2019/7/28

何かと話題の辺野古に行ってみた  携帯電話から投稿

こんなにきれいな海をわざわざ埋め立てて、基地を作るんだね。

米国は軍事拠点のひとつとして、絶対に沖縄を手離さないつもりなんだね。

…と言うような印象を持った辺野古初訪問でした。

日本と言う国の、国家としての自立や主権について考えた時に、否応なく沖縄の基地問題について考えさせられていまう。

かつての日本の軍国主義を憂う立場からすると、先の戦争で米国に負けたことは必ずしも悪いことではなかったと思うけれど、沖縄の現状を鑑みれば、ここまで米国に隷属しなければならないのかと絶望的にもなる。


今回は、時間が少し空いたからと、なぜか突然沖縄行きを思い立った息子に付き合って(息子の訪沖は10年ぶりです)、沖縄に来ております。

現在、数年かけて日本一周ドライブ旅行を敢行中の息子ですが、今回はさすがに愛車を持って来られず、レンタカーでのドライブです。

私的には、ドライバー付きの沖縄旅行、いやはや快適(笑)。

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2019/7/23

「凪のお暇(なぎのおいとま)」  はなこのMEMO

今クールのドラマの第一回をひと通り見たところで、一番面白かったのが、タイトルの「凪のお暇」。

TBSで毎週(金)午後10時から放映です。

これも今般流行りの人気漫画のドラマ化らしいのですが、主演が大好きな黒木華(はる)さんな上に、脇を固めるのが、高橋一生さん、中村倫也さん、吉田羊さん、三田佳子さんと、主役級で演技巧者な方々なのです。三田さんなんて、美貌の謎めいた独居老人(美人でも、他人に対して狭量で辛辣なJKから見ればただの老婆)をキッチリと演じておられる。


気弱で、周りの空気を読み過ぎることに疲れてしまったヒロインが、それまでの生活を全て投げ出して、郊外のひなびたアパートに布団と自転車だけを持って移り住むところから物語が動き出します。

心機一転、それまでの都会生活で自分を守るために身に纏っていた固く重い心の鎧を脱ぎ捨てるかのように、他人の目を一切気にすることをやめたヒロイン凪。

ミュージカルのヒロインアニーを彷彿とさせるフワフワな癖っ毛(⇦実のところ、幼い頃からのコンプレックス)に、ヨレヨレTシャツにデニムパンツと言う飾り気のない出で立ちで、今度はちょっびり勇気を出して自分の思っていることを口にし始める。

その途端、彼女の人間関係が、人生が、好転しはじめるのを予感させて、第一回は終わります。

それまで出会ったことのない思いやりある人々の優しさに触れて、凝り固まっていた心が徐々に解きほぐされて行く凪。自分のあるがままを受け入れて貰うことで凪は心の安らぎを得て、新たな人生を歩み始めるのでしょうか?

そうだといいなあ…

無職でお金もない凪が、心優しき人々に囲まれて、OL時代よりもノビノビとして幸せそうなのが、いささかおとぎ話チックではありますが、心身共にお疲れ気味の週末には、程よい癒しのドラマになりそうです。

2019/7/23

子どもに対する大人の責任  はなこのMEMO

登戸の無差別殺傷事件の犯人も、今回の京都の放火大量殺傷事件の犯人も、
当初の報道では子ども時代の写真しか出て来なかった。

それは何を意味するのか?

近影もないほどの(他者との良好な関係のない)孤独、社会からの孤立?


