2017/1/27

東京ジャーミイ・トルコ文化センター見学  文化・芸術(展覧会&講演会)

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 今日は予定されていた友人との年明けランチ会が急遽延期となり時間が出来たので、かねてからアップしようと思っていた「東京ジャーミイ・トルコ文化センター(以下、東京ジャーミイ<礼拝所?>)」の見学レポートに取り掛かろうと思います。

 地元自治体主催の異文化理解講座のプログラムで、私が東京ジャーミイを訪れたのは約2週間前のことです。

 代々木上原駅から徒歩10分程で、東京ジャーミイは、冬晴れの澄んだ青空の下、井の頭通りにその美しい白亜の姿を現しました。季節柄、沿道の桜並木も幹と枝を残すだけだったのが幸いして、通りを隔てた場所からもその堂々たるオスマン朝様式建築の全貌を見る事ができました。

 約1時間に渡り、5年程前からガイドを務めておられると言う日本人信徒Sさんのユーモアを交えた分かり易い解説で、イスラム教とその文化についての理解を深めることが出来ました。Sさん、ありがとうございました!

 そもそも日本人はイスラム教自体にあまり馴染がなく、さらに近年はISの問題もあり、イスラム教やその信徒に対しては誤解している部分が少なくないように思います。

 こうした現状には40年近く敬虔なイスラム教徒であるS氏ももどかしさを隠せない様子で、解説中もどうしたら一般の日本人に、イスラム教やその文化について理解して貰えるか腐心しておられるようでした。
 
 この地にイスラム教の礼拝施設が初めて建ったのは、歴史を遡ること約80年前の1938年。1917年のロシア革命をきっかけにロシア国内に在住していたイスラム教徒のトルコ系民族タタール人は、迫害から逃れるべく各地に散逸します。その一部がシベリア・満州を経て日本にたどり着き、高級布地の羅紗を扱う等の商人として日本に定住したのでした。

 そして彼らは1935年には日本政府の協力で土地を取得し、まず子ども達の学校を設立。その3年後の1938年に隣接して建てられたのが、現在の東京ジャーミイの前身となる礼拝所(モスク)でした。当時、施工に携わったのはなんと金沢の宮大工だったそうです。

 しかし、1986年に老朽化で旧礼拝所は取り壊され、1997年にはトルコ政府の肝いりでトルコ全土から新たな礼拝所の建設資金への寄付が集まりました。そして2年の建設期間を経て、現在の東京ジャーミイが2000年に竣工。
    
クリックすると元のサイズで表示します 左写真は2階テラスから礼拝堂とミナレットを見上げたもの。

 東京ジャーミイ日本最大のイスラム教の礼拝場であり、2000年の竣工以来、東京とその近郊に住むイスラム教徒の信仰の拠り所と言えます。同時に、さまざまな文化的イベントの開催を通じてイスラム教徒と非イスラム教徒との交流を促し、種々の展示でトルコの文化も紹介する等、正に「文化センター」としての役割を担っている施設のようです。

 東京ジャーミイは1階がトルコ文化センター、2階が礼拝堂となっています。

 1階のトルコ文化センターにはイスラム講演会が行われる多目的ホールをはじめ、ゲストルームやギャラリー、トルコのお土産品の売店などがあります。
 
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 多目的ホールの奥には美しい緑と白のタイルで彩られた「聖地メッカの方向を指し示す印」が設えられ、それを挟むようにしてトルコと日本の国旗が掲げられています。あくまでも礼拝の場として聖地メッカのある方角を念頭に、この施設が建てられたことが分かります。
 
 年に一度巡って来る、1か月に渡って行われる重要な宗教的行事ラマダンの時には毎夕、ここで食事会が行われるそうです。「ラマダンはイスラム暦の第9月に行われる断食月で、その間は日の出から日の入りまで飲食・性行為を断つ他、虚言、悪口、怒りを避ける」とされています。

 因みにイスラム暦の12月は「巡礼の月」とされ、イスラム教の国では所謂「ハッジ休暇」が設けられており、毎年300万人ものイスラム教徒が巡礼月の間にサウジアラビアにある聖地メッカを訪れます。混乱を避ける為にメッカの管理者であるサウジアラビア政府は1国当たりの巡礼者の数を制限しており、さらに巡礼には渡航費も含め多額の費用が掛かる為、生涯に何度も巡礼できると言うものではないようです。

