2015/7/29

いじめ問題について〜苦しかったら我慢せずに誰かに助けを求めよう  はなこ的考察―良いこと探し

 いじめが原因による被害者の自殺の報道を目にする度に、どうしてこうも悲劇が繰り返されるのだろうと暗澹たる気持ちになる。

 残念ながら、人間には想像力を働かせたり、未来について考える聡明さを持っている一方で、愚かで精神的に弱い一面がある。

 自分と他人とを比べることで、自分の向上心に繋げる努力家である一方で、他人を意図的に貶めて、相対的に自分が優位に立とうとする狡猾な一面(=他人の弱みに付け込む意地悪な一面)も持っている。

 人間の正の側面が社会の発展を促したのだとすれば、人間社会で一向になくならない差別や争いは人間の負の側面がもたらしたものなのだろう。その両面を以って、人間と言う存在なのだと思う。

 だから、人間が存在する限り、人間の性(さが)として、差別も争いもなくならない。いじめも、それと同一線上にあるものなのだろう。

 だから、それを踏まえて、対処するしかない。対処しなければ、社会から排除されるだけだ。いじめに耐えかねて自ら命を絶つことも、結果的に、弱肉強食的な残酷な一面を持つ人間社会から排除されたことと同じだ。

 そうなる前にどうにかならなかったのか?対処次第では、どうにかなったのではないか?

 なぜ、誰も被害者を救えなかったのか?親は救えなかったのか?もし兄弟姉妹がいるなら、その兄弟姉妹は救えなかったのか?友達は救えなかったのか?教師は救えなかったのか?

 被害者本人は、誰かに助けを求めることはできなかったのか?特に自分を誰よりも心配してくれる親、或いは信頼できる身近な大人に助けを求めなかったのか?優しい子ほど、良い子ほど、親に心配をかけまいと、いじめられてることを親に隠そうとする傾向が強いと聞くが、そのままで良いはずがない。

 それって、良い子であること、優しい子であることの方向性として間違っていないか?優しさは、自分より弱い立場か対等な人に対して向けられるべきものだろう。少なくとも年端の行かない子どもは、親より未熟で無力である。親に保護されるべき存在である。

 だから、自分が追い詰められているのに、親のことを気遣うなんて間違っている。その間違った気遣いで、誰にも、親にさえ助けを求めずに、自分がどうしようもなく追い詰められ、自ら命を絶ったとしたら、それこそ最も望まない形で親を悲しませることになる。最も親不孝な結果になってしまう。

 何が最も親不孝かと言えば、子どもが親より先に死ぬことだ。しかも自ら命を絶つなんて、最もやってはいけないことだ。自ら命を絶つくらいなら、親に助けを求めるべきだ。気力を振り絞って、「お父さん、お母さん、苦しいよ。助けて!」と言えばいいのだ。

 普段から、親もそのことを子どもには何度でも話して、理解させる必要があるのではないか?

 親は親で、どんなに忙しくても、子どもにはしっかり目配りしなければならない。ほんの些細な変化にも気づくようにしなければならない。子どもの兄弟なり、友達なり、友達のお母さんなり、近所のおじさん、おばさんなり、あらゆるアンテナを張り巡らせて、子どもを見守らなければならない。

 子どもを不本意な形で失うぐらいなら、そんなこと何でもないことのはずだ。忙しいなんて言い訳はできないはずだ。


 私の親としての体験はごく個人的なもので、誰にでも役立つ万能な対策とは言えないかもしれないが、ここに記しておきたい。

 一人息子は小学校5年生の時に同じクラスの子からいじめに遭っていた。未だに犯人は確定していないが、目星はついている。意外にも普段は息子と親しくしていた子だ。

 幸か不幸か、当時の息子は幼く、自分がいじめられていると言う自覚はなかったようだ。異変に気づいたのは私の方だった。

 1学期も終わり頃、息子の国語の教科書がなくなった。最初は息子がどこかに忘れたか、なくしたかと思っていたが、暫くして、あり得ない場所で見つかった。

 ほどなくして、また同じ教科書がなくなった。ここで初めて担任の教師に相談した。「教科書がなくなったのはこれで2度目です。しかも短い期間に。おかしくないですか?」結局、この時はとうとう教科書は見つからず、担任教師の予備を譲っていただいた。この時点でも、特にクラスに対して、教師の働きかけはなかった。

 その後、上履きもなくなった。これも後であり得ない場所で見つかった。私はいじめを確信した。

 そしてダメ押しの3度目の国語の教科書の紛失。私はかなり強い調子で「これはいじめではありませんか?クラスに何か問題があるのでは?」と担任に言ったが、教科書を再び融通はしてくれたものの、担任はいじめの存在を認めなかった。

 担任への不信感を募らせたまま、その学年を終えた。

 実は、それ以前から、別のクラスの男子に、息子は蹴られたり、叩かれていたらしい。それを偶々目撃した私の友人が直接注意したところ、いじめっ子は「こいつ、いつもニコニコ笑っているのが気に食わない」と応えたそうだ。その子には後にカッターナイフで机の中にあったお道具箱をズタズタに切り裂かれたりと(目撃者がいた)、執拗な嫌がらせが続いていたし、さすがにカッターの件は学校でも問題となったので、校長先生も巻き込んでのいじめ問題に発展した。

 社会に出ればいろいろな人間がいて、良い人ばかりでもない。その現実を踏まえて、公立校で多様な背景を持つ子ども達の中で揉まれると言う選択肢もあるにはあったが、結局、息子のおっとりした性格や将来の大学進学も考慮して、中学からは全人教育に力を入れている横浜の私立校に入学させた。

 とにかく、親はおかしいと思ったら、早めに動く。担任に相談する。担任が当てにならないなら、学校なんて休ませるか、いざとなったら転校させても良いではないか?環境を変えることで、子どもも気持ちをリセットできるはずだ。そもそも死を考えるまで追い詰められていると言うことは、周りのクラスメイトや友人もわが子の力になれなかったと言うことだ。その程度の関係と言うことだ。そんな環境に執着する必要などないだろう。

 いじめ問題解決の為に教育委員会云々と言う話もあるが、いじめと戦うことにエネルギーを注ぐより、わが子を救うことに意識を集中することの方が大事なのではないか?わが子が心の健康を取り戻せる環境を、新たに探してあげる方がより確実で、解決も早いのではないか?どこかに、わが子の居場所は必ずあるはずだから。

 子どもを失うくらいなら、その前に出来ることが幾らでもあるはずで、他人の無責任な噂なんて気にしなくていい。わが子の人生に深く関わり、その命に責任を持てるのは、結局、親しかいないのだから。

 結果論になるが、その後息子は横浜の学校で、何の問題もなく学校生活を送ることができ、親友と呼べる友人とも出会えた。学校の教育方針も息子の性格には合っていたらしく、息子の長所を伸ばすには適切な環境だったようだ。現在社会人として、自分らしさに自信を持って日々を前向きに生きる心の礎は、この時代に培われたのだと思う。


