2017/2/13


長崎に来ています。

これから墓参り。

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2017/2/11

モノは考えよう2  携帯電話から投稿

自分が生きている限り、ゴミが出る。

自分が生きている限り、ゴミを出す。

自分が生きている限り、地球に迷惑をかけている。

ゴミ出しをする度に、何だか肩身が狭い。

2017/2/10

土産&土産  携帯電話から投稿

今週は夫が大阪、息子が北海道へ出張に行き、今日の夜に手土産を持って帰って来ました。

夫の大阪土産は、今や我が家ではこの季節定番の高山堂の「いちご大福」。

息子は札幌の菓子メーカー石屋製菓のチョコレート菓子「美冬」。

ダブルで嬉しいなあ…
息子は二泊して、北関東の自分のアパートに戻るそうです。

明日は家族三人で、近所のシネコンへ映画を見に行く予定。

映画は、息子が3歳の頃からの我が家の楽しみです。


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2017/2/10

何かに過度に依存するのは、いろいろな意味で危うい  日々のよしなしごと

 先日のことだ。

 私は友人に会う為に有楽町駅に向かう電車に乗っていたのだが、途中駅で危うく幼児がホームと電車の隙間に転落する瞬間を目撃した。
 
 幼児が大声を上げたことで、すぐ近くにいた年配女性二人が事態に気付いて助けてくれたので事なきを得たのだが、私が目にした瞬間の幼児はお腹の辺りまで隙間に嵌っていた。あんなにいとも簡単に幼児は隙間に嵌るのかと、改めて驚いた。

 一瞬の出来事だったので詳細まで把握していないのだが、若い母親は空のベビーカーを片手に2歳位の男児の手を引き、電車に乗り込もうとしていたようだ。その背後には4歳位の女児もいた(母親が男児の手をしっかり握っていたのは不幸中の幸いであった。最近は電車であれ、バスであれ、エレベーターであれ、乗降時に幼児の手を引かない親が少なくない。今回のような危険が潜んでいるのに…)

 一刻を争う場面で男児を電車とホームの隙間から引き上げた年配女性達は「坊やが大声あげてくれたから(気づくことが出来て)本当に良かったわ」と安堵していたが、今、思い出しても、瞬間を目撃しただけの私でさえ冷や汗が出るようなアクシデントだった。ホント、心臓に悪いよ

 母親も直後は顔面蒼白の様子で、自身の内心の動揺を必死に収めようとしていたのか我が子の身体を暫くしきりにさすっていた。そんな母親とは対照的に、当の子どもは自分の身に起きたことなどケロッと忘れて、無邪気に笑顔を見せていた。

 今回の件で痛切に感じたのは、ベビーカーを利用するような月齢の乳幼児は基本的にベビーカーに乗せたまま、交通公共機関を利用する方がより安全と言うこと。母親だけで子ども達と外出するなど世話の手が足りない時には特に。電車は便利だが、転落しがちなホームと電車の隙間、手が挟まれがちなドア付近等、幼い子ども達にとっては危険もいっぱいだ。

 昔と違って少子化の昨今だが、見たところ年の離れた兄弟は少なく、1〜3歳程度離れた兄弟が多い印象だ(共働きで、育児休暇を出来るだけ効率的に取りたい、子育てをまとめてしたい、という思惑もあってのことだろう)。そうなれば当然、子ども達の学齢前、ひとりでも手のかかる乳幼児2〜3人を連れての外出は、親にとっても相当な負担だろうと思う。

 私はそうした母子を見かけたら出来るだけ声をかけて、何らかの手助け(ベビーカーや荷物をを持ってあげたり、電車の乗降時、手が足りなければ幼児の手を引いてあげたり等)をするようにしているが、周りは必ずしもそういう人間ばかりではないのが現状だ。

 そこが今の、特に都市部の問題だと思う。皆、外にいてもスマホに没入するなどして精神的引き籠り状態に近く、自分の周囲への関心があまりにも希薄だ。

 至るところでスマホに夢中になっている人々よ。少しは顔を上げて、周囲を見渡して欲しい。もう少し自分の周りの状況に関心を持ってはどうですか?

