2015/3/26

息子の大学院学位記授与式(卒業式)  家族のことつれづれ

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 晴れ渡る空の下、本日、息子の大学院学位記授与式(卒業式)が行われたキャンパスでは、桜の花がほころんでいました。今年、初めて見る桜です。

 あまりに綺麗なので、夢中になってシャッターを切りました。おいおい…

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 葉のないイチョウの木も青空によく映えます。

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 そうそう、本日の主役はこの人でしたね。満面の笑みでピースサインです。
 春休みもなく、夏休みもなく、冬休みもなく、6年間よく頑張りました。
 修士号取得おめでとう

 いよいよ4月からは社会人。
 私も子育てに(まあ、成人してから4年も経ってはいるけれど)一区切りつけました。

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 授与された学位記。
 息子は文科省が推進する医工連携研究プロジェクトに参加していたので、
 その特別コース修了証書も併せて授与されました。
 ふたつの大学を行き来して多忙を極めた学生生活でしたが、
 堂々と胸を張れる充実した学生生活だったと思います。

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 帰りにカフェで食べた、この時期限定「桜のレアチーズケーキ」。
 ほんのり桜餅の風味。旬を味わうなり…
 
 しかし、これだけ食い意地張っていて、痩せるわけない…か

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2015/3/26

まずは身近なところから  はなこ的考察―良いこと探し

もちろん私は時折軽率な発言をしたり、判断を誤ったりと、
けっして完璧な人間ではないけれど、
ひとりのオトナとして、子ども達の未来の為に、
より良い社会を築きたいと思っている。

これは別に大げさなことではなく、
自分のせめて半径1m以内に、
常に目配りを欠かさず、心を砕くことだと思う。
必要とあれば、自分の良心に照らして正しいと思うことを
行動に移すことだと思う。

別に人に褒められようと思ってやるものでもなく、
目の前にもし困っている人がいたら、できる限り手助けする。
ごくごく当たり前のこと。
ただ、それでもアクションを起こす前に、
自分の内では羞恥心との葛藤がある。
それは単に自分が自意識過剰なだけなのかもしれないけれど。


■昨日はバスで、杖をついた年配女性に席を譲った。
駅までは我が家からバス便なのだけれど、
住宅街の狭い道を縫うように走る路線なので、
少し小さめのバスである。

しかも、私の住む街も住民の高齢化が進み、お年寄りが多い。
そのせいか通勤時間帯を過ぎた日中のバスには、
お年寄りの乗客が多い。
だから数席の優先席はすぐに埋まってしまう。

それで入り口に近い、比較的前方の席に座ることの多い私は、
自ずと途中から乗って来たお年寄りに席を譲ることになる。

別に悪いことをするわけでもないのに、
いざ席を譲るとなると、ちょっと声をかけるのを躊躇う。
自意識過剰ゆえの羞恥心との闘いである。

しかし、実際近年はバスの発進時や急停車で
立っているお年寄りが転倒して骨折という事故も少なくないので、
「何より優先すべきはお年寄りの安全だろう」と
臆病な自分に言い聞かせて、お年寄りに声をかける。
離れて暮らす母親のことを想いながら。

昨日も、そんな日常のひとコマだった。
しかし、いつもとちょっと違ったのは、
運転手が間髪を入れず「席をお譲りいただき、ありがとうございます。」
と言ったことだった。マイク越しだから、バスの車内中に響き渡った。

別に悪いことをしたわけでもないのに、
恥ずかしさで耳がみるみる熱くなるのを感じた。

駅前の終点まで来て、バスを降りる際には、
席を譲った年配女性からも丁寧な御礼の言葉をいただいた。
当たり前のことをしただけなのに。
感謝されたくてやっているわけではないので、何だか気恥ずかしい。
しかし、同時に心がほんわかと温かくなるのを感じた。


■春休み期間中の今、映画館は
下は幼児から上は高校生までの子ども達で溢れかえっている。
親子連れはまだしも、小学生だけ、中学生だけ、
と子どもだけで来ているグループは、
残念ながら行儀の悪い子が多い。

映画の最中絶え間なくおしゃべりしたり、
せわしなく動いて、前の座席の背もたれを蹴ったり、
映画が終わった後は食い散らかして(大量のポップコーンが床に散乱)
片付けもせずに帰ったり…
これこそ、「親の顔が見たい」ものだ。
いくら仲良しグループで来て、気持ちが高ぶっているからと言って、
この行儀の悪さは度を超している。

