2014/10/26

『イコライザー』(原題:THE EQUALIZER、2014、米)  映画(今年公開の映画を中心に)

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 期待した以上に面白かったよ♪
 かなり容赦ない暴力描写だけど
 ゆえにPG12。


 今年の12月には還暦を迎えるデンゼル・ワシントン御大が、無敵の元CIAエージェント、現ホームセンター従業員ボブこと、ロバートを演じる本作。日中はホームセンター(←その巨大さにはビックリさすが大国アメリカ。何もかもスケールが日本とは違う)の店員として働き、深夜には24時間営業の近所のダイナーに繰り出して、紅茶をすすりながら読書を楽しむ、ひとり暮らしの温和な男。簡素で規則正しい暮らしぶりに、彼の生真面目な人柄が窺える。

 そんな彼が、ダイナーの常連客であるクロエ・グレース・モレッツ演じる少女売春婦と親しくなったことで、悪に対して正義の鉄槌を下す"必殺仕事人"として覚醒するのである。彼の際立つ二面性が楽しめる。その両面を貫く1本の芯は、揺るがぬ正義感である。

 2時間あまりの長尺なのだが、中だるみもなく、最後まで緊迫感が続く。デンゼル演じるボブは昔取った杵柄よろしく強靱な肉体と明晰な頭脳と多彩な業(←今は一般人なので、基本的に銃を使わないで戦うのがミソ)で、悪人共にただひとり立ち向かうのである。すごいぞ、デンゼル。リーアム・ニーソンに並ぶおじさんの星

 彼のような無敵のイコライザーが実在するならば、世界は幾ばくかの平穏を取り戻せるのだろう。悲しいかな、現実には彼のようなイコライザーはいないし、次々と生まれ出る悪徳なる存在に一旦関わってしまえば、私達はそこから逃げる術は殆どないのだ、たぶん。

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2014/10/24

日本の未来の為に、もう出る杭を打ってはいけない  はなこ的考察―良いこと探し

小林りん氏のこと

 今年8月、軽井沢にInternational School of Asia,Karuizawa(ISAK、アイザック)が開校した。ここは日本で初めての全寮制のインターナショナル・スクールで、「世界の格差と貧困を是正するために、社会を変革するリーダーを育てたい」と言う理念の下、数年をかけて日本の実業界や個人から寄付を募り、その理念に賛同した優秀な教師が世界中から集まって出来た高校だ。生徒の国籍もアジアを中心に遠くは南米チリからと多彩。まだ開校間もなく実績はないに等しいが、可能性が大いに期待される学校である。そこの代表理事が小林りん氏(39)なのである。

 昨夜、テレビ東京の「カンブリア宮殿」に小林りん氏が出演し、ISAK開校の経緯が、出資金集めに奔走する姿を描いたイラストを始め、複数の関係者へのインタビューや開校式の模様、そして最近の授業風景の映像を交えて紹介された。日本の教育の現状を憂う一人として、小林氏の崇高な理念と卓越した行動力に、私は心を打たれた。

 小林氏は本人曰く、多摩ニュータウンのごく普通の家庭に生まれ育ち、東京学芸大付属高校に入学するも日本の教育に疑問を感じ、中退して、カナダのインターナショナル・スクールへ入学する。そこで出会ったメキシコ人の友人に誘われるまま、夏休みに友人の母国メキシコを訪ねて、小林氏は大きな衝撃を受ける。

 メキシコシティ郊外にある友人の実家は、15畳ほどのスペースに大家族が暮らす貧しい家庭だった。奨学金を得てカナダに学ぶ友人と、優秀であるにも関わらず自動車整備工として働くその兄。日本では何不自由なく教育を受けられる一方で、世界では難しい現実があることを、小林氏は友人を通して初めて肌で感じだのだった。

(尤も、ビンボーな家庭で育ち、大学進学もままならなかった私から見れば、時代や地域の違いもあるのかもしれないが、高校で私費留学した小林氏は、日本でも比較的恵まれた家庭のお嬢さんだったのではと思う。だからこそメキシコでの体験が、より強烈に感じられたのではないか?

