2016/5/31

気持ちを上げてくれる、お気に入りの曲たち♪  はなこ的考察―良いこと探し

 日々生きていると楽しいことばかりではありません。梅雨空も陰鬱な気分に拍車をかけがち。

 そんな時にはゴキゲンな曲で、陰鬱な気分も梅雨空も吹き飛ばしてしまえ〜

 幾つかの曲は日本のテレビCMでも使われているので、既にご存じかもしれません。

 最新のヒット曲ではありませんが、誰かも言っていたように
 "Good music never get old !"。

 PVもユーモアに富んだものばかりなので、これらの曲の楽しさを、当ブログを読んで下さる皆様とシェアできれば、はなこも幸せです

 そのサビは吉田羊さん出演の洗剤CMでもお馴染み。カナダのシンガー・ソングライター、カーリー・レイ・ジェプセンのキュートな魅力全開の1曲です。カナダローカルで活躍していた彼女の曲を偶然ラジオで耳にしたジャスティン・ビーバーが、彼の辣腕マネージャーに彼女を紹介したのがきっかけで、世界的にブレイクしたのは有名な話。PVのオチが笑えます。 
Carly Rae Jepsen "Call me Maybe"

 これもビールのCMに起用された曲。ノリの良さが気分をアゲアゲ。ハーモニーも美しいです。野外でのキャンプを描いたPVの映像も開放感に溢れて、見ていて心地よいです。ドライブしながら聴くと最高なんだろうなあ…
Owl City & Carly Rae Japsen "Good Time"

 あの名優トム・ハンクスが出演のPV。おじさんになっても、若き日の出演作『ビッグ』の頃の人間的な温かみがそのままのトムが素敵です。トムの口から「私、妊娠したの」は爆笑モノ…最後の群舞でトム、カーリ−の横で踊っているのは、カーリーを見出してくれたジャスティン・ビーバー。彼って悪童のイメージが強いけれど、慧眼の持ち主なんですね。
Carly Rae Jepsen "I Really Like You"

 あれっ?テイラー・スウィフトって米のカントリー歌手ではなかったっけ?ポップでユーモア溢れる(テイラーの運動神経の残念っぷりがかわいく、親近感が湧く)PVです。自虐的と言うか、開き直りっぷりが潔いと言うか、心情をストレートに綴った歌詞も魅力的です。これも某教育関連ビジネスのTVCMで使われた曲です。英語オリジナルの動画は、再生回数15億回に迫るメガヒット動画です。
Taylor Swift "Shake It Off"

2016/5/30


 近年、運動会の演目のひとつである「組体操」について、児童生徒の怪我の多発を受けて、演目から省いたり、難易度を下げる動きが相次いでいる。

 私も子供の頃、当たり前のように集団での組体操に取り組んだ覚えがあるが、当時はこれが危険であるとか、これによって怪我をしたと言う話は聞いたことがなかった。

 「組体操」で大怪我って、今の子供の運動能力は昔と比べてどれだけ落ちているのだろうか?それとも、昔は多少の怪我は当たり前と、教師も親も大らかに構えて、今ほど問題にならなかったと言うことなのだろうか?

 少子化で子供の数が減ったぶん、親も心配性(過保護?)になって、すぐに学校にクレームを入れるようになったのだろうか?

 子供の体力と言えば、最近特に気になるのは足腰の弱さだ。昨日も電車に乗る時に、親が小学3、4年生くらいの子供を先に走らせ、席に座らせていた(ダッシュできるくらい元気が有り余っているのなら、座る必要なんかないでしょう)。我が家では、その年頃の息子を電車で座らせたことはなかったがなあ。電車やバスの座席は、よほど疲れている場合や空いている場合を除いて、けっして我勝ちに陣取るようなものではなく、お年寄りやまだひとりで立つには危ない幼児や赤ちゃん連れの家族に譲るべきものだと認識している。

 自家用車も1年半で手放したので(持ってみて思ったが、都会では公共交通機関が発達しているから、仕事で使わない限り必須のものでもない。都心に行けば行くほど高級外車が目に付くので、一種のステータスシンボル的意味合いが強いのかな?)、以来、移動手段はもっぱら公共交通機関で、バスターミナルから駅のホームに至るまでの階段も、息子は駆け足で上り下りするような子供だった。

 加えて我が家は、息子が幼稚園に入園してから小学校高学年の頃まで、よく家族でウォーキングイベントに参加しては、距離にして7〜10kmの道や林や山林を2〜4時間くらいかけて歩かせていた。月に一度の頻度で、街散歩と称して、家族で都内もくまなく歩いて回った。

 そのせいか、今では散歩が息子の趣味のひとつで、倹約家の息子は学生時代も、たまの休みに定期券で行ける範囲で街に出かけては、半日くらい街を歩き回っていたようだ。探検気分で、それぞれの街の雰囲気を楽しんでいたらしい。

 そういう息子なので、疲れたと言って、その場にしゃがみ込むなんてしたことがない。なまじ自家用車があると、幼い頃から車で楽に移動し過ぎて、大人になっても歩くことが習慣化していないのではないか?特に今では車社会の地方の子供に、その傾向が強いのかもしれない。地方に住む友人達の話を聞いての印象だ。


 今日夕方のNHKのニュースでは、「組体操」による怪我を防ぐ為に、従来より難易度を下げながらも、技の組み合わせや見せ方の工夫で見栄えを良くしようと言う、ある学校の取り組みを紹介していた。

 クレームを恐れて、あっさり「組体操」を運動会の演目から除外するより、出来る限り残そうとの学校の心意気は評価するが、子供の体力の強化を図らずに、子供の体力(筋力?運動能力?)の衰えに技の難易度を合わせると言うのが、本当にこれで良いのだろうかと疑問が残る。

 学校教育における体育教育の意義って、何なんだろうね?

 
 個人的には運動会は大嫌いだった。何が嫌いって、2学期のしょっぱなから始まる、軍隊の行進さながらの入場行進練習。朝礼の後に、まだ夏の暑さが残る運動場で、何度も何度も全員の足並みが揃うまで繰り返された。そんなに当時の私達生徒がヘタレだったのか?体育教師が厳しかったのか?今となっては定かではないのだが、私にとっては2学期の憂鬱の種だった。

 あと、そうそう体育の化繊ブルーマ?も、パンツの上に色付き化繊のパンツを履くみたいで、大嫌いだった。あの身体への密着感は、下着姿を公に晒しているような恥ずかしさがあった(高校からは半ズボンになったのでまだマシだったが…)

 運動神経もからきしダメだったので、ただでさえ内向きな性格が、さらに隅っこに追いやられるような疎外感に陥って、個人的に運動会に良い思い出はないなあ…

2016/5/27

天は自ら助くる者を助く〜備えと覚悟  はなこのMEMO

 2011年3月の東日本大震災以来、日本列島は地震の活動期(とでも言うのかな?)に入ったのは確実のようなので、地震はもちろんのこと、火山の噴火にも気を付けた方が良いのだろう。

 熊本の震災の件もあってか、最近の自分のアンテナが、災害時にどう対処すべきなのかについてビンビン反応しているので、先日、「避難所で口中の清潔を保つことと適度な運動」の重要性を当ブログにメモした。

 他に気になるのは、水と食料の備えと、現金の準備であろうか?災害時にはクレジットカードなんて役に立たないだろうから、現金も使い勝手の良い千円札と、公衆電話用に小銭の100円玉と10円玉を用意しておこう。

 最近読んだ本では、曽野綾子さんの著書であったが、「『自分で判断する』と言う自己防御力の欠如」の項が、心に引っ掛かった。

 韓国で起きた「セウォル号沈没事件」での多数の被害を例に挙げ、「災害時にはあるべきものがすべてなくなる。指令や指示には必ず混乱と間違った判断がつきまとう。予測のつかない事態が次から次へと起こる。だから最終的に自分の運命を決めるのは自分の判断しかない」と曽野さんは言う。

 「誰からの指示を受けなくても、自分の判断で動き、非常事態を逃れる為に自分ひとりで運命と戦う姿勢を持つ。自分の運命を誰の手にも任せてはいけない」

 同様に「つねに『最悪』を予想して生きる」の項。曽野さんの「戦中派」らしい用心深さが、ユーモアを交えて綴られていた。電気やガスが通っている。清潔な水が潤沢にある。これらは文明社会では当たり前のことだが、世界では今でもこれらが揃っていない場所が至るところにある。文明生活の象徴であるこれらは、災害時には真っ先に失われてしまうものでもある。

 「安全」でさえ危うい。自分の身は自分で守るしかない。

 このことを関東の人間も、先の震災で学んだはずだ。しかも地方である東北や熊本でさえ、あの混乱ぶりだ。これが首都圏で起きたらどうなるか?想像するだけで恐ろしい。

 おそらく行政の助けはすぐには来ないだろうことを覚悟する必要がある。何でもかんでも人頼みにせず、自分で自分の始末ぐらいはしないとだめだ。その為の水と食料と現金の備えである。

 今の日本において、「災害は忘れた頃にやって来る」ではなくて、「記憶も新しいうちに襲いかかって来るかもしれない」厄介な代物である。

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 被災者が自助努力する前提で敢えて言いたいこと。

 今回の熊本の震災でも感じたが、今や災害はいつなんどき、どこで発生してもおかしくない。過去の教訓が生かされなかったのか、熊本では避難所が人で溢れかえり、車社会の地方ということもあって、駐車場に車で避難生活を送る人も多かった(そこで新たにエコノミークラス症候群発症の問題も発生)。さらに避難所ではセクハラも多発したと聞く。

 災害発生時に自宅からの避難を余儀なくされた人々が、安全に避難できる場所をどう確保するかは、各自治体の課題だろう。

 どこに、どのような形式(家族単位が基本ながら、単身世帯は男女別にしたり、乳幼児や老人を抱える世帯への配慮も必要)で避難所を設置するか、警備体制はどうするかまで(自警団はリンチに発展する可能性が高いので警察や警備会社等のプロに任せるべきとの意見あり)、水、食事・風呂場、トイレの確保をどうするか等、平時からきちんと行政の側で取り決めておく必要があると思う。

 また、今回も被災地への支援物資の輸送で混乱があった。これに関しても、「支援物資の受け入れ方法」や「効率的な輸送体制の確立」を目指すべきだと思う。ケースバイケースで、どのような方法ならば円滑に支援物資を被災地へ届けることができるか、対策をあらかじめ考えることは出来るはずだ。
   
 熊本県や熊本市は、自分達の被災を想定していなかったのだろうか?それとも災害対策は予め取っていたが、想定を超える被害だったのだろうか?