 先日都内→埼玉県で、運転手がスマホに気を取られて赤信号の交差点に進入したトラックと青信号で直進して来た車両との多重衝突事故に、たまたま近くの歩道を歩いていた母子が巻き込まれて死傷すると言う、痛ましい事故が発生した。

 その事故発生時の監視カメラ映像をテレビのニュースで何度か目にしたのだが、事故そのものの衝撃の凄さもさることながら、手前に大写しになっている歩道上の若い女性の様子に私は驚いた。

 その女性は自分のすぐ目の前で大事故が発生しているのに、スマホに夢中になっているのか暫く顔を上げることもなく、微動だにしなかったのだ。当時、周辺には凄まじいい衝撃音が鳴り響いたと思うのだが、件の女性はそれさえも気にならないほどスマホに没入していたのだろうか?大事故を目の前にした人間にしては、反応があまりにも鈍過ぎるのが不思議でならなかった(それとも驚きのあまり身体がフリーズしてしまったのか?)

 スマホに依存するあまりの周囲への無関心も、ここまで来ると病理に近いと思う。何よりこれでは、自分自身の身に危険が迫っても察知できないのではないか?

 スマホの中毒性(スマホ自体は単なるツールで、厳密にはその機能を利用したあらゆるネットワークの中毒性とも言える)は恐ろしい。それ以上に、スマホへの過度の依存に抵抗感がなさ過ぎる人間の"主体性や自律心のなさ"が恐ろしく不気味だ。

 このようなメンタリティでは、カリスマ性のある独裁者が登場しようものなら、その大衆扇動の術中にいとも容易く嵌ってしまうのではないだろうか?

2017/2/10

権利が与えられていることの意味と重み  はなこのMEMO

 先日、英国で女性が選挙権を獲得するまでの顛末を描いた映画「未来を花束にして」を見た。

 信じ難いことだが、100年前まで英国では、女性はろくに教育を受ける機会も与えられず、社会からだけでなく配偶者からさえ、ひとりの人間として尊重されることもなく、貧しい人は幼い頃から働き詰めで、子どもを産み、ボロ雑巾のようになって死んでゆくだけの人生を送っていたようだ。

 今では英国史上2人目の女性首相が活躍している英国でさえ、つい100年前まではそうだったのだ。正に隔世の感がある。


 かつてのママ友に、成人して選挙権を得て以来、一度も選挙の投票に行ったことがないという人がいた。

 その人は働き者で、すべてに呑み込みが早く、家事全般も完璧にこなし、我が子にも精一杯の愛情を注ぐ、聡明で良き妻であり愛情豊かな母であった。

 それだけに、「選挙権を一度も行使したことがない」と言うただ一点が、とても残念に思えてならない人だった。

 「政治に興味がないのよね」と彼女は笑っていたが、私は笑えなかった。


 つい100年前の英国では、女性が命を賭して、現代のテロリストまがいのことまでして、「女性の選挙権」獲得の為に戦った。どの国であれ、その権利獲得までに多大な犠牲が払われたことは想像に難くない(サウジアラビアなんて、女性の選挙権が認められたのはつい2年前の2015年のことだ)

 その歴史的事実の重みを、後世の私達はしっかりと受け止めなければいけないと思う。
 
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2017/2/9

「僕と世界の方程式」(原題 X+Y,英、2014)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 本作は、幼い頃に「自閉症スペクトラム」と診断された、ある少年の心の成長を描いた物語であるが、同時に一般には知られざる国際数学オリンピックの代表選考過程や実施状況の描写も、サイド・ストーリーとして楽しめるものとなっている。

