2017/7/6

災害大国日本  気になったニュース

 九州北部を襲った記録的な豪雨。現時点で6人が死亡し、40人以上が行方不明だと言う。

 今回は台風と違い、雨雲が次から次へと同じ場所で発生するので、大量の雨がいつまでも降り続くのが厄介だ。地元の人は「いつもは穏やかな川なのに」と、濁流と化した地元の川を茫然と見つめている。

 周囲に田畑が広がる低層住宅を中心とした地域で、突然濁流が襲って来た時に高層階への垂直避難もままならない状況だったようだ。

 各地で道路が寸断し、一時的に孤立した地域も多く、指定された避難場所の学校等さえ被災して、さらに別の場所に避難を余儀なくされる等、大変な状況のようだ。

 大量の土砂と流木が流れ着いた映像は、昨夏訪ねた北海道で目にした豪雨の痛々しい爪跡を思い起こさせた。建物に迫りくる濁流には、6年前の震災の津波の映像が思い出された。

 つくづく日本は災害大国だなと思う。近年は毎年のように、日本の各地で甚大な被害をもたらす災害が頻発している。

 これだけ災害が多ければ、毎年災害が発生することを前提に、政府も、各自治体も、個人も、日々の活動を考える必要がある。

 いつ、何が起きても対処できるように、常に心の準備と防災セットの準備と水の備蓄が必要だ。

 毎回どこかで災害が起きる度に、とても他人事とは思えず、次は自分達の番かもしれない〜明日は我が身と覚悟を決めている。緊張のあまり、両肩がカチンコチンに固まってしまう。


 今回、被災された地域の皆さまが、どうぞご無事であられますように。

【2017.07.26 追記】

 国内外で大災害が起こる度に、所属生協では被災地に対するカンパを募ります。今回もささやかながら、カンパに協力させていただきました。

 今回の豪雨で被災された皆様方に、カンパが少しでもお役に立てますように…
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2017/7/3


 「自民党」の大惨敗と言われるけれど、別にラベルが違うだけで、都議会で保守系の世代交代が進んだだけのことではないの?老害が排除されただけ。

 「都民ファーストの会」は保守系ヤング・ゼネレーションだよね?

 過去の例を挙げて、都議会議員選挙の結果は国政選挙に反映されると言うけれど、現時点で、国政に不満を持つ有権者の受け皿になるような、自民党に代わる政党がない以上、これからも自民党政権は揺るがないような気がする。トップは代わるかもしれないけれど。

 日本は自民党の一党独裁が長く続いたせいで、野党勢力に政権担当能力が全然身についていない。これが日本の民主主義の最大の不幸。

 本当は米国の共和党VS民主党、英国の保守党VS労働党のように、少なくとも両者(二大政党制がベストと言っているわけではない)の力が拮抗している方が、どちらが政権を担っても政権与党として緊張感を持って仕事に当たってくれ、野党も次回の政権担当に備えて、しっかり現政権の仕事ぶりをチェックしてくれるのではないだろうか?

 つまり、政権与党である自民党が特に優れているわけではないけれど、それ以上に野党勢力がポンコツなので、日本の政治には緊張感が著しく欠けている。このことが日本の国益を損ない、日本と言う国の凋落を加速させていると思う。

 野党は姑息な"戦術"ではなく、理詰めで相手を論破できるくらいの"戦略"を持たないと、いつまで経っても、政権など担えない万年野党に甘んじることになるだろう。

 よもや野党は、与党の政策に異を唱えるだけで良いから、野党のままでいる方が楽ちんだと思ってはいまいね?

 与党の政策に反対するだけでなく、ちゃんと対案も考えているのかね?
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2017/6/29

豊田真由子衆院議員のパワハラ問題について思うこと  気になったニュース

 現在、元自民党所属、豊田真由子衆議院議員の秘書に対する暴言&暴力問題が世間で取沙汰されているけれど、彼女のような人物は私の身近にもいた。

 案外、そう言う人物はそこかしこに存在していて、その高圧的な言動に、少なくない数の人々が大なり小なり振り回されたり、何らかの被害を受けているのではないか?

 この類の人々には共通する特徴があるように思う。

 @とにかく負けず嫌い。
  プライドが人一倍高いから、人に弱みは見せたがらない
  →本当の自分を曝け出せる親友はいない?
   敢えて苦言を呈してくれる親友もいない?
   外面は良かったりするので、内面で抱えている問題が見過ごされがち。   
   →自省する機会を持てない。

 Aそれなりに能力はあるので、仕事も人並み以上に出来ると自負している。
  完璧主義な一面があり、他人のミスが許せない。
  →必要以上に他人のミスを責めたてる。
 
 Bプライドが高いゆえに、自分より優れた人間に対する劣等感が意外に大きい。
  立派な学歴と社会に出てからの成果のギャップに、人知れず挫折感もある。
  →その裏返しとしての弱い者いじめで自分の優位性を確認し、ストレスを発散。

 とにかくマウンティングが大好き。相手が能力、財力、容姿等で、自分より上か下かを判断し(←常に正しいとは限らない)、それによって相手に対する態度を変える。
  

 私の場合、普段はおっとりした性格なので、人によってはそれが鈍臭く見えるのか、ある人に突然、怒鳴られたことがある。

 後日、その人が一時期、家庭問題に悩み、自分でもどうかしていたと、ある人に語っていたらしいが、それ以前から、その人は私に対して馬鹿にしたような態度があからさまだったので(人の好き嫌いが激しいのか、気に入った人にはプレゼント攻勢をかけていた)、裏事情を知ってなおのこと、見下された私は、その人のストレスの捌け口にされたのだなと不快に感じた。

 豊田議員の場合、秘書も豊田議員の下で働き始めて間もないとは言え、秘書歴は10年以上のベテランなのに仕事上のミス続きだったというから、"最悪の組み合わせ"が現在のような事態を招いたと思えなくもない。おそらく、秘書の世界も広いようで狭く、既に豊田議員の悪評が知れ渡っていて、彼女の下に優秀な人は来なかったのだろう。

 私の場合、件の人の部下でもなく、寧ろ、年長で先輩格だったし、怒鳴られるようなミスをしたわけでもない。その場にいた別の人も、何事かとその人の剣幕に驚いていたから、その人が突発的にヒステリーを起こしたとしか思えない。その矛先を向けられた私は呆気にとられるばかりで、反論すらできなかった。

 その後暫くして、その人は挨拶もなく、辞めてしまったけれど…

 豊田議員の一件で、その時の嫌な記憶が思いがけず蘇ってしまった。

 私は豊田議員を全否定するつもりはなく(そもそも完全無欠な人間なんていないし)、彼女は本当に努力家で、人が一目置くような経歴を築き、キャリア官僚として次官まで上り詰めるような超一流ではなかったとしても、「政界」と言う新たな舞台で、自身が思い描く理想を実現しようと頑張っていたと思う。

 だからなおのこと、自身の感情をコントロールする術(特にアンガー・マネージメント)を身に着けるべきだったのではないか?

 どんなに優秀な人間であれ、持てる時間には限りがあり、身もひとつである以上、ひとりで出来ることは限られている。だから大きな仕事であればあるほど、周りにいる人間の協力が欠かせない。リーダーたる人物には、周りにいる人間に「この人の為に働きたい」と思わせる「人望」が必須だと思う。

 それから彼女の場合、(一介の主婦である私が言うのも何ですが…)自分を客観的に見る冷静さと、他者へ敬意を払う謙虚さも必要かな。相手が誰であれ(特に今回は相手が立場上、反論できなかったことを考慮すると)、その尊厳を汚すようなことは絶対してはいけない(今回のケースは本当に「窮鼠、猫を噛む」と言う形。人の尊厳を傷つければ、深い恨みを買うと言う典型的な例)

 今回の事態は、豊田議員にとって政治家としては大きなダメージかもしれないが、ひとりの人間としては(本人にその意志があれば)自分の生き方を見直す良い機会になったのではないか?  

