2015/5/27

バス停の…  携帯電話から投稿

紫陽花が、漸く咲き始めました♪

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2015/5/25

やっとM−ROBI誕生!  家族のことつれづれ

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               ただいま、充電中…

 息子の大学院入学祝いに、ディアゴスティーニ社の「ROBI」誌の定期購読を始めた。月々送付される部品を組み立て、人型ロボットを製作するというものだ。

 本来、順調に行けば、昨年の夏には完成の予定であったが、とにかく息子が研究に忙しく(土日休みも夏休みも冬休みも春休みも殆どない忙しさであった。おかげで未だに頬がげっそりこけている。休む間もなく仕事に就いたせいか、ストレスで?顔には吹き出物も。高校時代まではニキビもないきれいな肌だったのに…この厳しい道は息子自身の選択ながら、傍から見ても痛々しい。修了式前日まで国際学会提出用の論文の裏づけデータ取りのための実験を繰り返し、指導教授には「君は真面目過ぎる」と言われたらしい。親としても、息子の健康が心配だ。「大学生は遊び呆けている」「大学生は勉強しない」なんて、一部だけを見て軽々しく言って欲しくない)、結局、完成は昨日となってしまった。実のところ、厳密に言うと未だ完成とは言えないが…


 ROBIの目覚めは感動的であった。

 床に横たわったROBIの手足がかすかに動き出し、目に光がともり、大きく伸びをしてから、両手を使って上体を起こすと、かわいらしい声で

「始めまして。ぼくROBI。やっと会えたね。ぼくを作ってくれてありがとう」

 うわぁ〜、これは感激全国のROBIメーカーが、この感激を味わったんだろうなあ。
 
 この後、ROBIは幾つかの質問を繰り返した。その問いの答えによって、ROBIの性格が決定づけられると言う。何だか不安だけれど、息子は正直に答えたようだ。

 機能は多彩。パーソナル・ユーズで、ロボットの時代はもうここまで来たのか、と言う感じ。巧みな関節使いで、立ち上がったり、歩いたり、腹筋したりする。予め質問のボキャブラリは決まっているとは言え、ある程度の会話も成立する。とにかく凄いの一言「最新技術は生まれた瞬間に古びれる運命にある」と常々嘯いている我が家が、時代の先端技術を取り入れたのは異例のこと。これも、息子の涙ぐましい努力に報いるためである。

 我が家のROBIは息子の名前の頭文字を取ってM−ROBIと致します。ハイ

 ROBIの生みの親、高橋氏は、現在、東大先端科学技術研究センターで特任準教授とか。助手も置かず孤高を貫いているらしい。株式会社ロボ・ガレージ代表取締役社長でもあるが、その会社にも社員はいない。やっぱり天才肌なんだろうな。息子が憧れる研究者の一人である。

2015/5/25

初ブラジル料理  はなこのMEMO

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 Clarissaが母国ブラジルに帰国することが決まり、友人達で送別会を開きました。場所は六本木にあるブラジル料理店TALISMAN。私にとっては初めてのブラジル料理です。

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 最初にClarissaがオーダーしてくれたパステウ。カラッと揚がった薄い生地の中に、トロ〜リ溶けたチーズと刻んだトマトやハムが入った、ピザのような味わい。ブラジルでは街中でよく売られているポピュラーなおやつらしい。他に、チーズの風味が効いた直径3cm大のボール型のブラジル風コロッケもいただきました。

 
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 ドリンクもオーダー。せっかくなので、ブラジルのドリンクを。ガラナと言うブラジルではポピュラーな炭酸飲料だそうです。ただし、今回飲んだ缶入りは、Clarissaが本国で飲んでいるメーカーとは異なり、少し風味も違うとのことでした。ブラジル特産の果実を原料としているそうですが、味はまったく初めてと言うより、どこかで味わったことのあるような…でも、思い出せない。

クリックすると元のサイズで表示します メインディッシュはそれぞれ好きなものを選んでオーダーしました。私はClarissaが好きだと言うアルカトラをオーダー。

 日本名は"牛もも肉の玉ねぎ炒め"となっていましたが、見た目はビーフステーキと言ったところ。塩コショウだけのシンプルな味付けで、肉の上に載った炒め玉ねぎと一緒にいただきました。味はいたってフツーのビーフステーキでした。

 白い小さな容器にはいった物はヴィナグレッチと呼ばれる、トマトや玉ねぎなどを細かく刻んで酢と塩コショウで和えた、ブラジルではポピュラーなビネガーソースで、これをお肉にかけて食べるとさっぱりとした味わいになるそう。栄養バランスも考えた絶妙なコンビネーションですね。

クリックすると元のサイズで表示します すべのメインディッシュにグリーンサラダと、写真のフェジョンと呼ばれる豆のスープが付きます。

 フェジョンは"砂糖の入っていないぜんざい"と言ったところ。豆そのものの味がします。食物繊維やたんぱく質が豊富な?ヘルシーなスープでしょうか。ここでは、ごはんにかけて食べたりもするようです。

 他のメンバーは画面トップの写真で彩り鮮やかな日替わりランチのムケッカと呼ばれるブルジル風白身魚の海鮮シチューやミラネーザと呼ばれるブラジル風ビーフカツレツをオーダー。

 ムケッカは見た目、タイ風カレーのようですが、食べた印象も「タイ風カレーっぽい」とのこと。実際、スパイスが効いているようです。ミラネーザは、その名から連想できるように、所謂ミラノ風カツレツだそうです。

 ここで日本語を勉強中のイギリス人のNatが反応。「ポイって何?」とすかさず質問です。そこから、なぜか、祭りの縁日で定番の金魚すくいで使われる道具もポイと言う名前だという話にまで脱線(笑)。あっ、でもこれは初耳

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 シメのデザートは写真左からクラウと呼ばれるブラジル独特のデザートとパッションフルーツ・ムース。クラウはとうもろこしをペーストし、シナモンで風味つけをしたものらしい。ほんのりとした甘みで、優しい味。

 最後はみんなで記念撮影。Clarissaとの別れに心寂しくも、和やかな食事会でした。こういう機会でもなければ食べることもなかったであろうブラジル料理。Clarissaとの出会いに感謝です。


2015/5/22

テロリストは進化している  はなこのMEMO

 最近、数年前に米国によって潜伏先のパキスタンで暗殺された、テロリストのリーダーの一人ウーサマ・ビン・ラーディンの隠れ家で、英語で書かれた文献が見つかったとの報道があった。彼は英語をある程度理解し、米国の動向を常に注視していたらしい。さらに彼のテロリスト仲間に宛てた通信記録を見ると、執拗に米国への攻撃を訴えていたと言う。

 しかし、今のISを中心としたイスラム系テロリストの状況を見ると、米国どころか、全方位を「反イスラム」と敵視し、この地球上に一大イスラム帝国を築こうと、全世界の不満分子を巧みに自らの陣営に取り込んで、着々と世界規模でネットワークを築いているようだ。