少なくとも我が家の場合、
自分の周りに落ちているポップコーンは拾えるだけ拾って、
座席周りをきれいにしてから帰っているぞ。
息子にも幼い頃から、そう躾けて来た。

昨日などは映画館が貸し出している毛布が2枚、
これ見よがしに通路に投げ捨てられてもいた。
私の前を歩いていたふたりの小学生の女の子も、これには驚いていた。
暫くふたりの様子を見ていたけれど、拾いあげると言う発想はないようなので、
私は「こんなことしちゃダメだよね」と言いながら、
その"うち捨てられた2枚の毛布"を拾い上げた。
ふたりの女の子は少し恥ずかしげに頷いた。

結局、他人の不始末の尻ぬぐいをしているわけだけれど、
これこそ公徳心の問題だろう。
みんなで使う場所は、みんなできれいにする。
もちろん、この場合、映画館だから、
片付けや掃除は映画館スタッフの仕事ではあるのだけれど、
どう見ても非常識な事態を、見て見ぬふりをするのもどうなんだろう?

スタッフも上映直後の劇場の汚れ具合を見て、
一部観客のマナーの悪さに、さぞかしガッカリしていることだろう。

尤も過去の地下鉄サリン事件のようなこともあるから、
公徳心にかられてやたらめったら拾うことも、現実には難しい。

自分で拾うのが嫌なら、スタッフに声をかけると言う選択肢もある。
実際、私は女子トイレがあまりにも汚い(男子が見たら幻滅するような光景)時など、
近くのスタッフに声をかけ、その旨伝えている。
スタッフもすぐさま対応してくれる。

それにしても、映画館に子守りをさせる前に、
親は子どもに最低限の躾けをするべきではないか?
このままでは日本の将来が思いやられる。
他人に注意される前に、まず親が、
我が子に「公共の場でどう振る舞うべきか」教えるべきではないのか?
子どもの教育の責任の多くは、あくまでもその親が担うべきだと思う。

これもまた、"自分の半径1m以内に心を砕くこと"なのだと思う。
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2015/3/25

今日のランチ  携帯電話から投稿

駅ビルにあるカフェの「BRTサンド」とダージリンティー♪

BRTのRはルッコラのR。

このルッコラと厚めのベーコンとトマトとチーズをパンに挟みこみ、
マスタードソースで味付けしたサンドイッチ。

美味しくて、ボリューミィで食べごたえあり。

減量の敵だけど

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2015/3/13

お金を稼ぐと言う意味では、ちっとも役に立たない能力  家族のことつれづれ

 私は一度見たことのある映画なら、ワンシーンを見ただけで、そのタイトルを言い当てることが出来る。さしずめ、昔あった「ウルトラ・イントロ・クイズ」の映画版だろうか。もちろん、イントロシーンに限らず、途中のどんな些細なシーンでも言い当てる。一端の映画ファンなら、そんなこと朝飯前だと思うのだが、映画を見ても翌日にはその内容を忘れてしまう夫は「特殊能力」だと言う。しかも、「ちっとも金にならない特殊能力だ」と。

 また、過去に人が発した言葉も、本人が忘れていることさえ何十年も覚えていたりする。それで相手に「昔、こんなこと言ったよね」と言って、ギョッとされることはあっても感謝されることも、感心されることもない。これもまた、夫に「ちっとも金にならないね」と言われる。

 先日の「開運なんでも鑑定団」に、中東駐在時に顔見知りだった男性が出演していた。顔見知りと言っても、あちらは大手商社の支店長であり、大使館かどこかのパーティで一言二言言葉を交わしただけの相手である。それでも名前と顔を覚えていて、テレビにその人が映し出された瞬間、20数年前に同じ時期に中東に駐在していた人だと判った。

 夫に「○○さんが『なんでも鑑定団』に出演しているよ!」と声をかけたが、夫はその人の名前を見ても、顔を見ても、サッパリ思い出せないらしい。あまりにも普段から他人に無関心な夫(何しろ都会にいながら、山中の孤高の仙人のような境地の人なので)だから思い出せないだけなのかもしれないが、私はその人と同時に、今回テレビには映っていない個性的なその人の奥様のことも思い出していた。

 「この人はこうこう、こういう人だったよ」と特徴を述べても、一向に思い出せない夫。少しもどかしい。こんな調子で、いざという時、大事なことも思い出せなかったら困るな。
 