 今、いじめに苦しんでいる子どもがひとりでも多く、新たな自分の居場所を見つけて救われますように… 

2015/7/29

息子の金銭感覚  家族のことつれづれ

 先日、2次研修先の工場で現場作業に勤しんでいるはずの息子から電話がかかって来て、自分の現在の勤務先の住所を教えてくれと言った。

 仮の仕事場なので、まだ自分の名刺も持っていないのは仕方ないとしても、勤務先の住所くらい手帳にメモしておけよと思いつつ、その場でググッて住所を調べ、教えてあげた。

 息子が電話して来たのは銀行からで、息子が定期預金をするに際して、手続き上、息子の身元確認が必要だったようだ。入社して4カ月。息子は蓄財に余念がない。


 息子は幼い頃からあまり物欲がなく、私達親に物をねだったことが殆どない。尤も、仮に何か欲しいと言っても、「ウチにはそんな贅沢品を買う余裕はありません」とけんもほろろな親なので、どうせ買って貰えないと端から諦めていたのかもしれない。

 以前、当ブログにも書いたが、息子は自動車運転免許の取得資金も、家庭教師のバイトをして1年余りかけて貯めたお金で賄った。その際には、自分で稼いだお金は一円も無駄に出来ないと、息子が大学生協から短期間で割安に運転免許が取得できる合宿タイプの自動車学校のパンフレットを何冊も持ち帰って、傍から見ると笑える位真剣な眼差しで学校選びをしていたのを覚えている。

 今思えばこの時の経験が、「目標に向かって地道に貯蓄することが自分にも出来るのだ」と言う自信になったのではないか?逆に言えばこの時に、何らかの目標を定め、それに向けて貯蓄に励むことの大切さを、息子は身を以って学んだのかもしれない。

 拘ればキリがなくお金を使ってしまうものに"おしゃれ"がある。息子はファッションにも拘りがなく、とりあえず着られれば良いと言う考えの持ち主なので、大学時代は親が何も言わなければ、もっぱらユニクロで買ったジーンズとTシャツを着ているような子だった。しかもTシャツの柄はナンセンスなアメリカの漫画のキャラクターだったりする。そんなダサ男ぶりが、年齢=彼女いない歴の原因のひとつなのかもしれない
 
 親のひいき目もあるかもしれないが、父親に似て180cm近い長身でスレンダーな息子は何を着てもそれなりにサマになる。顔も細めの阿部寛と言った趣。しかし、その恵まれた容姿(チビデブの私から見たら、その手足の長さ、ほっそりした長い指は羨ましい限り…)を生かそうと言う気がさらさらないようだ。

 そんな息子が高校時代のある日、友人の買い物に付き合ったら、友人がごく当たり前のように価格が1万円以上はするブランド物ジーンズを買うのを見て驚いたらしい。「そのブランドを知らなければ、それが1万円以上もする商品だとは分かるはずもない。僕にとってジーンズはジーンズでしかない。それが1本2、000円であっても、1万円であっても、服としての価値は同じ」と言うのが、息子なりの価値観のようだ。

 しかし、放っておいたら着たきりスズメも辞さない息子の無頓着ぶりに堪りかねて、カジュアルブランドの服を買ってあげたこともある。それでも、いつだったか日経新聞の一面で見かけた同世代の親子の消費行動には、我が家は到底及ばないことを思い知った。記事には、私と同世代の母親が、時々大学生の息子と銀座に出かけ、息子にデザイナーズ・ブランドのジャケットを買ってあげる、とあった。千葉の地方都市在住の親子だったが、元々の経済力の差なのか、世の中には金持ちも多いのだなあ…


 息子が就職してから、最初の研修先へ自宅から通勤していた2ヶ月間には食事代、家計補助と称して合計8万円ばかりを息子から貰った。その時には内訳の明細書まで貰った。その後は小遣いと称して月に1万円を貰っている。それでも、平日の昼食と夕食は社食で済ませ、週末は殆ど帰省もせず、地元で映画を見て過ごしたり、近隣に観光に出かけたりして、殆どお金を使わない生活らしく(同期入社の中には既に自動車やバイクの購入ローンを抱えている人も少なくないらしい)、夏のボーナスも寸志程度だったのに、普通預金口座には既に数十万円余り入っていたらしい。今回、その内の50万円を定期に回したようだ。

 尤も、今回の定期預金(普通預金の担保になるタイプのもの)は、私のアドバイスに従ったまで。就職前に、貯蓄計画をどうしたら良いのか、息子から相談を受けていたのだ。とりあえず不測の出費に備える為の貯蓄として、100万円貯めるのを目標とし、普通預金口座に入れたままでは勿体ないので、普通預金に自動融資するタイプの定期預金とする旨をアドバイスした。

 寮での仮住まいだし、娯楽の乏しい地方都市で仕事中心の生活だからこそ、短期間にこれだけ貯められたのかもしれないが、息子はお金に無頓着な夫に比べて、かなり金銭感覚はしっかりした人間のようだ。しかし、貯蓄が最優先で普段の生活が侘しいものになっては本末転倒なので、食費はケチらず美味しい物をちゃんと食べて、適度に遊ぶことも大事だよと、一応釘を指しておいた

 親としては、息子には大過なく、怪我なく、健康に過ごして欲しい。それだけ。

2015/7/27


 このところ夏バテもあって、何となく人と関わることが面倒臭くなって、自分から人を遠ざけていた部分があった。しかし、つい最近、ボランティア先で同僚とひとしきり話したり、帰りに駅のカフェでお茶したり、連れ立って別の美術館の展覧会へ足を運んだり、かと思えば郷里の親友から電話がかかって来て、互いの近況やら、夏の旅行計画やら、いろいろしゃべる機会があった。すると、相手の寛容さ、懐の深さに感心する一方で、自分の独善的なところや頑なところに気づかされた。

 やっぱり人間が社会的な動物である以上、自分もひとりの人間として、他者と関わることは大事なんだなと改めて思った。

 同じモノゴトも、人によって捕らえ方はさまざまである。同じモノを見ても目のつけどころ、感じることは違う。特に自分と異なった背景を持つ人の視点は新鮮である。

 価値観を共有する似た者同士でいること、一緒に行動することは楽には違いないけれど、たまには違うタイプの人と行動を共にして、予想外の意見をぶつけられてドギマギしたり、返事に困ることがあっても良いのかもしれない。それが却って普段とは違った"気づき"を与えてくれるのだから。

 年を重ねれば重ねるほど、とかく人間は頑固になりがちだから、努めて毛色の違った人と交わって、凝り固まった心や脳をほぐすよう心がけるとしよう。

 (私はトロくて当意即妙な返事はどうも苦手で)その時の自分の反応や態度が、相手にどう思われたか知る由もないけれど、少なくとも私は話を終えて別れた後も暫くは相手の言葉を反芻して、自分を省みる材料にしている。いろいろと気づきを与えてくれた相手には感謝している。

 
 しかし、ホント、この暑さどうにかならんかね?エアコン付けても、室内30度超え

 写真は本文と全く関係ないですが、10年近く前にバッキンガム宮殿前で撮った息子の写真。3月のロンドンには珍しく?雲ひとつない快晴です。
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2015/7/22

