2016/10/28

義理の母のこと  家族のことつれづれ

 もう結婚してから30年近いので、それはそのまま夫の母、つまり義理の母との付き合いの歳月にもなる。

 義母とのこれまでの数えきれないほどの会話の中で最も感嘆するのは、これまでほぼ1度たりとも義母の口から人の悪口、陰口を聞いたことがないことだ。

 例えば私が「同居する弟の嫁さんは家事を私の母に任せきりの一方で、母の入院時に一度も見舞いに行かないらしいのよ。」と不平を述べた際に、義母は「嫁姑で喧嘩しないだけ良いんじゃない。」と返した。

 私の人間としての未熟ぶりを恥じた瞬間であった。

 夫はこの人に育てられたのか。夫の誠実の源はこの人なのか。

 そんな義母が唯一、人に対してキツイ一言を浴びせたのは定年を迎えた日の義父に対してであったらしい。

 「今まで苦労をかけたな」とねぎらいの言葉をかけた義父に、義母は真顔で「はい、散々苦労しました」と応えたそうだ。

 いつも穏やかで従順な義母からの意外な一撃に、義父は心底驚いたのではないかと想像する。

 そんな驚きのエピソードを、台所で魚を焼きながら、ポロッと口にした義母。もちろん、意表を突かれた私も驚いた。

 夫からは幼い日の実家での貧しい暮らしを何となく聞いてはいたので、義母の人並みならぬ苦労を私なりに想像はしていた。

 しかし、普段、人を咎めるような発言を一切しない義母からの、積年の恨みを表明するかのような一言には、義母のそれまでの想像を絶する苦労が偲ばれた。よほどのことであったのだろう。

 現在の義母は若い頃に罹った病の後遺症で肺の病気を患い、呼吸するのも苦しい状態だが、それでも老いた自分の体力のなさを嘆くことはあっても、人の悪口はけっして言わない。

 寧ろ、近くに住み、細々と世話を焼いてくれる義弟の妻である義妹への感謝の言葉を欠かさない。

 驚いたことに、夫がこれまで大病することなく健康でいられたことへの感謝を、妻である私にも述べる義母である(逆に夫を丈夫に産んでくれた義母に、私の方が感謝したいくらいである)

 その観音さまのような慈愛の深さには、いつも驚かされる。

 そんな義母との会話を、これからも出来るだけ長く楽しみたいと心から思っている。
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2016/10/28

「いじめ」なんかに負けてたまるか!  はなこ的考察―良いこと探し

 「いじめは、いじめられる側にも問題がある。」
 普段は聡明かつ的確な発言で周囲の尊敬を集めている人物の意外な発言に、一瞬、私は耳を疑った。

 今これだけ若年層の間で「いじめ」による被害者の自殺や不登校が問題化(顕在化?)しているのに、その問題について真剣に考え、対処すべき大人が、些かでもいじめる側、加害者を擁護するような発言をしては、「いじめ」の問題は永遠に解決どころか減少の方向にさえ進めないだろう。

 仮に「いじめられる側」に何らかの落ち度があるケースがあるにしても、幾ばくかも「いじめ」と言う行為を肯定するかのような発言は厳に慎むべきだと思う。

 「いじめ」とは、より強い立場の者が単独で、或はボスを中心とした集団で、精神的、または肉体的、或は両方の暴力で、弱い者をいたぶり、追い詰めること。但し、強者・弱者の関係性は必ずしも固定ではなく、かつての「いじめる側」が何かをきっかけに「いじめられる側」になることもあるし、その逆もある。

 私が人間の善性に期待し過ぎなのか?

 どんなに高度な文明社会を築こうが、人間の本質は他の動物と変わらず「弱肉強食」で、強い者が弱い者をいたぶるのが人間の自然の姿なのか?そして、厳しい生存競争の中、強者とその取り巻き連だけが生き残り、弱者は淘汰される運命なのか?