 他の特殊能力としては、たまに霊感や直感が冴えることがあり、一時期、何気なく撮った写真に、この世のものではないものが映り込むことが続いたり、ある特定の場所に行くと気分が悪くなったり、頭にやたらと思い浮かぶ人物と、思いがけない時に思いがけない場所で再会したり、その人から電話がかかって来たり、手紙が届いたりするので、その度に(夫には「最近、○○さんのことがやたら気になるんだよね」と話したりしているので)、夫に気味悪がられている。

 しかし、こと息子に関しては、特殊能力とは無縁なイメージの夫も、テレパシーもどきの能力を発揮するのである。夕ご飯のこともあるので、帰る時にはメールをするようにと、普段から息子に口酸っぱく言っているのだが、息子からの連絡が遅いときなど、夫が「○○からの連絡がない。一体、どこで何をしているんだ」と言った次の瞬間、息子からかなり高い確率でメールが来る。もちろん、メールが来る時刻に規則性はない。ほぼ100%に近い確率でそうなので、夫と息子はテレパシーで通じ合っているのではないかと私は思っている。

 息子は親の心子知らずで、何かと小言の多い夫を煙たがっている面も否めないのだが、それだけ夫は息子への関心が高く、息子への愛情も母親の私より、もしかしたら深いのかもしれない。息子の為なら自分の命もあっさり投げ出しかねない勢いだ。夫の息子を心配する気持ちが強い念となって、息子からの信号をキャッチしているのだろうか。
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2015/3/13

自分へのご褒美♪  携帯電話から投稿

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 私は今年度ボランティアの役員を務めている。
 先日、3カ月越しの自主企画だった研修が無事終了した。
 昨年末の企画立ち上げから始まり、美術館への依頼、研修の案内、
 参加者のとりまとめ、研修先での対応、事後の御礼と、
 これまでPTA役員を何度も引き受けて来たし、
 ボランティアの役員も2度目ではあるが、
 今回は自分が企画立案の責任者として中心となって
 作業を進めたので結構大変だった。
  
 写真の菓子缶は、頑張った自分へのご褒美。
 イタリアの菓子メーカー、カファレルのチョコ詰め合わせ缶。

 自分が役員を務めて初めて、役員の大変さとやりがいは分かる。
 何と言っても経験を積むこと、
 何かに責任を持って取り組むことは、自分の「財産」になる。
 自分が常に誰かに助けられ、世話になっていることにも改めて気付かされる。
 そして、他人の働きにも敬意を払い、
 協力を求められたら、できる限り手を差し伸べるのが
 人として誠実な態度なのだと言う思いに至る。
 
 最初は引き受け手がおらず嫌々引き受けた役員だったけれど、
 引き受けたからには責任を持って務めたつもり。 
 役員の任期は間もなく終了だけれど、
 後を引き継ぐ誰かの手本に少しは慣れたかな?

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 中身のチョコも、こんなに可愛い…
 食べるのがもったいないくらい。
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2015/3/12

菅原彩加さんへ伝えたいこと  気になったニュース

 東日本大震災が発生して丸4年の昨日、東京都千代田区の国立劇場で行われた「東日本大震災追悼式」での宮城県遺族代表、菅原彩加(さやか)さん(19)=石巻市出身=の言葉が、以下のリンク記事で全文紹介されている。

「大好きだよ」瓦礫に母残し4年 19歳が誓った言葉(朝日デジタル)

 昨夜、私はニュース番組で、菅原さんが壇上で来賓の天皇・皇后両陛下を前に、言葉を読み上げる映像を見たが、瓦礫の下敷きになって身動きの取れなくなっている母を置いて、一人泳いで避難したと言う下りに、堪らず涙した。今、こうして全文を活字で読んでも、こみ上げてくるものがある。

 「行かないで」と言う母に「ありがとう。大好きだよ」の言葉を残して、ひとり避難することを決断した、その瞬間の彼女の心情はいかばかりであったか、瓦礫の重みと負傷による猛烈な痛みを感じながら、目の前の娘と共に避難したくても叶わぬ母親の悲嘆はいかばかりであったか、想像するだけで胸が詰まる。涙が止めどなく溢れて来る。

 あの日、あの時、一体どれだけの人が、言いようのない悲しみの中で、大切な人と永遠の別れをしなければならなかったのだろう。その悲しみを自分に置き換えて考える想像力が、今、生きている、生かされている自分には、"なくてはならないもの"のような気がする。

 現在19歳の菅原さんは、悲しみを乗り越えて未来に向かって生きようと、決意を新たにしている。まだ深い悲しみは癒えていないであろうに、自らに鞭打つように前に向かって進もうとしている。その強さはどこから来るのか?もしかして、どこか無理をしているのではないか?