 被災が極地的に甚大ならば、日頃から他の都道府県と互いに協力しあう関係を築いて、一時的に地元の被災民を他の都道府県に避難させることも必要ではないかと思った。

 (今回も、個人レベルで妻子を別の場所に避難させている人がいるようだ。

 地元以外に親類や友人など頼れる人がいない人、経済的な理由でそれが難しい人だけでも、道路や鉄道や飛行機などの移動手段が回復次第、自治体主導で他のより安全な地域への一時避難を行って欲しい。

 尤も津波で家屋・家財諸共流されてしまった東日本大震災と異なり、今回の熊本・大分の震災は、家屋の倒壊被害が主で、家財の盗難被害の恐れがある為、遠方への避難も難しいところがあるのかもしれない)


 実際、東日本大震災以後、他府県と相互支援の協定を結んでいる地方自治体もあるようだ。

 「人の振り見て我が振り直せ」ではないが、今回も災害時の対処方法について、いろいろと考えさせられた。

2016/5/24

いろいろと驚かされる  はなこのMEMO

 NHKの震災関連の番組の内容が興味深いものだったのでメモ。

 東日本大震災後に、特に高齢者の間で重症の肺炎患者が急増したことに疑問を持った気仙沼市内の病院に勤務する呼吸器科のD医師。彼はその原因を探るべく、震災直後の混乱の最中、被災した市内の病院を訪ね歩き、過去のデータを収集した。過去のデータと震災後のデータを比較する為である。

 医師の間では当初、津波に襲われた際に多量の水を飲み込んだことや震災直後に空中を舞っていた粉塵(気仙沼では火災も発生)を吸い込んだことが原因ではないかと見られていた。

 しかし、肺の中の細菌を調査すると、大多数の肺炎の直接的な原因とは言えないことが分かった。

 D医師が単独で地道な調査を重ねるうちに意外なことが判明する。それは口腔衛生の分野から糸口が見つかった。

 震災直後、避難所生活を続ける中で、水不足は深刻だった。そうなると「歯磨き」などで口中の清潔を保つことが難しくなる。また、「飲料水」の制限は唾液の分泌量の減少にも繋がり、それが細菌の繁殖を促す結果となる。特に高齢者は、震災後ずっと入れ歯を装着したままの人が多かった。

 さらに、避難所生活では身体を動かすこともままならず、横になっていることが多かった為、それが誤嚥(ごえん)を誘発させたらしい(熊本・大分の震災では、「エコノミークラス症候群」の問題が新たに浮上)

 被災者の口中は、全国各地から駆けつけたボランティアの歯科医師も絶句するほどの深刻な衛生状況であったと言う。入れ歯を外すと、口中の皮膚が赤くただれ、カビが原因のカンジダ症を発症している人が多数いたらしい。

 口中には通常の生活の中でも多数の常在菌がいる。肺炎球菌もそのひとつだが、これは通常の口中の衛生状態と体調ならば、特に悪さをするものではない。しかし、震災直後の口中衛生に構っていられない状況で、その菌がもの凄い数までに増殖し、肺炎を引き起こしたと言うのが、D医師が調査して突き止めた肺炎急増の原因だった。

 口中を清潔に保つと言うことは、肺炎だけでなく、糖尿病等の生活習慣病や心疾患等、さまざまな疾患の原因となる歯周病予防に繋がると、今、注目されている。歯の表面のエナメル質を傷めないよう"力を入れ過ぎない"丁寧に時間をかけた歯磨きだけでなく、歯間ブラシや舌ブラシ(←歯間や舌は菌の温床になりやすい)の活用も推奨されている。

 8020キャンペーン(80歳の時点で20本の自前の歯をキープしよう)にも象徴されるように、高齢化社会の現代では、高齢になっても自分の歯をどれだけ維持するかが、健康寿命を延ばす鍵とも言われている。歯を失うことで咀嚼力が失われ、それが胃腸に負担をかけたり、意外なところでは認知症発症の引き金にもなるらしい。

 今回の番組では、震災直後に過酷な環境の中、臨床で多忙にも関わらず、医師としての使命感で肺炎急増の原因究明に奔走したD医師の実直さに感銘を受け、震災に際して口中の清潔を保ち、身体を動かすことの大切さを改めて認識した次第。

 この社会が多くの人々の地道な働きによって支えられていること、そして、人間の身体は複雑なメカニズムで健康を保っていることに、改めて驚かされたと言っていい。


 自分は本当に無知だ。だからこそ、世の中のことに無関心であってはならないと思った。

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2016/5/23

元米兵による女性殺害事件について考える  気になったニュース

 最近、沖縄県うるま市で、元米兵(海兵隊員)による「女性拉致・暴行・殺害事件」が発生した。その内容を知れば知るほど、鬼畜の所業としか思えない。

 亡くなられた女性には、心からご冥福をお祈りいたします。

 これから、楽しいことがいっぱいあっただろうに…テレビニュースで映し出される、被害者女性の愛くるしい笑顔を見ると、胸が張り裂けんばかりに痛む。同じ親として、大切なお嬢さんを失ったご両親の悲しみを思うと、本当にやりきれない。


 この事件の一報を受けて、ある政府関係者は「最悪のタイミング」と言ったそうである。間近に迫った伊勢志摩サミットとオバマ米大統領の広島訪問を念頭に置いての発言だとは思うが、あまりにも国民の命を蔑ろにした発言である。こんな凶悪事件に「良いタイミング」などあるものか?いつ何時であっても、あるまじき事件である。

 政治家が、米軍関係者(現役軍人とその家族、元軍人)による凶悪事件に対して、このように自国の被害者よりも米国の事情を慮る受け止め方しかしないから、日本の国土のわずか0.6%に過ぎない離島県なのに、日米安全保障条約に基づく在日米軍基地の75%が集中する沖縄で、米軍人や米軍属による犯罪がいつまで経っても減らないのである。

在日米軍裁判権放棄密約事件:これだから、「日本はアメリカの犬」と他国から揶揄されても仕方がない。

 沖縄県警のまとめによると、1972年の本土復帰から2014年までの米軍人・軍属とその家族による刑法犯罪の検挙件数は5,862件。うち、殺人、強盗、放火、強姦の凶悪事件は571件で737人(集団でのケースも少なくない)が検挙されたと言う。

 しかも、これはあくまでも表に出た数字のみである。親告罪であるレイプ事件など、警察にも訴えず泣き寝入りのケースも多々あるだろう。復帰後でさえそうなのだから、占領期がどんなに悲惨な状態だったのか、想像に難くない。そもそも沖縄に米軍基地がなければ、起きなかった事件の数々である(ウィキペディアで在日米軍の犯罪リストの項を見れば、復帰前に起きた「由美子ちゃん事件」等、その残忍さに誰しも驚くと思う)


 今回起きた事件の経緯は以下の通りである。

4月28日(木):うるま市在住の20歳の会社員女性(1月に成人式を迎えたばかり)が、午後8時頃ウォーキングに出かけた後、行方不明となる。

同29日(金):親族が警察に捜索願を出す。警察が捜索に乗り出す。

〜〜〜〜〜〜〜〜

5月12日(木):警察は女性の行方不明事件を公開捜査に切り替え。

同16日(月):警察が防犯カメラから割り出された米軍関係者に任意で事情聴取。

同17(火)、18(水)、事情聴取を受けた男、自宅で多量の睡眠薬服用や飲酒で、2度自殺を図る。

同19日(木):男の供述通り、うるま市から北におよそ16キロ離れた恩納村の雑木林で、警察が遺体を発見。元米兵で現在は民間企業からの派遣で嘉手納基地に勤務する(軍属)男ケネス・フランクリン・シンザト(32)を、「死体遺棄」容疑で逮捕

同20日(金):遺体を司法解剖。遺体は歯型も取れないほど損傷が激しく、さらに亜熱帯の沖縄で約3週間野ざらしにされた結果、腐敗もかなり進んでいた為、死因の特定困難。同日午後に、容疑者は那覇地検に送検される。

 その後の容疑者の供述によれば、容疑者は事件の発生した4月28日(木)、強姦目的で拉致現場周辺を2〜3時間車で周回し、ターゲットになる女性を物色。

 そして、たまたま拉致現場付近を歩いていた被害者の頭部を背後から棒で殴打し、車に連れ込み、別の場所で乱暴し、抵抗された為、首を絞め、ナイフで刺し、死に至らしめ、その後、土地勘のあった、自身がかつて所属していた海兵隊基地キャンプ・ハンセン近くの雑木林に遺体を遺棄したらしい。

同23日(月):被害者の父親や親族が、遺体発見現場を事件後初めて訪れ、花を手向けた。父親は「家に一緒に帰ろう」と、娘の魂に呼びかけた。その悲痛な叫びが、人々の涙を誘った。

同24日(火):被害者女性のスマホの通信記録が途絶えた場所付近にある水路を県警が40人を動員して捜索した結果、被害者が外出時に持っていた鍵と、容疑者が被害者を殴打した凶器と見られる棒が見つかった。被害者のスマホは未だ発見されていない。