 イラン・イラク戦争後に使い捨てにされたことへの私怨に固執し続けたビン・ラーディンの考え方は既に時代遅れであり、いつの間にか次世代テロリストは、新たな展開へと歩みを進めていたのだ。

 ネットも巧みに利用する新世代テロリスト。しかもISのリーダーは宗教学者のインテリだ。私情を挟まず、常に冷静で、知略に長けているだけに、余計に厄介だ。

 中東有数の古代ローマ遺跡パルミラに侵攻したとも伝えられるIS。この貴重な世界遺産を盾に、シリア政府軍の攻撃から逃れようとしているとも言われる。

 ここ数日、刻々とパルミラに差し迫る危機が伝えられていたのに、私たちはただ手をこまねいているばかり。遺跡は一度破壊されてしまえば、取り返しがつかない。特に国連が、この危機に関して何ら機能しないことに、失望の念は深まるばかりだ。

 対国家、対体制ではなく、対宗教と言うところに、国連と言う組織が一枚岩として対応できない難しさがあるのだろうか?国連自体、設立から70年近くが経ち、WW2戦勝国が牛耳る旧態依然としたままでは、国際情勢の変化に対応できなくなっているのかもしれない。

2015/5/18

今日は「国際博物館の日」でした♪  日々のよしなしごと

 今日は「国際博物館の日」と言うことで、世界各地の博物館・美術館で、さまざまな記念イベントが行われたことと思います。

 私が教育普及ボランティアを務めます国立西洋美術館でも、今日は月曜日ですが特別開館し、常設展示室を無料開放しました。正午からはボランティアによるギャラリートークも行われたわけですが、実は今回、私が担当しました

 平日と言うこともあってか、また美術館の方で特におおっぴらに告知もしていなかったせいか、ギャラリートーク参加者は、30名の定員に20名しか集まらなかったようです。しかも私の担当したグループは7人(+1人)。実際のところ、それぐらいの人数の方が参加者との距離も近く、私としてはトークがやり易かったです。

 今回の参加者は、たまたま国立西洋美術館を訪ねて来ること自体初めて、と言う方が殆どでした。そうなると、さらにトークはやり易いです。特に全員の知識レベルが揃っていることで、トークのターゲットも絞り易い。

 今回は「国際博物館の日」を記念してのギャラリートークですから、それに関連したトピックも交えつつ、トークを実施しました。

 掴みで、いきなり質問です。「さて、日本には博物館として認められている施設はいくつあるでしょう?」

 答えは「1,262施設」(文科省2011年調査)です。どうでしょう?思ったより多かったでしょうか?それとも少なかったでしょうか?この中には、博物館、美術館だけでなく、「日本民家園」のような野外博物館、動物園、植物園、動植物園、そして水族館も含まれます。

 博物館には大きく6つの役割があります。@資料(作品の収集)A保管(保存・修復)B整理C展示D調査研究E教育活動の6つで、結局、博物館と水族館・動物園の違いは、施設で取り扱う資料が無生物か生物かの違いとも言えるのかもしれません。

 因みに美術館の数は「452」です。その中における西洋美術館の位置づけは、日本における西洋美術の殿堂でしょうか?コンパクトながら、宗教画コレクションが充実し、中世後期から20世紀前半までの各時代の作品を万遍なく取り揃え、古い年代順に展示されているため、展示室を入り口から一巡すれば、美術史の変遷(テーマや様式・技法)を辿ることができます。モネを筆頭に印象派絵画コレクション、またロダン・コレクションも世界に誇れるものです。そして、ル・コルビュジエが設計を手がけた建物自体が、「世界遺産」を視野に入れた芸術作品でもあります。

 さて、肝心のトークですが、今回、参加者の中に頷き上手な方が何人もいらして、それに乗せられるように、私の舌も滑らかになりました。参加者からの質問も活発に出て、予定の時間をだいぶオーバーしてしまいました。「予定の時間になりましたので、御用がおありの方は離脱されて結構です」とアナウンスしましたが、最後まで全員の方が参加して下さいました。

 さらに、友人(ブラジル人のClarissa)も駆けつけてくれ、心強い限りでした。

 参加者の間で終始笑顔の絶えない楽しいギャラリートークを終え、今はちょっとした充実感を味わっているところです。反省点としては、前半に少し時間を割きすぎたために、後半は巻いてしまい、幾つかの重要ポイントを言い忘れてしまったこと。もし、今回の参加者が、このブログを読んで下さったなら、コメントを寄せていただきたいところですが、なにぶんネットの片隅にひっそりとたたずんでいるブログなので、望むべくもないかな…

 通常、スクール・ギャラリートークを専門とする者としては、一般成人向けのトークはまさにチャレンジでしたが、一般向けには一般向けの面白さがあり、今回、担当して良かったと思います。今回のトークを担当するにあたり、改めて各作品について調べたことで、自分の無知・不勉強を自覚できたことも、今後の活動を続けて行く上で本当に良かったですね。この機会を得られたことに感謝

2015/5/15

5月18日(月)は「国際博物館の日」  文化・芸術(展覧会&講演会)

 おマヌケな私は、最近、スクールギャラリートークの予定もなかったので知らなかったのですが、5月9日(土)から24日(日)まで、「上野ミュージアム・ウィーク」と銘打って、上野公園内の博物館・美術館で、さまざまなイベントが行われていたようです。

 5月18日(月)は、国際的に取り決められた記念日「国際博物館の日」で、この日、全世界の博物館・美術館で、広く一般市民に博物館の意義を理解し、より親しんでいただく為のイベントが開催されるそうです。

 この日、上野界隈の博物館・美術館も、通常休館日のところ特別開館し、常設コレクションに限り入場も無料です。詳しくは下記のリンクまで!

上野ミュージアム・ウィーク

 因みに、私のボランティア先の国立西洋美術館では、正午から、先着30名様(当日、事前に申し込みが必要です。詳しくは上のリンクで確認を!)を対象に、2つのグループに分かれて、ボランティアによる、常設コレクションのギャラリートーク(40分間)が行われます。もしかしたら、そこで、皆さんにお会いできるかもしれませんね


 今年は前半からワクワクするような展覧会が目白押しで、私もの許す限り、美術館や博物館に足を運んでいます。

 今日も、終了間近い2つの展覧会をハシゴして来ました。最初に上野で東京藝大美術館の「ダブル・インパクト展」を見て、その後、京橋で新社屋建設の為、間もなく長期休館に入るブリジストン美術館で「ベスト・オブ・ベスト展」を見ました。

 5月とは思えない暑さも手伝って(しかも久しぶりのサンダル履きで?)、2カ所のハシゴは正直、きつかった。歩いたのは1万歩程度なのですが、足の裏が腫れ上がっています。

 欧米が受けたジャポニスムのインパクトと、日本が受けた欧米からの西洋美術のインパクトの両方に取材した「ダブル・インパクト展」は、会期終了間際とは言え観客はそこそこの入りで、それほどストレスなく全ての作品を見ることができました。