(もちろん、彼らが犯した罪は到底許されるものではない。
しかし、彼らが引き起こした事件の重大さと、
その結果がもたらしたあまりの悲しみに、
どこかの時点で事件を防ぐ手立てはなかったのかと考え込んでしまう…

事件前日に監視カメラに映り込んだ犯人の姿をニュースで見て、
ドラマや映画のように、その時点に時間が巻き戻せたらと切に思った。

予知能力のある人が実在していて、
事件を予知し、未然に防げていたならとも思った。

「自暴自棄な人間が、社会への復讐のため、他者を道連れにする自殺」
とも言えるこの種の事件は、
一部の人々が声高に訴える厳罰化だけでは防ぎようのない事件のように思う)



偶然にも、何れの容疑者も幼少期に両親が離婚し、
以来、実の親とは疎遠だ。
(京アニ放火事件の容疑者は、両親の離婚後
、父親が引き取り育てたようで、
別の男性と再婚した母親とは疎遠らしい。)


夫婦が離婚するのは仕方がない面もある。
しかし、自らが世に出した子どもに対して、
親は出来る限り責任を持つべきだと思う。

子どもは親が離婚すると言う事実だけでも、
そこに至るまでにも、十分深く傷ついている。
レアケースではあるだろうが、それに追い打ちをかけるように、
子どもを見捨てることだけは本当に止めて欲しい。

(尤も、育児放棄の問題は離婚家庭に限らないだろうけれど…)

親に見捨てられた子どもは、自尊心がズタズタになりがちだ。
自分の存在価値に自信が持てず、人を信頼することもできず、
自分の将来に希望を持つのが困難になるほどと聞く。

どうしても実の親が当てにならないのであれば、
親に代わって身近な大人が支えてあげなければならないだろう。
身近にそんな大人がいなければ、
社会全体で支えてあげなければならないだろう。

もう何年も前から少子化の問題が叫ばれながら、
子どもの存在は尊重されるどころか蔑ろにされているような気がする。
子どもを保護・育成する施策や法整備が
遅々として進んでいないような気がする。

この日本に生まれて来てくれた子ども達が、その出自に関係なく、
健やかに育つ環境を社会で整えることはできないものだろうか?

子ども達が自尊心を持って、幸せな人生を歩むことができるように。
自身を蔑み、社会を恨む不幸な大人を、これ以上生み出さないために。

政府や自治体の施策を待つまでもなく、
個人でもさまざまなサポートは可能なはずだ。
私達夫婦はかつて仕事で開発途上国と関わった経験から、
長らく国際里親制度を利用してアフリカやアジアのコミュニティ支援を行って来た。
しかし、最近は国内の貧困に目を向けて、
生協が主催する奨学金制度への出資を通して
ささやかながら経済的に困窮する家庭の子どもの学資支援を行っている。


選挙が終わり、国政参加に心が奮い立っているであろう新任の政治家の皆さんにも、
子ども達を取り巻く環境の整備について、今一度目を向けていただきたいと思う。

2019/7/23

吉本興業を巡る騒動に思うこと  はなこのMEMO

そんなに騒ぐほどのことか?と思う。

所属する吉本興業を介さずに直に営業することは、
芸人にとっては従来それほど珍しいことでもなく、
吉本興業側も黙認していたのが、
ゴシップ写真週刊誌に、
反社会派勢力絡みで扇情的に取り上げられたことで
何らかの対応をせざるを得なくなった、
と言うのがコトの真相なんでしょう?

そもそも直営業を黙認していたから、
社内でも厳密な罰則規定など存在せず、
直営業で反社会派勢力との関わりを持ってしまった芸人の処遇に、
会社としても明確な指示を出せなかっただけの話。
図らずも、会社の危機管理能力のなさが露呈した形。

確かに被害者が存在する犯罪集団と直営業で関わり、
ギャラを受け取ってしまったことは社会倫理上不味かったかもしれないが、
芸人を無期限に謹慎したりクビにするほどのことか?と思う。

(近年は暴対法対策で反社会派勢力もフロント企業で正業を営んだりと
ステルス化が進んでいるので、私達一般人も気づかないうちに
何らかの関わりを持ってしまっている可能性は十分ある。)


営業先の身元を碌に確認もせず、
安易に仕事を請け負った芸人の脇の甘さは否めないし、
当初ギャラを貰っていないと嘘をついたことには、
その芸人の小賢しさ、セコさを感じて不快だけれど、
(宮迫さんは世間を舐めている不真面目な人と言う印象。
これまでもテキトーなことを散々やって来ていて、
運よく切り抜けていたのだろうけれど、
今回ばかりは「いい加減にしろよ」と神様から大目玉をくらった感じ。
おそらく、宮迫さんの人間としての「いい加減さ」と
芸人としての「面白さ」は表裏一体で、
それは、かつての市川海老蔵の私生活における「無軌道さ」と
芸の「華やかさ」が表裏一体であったのと同様なのだろう。)