 さて、断食と言うと1日中食事を断つと思われがちですが、実は太陽が昇っている間だけのことで、日の入り後には寧ろ毎夕、普段よりも賑やかに食卓を囲む日が続くのです。私自身、中東に駐在時には、地元のイスラム教徒にホテルで開かれた食事会に招かれたことがあります。詳細は忘れましたが、何十人と言う人々と長いテーブルを囲んで一緒に食事を楽しみました。

 ガイドのS氏曰く、ラマダンとは「神に感謝する1カ月」「心身をリセットする1カ月」「施し(サダカ)をする1カ月」で、イスラム教徒にとっては、イスラム教と自身との深い絆を再確認する重要な宗教行事のようです。

 1日のラマダンを終了するとまず信徒は水を飲み、水が口から食道を伝って胃に至る感覚をいつも以上に鮮烈に覚えながらその美味しさを実感し、神に感謝するのだそうです。正に心身のデトックスですね。

 東京ジャーミイでもラマダン期間中には多目的ホールで毎夕食事会が開かれるそうで、予め申し込めば誰でも、イスラム教徒でなくても参加が可能なんだそうです。その時の料理には材料費だけでも20万円近くかかるそうですが、その費用はすべて信徒、および企業の寄付(例えば、トルコ航空が3日連続で寄付する等)で賄われるとのこと。

 参加者の食事代は寄付で賄われる為原則無料ですが、ラマダン期間中、東京ジャーミィを訪れた信徒は大人も子どもも一人当たり最低でも2,500円の寄付をする慣わしで、ラマダン終了後、その総額を世界中の困難の中にあるイスラム教徒へ贈るのだそうです。近年は戦乱に喘ぐシリアの人々に贈ったりしているようです。

 また、多目的ホールの隅にはさりげなく日本とトルコの友好の証のひとつである、精巧なエルトゥール号の縮小模型も展示されていました。しかも、今回の見学参加者の中には、エルトゥール号が遭難した際に献身的に救助を行った和歌山県の漁師町串本の出身の方がおられたり、参加者の殆どがトルコに渡航経験がある等、トルコに関心の高い面々であったことで、ひとしきり日本とトルコの友好関係についての話題やトルコ旅行の情報交換で盛り上がりました。

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 写真は1階から2階へと至る階段の天井。シックな色合いの中に幾何学文様と植物文様が絶妙に合わさって、その端正な佇まいはイスラム美術の素晴らしさを如実に伝えています。イスラム教では「偶像礼拝の禁忌」が徹底していて、それがイスラム独特の文様とカリグラフィの美を生み出しているとも言えますね。

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 写真左は2階の礼拝堂の入り口。幾何学文様が厳粛な雰囲気を湛え美しいです。写真右は礼拝堂内部の様子。入り口から奥の壁を見ると、やはりメッカの方角を示す印が中心に据えられています。その上部にあるステンドグラスも見事。

 手前に敷き詰められた色鮮やかなトルコブルーの絨毯も美しいです。その絨毯を横断するように織られた茶色の部分に沿って信徒が横並びになり、メッカの方角に向かって礼拝をするのだそうです。私の写真の撮り方の問題で手狭に見えますが、実際の礼拝堂はかなり広く、ゆうに100人は入れるキャパシティだと思います。見上げれば高い吹き抜け空間に壮麗なドーム天井と豪華なシャンデリアですから、その美しさには見惚れるばかりです。

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 東京ジャーミイには礼拝堂の入り口付近に中3階も設置され、そこは女性専用の礼拝所となっています。左写真は2階礼拝堂から中3階を見上げたところ。左下隅に入り口の扉が見えますね。写真からも分かるように、かなり高所に設置されています。

 右写真は中3階の女性礼拝所の内部。男性の礼拝所と比べると随分と小ぶりのスペースです。奥には子供用のサークルも用意されており、幼い子ども連れの女性への配慮もなされているようです。

 一口にイスラム教と言っても、国の体制や宗派、はたまた個人の見解によって礼拝の在り方もさまざまであり、女性は礼拝所に出向かずに自宅で礼拝するケースも多いようです。そういった事情等もあって、男性に比べて女性の礼拝所のスペースは小さいのかもしれません。