 現状はマスコミの格好の餌食となってしまい、かなり大きなお灸を据えられた形だけれど、今後の元秘書の出方次第では、刑事事件に発展しないとも限らない(元秘書の怒りをさらに助長するようなマスコミの煽り方が本当に怖い)。 

 今回の一件での最大の被害者は、彼女のお子さん達かな?子どもは親を選べないし、どんな親であっても、彼女のお子さん達はまだ親を必要としている年齢だから(子どもは親を選んで生まれて来ると言う霊能者もいるけれど、ホントかいな?だって、どんな親のもとに生まれたかで、子どもの人生は大きく左右されるんだよ)
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2017/4/3

論点が違うのでは?  気になったニュース

 埼玉県行田市で、神社を訪れた帰り父親(栃木県真岡市在住)が目を離した隙に、1歳半の幼児が歩道橋から5m下の歩道に転落し頭部を強打したと言う事故に関するTVの報道が気になった。

 TV局のレポートはもっぱら「幼児がすり抜けて転落したと言う歩道橋の欄干の横材を支える垂直材の設置間隔」について言及していた。

 行田市では歩道橋の欄干垂直材の間隔の基準は15cm以内と定めているそうだが、転落事故が発生した垂直材の間隔はなぜか2か所のみ20cmもあった。

 テレビ局クルーが街中の1歳半前後の幼児数人の頭の直径を計測すると、幼児の頭の直径は12〜14cmで、垂直材の間隔が20cmならば易々とすり抜けてしまうことが分かった。

 行田市によれば、その歩道橋は1960年代に設置されたもので、今となってはなぜ垂直材の間隔の一部が20cmになったのかは分からないと言う(→別の報道によれば、基準が定められる前に施工された歩道橋らしい)

 取材を受けた幼児の親達も皆一様に、間隔が20cmでは危険だとの感想を述べていた。

 しかし、ここで私は思うのだ。これまで、こうした事故は何件発生したのだろうと。珍しい事件だから、ここまで大きく取り上げられているのではないか?同行していた親が幼児の手をしっかり繋いだり抱っこすれば、十分防げた事故だったのではないか?と。

 報道によれば、父親が一瞬目を離した隙に女児の姿が見えなくなり、慌てて探すと歩道橋下から泣き声が聞こえて転落に気付いたと言う。

 この父親にとっての一瞬とはいったい何秒、否、何分なのだろう?

 今回5m下に転落した女児は転落直後泣き声を上げており、これといった外傷はなく命に別状はないとの一報だが、頭部を強打したとなれば、今後、何らかの障害が出ないとも限らない。被害女児は本当に大丈夫なんだろうか?

 このブログでも何度も言及しているが、外出先で幼児の手を繋がない親は少なくない。第三者の私が傍から見てもハラハラするので、思い余って注意してもなお一部の親はキョトンとするばかりで我が子の手を繋ごうとしない。

 つい先日もバスターミナルでバスを待っている間、やはりおぼつかない足取りの幼児が周囲をチョロチョロ動き回って、親はすぐ近くにいたので大丈夫と思っていたのかもしれないが、誤って道路側に転落しやしないかと私は内心ひやひやしていた。

 車や人通りを気にせずにいられる児童公園内ならともかく、混雑したショッピングモールの通路や駐車場や駅の構内、エレベーターや電車の乗降時や、車や自転車が頻繁に行き交う道路でも、よちよち歩きや動きの活発な幼児の手を繋がない親はいる。

 日本も欧米並みに(海外で初めて目にした時には、子どもをペット扱いしているように見えてギョッとしたけれど)我が子をハーネスで繋ぐ時代が来たのかもしれない(つまり外出時、親が常に我が子に注意を向けられないのであれば、道具に頼るしかないと言うこと)

 
 テレビの報道番組の論調は「歩道橋の欄干の垂直材の設置間隔が問題だ」と言う風に私には受け取れたのだが、それより何より、こと今回の事故に関しては親の不注意が最も問題なのではないか?(歩道橋では階段からの転落の危険もあるのだから、親は幼児の手をしっかり繋ぐか、抱きかかえて欲しい。)


 自ら身を守る術をまだ知らない乳幼児にとって、この世界は危険な物事が際限なくある。社会の責任として、その危険を出来る限り除去する努力は当然だが、全てに対応することは難しいのが実情である。それだけに無力な乳幼児を、周囲の大人、中でも子どもをこの世に送り出した親が、常に何を置いても守るしかないのではないか?(それでも不運が重なって、守り切れないことがあるけれど…)

 SNSでの主に母親達のコメントを見ても、父親の注意不足を指摘する声が多く、「スマホでも見ていたのでは?」との声もあった。親にしてみれば、一瞬の不注意が大きな後悔に繋がる可能性があるのだ。

 SNS上に、祖母からの言い伝えとして、年齢の数え方が「つ」で終わる年齢(「一つ」から「九つ」)までは成長毎に「目を離すな」「手を離すな」「心を離すな」と言う話が紹介されていて、「なるほど!」と思った。

 多くの親が今回の痛ましい事故を自身の教訓として(私自身、親の不注意で幼い妹を事故で亡くしている)、幼い我が子を危険から守ることに今以上に心を砕いて欲しいと心から願う。 
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2016/12/12

今日のニュースで一番驚いたこと  気になったニュース

 夕方のニュースで、全世界のカジノの年間総売り上げが13兆円であるのに対し、日本はパチンコと競馬だけで年間29兆円もの売り上げがあると言う事実を知ったこと

 29兆円と言う金額は、日本の国家予算の約3割に相当する莫大な金額である。

参考サイト日本の”ギャンブル型レジャー”の市場分析(一般社団法人中央調査社サイトより)

 ニュースキャスターも言っていたけれど、日本は現時点で十分ギャンブル大国である。しかも、ギャンブル依存症の人は国内で推計500万人にも及ぶとされ、他国に比べてその治療が遅れているのだとか。

 カジノ推進派議員の中にはカジノの売り上げの一部を、ギャンブル依存症の治療費に充てると主張する人もいるらしい。

 どれだけ人を馬鹿にしているの?

 29兆円もの売り上げがありながら、依存症治療に力を入れていない時点で、金づるである依存症患者の治療なんて端から考えていないのがバレバレ

 宝くじの購買者への還元率も他国に比べて著しく低い(つまり胴元の銀行や地方公共団体の懐に入る割合が高い)と聞くし、この国は庶民から(宝くじも高所得者層は「割に合わない」のを理由に買わないらしい)どれだけなけなしの金を絞り取ろうとしているのだろうね?

 国民も自分の身は自分で守る覚悟で、
 自らを律して、
 もっと賢くなって、
 危ういものには最初から近寄らないように
 しないと駄目だよ!

 しっかりしないと、悪魔の思う壺だよ!
 


 政府は、この国を一体どのような国にして行こうと考えているのだろう?

 少子高齢化は何十年も前から予見されていたのに、何の対策も講じずに、事ここに至って右往左往している。

 やること為すことすべてが行き当たりばったりのように見えて、50年先、100年先のヴィジョンを示すことの出来る政治家が一人もいないのが本当に残念だし、この国の将来が心配だ。

 国民も政府に対して、少しは怒った方が良いと思うよ
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2016/10/22

鳥取県でも震度6弱の地震  気になったニュース

 今年も日本は戦乱こそないものの、
 天災続きで大変です。

 4月の熊本地震による被災者も
 未だ200人ほどの方が避難所生活をしていると聞きました。

 先月訪れた北海道では、夏の台風による風水害の跡が痛々しかったです。

 そして、昨日の鳥取県を襲った地震。
 現在、2,000人もの人が避難されているとの報道があります。

 当地は戦時中の1943年にも大地震が発生し、
 1,000人を超える死者と4,000人に及ぶ負傷者が出たのだとか。
 被害は比較的少なかったものの、
 16年前の2000年にも地震が発生しています。

 機能不全に陥っている国連の常任理事国入りを狙って
 他国に金をばらまいている場合ではありませんね。

 政府が自国民を守らなくてどうする、と言うものです。
 国内の災害対策に本気で取り組まなくては、
 この先立ち行かなくなるのでは?

 すったもんだが続く東京オリンピックも、
 どこで、いつ、大きな災害が起きてもおかしくないこの日本で、
 本当に無事に開催にこぎ着けるのでしょうか?

 まさに北から南まで満身創痍の日本列島です。
 日本が困った時、一体誰が助けてくれるのだろう?
 米大統領選の前例のない中傷合戦を見ていると、
 今の米国はどうも頼りない。
 周辺国は頼りになるどころか、警戒せずにはいられない。

 自然の脅威の前には、本当に人間の存在などちっぽけで、
 取るに足らないものなんだなと思い知らされる、
 次から次へと日本に襲いかかる昨今の天災です。

 明日は我が身と覚悟しながら、災害への備えを怠らず、
 いつ死んでも悔いのないよう、1日1日を大切に愛おしんで
 暮らすしかないのかなあ…
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2016/7/31

寂しいです…  気になったニュース

 元横綱千代の富士、現九重親方(本名:秋元貢氏)が、今日の午後4時頃、膵臓がんで亡くなられたそうだ。

 昨年、親方が膵臓がんの手術をされたとのニュースに、がんの中でも予後が芳しくなく、5年生存率も低いとされる膵臓がんだったことに、正直ショックを受けた。親方は毎年受けている人間ドッグで早期発見とのことだったが、それでも膵臓がんの治療、根治は難しかったのか…

 私は親方が現役で千代の富士関として活躍していた時代に、千代の富士関が好きで大相撲を見ていた人間なので、自分にとってのヒーローがこの世を去ってしまったような寂しさがある。