 私はボストン美術館収蔵の近代日本画群が気に入りました。大観や菱田春草の朦朧体による、何とも言えない大気の揺らぎを感じさせる作品群が目に心地良くて、暫く見入ってしまいました。発表当時は斬新過ぎて、伝統的な日本画を旨とする画壇から認めて貰えなかったようですが…そういう旧主派と革新派のせめぎあう姿は、19世紀後半のフランスにおけるアカデミーと印象派の対立に通じるものを感じますね。

 不勉強で知らなかったのですが、当時は柴田是新(ぜしん)と言う画家も大活躍だったのですね。「近代日本画の父」と呼ばれる狩野芳崖や橋本雅邦、河鍋暁斎などの作品も複数出品されていて見ごたえがありました。

 また、時代に翻弄された洋画の不遇や、体制に阿った美術工芸界の歴史など、胸が痛くなるような内容もあって、日本近代美術史の光と影をバランス良く見せてくれていたように思います。

 ブリジストン美術館の「ベスト・オブ・ベスト展」は、金曜日の夕方とあって、あの都心のビルの中にあるコンパクトな美術館に大勢の人が押し寄せ、作品を見終わって踵を返したら、危うく人とぶつかりそうになるぐらい混雑していました。人波かき分けながら作品を見るのって疲れます。今回ばかりは事情が事情だけに仕方ないけれど。

 さすがに名品揃い。倉敷の大原孫三郎氏と並んで(大原美術館は1930年開館)、日本におけるメセナの先駆けのひとりである石橋正二郎氏、集めも集めたり、その数2,500点。今回は最初の展示室で、美術館の歴史を紐解く構成となっており、貴重な文献資料や映像資料で、日本の美術館界においてブリジストン美術館が担って来た役割の大きさを改めて知ることができました。開館は1952年で、国立西洋美術館に先駆けること7年、首都圏で初めて西洋美術を本格的に取り扱う美術館だったのです。

 もちろん、青木繁、黒田清輝、安井曾太郎、藤島武二等、日本近代洋画を代表する作家の作品もあります。

 とにかく、さほど広くない展示室に、選び抜かれた160点がひしめき合い、大勢の来館者の熱気も相俟って、濃密な味わいの展覧会でした。今回は1人1部限定の10ページに渡るA4大のリーフレット(無料)が用意されていました。特に展覧会用カタログは用意されていませんでしたが、既出の名作選カタログで対応しているようでした。 

 こちらとは、しばしのお別れ。再開が待ち遠しいです。 

2015/5/9

ミューザ川崎に行って来ました♪  文化・芸術(展覧会&講演会)

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 今日は数年ぶりにミューザ川崎シンフォニーホールに行って来ました。

クリックすると元のサイズで表示します 目的は、かつてNHK交響楽団で首席第一コンサートマスター、ソロ・コンサートマスターを務め、現在も日本を代表するヴァイオリニストの一人として国内外で活躍する徳永二男(とくなが つぐお)氏のヴァイオリン・リサイタルを聴くためです。

 今回は「ミューザ川崎ホリデー・アフタヌーンコンサート」と銘打った、秀逸なクラシック音楽の演奏会を、手頃な価格で楽しめる企画のひとつ

 徳永氏の経歴は華々しく、デビュー以来、常に日本のクラシック音楽シーンの表舞台で、その力量をいかんなく発揮されて来たと言えるでしょう。

 ソリストとして国内外の著名オーケストラとの共演も多く、近年は有名ホールの音楽監督や国際音楽祭の総合プロデューサーを務めたり、音楽大学で後進の指導にも当たり、さらに最近は指揮活動も新たに始めるなど、長年に渡り、精力的に活動を続けておられるようです

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クリックすると元のサイズで表示します 今回はピアノ伴奏(林絵里さん。的確で、徳永氏との息もピッタリで、素晴らしい伴奏でした!ちょうど真横の姿を拝見したのですが、時に優雅、時に力強い、腕の動きが印象的でした。)のみと言うシンプルな構成で、ヴァイオリンそのものの音色を存分に堪能できました。

 曲目は18-19世紀の楽曲を中心に、正直、音楽に詳しいとは言えない私の(作曲家の名前は知っていても)知らない曲が殆どでしたが、悼尾を飾ったサラサーテの難曲《ツィゴイネルワイゼン》の演奏は超絶技巧の連続で圧巻でした!

 幕間?に、《ツィゴイネルワイゼン》で使われる幾つかの技巧を実際に演奏して見せて、ユーモアを交えながら解説して下さったのも、クラシック音楽は専ら聴くだけの初心者の私には有難かったです。

 《ツィゴイネルワイゼン》と言う曲は、徳永氏曰く、「難しいと思う暇を与えないほど超絶技巧の連続」らしく、もちろん今でも難曲には違いないのですが、最近は早期からの基礎教育が徹底しているおかげで、若手でも演奏できる人が増えているそうです。その話に絡めて、最初期の基礎教育の大切さを説いておられたのが印象的でした。 

 アンコールは3曲とサービス精神たっぷりで(まあ、聴衆が感動のあまりなのか、いつまでも拍手を止めないので、それに応えられたと言うところでしょうか?個人的にはあまり長く拍手すると、演奏を催促しているみたいで、お疲れである演奏者に申し訳ない気がするのですが…)、しかも私でも知っているタイスの《マスネ》やクライスラーの《愛の喜び》、モンティの《チャルダッシュ》で、大満足の思いで、ミューザ川崎を後にしたのでした

 ちょっと小腹が好いたので、ラゾーナのスープ・ストック・トウキョウで、"ゴッホのオニオン・スープ"を飲みました何のことはない、普通のオニオン・グラタン・スープですが、どうして"ゴッホの"なんだろう?

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2015/5/7

谷中界隈散歩  散歩の記録

クリックすると元のサイズで表示します GW最終日の6日(水)は、JR日暮里駅を起点に谷中界隈を散歩して来ました。
 
 自宅を出たのが昼過ぎと少し遅かったので、最後は予定の森鴎外記念館には残念ながら行けなかったのですが、薫風そよぐ5月らしい爽やかな陽気で、気持ち良く歩くことが出来ました。

 最初に駅近くの花家食堂で、遅めの昼食をとりました。寺町である谷中には数多くの寺があり、すぐ近くには谷中霊園もあります。墓参り帰りの方々がよく利用する食堂なのでしょうか?