 男女分かれて別々の場所で礼拝するのは、男性は一般的に誘惑に弱い存在であり、女性が間近にいては礼拝に集中できないからとの理由らしいです。

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 イスラム教徒はモスクのミナレットから流れるアザーンを合図に、日に5回の礼拝を行いますが、この礼拝の回数の根拠について、ガイドのS氏が分かり易い解説をして下さりました。

 「人間は朝昼晩の3度の食事以外にも何度か食べ物を口にするのが常で、結局日に5〜6回は食べています。これらの食事はいわば身体の為の栄養です。そしてイスラム教における5回の礼拝は、イスラム教徒にとって心の栄養なのです。」と。解説を聞いた見学者一同、なるほどぉ〜と頷いていました。

 東京ジャーミイ滞在時に午前11時の礼拝の場面に居合わせたのですが(その場で静かにしている限り、信徒の礼拝中に見学者が礼拝堂にいても構わないようです)、礼拝時間はせいぜい10分程度で、信徒の日々の活動に何ら支障は来さないと思います。

 中東駐在時にたまたまある人のオフィスを訪れて目にしたのですが、仕事中に礼拝所まで出向くことが難しい人もオフィスで礼拝できるように、オフィス内にメッカの方向を指し示す印が付けられており、個人礼拝用の小さなカーペットも常備されていました。

クリックすると元のサイズで表示します アザーンの終了後、写真の中央右端にある扉から指導者(「ウラマー」と呼ばれる、在家信者の中でも指導的立場にある人物。イスラム教では「神の前では人々は皆平等」との考えから、「聖職者」は存在しないらしい)と思しき人物が出て来て、3人の礼拝者と共に、礼拝堂中央奥のメッカの印の前で礼拝されました。

 ところで、イスラム教国の中でも特に戒律の厳しいことで知られるサウジアラビアでは近年まで女性選手のオリンピック参加が禁じられていた等、何かと女性に対して制約が多い印象のあるイスラム教は女性蔑視の宗教ではないか、との意見をよく耳にします。

 これに対するガイドS氏の見解は以下の通りでした。「イスラム教において女性を制約していると見られることは全て、「社会的立場においても身体面でも弱い女性を守る」と言う観点に根差したものです。」

 とは言え、男女の不倫関係において姦通の罪に問われるのは女性のみであったりするのは(何年か前にアフガニスタンで、女性が衆人環視で石打ちの刑に処せられたことがありましたね)、その思想の根底に「女性は男性を誘惑する存在」と位置付けているからではないかと思ったりもします。

 ただし、下記リンクの記事の指摘にもあるように、現代イスラム社会における女性蔑視的な考えは、必ずしも「イスラム教」に起因するものではない可能性があります。

 つまり、イスラム教が生まれた地域に元々あった圧倒的に男性優位(男尊女卑)の「部族社会」や「家父長制度」の因習に従って、長い歴史の間に本来のイスラム教の教義が捻じ曲げられたと考えることも出来るのです。リンク記事では寧ろ「元始イスラム教は女性の権利の保護を主張する」、当時としては画期的な宗教であったとも述べています。

 「イスラム教はそもそも女性を蔑視していない これだけの理由がある」(ハフィントン・ポスト)

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 また、実際に現地に住んだ経験を踏まえて言うならば、例えばヘジャブ、ヒマール、チャドル、ニカーブ、ブルカ、アバヤと言ったイスラム教徒の女性が肌をむやみに晒さない服装は、イスラム教の教えに則ったものと言うよりも、それぞれの地域の厳しい気候風土に対応した伝統衣装なんですよね。元々は中東の夏の強い日差しから女性の肌を守る為の物でした。

 奇異に見られる一夫多妻制にしても、そもそもがイスラム教発祥以前の中東の部族社会では部族間の争いが絶えず、戦死によって男性の数の不足が常態化していた為、寡婦とその子どもを救済し、血族を絶やさない為の制度だったようです。 

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 本来、多くの宗教の出発点は純粋に「人々の救済」であったはずが、時の権力と結びついて権力者の都合の良いように教義が捻じ曲げられたり、後世の人間の解釈の違いにより幾つかのグループに分裂し派閥間で争うことになったりと、対個人では十分にその本来の意義が果たされている場合でも、こと集団となると本来目指したものとは違う方向に行ってしまうことが多いように私には見えます。いざ集団となれば、それはもう信仰からは離れた人間社会の問題に帰結する。