 よもや、菅原さんは「助けを求める母親を見捨てた」と自責の念に駆られていることはないのだろうか?

 震災で亡くなられた数多の人々の為に、何より直後に襲いかかって来るであろう津波から逃れる為、断腸の思いで置き去りにするしかなかった母の為に、自分は心を強く持つしかないのだと、菅原さんが正に悲愴な思いで自分を追い込む形で、あの壇上で宣言したようにも私には思えるのだが、もし間違っていたら、ごめんなさい。
 
 今(震災から4年が経過した"今"、15から19歳と言う多感な時期を過ごして来た菅原さんにとっての"今")はそうでもしなければ、前に進めない心境なのかもしれない。自ら勇気を振り絞って時計の針を進めるしかないと考えておられるのかもしれない(或いは、上述の私の懸念は杞憂で、菅原さんは、その筆舌に尽くしがたい辛い経験をバネに、若人として自ら切り開く未来を、既に展望しているのかもしれない)

 でも、そんな菅原さんに敢えて申し上げたい。疲れた時にはどうか無理をせず、誰にも遠慮することなく、ご自身の為に休んで下さい。困った時はひとりで悩まず、信頼できる身近な人に甘えて下さい。悲しい時には「悲しい」と口にし、思い切り泣いて下さい。とにかく、あまり頑張り過ぎないでいただきたいと思う。菅原さんには、無念のうちに亡くなられたお母様の分まで、心身共に健やかに、幸せな人生を歩んでいただきたいと、私は心から願っている。同じ母親と言う立場で想像させていただくなら、菅原さんのお母さまも、そう望んでおられるように思う。

 心の通い会った母子関係にある母親が何より我が子に望むのは、「幸せな人生を歩んで欲しい」と言うことだと思います。 
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2015/3/7

『妻への家路』(原題:歸来/COMING HOME、中国、2014)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 人ひとりの人生なんて、国家によっていかようにも翻弄される。しかも残酷な形で。

 日本人として日本に住んでいると、良くも悪くも国の体制がユルイせいか、国民の平穏な生活を容赦なく奪う国家の横暴をあまり意識せずに生きていけるが、世界を見渡すと、日本のような国は存外少ないのかもしれない。

 本作は、1966年から77年まで続いた文化大革命* 時の中国の、ある家族の姿を描いている。かつて夫(チェン・ダオミン)は仏語も解する知識階級(教授)だったが、それ故に、衆愚政治を行いたい独裁体制にとっては邪魔な存在だったのだろう。彼は思想犯として遠い農村部に強制労働に駆り出され、一度逃亡を試みて妻(コン・リー)と娘(チャン・ホエウェン)の元へと戻って来るのだが、寸でのところで追っ手に捕まり、連れ戻されてしまう。

 *一言で言うなら、一度失脚した毛沢東が、政権への返り咲きを狙って仕掛けた権力闘争。一説には1千万人と言われる数の知識階級、旧貴族階級の人々が、「政治・社会・思想・文化の改革」の大義名分の下、粛清されたらしい。さらに少なくとも1億人の人々が、その人生に甚大な影響を受けたと言われている。

 文化大革命は毛沢東の死と四人組の失脚により終わりを告げるが、その後、最初の逮捕から20年の時を経て、名誉回復を果たして帰郷した夫を待ち受けていたのは、あまりにも切ない現実だった。妻は長きに渡る心労が祟って、重度の記憶障害を患っていたのだ。しかも、彼女の記憶からぽっかりと抜け落ちたのは、誰よりも再会を待ちわびていたはずの"夫"である。夫が不在の間、彼女の身に何が起きたのだろう?度々彼女の口から名前が出て来るものの、一向に姿を見せない謎の人物の存在が気になる。

 すぐ目の前にいるのに、目の前にいる人物が夫と認識できない妻。夫は必死に妻の記憶の回復を画策するが、何れもうまく行かない。失われた夫婦としての時間の長さに、改めて愕然とする夫…果たして、失われた妻の記憶は、夫婦の絆は戻るのか?"親切な隣人"として妻に寄り添いながら、夫の試行錯誤は続く…

クリックすると元のサイズで表示します 一方、3歳で父親と生き別れた娘も、結果的に文化大革命でその夢を絶たれ、当初、行き場のない怒りを父に向けていたものの、帰還後の父の誠実な姿に次第に頑なだった心もほぐれて行く…