映画鑑賞どころではなかった…   日々のよしなしごと

 今日は映画館のレディースデイで、ピクサーアニメの『インサイド・ヘッド』を見て来た。

 既に先週辺りから、上映作品のラインナップは夏休みのお子様向けが中心になっていて、大人が楽しめる作品は殆どない。殆どない大人向けを、私はあらかた見てしまったので、今日は大人でも十分楽しめる良質なピクサー・アニメを見ることにした。

 ピクサー・アニメを見るにしても、普段から決まって字幕版である。台詞がスラングのない英語だから、リスニングの勉強を兼ねている。

 ところが、今回地元にある3つのシネコンでは、2D版も3D版も上映は日本人俳優による吹き替え版のみ。仕方ないので(まあ、今日は映画を見ない、と言う選択肢もあったわけだけれど…そういう日もままあるし…)、往復千円近い交通費と約2時間をかけて、字幕版を上映している都心の映画館まで足を運んだ。

 いよいよ場内が暗くなり、予告編の上映が始まった。

 あれ?私の幻聴?私の後方から赤ちゃんの「なん(口偏に南)語」が聞こえて来る。赤ちゃんがぐずりそうになると、ゴソゴソと音を立てカバンから何かを取り出し、赤ちゃんの口に何か食べ物を含ませている音も聞こえる。

 うわぁ、これじゃあ、映画に集中できないよ。困ったなあ。

 本編が始まっても、それが暫く続いたので、正直、映画どころではなかった。できるだけ字幕を見ずに英語の台詞を聞き取りたいと思っても、後方の音が気になって集中できない。

 うーん、どうしよう。振り返って注意(お願い?)しようかな…と思いあぐねていたら、漸く後方が静かになった。

 本編上映が終了し、ロビーに出たら、抱っこひもで赤ちゃんを抱えた若い女性が立っていた。結局後方を確認したわけではないので、はっきりとしたことは分からないが、私の後ろの席に座っていたのはこの母子だったのだろうか?

 字幕版を選んだのは、台詞をオリジナルの英語で聞きたいと言う思いもさることながら、夏休みの子供連れが殆どの場内で、ザワザワと落ち着かない雰囲気の中見るのも、気が引けたからだ。

 吹き替え版は、やはり子供達の為の配給会社の配慮だろう。だから、賑やかな中での鑑賞はやむをえないことだと思うので、それが嫌なら私の方で回避すれば良い話。

 しかし、上映館が都心の限られた映画館のみの字幕版は、明らかに大人の鑑賞者に向けたものだと思う。そこに生後1年未満の乳児連れは、ちょっと非常識ではないか?さすがに映画フリークの私でも、息子を映画館に連れて行ったのは、息子が4歳頃のことだったと思う。

 こんなことはレアケースなのか確認の為にググッてみたら、意外に多かった。検索トップの「発言小町」では、賛否両論の様々な意見が寄せられたいた。

 いやはや、世の中にはいろいろな考えの人がいるものである。私も常に自分が正論とは思わないが(そこまで不遜ではない・笑)、自分の希望(欲望?)を叶えるにしても、最低限「他の人に迷惑をかけない」「幼い我が子に負担をかけない」と言う配慮は、ひとりの社会人&母親として必要だし、もし、そうしたことが現実的に難しいのであれば、現時点では自分のやりたいことを諦める、とりあえず、それらが可能になるまで我慢するのが当然だと思っていた。

 しかし、そうは思わない人もいるらしい。

 今回の人は、お子さんのぐずりが止まらなかったので、結局途中で退席しただけ、まだ良心的と言うか遠慮を弁えた人だったのかもしれないが、映画館に足を運ぶまでの労力やコストを考えれば、彼女にとっても、お子さんにとっても、今回は映画館に行くことを我慢した方が良かったのではないか?

 親子で一緒に映画館に行けるようになるまで、せいぜい後3〜4年待てば良いのである。どうしても今、見たい映画があるのであれば、半日だけでも夫(或いは信頼できる誰か)に子供を預かって貰うと言う方法もあるのではないか?(イマドキ、子育てに<妻への精神的サポートも含め>協力的でない夫は、若い世代では絶滅危惧種である。そもそもそういうタイプの男性は、パートナー探しの段階で夫候補から弾かれるだろう)
 
 映画の中身より、そのことの方が気になってしまった今日のレディースデイ映画鑑賞だった(このところの猛暑で心身共にバテバテなのか、これっぽっちの文章を打ち込むのに、タイプミスの多いこと多いこと…)

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2015/7/16

映画『ボヴァリー夫人とパン屋』とランチ  映画(今年公開の映画を中心に)

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 昨日はレディースデイと言うことで映画を見て来た。ちょうど県立図書館から借りた本の返却日でもあったので、映画の前に図書館(分館)に寄ってからランチを食べた後、映画を見た。

 本作はフランス近代文学の文豪フローベール作『ボヴァリー夫人』に想を得た、英国人絵本作家のコミック?が原作らしい。

 舞台はフランス北西部の自然豊かなノルマンディー地方で、そこに英国ロンドンから越して来た一組の夫婦を巡る顛末を、フランス人映画監督(アンヌ・フォンテーヌ)が仏英文化の違いから来る齟齬やおかしみを巧みに描きつつ、大人向けのちょっとエロチックなコメディに仕立て上げた、と言った趣(だから、良い子は見てはいけません)

 原題は"GEMMA BOVERY"で、女性ヒロインの名前だ。

 とにかく、映画の語り手であり、隣人の英国婦人の執拗な観察者(ストーカー?・笑)である、地元パン屋の主人マルタン(ファブリス・ルキーニ)の妄想ぶりが笑える。彼は地元ノルマンディーの出身ながら、十年前まではパリの出版社に勤務していた人物だ。父親の死去に伴い家族で地元に戻り、父親のパン屋を引き継いだ次第。

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 退屈な田舎暮らしに思いがけない刺激を与えてくれるに違いない、隣人の若い人妻ジェマ(ジェマ・アータートン)の登場。年の離れた夫との穏やかな田舎暮らしに、はちきれんばかりの若い肉体を持て余しているかのようにも見えるその姿は、初老のマルタンには眩しく映る。

 さらに地元ノルマンディーを舞台に繰り広げられた物語『ボヴァリー夫人』を愛読する彼からすれば、同じボヴァリー姓を名乗る目の前の女性は、小説のヒロインに重なって見えて仕方がないのだ。そして、彼の期待に違わず、次第に若妻ジェマは生来の奔放さを発揮し始める。斯くて彼女をヒロインに、彼の妄想はどんどん膨らんで行くのであった

 しかし、まあ、米国人は華の都パリ、英国人はノルマンディー(そもそも、この地名自体、北方人=ケルト人の土地と言う意味があるらしく、古来よりグレート・ブリテン島とは縁が深いのだ)のような地方と言う違いこそあれ、彼らのフランスへの憧れが並大抵のものでないことは分かった(一部日本人も人のことは言えないけれど…)。それを十分分かった上でのフランス人監督の演出は、時にコミカルで、時にシニカルだ。