 結局、冒頭の発言の人物は競争社会での勝者であり、その論理で「いじめ」問題を見ている。

 勝者がこの社会を動かしている以上、顕在化した「いじめ」問題を建前上無視することはできないので議題には上げるものの、本気で解決しようという方向に、残念ながら社会は向かっていないように見える。

 それが証拠に、文科省が学校に対してアンケートを実施しても、「いじめ」の存在を認める学校はそれほど多くない。端から「いじめ」問題に真剣に取り組むつもりのない学校が大多数なのだろう。

 それどころか、最近はどの世代でも殊更「階層化」で、狭いコミュニティの中における支配・被支配の関係を構築しようとしている。最近やたらと耳にする「○○カースト」(「スクールカースト」とか「ママ友カースト」とか、ふざけるなあほらしい)と言う何とも耳障りな言葉が今の時代を象徴している。

 斯様に社会が「いじめ」の土壌を育てているのだから、「いじめ」がなくなるわけがない。否、昔からずっとそうだったのだ。別に日本に限らず、人間が集い、社会を形成した時点で、強者が弱者を支配し、いたぶる「いじめ」に似た状況が、どの社会の、どの世代にも起きていた。ヨーロッパなんて厳然たる階級社会だしね。

 そんな状況の中で、弱者はどう生きたら良いのか?どう生き抜くべきなのか?特に子どもを育てる親や子どもの周囲にいる大人は、子どもが「いじめ」に遭遇した際の対処法を普段から考え、親子で「いじめ」に備えなければならないのだろう。

 具体的にはひとりでも味方を作ることを目指す。世界にたったひとりでも味方がいれば、心は折れないはずだ。特に10代になると親より同世代の味方が必要だ。

 弱い者同士で助け合うことを目指す。大勢と、誰とでも仲良くする必要などないのだ。

 たったひとりの味方の存在が自分を救う。そう信じて、必要最低限のコミュニケーション能力を身につけることが、自分で自分を守る術だと思う。これは大人にも言えること。

 それでは、親以外に自分の味方になってくれる人、友達をどうやって見つけるのか?

 例えば、まず自分の好きなものを見つける。それについて人に滔々と語れるほどの拘りを持つ。それぐらい何かに夢中になれたら、余計な雑音もあまり気にならなくなり、同じ趣向の仲間を見つけることも、それほど難しいことではないと思う。

 そう考えると、「オタク文化」は生まれるべくして生まれたのかもしれないね。


 傲慢な強者に「いじめられる方も悪い」と言わせる隙を与えないよう、弱者は弱者なりに知恵を身につけ、誰にも侵されることのない自分の世界を築き、理解しあえる仲間を作ろう

 人間社会を、本能のままに「弱肉強食」がのさばる社会にする、しないも、実は「弱者」の"知恵ある暴力を伴わない反撃"にかかっているのだ!


 かつての「いじめられっ子」からのエールです

    美瑛の丘から遠くの山並みを望む〜心が疲れた時は出来るだけ顔を上げて遠くを見よう…
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    自分の生活圏で「眺めの良い場所」を見つけよう。或は、その場で空を見上げてみよう
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2016/10/26

今日は秋晴れ♬  日々のよしなしごと

 やっと秋らしい晴天が見られるようになった今日この頃です。

 先週末、息子は初の海外出張を無事に終えて帰国。ワシントンから国内線に乗り換え、米国の研究拠点で正味3日間過ごしたらしいのですが、その印象は「田舎だなあ」とのこと。「肝心の仕事はどうだったの?」と聞くと、「まあ、無難に」と生意気な答え。彼なりの照れなのかもしれませんが、もう少しインパクトのある返事が欲しかったのは、私が前のめり過ぎるのでしょうか?たぶん、そうなんでしょうね

 そう言えば、息子が滞在中に研究所のある州へ、あのドナルド・トランプ候補が遊説に訪れていたようです。また、息子が米国に向け出発した日は、日本で初めてパスポートが発行された日と言うことで、成田空港で記念イベントが行われたのをテレビのニュースで知りましたが、その思いがけない巡り合わせは息子の「初めての海外出張」と共に、私の記憶に刻まれることでしょう。

 因みに、日本で初めてパスポートが発行されのは今から150年前。この年はイタリア、スイス、ベルギーと言った国々と日本が国交を正式に樹立した年でもありました。下記のリンクサイトに詳細が載っていますが、写真も一般に普及していない時代なので、人物の容貌を言葉でこと細かに表現しているところに、当時の担当者の苦心のほどが窺えます。