 私の身近にも、たまたま息子の同級生など自閉症児が何人かおり、彼らの幼い頃から20年以上に渡って接して来たこともあり、興味深く本作を見た。本作では、時折挟み込まれる主人公の目を通して見るこの世界の描写が、現代アートを思わせる色彩の饗宴と抽象性で印象的だった。


 ひとくちに自閉症と言っても、個人によって顕れる症状や障害の程度はさまざまだ。

 息子の同級生のある男の子はサヴァン症候群の一種なのか、抜群の記憶力の持ち主である。とても恥ずかしがり屋の少年だったが、私のことはちゃんと「A君のお母さん」と認識してくれて、こちらから話かければ応えてくれる子であった。小学校までは地元で通い、中学からは養護学校に通ったようだが、高等部を卒業後は近所にある大手企業に職を得ることが出来た。

 一方、同じマンションに住む、共に自閉症という兄弟は兄が息子と同い年なのだが、兄弟二人共息子とは別の小学校に通っていた。だから詳しいことは分からないのだが、こちらは兄弟でも症状が異なっているようだ。

 同じマンションに住んでいるし、彼らの母親(会えば、いつも元気な声で挨拶してくれる気さくな女性だ)とも交流があるので、私も彼らとは20年以上に渡って根気強く接して来たつもりだ。

 マンションの内外で比較的よく遭遇する兄の方は最近になって漸く私の存在を意識してくれるまでにはなった。しかし、挨拶しても未だに応えてはくれない。私を一瞥すると恥ずかしがって足早に去ってしまう。母親の話では養護学校の高等部を卒業後は職業訓練校に通ったらしいが、未だ就職出来ていないようだ。

 弟の方は無口で幼い頃多動の傾向があったが、成長するにつれて多動は見られなくなり、今では一見したところでは自閉症児とは分からない佇まいである。しかし、マンション内で会っても、一貫してまるで私など目の前に存在しないかのような振る舞いで、20年以上経っても一切関係が築けないままだ。

 幼い頃から接して来ただけに私としてはその動静が気にかかる3人だが、正直なところ、未だに彼らとどう接したら良いのか迷っている。日本は欧米先進国と比較して、自閉症に関する学術的研究や社会での理解が遅れていると言われるので、多くの人が私と同様の戸惑いを感じているのではないかと思う。


 話を映画に戻すと、主人公の少年は他者とのコミュニケーションが苦手で、食事や行動、嗜好に独特の強い拘りがあり、産み育てて来た母親でさえ彼との接し方に戸惑うほどなのだが(←その様子が切なくて気の毒なくらい)、幼くして数学に特異な才能を見いだされ、小学生の頃から数学オリンピック出場経験のある数学教師の個別指導を受けることになる。

 そして、高校生の時に国際数学オリンピックの英国代表候補者に選抜され、16人の候補者から6人の代表に絞り込まれる合宿に参加することになるのだ。

 彼にとっては飛行機への搭乗、親元を離れて見知らぬ他人といきなりの海外(しかもアジアの台湾である!)での共同生活、得意な数学での優秀なライバル達との競争、と初めて尽くしの経験である。「変化が苦手」な自閉症児にとっては大変なストレスであったに違いない。

 しかし、その合宿で彼は彼なりにさまざまな経験をしたことで、精神的に大きな成長を遂げるのだ。

 本作は、合宿仲間との関わりを通して主人公の心情が徐々に変化してゆくさまを丁寧に描き出し(地元の学校のクラスメイトと違い、「数学」と言う共通項で互いを認め合う関係性が良かったのだろう)、さらに、もうひとりの自閉症児の苦悩も描いて、見る者に問いかける。

 特異な才能のない"変人"(→自閉症児はその特徴から、その理解に乏しい周囲からは"変人"と見られやすい)では、生きる価値がないのか?  

 それは、こうも言い換えることが出来るだろう…

 強くなければ生きる価値がないのか?

 役に立たなければ生きる価値がないのか?
 