 千代の富士関登場以前の力士と言えば、でっぷりとした体格で、その重量に物を言わせて取組むイメージが強い中で、ヘラクレスばりの筋骨逞しい体躯で、敏捷で多彩な動きを見せる千代の富士関は異色で、それが相撲には興味のなかった私を惹きつけた。精悍な顔つきも魅力であった。

 日本人離れした筋肉にステロイド使用疑惑もあったが、ファンとしては「肩の脱臼癖を克服する為に筋肉を鍛え上げた」と語っていた千代の富士関の言葉を信じたい。

 千代の富士関に纏わるエピソードで、個人的に印象に残っているものがふたつある。

 20年以上前に、初めてロンドンを訪ねた時に、マダムタッソー蝋人形館には、世界の名だたる人物達と共に千代の富士関の蝋人形も展示されていて、日本人として誇らしく感じたのを覚えている。記念にその蝋人形と写真にも納まった。

 昨年だったか、一昨年だったか、「開運なんでも鑑定団」では、以前タニマチからいただいたと言う藤田嗣治作の婦人像に3,000万年の高値が付いて、一緒に出演した若手力士らに、元大横綱としての貫録を見せつけたのが印象的だった。

 その時の茶目っ気溢れる笑顔が今も鮮明に思い出されるので、亡くなられたことが今ひとつ実感できない。否、信じたくない。

 本当に悲しい。寂しいです。

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2016/7/22

ポケモンGO狂想曲が始まった…  気になったニュース

 このところ、繰り返しニュースで取り上げられて来たスマホゲーム「ポケモンGO」が、今日からいよいよ日本でも配信されたとあって、マスコミもこぞってレポーターを街頭に出して、そのフィーバーぶりを伝えている。

 早速、夢中になるあまり、車に轢かれそうになったとか、物にぶつかったとか言っている人間がいる。

 これまでも「歩きスマホ」が問題になっていたのに、「ポケモンGO]はポケモンに対して親和性の高い若年層(←この時期と言うのは夏休みを待っていたのか?)も取り込んで、今後ますます「歩きスマホ」「(自動車や自転車に乗車し)ながらスマホ」の問題が深刻化するのではないか?

 他国に比べて過密な日本の都市部では、他国以上に事故の危険性も高いのではないか?

 近年は携帯通信キャリア3社やスマホゲーム開発会社は、民放テレビ局にとっては大事なCMスポンンサー(=金づる)だ。間違ってもスマホ絡みの話題で、テレビ局はネガティブな発言はしないだろう。

 経済的な側面(ポケモン関連で世界的には4兆円超の経済効果)から菅官房長官(政府)でさえ「ポケモンGO」の大ヒットを歓迎、と報道している。

 「ポケモンGO」は、ある程度の距離を歩く必要があるので、うつ病予防やダイエット効果、そして小児病棟での子どもの積極的な運動効果も出ていると言うプラス面も報告はされている。企業にとっては集客効果が期待され、早速日本マクドナルドで導入されるらしい。まあ、何事も正負両面あるのは当然のことではあるが、何でもかんでも”経済活性化”を免罪符にしないで欲しい。目先の経済さえ潤えば、社会はどうなっても良いと言うのか?


 元々、スマホやネットへの過度な依存性には懐疑的な私からすれば、これ以上スマホへの依存度を高めて大丈夫なのかと本気で心配になる。

 スマホは確かにコンパクトで便利な情報収集&発信ツールだが、同時に豊富なゲームソフト(アプリ)が流通していると言う意味で、ポータブルな「精神的引き籠り」ツールでもあると思う。ゲームに夢中になることで、外にいながら心理的に周囲の環境から遮断される状況を作り出す。事実、ゲーマーは自分の周りの状況を一顧だにしない。

 これまでの報道を見る限り、街中に出現するポケモンキャラを捕獲したり戦わせたりすると言うゲームの性質上、AR(Augmented Reality)技術を用いた現実世界と仮想現実の一体化で「ポケモンGO」は、その依存度の高さが従来のアプリ以上ではないか?だから世界各地で、これまで聞いたことのないような事故や問題が多発しているのではないか?(まあ、具体的な比較データがあるわけではなく、あくまでも印象だけれど…)

 ゲームにしても、そしてSNSにしても、時間どろぼう的側面は否めない。それがスマホと言うコンパクトなツールの出現で、人々はスマホを携帯している限り、常にゲームやSNSの出来る環境になってしまった。それはスマホの電源を切らない限り、常にゲームやSNSによって時間を奪われる可能性があると言うことだ。

 便利な機器の発明によって作業の省力化を果たし、全て手作業だった時代に比べたら遥かに多くの自由時間を手にした私達だが、結局、昔はなかったスマホのようなツールの出現で、時間を消費(浪費?)する羽目になっているのは皮肉なものだ。

 異論はあるだろうが、若者から読書やひとりで沈思黙考する時間は確実に奪われていると思う。それが若者の将来にどのような影響を及ぼすのか心配だ。

 次から次へと依存性の高いモノの出現に、一握りのエリート支配層が、巧妙にあらゆる手段で大衆の愚民化を促進しているのでは?、と勘ぐってしまう今日この頃

 例えば、ゲームに嵌る層は元々読書をしない層と重なるとか…しかし、少子化で若者の絶対数が減っている中で、ひとりひとりが日本の社会を支える人材になると考えれば、若者の資質の向上や低下は日本の未来に関わる重要な問題だと思う。
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2016/7/15

テロは身近に起きる  気になったニュース

 14日、南仏ニースで、フランス革命記念日を祝う花火大会に集まった群衆に向かって、大型トラックが約2キロに渡って暴走を続け、日本時間の正午時点で80人以上もの死者と多数の負傷者が出ていると言う。
 
 その後、警察によって射殺された運転手は、トラックを走行中に車内から銃を乱射し、手元に手りゅう弾も準備していたことから、現地警察はテロの疑いで目下捜査中らしい。

 ここ最近、尊い命がいとも簡単にテロをはじめとする暴力によって奪われているような気がする。高度に発達した情報化社会により、瞬時に世界中の出来事が伝わることは、けっして良いことばかりではないようだ。日々、死、暴力への恐怖で神経が磨り減るような感覚がある。


 「群衆の中にトラックが突っ込み、多数の被害者」の一報を聞いて、私の脳裏に真っ先に思い浮かんだのは、あの秋葉原事件である。

 不意を突かれての犯行に、咄嗟に対処できる人が、果たして何人いると言うのだろう?

 しかも今回は大型トラックによる襲撃である。何人の警察官が警備していようと、猛スピードで突っ込まれたら防ぎようがない。

 爆弾以上に容易く多数の被害者を出すことに成功してしまった今回の事件は、今後のテロの在り方を変えてしまうかもしれない。テロリストや犯罪者からしたら、犯行へのハードルが格段に低くなったのだから。

 一方、私達一般の人間にとっては、おちおち道も歩けないほど、テロが身近なものになってしまったような気がする。銃規制の厳しい日本は比較的安全だと言われていたのが、最早通用しなくなった。暴力に用いられる凶器は、私達の身近にも沢山あるのだ。

 尤も、近年はここ日本でも、薬物乱用や疾患による突発的な運転者の不覚により、自動車が歩行者を轢死させる事件がしばしばニュースになっている。

 こうした不特定多数の人々をターゲットとする犯罪(や事故)への自衛策としては、出来るだけ「人の多い警備の手薄な場所」には近づかないことなのかもしれない。

 夏は例年、花火大会や音楽フェス、祭りなど、大きなイベントの開催が目白押しだが、特に今年は注意した方が良いと思う。

 相次ぐテロ報道、事件報道が(それらがたとえ海外で起きた出来事であっても)、「(日本国内の)寝た子(社会への不満分子、犯罪者予備軍)を起こす」可能性も否定できないのだから。

 せめて通常の外出時にも、@信号待ちの横断歩道の先頭や道路の角には立たない、A信号も盲信せずに青に変わっても一呼吸置いて周囲を見渡してから渡る、B歩道や横断歩道もけっして安全ではないと認識して五感をフルに使い危険を察知するようにする、ぐらいの注意は必要なのではないか?その為には、「おしゃべりやスマホに夢中になる」「ヘッドホンを装着しながら歩く」ことは避けた方が良いのは言わずもがな。

 そして、最後は自分の直感を信じること。例えば、電車に乗っていても、何となく嫌な予感がしたら、躊躇わずに車両を変えたり、降りることも厭わないこと。挙動不審、或はどこか違和感を覚える雰囲気を湛えた人物を見かけたら、できるだけ速やかにその人物から離れること。人間も動物なので、生存本能としての危険察知の直感は侮れない。

 既に映画でも犯行現場として描かれていて当たり前過ぎるかもしれないが、私の直感でも、渋谷のスクランブル交差点はさまざまな危険要素が重なっていて、あまり近づきたくない怖い場所。他に新宿、銀座界隈、東京駅構内等を歩く時には、いつも以上に気を付けている。