 日本初のパスポート発行(外務省HPより)

 ともあれ、突発的にどこで何が起きてもおかしくないこのご時世に、無事に帰国できたのは良かったです。


 月曜日は日比谷の帝劇で、今シーズンを以て市村正親がエンジニア役を引退すると明言したミュージカル「ミス・サイゴン」を見て来ました。

 日本におけるミュージカル界の絶対的スターである市村正親の、65歳を超えても色褪せぬカリスマ性に感激したのと同時に(終演後の帰り道、市村さんと同世代と思しきおじさん達がしきりに「元気だよなあ。ホント、凄い体力だよなあ」と称賛と羨望の入り混じった?感想を漏らしていました)、日本公演に先立ってロンドンのウエストエンドで世界デビューを果たしたと言うキム役の韓国人女優キム・スハの透明感溢れる美声と卓越した歌唱力が鮮烈な印象を残した「ミス・サイゴン」でした。

 透明感と豊かな声量を兼ね備えた声質は天性のものだから、彼女は生まれながらのミュージカル・スターなんでしょうね。韓国人である彼女の、日本語による歌唱と演技に、見る前は不安を禁じ得なかった私ですが、それは全くの杞憂でした。

 彼女にとっては外国語である日本語を、意識して丁寧に発音しているせいか、却って日本人キャストよりも台詞の一語一句が明瞭で聴き取り易かったです。本当に素晴らしいパフォーマンスでした。今後の活躍が期待される素晴らしい才能です!


 今日は午後に友人と上野の美術館で展覧会を見た後、夕方から西美で「クラーナハ展」の担当学芸員による職員向けレクチャーに参加の予定。その成果として、後日、「クラーナハ展」に関する記事をアップできればと思っています。


 このブログを読んでくださっている皆さんにも、今日が良い1日でありますように!
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2016/10/22

鳥取県でも震度6弱の地震  気になったニュース

 今年も日本は戦乱こそないものの、
 天災続きで大変です。

 4月の熊本地震による被災者も
 未だ200人ほどの方が避難所生活をしていると聞きました。

 先月訪れた北海道では、夏の台風による風水害の跡が痛々しかったです。

 そして、昨日の鳥取県を襲った地震。
 現在、2,000人もの人が避難されているとの報道があります。

 当地は戦時中の1943年にも大地震が発生し、
 1,000人を超える死者と4,000人に及ぶ負傷者が出たのだとか。
 被害は比較的少なかったものの、
 16年前の2000年にも地震が発生しています。

 機能不全に陥っている国連の常任理事国入りを狙って
 他国に金をばらまいている場合ではありませんね。

 政府が自国民を守らなくてどうする、と言うものです。
 国内の災害対策に本気で取り組まなくては、
 この先立ち行かなくなるのでは?

 すったもんだが続く東京オリンピックも、
 どこで、いつ、大きな災害が起きてもおかしくないこの日本で、
 本当に無事に開催にこぎ着けるのでしょうか?

 まさに北から南まで満身創痍の日本列島です。
 日本が困った時、一体誰が助けてくれるのだろう?
 米大統領選の前例のない中傷合戦を見ていると、
 今の米国はどうも頼りない。
 周辺国は頼りになるどころか、警戒せずにはいられない。

 自然の脅威の前には、本当に人間の存在などちっぽけで、
 取るに足らないものなんだなと思い知らされる、
 次から次へと日本に襲いかかる昨今の天災です。

 明日は我が身と覚悟しながら、災害への備えを怠らず、
 いつ死んでも悔いのないよう、1日1日を大切に愛おしんで
 暮らすしかないのかなあ…
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2016/10/21

クレーム社会だからこそ、声を大にして良いことは褒め称えたい  はなこ的考察―良いこと探し

 私も人のことを言えないのは重々承知の上で言うと、最近は一億総クレーマーかと思うほど「クレーム社会」になっている。

 ネット上のちょっとした発言に批判が殺到して発信元のサイトが「炎上」したり、TVCMの表現の一部が不適切だとのクレームが出たことが理由でCMが差し替えられりと、社会の中でクレームが大きな影響力を持ちつつある。