大学入学前に自発的にそれまでの学校教育とは異なった社会体験をすることで、自分が「なぜ、大学で学ぶのか」「大学で何を学ぶのか」を明確に意識し、大学入学へのモチベーションを高めると言う意味では、欧米諸国の大学にあるギャップ・イヤー制度<入学前に認められた1年間の遊学期間>と同様の効果を、留学経験で小林氏は得たのだろう。そして、自身の経験を、ISAKの教育の中でも実践しようと試みているようだ。)
 

 後に小林氏は東大経済学部(開発経済研究の中西ゼミ)に進学し、卒業後は外資系証券会社勤務を経て、スタンフォード大学で(国際教育政策学)修士号を取得すると、30歳でユニセフ職員となり、フィリピンに赴任。そこでストリート・チルドレンに遭遇し、再び世界の貧困と格差に愕然としたのだった。

 こうして高校時代、ユニセフ職員時代と、2度も世界の厳しい現実を目の当たりにした小林氏は、日本に帰国後、「世界の貧困と格差を是正する為には、社会を変化するリーダーの養成が必要だ」との考えに至り、インターナショナル・スクールの設立を決心するのである。

 そして、ある企業から20億円の出資を取り付けた矢先、リーマン・ショックが世界経済を直撃し、資金計画はあえなく頓挫する(←これはもしかしたら、神によって、彼女の本気度が試されたのかもしれないね)。再び、資金集めにゼロからのスタートであったが、国内外で厳しい経済状況の中、その崇高な理念には賛同してくれても、何の実績もない彼女に出資してくれる企業は皆無だった。途中で妊娠・出産も経験しながら、彼女は資金集めに奔走する(なんと2,500人に寄付依頼したと言う)

 結局、転機は地道な努力から訪れた。起死回生の策で、ISAKの理念を浸透させるべく開催したサマースクールが、回を追うごとに参加した子供達や招かれた講師からも好評を博し、実績として評価されたのだ。以後はマスコミでも彼女の活動は大きく取り上げられ、企業が彼女を見る目も変わった。さらに学校経営を財政面からサポートしようと、彼女の心意気に惚れ込んだ経済・経営のプロ達が、無償でファイナンス委員会を立ち上げた。そして漸く、今夏の開校へとこぎ着けたのだ。

 小林氏は言う。

 「私はあくまでも裏方です。教育現場はやはり教師と生徒が主役。教師とは自身の経済的利益を度外視して、何より子ども達の成長を目の当たりにすることに感動を覚えられる人達です。そもそも働く目的が金儲けの人は、教師と言う職業を選ばないでしょう。しかもISAKは、教師が理想として思い描く学校の立ち上げにゼロから参加できるのが魅力だったようで、世界中から優秀な教師が集まってくれました」

 実際、マレーシアから来た数学教師は「ISAKに赴任して収入は3割減となったが、悔いはない。(ISAKに来たことは)自分にとってはチャレンジだ」と話す。

 出資者には何の見返りもないにも関わらず、サマースクール成功後の4年間で14億円の寄付が集まった。軽井沢の別荘地にある7,500坪もの広大な校地も、開校の理念に賛同した企業が格安で貸してくれたものだ。

 
 「この学校は皆さんの貴重な寄付から成り立っている。ですから一円たりとも無駄にはできないのです。」番組中、小林氏はこの言葉を何度も繰り返していた。多くの人々の善意への感謝の思いと、その期待に全力で応えようとの覚悟が、彼女の笑顔の中にも凜とした佇まいから、こちらにも十分伝わって来た。

 ISAKは奨学金制度もユニークだ。例えば、校舎の屋根一面に太陽光パネル(←これも寄付らしい)を設置し、それによって得た電力を売ることで、生徒1人分の奨学金を賄うと言う。学校のホームページでは「すべての生徒が、その経済環境に関わらず教育を受ける権利を守りたい」と宣言し、企業や個人からの奨学金を募っている。

 小林氏が学校を立ち上げる直接のきっかけとなった国フィリピンから来た女子生徒も、奨学金を得ての入学だ。その女子生徒が「私はこうして学びの機会を与えられたから、まだ恵まれている方なの。いつか恩返しがしたいわ。その為に、この学校で、貧しい人達を救う、社会を変える方法を学びたいの」と、目を輝かせながら語る姿が印象的だった。

 奨学金はそれぞれの生徒の必要に応じて支給され、返済の義務はないと言う。学費は年間350万円で、初年度は他に施設費、入学金で納付金は400万円を超え、けっして安くはないが、生徒の56%が奨学金制度を利用しているらしい。

 番組では逐一、心に刺さる言葉が小林氏の口から発せられ、ここで実況中継したいくらいだ。

 「英語力はもちろん大事なツールだが、それよりも"リーダーシップの能力"や"好奇心"、"多様性を受け入れる感受性"を見て、生徒を選考している」

 「高校にしたのは、15,6歳までに母国語で本を読んだり文化に触れたりして、アイデンティティが固まった後に入学して貰い、生徒達には、そのアイデンティティのぶつかり合いの中で、多様性を学んで欲しいと考えたからだ。それを学ぶ絶妙なタイミングは、大学に入る前の高校をおいて他にない。」 

 「何世代にも渡る固定化した貧困と格差、そして汚職、さらに、そのことに何ら関心を持とうとしないごく一握りの富裕層を、フィリピンで目の当たりにして、貧困層教育と同時に、社会構造を根本から変えなくては、貧困や格差はいつまで経っても是正されないと確信した。その為には政界、財界の中にもチェンジメーカー(変革者)が必要だ。その育成が重要だと考えた」