 残念ながら現時点では誰もテロ撲滅に関して有効な策を見い出せていない以上、各個人が自衛に注力するしかない。自分で自分の身を守るしかない。

 最後に生死を分けるのは、自分自身の用心深さ(今の状況を鑑みると、臆病なくらいがちょうど良いのかも)と、運(天命)なんでしょうね。

【2016.09.08追記】

 テロ対策の専門家曰く、「身近でテロが発生した場合は(爆弾や暴走車による奇襲の直後に銃撃が始まる可能性が高いので)どんなに恐怖にかられても けっして悲鳴をあげず、出来れば隙を見てその場から静かに立ち去ること逃げる余裕がない場合は、銃撃を避ける為に頭を手で覆い地面に身を伏せること。水たまりのような窪みがあれば、そこに身を伏せること。テロリストも緊張しているので声や光に敏感になっており、条件反射的に銃撃する。とにかくテロリストの視線から外れるよう目立たないことが重要。」

 「かつて中東で、日本人は小さな島国でありながら著しい経済発展を遂げたことで、尊敬の眼差しで見られる存在だった。しかし、イスラム過激派は異教徒はすべて殺す方針なので、運悪く彼らに遭遇したら、日本人は問答無用で殺害されると覚悟した方が良い。」
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2016/7/4

ダッカのテロ事件に思うこと  気になったニュース

 7月1日(金)、バングラデシュの首都ダッカで、イスラム過激派によるテロ事件が発生しました。

 外国人や異教徒を狙った犯行と言うことで、銃撃戦で2人のバングラデシュ人警官が死亡した他、イタリア人9人@ABCDEFGH(男性4人、女性5人、内女性のひとりは近々帰国予定だった妊婦でした)日本人7人IJKLMNO(男性5人、女性2人)バングラデシュ人男女2人PQ(男性Pは米国の大学に留学中で、一時帰省中に、同じ大学に通うバングラデシュ系米国人女性Rと別の米国の大学に通うインド人女性Sと共に食事に来たところ、事件に巻き込まれてしまったらしい。女性Qはアパレル関係企業の人事担当幹部で、複数のイタリア人ビジネスマンと共に来店して、今回被害にあった模様。男女共に、連れの外国人を残して自分だけ助かる道を選ばなかったようです)インド人女性1人S(両親の仕事の関係でダッカに育ち、留学先の米国から一時帰省中の悲劇)バングラデシュ系米国人女性1人Rの計20人が、地元治安部隊突入前に殺害されたようです。

 殺害方法も残忍極まりなく、刃渡り1mほどの刃物で頸動脈を切られたり、身体中を滅多刺しにされたとの報道もあり、被害者の方々が恐怖と絶望感の中で自身の死を待つしかなかった状況を想像すると、あまりの痛ましさに胸が締め付けられると同時に、非情な犯人達への怒りがこみあげて来ます(その場にいたバングラデシュ人人質の証言によれば、襲撃からわずか30分で外国人の人質は、刃物や銃で殺害されたのだとか。「全員、銃で殺害された」との警察幹部の発言とは食い違いがあり、今後、事件の真相がバングラデシュ政府から本当に明らかにされるのか、疑問が残ります)

 今回のテロ事件で亡くなられた皆様やご遺族の皆様に、心からのお悔やみを申し上げたいと思います。

 私自身、夫が専門家として派遣されたJICAのプロジェクトで、イスラム圏に生後間もない幼い息子も引き連れて3年間暮らした経験があるので、今回の事件はとても他人事とは思えません。

 特にイスラム教徒を騙る殺戮集団、イスラム国の台頭以来、イスラム圏やイスラム圏出身の移民が多く暮らす欧州が混沌とする中での現地駐在の難しさをひしひしと感じています(今回の日本人被害者の殆どは事前調査の為の1カ月程度の短期派遣で、帰国間近の打ち上げの席で襲われたのだとか…不運としか言いようがありません)。同時に自分自身の経験を踏まえて、今回の事件には、日本政府や私達日本人の危機管理認識の甘さを思い知らされた気がします。世界は私達が思っている以上に、何処も安全ではなくなっているのだと。

 JICAでは赴任者本人はもちろん、家族に対しても赴任前に研修が行われ、赴任に際しての基本的な心構えや、赴任先の基本情報を伝授されます。JICAの事業の柱が開発途上国への技術支援と言う性格上、赴任先もほぼすべて開発途上国です。先進国の中でも特に治安が良く、あらゆる意味で利便性の高い日本から、そうした途上国へ赴任することは、生活にさまざまな制約が生じるのは当然のことで、赴任者にはそれ相当の覚悟が要ります。

 ただ、私は結婚前にJICAの国内にある研修センターに2年間在籍したことがあり、そこで研修を受けているイスラム圏の人々との関わりも事前にあったので、イスラム文化圏やイスラム教徒に対する不安感は皆無でした。寧ろ一般の人と比べて、彼我の違いを徒に恐れるのではなく、面白がる図太さがあったと思います。

 同時に生来の用心深さもありました。頼る者が殆どいない異国では、結局、最後に自分を守るのは自分自身です。日本にいる時以上に神経を尖らせ、用心して、生活もセーブするしかない(駐在はあくまでも一時的な滞在であり、現地に根付く移民とはやはり違います。ゴールは無事に故国に帰ること)。実際、私は駐在中に現地の水(ミネラルウォーター)が合わなかったのか、ずっとお腹の調子が悪く、それなりに異国生活を楽しんでいながらも、緊張感による気疲れも相俟って、体重が日本を発つ前より10キロ以上減りました。


 今更言っても仕方のないことかもしれませんが、今回はイスラム国側の「ラマダンに乗じて異教徒攻撃を強める」との発言を受けて、米国政府がイスラム圏在住の同朋に対して、声高に夜間外出を控えるようアナウンスする中、ラマダンの最後の金曜日の夜に、多くの外国人が利用することで有名なラストランに、イタリア人や日本人が大挙して訪れたことが、運命の分かれ目であったように思います。

 なぜなら、被害者の中に、現在バングラデシュへの開発援助で日本と凌ぎを削っているはずの中国人は皆無です。現地駐在員がけっして少なくないであろう英国人も皆無。米国人もバングラデシュ系の方がただ一人です。これは即ち、各政府による徹底した注意喚起で、これらの国々の人々は難を逃れたと言うことではないでしょうか?

 (知人の米国人女性の夫が、英国系危機管理会社のアジア地区担当幹部らしいでのすが、日本を拠点にアジア各地を飛び回っているようです。英米に数百社も存在する危機管理会社が高額の管理料<年数億円>と引き換えに、直近のテロ情報と危機管理ノウハウをクライアントに伝授しているようですね。

 これまで英米以外の国で起きたテロによる英米人の死者の少なさが、こうした危機管理会社の暗躍を伝えています。安全はお金で買うもの。それが日本では未だに理解されていないのかもしれません)。


 果たして、日本政府は、JICAはどうだったのか?インテリジェンス(諜報活動)に弱い日本政府は(イタリア政府も日本と同様か?私がイスラム圏駐在中も、有事の危機が迫った時、結局、頼りになったのは現地の大使館より、総合商社の情報網でした)イスラム国の発言に真剣に耳を傾け、現地在住の日本人に十分な注意喚起を行っていたのでしょうか?(因みに同国では昨年から、異教徒殺害が相次いでいました。英BBCによると2013年以降、イスラム過激派による犯行で、有名ブロガーや市民活動家等の同国民を含め、40人以上が殺害されているとのこと。しかし一度に20人以上もの大量の死者が出たのは今回が初めてです。それだけに現地の衝撃も大きい。)
 
 ラマダンは陰暦に従い1カ月間(だから毎年少しずつ日程がずれて行く)、日中の飲食を一切禁ずるイスラム教の宗教行事ですが、日中の絶食の反動もあって、日の入り後には各家庭やレストラン等でパーティのような宴席が設けられます。私達家族も駐在中に知人のイスラム教徒に招かれてパーティに出席したことがあります。

 この期間、イスラム教徒は老いも若きも日中飢餓感に苛まれるわけですが、同時に彼らの中には一種独特の高揚感があり、より宗教を身近に感じる期間でもあるのです。

 そうした宗教の神聖な行事も、自分達の殺戮の為に利用するイスラム国(過激派)の狡猾さ(現地の記者によれば、事件が起きた9時過ぎはこの日の断食が終了し、警察や警備関係者らも祈りの為にモスクへ行く、警備が手薄な時間帯であったらしい。その間隙を狙っての、武装集団の襲撃だったのです。普段は要所要所に警備員が立ち、午後11時にはエリアの出入り口のゲートも閉鎖される、セキュリティのしっかりした地域らしい)