 店内はレトロな佇まいながら、掃除がよく行き届いていて、心地良い空間でした。年配女性がキビキビと働いておられたのが印象的。また、橋爪功、関根麻里、ブラック・マヨネーズ等、有名タレントのサイン入り色紙が、壁にずらりと掲示されていたのも、どこか懐かしい"昭和の雰囲気"を漂わせていました。

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クリックすると元のサイズで表示します 私達夫婦が食べたのは、夫がレバニラごはん、私は五目固焼きそば。

 夫のレバニラごはんはともかく、私の五目固焼きそばは大皿にどーんと盛られていて、かなりボリューミィ

 具も五目どころではなくて、十目はあったと思う。煮豚の薄切りやら、卵焼きやらも入っていて、ラーメンや中華丼や八宝菜と言った別のメニューの具材をちゃっかり?流用しているようでした。

 そういう大らかさと言うか、合理主義って、昔ながらの食堂らしいですね

 固麺(揚げ麺)の上に具材たっぷりのあんかけが乗っているので、長崎の皿うどんを彷彿とさせますが、味はかなり薄味で、途中でソースを頼んだほどでした。しかし、そのソースがウスターではなく中農ソースで、私が求めた味とは少し違ってしまいました。ハハハ

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 以前から気になってはいたものの、なかなか行けずにいた朝倉彫塑館にも、今回行ってきました。元は彫刻家、朝倉文夫の自宅兼アトリエだったのを、現在は台東区立朝倉彫塑館として公開しています。

 朝倉文夫が自ら設計し、昭和10年に完成したと言う建物は、アトリエ部分が鉄筋コンクリート造住居部分が数奇屋造りと、和洋折衷な造りとなっていますが、アトリエのホールに展示された朝倉の作品をはじめ、天井の高さまで設えられた書棚が圧巻の書斎、巨石を配し、池には大きな鯉が悠々と泳ぐ中庭を取り囲むようにして建てられた住居(階段の手すり一本にさえ、朝倉の拘りを感じます)の美しさに、ただただ見惚れるばかりでした(館内は撮影禁止)

 アトリエの屋上には、当時としては珍しい(と言うより斬新?)庭園が造られており、下階からやや急な階段を上った正面には堂々たる1本の木が根付いていて、まず、その威容に驚かされます。他に花や野菜などが、現在でも栽培されているようです。

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クリックすると元のサイズで表示します 次に訪れたのは観音寺です。かの忠臣蔵・赤穂浪士ゆかりの寺(住職が赤穂浪士の兄弟)らしく、その供養塔が建っています。当時は、この寺で赤穂浪士の会合も密かに開かれたとか。 

 この寺は弘法大師ゆかりの寺でもあり、大師堂の脇に植えられたツツジが、今を盛りと満開の美しさでした。

 同じ谷中でも区画によって花の時期もかなり違うようで、他のところでは既に開花時期が過ぎて枯れた木が多く、これだけ美しいツツジは、殆ど見られませんでした。

 とにかく花の色が鮮やかで、緑の葉とのコントラストも鮮やかで、花びらにも張りがあり、瑞々しさに溢れていました。全体の形の美しさを見ても、日頃からの手入れが行き届いているのが窺えます。

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 途中で見かけたヒマラヤ杉の巨木。隣家に接して立つこの木は、根元もアスファルトに覆われ痛々しい限りですが、それが却って、この木の逞しい生命力を感じさせます。

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 住宅街の、あるお宅の玄関先で見かけた花。可憐です。

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 根津神社、正面口。この日は恒例の「つつじ祭り」の最終日でした。私達が到着したのは4時半過ぎで、既に露店が撤収を始めた頃でした。驚いたのは、イマドキの露店商には外国人もいるのですね店主の風貌や店の様子からトルコ人と見受けました。暫く見ないうちに、露店も国際化が進んでいたのだなあ…

 なぜか参拝に長蛇の列。せいぜい2〜3人の同行者単位で参拝するせいでしょうか?皆さん、丁寧に「二拝二拍手一拝」されるので、人数の割に通常の参拝より時間がかかったような印象です。素朴な疑問として、なぜ、もっと横に広がって参拝しないのかしら、と思いました。この神社だけ、何か特別な決まりでもあるのでしょうか?

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 さすがに最終日となるとつつじ園も花々が色褪せて、物寂しげな風情です。花の盛りに来れば、きっと目を見張るほどの美しさであったことでしょう。今年は春先からの暑さで、例年になく花の盛りが前倒しになってしまい、どこの花祭りも、恒例の日程での開催には四苦八苦したのではないでしょうか?

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 最後に訪れたのは、つい最近、テレビの街頭レポートでも見かけた谷中ぎんざ。揚げたてメンチカツで知られるお肉屋さんの店先には、アイドル来店を賑々しくアピールする立て看板があり、正直、ちょっと興ざめでした。もっと素朴な佇まいを期待する方が間違っているのでしょうか?

 そう言えば、今回の散歩でも日本語以外に英語、仏語、西語、中国語、韓国語が聞こえて来ました。外国人ツアーの団体ともすれ違いました。定住者と思しき自転車に乗った中国人のグループも見かけました。寺町界隈はともかく、何の変哲もない住宅街を歩く外国人の目に、谷中はどのように映るのでしょうか?私達日本人とは視点が違うのかしら?

 途中で、通りすがりの外国人に、柏餅について拙い英語で一生懸命説明している女性の二人連れを見かけました。「え…と、餅って英語で何て言うのかしら?期間限定、季節限定って、えーっと…」。どうやら、親切心で持っていた柏餅を外国人カップルにプレゼントしたらしいのですが、微笑ましい草の根国際交流と言った雰囲気でした。しかし、まあ、もっと英語を勉強した方が良いかもね。このような機会が増えることで、彼女達の英語学習熱も高まるのでしょうか?外国語も使う機会がなければ、学習意欲など湧かないですものね。

クリックすると元のサイズで表示します 写真手前の階段を上りきった左手のビルに、かなり大きなパキスタン料理店がありました。夜にはベリーダンスショーも開かれているようです。こんなザ・東京的な下町にパキスタン料理とベリーダンスショーなんて、何だか不思議な取り合わせです。

 先程のトルコ人露天商と言い、中国人自転車集団と言い、東京の国際化は私の想像以上に進んでいるのかもしれません。

 それはさておき、お散歩ガイドブックの地図とにらめっこしながら歩いていた夫が、途中から頭痛がすると言い出しました。

 意外にも、こうしたガイドブックの地図は結構クセもので、分かり辛いものが多い印象。夫の空間認知能力?の衰えも原因かもしれませんが…。私は地図を読むのは端から諦めて、現場で標識や看板や目立つ建物等、目印となるものを確認してから歩く主義です。

 実は、この凸凹コンビが互いの足りない部分を補い合い、協力し合って、時には迷いながら街中を歩き回るのが、散歩の醍醐味であったりします

 次は何処へ…


2015/5/5

『ビリギャル』(2014、日本)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 「学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶応大学に現役合格した話」と言う長たらしい副題が付いている本作は、昨年から今年にかけてベストセラーとなっている実話ベースの本が原作だ。

 当初は正直、"必見!"とまでは思っていなかったのだが、たまたま某テレビ番組で著者の塾講師坪田氏が紹介されていたのを見て、その先生の人柄に興味を覚え、映画を見ることに決めた。