 「ISAKの教育の基本は、正解そのものを教えるのではなく、考える為の方法を教える。常に議論することを通して、さまざまな視点から、ひとつの事実を見るように仕向け、立場が変われば見方も変わることを体験的に学ばせたい。どの単元も『なぜ、勉強しているのか』分かるように、できるだけ身近なことに紐付けてゆくことが大事だと思う。そうした教育を実践するには、教師の力量が大きく問われるので、ISAKの教師達は(元々優秀な上に)物凄く勉強している。」

 「このプロジェクトに関わる中で、出産を経験したことは自分にとって良かった。それまで自分の高校時代の原体験に近づけて考えていたことが、子供を持って以後は、「次世代」や「子ども達が大人になった時の社会はどうなっているのだろう」とシフトして行った。「次世代は」と言う言葉が物凄く実感を持って感じられるようになった」

 番組が用意した3人のリーダー像(スティーブ・ジョブズ、チェ・ゲバラ、ガンジー)のフリップを前に
 「ISAKが育てたい人材とは、学校での3年間、自分自身と真摯に向き合うことを全ての学びの基礎として、『自分がアプローチしたい課題は何なんだろう?』『自分のどういうところ(力)を発揮して、どうやって解決して行くのか』考えて行った結果、将来的に三者の何れかにもなり得る人材だと考えている。リーダーとは結果的になるもの、ではないか?」


 番組MCを務める作家の村上龍氏は「編集後記」として以下のように綴っている。

「教育」を考えると、途方に暮れることがある。

課題が多く、それらは複雑に絡み合っていて、
全体的な解は闇の彼方にあって見えない、
ときおりそんな気持ちになる。

小林さんは、
「やりたいこと」「やるべきこと」を、
貧困と格差を是正するためのリーダー育成という目標に絞り込み、

「やれること」を模索しながら、
ISAKという 
きわめてユニークな教育機関を創設した。

開校したばかりなので、当然まだ実績のようなものはないが、
成功してほしいと強く願っている。

人材の輩出に限らず、
ISAKの「理念」と「ネットワーク」が広がっていって、
モデルが確立されていけば、

日本の教育への正のフィードバックが起こる
そう確信しているからだ。


 
 ひとりの女性の熱意が多くの人々の共感を呼んで実現した、この生まれたばかりの学校は、日本の学校教育の在り方に一石を投じてくれそうだ。 

 小林りん氏はISAKの創設を通して、より良い社会を築きたいと言う私心のないポジティブな理念と、どんな困難にぶつかろうと理想に向かって進み続ける強い意志があれば、人は自ずとついて来る〜そんなリーダーシップの理想的な在り方を体現したと言える。

 彼女自身が、既に堂々たるチェンジ・メーカーである。 

【2014.12.5 追記】
 
 小林りん氏が、『日経ウーマン』誌が選ぶ「ウーマン・オブ・ザ・イヤー 2015」の大賞に選ばれました!この賞は社会で活躍する女性を顕彰するもので、今回で16回目を数える栄えある賞です。小林さん、おめでとうございます!

2014/10/23

ネットの片隅で、はなこ的政治改革案を叫ぶ♪  気になったニュース

 政治資金問題で辞任した小渕優子議員の後任として、経済産業大臣に就任した宮沢洋一議員にもまた同様の問題が浮上している。

 野党は徹底追求の構えを見せているが、新任大臣が着任早々にその粗探しをして、また大臣の座から引き摺り降ろそうとしているのだろうか?可及的速やかに追求すべき大事な政治的課題は、他にもっとあるのではないか?

 そもそも私は、政治家に清廉潔白さを求めてはいない。そこまで求めたら、生真面目なだけで肝っ玉の小さい人しか出て来ない。「英雄色を好む」とはよく言ったもので、人並み外れたエネルギーの持ち主は、どこかバランスを欠くものだ。私は、政治家が日本の国益の為に身を粉にして働らく人ならば、多少の欠点には目を瞑っても良いと思っている。完全無欠な人など、この世にいないからだ。政治手腕とは殆ど関係のない事柄で有能《かもしれない》政治家を失うことの方が、国にとっての損失も大きいのではないか?


 議会政治における野党の役割って、一体何なんだろうね?

 今の野党は与党案に反対を唱えるばかりで、国民の支持を得られるような、より国益に適う対案を果たして出しているのだろうか?