 物語の意外な展開には笑えない部分もあるが、それもドライにサラッと流して、あくまでもコメディで幕引きを図るのがブラックで、いかにも英国人作家が書いた物語らしいと言えばらしい。とにかく見ている間は終始、マルタンの、妻も呆れるほどの妄執狂ぶりにクスクス笑いがこみ上げてくる。人生の酸いも甘いも知る大人だからこそ楽しめるコメディだと思う。


 
 さて、ランチは最近お気に入りのイタリアン、ガリレオさんで、パスタ・ランチ。まずはグリーン・サラダ。葉野菜の盛り合わせに、定番のバルサミコ酢とオリーブオイルとモッツァレラ・チーズの風味が効いています。

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 今回は3種のパスタの中から、Spaghetti alle Vongole in Biancoをチョイス。これはもうニンニクの香ばしい風味と、ボンゴレ(あさり)から滲み出る旨味が絶妙で、プクッとしたボンゴレの身の食感も適度に歯ごたえがあり、本場イタリアのボンゴレ・スパゲティにも勝るとも劣らない味でした(作っているのは日本人シェフ)。

 因みに私が家で作る時は、あさりはレンジで酒蒸しにして、最後にパスタ・ペペロンチーノにササッと混ぜ合わせます。今回のように唐辛子がなくても、十分旨味があっておいしいんですけれどね。

 以前、ローマに1週間滞在した時に、ホテルの人に教えて貰ったトラットリアに3日間通いつめて、食べ続けたのが、このSpaghetti alle Vongole in Biancoでした。それぐらい大好きなパスタ。まあ、地元の人からすればメインの前の一皿なんでしょうけれど、日本人はサラダとパスタでお腹いっぱいになってしまう?!

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クリックすると元のサイズで表示します 食後のドルチェは映画鑑賞サービスで付いて来る物で、イチゴ・ソースがけチョコレート・ムースMousse di Cioccorato?のマスカルポーネ・チーズ添え。

 そう言えば、マスカルポーネ・チーズは栄養価が高いらしく、このチーズを使ったティラミスと言うドルチェの名前には、私を元気にさせる、と言う意味が含まれているのだとか。

 以前も食べた物だけれど、小ぶりのグラス入りになって、以前よりボリュームダウン。ちょっと残念だけれど、おいしいことには変わりない。

 これにソフト・ドリンクがついて、しめて1,300円也。普段は専ら質素倹約なお昼ご飯の私にとって、外食ランチは週イチの贅沢です。

 帰り際、レジで思わず「今日もおいしかったです」と言ったら、「またのお越しをお待ちしています」と返されたのですが、私が利用するのはランチ・オンリーだし、地元に友達が少ない故、新たなお客をどんどん連れて来るわけでもないので、お店にとってはけっして有難い客ではないんですよね、たぶん。でも、グルメ不毛の地で数少ないパスタのおいしい店なので、また利用させて下さいな


2015/7/14

どんなに猛暑でも、身体の芯は冷やさないように  はなこのMEMO

 まだ7月も半ばだと言うのに日本列島は猛暑で、お年寄りを中心に熱中症が原因と見られる死者も出ている。ともあれ年齢に関係なく、健康管理が難しい時期だと思う。

 私は真冬生まれのせいか、とにかく暑い夏が苦手である。夏の間は萎びたほうれん草のようにグッタリしている。状態があまりに酷いと家事もままならないので、贅沢とは思いながらも、一人しかいない部屋でエアコン(28度設定)を付けて過ごしている。

 また、貧乏性の主婦故、夕べの残りを翌日の朝や昼のおかずにするのが原因なのか、夏場に入ると、たまにお腹を壊す。夕食後、鍋に残った料理をある程度冷ましてから皿に移し替えて、冷蔵庫にきちんと保管するのだが、暑さで体力を消耗しているせいか、軽い食あたりを起こしたりするようだ。

 さらにエアコンの長時間使用で身体の芯が冷えてしまうのか、コンコン空咳が出ることもある。

 そんな時はどうするかと言うと、すぐに薬に頼ったりはせずに、熱い緑茶をすする。ゆっくり時間をかけて、マグカップ一杯のお茶を飲み干す。その後、体調が回復するまで、時間を置いて、多い時には3〜4杯は飲む(まあ、あまり熱過ぎるのも咽頭や食道に良くないかもしれないので程ほどに)

 中国人は古くからの慣わしで、1日50グラムの生姜を摂取すると聞いたことがある。これは生姜に身体を温める働きがあるからとされる。身体を内側から温めることで、病原菌への抵抗力を高めることを、経験的に学んだのだろう。

 緑茶の成分にも同様の効能が得られるようだ。加えて夏の暑い日に、敢えて熱いお茶を飲むことにも意味があるのだと思う。ついつい涼を求めて冷茶に手が伸びそうになるが、そこはグッと堪えて、体調のことを第一に考えて、熱々の緑茶である。

 そう言えば、夏に熱々の緑茶と言えば、いつも思い出すのが、息子が小学生の頃、夏休みの家族旅行で訪ねた奈良の法隆寺のことである。

 その日は直射日光が容赦なく照り付けて、うだるような暑い日だった。家族3人、奈良市の中心部から路線バスで法隆寺まで行き、広い境内を本殿に向かって歩いていた。あまりの暑さにフラフラになったところで、境内の一角に休憩所を見つけ、これは助かったと駆け込むと、住職の方が熱々の緑茶を振舞って下さった。

 内心、「えー、こんな真夏に熱いお茶?」と思いながらも、そのお心遣いに感謝してお茶をいただいたら、身体の内側がカーッと熱くなり、ドッと汗が吹き出た次の瞬間、背筋がゾクッとして、さっきまでの暑さが吹き飛んだ。朦朧としていた意識も明晰になったように感じた。あの体験は強烈だった。15年以上経った今も、夏が来る度に思い出す。

緑茶の効能

2015/7/13

いつまで"戦後"をCOUNT UPし続けるのだろう?  はなこのMEMO

 今年は第二次世界大戦終結から70周年と言うことで、世界各国で戦没者追悼式典や戦勝式典が行われている。

 「二度と悲惨な大戦を起こすまじと、不戦の誓いを新たに」と言う大義名分も分かる。分かるけど、正直言って、その様子を伝えるニュースを耳にする度に、(他の人はどうか知らないが)"敗戦国"の国民の一人として嫌な(複雑な?)気分になる。

 それでなくとも、先の大戦から5年、10年の倍数の年を節目として、殊更大きく大戦時のことが、マスメディア等で繰り返し取り上げられて来た。元加害国として「喉元過ぎれば熱さを忘れる」と自戒するのは、もちろん大切なことだと思う。

 しかし、いつまで日本やドイツやイタリアは"敗戦国"として、"戦勝国"から、過去の所業を責め続けられるのだろう?70年も経てば、どの国もいい加減代替わりで、現国民の殆どは直接先の大戦に関わりはないし、責任を負うべきものでもないと思う。