 当初供述していた容疑者は、弁護士との接見以降、黙秘を続けている(←反省の色が全く見られない)

6月9日(木):県警は容疑者を「殺人罪」で再逮捕(懸命に捜索するも、未だ凶器は発見されず)。一方、那覇地検は容疑者を「死体遺棄容疑」で起訴


 ネットで収集した情報をまとめると、以下の通りである。

 被害者女性は名護市出身。事件当時はショッピングセンターの化粧品売り場に勤務し、化粧品販売に関する専門資格を取得しようと勉強していた。

 結婚を前提とした付き合いの男性と同居しており、事件当日も8時頃スマホのSNSで「ウォーキングに行って来る」と恋人男性には連絡をしてから外出。午前2時頃帰宅した男性が、彼女が帰宅していないのを心配し、すぐさま親族に連絡。翌日、親族が警察に捜索願を提出。

 被害者女性は週に2〜3回、自宅周辺の比較的人通りの多い場所でウォーキングをしていた。この時期の沖縄の日の入りは午後7時半であり、彼女が家を出た8時と言う時間帯はけっして遅いものではない。現地の人々は、比較的安全な場所で今回の事件が起きたことに、衝撃を受けている。

 両親にとっては最愛の一人娘で、両親が最後に彼女に会ったのは、1月の成人式の時だった。両親と同居の祖母も、彼女の無事を祈っていたが、結局、叶わなかった。

 警察によるスマホの位置情報調査で示された場所が、普段の彼女のウォーキングコースから離れた場所であることに、恋人男性も不審に思ったらしい。

 沖縄ではこんな噂もあると言う。

 "5月初め"に"県警"が"政府に"、「アメリカ政府と米軍に対して『容疑者の身辺調査をしたい』と申し入れて欲しい」と要請したが、「サミット前」を理由に政府は要請を「保留」。県警側が公開捜査に踏み切ったことで政府が重い腰を上げたので、急転直下、逮捕出来た。

 ↑もし、これが事実ならば、県警の英断がなければ、この事件は未だに被害者(遺体)の所在も分からず、犯人逮捕に至っていなかったかもしれないのだ。政府側から「最悪のタイミング」と言う言葉が飛び出したところからして、「不都合な真実」としてサミット終了まで、事件のことがひた隠しされた可能性がある。もし、そこまで公開捜査が引き伸ばされでもしたら、果たして犯人逮捕に至ったかどうか?(過去にも米軍人被疑者が米国に逃亡したケースがある)


 被害者には何の落ち度もない、容疑者の目に留まったことが不運であったとしか言いようのない事件である。


 世論の中には、「今回の容疑者はあくまでも「元軍人」であり、現在は民間人として基地内で働いているに過ぎないから、米軍と今回の事件は切り離して考えるべき」との意見も散見されるが、容疑者の「元軍人」しかも「海兵隊員」と言うキャリアが、今回の事件と無関係とは言えないと思う。少なくとも軍隊で学んだ攻撃スキルは、犯罪の遂行を容易にしたはずだ。

 よく、「日本には沖縄だけでなく、各地に米軍基地が点在しているのに、なぜこうも沖縄で突出して米軍人による犯罪が多いのか?」と言われるが、それは沖縄にのみと山口県岩国基地に駐留している海兵隊員による犯罪が多いからである(岩国基地でも凶悪犯罪は過去に何度も発生しているが、基地問題に毅然とした報道姿勢を取る地元紙が2紙もある沖縄と違い、全国紙でもあまり大きく取り上げられていないようだ)。下記の表を見れば、一目瞭然であろう。

 在日米軍は陸・海・空軍と海兵隊で構成されている。主だったものでも座間基地(神奈川県)が陸軍、三沢基地(青森県)、横田基地(東京都)、嘉手納基地、普天間基地(いずれも沖縄県)は空軍、厚木基地、横須賀基地(いずれも神奈川県)、佐世保基地(長崎県)は海軍所轄で、海兵隊基地(司令部は沖縄)は岩国基地(山口県)と沖縄本島中部に幾つか点在している。

 各軍ごとの隊員数は陸軍が約2,000人、空軍が約13,000人、海軍が約19,000人、そして海兵隊が約16,000人の計約50,000人となっている(在日米軍のHPより)

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 全隊員の30%を占める海兵隊員による犯罪が突出して多いのは、海兵隊員の軍における位置づけも原因のひとつであろう。海兵隊員について、こんな記述がある。

 「海兵隊員は最初に敵地に乗り込んで戦う勇敢な兵隊だ。裏を返せば、最も戦死者が多く、最も敵を倒して来た、「死と殺しのプロ」だ。(その意味で)無数の海兵隊基地がある沖縄は、「殺しのプロ」が大勢いる。殆どの人は民間人を殺すような人ではないが、(戦場で)何十人も殺して来て、心が麻痺した人も中にはいるのだろう。基地の隣に住むということは、「殺しのプロ」と暮らすということだ。」

 今回の事件の容疑者も、32歳と言う年齢からイラクやアフガニスタン等に派遣された可能性があり、戦地で戦闘を経験し、精神に何らかの異常を来した可能性も否定できない(だからと言って、彼が犯した罪は到底許されるべきものではない)。ウィキペディアで「アメリカ軍」を見ると、アメリカ軍がこれまでに参加した戦争の一覧があって、その夥しい数に圧倒される。
 
 また、特に下級兵士に至っては、「米国の街のゴロツキが減刑を条件に、辺境の島である沖縄の基地に派遣されるので、海兵隊員の中でも質が低い」と言う噂もあって、同じ米軍人でも沖縄駐留の海兵隊員のことをよく思わない人もいるらしい。米軍の中でも最強の軍隊と自負する海兵隊からすれば、これはかなり不名誉なことではないか?


 今回の事件もそうだったが、米兵とレイプの問題には根深いものがあって、「イラク戦争に参加した女性兵士の3人に1人が同僚兵士にレイプされた」との話もある中、国防総省の推計によれば、米軍内だけで年間19,000件ものレイプ事件が発生していると見られている(←上官による部下へのレイプ等、被害届が出されず、統計データに含まれないケースが多い)。しかも被害者は女性に限らず、(同性愛者ではない加害者による)脅しや支配を目的とした男性に対するレイプも少なくないらしい。斯様に米軍内でのレイプ事件は、パワハラとセクハラの両方を内包しているようだ。

 レイプ事件の動機には「抑えられない性衝動」だけでなく、より弱い存在に対する暴力(征服欲、支配欲)によって、加害者自身の抑圧された自我の解放と言う意味合いもある、との説もある。つまり、加害者自身が社会の中で、(人間関係にも、教育機会にも、仕事にも恵まれず)自身の承認欲求が満たされなかったり、何らかの形で受けた抑圧によって生じたストレスが引き金となって、より非力な他者への暴力に向かうと言うものだ。そう、レイプは強者が弱者に牙を剥く「暴力のひとつの形」なのである。

 加えて、海外で展開する部隊の兵士には、現地の人間に対する謂れなき差別感情もあるのではないか?所謂「強者の論理」「支配者の論理」とも言うべきもの。そうでなければ、これまでの沖縄県民に対する、米兵及びその家族や軍属による数多くの凶悪事件の説明がつかない(実際、海兵隊の沖縄派遣隊員に配布されるマニュアルには、県民を馬鹿にした記述があるらしい)

 特に今回の犯人は、報道によれば、現地日本人女性と結婚し、娘が生まれ、娘の誕生に合わせて妻の実家の援助により家も改築したばかりらしい。さらに妻の姓を名乗っていることから推察するに、妻にも妻の両親にも頭が上がらない状態だった可能性が高い。失業率の高い沖縄で元米兵が就職しようにも、基地内で軍属として働くぐらいしか当てはないだろう。さらに雇い主が沖縄の民間企業とあれば、給料も知れたものだ。

 テレビのニュース番組に、米国在住の弱々しく老いた実母の姿も映し出されていたが、彼女の発言には被害者やその遺族に対する詫びは一言もなく、「なぜ、こんなことが起きてしまったのか?」「できるだけ早く(刑務所から)出て来て欲しい」と言う、息子の身に起きたことに対する嘆きだけだった。容疑者とは2年前に会ったきりで、11歳から離れて暮らしている、とも言っていた。そういう実母の出で立ちや発言から、彼がこれまでどのような人生を辿って来たのか、何となく想像できるような気がした。

 士官学校でエリートとして養成される軍人がいる一方で、米国社会の底辺層で行き場のない青年が、軍の誘いを受けて下級兵士として入隊する。どれだけ戦地で多くの人を殺し、破壊の限りを尽くしたかが軍功の証となれば、たとえ兵士としてのし上がっても人間性は壊れるだけだ。

 1995年に小学生が3人の米兵により輪姦された事件では、米兵3人が「次に目の前に現れた女をレイプしよう」とゲーム感覚でレイプに及んだとの話もあり、人権感覚の麻痺した米兵の精神の崩壊ぶりは明らか。たまたま目の前を通ったが為に被害に遭った女の子が気の毒で、犯人達は許しがたい。それなのに、この事件では日米地位協定を盾に、犯人達は県警に引き渡されなかったと言うから、日本政府の弱腰姿勢は糾弾されても仕方あるまい。

 ネットでは、こんな記事も紹介されていた。

 在日米軍だけ処分が甘い? 性犯罪の3分の2が不起訴とAP報道 2014年2月10日

 防衛省の内部文書によると、2005〜2013年前半に在日米軍基地で性犯罪を起こした244人の軍人の3分の2が不起訴。罰金、降格、外出禁止、軍除外の処分だったことがわかった。約30例では戒告状のみだったという。同文書は、AP通信が情報公開法を使い入手した。YURI KAGEYAMA記者と、RICHARD LARDNER記者が報じた。

 この調査報道を、USAトゥデイ、英ガーディアン紙、ロシア・トゥデイなど各国の大手メディアが続々と転載している。

 文書には、第1海兵隊航空団の矛盾する2つの事例が示されていたという。両事例とも、原告(米兵)が夜、大量に飲酒した後、強姦されたと証言しており、DNA鑑定という動かぬ証拠もあった。だが、1例は懲役6年の判決、もう1例は降格と30日間の外出禁止処分で収監されなかったのだという」


 そこには、「本国から遠く離れた極東での事件なので、多少のことは大目に見よう」との軍の規律の緩みがあるのではないか?