 結局のところ、純粋な形での信仰は「個人が信仰の対象(神)とどう向き合うのか」に尽きるのかなあ…

東京ジャーミイ・トルコ文化センター

 毎日午前10時から午後6時まで一般人にも開かれているそうです。5人以上なら、予め訪問日時を連絡すると、今回の私達のようにガイドが付いて下さるようです。

【蛇足】

 私達は日々流れるニュースを見ても、圧倒的に西洋(キリスト教)を中心としたメディアを通してイスラム世界の問題を見ていることが多く、現時点での西洋社会のイスラム社会に対する優位性(力関係)で、ことの是非を判断しがちです。

 ヨーロッパの難民問題は、中東アフリカの問題が解決しない限り解決しない。

 移民と言う形で他国で平和な暮らしを目指すよりも、自国で平和に暮らすことが、多くの人々の願い。

 冷たい言い方だけれど、現在のヨーロッパの混乱は十字軍遠征まで遡っての因果応報。傲慢な優越意識による他地域への侵略行為がもたらした災禍。

 ゆめゆめ「"自分の方がより優れている"と他人を見下してはいけない」「他者の思想・信条・価値観を軽んじてはいけない」と言う苦い教訓を、私達に示している。

 
 しかし、歴史を振り返れば、中世ヨーロッパが暗黒の時代と言われた頃、イスラム圏は世界有数の科学技術を誇っていたわけで、歴史が証明しているように時代は常に動いており、さまざまな地域における文明の勃興と終焉も例外なく繰り返されています。

 西洋中心主義の価値観がいつまでも続くわけがない。西洋社会が築いた秩序が絶対であるはずもなく、EUの混乱ぶりを見ても今は確実にそれが崩れつつあり、時代は転換期を迎えているように思います。

 次の世界の盟主は誰なのか?対立する世界のキャスティング・ボードを握っているのは誰なのか?

 あからさまに独善主義、利己主義に陥りつつある米国が今後どのような道を辿るのか?その追従者、否、盲従者である日本は今後どうすべきなのか?日本人としては気になるところです。

 国民のひとりとしては、日本政府はもっと主体的に判断して、米国に対しても主張すべきことはきちんと主張して、自国の国益と国民を守って欲しいです。


2017/1/12

東京ジャーミィ・トルコ文化センター訪問  日々のよしなしごと

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 もうとっくに松の内も過ぎてしまいましたが、遅まきながら…

 明けましておめでとうございます 
(どれだけの方々がこのブログを読んで下さっているのか分かりませんが) 
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます

 
 年末年始の忙しさ(←家族が休みの時ほど主婦は忙しいものです)からの疲れもあって、私は年末にひいた風邪を今もズルズルと引き摺っている状態で、日々の予定をこなすのに精一杯と言ったところです。

 身体の芯に力が入らない状態で、ちょっと予定が立て込むと寝込んでいます(どんだけ弱っちぃーんだよー)

 そんな私ですが、今日は昨年から受講している市民講座の一環で、東京の代々木上原にある東京ジャーミィ・トルコ文化センターを他の受講生の方々と共に訪ねました。

 西暦2000年に竣工したと言うオスマントルコ様式の壮麗なモスクの美しさに圧倒されました。新しい分、本国トルコで見たどのモスクよりも内部の装飾が色鮮やかでした。

 都心にこのようなモスクが堂々と建っているなんて、しかも初代のモスクは1938年に建てられたという話に、日本はつくづく(基本的に)宗教や異文化に寛容な国だなあと思いました。

 2時間近くモスク内を案内いただいた日本人教徒のお話が大変興味深く印象に残ったと共に、多数の写真を撮影したので、体力が回復次第改めて今日の見学レポートをこちらにアップしようと思います。

 近年はISの問題もあって、イスラム教については懐疑的な人も多いかもしれませんが、こと私にとって今回の訪問は、キリスト教の22億人に次いで16億人もの信徒を抱えると言うイスラム教について(←つまり、イスラム教の何が、これだけ多くの人々を信仰に向かわせるのか?おそらく、近年の信徒の増加率はキリスト教を上回っているでしょう)、改めて知る機会が与えられたと言えるでしょうか。

当ブログ内関連記事:トルコ共和国についての概要



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