従い、雪道用にトレッキング用の厚手の靴と防寒用に合皮のジャケットを買ったらしい。もし、何の備えもなしに零下15度の旭川に赴いていたら、いったいどうなっていたことであろう?つくづく息子の浅はかさに呆れると同時に、自分達の育て方が悪かったのだろうかと落胆した。

 スカイプでの会話中、「このまま何もアドバイスせず、失敗を経験させることも必要では」と言う考えも一瞬頭をよぎったが、酷寒な環境は生命に関わることなので(息子は小学生の時に心臓の検査で引っ掛かったことがある。結局、成長に伴い不安は解消されはしたが…)、上述の通りのアドバイスをした。

 それなりの備えをしたにも関わらず、初めての出張での疲れと、やはり旭川の寒さが体に堪えたのか、土曜日に電話で話した時には風邪をひいたと言っていた(ここでまた、近隣の病院の所在もまだ確認していないと聞いて、その危機管理意識のなさに腹が立った。本当にもう少しシッカリして欲しい)


 すでに成人して、親元から独立を果たしはしたが、いつまで経っても息子は私達の息子であることに変わりはない。離れて住んでいて、しかも生まれて初めての一人暮らしで(←彼女がいればまだしも)、何かあってもすぐに駆けつけられないからこその心配もある。

 親バカかもしれないが、いつも息子のことは気にかけている。そういう親の想いが、離れて暮らすわが子を災厄から守ることもあるのではと信じている。

2015/12/2

正式配属  家族のことつれづれ

 息子が某メーカー入社後、都内の関係会社での研修を経て、約半年間に渡る東海地方の工場での現場研修をこの度漸く終え、北関東にある研究所への配属が正式に決まりました。

 縁もゆかりもない土地、しかも賑やかな都会を離れて、コンビニさえ殆どない人通りも少ない地方に住むのは(逆に私は地方から都会へ出て来たパターンなので、都会の賑やかさに救われた面があり…)正直どんな気持ちなんだろうと私などは思うのですが、本人にしてみれば漸く自分の居場所が定まり、人生の新たな一歩を踏み出せることで期待と不安が半々と言ったところなのでしょうか?

 赴任の前日まで東海地方での勤務だったので、ひとり暮らしを始める新居探しもネット頼み。不動産会社とは数回のメールのやりとりを経て、物件も見ずに契約に至ったようです。私の時代には考えられないことですが、最近のネット上の不動産情報では室内の様子を動画で確認できるようになっているんですね。住所で検索してグーグルアースで周辺の様子も大雑把ながら確認できます。

 とりあえず赴任直後の2週間は経過措置として会社の寮に入るようですが、それこそ最低限の服以外は何も持たないところからの新生活のスタート。これから本格的に冬に入るし(しかも今まで住んでいた所が出身地も含め温暖だっただけに)、初めて経験する北関東の冬は寒さが一入厳しいのではないかと想像します。冬支度は大丈夫なのかしら?

 息子は徹底した合理主義者と言いますか、「服にお金をかけるのはナンセンスだ」の一点張りで、学生時代は必要最低限の服しか持たず、春夏秋冬の殆どをTシャツとジーンズで過ごした人間です。仕事中は作業着とは言え、通勤時にはどうするのと聞くと、「ビジネスカジュアル」との答えが返って来ましたが、そんなの持っていたっけ?状態。もうその辺りから北関東仕様で準備が必要だと思うのですが、今は配属先での仕事のことで頭が一杯なのかもしれません。本当に大丈夫なのかしら?

 勤務先の研究所は山の中にあり、通勤の足はとりあえず車を購入するまで、会社が出している研究所と寮と県庁所在地周辺の主だった駅に停車するシャトルバスを利用するようですが、県庁所在地の駅からひと駅の住宅街にある駅から徒歩2分のアパートの周辺には(駅前にさえ)食べ物屋さんらしいものも殆どなく、食事の面でも心配です。あまりコンビニ弁当は食べて欲しくないのですが、本人に確認したら、「自炊を心がける」とのこと。今まで家でしたこともないのに、いきなり出来るものかしら?

 夫には「もう独立したんだから、自分のことは自分で考えるしかないだろう?放っておけ」と言われていますが、母親の立場としては、不慣れな土地で新生活を始める息子のことが何かと気がかりです。特に健康面が。おそらく全国の殆どの母親が、同じ立場なら心配することだろうと思います。

 写真は近所の猫。日曜の昼下がり、気持ちよさそうに広めの歩道でうたた寝していたのが可愛らしくて、思わず写真に収めました。よく肥えていて、何の警戒心もない様子から、飼い主に可愛がられている家猫なんでしょうね。