 今回の事件は、爆弾を用いるイスラム国の従来のテロとは手法が異なっており、イスラム国が直接関与したのではなく、イスラム国に感化された現地イスラム過激派の犯行との見方もありますが、それはそれでネットによってイスラム国的な思想が拡散される恐ろしさをまざまざと見せつけるものです。

 しかも近年はイスラム国(シリア・イラク)だけでなく、旧来のアルカイダ(イエメン・アルジェリアを中心に世界各地に拠点を持つ)タリバン(アフガニスタン、パキスタン)をはじめとする、世界中に点在するイスラム過激派組織(他に有名なものだけでもソマリアのアッシャバーブ、ナイジェリアのボコ・ハラム、フィリピンのアブ・サヤフ等々)が、自身の存在をアピールする為に、競い合うように各地でテロを起こす危険性が高まっています

 そして最も腹立たしいのは、こうしたテロの先兵となる者の殆どが自国でうだつの上がらない人間であり(過激派組織は積極的に彼らの受け皿になっている)、彼らがイスラムの名を借りて人々を殺戮し、女性子供を性奴隷にし、インフラや貴重な文化遺産を破壊して、歪んだ自己顕示欲を満たしているに過ぎないと言うこと

 今回の犯人は多くが地元の富裕層の出で、10代〜20代の現役の大学生や卒業生、有名高校卒の予備校生とのことですが、こういう形でしか自分の存在感をアピール出来ないこと自体、エリートでもなんでもないのです(ネット環境が整っていない開発途上国に住んでいながら、犯人達は富裕で高学歴の特権階級であるが故に、ネットを通じて容易にイスラム国(IS)の情報に触れられ、感化され易いと言う皮肉。さらに、リーダー格の犯人はマレーシア留学の経験があり、留学先でイスラム国工作員との接点を持ったのではないかと見られています。今回の犯人には、バングラデシュ政府与党議員の息子も含まれているらしい)。その精神構造は、バイクのマフラーを改造して、無駄にふかして騒音をまき散らしている暴走族と何ら変わりありません。

 今回の被害者の中に、息子と大学院で同窓の方もいらしたことを今朝知りました。学生時代から国内外のインフラ整備に情熱を燃やしていた、志の高い若い方が犠牲になられたことが、本当に残念でなりません。生きておられたら、今後どれだけ活躍されたことでしょう。

 そして、3日にもまたイラクで爆弾テロにより、100人4日の時点で200人→6日の時点で250人を超える犠牲者が出ています。ラマダン明け休暇を直前に控え、地元のショッピングセンターに大勢の人が詰めかけたのを狙った自動車爆弾テロです。爆発の後、火災が発生したのが、被害をさらに大きくしたようです。何と言うことでしょう…


 愚かな人間の勘違いな自己満足の為に(そんなに死にたいなら勝手に人知れず死んでくれ!腐った目立とう根性なんてクソくらえだ!)無辜の善良な人々が犠牲になる今の状況は異常であり、世界中で知恵を絞って、この状況を変えて行かなければいけないと思います。
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2016/6/9

有名人のプライバシー  気になったニュース

 今日は朝から美術館でSGTがあり、帰りに同僚と昼ご飯を食べ、地元に戻ってからはポイントで映画『ズートピア』を見て来ました。

 自宅に戻ってテレビを点けると、海老蔵夫人のご病気の話題で、どのニュース番組も持ち切りでした。何でも一部マスコミのスクープ記事を受けて、やむなく海老蔵氏が急遽会見を開いたのだとか。

 かつて海老蔵氏に関しては、彼の酒癖が祟っての傷害事件について、当ブログでも批判的な論調で取り上げたことがありますが、あれは彼に落ち度があっての事件だったのに対し、今回は夫人が不運にも得てしまった病のことです。

 こんなプライベートの、身内にとっては本当に辛い話題についても、有名人は公にしなければならないのでしょうか?有名人にも、ひとりの人間としてのプライバシーがあるはずなのに。

 どこの社の記者か知りませんが、「ステージ(病状の進度)は幾つですか?」と言う質問を投げかけている者もいました。よくそんな残酷なことを、患者の家族に聞けますね。海老蔵氏はもちろん、明確には答えませんでした。

 いくら海老蔵氏が有名人、公人であっても、身内の病気のことまで、いちいち公にしなければならないのでしょうか?しかも、治療の妨げにならないよう、ずっと隠し通して来たことを、スクープと言う形で。それは「報道の知る権利」には該当しないと思う。一般の人間が知って、どうなるものでもない。

 マスコミが追うべき情報は、私達が知るべき情報は、もっと他にあるはず。

 いつもマスコミ報道で感じるのは、本当に知りたい情報はなかなか出て来ない、何だかうまくはぐらかされているようなモヤモヤ感、「どうせ一般の人間には分からるはずもない」と馬鹿にされているような屈辱感。


 今回の海老蔵氏の会見を以て、マスコミは一切海老蔵氏の家族を追い回したりしないで欲しい。家族の病で苦しむ人々に、これ以上の心労を与えてはいけない。
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2016/6/8

5月28日は何の日?  気になったニュース

 今朝のNHK−BS『キャッチ 世界のトップニュース』によれば、5月28日は「世界月経衛生デー」なんだそうだ。

 それに因んで、番組ではケニアにおける女性の現状をレポートしていた。

 当初、このレポートが男性特派員によることに違和感を覚えたが、現実問題としてアフリカへの女性記者の常駐には難しいものがあり、今回の男性によるレポートが「世界月経衛生デー」の「男性にも、女性の人生に深く関わる月経への関心を持って貰おう」との主旨にも沿うものであると理解した。


 ケニアにおいて、月経が及ぼす女子生徒への影響は深刻で、月経によって平均して年間60日間も学校を休まなければならず、それが貧しい地方では学校中退の原因にもなっていると言う。

 私達先進国の人間からすれば、そもそも、なぜ月経で女子生徒が学校を60日間休まなければならないのかが理解できないのだが、それには先進国の人間には想像もつかない過酷な現実が、ケニアのような開発途上国にはあるからだ。

 まず、ケニアでも衛生的なサニタリーナプキンが販売されてはいるものの(因みに日本製の品質はおそらく世界一)、その価格は貧しい家庭の3日分の食事代に相当し、多くの女性は購入することが出来ない。だから葉や新聞紙や布で代用するしかない。おそらく、そのような不衛生な状態では、感染症にかかる女性も中にはいるのだろう。

 (日本も震災や風水害など、天災時には、衛生面で深刻な事態に直面する可能性があるから、けっして他人事ではない)

 学校に通うこと自体にも大きなハードルがある。ケニアの地方では通学時間に1時間〜3時間かかるのは珍しくなく、女子生徒は通学途中にレイプされたり、誘拐されることもあると言う。学校も男子トイレしかないケースが多く、女子生徒は外で用を足さざるを得ず、それは女性の自尊心を傷つけると共に、やはりレイプや誘拐の危険を伴う。

 さらに月経は「不浄のもの」と捉えられ、家庭では月経中の女性を忌避する傾向がある。また、女子教育に理解のない家庭も多く、女性は早くから家庭の労働の担い手で、早く結婚して子供を産むことが良しとされている(あるNGOの調査によれば、今なお世界で10億人以上の女性が同様の環境に置かれていると言う)

 *ナイジェリアでは、月経中の女性が触れるとミルクが腐り、植物が枯れ、鏡が曇ると信じられており、ネパールでは月経中の女性は不浄な存在とされ、家族との接触を禁じられるらしい。

 しかし、最近になって現地のNGOが低コストで繰り返し使える布ナプキンを開発し、それを女子生徒に無料で配布する動きも出て来た。

 これは画期的なことであった。布ナプキンの使用によって、学校を休まずに通えるようになり、学業成績がグングン伸びた女子生徒もいると言う。その女子生徒は目を輝かせて、「将来の夢は医者になること」とインタビューに答ていた。

 さらに、NGOが布ナプキンを貧しい家庭の女性に作って貰い、それをNGOが買い取ることで(おそらくNGOの資金源は先進国の援助)、貧しい家庭の貴重な収入源にもなっているようだ。

 NGOから請け負って布ナプキンを作っている女性は「石鹸や洗剤が買えるようになった」と喜んでいた。その表情は誇らし気でもあった。

 先進国の人間からすれば、石鹸や洗剤を買えることに喜ぶ女性の貧しさが衝撃的だ。そのささやかな喜びに、世界における歴然とした貧富の差を感じてしまう。

 
 この世界には、自分の知らないことがまだまだ沢山ある。もちろん、すべてを知る必要はないし、もとより限られた人生ではすべてを知ることは到底無理な話ではあるが、こと理不尽なことには無関心ではいられない。

 時に無関心は、直接の加害者と同罪である。
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2016/5/30


 近年、運動会の演目のひとつである「組体操」について、児童生徒の怪我の多発を受けて、演目から省いたり、難易度を下げる動きが相次いでいる。

 私も子供の頃、当たり前のように集団での組体操に取り組んだ覚えがあるが、当時はこれが危険であるとか、これによって怪我をしたと言う話は聞いたことがなかった。

 「組体操」で大怪我って、今の子供の運動能力は昔と比べてどれだけ落ちているのだろうか?それとも、昔は多少の怪我は当たり前と、教師も親も大らかに構えて、今ほど問題にならなかったと言うことなのだろうか?