 平凡では生きる価値がないのか?

 そして、人と違ってはいけないのか?

 そもそも"普通"とは何なのか?

 私には、本作で映し出される、彼のあるがままを心から愛してくれた父親との深い絆のエピソードの数々が、その問いに対する答えのひとつのような気がした。


 結局、さまざまな欲を削ぎ落して、親が我が子に望むことはただひとつ。

 自分が生きている間、そして死んだ後も、我が子があるがままで幸せに生きてくれること。

 これに尽きるのではないか?

2017/2/8

ものは考えよう…  携帯電話から投稿

白髪染めをして2週間と経たずに、根本に白いものが見えて来る。

白髪になっても伸びようとするその健気さに、私の細胞のひとつひとつがまだ生きているんだなあと実感する。

2017/2/4

久しぶりに横浜MM散歩♪  携帯電話から投稿

今日は赤レンガ倉庫広場で、「ストロベリー・フェスティバル」なるイベントが開催されているらしい。

今日は真冬仕様の服装で日向に暫く立っていると汗ばむくらい…

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2017/2/4

敢えて赤信号で渡る  日々のよしなしごと

 タイトルはちょっと非常識な話だが、これには理由がある。

 先日、40年来の友人と横浜でランチを楽しんだ。

 互いの近況を話す中で驚いたのが、友人の夫が先月、交通事故に遭ったと言う話だった。自宅近くの2車線道路の横断歩道を渡っている時に、右折して交差点に進入して来た自動車に接触してしまったそうだ。

 幸い打撲傷で済んだらしいのだが、事故から1カ月後に突然肩が痛み出したらしい。年齢的にも事故から暫く経ってから症状が出る可能性は否定できない。後遺症も心配だ。たとえ命が助かっても交通事故は恐ろしい。

 原因は運転手の前方不注意。右折時に友人の夫が死角で見えなかったらしい。運転していたのはご近所の70代の主婦だそうだ。友人の住んでいる地域は都内だが、駅からは遠く車なしでは生活できない場所。だから高齢者ドライバーも珍しくないらしい。

 相手が慌てて(パニックに陥って)ブレーキの代わりにアクセルを踏まなくて良かったよ、と友人は言っていた。友人の夫もその時はたまたまスマホを見ながら歩いていなかったので(普段は友人が呆れるほど「歩きスマホ」の常習者らしい)、咄嗟に身を避けることが出来たと言う。何れも不幸中の幸いであった。

 スマホの中毒性には要注意だ。それは運転手にも歩行者にも当てはまる。

 タイトルの「敢えて赤信号で渡る」も、スマホと少なからず関係がある。

 我が家は昔ながらの住宅街にあるので、近所にあるバス通りも一方通行(1車線)の狭さだ。そして、そのバス通りより少し広めの2車線道路と交わっている。外出からの帰り道にそのバス通りを渡る時、車は右側から迫って来る格好だ。

 ここで危険なのは2車線道路から左折する車だ。横断歩道はすこし左寄りにあるので、角の建物で歩行者は運転手からは完全に死角に入る。青信号の時、大抵の車は歩行者のことなど構わずに結構なスピードで交差点に入ってくるので、これまでに何度か私は横断歩道上で車に轢かれかけた。

 そして私を轢きかけたのも気にせずに走り去る車の運転者は、大抵スマホを見ながらの運転であった。

 それに懲りて以来、私は横断歩道の前には立たずに、交差点寄りの角に立つようにしている。それでも道を渡っている途中で、後方から猛スピードで迫って来る車もあったりするので、おちおち安心して渡れない。

 寧ろ赤信号の時の方が、大通りに出る2車線道路より一方通行のバス通りは交通量が少ないので、右側(バス通り)から車が来ないことを確認さえすれば、ほぼ安心して横断歩道を渡れるのである。