 代々職業軍人の家庭出身者と言う以外にも、移民が市民権を早期に得る為とか、進学志望者が軍の就学援助システムを利用する為とか、軍隊入隊にもいろいろな動機があるようだが、今回の容疑者は何れにも当てはまらないような気がする。

 彼の心には深い闇を感じる。


 今回ナイフやスーツケースも準備して、仕事帰り自宅から離れた場所2〜3時間もターゲットを求めて徘徊し、凶行に及んでいることから、計画的で手慣れた犯行に見える。他にも余罪があるのではないか?

 加害者の妻は、わずか生後3カ月にして「残忍な殺人者の子」の烙印を押された(しかも一見してハーフと分かる)幼子を抱え、今後は多難な人生が予想されるが、どうしてよりによって、こんな男を配偶者に選んだのだろう?男の何を見ていたのだろう?

 
 事件が起きる度に、日本政府は米政府(大使)に対して型どおりの抗議(まさに茶番)をし、それを受けて在日米軍は軍内の綱紀粛正を誓うが、どれもポーズに過ぎず、本気で現状を改善しようなんて気はさらさらないに決まっている。自分達から遠く離れた辺境の島での出来事だから、殆ど気にもかけていないのだろう。日本政府の意識は、去る大戦時に沖縄県を「本土防衛の為の捨石」にした当時と何ら変わっていない。

 そもそも一般人の私でさえ、軍人や元軍人による犯罪の廃絶なんて無理だと思っている。軍隊の存在そのものが、非人間性と隣合わせなのだから。

 現役軍人なら、誰かが言うように夜間外出禁止令でも出して、基地内に閉じ込めれば良いが、今回のように除隊した「隠れ凶悪犯予備軍」に関しては対処のしようがない。一度軍人になって戦地に赴いた者には、定期的に心理カウセリングを受けることを義務づけ、所属中に何らかの問題を起こした者は即刻国外退去か、日本に留まる条件として(人権問題として議論を呼びそうだが)GPSを体内に埋め込んで常に動向を監視するくらいのことはしないと、犯罪抑止は難しいと思う。現実的に直近の基地の撤退、縮小が無理ならば、せめて、沖縄県内だけでも実施してみてはどうかと思う。

 加えて、米兵が公務中、公務外に関わらず、地元民に危害を加えるような事件・事故を起こした場合は、「政府を通して在日米軍に捜査協力を"要請"し、基地内立ち入りを"許可"して貰う」と言った、迅速な捜査の妨げとなる"手続き"を経ることなく、発生後すぐに地元の警察が主体的に基地内に立ち入り、捜査権や逮捕権を行使できるよう、日米地位協定を改定すべきだと思う(→23日(月)、米国防総省は沖縄県の改定要請に対し、「従来通り運用方法の改善で対処」と、改定を拒否。日本政府もそれを是認の意向。日米地位協定に関しては、外務省HPで内容を確認することが出来る。日米地位協定に関するQ&Aを読むと、外務省の役人が協定の不平等性を指摘されないよう回答をまとめた苦心惨憺の跡が見て取れる)

 とりあえず、すぐにでも可能な対処法としては、英国並みに夥しい数の監視カメラを基地周辺はもちろんのこと市街地に設置し、人通りの少ない場所にはドローンでも飛ばして常時監視する体制を早急に整えてみてはどうか?今回も直接的に犯人逮捕に繋がったのは監視カメラの映像であったと聞く。

 県警や各警察署に特別監視室でも設けて(監視は警備会社に委託でも可)、常に複数の目で基地周辺部や市街地、郊外の様子をカメラを通して監視する。同時に警察によるパトロールをこまめに行ない、不審な動きを監視室が察知したなら、すぐにパトロールの警察官が現場に急行する。その為の特別予算を国に組んで貰えば良いのではないか?米軍の縮小・撤退が現実的でないのなら、それぐらいのことはすべきだと思う。これで、米軍関係者だけでなく、地元民による犯罪への抑止効果も期待できるかもしれない。


 そもそも沖縄の基地問題は米兵による犯罪被害だけでなく、軍用地として接収されている土地が他県の土地と違って、大半が個人の所有であることから、毎年「思いやり予算」によって支払われる土地賃貸料収入が、同じ沖縄県民であっても土地を持つ者と持たざる者の間で、大きな経済格差を生んでいる点も無視できない。

 以前、読んだ本にも、高額納税者数のベスト10に、地方からは唯一沖縄県がランクインしているとあった。これは軍用地を貸し出している富裕層が、それを担保に不動産をはじめとして幅広く事業を展開しているかららしい。沖縄県は厳然たる階級社会のようである。「貧乏県」の割に海外留学が盛んなのも、そのことと無縁ではあるまい。基地問題でも県民が一枚岩になれないのは、県民の中にも米軍利権で甘い汁を吸っている人がいるからか。米軍占領によって、沖縄県はさまざまな形で社会に歪みを抱えてしまったようだ。

2016/5/19


 一度開けてしまったパンドラの箱は、閉じる術がない。

 昨日久しぶりにNHKの「あさイチ」を見た。

 番組では女優?の山口智子さんの「私は子供を産まない人生を選択した。そのことについて、私は全く後悔していない。」という主旨の発言を端緒に、「女性の生き方」についての忌憚のないトークが、いつもの「あさイチ」らしい和やかさで(←これは有働アナの時折関西弁を交えた、親しみ易く巧みな進行によるところが大きい)、途中定時ニュースを挟んで1時間あまりに渡って展開された。

 パネラーは、「既婚で子供のいる女性代表」としてタレントの山口もえさんと作家の川上未映子さんの2人と、これまで非婚を貫き、思うことあってつい最近大手新聞社を辞めたと言う女性(申し訳ない。名前を失念!)がひとり、そしてNHKのアナウンサーとして二十数年のキャリアを重ね、たまたま今日まで結婚に至らず、つい最近出産を諦めたと言う有働由美子アナの4人。この4人にオブザーバー的立場として時々発言を挟む、番組レギュラーの男性陣2人(イノッチ柳澤氏)が加わってのディスカッション。

 女性の人生には、思いつくだけでも、実にさまざまな岐路がある。ここでは成人以後に限っても…
 
 まず、結婚するか、否か? 
 (結婚は「縁」と「タイミング」あってのものなので、
 望んでも出来ない可能性がある)


 敢えて結婚せずに、職業人としてのキャリアを追及するか?
 或は、結婚しても、キャリアを諦めないか?
 その何れでもなく、自分にとっての心地よさを第一に、
 仕事も結婚も自然の成り行きに任せるのか?

 結婚後も仕事を続け、キャリアを追求する為に、
 もしくは仕事の有無に関わらず、自分なりの価値観を貫く為に、
 子供は敢えて持たないか? 

 或は結婚も仕事も出産も諦めず、産休や時短勤務を利用して
 一時的にペースダウンしつつも仕事を続け、
 いずれはキャリアの追及を再び目指すか、
 或は、そのまま家庭優先で行くか?
 はたまたワークライフバランスを完璧に取って?、
 仕事も家庭も完璧?を目指すのか?

 結婚後も続けて来た仕事だが、出産を機に思い切って辞めるか?
 一旦出産を機に仕事から離れるが、子育てがひと段落したら、、
 何らかの形(フルタイムorパート)で仕事(社会)に復帰するか?

 さらに子供は授かりものなので、
 妊娠を望んでも、誰もが妊娠・出産出来るとは限らない。
 不妊治療をするとして、いつまで不妊治療を続けるべきなのか?
 やめるとしたら、やめ時はいつなのか?
 
 器質的に問題がなくとも、
 どんな女性にも妊娠・出産時期にはリミットがある。
 産み時はいつなのか?
 

 個々の選択の組み合わせの数だけ、多様な人生がある。


 
 こうして見ると、現代女性の生き方には、特に「子を産む性」と言う性差により男性以上にさまざまな選択肢があり、それが女性を悩ませる一因ともなっているようだ。しかし、元より教育を受ける機会もなく、ひたすら男性の陰で家庭を支える役割を求められた昔の女性に比べたら、それは贅沢な悩みなのか?

