2021/8/12

子どもは疑問の数だけ賢くなって行く  日々のよしなしごと

この頃、蝉たちが今を盛りに早朝から鳴いている。大合唱である。

この季節に何かと目につく蝉の生態には今更のように興味津々である。さまざまな疑問が浮かんで来る。

例えば、蝉はなぜ鳴くのか?耳をつんざくような大音量で合唱するのか?


数日前のこと。深夜11時過ぎだと言うのに、我が家の出窓の網戸に一匹の蝉が止まったらしく、突然けたたましい鳴き声を上げたかと思うと、それが暫く続いたので、夫と私は驚き、困惑した。

早速、夫が「うるさいなあ」とボヤキながら「蝉はなぜ鳴くのか?」とググった。

まず、蝉はオスしか鳴かない。鳴くのはオスが子孫を残す為にメスをひきつける求愛行動なのである。しかも、オス蝉たちはメスとの出会いの確率を上げる為、集団で鳴く。だから1本の木に大勢の蝉が群がり、あの大合唱になる。


そう言えば、先日近所の並木道を夫婦で散歩していたところ、蝉の大合唱がそこら中に響き渡る中、木の幹で静かに寄り添う2匹の蝉がいた。よく見ると、V字型に尻の部分が重なるような形で寄り添って、じっとしていた。これまで数多の蝉を見てきたけれど、初めて見る光景である。もしかして、交尾していたのか?

蝉は長いものになると20年近く地中で暮らし、地上では命の限り鳴いて(実際は羽根を擦らせて→お腹の内部の筋肉と膜を伸縮させて)メスを呼び寄せ、交尾し、メスが卵を産むと、1〜2週間でその命を終えると言う。正に子孫を残す為だけに生きているような生きざまだ。何十年と生きて、個人としてさまざまな経験をする人間から見れば、その一意専心な生きざまは潔くも切ない。まあ、地球上のほぼ全ての生き物は、「何の為に生きるのか?」なんぞ考えることもなく、粛々と子孫を残す使命を果たして、その命を終えるのだろうけれど。


ここで傍迷惑な深夜の蝉の話に戻すと、蝉が鳴くのにも条件があり、「気温」と「明るさ」の両方か、種類によってはどちらかひとつの条件を満たさなければ、蝉は鳴かないそうだ。

それなのに、数日前は深夜に我が家の窓辺で蝉が何を血迷ったのか、鳴いた。しかも結構長い時間。つらつらと考えるに、これはどうも「夜間も気温が下がらない熱帯夜」と「我が家から漏れる明かり」が、一匹の蝉を惑わせてしまったものらしい。命短い蝉にはちょっと可哀そうなことをしてしまったかな?その罰が当たったのか、一昨日の強風で、同じマンションの角部屋で我が家のその網戸の網だけが、見るも無残にボロボロに破れてしまった(←実際は網の経年劣化とビル風の問題だと思われる)

また、蝉と言えば、仰向けに死んでいる蝉が多い。この時期には玄関ドアを開けると、廊下のそこかしこに蝉の死骸が仰向けに転がっている。

気まぐれに仰向けの蝉を手で転がしうつ伏せにしてやると、突然蘇生したかのように飛び立ってゆく蝉も少しはいる。しかし、その飛ぶ姿にもはや力強さはなく、やはり残り少ない生命力を振り絞っての飛翔なのだろう。

ここでまた「なぜ、蝉は仰向けに死んでいるのか」とググってみる。すると面白い記事を見つけた。子どもの疑問にその道の専門家が答えるという、NHKラジオ番組の記録である。番組では専門家が一方的に自身の知識を披露するのではなく、電話で時間をかけて丁寧に専門家と子どもが対話をすることで、子どもの探求心を絶妙に刺激して素晴らしい。

質問者は小学5年生の女の子。「仰向けで死ぬセミが多いのはなぜ?」と言う質問だ。専門家はその質問にすぐさま答えるのではなく、女の子に「どうしてそれを知りたいと思ったのか」と尋ねる。それに対する女の子の答えが、彼女の旺盛な好奇心となかなか鋭い観察眼を示して素敵なのだ。

「近くの公園で、死んでいるセミの数を数えてきました。クマゼミ31匹中、横を向いて死んでいるのが3匹、うつ伏せで死んでいるのが7匹、仰向けになっているのが21匹で、一番多かったんです。」

単なる思いつきではなく、きちんとした観察と分類に基づく疑問と言うのが、いかにも賢そうだ。少なくとも小学5年生だった頃の私より、彼女はずっと賢い。

この後も、専門家は女の子に「なぜなぜどうして攻撃」を仕掛けて、彼女から更なる考察を導き出して行く。


事程左様に、日々の生活の中でさまざまな事象に関心を持ち、「なぜ?」「どうして?」と疑問を持つことの繰り返し、その経験の積み重ねが、子どもの知的発達を促して行くのだろうね。子どもは疑問の数だけ賢くなって行く。その知的好奇心の芽を摘まないのが、身近にいる大人の最も大切な役目のひとつなのだろう。



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