本人がきちんと心から反省して、ギャラも返上して、
今後は二度とそんなことをしないと態度を改めるのであれば、
一定の謹慎処分を科した後に
もう一度チャンスを与えるくらいの度量が、
吉本興業側にあっても良いと思う。

そもそも私は芸能人に清廉潔白さを求めていない。
彼らが社会の手本となる存在であるとは思っていない。

ゴシップ誌でしばしば取沙汰される不倫問題にしても、
当事者の夫婦間、家族間の問題であって、
不快に感じることはあっても、私には直接関わりのないことなので、
芸人なら芸人として、俳優なら俳優として、歌手なら歌手として、
素晴らしいパフォーマンスを見せて貰えれば十分だ。

かつてのプライベートが謎めいた銀幕のスターと違い、
現在はお茶の間にあるテレビで、芸能人の一挙手一投足が見える時代。
近所のちょっときれいな女の子が束売りでアイドルになる時代。
自身のプライベートを切り売りすることで生きながらえている芸能人さえいる。
だから、見たくないことも、見なくて良いことも見えてしまう。


今回の件で最も腹立たしい存在は、
ゴシップ誌に写真を提供した反社会派勢力と
その写真を使ってセンセーショナルに記事を書き立てた出版社だ。

こちらの方が社会倫理上よほど悪質かつ問題で、
その行為の正当性を議論すべきだと思う。

反社会派勢力は自分の力を誇示する道具として芸人を利用しただけでなく、
芸人の人生を弄ぶようにゴシップ誌に営業時の写真をネタとして提供した。
正にマッチポンプとも言える行為で、不快極まりない。

反社会派勢力が持ち込んだ写真をホイホイ受け取って、
さも自らが社会正義を振りかざしているが如く、
芸人を糾弾した記事を掲載した出版社も出版社だ。

叩きやすい相手を叩いただけの安直なジャーナリズムだ。
そこにはマスコミとしての覚悟も使命感も見えない。
おまけに今回は、反社会派勢力に
「マスコミを利用して人を貶める」と言う
新たな悪知恵を授けたようなものだから始末が悪い。

このことに関して他社から何の批判も出ないことに、
この業界の倫理観のなさ、自浄能力のなさを感じる。

こんな低次元のジャーナリズムが跋扈する現状で、
マスコミの本分とも言うべき「権力の監視装置」としての役割は、矜持は、
一体どこに行ってしまったのだろう?

権力は監視を怠ると暴走する、と歴史が証明しているのに 。


何だか、視聴者や読者を馬鹿にした茶番劇を
延々と見せ続けられているような気がして、
ものすごく不快

2019/7/22

久しぶりにひとりティータイム♪  携帯電話から投稿

駅ビルのとあるカフェにて。

季節のスイーツ白桃タルトとホットミルクティー。

白桃タルトはビーガンケーキで、素朴な味わい(と言うか白桃が本当に淡白な味)

好きな(カレンダーの)写真をブックカバーにした新書でもちょっと読もうかなと…と思ったら、夫から帰るメール。

あらあら…予想外に早い帰りに、ゆっくり本を読む暇もない


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2019/7/17

最近は以前ほど怒らない  はなこのMEMO

ひとりの人間は本質的な部分は変わらないのだろうけれど、日々生きて行く中でさまざまな経験を積み重ね、学習して、世間との関わり方と言うか世間との距離の取り方は、処世術として適宜変えて行くものなのかなと思っている。

それが自身の対外的なイメージの変化に繋がって、「精神的に成長した」とか「雰囲気が変わった」と、周りからは言われるのだろう。


私は最近、以前ほどには怒らなくなった。以前なら例えば、禁煙場所のバス停でタバコを吸っている人に対して喫煙をやめるよう注意したりしたが、最近はそういう人を見かけたとしても表立って注意はしない。バス停で喫煙されると、場所によっては煙がかかるので不快だし腹は立つのだけれど、わざわざ喧嘩を売ったりはしない(笑)。