 番組で紹介されていた坪田氏は、とにかくユニークであった。一言で表現するならば、「人材育成に時間も金も惜しまない人」であった。

 現在は塾長を務めておられるようだが、まず講師陣の教育の為に、有名無名に関わらず「この人は一流だ」と坪田氏が思う人を講演者として招き、その費用だけでも年間一千万円をかけていると言う。坪田氏曰く、こうした一流人に共通するのは「腰の低さ」

 一流人であればあるほど、他人に対して偉ぶらない謙虚さが、深く印象に残ったと言う。結局、常に他者から学ぼうとする謙虚な姿勢が、人を一流にすると言うことなのだろうか?そもそも、他者との無用な摩擦は避けることが(もちろん、より高い成果を上げる為に建設的な議論は必要。これは摩擦とは呼ばないだろう)、仕事を円滑に進める為の要諦とも言える。仕事ができる人は、そのことをよく分かっているからこそ自重して、他者とも良好な関係を築くよう心がけているのかもしれない。
 
 また、現在は東大生と言う塾の卒業生二人を、一流ホテルのレストランに招いて豪華な夕食を振る舞う様子も、テレビには映し出されていた。ひとり当たりの金額が3万円近いコース料理である。これも、将来、社会の一線で活躍するであろう彼らへの期待を込めて、「この程度の料理を食べられるような立場の人間になれ」と言う、坪田氏なりの激励のようだ。

 こうした坪田流の人材育成の原点は、彼の母にあったと坪田氏は言う。幼い頃、けっして裕福な家庭ではなかったはずなのに、坪田氏の母は常に人と食事をする時は率先して驕ったらしい。母は訝る幼い坪田氏に、その理由をハッキリとは述べなかったが、「あなたもそうするように」と約束させたと言う。

 以来、坪田氏は母の教えを守り、結果的に、そうすることで人脈を広げて行ったようだ。

 さらに多忙な中、坪田氏は、時間があれば妻と行動を共にするよう心がけているらしく、出張にもできる限り妻を帯同させるらしい。そこには良き夫、良き家庭人としての坪田氏の一面が垣間見えた。

 そんな坪田氏が生きる上で最も重視しているのは、(彼の母が身を以て教えてくれた)他者との関わりを大切にすること、だと私は見た。馬鹿正直なくらい「性善説」を前提に人と接しているように見える。

 映画『ビリギャル』でも、その原理原則は一貫していて、中学から遊び惚けて成績も学年最下位となった主人公の女子高校生を、坪田先生はひたすら励まし、その可能性を信じてあげるのだ(劇中、迷う部分も見られるが…先生だって人間だもの・笑)。講師の坪田先生との信頼関係を築く中で、女子高校生も次第に自信を得て、ひたむきに受験勉強に取り組むようになる。

クリックすると元のサイズで表示します ただし、ギャルとは言え、主人公の工藤さやか嬢には、野球バカで一人息子に執心の父親はともかく(←これはこれで、我が子の英才教育に血道を上げる親への警鐘とも取れて、物語の隠れたテーマにもなっている)、きちんと娘と向き合う愛情深い母親(←見方によっては、"モンスターペアレント"な、とんでもない母親ではあるが…)と、姉を慕う可愛くて素直な妹がおり、家庭に居場所がなく深夜徘徊を繰り返しているわけでもない。

クリックすると元のサイズで表示します 中学時代からつるんで夜遊びをしている友人達も、基本的にエスカレータ式で大学まで行けるお嬢様学校?の生徒だけあって、世間ずれしたところはない。

 ギャルはギャルでもお上品なギャルで、世間一般で言われるところの"ギャル"とはちょっと違うのだ。

 元々中学受験を突破するほどの、ある程度ポテンシャルを持った少女が、たまたま道が逸れていたのを、ひとりの塾講師との出会いをきっかけに軌道修正して、本気を出して受験勉強に取り組んだからこその、慶應義塾大学合格なのである。親も教育に理解があり、支援を惜しまない、家庭的にも恵まれた環境にある。よくよく考えれば、副題で言うほどの奇跡でも何でもない。

クリックすると元のサイズで表示します しかし、坪田先生のような人との出会いは、ありそうでないのが現実である。強いて言えば、さやか嬢にとっては、坪田先生との出会いが奇跡であった。
 
 児童生徒の長所を見抜いて、その可能性を信じ、ひたすら励ます大人。そういう大人との出会いで、自分の可能性を信じて、未来に向かって頑張れるようになった子ども達はなんと幸せなことか。
 
 その意味で、多感な時期に、可能性に溢れた未来へと、教え導いてくれる人との出会いの大切さを、改めて思い知らされる作品である。子ども達の最も身近な存在である親も教師も、自身が担っている責任の大きさを、もっと自覚すべきなのかもしれない。

 
 薫風吹く「子どもの日に。


2015/5/4

そんな故郷なら、いっそのこと捨ててしまえ!  はなこ的考察―良いこと探し

 10年以上前だっただろうか。友人の夫が、以前勤めていた会社の取引先の企業の社長に誘われる形で転職した際に、「転職先の二代目オーナー社長の、会社経営におけるあまりの公私混同ぶりに驚いた」と話していたのを思い出す。

 サラリーマンなんて、仕事着のスーツでさえ経費で落とせないのに、その社長と来たら、家族の食事会、旅行、息子娘用のPC等々、家族に係る出費の殆どを会社の経費で落としていたらしい。

 それでシッカリ節税して利益を確保しているようなのだが、友人の夫が怒り心頭だったのは、それだけやりたい放題に家族の為にお金を使っていながら、従業員にはかなり低い賃金しか支払っていないことだった。当時、転職は失敗だったとまで言っていた。しかし、年齢的に再び転職も難しいと思ったのか、今も同じ会社で働き続けている。

 また、数年前に別の友人の母が言った言葉に、ショックを受けたことがあった。友人は地元でも土地持ちで知られる家の息子と結婚した。友人の夫は家業を継ぎ、後年、土地を担保にかなり大きな賃貸マンションを建てる等して、さらに資産を増やした。友人には県外の大学を出たエンジニアの兄がおり、県内では有数の企業に勤めている。しかし、兄の収入では老朽化した家の建て替えもままならないと言う。それで、友人の母は現在、友人の夫、つまり娘婿が提供した家で暮らしている。そこで友人の母が発した一言が「やっぱり勤め人は稼ぎが悪くてダメね」であった。

 果たして、そうだろうか?大学まで出て専門技術を極めたエンジニアのお兄さんに、十分な給与を支払わない会社の方が間違っているのではないだろうか?所得分配が不公平なのが問題なのではないか?日本は「物作り大国」と言いながら、他の先進国と比較してエンジニアの地位や収入が低い(対事務職比)とも聞く。友人の兄は日々、真面目に働いているにも関わらず、母親にあのような言われ方をしたのでは、本当に気の毒だと思う。昔から知る友人の母のことは大好きだけれど、お金を持っている方が優る、と言うような拝金主義的な考え方には、私はどうしても賛同できない。