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2015/7/29

息子の金銭感覚  家族のことつれづれ

 先日、2次研修先の工場で現場作業に勤しんでいるはずの息子から電話がかかって来て、自分の現在の勤務先の住所を教えてくれと言った。

 仮の仕事場なので、まだ自分の名刺も持っていないのは仕方ないとしても、勤務先の住所くらい手帳にメモしておけよと思いつつ、その場でググッて住所を調べ、教えてあげた。

 息子が電話して来たのは銀行からで、息子が定期預金をするに際して、手続き上、息子の身元確認が必要だったようだ。入社して4カ月。息子は蓄財に余念がない。


 息子は幼い頃からあまり物欲がなく、私達親に物をねだったことが殆どない。尤も、仮に何か欲しいと言っても、「ウチにはそんな贅沢品を買う余裕はありません」とけんもほろろな親なので、どうせ買って貰えないと端から諦めていたのかもしれない。

 以前、当ブログにも書いたが、息子は自動車運転免許の取得資金も、家庭教師のバイトをして1年余りかけて貯めたお金で賄った。その際には、自分で稼いだお金は一円も無駄に出来ないと、息子が大学生協から短期間で割安に運転免許が取得できる合宿タイプの自動車学校のパンフレットを何冊も持ち帰って、傍から見ると笑える位真剣な眼差しで学校選びをしていたのを覚えている。

 今思えばこの時の経験が、「目標に向かって地道に貯蓄することが自分にも出来るのだ」と言う自信になったのではないか?逆に言えばこの時に、何らかの目標を定め、それに向けて貯蓄に励むことの大切さを、息子は身を以って学んだのかもしれない。

 拘ればキリがなくお金を使ってしまうものに"おしゃれ"がある。息子はファッションにも拘りがなく、とりあえず着られれば良いと言う考えの持ち主なので、大学時代は親が何も言わなければ、もっぱらユニクロで買ったジーンズとTシャツを着ているような子だった。しかもTシャツの柄はナンセンスなアメリカの漫画のキャラクターだったりする。そんなダサ男ぶりが、年齢=彼女いない歴の原因のひとつなのかもしれない
 
 親のひいき目もあるかもしれないが、父親に似て180cm近い長身でスレンダーな息子は何を着てもそれなりにサマになる。顔も細めの阿部寛と言った趣。しかし、その恵まれた容姿(チビデブの私から見たら、その手足の長さ、ほっそりした長い指は羨ましい限り…)を生かそうと言う気がさらさらないようだ。

 そんな息子が高校時代のある日、友人の買い物に付き合ったら、友人がごく当たり前のように価格が1万円以上はするブランド物ジーンズを買うのを見て驚いたらしい。「そのブランドを知らなければ、それが1万円以上もする商品だとは分かるはずもない。僕にとってジーンズはジーンズでしかない。それが1本2、000円であっても、1万円であっても、服としての価値は同じ」と言うのが、息子なりの価値観のようだ。

 しかし、放っておいたら着たきりスズメも辞さない息子の無頓着ぶりに堪りかねて、カジュアルブランドの服を買ってあげたこともある。それでも、いつだったか日経新聞の一面で見かけた同世代の親子の消費行動には、我が家は到底及ばないことを思い知った。記事には、私と同世代の母親が、時々大学生の息子と銀座に出かけ、息子にデザイナーズ・ブランドのジャケットを買ってあげる、とあった。千葉の地方都市在住の親子だったが、元々の経済力の差なのか、世の中には金持ちも多いのだなあ…


 息子が就職してから、最初の研修先へ自宅から通勤していた2ヶ月間には食事代、家計補助と称して合計8万円ばかりを息子から貰った。その時には内訳の明細書まで貰った。その後は小遣いと称して月に1万円を貰っている。それでも、平日の昼食と夕食は社食で済ませ、週末は殆ど帰省もせず、地元で映画を見て過ごしたり、近隣に観光に出かけたりして、殆どお金を使わない生活らしく(同期入社の中には既に自動車やバイクの購入ローンを抱えている人も少なくないらしい)、夏のボーナスも寸志程度だったのに、普通預金口座には既に数十万円余り入っていたらしい。今回、その内の50万円を定期に回したようだ。

 尤も、今回の定期預金(普通預金の担保になるタイプのもの)は、私のアドバイスに従ったまで。就職前に、貯蓄計画をどうしたら良いのか、息子から相談を受けていたのだ。とりあえず不測の出費に備える為の貯蓄として、100万円貯めるのを目標とし、普通預金口座に入れたままでは勿体ないので、普通預金に自動融資するタイプの定期預金とする旨をアドバイスした。

 寮での仮住まいだし、娯楽の乏しい地方都市で仕事中心の生活だからこそ、短期間にこれだけ貯められたのかもしれないが、息子はお金に無頓着な夫に比べて、かなり金銭感覚はしっかりした人間のようだ。しかし、貯蓄が最優先で普段の生活が侘しいものになっては本末転倒なので、食費はケチらず美味しい物をちゃんと食べて、適度に遊ぶことも大事だよと、一応釘を指しておいた

 親としては、息子には大過なく、怪我なく、健康に過ごして欲しい。それだけ。



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