 人生の分岐点で、その都度何を選択したかによって、人ひとりの人生の道筋のあらかたは決まって行く。選択にあたっては自分自身の意志だけで決められるものでもなく、選択の時点でその人を取り巻いている環境や、時代の思潮の影響も避けられない。「自らの意志」と思っていることさえ、実は何らかの影響下にあったりする。

 また、選択した結果が必ずうまく行くとも限らず、只中にいる時には自分を客観視することも難しいので、人は常に自分の選択が正しかったのか否か、悩み続ける。おそらく「自らの生き方に迷いがない人」なんていないだろう。仮にそんな人がいたとしても、とにかく前に進む為に「私は迷いなく選んだ道を突き進む」と自ら言い聞かせているのだと思う。

 このブログでも取り上げた英国の秀作ドラマ「第一容疑者(Prime Suspect)」の主人公ジェーン・テニスン警部(後に警視)は、仕事一筋のキャリア・ウーマンであった。このドラマが作られたのは90年代で、91年にNHKに入局した有働アナも、バリキャリを求める時代の空気に呼応したかのような発言を、当時の雑誌のインタビューで残している。折しも、その数年前に男女雇用機会均等法が施行された。

 女性のキャリア観に変化が訪れたのは2005年頃。当時のキャリア志向の女性向け雑誌でも「出産」が大々的に取り上げられるようになった。以降、仕事・結婚・子供のすべてを手に入れることを目指す女性が増えた。

 女性の本格的な社会進出に伴い、初婚年齢が遅くなり、キャリアアップと出産の板挟みで悩む女性が増え始める。仕事でのキャリアアップを優先させれば、どうしても出産を先送りせざるを得ない。出産のリミットが迫る中、不妊に悩む女性も増えて行った。

 
 ここで少ないサンプル数ながら、個人的に見聞きした範囲で話すと、日本でも有数の進学校として知られるO学園の卒業生は、その多くがトップレベルの大学を卒業し、有名企業等に就職する。知人のお嬢さんは大手通信会社で働きながら4人の子供を、もう一人のお嬢さんも大手電機メーカーで働きながら3人の子供を産み育てている。

 少子化社会と言われる中、彼女達が3人〜4人も産み育てながら第一線で働き続けられるのは、ひとえに彼女達を支える彼女達の母親の存在が大きい。聡明ながら世代的に結婚後働き続けることが叶わず、子育てに専念した団塊の世代の母親達は、自身の夢を娘達に託している節がある。孫の世話から家事全般に至るまで、助けを求める声があれば出来る限り娘のもとへ駆けつけ、献身的に支えている。

 能力、キャリア、夫、子供の全てを手に入れた彼女達は、彼女達なりの苦労もあるのだろうが、多くの女性が羨むであろう恵まれた存在である。数多いる女性の中で、ほんの一握りの存在である。殆どの女性は望みの全てが叶うことなどなく、何かを得る代わりに何かを諦め、日々自分の現状に悩みながら生きているのだろう。一方で少数ながら、他人の動向など気にせずに、マイペースで我が道を行く女性もいるようだ。

 どんな人生であるにせよ、ひとりひとりにとっては一度しかない、かけがえのない人生である。

 
 さて、地上デジタル放送化で、テレビ番組と視聴者間のインタラクティブなやりとりが可能になる等、特に「生放送の双方向性」の流れを受けて、「あさイチ」も視聴者参加型の番組作りを積極的に行っている。今回も出演者の活発な意見交換の間に、リアルタイムで視聴者から寄せられた意見を、適宜、有働アナが読み上げてくれた。

 その中で例えば「妊娠出産を望みながら子供が授からなかった自分と、敢えて"子供を産まない"と選択した人とでは、"子供がいない"と言う点では、他人から見れば同じ状況だが、一緒にしないで欲しい」と言ったようなナイーブな意見があった。

 これは功罪相半ばするネット社会がもたらした「それまで心で思っていても誰も口にしなかった本音を、匿名性を言いことに誰もがあけすけと語るようになった」弊害だと思うが、情報伝播力の強大なテレビ番組での「一般的には無名の人物の発言」が、「匿名による本音の発露」として、思わぬ形で誰かを傷つけていることの典型であろう。

 結局、テレビの前の視聴者にとって、テレビで取り上げられる「素人の本音発言」は、その人物の属性が明らかでないが為に、ネット上の「匿名による発言」と何ら変わりがないのだ。それがもし、たまたまある人のアキレス腱を突こうものなら、冷淡で嫌味と受け取られる可能性が高い。

 「ネット以前」の世界ならば目に入らなかったであろう言葉が、今や不特定多数の人の目に容易に入る時代。しかもテレビ界がネット社会の影響を受けて、「匿名性の高い本音」を、速報性を売りにするテレビの性質上、十分な吟味もなしに安易に取り上げるものだから、誰かにとっては目にしたくない言葉、耳にしたくない言葉も、否応なく不特定多数の人々のもとに届く。

 こうなると、受け手である視聴者は、「誰かがポロリとこぼす本音に、いちいち傷ついてはいられない」とばかりに精神的な逞しさ、否、鈍感さを身に着けるしかないのではないか?万人にとって心地よい言葉がないように、耳障りのない言葉もないのだから。

 冷静に考えれば、単に元々人々の内に存在していたものが、表に露わになっただけのことなのだ。「世の中にはいろいろな考えの人がいて、他人とはどうしても分かり合えない部分もある」と言うことを、改めて突きつけられてしまっただけなのだ。

 悲しいかな今の時代、ナイーブでは、心穏やかではいられない。 

2016/5/17

米原万理没後10年フェア〜心に効く愛と毒舌  文化・芸術(展覧会&講演会)

クリックすると元のサイズで表示します 私が敬愛してやまないロシア語会議通訳、作家、そしてエッセイストとして活躍された米原万理さんが亡くなられてから今年で10年。月日が経つのは本当に早いなと思います。

 その米原さんを偲んで、今週20日(金)より26日(木)まで、東京駅最寄りの八重洲ブックセンター本店8階ギャラリーで、その生涯と作品を辿る回顧展が開催されるようです(記念講演会は満席で、既に参加者募集が締め切られたようで残念!)

 ちょうど20日は東京に出る用事があるので、早速、会場へも足を運ぶつもりです!

 今年は没後10年を記念して、次々と米原さんのエッセイ集や関連図書が刊行されていて、私も早速4冊買い求めました。

 その才気は、つくづく50代の若さで亡くなられたのが惜しまれる鋭さです。ファンとしては、もっと、もっと米原さんの著書を読みたかった。

 60代の彼女なら、今の時代を"愛ある毒舌"でどう評したのだろう…

米原万理没後10年フェア

「米原万里さんのお話をもっと聞きたかった」(当ブログ 2008.3.6の記事)


2016/5/17

長生き願望はないが、出来れば病気は避けたい  はなこのMEMO

 友人と話をしていると、皆、口を揃えて「健康で長生きがしたい」と言う。

 一方、私には不思議なほど長寿願望がない。今まで(特に結婚してからは)十分幸せで、子供の頃の夢も殆ど叶ったので、もう十分に人生を楽しんだと言う満足感があるからだろうか?

 とは言え、残りの人生を不健康な状態では過ごしたくない。いつまで生きられるか分からないけれど、病気で苦しみながら死ぬのは出来れば避けたい(まあ、なかなか思い通りには行かないのが人生だけれど) 。

 その為にも健康情報は常にチェックしている。尤も最近、あまりにもさまざまな情報が溢れているので、それらにキャッチアップするのも大変だ(笑)。とにかく、気になった情報はメモってみる。

 今回は年齢的に気になる「血管」を強くする話 by 杉岡充爾医師(すぎおかクリニック医師)

 やはり「食生活」と「運動」と「生活習慣」がポイントらしい。これらに留意することによって、万病の原因であるストレスから身体を守り、血管の詰まりによる突然死を防ぐと言うことのようだ。

【食生活】

1.ビタミンCを、毎朝のレモン水やサプリメントで摂取する→ビタミンCは抗ストレスホルモンを作る材料であり、血管を強くするコラーゲンの材料でもある。免疫力を高める作用もある。

2.良質な油(オメガ3)〜青魚の油DHA,亜麻仁油、ゴマ油を選ぶ→良質な油には60兆個から成る細胞の細胞膜を作る働きがあり、細胞の強化に繋がる。抗炎症効果も高い。亜麻仁油は熱に弱いので、炒めものではなく、直接、生野菜や豆腐や納豆にかけると良い。

3.レインボーダイエット:毎日、違う色の野菜を摂る→カラフルな野菜の中にはさまざまな種類のファイトケミカルと言う物質が含まれており、これらは強い抗酸化作用を持ち、血管が酸化し、錆びるのを防ぐ。

【運動】

 ドローイングを行う:お腹をグーと凹ませ、この状態を30秒間維持する→この運動によって内臓脂肪を減らすと、脂肪細胞からアディポネクチンという生理活性物質が分泌され、これが血管にこびりついたプラークを除去してくれる。

【生活習慣】

 朝1分間の深呼吸→深呼吸することにより、抗ストレスホルモンを消費し、血管の緊張を招くと言われる「自律神経の緊張」をほぐす。朝のこの習慣で、その日の自律神経のバランスが保てる。

 いずれも特別なことではなく、コストがかかるわけでもないので、気軽に取り入れられそうだ。あとは続けられるかどうか。

2016/5/16

親の問題、子の問題  家族のことつれづれ

 私の母方の家系は長寿で、祖母は105歳の大往生だった。曾祖母も90歳を過ぎて亡くなったそうだ。母は今年の夏で80歳になる。

 祖母は10人の子供を産み育て、90歳頃まで頭もしっかりしていたが、母は父を亡くしてから8年、最近になって痴呆の気が出て来た。先日、母からうちに掛かって来た電話で、そのことに気付いた。すぐさま、同居の弟に電話で確認した。

 最近、弟が母を大学病院に連れて行き、脳の検査をしたところ、脳に萎縮は見られず、器質的には50代の若さだと言われたそうだ。しかし、精神に異常を来している。被害妄想で隣家の方をストーカー呼ばわりし、ご迷惑をおかけしたらしい。

 現在は心療内科に通院し、精神安定剤と睡眠薬を処方して貰っているが、薬を飲みたがらず、弟を困らせているらしい。昔の母を知る娘としては、母が「自分」を失いつつあるのが哀しい。

 父方の祖父や父は70代半ばで老人性痴ほう症を発症し、母は合計10年近く、ふたりを在宅介護した(祖父の介護は、当時中学生だった私も手伝った)。弟夫婦は結婚以来ずっと共働きなので、これまで家事の一切を母が担って来た。60歳過ぎまで食肉加工の会社で働いてもいたので、ずっと働き詰めの人生だった。

 祖父が実業家として成功し、高校卒業時までは家にお手伝いさんもいたお嬢様育ちの母が辿った人生は、特に乱暴者(勤勉だが短気で喧嘩っ早い。病気で倒れるまでは大酒飲み)の父と結婚してからは順風満帆とは言えなかった。5人の子宝に恵まれたが、幼い娘を交通事故で亡くしてもいる。

 今で言うところのDVに悩んだ人生だったと思う。父は痴呆症になった晩年も母に暴力を振るったらしい。父が亡くなって正直ホッとしたとも言っていた母だが、同時に喪失感も大きかったようで、父が亡くなって以後はどこか寂しげだった。

 せめて打ち込める趣味のひとつやふたつあれば、何でも言い合える親しい友人が身近にいれば、母の現状もまた違ったのではないか?痴呆症の発症もここまで早まらなかったのではないか?