 特にネットの発達により個人の情報発信が容易になり、それまで内心思っていても、それを外に向けて発言することのなかった人々が、ネットを介してクレームをつけることが増えたと思う。そして、クレームを受ける側の企業や団体や個人も、ネットの情報伝播力(クチコミ)を恐れて、必要以上に神経質になっているように見える。

 もちろん、何事にもプラス・マイナスの両面があることは当然で、例えば行政サービスに不備がある場合、役所の窓口にメールで訴えることで、行政サービスが以前よりも迅速に改善されることも多くなっているのは確かだ。

 一方で、クレームの正否に関係なく、サイレント・マジョリティ(おとなしい多数派)よりもノイジー・マイノリティ(騒々しい少数派)の意見が採用される傾向も否めない。

 クレームにも、ある状態を改善したいと言う前向きな内容がある一方で、対象者を批判すること自体が目的化しているものもある。

 特に後者においては、批判によって相手を打ちのめすことが目的なので、その破壊力(負のエネルギー)には凄まじいものがある。

 また、現実社会においても、面と向かって相手を苛烈に批判する人も、中にはいる。

 しかし、当事者でない私が冷めた頭で客観的に見た場合に、そこまで激しくなじるほどのことか?と思うケースも少なくない。そのミスで莫大な損害が出るわけでもなく、生きるか死ぬかの深刻な問題でもないのに(もちろん、批判する側の小さなことも疎かにしない丁寧さ、生真面目さも一方で理解できるのだけれど)

 何か注意するにしても言い方があるだろうと思う。冷たく突き放すのではなく、批判一辺倒でもなく、威嚇するでもなく、的確な指摘による導き。そうしなければ、注意された方は「叱られた記憶」だけが脳裏に焼き付き、心が萎縮してしまうかもしれない。

 例えば、仕事上のミスに関しては、ミスを犯したことをただ責めたてるのではなく、ミスの原因を明確にして、今後ミスを犯さない為にどうしたら良いか一緒に考えると言うスタンスではダメなのか?たいていの仕事はひとりで背負い込むものではないと思う。チームワークで解決できることは、私達が思っている以上に多いはずだ。

【2016.10.23 追記】

 昨日の日経土曜版(p.7)で興味深い記事を見つけた。精神科医のコラムである。高野知樹ドクターは、まず臨床心理士堀越勝氏の著書からの引用で「コミュニケーションの深さ」について言及している。

 「コミュニケーションの取り方には『挨拶レベル→事実・数字レベル→考え・信条レベル→感情レベル』があり、だんだん深くなっていく。」

 上記のことを踏まえて、高野ドクターは仕事上のミスの指摘方法について、以下のようにアドバイスしている。
 
 「否定的な内容は傷つきやすい感情レベルから入らずに『ここ、ミス率が高いから気を付けて』となるべく事実・数字を入れて客観的に伝える。」

 「もし傷つけてしまったら、次の声かけは『ここは問題なし』など受け止めやすく。投げた言葉を、相手がどう受け取ったか観察しながら次の言葉を選ぶ。指摘するにも相手への思いやりが大切。その方が意図は伝わるはずである。」 

 ミスを指摘する側は、自分の指摘の仕方に、相手の尊厳に対する配慮が欠けてはいないか、常に気にかけるべきなのだろう。とにかく、自分自身の精神状態や相手に対する好悪の感情に影響されずに、冷静であるよう努めること。



 どうもこの頃、相手に対して過剰なまでの「怒り」をぶつける人が多いように思う(つまり感情的になりがち)。それだけ吐き出したいストレスを抱えている人間が多いと言うことなのだろうか?

 しかし、そのあり余っているエネルギーを、少しでも「人を生かす」方向には向けられないだろうか?「負」から「正」に転換はできないものか?