 国連では、70年前の"戦勝国"が未だに"常任理事国"として圧倒的な権限を持って、組織を牛耳っている。70年もの間、特定の国々のみが国際機関で特権的立場に在り続けるなんて、やっぱりどう考えてもおかしいのではないか?既得権益者である彼らは、その権限を手放そうとしないどころか、他の誰にも与えようとさえしないのだ。

 70年と言う年月は、一国の在り方を変えるに十分だ。先の大戦への反省のもと、戦後70年間、日本もドイツも、他国に対して自ら戦争を仕掛けたことはないし、他国に侵略行為を働いたこともない(それに比べて、常任理事国の振る舞いはどうだ?世界のどの国よりも好戦的で、覇権主義的ではないのか?)。寧ろ、影に日向にバカ正直なほど国際社会に貢献して来たと思う。

 殆ど碌な権限も与えられていない国連に対しても、総会で定められた多額の経費分担金を、米国のように恣意的に保留することなく、律儀に支払って来た。

 
 今日、EU首脳会議で、"借金を棒引きしてくれ"と、まるで駄々っ子のようなギリシャの金融危機に対する救済案が採択された。ドイツは反対の意向だったが、フランスの賛成に押し切られた形だ。その背後にはロシアや米国や中国の存在がある。

 結局、EUでギリシャを救済と言っても、実質的に支援金の大半(その総額は日本円で11兆円にも及ぶとの試算も出ている)を出すのはおそらくドイツだ。ドイツは今回の決定を内心苦々しく思っているに違いない。

 日本やドイツは戦後、敗戦の荒廃から死に物狂いの努力で這い上がり、世界的な経済大国となった。しかし、先の大戦の"敗戦国&大罪国"と言うレッテルの為に、戦後の長きに渡って否応なく世界のATM扱いである。そして、世界の要求は際限がない。

 第二次世界大戦後のカウントアップは、果たしていつまで続くのか?やはり第三次世界大戦が勃発し、そこでドイツや日本が"新たな戦勝国"とならない限り、"戦後"はゼロクリアされないのか?"敗戦国"のレッテルを、自ら剥ぐことはできないのだろうか?

 米国の占領政策以降の巧みなコントロールによって去勢され、今や何を言われても米国には逆らえない日本はともかく(いびつな日韓関係の元凶もここにある)、EUのリーダーを自負するドイツの不満はいつか爆発するのではないか

 やっぱり"歴史は再び繰り返す"で、遅かれ早かれ、第三次世界大戦の勃発は避けられないことなのだろうか?今回のギリシャ危機が、後々そのトリガーの役割を果たすことがないよう、祈るばかりだ。

 それ以外にも、ISの台頭著しい中東・アフリカ地域(中でも天然エネルギー資源が豊富な地域)が世界大戦の火種となり得るのは周知のところ。ISがイスラエルに手を出したり、イスラエルが彼らの最大の庇護者である米国を差し置いて、犬猿の仲であるイランに対して強攻策に出たら、中東情勢はどうなるか分からない。何れにしても、中東ではイスラエルの出方がポイントか?

 米国はここに来て、長らく対立し続けて来たキューバやイランとの融和政策を採っている。これは。近年中国に接近し、最近ではインドを取り込もうとするなど、"先進国対BRICS"と言う新たな対立構図を作ろうと画策しているロシアの動向を念頭に置いたものだ。しかし、頑迷なイスラエルが、この米国の融和政策にどこまで寛容でいられるか、と言う点が気になるところだ(現に米イランの核開発問題和平協議の進展を、ネタニヤフ現イスラエル首相は「歴史的誤り」とまで言っている)

 或いは、同時多発的に世界各地で紛争やテロが相次いでいる現在の世界情勢のあり方そのものが、既に第三次世界大戦の様相を呈していると言えるのだろうか?


 英仏間で長く続いた百年戦争で、英国軍に包囲された街を救うため、自ら志願して英国軍の捕虜となった仏カレーの英雄市民を顕彰する彫刻作品《カレーの市民》。カレー市の依頼で、オーギュスト・ロダンが制作した。しかし、そのあまりにもリアリズムに徹した捕虜市民の苦悶と過酷さの表象は「英雄像に似つかわしくない」として、一度は依頼者であるカレー市から受け取りを拒否されたのである。ロダンは戦争の悲惨な真実を表現したに過ぎないのに…しかも、その表現によって、題材となった市民の英雄性が損なわれることなど一切ないのに。

 《カレーの市民》(1884-88 石膏原型制作、1593年鋳造、1959に国立西洋美術館が仏政府より購入) 注)ネット上<グーグルの施設レビュー等>で、東京上野の国立西洋美術館にあるロダン作品は「レプリカ」との記述が散見されるが、これは誤りである。20世紀に入って、フランスではブロンズ彫刻の場合、著作権者(ロダン作品の場合、現在はロダン美術館)の許可の下、1体の石膏原型から12体までの鋳造作品が本物と認められる旨の法律が制定された。その法律に基づき、国立西洋美術館にあるロダン作品は全て本物である。

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2015/7/12

おうちパスタ〜具だくさん?なペペロンチーノ  「食」についての話題

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 以前、当ブログに登場したペペロンチーノの進化形です(笑)。
 家族が大好きな我が家のパスタ料理です

 材料は以下の通りで、分量はお好みで
 
 スパゲッティ(太目ではないもの)
 釜揚げシラス(私は生協の冷凍物を使用)
 小松菜(炒めれば嵩が減るので、結構多めでも)
 しめじ(同上)

 にんにく(一皿当たり一片から一片半くらい)
 唐辛子(一皿当たり1.5本ぐらい)

 オリーブ油
 塩こしょう

 【作り方】

 @たっぷりのお湯でパスタを3分茹でた後に塩を入れる
  (その方が塩味がパスタに浸透)。
 
  その間に材料を切る。切る順序としては
  ニンニク(みじん切り)、唐辛子(輪切り)、
  小松菜、しめじの方が効率的かな?

 Aさらにパスタを4分茹で続ける。
  その間にフライパンにオリーブ油を熱し、
  小松菜、しめじ、しらすの順で炒める。
 
  あまりにも野菜がしんなりするのが嫌いな人は、
  パスタを茹でて4分〜5分後に炒め始めると良い。
 
  茹で時間残り2分となったところで、
  ニンニクと唐辛子を合わせて炒める。
  ニンニクを焦がすと苦くなってしまうので気をつける。
  ニンニクの香ばしさが出ればOK。
 
  軽く塩コショウして一旦、フライパンの火を止める

 B茹で上がったパスタはザルに開けずに、
  そのままトングでフライパンの具材に加える。
  その際、茹で汁が適度に混ざるのがポイント!
  トングで取り切れなかったパスタはざるに開けて加えると良い。

 C再びフライパンに火をつけ、具材とパスタをササッと混ぜ、
  塩コショウして出来上がり!

  時間勝負なので、パスタの茹で時間はお好みで
  7分弱でも構わない。

 しらすやシメジの旨味、小松菜のほのかな辛味と苦味、
 そして、オリーブ油とニンニクと唐辛子のペペロンチーノ味が合わさって、
 和洋折衷なパスタ・ペペロンチーノの出来上がり

 我が家はこれに、グリーンサラダと、トマトとベーコンのコンソメスープを
 合わせていただきます!