正直、そういう人と関わること自体が面倒臭くなった。たとえ注意しても素直に耳を貸す人は殆どいないし、本人に自分のマナー違反の行為を改める気持ちがないのだから、注意したとしても(←結構、最初の声かけは勇気が要る。心臓バクバク)結果は何も変わらない。残念ながら、ものの道理が通じない人は一定数いるものだ。

それに公共の場で明らかに挙動が不審な人は、最近の事件報道を見ていると、わざとその場にたまたま居合わせた赤の他人を挑発して、攻撃の機会を狙っているようなフシがある。懐に刃物を忍ばせている可能性もないとは言えない。

つい先日もタクシー乗り場で見知らぬ他人に傘の先で目を突かれ、被害者は失明するという事件があったばかりだ。その時たまたま居合わせた加害者との関わりで、目を突かれ失明するほどの落ち度が被害者にあったとは思えない。

こうした事件の加害者は、自分の日頃の鬱屈した思いを無差別攻撃という形で爆発させて、身勝手な鬱憤晴らしをしているように見える。自分以外の他人はすべて敵と言わんばかりの孤独感を纏って世間に敵対しているように見えて仕方がない。

そういう人間と徒に関わるのは危険だ。自暴自棄で自分の行動の抑制が効かない人間は、他人を傷つけることなど厭わない。明らかに挙動不審な人を見かけたら、静かにその場を離れた方が身の為だと思う。

何の関係もない赤の他人に、無闇に傷つけられることほど理不尽なことはない。

それに私は無謀な正義漢だったけれど、傍目には自らの正義を声高に主張するうるさいおばちゃんであったのかもしれない。そういう反省もあって、最近はおとなしくしている。

2019/7/17


左の親指の痛みは10年以上前に骨折したのが原因だと思って、ずっと我慢していたのですが、最近は買い物帰りにレジ袋やエコバッグを持ったり、台所でフライパンを持つのも辛くなった上に親指の第一関節にバネ指の症状も出たので病院に行ったところ、思いがけず「腱鞘炎」と診断されました。

かねてより腱鞘炎はピアニストなど指を多用する人の職業病として知られていますが、最近はスマホ使用時の指の多用で罹患するケースも増えているようです。さらに医師の話によれば、日々の家事の細かな作業で指を酷使する主婦にも珍しくない病気なんだそうです。

根本治療としては指を休めるしかないのですが、立場上そうも行かないので、炎症と痛みを抑える為に患部に(ステロイド剤?)注射をしていただきました。

一応、薬が効いているようで、痛みはなくなりましたが、バネ指の症状はときどき出ます。

さらにパソコン画面を暫く見ていると、画面がぼやけて見えるドライアイの症状も出て、トドメに風邪もひいてしまったので、パソコンやスマホは極力見ないようにしていました。ブログ等のSNSなんてもってのほか(笑)。

ドライアイに対しては普段からメガネをかけつつ、目を酷使しないよう心掛け、風邪は鼻づまりと咳の症状が出ていたので、それぞれ家に常備している市販薬で対応し、時間があればひたすら寝ることにしました。

おかげで漸くそれぞれの症状が緩和されました。2週間くらいかかったかな。


身体の不調とは上手に付き合って行くしかないですね。

2019/7/17

老後資金のはなし  はなこ的考察―良いこと探し

50代に入った頃から何となく老後を意識するようになった。

私にとっての本格的な老後は、夫が仕事から完全にリタイヤした時だろうか?光陰矢の如しで、老後生活スタートまで残すところ3年弱となった。

最近、年金以外に老後資金として2,000万円は必要との金融庁からの提言?が巷間を賑わせたけれど、その金額はあくまでも目安で、本当に必要な額は人それぞれだろう。

そもそも皆、違う人生を生きているのだから。

私の友人を見渡しても、例えば郷里の友人の中には土地持ちの家に嫁いで、今では賃貸マンションなど何棟もの不動産を夫婦で所有し、地元だけでなく東京の都心にも別宅としてマンション1室を所有して頻繁に上京するなど悠々自適に過ごしている者がいる一方で、都内に住む友人のひとりは夫婦共働きで地道に暮らして来たのに、最近になって夫の会社が倒産し、新たな職が見つかりはしたものの月収が10万円減になってしまったとかで、退職金など望むべくもなく老後は不安で仕方がないと言っている。