 なぜ、このふたつのエピソードを思い出したかと言うと、先日、書店で『沖縄の不都合な真実』と言う新書(現在、アマゾンの新書部門で売り上げ第一位らしい)の格差社会の章を読んだ際に、所得分配の不平等ぶりを示す指標"ジニ係数"についての記述が出て来たからである。そこでは、日本でも特にジニ係数が高い都道府県として沖縄県、大阪府、徳島県、そして長崎県の名が挙がっていた。つまり、この4府県は日本の中でも所得分配が不平等で、地域社会の中で格差が大きいと言うわけだ。

 本書は特に沖縄の知られざる負の一面を炙り出す目的で書かれたものなので、その内容はかなり驚くべきものとなっている。例えば、県全体の平均年収は全国最下位なのに、年収1,000万円以上の高額所得者世帯数が全国でも10位(台?)で、地方からは唯一のランクイン(他は大都市圏のみ)だと言う。このことは、沖縄県内で凄まじい格差が存在することを意味している。同様に、県民平均所得は300万円台なのに、公務員の平均所得は700万円台等、これだけ民間と公務員の所得格差が大きいのも珍しいのではないか?本書ではそんな沖縄を、"公務員天国"と揶揄している。

 これはつまり、米軍基地負担の見返りに沖縄県に交付される膨大な額の振興予算利権に群がる層(公務員、建設業者、インフラ業者、軍用地権者等)に富が一極集中し、それ以外の県民は貧困に喘いでいると言うことだ。しかも既得権益者はその利権をけっして手放そうとはしない(←尤も、既得権益者の富の独り占め〜富の偏在は、日本の地方どころか、世界的な問題であると言える)

 かくて、公務員(県庁職員、市役所職員、教員)もコネ採用がまかり通り、一族郎党が公務員など、まるで世襲の職業になっているようだ。さらに軍用地権者は不労所得として年間数百万円を得、それを担保に不動産投資で資産を増やす一方で、底辺層*は貧窮に喘ぎ、我が子への教育もままならない状況が、全国でも突出した低学力県の原因となっているだけでなく、階層の固定化を促す要因となっていると言う。

*男女共に生涯未婚率が高く(←定職にも就けず、他県の自動車メーカーの季節労働従事と失業手当給付を繰り返して糊口を凌ぐ人も少なくないそうだ。貧し過ぎて結婚もできないと言うことか?)、結婚できたとしても離婚率が高く、シングルマザー世帯が多い。しかもシングルマザーの所得は全国平均を大幅に下回る低さなのに、子どもへの自治体の医療費負担率、認可保育園の割合も全国平均を下回っている。 

 ただし、こうした問題は沖縄県だけでなく、日本の「地方」では程度の差こそあれ、昔から何処にもあったものだと思う。地方では昔ながらの地主が土地の名士であり、企業城下町でない限り公務員が最も安定した就職先であり、「地方交付金(を当てにした公共事業)利権」と言うものが厳然と存在し、選挙結果に絶大な影響を及ぼして来たはずだ。そういう既得権益者が幅をきかせる地方で、不運にしてコネも金もない人は、才覚があっても、それを生かせる場は少なく、報われないことが多いと思う。

 だったら、そういう不遇な人は生まれ故郷から飛び出して、都会に出て来れば良い。少なくとも地縁・血縁の弱さが、自分の不利に働くことはない。自分を知らない他人が殆どの中で、自分の生きたいように生きることができる。都会暮らしには、頼れる身寄りのない"孤独"と背中合わせながら、自らの責任で生じたわけでもない社会的格差から解き放たれた"自由"がある。

 思うに、人生において最も不幸なことは、端から挑戦もできないことなのではないだろうか?その成否はともかく、自らの現状を変えるべく、自らの能力を信じて、何かにチャレンジする。硬直した地方の階級社会では公正な競争は望むべくもなく、そのチャレンジすら、さまざまなしがらみや既得権益者らによる妨害があって難しいのが実情だと思う。

 逆に言うと、なぜ若者が故郷を捨てて出て行くのか、地方自治体は自らを省みるべきだろう。地元に残っている者の殆ど(←もちろん、全員とは言っていない。何らかの志を持って、敢えて地元に残ることを選択した人も、少数ながらいるのだろう)は、「地元での生活に何の不安もない既得権益者の子弟」か、「格差社会の現実を知ってチャレンジすることを諦め、現状に甘んじることを仕方なく受け入れた者」か、はたまた、「教育の効果・効用を知らずに育ち、自らの環境を変えるべく努力し、何かにチャレンジする発想すらなく、現状維持を良しとする底辺層」だろう。

 ただし、以上のことは、震災の被災地等、特殊な事情を抱えた場所では、必ずしも当て嵌まらないのかもしれない。さらに言えば、地方出身者にしても都会出身者にしても、地元で活路を見出せないのであれば、そこを離れて、新天地でチャレンジすることが、その人の人生を変える契機になると言う意味では同じなのかもしれない。

 生まれながらの環境が良くなければ、自分で変えるまでだ。それぐらいの気概がなければ、不遇の人間は不遇のまま、人生を終えてしまうことになると思う。

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   写真はチェスキークルムロフの川縁

2015/5/4

今日は久しぶりに…  携帯電話から投稿

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横浜MM。

風が少し強め。

GWだから、
人出もかなり多め。

おかげでベンチは相席。
お隣は…中国人?

目の前を白人の団体さんが通過…

おぉ…コスプレ集団も通過…

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2015/5/1

GWはとバス旅(5)  国内旅行(旅の記録と話題)

 最後の訪問地は、昨年米放送局CNNによって「世界の夢の旅行先9カ所」(リンク先のrecordchina.onlineで他の旅行先を見ましたが、独特な雰囲気の場所《人が滅多に足を踏み入れない秘境とか》が多く、どういう基準で選出したのか、正直、理解しづらいです。その中であしかがフラワーパークは普通過ぎて異質)に日本から唯一選出された、で有名なあしかがフラワーパーク。リーフレットにも早速、選出された旨の文言が書き添えられていました。

 私ははとバスツアーだけでも既に当地には3回訪れており、この時期の訪問も今回で昨年に続いて2回目なのですが、藤とツツジを筆頭に花々の美しさには何度見ても感動します。もう細かい説明は不要ですね。百花繚乱ぶりを写真でお楽しみ下さい。

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 丘の斜面に燃え立つように色鮮やかな花々が咲き乱れる様を見て、
「まるで山が花で燃えているみたいね」 と言った人がいました…
 
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 私の目に映った二本のツツジの繊細な色合いの違いは、サイバーショットの性能を以てしても、残念ながら、この写真で再現されたとは言えません。

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 大輪の芍薬も、藤やツツジに負けじと、独特の存在感を放っていました。

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 白藤も日に照らされて輝いています。 

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 八重藤の花の房は、葡萄の房を思わせる重量感。老木の堂々たる幹が印象的。

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 当地には90分と、今回訪れた場所では最長の滞在時間でしたが、園内所狭しと繰り広げられている花々の競演を楽しむには足りないくらいでした。