 本作で描かれた家族は誰ひとりとして悪くない。何も悪いことをしていない。悪いのは無辜の市民を巻き込んだ「文化大革命」と言う中共トップの権力闘争である。


 本作は丁寧な心理描写で、歴史の荒波に翻弄される人々の過酷な運命を浮き彫りにする。冒頭の、アパートのドア越しに立つ"逃亡犯"の夫を迎え入れるか否かで心揺れる妻(コン・リー)の表情を捕らえたシーンは秀逸だった。ここで一瞬にして、作品の世界にぐっと引き込まれたように思う。

 やはり期待を裏切らない見応えのある作品だった。チャン・イーモウ×コン・リーは、私の知る限り、現代中国映画界で、他の追随を許さない最高の組み合わせだろう。


 チャン・イーモウ監督は、テレビ・インタビューで、自身が多感な10代後半から20代前半にかけて目の当たりにした文化大革命を、今、どうしても描きたかったと述べていた。かつてないほどの経済的繁栄を謳歌している現代の若者に、つい数十年前に同じ国の人々の身に起きた出来事を知って貰いたかったと言う。また、「特異な時代だからこそ、映画人としてはそこにドラマ性を感じるし、映画の素材として食指が動く」とも語っていた。

 さしずめ、前者は「時代の証言者としての視点」、後者は「映画人としての視点」と言えるだろうか。その複眼的な捉え方は、映画のテーマ性を重視して作品規模の大小は問わない、職人気質なチャン・イーモウ監督ならではのものだと思う。

 一方で、監督が文化大革命を描きながら、その成否について何ら言及していない点が(映画人は映画で自身の考えを表明すべきだから当然と言えば当然だが、本作では特異な時代の様相を描くことより、時代に翻弄された夫婦、家族の姿を描くことに重きを置いているように見えた)、「アメリカン・スナイパー」で大義名分も曖昧なイラク戦争に巻き込まれる米国市民を描いて、明確に反戦<戦争はそれに直接間接に関わった人々の心に暗い影を落とす。特にその人が良き市民であればあるほど>のメッセージを込めたクリント・イーストウッド監督との違いを際立たせて、興味深かった。


 そして見終わって、改めて国の在り方について考えさせられた。現在の日本もけっして完璧とは言えないが、少なくとも国の体制によって、家族が否応なく引き裂かれることはない。国家権力の下、個人の権利が蔑ろにされ、理不尽に自由が奪われることもない。政権の意向を汲んだ偏向教育によって、個人の性格や思想が歪められることもない。日本が今後、間違っても、そのような体制にならないことを祈るばかりだ。

 戦後70年の節目に、この映画を見ることの意味を噛みしめる。


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『妻への家路』公式サイト

【蛇足】

 本編に入る前の製作会社の凝ったCG映像を見ると、本当に中国は経済的に豊かになったのだなあと実感する。エンドロールも中国語と英語が併記されていて、国際舞台で堂々と勝負する中国映画界の力強さを感じる。その点、日本映画界には、今やアジアでは中国どころか韓国にも大分置いていかれているような寂しさがある。まあ、チャン・イーモウは中国でも別格なんだろうけれど。

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2015/3/5

最近気になった物言い  はなこ的考察―良いこと探し

■最近見た映画の中で、登場人物が友人に対して会社の上司の悪口をグチグチ言い募る場面があった。

 そこで農作業を終えて帰る祖父が、通り過ぎざまに「人の悪口ばっかり言うのは、自分の中に同じところがあるからだべ」(←方言だったので、正確には聞き取れなかったが、そんな感じ)と言い捨てて、件の人物が「ここ最近では一番グサッと来た」と呆然とした面持ちで悪口を止めたのが印象的だった。

 私も一瞬ドキッとしたが、祖父の発言は、山間の村に長く住んで、閉鎖的な人間関係にある中で身につけた処世訓なのかなと思った。そこまで自分を省みる謙虚さがないと、村社会ではたちまち村八分に遭うのだろうか?