 だから、「敢えて赤信号で渡る」というわけだ。

 私が自動車運転の教習中には、横断歩道では人がいようがいまいが一時停止するよう指導を受けた覚えがある。しかし現実の社会では、横断歩道の前に人が立っていようがお構いなしに走り去る車が大多数だ。

 虎の威を借りる狐が跋扈する世の中だ。青信号であっても、横断歩道であっても、残念ながら歩行者が用心に用心を重ねて渡らなければならない

2017/2/3

モノより思い出  今日の言の葉

 この世で一番愉快なことは、
 何かを持っていることではなく
 何かを経験する瞬間です。
 


 これは先ごろ82歳で亡くなられた俳優でタレントの藤村俊二さんの座右の銘だったとか。

 藤村さんは父親がスバル興業社長という裕福な家庭で、6人兄弟の次男として鎌倉に生まれ、のびのびとした少年時代を送られたようです。

 母親がかなり懐の深い方だったようで、藤村さんがあまりの腕白ぶりで幼稚園を退園させられた時には彼を叱るでもなく彼の行く末を案じるでもなく、「明日から思いっきり遊べるわね」と、また、兄と激しい取っ組み合いの喧嘩をした時には、仲裁するでもなく二人の気の済むまで喧嘩させた後、「そろそろ二人とも疲れたでしょう。お茶にしましょう」と言われたのだとか。

 父親の豪傑ぶりを伝えるエピソードもあります。藤村さんが高校生の時のこと。実家の事業が傾いたのも知らずに温泉地で芸者遊びに興じ、その支払いに困って実家に戻ると、自宅は既に人手に渡っていました。そこで藤村さんは悪びれもせずに自宅にあった美術品を幾つか売り払って支払に充てるのですが、それを知った父親は当然、藤村さんを叱るのかと思いきや「お前は見る目があるな。一番高い物から売ってしまったんだから」と言われたのだそうです。

 正に、この両親にして、この藤村さんあり、と言えるではないしょうか?

 藤村さんは中高を私立暁星学園で学び、早稲田大学に進学しますが、理論主体の大学の講義に飽き足らず2年で中退すると、東宝芸能学校舞踊科に入り直して、卒業後はダンサーとしてヨーロッパ公演にも参加します。

 しかし、ヨーロッパのエンターテインメントのレベルの高さを目の当たりにして衝撃を受け、一転パントマイムを学ぶために渡仏するのです。

 帰国後の活躍は皆さんの知るところ。

 今回、私が初めて知って驚いたのが、ザ・ドリフターズの「8時だよ、全員集合」のオープニング曲の振り付けが藤村さんによるものだったと言うこと。これ、有名な話なんでしょうか?!

 藤村さんは、奥様仕込みのダンディな装いで知られる久米宏さんを驚かせるような仕立ての素晴らしいジャケットをさりげなく着こなしたり、ワイン好きが高じて、わざわざ英国からパブを丸ごと一棟日本に取り寄せ、英国人大工にその移築を頼んで、ワインバーを開業する等、お金の使い方が庶民とはスケールが違います。

 そもそも藤村さんは生まれや育ちからして庶民とは違うのですから、金銭感覚も庶民とは違って当然で、物質的に充たされない生活とは無縁だったと想像します。そこが庶民とは根本的に違う。だから、冒頭の「何かを持っていることではなく」も言葉通りに受け取るのは難しく、彼が経験することに価値を見出したのは、彼が自分の望み得る最上の物を手にした上で、最後に到達した境地なのかなとも思います。

 それでも私は、いつかは朽ち果てる物質(もちろん藤村さんとは格段に違うレベルの物)で得る一時的な満足感よりも、藤村さんのように(これまたスケールは全然違うのでしょうが)経験を通して得られる充足感を大切にする生き方を目指したい。

 だって、死に際に思い出すことが「自分は○○を手に入れることができた」より、「あの時は楽しかった」「○○が経験できて良かった」の方が、ずっと現世に執着することなく心穏やかにあの世へ旅立てそうですから…



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