2015/7/12

まだまだ…  はなこのMEMO

 先日、いつものように小学生を対象にギャラリートークを実施していたら、中国人と思しき母子連れの団体が展示室になだれ込んで来た。

 中国の経済発展に伴い、富裕層が劇的に増えた中国。人口も日本の10倍なら、富裕層の絶対数も10倍である。そんな富裕層向けに、とうとう母親と子供だけの日本ツアーも実施されるようになったらしい。

 その訪問先のひとつが国立西洋美術館だったわけだ。

 ただ残念なことに専門のガイドはついていないらしく、展示室内に入ったら、その団体の母子はバラバラになって、何のガイドもないから個々の作品に興味や関心を持ちようもなく、何の感慨もなしに、ただ作品の前を素通りするだけである。あのペースだと、おそらくものの10分で鑑賞は終わってしまうだろう。

 スクールギャラリートークで、それぞれのグループの担当者と子供達が作品を見ていると、鑑賞中の作品とギャラリートークのグループの間を堂々と通り抜けて行く母子もいた。一瞬、目が点になった。

 経済的に豊かになって、海外旅行も気軽に楽しむ人が増えた中国だが、旅先での立ち居振る舞い、旅先でも現地の料理を楽しむでもなく中華料理に拘る等、まだまだ細かなところでは首を傾げたくなるところがある(もちろん既に旅慣れた個人旅行客も増えつつあり、その人たちの振る舞いは私たちと大差ない)

 尤も、かつての日本もそうだったのかもしれないから、あまり人のことは笑えない。

 気になるのは、急速に経済発展したと言うことは、衰退も早いのではないかと言うこと。近現代史を見ても、一国・一経済圏の栄枯盛衰のスパンがどんどん短くなっている。中国と言う国が一般の庶民レベルでも、その経済発展の恩恵を受けられるまで、現在の豊かさを維持できるのだろうか?先日の上海株の暴落騒ぎで、ふと、そんなことを思った。


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2015/7/8

今年前半を振り返る〜映画鑑賞記録(寸評付き)  映画(今年公開の映画を中心に)

 今年も既に半年が経過した。時間が過ぎ行くのが、年々加速度的に早まっているのを感じる。実感的な1年の長さが、自分の年齢分の1だから(幼い時の1年はすご〜く長く感じられたような…)、仕方ないのか?

 今年も前半を終えたので、この時点で映画鑑賞の振り返りをしたいと思う。日々忙しい方には「ヒマなんだねえ」と呆れられそうな鑑賞数だが、一番の趣味なので、何と思われようと、これもまた仕方ない。なお、テレビでの視聴は含まれていない。6月に突出して多いのは、上映作品が粒揃いであったことと、ボランティアの仕事が比較的ヒマだったからだ。

 私独自の基準でRatingしてみた。★1点、☆0.5点。私基準で★★★☆以上の作品なら、「見て損はない」でしょうか?ご参考までに。基本的に映画大好き人間なので、評価は全般的に甘めかもしれない。「どんな作品にも創られた意味がある」「創り手の思いが込められている」と言うことで

 青色は邦画、オレンジ色は邦画以外のアジア映画、残りは洋画等。

 
【1月 10本】

@ホビット 決戦のゆくえ ★★★☆:基本的にファンタジーは苦手なのだが、このシリーズは楽しい
Aサンバ ★★★☆:移民社会フランスの現状を描いて興味深い
B海月(くらげ)姫 ★★★:朝ドラ女優能年玲奈が、まんが原作の不思議少女を演じたが、それ以上に女装美少年を演じた菅田 将暉の美形ぶりが印象強烈だった
C薄氷の殺人 ★★★☆:中国映画なのだが、日本のテレビのサスペンス・ドラマを見ているような印象。良くも悪くも中国が普通の国になってしまったことを実感させる
DTrash ★★★☆:ブラジルのスラム街の子供の過酷な現状も、スティーブン・ダルドリー監督が描いたら、ただの悲劇ではなく冒険活劇になってしまう
Eジミー、野を駆ける伝説 ★★★★:常に庶民に寄り添って来たケン・ローチ監督が描く、ひとつの民衆史
Fジャッジ 裁かれる判事 ★★★★:アイアンマン俳優ロバート・ダウニーJRと老優ロバート・デュバルが魅せる演技対決
Gビッグ・アイズ ★★★★:アート好きには興味深い題材、映画好きには食指が動かされるキャスティング
H神様はバリにいる ★★★☆:バリに実在する破天荒な日本人実業家を、豪快な男を演じさせたら今、右に出る者がいない堤真一が、"らしく"演じる
I深夜食堂 ★★★☆:小林薫演じる、深夜営業専門の食堂店主が常連客と繰り広げる、食にまつわる味わい深い物語。人気テレビドラマの映画化

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【2月 12本】

JKANO 1931 海の向こうの甲子園 ★★★★☆:戦前、日本領だった台湾で実際にあった逸話を感動的に描く。当時の日本人も概ね好意的に描いて、この作品が台湾発と言うのが何だか面映い
Kはじまりのうた ★★★★☆:ニューヨークを舞台に、英女優キーラ・ナイトレイがミュージシャンの卵を演じて、とにかくキュート!"音楽の力"を改めて感じさせる1本
Lトレヴィの泉で二度目の恋を(Elsa & Fred) ★★★★:風変わりで自由奔放な老女も、シャーリー・マクレーンが演じればどこかチャーミング。周りの目を気にせず、老いても楽しく生きることをけっして諦めない姿勢は見習いたい
Mナショナル・ギャラリー 英国の至宝 ★★★:3時間は長過ぎ。DVD視聴向き
Nミュータント・タートルズ ★★★☆:タートルズの4兄弟の強い絆とキャラの明るさが見所
Oおみおくりの作法 ★★★☆:「おくりびと」の英国版と思って見たら、意外な幕切れにとにかく驚いた
Pフェイス・オブ・ラブ ★★★★:何よりアネット・ベニングの、知的で、美しく年を重ねた女性の魅力に目を奪われる。熟女に翻弄される(もちろん、演じている役柄だが)エド・ハリスは哀れにすら見える
Qリトル・フォレスト 冬・春 ★★★★:この映画の本当の主人公は、東北地方の峻厳かつ美しい四季折々の姿?(夏・秋編もある)
Rドラフト・デイ ★★★☆:アメフト界のドラフトを舞台に繰り広げられる息詰る駆け引きを描く。地味だが意外に面白い
S劇場版ムーミン 南の島でバカンス ★★★☆:北欧人のないものねだりな南欧への憧れが、ムーミン一家の何ともマイペースな冒険物語を通して描かれているのが、そこはかとなく面白い
(21)きっと星のせいじゃない ★★★★:所謂"難病もの"なのだが、演じる若手俳優の清潔感と、ひと捻り加えたストーリー展開で後味良し
(22)シェフ〜三ツ星フードトラック始めました ★★★★☆:本当のグルメって何だろうね?グルメ・サイトって何なんだろうね?グルメ評論家ってどうなんだろうね?今の時代、シェフも大変だ。フードトラックでの米大陸横断の旅は、一味違ったロードムービーで楽しい