 母は果たして幸せだったのだろうか…

 悪いことは重なるもので、夫の両親も体調がすぐれず、現在ふたりとも入院中だ。私達夫婦は遠距離に住んでいるので、細かなことはどうしても地元に住む弟夫婦に頼ることになってしまうが、そうすると特に実質世話をしている弟の妻の負担をどうしたら減らせるか、夫は今、福岡に嫁いでいる妹と話し合っているところだ。

 父の入院が長引けば、私が行くことも考えなければならないが、2月に帰ったばかりで、また空路行くとなると交通費の負担が大きい。今、ネットで遠距離介護について調べているが、人によっては、やはり交通費だけで月に10万円もの負担になっているケースもあった。それだけ大きな負担をして、子世代は自分達の老後資金の手当ては大丈夫なのだろうか?それとも、親の死後、遺産相続で相殺されることが前提なのか?

 我が家の場合、私自身は父が亡くなった時、父には、両親と弟家族が住む自宅と土地ぐらいしか資産はなかったので、それを売り払ってまで現金化しろとはさすがに言えず、弟以外の姉妹は全員相続を放棄した。夫の両親もそれなりの蓄えがあるとは言え、それは両親自身の老後の為であり、遺産相続など端から期待出来ない。現に私達夫婦はこれまで、結婚する際にも、自宅を購入する際にも、親からの援助は一切受けておらず全て自力で賄って来た。

 夫の両親に関しては今後ますます介護が必要になって来ると思うが、両親の住む長崎でも公立の介護施設は不足しており、入所はかなり難しい状況らしい。それ以前に父が介護ヘルパーを自宅に入れることさえ嫌がって、弟夫婦が説得して、最近になって漸く週に1回ヘルパーさんに来て貰えるようになったぐらいだ。両親は地元への拘りも強く、自宅を離れることは頑として聞き入れそうにない。暫く、この両親のことで頭を悩ませそうだ。

 首都圏も同様に公立の介護施設は不足がちで入所は難しいらしいが、友人知人は比較的恵まれた人が多いのか、親御さんを私立の有料介護老人ホームに入所させているケースが多い。結局、身も蓋もない話だが、介護問題もお金が解決すると言うことなのだろうか。

 教育を巡る問題にしても、介護問題にしても、実にさまざまな家庭の事情があり、格差を感じるご時世である(尤も、元々あった格差が、現在さまざまな形で露わになっただけなのかもしれない)。 

2016/5/13

『アイ アム ア ヒーロー』(日本、2016)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 R−15指定のホラー色強い映画だけれど、大泉洋の持前のキャラクターの明るさで、辛うじてデート・ムービーでも行ける作品

 本作、広義で「ゾンビ映画」にカテゴライズされるようです。日本ではなかなかゾンビ物はヒットしないと言われる中、現時点で興収15億円に迫るヒットらしい。

 私は基本的に血しぶきがドバーッと出るスプラッター映画は苦手なのですが、たまたま最初に(日本未公開なのでテレビで)見たゾンビ映画が、コメディ・タッチのサイモン・ペグニック・フロスト主演の『ショーン・オブ・ザ・デッド』(英、2004)だったので、以来なんとなくゾンビ映画には抵抗感がなく、王道のジョージ・ロメロ監督作から派生作まで結構数多く見ています。
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 ゾンビ映画には、ゾンビ対人間の攻防戦を通じて、人肉を貪り一見残虐に見えるゾンビよりも、人間の方が残酷で醜悪と言う一面が描かれているようで、そのテーマに、単なるホラーを超えて奥深さを感じるんですよね。「その実、一番恐ろしいのは人間なのだ」と。

 当初の設定では能力に限界のあったゾンビが、新作が出るごとに進化しているのが笑えるんだけれど。なんだかんだ言って人間が無敵ですからね。ゾンビもそれに対応しなくては"絶滅"してしまう(笑)。

 本作「アイ アム ア ヒーロー」は例によって漫画が原作のようですが(日本は本当に漫画原作の映像化が多い。それだけ漫画文化が隆盛を極めていて、他国と違って物語の作り手がシナリオ?界、小説界、漫画界に分散されているのでしょう)本作が漫画の実写化作品として画期的なのは、日本映画が従来避けて来た「グロ」を積極的に描いたことにあるようです。

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 日本は一時期、運動会でも徒競走で順位づけを避ける小学校があったなど、一時が万事、現実の厳しさや残酷さを見せない「オブラート包み)」体質があって、それは映画の世界でも見られるもの。それは地理的に周囲を海に囲まれたことで、歴史的に外敵からの襲撃の少なかった島国育ちならではの温和な国民性に起因するものなのかもしれません。

 日本にも人々が血で血を争う戦国時代はあり、一般に応仁の乱から徳川開幕までの約150年間続いたと言われますが、片や中国は秦の始皇帝が統一を果たすまで、紀元前に実に550年も続いています。その後も広大な国土のどこかで常に戦争があり、日本とは戦争の経験値が違います。

 しかも日本は、幕末に欧米の列強から開国を迫られ、第二次世界大戦で敗北して米国に占領されるまで、歴史的に他国から支配を受けたことはありませんでした。結局、近代まで他国とまともな戦争をしたことがなく、たまたま日露戦争で勝利したことで自らの力を過信した(「所謂ABCD包囲網で追い詰められて仕方なく」説もある)日本は、成り行きで世界大戦に参戦することになってしまったように見えます。

 人間の喧嘩に例えるなら、幼い頃に同級生との肉体的な小競り合いを通じて"痛み"を知った人間は、大人になって喧嘩をする際、攻撃するにしても相手によって手加減が出来るけれど、そうでない人間は戦い方を知らないので、限度を超えた攻撃で相手に必要以上に大きなダメージを与えてしまう。

 日本が先の大戦時の行為に関して、未だに隣国から執拗に責められているのは、戦争と言う極限状況の中で、恐怖のあまり我を忘れた日本軍が、軍人・民間人見境なく攻撃したことが、恨みを買ったのではないか?これも日本が他国と戦うことに慣れていないため、戦争するにしても踏み越えてはならない一線があること、手加減することを知らなかったのが原因のひとつと言えるのではないでしょうか?(中国が日本を見下す意味で用いる言葉「小日本」に象徴されるように、大陸に広大な国土を持つ中国から見て、「ちっぽけな島国」に過ぎない日本が、「身の程も弁えずに」中国に戦争を仕掛けたことも、中国としては腹立たしいのでしょう)

 もちろん最近は、隣国の政治体制維持の為のスケープゴート的な扱いで、日本が隣国民のガス抜きの理不尽なターゲットにされる側面も否めませんが…(中国も最近は国力が日本を上回ったせいか、「中華思想」を礎とする覇権主義がもたげて来て、何事にも強引な態度で迫って来るのが怖い。米国にもかつてほどの力はないし、日本単独、或は東南アジア諸国と共闘を結んでも、"暴れん坊大国"中国に対峙できるのか心配)

 ですから、近代から先の大戦までの日本と言う国の好戦的な態度は例外的なものであって、他国による支配によって理不尽な扱いを受けたことのない日本人は、基本的に温和な民族で、行動原理も人間の性善説に基づいたもの(←「平和ボケ」と言われる所以)だと思います。ゆえに映画でも徹底した残酷描写が苦手と言うか、出来ない。

 今回の「アイ アム ア ヒーロー」は、エンドロールでも瞭然ですが、メインのアウトレットモールでの感染者対人間の攻防シーンの撮影を韓国で1カ月間に渡り敢行したことにより、数多くの韓国人スタッフ、キャストが制作に参加しています。

 周知のように、韓国は千年以上もの長きに渡って中国の支配下にあり、民族のアイデンティティに関わるような屈辱的な辛酸を数多く舐めて来た歴史的経緯があります。

 しかも、「朝鮮戦争」以降朝鮮半島は南北に分断され、未だに南北間は「休戦状態(停戦ではないので、いつまた再戦してもおかしくない)」と言う不安定な情勢下にあり、若い男性には徴兵制も義務付けられています。

 そうした経緯が国民のメンタリティに影響を与えないわけがなく、"恨の国"と言われるほど、他国から虐げられ、プライドをズタズタにされて来たことへの恨みは深い(それは"情が濃い"と言う一面も持ち合わせている。外に向けての感情表現も比較的激しく、淡白な日本人を驚かせる)。さらに儒教思想で上下関係に厳しく、地縁を重んじ、日本以上に学歴社会であり競争社会である為、高ストレス社会とも言われています。


 因みに、韓国の執拗な日本叩きは、歴史的に日本に様々な文化や技術を伝えて来たと言う韓国のプライドを、「韓国併合」によって貶められたと言う恨みが、原因のひとつだと言われています。

 さらに上位の中国には長年に渡って虐げられ、今もその精神的支配からは抜け出せず(未だに対等に物を言える立場にはない)、一方、(単に自分達は大陸、日本は島国と言う理由で格付けた)下位の日本には、自分達が血を流した朝鮮戦争の特需で戦後復興を果たされるなど、韓国の日中両国に対する思いには複雑なものがあると思います。