 少子化で子供の数が減ったぶん、親も心配性(過保護?)になって、すぐに学校にクレームを入れるようになったのだろうか?

 子供の体力と言えば、最近特に気になるのは足腰の弱さだ。昨日も電車に乗る時に、親が小学3、4年生くらいの子供を先に走らせ、席に座らせていた(ダッシュできるくらい元気が有り余っているのなら、座る必要なんかないでしょう)。我が家では、その年頃の息子を電車で座らせたことはなかったがなあ。電車やバスの座席は、よほど疲れている場合や空いている場合を除いて、けっして我勝ちに陣取るようなものではなく、お年寄りやまだひとりで立つには危ない幼児や赤ちゃん連れの家族に譲るべきものだと認識している。

 自家用車も1年半で手放したので(持ってみて思ったが、都会では公共交通機関が発達しているから、仕事で使わない限り必須のものでもない。都心に行けば行くほど高級外車が目に付くので、一種のステータスシンボル的意味合いが強いのかな?)、以来、移動手段はもっぱら公共交通機関で、バスターミナルから駅のホームに至るまでの階段も、息子は駆け足で上り下りするような子供だった。

 加えて我が家は、息子が幼稚園に入園してから小学校高学年の頃まで、よく家族でウォーキングイベントに参加しては、距離にして7〜10kmの道や林や山林を2〜4時間くらいかけて歩かせていた。月に一度の頻度で、街散歩と称して、家族で都内もくまなく歩いて回った。

 そのせいか、今では散歩が息子の趣味のひとつで、倹約家の息子は学生時代も、たまの休みに定期券で行ける範囲で街に出かけては、半日くらい街を歩き回っていたようだ。探検気分で、それぞれの街の雰囲気を楽しんでいたらしい。

 そういう息子なので、疲れたと言って、その場にしゃがみ込むなんてしたことがない。なまじ自家用車があると、幼い頃から車で楽に移動し過ぎて、大人になっても歩くことが習慣化していないのではないか?特に今では車社会の地方の子供に、その傾向が強いのかもしれない。地方に住む友人達の話を聞いての印象だ。


 今日夕方のNHKのニュースでは、「組体操」による怪我を防ぐ為に、従来より難易度を下げながらも、技の組み合わせや見せ方の工夫で見栄えを良くしようと言う、ある学校の取り組みを紹介していた。

 クレームを恐れて、あっさり「組体操」を運動会の演目から除外するより、出来る限り残そうとの学校の心意気は評価するが、子供の体力の強化を図らずに、子供の体力(筋力?運動能力?)の衰えに技の難易度を合わせると言うのが、本当にこれで良いのだろうかと疑問が残る。

 学校教育における体育教育の意義って、何なんだろうね?

 
 個人的には運動会は大嫌いだった。何が嫌いって、2学期のしょっぱなから始まる、軍隊の行進さながらの入場行進練習。朝礼の後に、まだ夏の暑さが残る運動場で、何度も何度も全員の足並みが揃うまで繰り返された。そんなに当時の私達生徒がヘタレだったのか?体育教師が厳しかったのか?今となっては定かではないのだが、私にとっては2学期の憂鬱の種だった。

 あと、そうそう体育の化繊ブルーマ?も、パンツの上に色付き化繊のパンツを履くみたいで、大嫌いだった。あの身体への密着感は、下着姿を公に晒しているような恥ずかしさがあった(高校からは半ズボンになったのでまだマシだったが…)

 運動神経もからきしダメだったので、ただでさえ内向きな性格が、さらに隅っこに追いやられるような疎外感に陥って、個人的に運動会に良い思い出はないなあ…
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2016/5/23

元米兵による女性殺害事件について考える  気になったニュース

 最近、沖縄県うるま市で、元米兵(海兵隊員)による「女性拉致・暴行・殺害事件」が発生した。その内容を知れば知るほど、鬼畜の所業としか思えない。

 亡くなられた女性には、心からご冥福をお祈りいたします。

 これから、楽しいことがいっぱいあっただろうに…テレビニュースで映し出される、被害者女性の愛くるしい笑顔を見ると、胸が張り裂けんばかりに痛む。同じ親として、大切なお嬢さんを失ったご両親の悲しみを思うと、本当にやりきれない。


 この事件の一報を受けて、ある政府関係者は「最悪のタイミング」と言ったそうである。間近に迫った伊勢志摩サミットとオバマ米大統領の広島訪問を念頭に置いての発言だとは思うが、あまりにも国民の命を蔑ろにした発言である。こんな凶悪事件に「良いタイミング」などあるものか?いつ何時であっても、あるまじき事件である。

 政治家が、米軍関係者(現役軍人とその家族、元軍人)による凶悪事件に対して、このように自国の被害者よりも米国の事情を慮る受け止め方しかしないから、日本の国土のわずか0.6%に過ぎない離島県なのに、日米安全保障条約に基づく在日米軍基地の75%が集中する沖縄で、米軍人や米軍属による犯罪がいつまで経っても減らないのである。

在日米軍裁判権放棄密約事件:これだから、「日本はアメリカの犬」と他国から揶揄されても仕方がない。

 沖縄県警のまとめによると、1972年の本土復帰から2014年までの米軍人・軍属とその家族による刑法犯罪の検挙件数は5,862件。うち、殺人、強盗、放火、強姦の凶悪事件は571件で737人(集団でのケースも少なくない)が検挙されたと言う。

 しかも、これはあくまでも表に出た数字のみである。親告罪であるレイプ事件など、警察にも訴えず泣き寝入りのケースも多々あるだろう。復帰後でさえそうなのだから、占領期がどんなに悲惨な状態だったのか、想像に難くない。そもそも沖縄に米軍基地がなければ、起きなかった事件の数々である(ウィキペディアで在日米軍の犯罪リストの項を見れば、復帰前に起きた「由美子ちゃん事件」等、その残忍さに誰しも驚くと思う)


 今回起きた事件の経緯は以下の通りである。

4月28日(木):うるま市在住の20歳の会社員女性(1月に成人式を迎えたばかり)が、午後8時頃ウォーキングに出かけた後、行方不明となる。

同29日(金):親族が警察に捜索願を出す。警察が捜索に乗り出す。

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5月12日(木):警察は女性の行方不明事件を公開捜査に切り替え。

同16日(月):警察が防犯カメラから割り出された米軍関係者に任意で事情聴取。

同17(火)、18(水)、事情聴取を受けた男、自宅で多量の睡眠薬服用や飲酒で、2度自殺を図る。

同19日(木):男の供述通り、うるま市から北におよそ16キロ離れた恩納村の雑木林で、警察が遺体を発見。元米兵で現在は民間企業からの派遣で嘉手納基地に勤務する(軍属)男ケネス・フランクリン・シンザト(32)を、「死体遺棄」容疑で逮捕

同20日(金):遺体を司法解剖。遺体は歯型も取れないほど損傷が激しく、さらに亜熱帯の沖縄で約3週間野ざらしにされた結果、腐敗もかなり進んでいた為、死因の特定困難。同日午後に、容疑者は那覇地検に送検される。

 その後の容疑者の供述によれば、容疑者は事件の発生した4月28日(木)、強姦目的で拉致現場周辺を2〜3時間車で周回し、ターゲットになる女性を物色。

 そして、たまたま拉致現場付近を歩いていた被害者の頭部を背後から棒で殴打し、車に連れ込み、別の場所で乱暴し、抵抗された為、首を絞め、ナイフで刺し、死に至らしめ、その後、土地勘のあった、自身がかつて所属していた海兵隊基地キャンプ・ハンセン近くの雑木林に遺体を遺棄したらしい。

同23日(月):被害者の父親や親族が、遺体発見現場を事件後初めて訪れ、花を手向けた。父親は「家に一緒に帰ろう」と、娘の魂に呼びかけた。その悲痛な叫びが、人々の涙を誘った。

同24日(火):被害者女性のスマホの通信記録が途絶えた場所付近にある水路を県警が40人を動員して捜索した結果、被害者が外出時に持っていた鍵と、容疑者が被害者を殴打した凶器と見られる棒が見つかった。被害者のスマホは未だ発見されていない。

 当初供述していた容疑者は、弁護士との接見以降、黙秘を続けている(←反省の色が全く見られない)