 現在のようなクレームだらけの殺伐とした社会で、人々が疲弊し、萎縮しがちだからこそ、人々の良い行い、素晴らしい行いに対しては、大げさなくらいに褒め称えた方が良いのではないだろうか?感動や感謝の気持ちを大げさなくらいに伝えてはどうだろうか?しかも気づいたら躊躇することなくすぐに。

 他の人が代わりに褒めてくれたからいいや、ではなく、自分も積極的に人を褒める。称賛する側に加わり、人に"正のエネルギー"を注ぐ。
 
 そうすることで、何だかイライラしている人が多い現在の高ストレス社会も、多少なりとも改善できるのではないか?

 人間は基本的に"イジワル"なのか、人の悪いところを見つけるのは得意なようだ。だからこそ、人の良いところを見つけるには努力が必要なのだろう。自分の心の目の曇りを取り払い、邪心なく人を見つめる為に。

 つまり、人の良いところを見つけるのは、自分自身の精神衛生上も良いと言うこと。粗さがしよりずっと前向きで、建設的で、創造的で、他者だけでなく自分自身をも生かす行為だと思う。


 人が生きた証として残すレガシーは、何もモノばかりではないんだよね。
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2016/10/16

「チョイ住み」シリーズ第8弾放送決定!  海外旅行(旅の記録と話題)

チョイ住み最新情報

 初対面の同性1組が、異国の街で暮らすように数日間アパートで共同生活を送る、新しいスタイルの旅番組「チョイ住み」。その最新版の放送日時がアナウンスされました!

「チョイ住み」第8弾リスボン編、放送!

「チョイ住み in リスボン」
10月29日(土)19:30〜 NHK−BSプレミアムにて放送


 とうとう告知が出ましたね!若手は既出の竹内涼真君(23)、気になる年長者と言うか、オヤジバディは格闘家の小川直也さん(48)ですか?!

 2回続けてアスリート系と来ましたね。過去の2組(斉藤・渡部組、土井・野村組)ほどでないにしても、親子ほどの年齢差!

 これまでの定石通り、小川さんも料理上手なのでしょうか?それとも、今回は竹内君が料理自慢なのでしょうか?

 今回のチョイ住みの舞台、リスボンは南欧ポルトガルの首都。英国のEU離脱決定以来、俄かにヨーロッパで事業を展開する日本企業から、生産拠点として注目を浴びている*地域です。

*リスボン(ポルトガル)が生産拠点として注目されている理由:
 1.EU域内なら関税が課されず、輸送コストの面からも価格競争で有効である。
   →英国での生産は、英国のEU離脱により、それらの利点が失われた。
 2.EU域内でも比較的治安が良く物価も安い。
   穏やかで勤勉な国民性である。
   →有用な人材を比較的低コストで確保できる。


 さらにポルトガルは、日本が鎖国の時代には、長崎との関わりが深い国でしたね。その名残を、今回のリスボン編で目にすることはあるのでしょうか?

 毎日、公式サイトをこまめにチェックしていたつもりですが、13日の夜に告知がアップされていたんですね。どうして気づかなかったんだろう?

 ともあれ、放送が楽しみです!

 興味を持たれた方は、公式ブログでご確認くださいね
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2016/10/15

宇多田ヒカル考  はなこのMEMO

 宇多田ヒカル。

 タイプすると、常に正しい変換で出る。これは凄いよね。

 間違っても歌田光とか、訴打輝とは出ない。

 そもそも宇多田なんて言う珍しい苗字、
 宇多田ヒカルが、その存在を知らしめたと思うんだよね。

 親孝行だよ。否、ご先祖孝行だよ。ヒカルさん。


 最近、宇多田ヒカルが久しぶりに出したアルバムCDを買った。

 あれよあれよという間に10代でメガヒットを飛ばして、 
 一躍「時の人」「時代の歌姫」と持て囃された宇多田ヒカル。
 それでも聡明な彼女は、ひとりの人間としての生き方を模索して、
 米国の大学に入学するも中退したり、
 若くして結婚するも離婚したり、
 「人間活動がしたい」と、
 誰もが予想していなかったような長い休養に入り、
 その間、最愛の母を亡くし(その亡くなり方もショッキングだった)
 海外でイタリア人と再婚し、出産を経て、
 このほど表舞台に復帰。

 まだ若いのに、既に波乱万丈な人生だなあ…と思う。
 何だか生き急いでいるようにも見えるのは、
 やっぱり早熟の天才だからなのか?