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【3月 8本】

(23)ヴィチカン美術館 ★★★:カメラは肉眼では見えないものを映し出す
(24)アメリカン・スナイパー ★★★★:気鋭のスナイパーの、兵士としての勲功と、ひとりの人間としての苦悩を通して、戦争の悲惨を描く。声高に反戦を訴えているわけでもないのに、心にズシンと来る
(25)妻への家路 ★★★★:国家の横暴に翻弄される人ひとりの人生。そして歴史は繰り返される
(26)イミテーション・ゲーム ★★★★☆:ドイツ無敵の暗号エニグマ解読の陰に隠された一人の天才の悲劇。ここにもまた戦争の悲惨
(27)ソロモンの偽証 前篇・事件 ★★★★:宮部みゆき原作小説の映画化。全国からオーディションで選ばれた子供達の、瑞々しく力強い演技に圧倒される
(28)くちびるに歌を ★★★★:歌の力、合唱の力で励まされる心、癒される心、そして救われる心
(29)博士と彼女のセオリー ★★★★:若くして難病に冒された、現代の知性を代表する博士の、あまりにも人間臭い半生
(30)暗殺教室 ★★★☆:人気漫画の映画化。担任教師は宇宙からの侵略者?!そんな荒唐無稽な設定でも、最後はほろりとさせられる?!

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【4月 6本】

(31)バードマン ★★★☆:なんだかんだ言って、アレハンドロ・G・イニャリトゥ監督の創造力、構想力は彼ならではのもの。こんな映画を作れるのは彼しかいない
(32)ソロモンの偽証 後篇・裁判 ★★★☆:宮部みゆき原作小説の映画化の後篇。後篇に入ってのパワーダウンが何とも惜しい!
(33)ナイト・ミュージアム3 ★★★☆:大好きなミュージアムを舞台にした、ハチャメチャな物語。ミュージアムは「おもちゃのチャチャチャ」かい?(笑)本作を最後に、ロビン・ウィリアムスの新作がもう見られないのが寂しい。
(34)セッション ★★★★☆:ドラムを武器に繰り広げられる、まさに命とプライドを賭けた師弟対決に、アドレナリンが出っ放しのハイテンション・ムービー。はぁー、疲れた!
(35)海にかかる霧 ★★★★:韓国映画の徹底したエログロ描写。こればかりは邦画も太刀打ちできない。良くも悪くも甘ちゃんの日本人は、あそこまで冷徹に、そして生々しく人間を描けない。見た目は同じアジア系でも、それぞれの国の長い歴史の中で培われたメンタリティの違いは大きい。それが、彼我の映画の違いに色濃く反映されているのを感じる
(36)Search あの日の声を探して ★★★★☆:旧ソ連チェチェン共和国で起きた内戦の惨劇。どこにでもいるノンポリ青年が、軍隊で徐々に人間性を失ってゆく過程は恐ろしく、戦乱の絶えない土地で生きる民族が、その過酷な環境に適応して生き抜いて行くと言う事実には言葉もない

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【5月 8本】

(37)ビリギャル ★★★★:たったひとりの「恩師」との出会いが、子供の人生を変えることだってある
(38)ブラックハット ★★★☆:タイトルは「凶悪なハッカー」を意味する。今や凶悪なハッカーは良心の呵責一切なしに、自らの欲望の赴くまま、世界を混乱に陥れる
(39)Mammy/マミー ★★★★☆:カナダ映画界の若き俊英グザビエ・ドランが放つ、強烈で濃密な母と息子の物語。
(40)駆込み女と駆出し男 ★★★★:離婚は実は昔の方が多かったんだとは初耳。駆け込み寺を舞台に繰り広げられる、一筋縄では行かない男と女の物語
(41)寄生獣 完結篇 ★★★★:これもまた人気漫画の映画化。しかし、なかなかどうして、人間存在の意味に斬りこんだ深い物語なのだ。
(42)イニシエーションラブ ★★★☆:華やかなりしバブル期の男女の恋愛模様を、現代の若手俳優が、当時の懐かしい音楽、ファッション、風俗の中で演じる。果たして"通過儀礼の恋"とは?映画に騙されない為には、一言一句聞き漏らさないこと!(笑)
(43)シンデレラ ★★★☆:英国の鬼才ケネス・ブラナーが演出する、誰もが知るお伽話の主人公は、その風貌と精神性が何とも現代的(米国的?)なシンデレラ!
(44)リピーテッド ★★★☆:ニコール・キッドマンとコリン・ファースの二大アカデミー俳優を擁してのサスペンス。でも、何か物足りない。アカデミー賞を獲って以降のニコールの出演作に、ハズレが多いような気がするのはなぜ?シャーリーズ・セロンと何が違うのか?