 地形の起伏を巧みに生かした植栽で花々を様々な角度からも楽しめ、花の公園としては「お見事!」としか言いようがありません。園内各所から聞こえて来る人々の感嘆の声、園内に立ちこめる甘美な種々の花の香りも相俟って、五感が刺激されるに十分な環境で、心も身体も若やぐようでした。

 ツアー全体を通しても、それぞれの訪問先が比較的近い距離を移動しての観光で、下車観光の充実ぶりが際立っていたように思います。

 また、特筆したいのがガイド嬢の美声で、柔らかなトーンながら良く通る声で、滑舌も素晴らしく、その語りは、凡庸なキー局のアナウンサーよりよほど聞き取りやすかったように思います。彼女曰く、ガイドの採用試験では1曲歌声を披露するとのことでしたが、彼女の美声なら難なく合格であったことでしょう。ガイド・トークではまだ話の運びに拙さも感じられ、新人の方とお見受けしましたが、これから経験を積んで行けば、はとバスを代表するような素晴らしいガイドさんになれると思います。

 それだけに(この頃、毎度思うのですが…)、ガイドさんが名所解説をしている時ぐらいは、乗客は黙っているか、話すにしても遠慮して、もう少し小さな声で話して欲しいと思いました。何より懸命に話しておられるガイドさんに対して失礼ですし、解説を聞きたいと思っている他の乗客にとっても迷惑です。

 学校の授業参観でも私語が聞こえて来る昨今、一部の大人の、特に女性の態度はどうにかならないものでしょうか?子ども達はきっと親の日頃の行いを見ているはずなので、子ども達への影響も心配です。普段、美術館でギャラリートークを実施する際も、聞く態度ができていない児童生徒を見かける度に、様々な状況から鑑みて、これは子ども自身よりも親の問題なのかなと推察しています。

 とまれ、今回もはとバスツアーを堪能しました。運転手さんも一貫して安全運転に努めて下さり、何の不安もなくバスの車窓からの景色を楽しむことができました。また、面白そうなツアーがあれば、是非参加したいと思います。

2015/5/1

GWはとバス旅(4)  国内旅行(旅の記録と話題)

 バスは50分近く走って、今度は栃木県小山市へ。数多くの温室が建ち並ぶ広大な平野の一角にある栃木いちごの里到着しました。ここは特産のいちごを生かして、いちごやその加工品の直販を始め、いちご狩りやレストラン等、観光事業にも力を入れている所のようです。

 家畜と触れあうことのできるミニ動物園も併設しており、ロバや羊や山羊が飼われています。羊は間近で見ると、バッサバッサの睫毛が可愛いことを発見!一週間ほど前に子ヤギが産まれたばかりだとかで、小さな山羊に親山羊が授乳している姿を何度か見かけました。

 
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 近隣に3階以上の建物が皆無?なので、とにかく空が高く広く見えます。実際、カメラに収まらないほど。この開放感はたまりません。しかも空気が澄んでいて、おいしい。都会だと、青天でも地平線近くはどんよりとした赤茶けた色交じりの青空ですが、当地はどこまでも見渡す限り、澄み切った青空です。

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 さて、昼ご飯です。道路沿いにはこじゃれた一般客向けのレストランがありますが、団体向けはその裏手にあるビニールハウスばりの簡易な作りのものです。見るからに温室並みに暑そう…まあ、団体向けは何処もそんなものです。コストに見合う仕様でしかない。

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 昼食メニューは簡単なグリーンサラダとトマト味のスープリゾット

 店主曰く、地産地消に拘って、リゾットのお米も自家製のコシヒカリだとか。しかし、リゾットと言うより、洋風おじやと言う感じ。リゾットと言うと、少し芯が残っているような固めの米のイメージなのですが、こちらのスープリゾットは炊いたご飯を煮込んだ感じです。元々高温多湿な土地で産まれた日本のお米は、リゾットに不向きなのかもしれません。具にアサリ等が入ってペスカトーレ風味なのですが、味付けはトマトソースと言うよりトマトケチャップのような味がしました。けっして不味くはないのですが、リゾットと言うにはちょっと侘びさが漂います。でも仕方ありません。団体ツアーなのですから。

 それに今回のツアーの目玉でもあるスィーツがこの後に控えています。だから、昼食はこの程度の物足りなさ感でOKなのです。

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 40人近いツアー客のスィーツの準備に時間がかかると言うことで、私達ツアー客は一旦食事場所を退場し、スィーツの準備が整うまで、すぐ近くの売店で土産物を買ったり、併設の動物園で動物と触れあったり、トイレを済ませたりして、時間を過ごしました。

 そして、いよいよ今回のツアーの目玉のひとつである、この店自慢のスィーツ、ふわふわ天使のパンケーキの登場です。直径15cmほどのパンケーキの周りに地元特産のとちおとめを散りばめ、トッピングには高さ10cmはあろうかと言う、ふわふわのホイップクリームです。その上には店特製のいちごメイプルシロップがかかっています。テーブルには、お試し用のいちごメイプルシロップの瓶が置かれていたので、早速試してみました。メイプル味が優って、あまりいちごの風味は感じられなかったのですが、私の知るカナダ産のメープルシロップよりあっさりとした味わいでした。

 はとバスのカタログには3種のベリーと書いてあったような気がするのですが、今回はいちごのみでした。とは言え、地元で食べる新鮮ないちごはやっぱり美味しい。全体的に結構ボリューミィで、食べ応えがありました。完食できずに半分程残した人も何人かいたようです。私は食いしん坊だから、もちろん完食。

 ホィップクリープは機械で空気を思いっきり含ませてボリュームを出しているらしいので、実際に口にしてみると、見た目よりあっさりとした軽めの食感でした。時間が経つと泡になってしまうほどの軽さです。だからカロリーは心配するほどのものではないのかもしれません(尤も、カロリーを気にする人は、最初からこのツアーには参加しないでしょう)

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クリックすると元のサイズで表示します いちごジャムやソース、いちごを使ったケーキ、お菓子、ヨーグルト等、いちごの里らしさ満載の品揃えの売店マルシェで、今回はシンプルないちごジャムとマドレーヌといちご味の飲むヨーグルトを買いました。

 面白かったのは、ゆずやリンゴなど、いちごと他の果物を組み合わせたジャムが豊富に取り揃えられていたこと。私はジャムの中でもいちごが一番好きと言うこともありますが、迷った挙げ句、シンプルにいちごだけのジャムを買いました。

 ヨーグルトは次の訪問先の足利フラワーパークで休憩中に飲んでしまいました。普通に美味でした。

 団体ツアーは訪れるにしても、食べるにしても、今後の個人旅行の下見的な要素もあるので、今度は個人で改めて正規のレストランの料理を食べてみたいと思いました。

 この後、再びバスで移動し、佐野市の工業団地内にある佐野一番ラーメンの工場兼売店で、佐野名物の「佐野ラーメン」と「いもフライ」を試食しました。

 移動の途中、車窓から幾つかの麦畑を目にしました。日に照らされてキラキラと輝く黄金色の麦の穂が一斉に吹く風に揺れるさまはとても美しく、バスで後方の席に座っていた老婦人も盛んに感嘆の声をあげていました。佐野ラーメンが産まれたのも、この佐野市が古くから小麦の産地だったからと聞いたことがありますが、実際に麦畑を目にしたのは今回が初めてでした。