 尤も、近年の電機や自動車産業の台頭で(←これも日本からの技術移転に依るところが大きいけれど)、韓国の日本に対する歪んだコンプレックスは多少解消されつつあるようです。特に高い教育を受け、海外の情勢を知る層は、リベラルな考え方を持っている人が多いとも聞きます。



 私は韓国と言う国自体はあまり好きではありませんが、韓国映画の完成度の高さは評価していて、日本公開作はよく見ています。

 これまで当ブログで何度も言及して来ましたが、韓国映画のエログロ描写は対象に対して容赦なく徹底していて、その迫力はハリウッドを凌駕していると思います。今回、本作のグロ描写が高く評価されているのは、この韓国が制作に関わったことと無縁ではないでしょう。

 非アジア圏の人々から見れば、外見は区別のつかない日本人と韓国人ですが(日本人から見ると、韓国人は大陸育ちと言うこともあってか、男女共に上背があり、骨格もしっかりして見える。筋肉のつき方も違う)、その内面は大きく異なります。

 常に隣にある大国からの圧力を感じ、同じ民族でありながら戦争状態にある隣国との関係でも緊張を強いられ、成人男性の殆どが実践的な軍事訓練を受けている韓国人は、「暴力」の何たるかを知っています。具体的にイメージも出来るのでしょう。一般的に「暴力」が想像の域を出ない日本人とでは、暴力に対する耐性も違うでしょう。そこが映画における暴力表現の具体性や残酷描写の徹底性にも、日韓の間に差異を生んでいるのだと思います。

 また、ドラマツルギーと言った技術的な面でも、韓国は日本に先駆けて創設された映画大学で培って来た実績があり、こと映画制作に関して、日本は韓国から学ぶべきことが少なくないのではと考えます(もちろん、日本にしか作れない、日本だからこそ作れる映画もあるにはあります)。 

 韓国映画のハリウッドや日本によるリメイク作品がオリジナルを超えて優れていることは殆どなく、日本映画の韓国によるリメイク作品がオリジナルを超えていると言うのは、残念ながら傾向として見られます。それぐらい近年の韓国映画の水準は高いです。 

【参考:韓国映画レビュー】

「母なる証明」(2009)
「ポエトリー アグネスの詩」(2010)

 キャストでも韓国人の起用が効いています。特にクライマックスの攻防戦で印象が強烈だった、脳の半分を失ったアスリート役のスキンヘッド筋肉質男は、実は韓国人ダンサーらしい。あの人並み外れた跳躍力と柔軟性は、本職がダンサーだったからなのかと、後で知って納得。

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 メインキャストに関しては、主演の大泉洋さんは素晴らしい。彼が醸し出す軽妙洒脱な雰囲気は、他の誰も持っていな彼の持ち味であり強み。シリアスな場面でも笑いが起きるのは彼独特のキャラの賜物でしょう。しかも今回はヒーローですから、「かっこいい」と来ている(実はスタイルも良い)

 今後も益々活躍するだろうと期待しています。特に彼の主演で映画が見たい

 実写版「ルパン三世」なんて、もう少し若かったら嵌り役だっただろうなあ…(小栗旬版を見たけれど、彼の場合、クールな面だけが強調されて、ルパン独特の軽みがないのが残念)

クリックすると元のサイズで表示します 有村架純ちゃんは前半はともかく、後半の使い方はもったいない気がしました。

 例えば、クライマックスの攻防シーンで、大泉洋さん演じる鈴木英雄がピンチの時に助けるなど、もっと活躍の場があれば良かったのにと残念。

 彼女は特に演技が上手いという訳ではないけれど、"旬の女優ならではの輝き"を持っていると思います。今の時代のアイコンのひとりでしょう。

クリックすると元のサイズで表示します 東宝の"姫"こと長澤まさみ嬢は昨年の「海街Diary」でも好演していたけれど、今回は今回で精悍な役柄が、彼女の伸びやかな肢体にマッチして印象的でした。

 東宝シンデレラ出身で容姿に恵まれているだけに、役柄も何となくワンパターンになりがちでしたが、(プライベートでもいろいろな経験を積んだようで)漸く自立した大人の女性として様々な役柄に挑戦できる年頃になって、今後は役柄の幅が広がりそうですね。厳しい演出家の指導の下、舞台経験なども地道に積んで行けば、演技力も磨かれるでしょう。
 
 これまでの経験を糧に、自信を持って前に進んで行って欲しいです。東宝シンデレラ史上、ポテンシャルは最高の女優だと思うので。


 本作は世界の三大ファンタスティック映画祭すべてで受賞とのことで、世界でも認められた作品のようです。日本発(チョット韓国風味)の本格的なゾンビ?映画。その迫力を、多くの映画ファンに楽しんでもらえたらと思います。


2016/5/10

チョイ住み in 台北(4月30日放送)  海外旅行(旅の記録と話題)

      「新年あけましておめでとう」のハグをする2人…
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 GW期間中の4月30日に放映されたチョイ住み第5弾台北編

 第1弾のパリ編に始まり、ロンドン、フィレンツェ、ニューヨークと欧米の都市を舞台に繰り広げられていた「チョイ住み」シリーズですが、今回は初アジアです。

 今回の「チョイ住み」、なんとなくこれまでのものに比べて、観光名所案内的な内容が多かったような気がします。フツーの旅番組にテイストが近づいてしまったと言うか…実際に旅行するに当たって参考になりそうな情報が満載と言えば満載だったのですが…他の方はどう感じられたのでしょうね?

 番組では「チョイ住み」のオススメとして、以下の5つのポイントを紹介しています。やはり、この条件を満たすには、海外でも都市機能が整っているところでないと難しいかもしれませんね。

 (1)アパートで滞在費を節約(台北の中心に位置する中山地区に2人で1万円/日)
 (2)公共の交通機関を乗りこなそう(バス・電車、地下鉄を利用)
 (3)季節の行事を楽しもう(今回は現地の正月行事を満喫)
 (4)顔なじみを作ろう(今回は近所のおばちゃん達に随分助けられました)
 (5)ご近所さんを訪ねてみよう(人懐こい台北の人々相手だから出来た?)

 写真は行天宮への初詣の様子
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 写真は「ランタン祭り」春節の時期に、無病息災や大願成就等、その年の願いを記した大ぶりのランタンを空に飛ばす行事。
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 今回の旅人は「JPOPのレジェンド」 (と番組ではナレーターのYOUさんが連呼されていた)藤井フミヤさん(53)と元プロボクサー(昨年、引退されたばかりなんですね。今は充電期間でしょうか?まだ、新しい肩書はついていませんね)亀田興毅さん(29)。

 まったく接点のないジャンルのふたりが、「チョイ住み」の企画で初めて顔を合わせ、1週間前後、見知らぬ土地で共同生活をすると言う試み。毎回、即席Buddy?の間に想定外の化学反応が起きて、それが楽しみでもある「チョイ住み」シリーズであります。

クリックすると元のサイズで表示します ふたりの今回の「チョイ住み」旅のテーマは「DEEPな台北を楽しむ」。ガイドブックにも載っていないような、ジモッティが利用するような場所まで分け入って楽しもう、と言うことのようです。

 今では旅先でも欠かせないツールとなったスマホをフル活用です(我が家も夫がsimフリーのスマホNEXUS5を持っているので、昨年の英国旅行では、初日に現地の空港の自販機でsimを買って活用。便利でした)。地図で場所を確認するのはもちろんのこと、翻訳アプリを使って市場で買い物をしたり…ただし、亀田興毅さんは初めての乗り物の中でも車窓の景色を見ずにひたすらスマホを見ていて、これはちょっともったいないと思いました。外には澄んだ青空の下、風光明媚な景色が広がっていたのに…旅先では、そこでしか経験できないことを優先させましょうよ!


 年長者と若者と言う組み合わせ、しかも年長者が料理自慢と言うのは、このシリーズの鉄板の条件のようで、今回のフミヤさんもファンの間では料理上手で知られた方なのだとか。今回は鍋料理を披露してくださいました。
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 やっぱり、こういうのは普段から作り慣れていないと、即席で作れないと思う…おいしそうです。
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 そして、中華圏は基本的に「外食文化」なのか、街の飲食店や夜市の屋台が充実していて、ふたりは外食も満喫されたようです。見ているだけでヨダレが出てきそう(笑)。価格も一皿200円から400円と、欧米に比べれば大分リーズナブルです。
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 今回、印象的だったのは共同生活で垣間見せるふたりの人間性です。個人的にはチェッカーズ時代のやんちゃな印象が強いフミヤさんですが、その後ソロ歌手としてキャリアを重ね、プライベートでも結婚し、父親として子供を育て上げただけのことはあります。昨年、プロボクサーとして現役を引退し、今後進むべき道を模索中の亀田興毅さんに、フミヤさんが人生の先輩としてエールを贈る姿に、「ああ、彼も(若者に一端の助言ができる)大人になったのだなあ」と、彼をデビュー当時から知る同世代として感慨深いものがありました。
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 現役中はヒールな役回りで周囲との衝突が絶えない印象の強かった亀田興毅さんが、今回見せる意外なほど素直で謙虚な姿は新鮮です。番組中、「行天宮地下の占い横丁」で占い師(の通訳さん)が指摘されていたように、実際は飾らない率直な物言いが、思わぬ誤解を生んでしまうような不器用な人なのかもしれません。

 特に日本ではトップレベルの業績を残すようなアスリートは、(勝負に拘る周囲がそう仕向けているのか)幼い頃からストイックに競技に打ち込むあまり、それ以外のこと(学業や一般常識等)がおざなりになる傾向があります(対して米国では、例えばソルトレイクシティー冬季オリンピック女子フィギィアスケート金メダリストが、後に医学の道に進み医師になっています。メジャーリーガーにもアイビーリーグ大学出身者が少なくないとか。しかも、日本の"名ばかり学士"とは違い、文武両道が当たり前らしい)