 そう言えば、「自分がどうしても好きになれない相手は、相手の中に自分の嫌な部分が見えるからだ」と言う説もある。近親憎悪はその最たるものだろう。


□ある脳科学者が、「妬み嫉みは一概に悪い感情とは言えない。それを自分の向上心に繋げるなら。文明の発展も、そうした妬みや嫉みなどの人々の負の感情が向上心へと転換された結果だ」と述べた。

 確かにそうかもしれない。そうかもしれないが、相手を羨んだり、妬んだりする感情を、自分の向上心へと昇華させるには、強い意志とそれ相当の努力が要る。それにポジティブ思考の持ち主であることが前提だ。ポジティブで努力家なら、妬み嫉みの感情を自身の向上心に昇華させるのは容易いだろうが、そんな人は一握りのような気がする。だから、ネットには妬み嫉みの言葉が溢れかえっているのではないか。

 脳科学者として功成り遂げた人だからこそ言えることだと思う。だからと言って、自分には(羨んだり妬んだりする対象のようには出来ない)無理だと最初から諦めるのも何だか悔しいではないか。ここはダメモトで"こっそり"「一握りの人間」を目指してみるのも良いのかもしれない。おおっぴらに公言なんかしたら、またどこかの誰かから、妬みや嫉みを買うかもしれないからね
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2015/3/5

結婚以来、私の写真が少ない理由  家族のことつれづれ

 自分語りもいい加減にせい、と言われそうだが、私の写真にまつわる話を一席。

 結婚以来、私の写真は殆どない。その理由は、夫のどうしようもない美的センスのなさにある。

 夫の父は写真撮影に関しては、地元の写真コンテンストで何度も上位入賞を果たすほどのセミプロ級の腕前だ。特に風景写真を得意とする。しかし、夫はそのDNAを一切引き継いでいないらしい。どちらかと言えば、理詰めで考える母方の家系の血が濃いのだろうか?

 旅行先で夫に写真を撮って貰うと、夫は首から下が写っていない生首晒したような写真を平気で撮る。愛妻(笑)をできるだけ美しく撮ろうと言う気持ちが毛頭ないのか、正に美的センスが欠落しているのか、そこまで酷い写真でなくても、アングルの工夫もなく、わたくし的には納得の行かない写真ばかりだ。今はデジカメの時代。あまりにも酷いのは、本人の許可を得た(&一言文句を言った)上で、その場で消去してしまう。

 因みに私も自分の腕前がそれほどだとは思っていないが、一応、大学の授業で一眼レフカメラで撮影して現像、引き伸ばし、焼き付けまでした経験はある。子どもの頃から写真展を見るのも好きだ。とにかく、生首写真はないよ生首は

 しかし、そんな欠点も含めて、好きなんだから仕方がない。但し、向こうは私が彼に対して抱いている程の愛情を、私に対して持ち合わせていないようだ彼は私の欠点を許容できないらしいとにかく理詰め思考のクール君。
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2015/3/2

『グエルチーノ展』開会式&内覧会  文化・芸術(展覧会&講演会)

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 今日は午後から、国立西洋美術館で行われた『グエルチーノ展』開会式レセプションと内覧会に出席して来ました。

 『グエルチーノ展』は、イタリアが誇る17世紀バロックの画家グエルチーノの日本における初めての展覧会で、明日3月3日(火)から開催されます。グエルチーノはバロック絵画を発展させ、後のアカデミズム絵画の基礎を築き、スペインのベラスケスらにも影響を与えたと言われています。

 今日はイタリア大使はもとより、本国イタリアからもチェント市長やボローニャ文化長官も駆けつけ、日本からは文部科学省政務次官も出席して、いつになく盛大なセレモニーが行われました。

 イタリア語のスピーチがまるで音楽を奏でるかのようにメロディアスで、自然に身体が揺れました(笑)。

 本展覧会はチェント市立絵画館所蔵作品を中心に、他の美術館や個人蔵の作品、そして、国立西洋美術館所蔵の作品が一堂に会して、ボローニャ派を代表する画家、グエルチーノの画業を展観するものです。オール油彩画と言うのが重厚感たっぷりで、何となく贅沢な気分にさせてくれます。

 独の作家であり詩人のゲーテや仏の作家スタンダールも目にし、賛辞を残している宗教画、近代の裸婦像に比べ抑制された裸体表現の女性像、同時代の画家、グイド・レーニとの比較など、興味深い構成となっています。

 
 今回の展覧会は2012年に震災に見舞われ、未だ再開できないほど甚大な被害を受けた絵画館の復興支援も兼ねており、収益金の一部は復興費用に充てられることになっているそうです。イタリアからの賓客もスピーチで、「互いに地震に見舞われる国同士、連帯しましょう」と述べていたのが印象的でした。

 日本では滅多に見ることのできないグエルチーノ作品の数々、是非この機会に、上野の国立西洋美術館でご覧下さい。

『グエルチーノ展』

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