6月9日(木):県警は容疑者を「殺人罪」で再逮捕(懸命に捜索するも、未だ凶器は発見されず)。一方、那覇地検は容疑者を「死体遺棄容疑」で起訴


 ネットで収集した情報をまとめると、以下の通りである。

 被害者女性は名護市出身。事件当時はショッピングセンターの化粧品売り場に勤務し、化粧品販売に関する専門資格を取得しようと勉強していた。

 結婚を前提とした付き合いの男性と同居しており、事件当日も8時頃スマホのSNSで「ウォーキングに行って来る」と恋人男性には連絡をしてから外出。午前2時頃帰宅した男性が、彼女が帰宅していないのを心配し、すぐさま親族に連絡。翌日、親族が警察に捜索願を提出。

 被害者女性は週に2〜3回、自宅周辺の比較的人通りの多い場所でウォーキングをしていた。この時期の沖縄の日の入りは午後7時半であり、彼女が家を出た8時と言う時間帯はけっして遅いものではない。現地の人々は、比較的安全な場所で今回の事件が起きたことに、衝撃を受けている。

 両親にとっては最愛の一人娘で、両親が最後に彼女に会ったのは、1月の成人式の時だった。両親と同居の祖母も、彼女の無事を祈っていたが、結局、叶わなかった。

 警察によるスマホの位置情報調査で示された場所が、普段の彼女のウォーキングコースから離れた場所であることに、恋人男性も不審に思ったらしい。

 沖縄ではこんな噂もあると言う。

 "5月初め"に"県警"が"政府に"、「アメリカ政府と米軍に対して『容疑者の身辺調査をしたい』と申し入れて欲しい」と要請したが、「サミット前」を理由に政府は要請を「保留」。県警側が公開捜査に踏み切ったことで政府が重い腰を上げたので、急転直下、逮捕出来た。

 ↑もし、これが事実ならば、県警の英断がなければ、この事件は未だに被害者(遺体)の所在も分からず、犯人逮捕に至っていなかったかもしれないのだ。政府側から「最悪のタイミング」と言う言葉が飛び出したところからして、「不都合な真実」としてサミット終了まで、事件のことがひた隠しされた可能性がある。もし、そこまで公開捜査が引き伸ばされでもしたら、果たして犯人逮捕に至ったかどうか?(過去にも米軍人被疑者が米国に逃亡したケースがある)


 被害者には何の落ち度もない、容疑者の目に留まったことが不運であったとしか言いようのない事件である。


 世論の中には、「今回の容疑者はあくまでも「元軍人」であり、現在は民間人として基地内で働いているに過ぎないから、米軍と今回の事件は切り離して考えるべき」との意見も散見されるが、容疑者の「元軍人」しかも「海兵隊員」と言うキャリアが、今回の事件と無関係とは言えないと思う。少なくとも軍隊で学んだ攻撃スキルは、犯罪の遂行を容易にしたはずだ。

 よく、「日本には沖縄だけでなく、各地に米軍基地が点在しているのに、なぜこうも沖縄で突出して米軍人による犯罪が多いのか?」と言われるが、それは沖縄にのみと山口県岩国基地に駐留している海兵隊員による犯罪が多いからである(岩国基地でも凶悪犯罪は過去に何度も発生しているが、基地問題に毅然とした報道姿勢を取る地元紙が2紙もある沖縄と違い、全国紙でもあまり大きく取り上げられていないようだ)。下記の表を見れば、一目瞭然であろう。

 在日米軍は陸・海・空軍と海兵隊で構成されている。主だったものでも座間基地(神奈川県)が陸軍、三沢基地(青森県)、横田基地(東京都)、嘉手納基地、普天間基地(いずれも沖縄県)は空軍、厚木基地、横須賀基地(いずれも神奈川県)、佐世保基地(長崎県)は海軍所轄で、海兵隊基地(司令部は沖縄)は岩国基地(山口県)と沖縄本島中部に幾つか点在している。

 各軍ごとの隊員数は陸軍が約2,000人、空軍が約13,000人、海軍が約19,000人、そして海兵隊が約16,000人の計約50,000人となっている(在日米軍のHPより)

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 全隊員の30%を占める海兵隊員による犯罪が突出して多いのは、海兵隊員の軍における位置づけも原因のひとつであろう。海兵隊員について、こんな記述がある。

 「海兵隊員は最初に敵地に乗り込んで戦う勇敢な兵隊だ。裏を返せば、最も戦死者が多く、最も敵を倒して来た、「死と殺しのプロ」だ。(その意味で)無数の海兵隊基地がある沖縄は、「殺しのプロ」が大勢いる。殆どの人は民間人を殺すような人ではないが、(戦場で)何十人も殺して来て、心が麻痺した人も中にはいるのだろう。基地の隣に住むということは、「殺しのプロ」と暮らすということだ。」

 今回の事件の容疑者も、32歳と言う年齢からイラクやアフガニスタン等に派遣された可能性があり、戦地で戦闘を経験し、精神に何らかの異常を来した可能性も否定できない(だからと言って、彼が犯した罪は到底許されるべきものではない)。ウィキペディアで「アメリカ軍」を見ると、アメリカ軍がこれまでに参加した戦争の一覧があって、その夥しい数に圧倒される。
 
 また、特に下級兵士に至っては、「米国の街のゴロツキが減刑を条件に、辺境の島である沖縄の基地に派遣されるので、海兵隊員の中でも質が低い」と言う噂もあって、同じ米軍人でも沖縄駐留の海兵隊員のことをよく思わない人もいるらしい。米軍の中でも最強の軍隊と自負する海兵隊からすれば、これはかなり不名誉なことではないか?


 今回の事件もそうだったが、米兵とレイプの問題には根深いものがあって、「イラク戦争に参加した女性兵士の3人に1人が同僚兵士にレイプされた」との話もある中、国防総省の推計によれば、米軍内だけで年間19,000件ものレイプ事件が発生していると見られている(←上官による部下へのレイプ等、被害届が出されず、統計データに含まれないケースが多い)。しかも被害者は女性に限らず、(同性愛者ではない加害者による)脅しや支配を目的とした男性に対するレイプも少なくないらしい。斯様に米軍内でのレイプ事件は、パワハラとセクハラの両方を内包しているようだ。

 レイプ事件の動機には「抑えられない性衝動」だけでなく、より弱い存在に対する暴力(征服欲、支配欲)によって、加害者自身の抑圧された自我の解放と言う意味合いもある、との説もある。つまり、加害者自身が社会の中で、(人間関係にも、教育機会にも、仕事にも恵まれず)自身の承認欲求が満たされなかったり、何らかの形で受けた抑圧によって生じたストレスが引き金となって、より非力な他者への暴力に向かうと言うものだ。そう、レイプは強者が弱者に牙を剥く「暴力のひとつの形」なのである。

 加えて、海外で展開する部隊の兵士には、現地の人間に対する謂れなき差別感情もあるのではないか?所謂「強者の論理」「支配者の論理」とも言うべきもの。そうでなければ、これまでの沖縄県民に対する、米兵及びその家族や軍属による数多くの凶悪事件の説明がつかない(実際、海兵隊の沖縄派遣隊員に配布されるマニュアルには、県民を馬鹿にした記述があるらしい)

 特に今回の犯人は、報道によれば、現地日本人女性と結婚し、娘が生まれ、娘の誕生に合わせて妻の実家の援助により家も改築したばかりらしい。さらに妻の姓を名乗っていることから推察するに、妻にも妻の両親にも頭が上がらない状態だった可能性が高い。失業率の高い沖縄で元米兵が就職しようにも、基地内で軍属として働くぐらいしか当てはないだろう。さらに雇い主が沖縄の民間企業とあれば、給料も知れたものだ。

 テレビのニュース番組に、米国在住の弱々しく老いた実母の姿も映し出されていたが、彼女の発言には被害者やその遺族に対する詫びは一言もなく、「なぜ、こんなことが起きてしまったのか?」「できるだけ早く(刑務所から)出て来て欲しい」と言う、息子の身に起きたことに対する嘆きだけだった。容疑者とは2年前に会ったきりで、11歳から離れて暮らしている、とも言っていた。そういう実母の出で立ちや発言から、彼がこれまでどのような人生を辿って来たのか、何となく想像できるような気がした。

 士官学校でエリートとして養成される軍人がいる一方で、米国社会の底辺層で行き場のない青年が、軍の誘いを受けて下級兵士として入隊する。どれだけ戦地で多くの人を殺し、破壊の限りを尽くしたかが軍功の証となれば、たとえ兵士としてのし上がっても人間性は壊れるだけだ。