クリックすると元のサイズで表示します しかし、殆どのアスリートの選手生命は思いのほか短く、引退後には長い第二の人生が待っています。

 アスリートは華々しい人生のピークが若いうちにあり、その後に長い長い"余生"が待っている、とも言えるのかもしれません。

 それだけに、(引退後の)長い人生をどう歩んで行くのかと言う悩みは、一般の人間以上に深いのかもしれません。

 とは言え、引退後の人生を"余生"として過ごすのか、過去の栄光は過去のものとして新たな人生を充実させるのかは、今後の亀田興毅さんの奮起にかかっていると思います。世界チャンプにまで上りつめた直向きさで、セカンドステージも頑張って欲しい(興毅さんはつい最近までビールも殆ど口にしたことがないと言っていましたね。現役時代はボクシング第一の生活で、飲食もかなり節制していたのだとか)

 「チョイ住み」旅も後半に入って、すっかり打ち解けたふたりが、アパートで酒を酌み交わしながら話し込むシーン。そこには、これからの生き方に悩む若者を、人生の先輩が温かく励ます姿が映し出されていて、胸にジーンと来るものがありました。 


 寝起きを共にして、同じ釜の飯を食い、酒を酌み交わしながら語り合う。旅先での共同"生活"が、互いの距離を一気に縮める「チョイ住み」旅の面白さは、今回も健在でした。


 ひとつ違和感を覚えたのは、旅もクライマックスで、ご近所のお宅の新年会にふたりが訪れた際に、そのお宅のテレビにふたりの過去の華々しい映像が映し出されたことです。NHKのスタッフが用意したものでしょうか?その映像を見た途端、ご近所の方々の態度が一変しました。もちろん、それまでもホスピタリティ溢れる心遣いを見せてくださったご近所の方々ですが、ふたりが片や日本を代表する歌手のひとり、片やボクシングの元世界チャンプと知るやいなや、一緒に写真に納まりたいとせがむ等、ふたりを見る目が明らかに変わりました。

 少なくとも今までの「チョイ住み」では、現地で出会った人に対して、制作側が気を回して(「この人は実はこんな人なんだよ」と)旅人の肩書について言及するようなことは殆どなかったと記憶しているし(例えば、ロンドン編で辻仁成さんが、自身のツィッターの現地在住フォロワーと会う、と言うようなケースはあった)、私達視聴者から見れば著名な方々が、肩書を抜きにした一旅人として現地に溶け込んで行くさまを興味深く眺めていたわけです。

 それなのに今回に限って、「最後に種明かし」のような映像を現地の人に見せるのは何の意図があってのことでしょう?そこにあざとさを感じたのは私だけでしょうか?そもそもテレビカメラが常に帯同している時点で、現地の人々がふたりの立場を斟酌しているのは分かりきったことのはず。

 あのシーンがなくともこの番組は十分成立するし、あのシーンがなければ、私の中では完璧な「チョイ住み」でした。まさに「蛇足」で、あの演出はチョイ残念

 毎回、寝る前の本音カメラへの独白も楽しいです(笑)。
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番組情報が満載の:「チョイ住み公式FACEBOOK」


2016/5/7

息子の愛車でドライブ  家族のことつれづれ

 息子がGWの帰省を終えて自分のアパートに戻ると言う日に、息子の愛車で横浜へ約1時間のドライブを楽しんで来ました。

 息子の愛車はHONDAのBEATと言う車種で、なんと息子と同い年の25年物の2人乗り軽自動車。軽ながら、その走りはスポーツカーのようで、エンジン音をブルンブルン唸らせて疾走します。運転中の息子は、5MTのシフトチェンジを楽しんでいるようでした。息子の愛車はハードトップタイプで、屋根の部分を取り外せばオープンカーにもなるようです。

 このBEAT、発売総数は約34,000台で、発売から25年経った現在も未だ6割(約20,000台)が現役なんだとか。マニアックなファンが今も大事に乗り続けているようです。そんなファンの一部がYOU−TUBEにも動画を多数アップしています。

HONDA BEATの試乗レビュー(動画)

 息子は3人目のオーナーで、最初のオーナーが20年乗った後、息子の大学(部活)の先輩が5年程乗り、先輩は先ごろHONDAから発売されたS660を購入したのを機に、このBEATを息子に格安(キャリアで販売されているスマホ1機の値段位)で譲って下さったそうです。

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 実際に助手席に乗っての感想は、まず車高が1.2mにも満たない低さではっきり言って乗りにくい(笑)。座席のすぐ後ろにエンジンが搭載されているので走行中のエンジン音は半端なく?ウルサイ(笑)。

 実はこの車高の低さ(=視線の低さ)と、うるさいほどのエンジン音が、実際以上の疾走感(加速感)を感じさせてくれるようで、それが車好きには堪らないのだとか。パワステも非装備なので、コーナリングでは力づくでハンドルを操作しなければならないのですが、それもドライブの楽しさに繋がっているのだとか。車を単なる移動の道具だとしか考えていない私には、ちょっと分からない感覚です。

 車内も運転手本位の作りで、運転席により広いスペースを割いた為、助手席はやや狭め。さらに190CM近い長身の夫(息子は180CM)だと天井に頭がつきそうで、足元もかなり窮屈でしょう。それが分かっているのか、夫は今回、息子の愛車を外から眺めるだけで、乗ろうとはしませんでした。斯様に、あくまでも走行性を重視した必要最低限の居住スペースなので、荷物も殆ど積めません。

 私が乗ると、私の重みで走りが鈍ると、息子は愚痴る始末。

 どう見ても、"クルマ好きの人間が趣味で乗る"車ですね(笑)。

クリックすると元のサイズで表示します 今回は、いつもは電車で行っている横浜のみなとみらい地区や山下公園界隈をドライブしました。

 これまで何度か車で来たこともあるのですが、息子の運転するBEATの車窓から見る景色は少し違ったものに見えました。

 車高の低さによる違いなのかもしれませんが、道行く人から見下ろされているような感覚が面白かったです。信号待ちで止まっていると、中には不思議そうに私達の車をジロジロ見る人もいました。

 似たようなデザインの車が氾濫する中、25年前の車であるBEATを知らない人から見れば、そのフォルムは十分個性的なんでしょうね。

 今回、近隣のホンダ・ディーラーに点検に出して整備して貰ったので、車のコンディションもバッチリ

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 丸っこいお尻が可愛い(笑)。作られてから25年も経っているとは思えない見た目…これまでのオーナーが大事に大事に乗り継いで来られたのでしょうね。

 これから先、あと何年乗れるか分かりませんが手入れをきちんとして、(レーサーじゃないんだから、コーナリングでの加速もほどほどに)とにかく安全第一で運転して欲しいです。
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2016/5/3

GW前半、遠出しなくても結構楽しめる♪  はなこ的考察―良いこと探し

 GWも後半に入りました。前半は比較的天気に恵まれた関東も、後半は中国大陸から来た低気圧で雨模様になりそうです(←結局、雨だったのは水曜日の夜中だけで、日中は低気圧一過の後の雲一つない晴天でした。しかし、相変わらず強風)

 息子が幼かった頃は、全都道府県を旅すると言う目標もあり、GWには積極的に各地へ旅行に出かけた覚えがあります。しかし、ここ10年程は遠方に住む親が年を取って来たこともあって、郷里に帰省する回数が増え、その出費が嵩んでいるので、国内旅行は控える傾向にあります(逆に、年を取ると長時間のフライトが耐えられなくなるだろうと思い、年に1回の海外旅行は続けて来ました。我が家の経済力ではそれが精一杯)

 宿泊を伴う旅行の代わりに、値ごろな「はとバス」の日帰りツアーをよく利用しましたが、それも興味のある場所はほぼ回った感があり、今年は参加しませんでした。

 それで今年のGWは近場で遊んでいます。これが意外に楽しい。

 考えてみれば、この時期、関東は気候が安定して、花々も咲き乱れ、新緑も美しく、各地でさまざまなイベントも行われています。特に今年は魅力的な展覧会が目白押しの印象。面白そうな映画も、近くのシネコンで続々公開中。わざわざ遠出しなくても、日替わりでいろいろ楽しめます。

 私の場合、28日(木)に北関東の息子を訪ね(片道2時間半の電車の旅!)、29日(金)の朝に息子の車で自宅に戻って来て、30日(土)は近所のシネコンでレオナルド・ディカプリオ主演、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の映画『レヴェナント』を見て、5月1日(日)は最近出来たショッピング・ビルを見に愛車のママチャリで往復約1時間のサイクリング、昨日の2日(月)は東京国立博物館で開催中の『黒田清輝展』を見て来ました。今日は家族3人で映画『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』を見た後、行きつけの中華レストランで久しぶりのランチ

 あとやっていないのは「街散歩」くらいでしょうか?しかし、GW後半は天気が崩れるそうなので、街散歩は無理かもしれません。そうなるとシネコンで映画か、自宅で録りためた国内外のドラマを見るか、はたまた読書でノンビリ過ごすかもしれません。来る8日(日)は我が家のGWの〆として、生協で入手したチケットでピアノ・リサイタルを聴きにミューザ川崎へ行く予定です

 先日、ネットに、「主婦はGWを自宅で過ごすとなると、家族の世話に忙殺されて、普段より却って忙しい→GWは要らない」と言う記事がありました。何となく分かるような気がする。主婦は旅行にでも行かない限り、家事から解放されることはないですからね。プラス家族の世話となったら、ストレスも溜まるでしょう。

 旅行に行かないのなら、せめて日によっては3食の内1食を外食にするとか、家事の一部を他の家族が手伝うとか、幾らかでも主婦の負担を軽減するように工夫すれば、主婦もご機嫌でGWを過ごせると思います。

 「母の日」も近いですしね

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