 買った最新アルバムを毎日のように聴いている。
 内、数曲はCD発売前にテレビドラマや
 ニュース番組のテーマ曲として採用されていたり、
 久しぶりのテレビ出演で本人が歌ったり、
 つい最近CM曲で頻繁に流れていたりして、
 既に耳に馴染んでいたりする。

 シンガーソングライターの曲だから、
 似たようなメロディーラインのものもあったりするのだが、
 ちゃんと「宇多田ヒカルの世界観」が出来上がっていて、
 歌詞に心に響くフレーズが多々あって、
 やっぱり宇多田ヒカルは良い作り手、歌い手だなと思う。
 そして、母になった宇多田ヒカルの声には温かみが増した。  
 聴いていて、胸の奥がじんわりと温かくなるような声。
 その声で、我が子に子守唄もたくさん歌ってあげたのだろうか?

 彼女は、かつて日本での大成功を受けて米国進出を図ったが、
 日本ほどの成功を見る事は出来なかった。

 しかし、それで宇多田ヒカルの才能に限界を感じたかと言えば、
 必ずしもそうではなくて、
 こういう音楽に対する感性はそれぞれのお国柄と言うか、
 やはり各々の風土に根付いたものだと思うので、
 たまたま宇多田ヒカルの曲は、
 米国人の感性にマッチする楽曲でなかっただけなんだと思った。

 米国で成功すると言うことは、
 米国基準の感性に基づき、
 米国のマーケットで受け入れられたに過ぎない。
 
 そもそもアメリカン・スタンダードが価値判断の全てではないよね。
 日本人の感性にフィットする宇多田ヒカルの楽曲。
 
 それこそが、彼女の得難い個性なんだと思う。
 それこそが、彼女が宇多田ヒカルである理由だと思う。
 それを理解し、受け入れてくれる国は、 
 米国以外の、どこか他にあるのかもしれない。

 宇多田ヒカルの歌を同時代に聴ける幸福。
 このこと自体を私は感謝しよう… 
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2016/10/15

阿呆としか思えないヽ(`Д´)ノプンプン  家族のことつれづれ

 明後日から1週間、入社して初の海外出張だと言うのに、今日から1泊2日の予定で、大学時代の友人12人と連れだって伊豆までツーリングに行っている息子。

 こんな綱渡りなことして、何考えているの?と思う。

 幾ら海外への出発が、ツーリングから帰宅して翌日の夕方とは言え、前日まで長時間のドライブで遠出するなんて危ないにも程がある。

 息子曰く、今回のツーリングは息子が車を買ったお祝いに大学時代の部活仲間が企画してくれたもので、息子の名前を冠した会。宿泊先のホテルも半年前から先輩が予約してくれていたらしい。

 だから、主賓の自分が欠席するわけには行かないと言う。

 海外出張は当初7月の予定だったのが、出張先の都合で延びに延びて、来週になってしまったと言う間の悪さ(ツーリングの帰りに実家に立ち寄った息子の話によれば、先週は米国の方から先に出張者が来て、その対応に追われたらしい。息子の英語、ちゃんと通じたのかな?まあ、技術屋同士の会話だから、専門用語を羅列すれば一応通じるとは思うけれど……)

 何だか、息子は以前から間が悪いと言うか、常にギリギリの綱渡りで世渡りして来た印象がある。

 ここ数年に限っても、院の修了式の前日まで(修論は既に提出済)実験を続けていたり…

 こうした部活仲間でのマイカー購入記念ツーリングは半ば伝統化しているらしいとは言え、愚息もとい息子の為に12人もの人が集ってくれるのは有り難いこととは言え…

 この間の悪さは何だ!