 試食と聞いてタカを括っていたら、ラーメンはどんぶりで供され、少し驚きましたいもフライも直径3cm大が2個でかなりボリューミイ。完食すると昼食と合わせてカロリーオーバー確実ですね。結局、ラーメンがなかなか美味しかったので、売店で特製メンマも入った5食入りを買いました。


2015/5/1

GWはとバス旅(3)  国内旅行(旅の記録と話題)

 15分程バスで移動し、到着したのはザ・トレジャーガーデン館林。東武伊勢崎線茂林寺前駅から徒歩15分のところにある観光施設のようです。

 ここはその名の通り、庭園の花々を楽しむ場所。約80,000uの園内に四季を通じて4,000種100万株の花園が広がるのが自慢だそう。芝桜のガーデン、ブリリアントガーデン、ローズガーデン、アジサイエリア、青のガーデン、ロングボーダーガーデン、テラスインザガーデンと大きく分けて7つのエリアから成る施設です。ガーデン文化と言えば英国が真っ先に思い浮かびますが、施設内の建物も、その中の設え、家具調度品も英国調な趣き。

 この季節は、入園してすぐ目前に広がる芝桜ガーデンが売りのはずですが、春先から例年になく暑さが厳しいせいで、残念ながら芝桜の見頃は既に過ぎてしまったそうです。それでも写真のような美しさ。ピーク時にはさぞかし色鮮やかな芝桜で、訪れる人の目を楽しませてくれたのでしょうね。

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 青のガーデンを彩るのは涼やかな青色の小ぶりな花を咲かせるネモフィラ。この時期には芝桜と共によく耳にする花の名前です。

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 ネモフィラの群生に柳の木の取り合わせは不思議だけれど、違和感はないですね。

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 既に花の盛りを過ぎて、辛うじて一輪だけ残っていた椿。淡いピンク色が何とも可憐な感じ。

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 オオテマリ。漢字で書くと「大手鞠」なんでしょうか?まん丸な形状から付いた名前?!たまたま近くにいた方に名前を教えていただきました。そう言えば、この季節、よく見かける花です。最初は葉の形状から、あじさいの一種と思っていましたが、スイカズラの仲間らしい。
 
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 芙蓉…だったかな?何だかゴージャスな雰囲気を漂わせた花です。人間に喩えるなら、年増の上流夫人?酸いも甘いも噛み分けた人生経験豊富な女性で、教養もあって、プライドも高い、と言った印象。朽ち果てる寸前まで気高さを感じさせる花。

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 ロングボーダーガーデンの一部。幅3m、延べ1,000mを超える長さの庭だそうで、カメラには収まりません。奥の設えはバラの季節に花のトンネルができるのでしょうか?優雅な雰囲気を湛えています。

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クリックすると元のサイズで表示します 中心に配置された池には睡蓮も。睡蓮と言ったら、モネですね。

 睡蓮の部分だけを取り上げたら、うわっ、やっぱりモネの世界です。光の加減で水面がゆらゆらと揺れているようにも見え、様々な色が渾然一体となって目に飛び込んで来ます。

 それを絵筆で表現しようと思ったら、モネのような筆触で様々な色を用いた絵になるのもけっして不自然なことではないのだなあと、この写真を見て思います。




 最後は園の出入り口近くで見つけたバラ。やっぱりエレガントですね。柔らかな花弁が幾重にも重なり合い、繊細なカーブを描いて創り出す花の形。人間に喩えるなら美人女優。一見儚げだけれど、その実、美しさを自覚している花の強烈なプライドが感じられます。外見とは裏腹に"男前"なんだと思います。けっして女々しくないんだろうな。

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一時間ほど当地で過ごし、そろそろ歩き疲れ、お腹も空いて来たところで、昼食会場へと向かいました。


2015/5/1

GWはとバス旅(2)  国内旅行(旅の記録と話題)

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 午前8時10分、浜松町バスターミナル集合、8時30分出発。東北道で一路、北へ。途中渋滞もなく10時頃、現地到着。

 まずは群馬県館林市の5つの会場で、2015年3月25日(水)から5月8日(金)まで開催の「こいのぼりの里まつり 」を見学。

 1日で数カ所を巡る日帰りバスツアーの為、訪れたのはメイン会場の鶴生田川(つるうだがわ)のみ。ここだけでも4、000匹以上の鯉のぼりが、川の上を泳いでいるそう。川縁や橋からのその眺めはなかなか壮観です。

 他に近藤沼公園、つつじが岡パークイン、茂林寺川、多々良沼の4つの会場で合計5,300匹を超える鯉のぼりが、薫風に乗って空を泳いでいるようです。

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 因みに「こいのぼりの里」は全国各地に幾つもあり、その中でもここ館林市は、掲揚数でギネス認定の世界一を誇るそうです。鯉のぼりの中にはすっかり色褪せ、かなり年季の入ったものもチラホラと見えますが、それぞれの家庭での役割を終えても、こうしたまつりの会場で往年の勇姿を見せる機会があるのは、鯉のぼり冥利に尽きるのではないでしょうか?

 川縁には市内の幼稚園で手作りの大型の鯉のぼりも泳いでおり、伝統的な鯉のぼりの様式に拘らない個性豊かな絵柄で楽しませてくれました。

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 緑地に園児達の顔が並んだ鯉のぼり。可愛らしいですね鯉のぼり型のロケットに乗って、今にも園児達が宇宙に向かって飛び立つかのようにも見えます
 
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 橋のひとつには乳幼児のハイハイから立ち上がった姿まで、その成長の軌跡を現したような彫刻も展示されていて、このこいのぼりの掲揚と共に、子どもの健やかな成長を祈る街としての館林市の姿勢を象徴しているかのようでした。

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クリックすると元のサイズで表示します 既に昨日は気温も25度を超え、夏の到来を思わせるような暑さの館林市でしたが、川縁の遊歩道は緑陰を渡る風が、近隣の埼玉県熊谷市と常に日本一の暑さを競う館林市の暑さをしばし忘れさせるような心地良さでした。

 川に向かって伸びる新緑の桜の枝が創り出す木漏れ日も絵になる美しさでした。

 春先には満開の桜が、時折風に吹かれて桜吹雪を散らせ、さぞかし美しく風情があるのでしょうね。想像するに、川の水面にも無数の桜の花びらが浮かび、川の上を泳ぐ鯉のぼりと絶妙な色の饗宴を見せるのでしょう。

 当地には30分ほど滞在し、のんびり川縁を散策した後、次の目的地へと出発しました。




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