 1995年に小学生が3人の米兵により輪姦された事件では、米兵3人が「次に目の前に現れた女をレイプしよう」とゲーム感覚でレイプに及んだとの話もあり、人権感覚の麻痺した米兵の精神の崩壊ぶりは明らか。たまたま目の前を通ったが為に被害に遭った女の子が気の毒で、犯人達は許しがたい。それなのに、この事件では日米地位協定を盾に、犯人達は県警に引き渡されなかったと言うから、日本政府の弱腰姿勢は糾弾されても仕方あるまい。

 ネットでは、こんな記事も紹介されていた。

 在日米軍だけ処分が甘い? 性犯罪の3分の2が不起訴とAP報道 2014年2月10日

 防衛省の内部文書によると、2005〜2013年前半に在日米軍基地で性犯罪を起こした244人の軍人の3分の2が不起訴。罰金、降格、外出禁止、軍除外の処分だったことがわかった。約30例では戒告状のみだったという。同文書は、AP通信が情報公開法を使い入手した。YURI KAGEYAMA記者と、RICHARD LARDNER記者が報じた。

 この調査報道を、USAトゥデイ、英ガーディアン紙、ロシア・トゥデイなど各国の大手メディアが続々と転載している。

 文書には、第1海兵隊航空団の矛盾する2つの事例が示されていたという。両事例とも、原告(米兵)が夜、大量に飲酒した後、強姦されたと証言しており、DNA鑑定という動かぬ証拠もあった。だが、1例は懲役6年の判決、もう1例は降格と30日間の外出禁止処分で収監されなかったのだという」


 そこには、「本国から遠く離れた極東での事件なので、多少のことは大目に見よう」との軍の規律の緩みがあるのではないか?


 代々職業軍人の家庭出身者と言う以外にも、移民が市民権を早期に得る為とか、進学志望者が軍の就学援助システムを利用する為とか、軍隊入隊にもいろいろな動機があるようだが、今回の容疑者は何れにも当てはまらないような気がする。

 彼の心には深い闇を感じる。


 今回ナイフやスーツケースも準備して、仕事帰り自宅から離れた場所2〜3時間もターゲットを求めて徘徊し、凶行に及んでいることから、計画的で手慣れた犯行に見える。他にも余罪があるのではないか?

 加害者の妻は、わずか生後3カ月にして「残忍な殺人者の子」の烙印を押された(しかも一見してハーフと分かる)幼子を抱え、今後は多難な人生が予想されるが、どうしてよりによって、こんな男を配偶者に選んだのだろう?男の何を見ていたのだろう?

 
 事件が起きる度に、日本政府は米政府(大使)に対して型どおりの抗議(まさに茶番)をし、それを受けて在日米軍は軍内の綱紀粛正を誓うが、どれもポーズに過ぎず、本気で現状を改善しようなんて気はさらさらないに決まっている。自分達から遠く離れた辺境の島での出来事だから、殆ど気にもかけていないのだろう。日本政府の意識は、去る大戦時に沖縄県を「本土防衛の為の捨石」にした当時と何ら変わっていない。

 そもそも一般人の私でさえ、軍人や元軍人による犯罪の廃絶なんて無理だと思っている。軍隊の存在そのものが、非人間性と隣合わせなのだから。

 現役軍人なら、誰かが言うように夜間外出禁止令でも出して、基地内に閉じ込めれば良いが、今回のように除隊した「隠れ凶悪犯予備軍」に関しては対処のしようがない。一度軍人になって戦地に赴いた者には、定期的に心理カウセリングを受けることを義務づけ、所属中に何らかの問題を起こした者は即刻国外退去か、日本に留まる条件として(人権問題として議論を呼びそうだが)GPSを体内に埋め込んで常に動向を監視するくらいのことはしないと、犯罪抑止は難しいと思う。現実的に直近の基地の撤退、縮小が無理ならば、せめて、沖縄県内だけでも実施してみてはどうかと思う。

 加えて、米兵が公務中、公務外に関わらず、地元民に危害を加えるような事件・事故を起こした場合は、「政府を通して在日米軍に捜査協力を"要請"し、基地内立ち入りを"許可"して貰う」と言った、迅速な捜査の妨げとなる"手続き"を経ることなく、発生後すぐに地元の警察が主体的に基地内に立ち入り、捜査権や逮捕権を行使できるよう、日米地位協定を改定すべきだと思う(→23日(月)、米国防総省は沖縄県の改定要請に対し、「従来通り運用方法の改善で対処」と、改定を拒否。日本政府もそれを是認の意向。日米地位協定に関しては、外務省HPで内容を確認することが出来る。日米地位協定に関するQ&Aを読むと、外務省の役人が協定の不平等性を指摘されないよう回答をまとめた苦心惨憺の跡が見て取れる)

 とりあえず、すぐにでも可能な対処法としては、英国並みに夥しい数の監視カメラを基地周辺はもちろんのこと市街地に設置し、人通りの少ない場所にはドローンでも飛ばして常時監視する体制を早急に整えてみてはどうか?今回も直接的に犯人逮捕に繋がったのは監視カメラの映像であったと聞く。

 県警や各警察署に特別監視室でも設けて(監視は警備会社に委託でも可)、常に複数の目で基地周辺部や市街地、郊外の様子をカメラを通して監視する。同時に警察によるパトロールをこまめに行ない、不審な動きを監視室が察知したなら、すぐにパトロールの警察官が現場に急行する。その為の特別予算を国に組んで貰えば良いのではないか?米軍の縮小・撤退が現実的でないのなら、それぐらいのことはすべきだと思う。これで、米軍関係者だけでなく、地元民による犯罪への抑止効果も期待できるかもしれない。


 そもそも沖縄の基地問題は米兵による犯罪被害だけでなく、軍用地として接収されている土地が他県の土地と違って、大半が個人の所有であることから、毎年「思いやり予算」によって支払われる土地賃貸料収入が、同じ沖縄県民であっても土地を持つ者と持たざる者の間で、大きな経済格差を生んでいる点も無視できない。

 以前、読んだ本にも、高額納税者数のベスト10に、地方からは唯一沖縄県がランクインしているとあった。これは軍用地を貸し出している富裕層が、それを担保に不動産をはじめとして幅広く事業を展開しているかららしい。沖縄県は厳然たる階級社会のようである。「貧乏県」の割に海外留学が盛んなのも、そのことと無縁ではあるまい。基地問題でも県民が一枚岩になれないのは、県民の中にも米軍利権で甘い汁を吸っている人がいるからか。米軍占領によって、沖縄県はさまざまな形で社会に歪みを抱えてしまったようだ。
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2016/3/26

ネット社会の言論の自由を脅かすもの  気になったニュース

 最近、ネットニュースのコメント欄を覗いてみると、怖い。ネット民による、寄って集っての個人攻撃が凄いのだ。

 しかもターゲットにされたら最後、次の新たなターゲットが見つかるまで、攻撃は止まない。

 攻撃のターゲットになる人物は著名人、有名人が殆どだが、名声や富と引き換えに支払わなければならない有名税(例えば、顔が知られている分、何かと言動が注目され、行動が制限されるとか…)の中でも、このネット民による個人攻撃の凄まじさは恐しいまでだ。

 攻撃のターゲットとなった人物から、自分が直接不利益を被ったわけでもないのに、自分自身も完全無欠と言うわけでもなかろうに、執拗にターゲットの非を責めたてる。周りの雰囲気に煽られて、書き込みの内容もより過激に、また無節操になる。

 傍目には、ネットが、人間のあらゆるネガティブな感情の増幅装置の役割を果たしているかのように見える。

 有名人とて感情を持った一人の人間なのに、制御の効かない集団の悪感情は、人をどこまで追い詰めるつもりなのだろう? 

 その一方で、つい最近、MS社のツィッター向け?のAIが、利用者から悪意のある情報を吹き込まれて人種差別的発言を繰り返すようになり、急遽運用停止になったのは記憶に新しい。それは人間が作った"モノ"だから制御できた。

 以前の記事の繰り返しになるが、ネットの住人は時として集団で悪意を増幅させ暴走する。その暴走を速やかに止めることができるスーパーバイザーは存在しない

 それだけに私達ひとりひとりの自制心が求められるのだが、これが最も難しいことなのだ。

 「自己制御する」と言う在り方が、人間を人間足らしめているはずなのに、その自己制御が効かないと言うことは、ネット(仮想)社会の匿名性が、同調圧力の強い(本音を言い難い)日本の(現実)社会で抑圧された人間の自我を、歪んだ形で解放していると言うことなのだろうか?

 しかし、これがあまりにも度を越して問題視されるようになれば、現実の社会で法制化と言う形で言論統制に至る危険性を孕んでいる。寧ろ、為政者はそうなることを手ぐすね引いて待っている可能性も否定できない。個人攻撃に参加しているネット民はそこまで考えていないのかもしれないが、ネット社会も現実社会と確実にリンクしているのだ。

 暴走するネット民よ。自分で自分の首を絞めてどうする?
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