 
 とにかく、くれぐれも事故のないよう、十分休憩を取りながら安全運転に努めなさいとは言っておいた。

 もう親の手を離れてしまった以上、息子自身でシッカリするしかないんだよね
 
 でも、「せっかく、ここまで育て上げたのに何かあったら」と思うと、いつまでも親としては心配の種は尽きないんだよね 

【2016.10.17 追記】

 上司や先輩と共に17時?発の全日空機で米ワシントンへと向かった息子(一丁前にビジネスクラスですよ。親が昔使っていた30年物のボロボロのキャリーケースで…)。その1時間前、出国審査を済ませて搭乗待合室にいるであろう息子にメールを送った。

 「気を付けて行ってらっしゃい。楽しい土産話期待しています。初の海外出張、思いっきりやりなさい。」

 すると息子から速攻で返信があった。

 「オッケー」

 軽い。軽すぎる。やっぱり、阿呆だなと思う。 
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2016/10/14

「クラーナハ 500年後の誘惑展」開会式と内覧会  文化・芸術(展覧会&講演会)

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 今日は韓国人アーティストのHさんを誘って、15日(土)より開催予定の「クラーナハ 500年後の誘惑展」の開会式と内覧会に出席しました。

 開会式は地下の企画展示室ロビーで、駐日オーストリア大使ウィーン美術史美術館館長他列席の下、行われました。

 今回の展覧会が開催される今年から来年にかけては日本とオーストリアの国交150周年 (→正しくは2019年が日本とオーストリアの国交樹立150周年)宗教改革(1517)から500年と言うこともあり、ドイツ宗教改革の中心的存在であったマルティン・ルターと親交が深かったと言われるルーカス・クラーナハ(父、Lucas Cranach the Elder)の、ヨーロッパ以外では最大級の回顧展開催の運びとなったようです。

 そこで、クラーナハの故国ドイツに次いでクラーナハのコレクションを有するオーストリアのウィーン美術史美術館が全面協力し、国立西洋美術館、TBS、朝日新聞社と共に主催者に名を連ねています。

 内覧会を見た限りでは、クラーナハ(父)のウィーン美術史美術館や国立西洋美術館所蔵の油彩画、版画を中心に、国内外の美術館(伊ウフィツィ美や米メトロポリタン美等)や個人所蔵の作品が数多く出展されていました。

 見応え十二分で、気が付けば2時間も展示室にいました。近年稀に見る密度の濃い充実した内容の展覧会だと思います。クラーナハは早くに工房経営も確立し、多作の作家だったのだなと改めて知る機会となっています。

 個人的には、丸顔に尖った顎と釣り目が特徴的な女性像が、ツンとすました雰囲気を湛えて、小悪魔的な魅力で印象に残りました。北方ルネサンス絵画の特徴のひとつである、身に着けた衣服の細密描写は、当時のファッションを今に伝えて興味深いものがありました。

 また、裸体に豪奢に真珠を散りばめた帽子やアクセサリー、そして薄布のベールを纏わせた女性像には何とも言えぬ艶めかしさがあり、不思議な魅力を放っていました。

 そして、同時代のアルブレヒト・デューラーの超絶技巧の版画や油彩画も展示され、16世紀ドイツ絵画の双璧を見る楽しさもあると言えるでしょうか?

 さらに、会場終盤に展示されたクラーナハからの影響を公言して憚らなかったピカソをはじめとする近現代作家の作品群も、時代を超えて人々を惹きつけて止まないクラーナハの偉大さを示すものとなっています。
 

 素晴らしい展覧会です!乞うご期待!!

 なお、今後展覧会に関するレクチャー等あれば、是非受講して、改めて展覧会についての記事をアップして行こうと思います。

国立西洋美術館企画展案内
「クラーナハ展」特設サイト by TBS

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2016/10/6

学年誌「小学二年生」休刊に一抹の寂しさ  日々のよしなしごと

 この度の「小学二年生」の休刊を以て、小学館の学年誌が「小学一年生」のみを残して、全て休刊になることを知って驚いている。

 休刊のニュースに、昔、町の小さな本屋の娘として店番や、お得意さんの元へ定期購読誌の配達(それを条件に、当時皆がこぞって買い求めた自転車を、親に買って貰った。しかし、当時流行った友達が持っているような優美なラインの物ではなく、昔ながらの実用一点ばりのタイプ)をしていた者としては、小学館の学年誌と共に育った思い出も相俟って、一抹の寂しさを禁じ得ない。