また、同郷で同じ会社に勤めていた友人は帰省の度に費用は全額親が負担してくれ(←因みに我が家のこれまでの帰省費用を計算したところ、ゆうに1,200万円は超えていた)、自宅を購入する際も夫婦それぞれの両親から1,000万円ずつ出して貰ったと言っていた。彼女は大学時代も親の仕送りだけで十分生活出来て、学生時代バイトもしたことがなかったらしい。それだけ親に援助して貰えれば、数千万円の貯蓄など容易いものだろう。それ以外にも財テクの知恵など有形無形の財産を親から継承して、資金面での老後の安泰は確約されたも同然である。

その友人の話を聞いていると、何だか自分が不遇に思えてくるので、いつしか疎遠になった。


正に不幸の種は隣の芝生の青さを羨むところにある。
他人と自分を比べるところにある。

比べたところで、何も良いことはないのにね。

ヨソはヨソ、ウチはウチと割り切らないと、ホント心乱されるばかりだ。
自分の"分"を弁えて、自分の持ち分の中でやりくりしながら生きて行くしかない。
この際、「人並み」を求める虚栄心はキッパリ捨てなければ。

或いは、自身の望む生活レベルを維持する為に働き続けるか…

自分にとって何が大切か?
最低限何が出来れば心充たされるか?
よくよく考えた上で、老後はお金の使い方にメリハリをつける必要があると考えている。

結局、周囲(親類縁者)に迷惑をかけない程度の蓄えと、
結婚しているなら良好な夫婦関係、
さらに子どもがいるなら良好な親子関係、
会いたい時に会える心許せる友人の存在、
時間を忘れて心から楽しめる趣味、
そこそこ健康な身体(確実に老いて行くのだから、どこかしら不具合があって当然)
そして、自身や他人の多少の粗忽は笑って許せる心の大らかさが、
老後の心の安寧には必要なんだろうなと思っている。

2019/7/3

絵柄替え  日々のよしなしごと

19年前の夏、全日空機に搭乗した時に、搭乗記念として全日空さんからいただいた団扇。

長年愛用して(笑)、いい加減、紙製の柄が傷んで来たので、この度、現在公開中の映画「スパイダーマン〜ファー・フロム・ホーム」のチラシを使って、柄を張り替えてみました(ノベルティ・グッズをチマチマ長年使い回すのは、貧乏性な私くらいかも…)

ま、何はともあれ、トム・ホランド君、かわいいー(笑)。

企業が販促のために無料で配布するノベルティ・グッズも、昔の物は結構品質が良かったですね。

この団扇も骨組みはプラスチック製ですが、かなりしっかりした造りなので、柄さえ張り替えれば、まだまだ長く使えそうです。

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思い返せば、昔は国内線でも沖縄行きなど遠距離便だと、プレミアムクラスでなくてもサンドイッチ等の軽食が出たり、年末年始の九州への帰省便では羽子板形の栓抜きをいただいたりと、結構搭乗者へのサービスが充実していたように思います。

今はそれらに代わり、運賃の早割制度やマイレージプログラムがあるのでしょう。

それに飛行機の旅自体、利用者にとっては今よりも昔の方が特別感があったような…

燃料費の高騰やLLCの登場による航空業界の競争激化で、大手もコストカットをしなければならず、その煽りを受けて機内サービスも方針転換し、ノベルティ・グッズ無料配布による社のイメージアップよりも、有料の飲食サービスを取り入れるなど実利を取るに至ったのでしょうか?



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