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【6月 14本】

(45)サンドラの週末 ★★★★☆:貧すれば鈍する。ともすれば、そうなりそうなところを、ギリギリのところで踏ん張って生きているサンドラは美しい。そんなサンドラを、今やフランスを代表する名女優マリオン・コティヤールが、体当たりで演じているのが魅力的。地味だけど、心に残る珠玉作
(46)アドバンスト・スタイル ★★★★☆:若い男性がニューヨークの路上で始めたスナップ撮影が、シニア女性の魅力の再発見に繋がった。そのスナップ撮影のモデルとなった女性たちを追ったドキュメント。静止画像から動画になった彼女達は、その肉声と立ち居振る舞いで、さらなる魅力を振りまいている
(47)チャッピー ★★★★☆:ロボットが人工知能を備えたら…現実に近づきつつある夢物語を、「弟9地区」の監督は彼独特のタッチとカリカチュアで描く
(48)エレファント・ソング ★★★★:前出「マミー」で監督を務めたグザビエ・ドラン主演作。嘘とも本当ともつかない言葉で周りを煙に巻く男を主人公に、ある人物の失踪をきっかけに行き詰る心理劇が展開する。元は舞台劇と言うこともあり、絶え間ない台詞の応酬に、こちらも集中力を要する。で、ちょっと疲れた
(49)トイレのピエタ ★★★★☆:人間は誰もがいつか死ぬと分かっていても、少なくともこの日本において、それを日々身近に感じることは殆どない。だから明日と言う日も必ず来るのだと根拠もなく信じて、ダラダラと生きたりするのだろう。だから死期を知って初めて、死が恐怖として迫って来るのだろう。死から遠いはずの若者ならなおさらである。そして死を意識して初めて、生についても真剣に考えるものなのだろう
(50)あん ★★★★☆:残念ながら差別はなくならない。そこに人間がいる限り。人間の歴史は、差別との闘いの歴史でもある
(51)海街diary ★★★★☆:これも漫画が原作。美しい4姉妹の物語。何が一番美しいって、すべてを寛容に受け止める4姉妹の心の柔らかさである。
(52)予告犯 ★★★★:これも漫画が原作。もう日本の優れたストーリーテラーは、漫画界にしかいないのか?それはともかく、本作はフィクションながら現実世界とシンクロして痛々しい。人の尊厳を傷つけることの罪の大きさについて、今一度考えずにはいられない作品だった。誰もが少しでも他人を尊重し、思いやれば、社会はどれだけ生き易くなるだろう?
(53)しあわせはどこにある ★★★:中国へと自分探しの旅を、いい大人がするものかと思った時点で(だってアラフォーの精神科医だよ)、作品世界に入り込めなかった
(54)ターナー ★★★☆:映像は美しく、ターナーの絵画を思わせる色調で、彼の作品世界が持つ空気感をよく伝えていた。が、しかし、主演俳優の風貌がどうにも好きになれず(確か、カンヌで男優賞を獲ったはず)、さらにヴィクトリア朝時代の階級制度や男尊女卑の色濃く残る雰囲気もどうにも好きになれず、後味が悪かった。映画は忠実に時代を再現しただけなのかもしれないが…とは言え、ターナーと言う画家の先見性は、この作品を見ればよく分かる 
(55)マッドマックス 怒りのデス・ロード ★★★★☆:老境の監督が撮ったとは思えない迫力と力強さを持ったアクション大作だった。CG全盛の時代にあって、実写に拘った心意気も評価したい。さらに主演女優のシゃーリーズ・セロンのチャレンジ精神にも敬意を表したい。汚れ役でも、"男前キャラ"な彼女は美しい
(56)愛を積む人 ★★★★:原作は海外の小説らしいが、舞台を北海道に置き換え、深い夫婦愛を描いている。本作でも人を許す、受け入れる、心の寛容さが描かれていて、考えさせられた
(57)ハッピーエンドが書けるまで ★★★☆:父子3人がプロの作家なんて、話が出来すぎと思いながらも、母役ジェニファー・コネリーの美しく年を重ねた大人の女性らしさと、娘役のリリー・コリンズの愛くるしさが何とも言えぬ魅力を放って、物語の中心で輝いていたのが印象的。珍しく違和感のない母娘のキャスティングだった。
(58)グローリー ★★★★☆:マーティン・ルーサー・キング牧師と、彼が生きた時代背景を丁寧に描いた作品で、米国史の一端を学べる。既にアフリカ系米国人の大統領も生まれているのに、未だ人種差別問題に苦しむ米国社会。今回、本作を見たのをきっかけにキング牧師について調べたら、"I have a dream"で始まるあの名演説を、キング牧師が行ったのが若干34歳の時だと知って、心底驚いた。凶弾に倒れた牧師の夢が、死後50年近くを経ても未だ実現していないのは本当に残念だ。

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2015/7/5

久しぶりに家族で映画&ランチ♪  日々のよしなしごと

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 昨日は息子が第二の研修先(静岡県)に赴いてから初めての帰省で、久しぶりに家族揃って映画を見て、中華レストランで昼食を取りました。

 さて、今回、家族揃って鑑賞の映画は、アメコミ原作映画の大作『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』です。2時間近い長尺ながら息もつかせぬアクション・シーンの連続で、見終わった後はただ座っていただけなのに"半端ない・笑"疲労感が…

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 そこで「これはシッカリ腹ごしらえをなくては」と選んだのが、映画館と同じビルにある地元では馴染みの中華レストランの老舗「煌蘭」です(どちらの出店が先なのかは不明ですが、銀座にも店舗を構えています)

クリックすると元のサイズで表示します 私は日替わりランチ4種の中から「茄子の辛子炒め定食」(1,000円<税抜>)を選びました。

 程良いピリ辛味に生姜の風味が効いていて、想像以上に美味でした。それに白いご飯とザーサイとあっさり味の卵スープ。デザートに杏仁豆腐も付きます。この店はザーサイの味が上品で私好み♪。思わず、ごはんが進みます。
 
 息子は「素菜(スーツァイ)セット」。3種の麺料理の中から1品を選択します。小籠包2個と杏仁豆腐が付いています。

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クリックすると元のサイズで表示します 息子が選んだ麺料理は、写真の「あんかけ固焼きそば」。

 一見、長崎の名物料理「皿うどん」を思わせますが、たっぷりの魚介類で旨味の濃い「皿うどん」に比べると、具は野菜中心で味はかなりあっさりした感じです。「皿うどん」の濃厚な旨味に慣れた舌にはちょっと物足りないかな

クリックすると元のサイズで表示します 夫は「坦坦麺セット」を注文。中華ではないフツーの野菜サラダに、息子の「素菜セット」と同じく小籠包2個と杏仁豆腐も付いています。

 夫曰く、全然辛くない、胡麻スープ味の、至って普通の麺料理だったそうです(「坦坦麺=辛い」は違うのかもしれないけれど…)。夫は期待した味と違って、がっかりしたようです。ランチにしては値段(1,400円)もそれほど安くないし…、次回はたぶん注文しないでしょう(あくまでも夫の感想です)

 最後は3人揃ってデザートの「杏仁豆腐」を賞味。フツーに美味しかったです。映画鑑賞特典の「チケ割」でホットミルクティーも付いて、3人で4、000円弱とコスパ的にも"まあまあ"でした。

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 この店は老舗だけあって、昔から通い続けていると思しき年配の常連客や家族連れの利用が多いせいか、全般的に優しい味付けが特徴でしょうか?濃厚と言うよりは淡白。グルメを唸らせると言うほどの味ではありませんが、昔ながらの変わらない味で安心感があります。

 一方、店舗は先月、老舗デパートの閉店に伴い、現在地に移転オープンしたばかりで、内装は新しく、モダン・チャイニーズと言った雰囲気。BGMも中華レストランお決まりの中国の音楽だけでなく西洋のクラシック音楽が流れたりと、"中華中華していない"(笑)ところが、私は結構気に入っています。 

 何より今回は、家族が久しぶりに揃って、一緒に映画を見て、ランチを食べたことが楽しかったです。土日休みを利用して1泊2日の短く慌しい帰省でしたが、来月は夏休みで1週間程度滞在するようなので、息子とは、その時にまたゆっくり話が出来たら良いなと思っています。

 もう社会人で、それなりに稼いでいるはずなのに、倹約家?の息子は、今回夜行バスで静岡から横浜まで乗って来たようです。金曜日の11時半過ぎに静岡を出発して、翌日早朝の6時頃に横浜に到着。それから30分程度で自宅に到着しました。静岡へは日曜日夕方6時頃、横浜発のバスで、現地到着が深夜の12時近く。なかなかの強行軍です。何でも料金が新幹線の半額で済むのだとか。まあ、本人が考えて選んだ方法だし、若いから多少の無理も平気なんでしょうね。


 帰省したからと言って特別何をするでもないけれど、息子がまた家を出て静岡に行ってしまうのは、やっぱり、ちょっと寂しいなあ…

 とにかく、今や遠くから見守ることしか出来ない親としては、くれぐれも身体に気をつけて、事故・事件に巻き込まれることなく、平穏無事に過ごしてくれたら、もう何も言うことはないです。




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