 小学生の頃から投稿魔であった私は、地元のローカル紙の読者欄に投稿しては謝礼の図書券を得て、隣町の大型書店で好きな本を手に入れたり、小学館の学年誌にも「ドラえもん」の似顔絵等を投稿して、そこそこ絵が上手かったこともあって高い確率で掲載され、ある時は賞品にドラえもんバッジを貰ったと記憶している。

 5年生の時には作文が何らかの賞を獲って、「小学五年生」に掲載されたのがきっかけで、秋田県の女の子と文通が始まり、思いがけず10年以上も続いた。それぞれが成長し、秋田の彼女が上京して世田谷の赤堤に住んだ頃まで文通は続いたのだけれど、互いに社会人になると、いつの間にか途絶えてしまった。同い年の彼女は今はどうしているのだろう?

 文通は秋田の彼女からの突然の申し出であった。実家の本屋で切手やハガキも扱っていたので、彼女が送った最初の手紙は、なんと町名だけで私のもとに届いた。彼女は「小学五年生」に掲載された私の作文に感動して、私と文通したいと思ってくれたらしい。

 当時は今と違って、個人の主な通信手段は手紙か電話で、特に手紙は国内外で文通が盛んに行われた時期であったと思う。相手からの手紙を待つ間の、あの待ち遠しい気持ちは、今のEメールやLINEでのやりとりでは味わうことのないものだろう。今に比べれば、随分とのんびり、ゆったり時間が流れた時代であった。

 私は自分が書いた文章は10冊以上に及ぶ日記や学年ごとの文集をはじめ、さまざまなメディアに掲載されたものまで全て保存していたつもりだが、結婚後暫く実家に置いて後から取り寄せるつもりでいたら、私の知らない間に部屋を引き継いだ末妹が勝手に処分してしまった。

 その中には、秋田の彼女との縁を結んでくれた「小学五年生」もあった。全て失ったことを知って凄く落胆したのを今でも覚えている。今、思い返しても、残念で仕方がない。なぜなら綴った文章のひとつひとつが、自分が何を見、経験し、どう感じ、何を考えたのかが記録された、自分の"歴史"のようなものだからね。

 学年誌の衰退は、時代が変わり(記事によれば、ちょうど私が講読していた1970年代が、発行部数のピークであったらしい)、子ども達の趣向も変わり、それに学年誌が適応できなかった結果なのだろうけれど(大人向けの雑誌でさえ部数減で休刊が相次いでいるから、人々が従来の形の雑誌と言う媒体に興味を失ってしまったのだろう。雑誌にとって代わったのは巷間で言われるようにネットか?)、なくなってしまうのは本当に寂しい。今の子ども達は将来、何を以て自分の子ども時代を振り返ることが出来るのだろうか?やっぱりゲーム?
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2016/10/4

旭川空港で見た夕焼け空  国内旅行(旅の記録と話題)

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 もう本当に最後の北海道の写真。
 最終便への搭乗を待つ間に、展望デッキに出て撮った1枚です。
 刻一刻と夕闇が迫る中、
 陽の残光で徐々に辺り一面が茜色に染まるさまを見ていると、
 間もなく去る北海道への名残惜しさも相俟って、
 ちょっと感傷的になってしまいました。

 また、いつか来たいな…北海道。

 高校時代、三浦綾子さんの著書を読み漁った者としては、
 三浦さんの出身地で、その人生の大半を過ごされた
 旭川に来られたことにも、感慨深いものがありました。
 三浦さんも、かつて同じ風景を見たかもしれないと思うと、
 胸にこみ上げて来るものがありました。
 
 10代の頃から、ずっと来たかった場所のひとつです。
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2016/10/2

目の覚めるような…  散歩の記録

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 近所の街路樹の根本に、ご近所さんが季節ごとに花を育てています。
 今の季節は曼珠沙華。
 目の覚めるような鮮やかな色合いに、思わず目を奪われます。

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 繊細な花弁の連なりが優雅で女性的。
 喩えるなら、気高く、ちょっと近寄りがたい女性かな?

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 年を重ねるにつれ、自分を取り巻く状況は刻一刻と変化し、
 思うように行かないこともままあるけれど、
 季節の移ろいを愛でる感性は持ち続けていたいなあ…
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