 今、野党は自身の追求によって2人の大臣を追い落としたことで意気軒昂のようだが、その野党を支持する国民は一体どれだけいるんだろうね?なんか、やっていることが、考えていることがセコイと言うか、せせこましい。こんなことで喜んでいるようでは、国民の支持は得られないだろう。もっと建設的なことに、その持てる力を注げば良いのに

 与野党の勝った負けたのパワーゲームによって、政治が停滞することは、ゆめゆめあってはならないと思う。

 議員の歳費は国民の税金から出ている。そのことを念頭に置いて、ちゃんと議員としての職務を果たして欲しい。目前に山積する国内外の政治的課題について、与野党で力を合わせて解決に取り組んで欲しい。その為の徹底した議論なら、国民としても納得できる。

 日本の政治がダメダメでも国がどうにかやって行けるのは、国民が政治にあまり期待しないで、自助努力を続けているからだと思うが、そろそろ政治をどうにかしないとマズイだろう。


 政治がダメなのは国民の政治意識が低いからとよく言われるが、国民の意思が政治に反映されにくい現行の仕組みにこそ問題があるのではないか?現在の政治状況と国民の意向の乖離ぶりは、捉え方によっては、まるで国民に無力感を与え、政治的無関心へと仕向けるような巧妙な仕掛けにも見える。

 そもそも、投票率にしても、(政治が誰の方を向いて動いているかと言う意味で)政策の傾向にしても、ここまで世代間格差が広がったのは、各世代の声を万遍なく政治に反映させる仕組みが、議員を選出する選挙のシステムにないからではないか?

 従来のシステムでは選挙資金が豊富で地盤を引き継ぐ世襲議員が圧倒的に有利で、金も地盤もない若手の意欲ある新たな人材が議員として輩出されるのは困難を極めている。しかも残念なことに世襲議員は、とどのつまり既得権益を守る側でしかなく、彼らから日本をより良く変革しようという気運は生まれないだろう。

 せめて英国のように、世襲議員には親の地盤を引き継ぐことを許さず、全く縁もゆかりもない選挙区で落下傘候補として選挙で戦うようにしないと、新人候補にとってはあまりにもアンフェアだ。清新な血を政治の世界にも注がないと、日本はいつまでも悪い意味で変わらないだろう。

 例えば、最近は男女格差を是正する為に、世界的に見ても女性議員の大臣登用や企業の女性役員の登用が積極的に行われているが、日本では特に世代間格差が問題になっているのだから、政治の世界でも世代間格差解消の為に、各世代から万遍なく議員を出すようにしたら良いのではないか?20代、30代、40代、50代、60代以上と世代別に一定数の議員を選出する。そうすれば、20代の若者も自分達の代表を選ぶことになり、より政治に関心を持てるようになるのではないだろうか?オーストラリアでは選挙の投票率を上げる為に、選挙に投票しないと罰金を課しているらしいが、罰を与えられることが嫌で投票するより、投票することで自分達にメリットがあることを感じられる方が、よりポジティブな政治参加意識に繋がると思う。

 この方式だと、29歳で議員になった人が30歳になったらどうするか?と言う疑問も出て来るかもしれないが、任期中は選出当初の世代の代弁者として働いてもらうようにすれば良いのではないだろうか?世代間で1票の格差問題も発生しそうだが、そうなると分母の大きいシニア世代の議員数が圧倒的な数になるので、60代以上はひとくくりにする。現状も年齢的にはシニア世代の議員が多いのかな?例えば衆議院議員は従来通りの選出方式のままで、参議院議員を世代別選出にして、世代の分母に関わらず各世代の議員を同定数にする。とにかく各世代の意向を政治に反映させることが第一義なので、そうすることで参議院議会は世代間不均衡の調整の場となるだろう。

 しかし、選挙制度の改革も現在の国会議員に決定権があり、定数削減ですら一向に決められない彼らに、画期的な選挙制度改革など望むべくもない。

 どうにかならんかね?

2014/10/14

今年見た新作映画を振り返ってみる(1)  映画(今年公開の映画を中心に)

 元々映画の感想を記す為に始めたブログなのに、ここ数年は殆ど映画の感想は書いていない。しかも怠けて書かずにいると書き方の要領を忘れてしまい、益々書くのが億劫になるものだ。

 時々、自分はなぜ映画の感想を、しかもそれ相当の時間をかけて(←映画の情報を集めたり、画像を加工したり、文章の構成を考えたり、何度も推敲を重ねたり…)書いているのだろうと思う。何より書くことで映画を見た時の感動が蘇り、その感動がより深く胸に刻まれるからだと思うが、少なくとも以前は何の迷いもなく、思うがままに感想を書いていた。以前書いた感想を読むと、記事によっては手前味噌になるが、なかなか巧く書けているものもある。ああいう風に、再び書けることがあるのだろうかと、今は正直言って自信がない(以前より感性が鈍ってしまったのか、加齢で頭の回転が悪くなってしまったのか、自分の考えや思いを的確に表現する言葉が出て来ない…)

 今年のこれまでの鑑賞記録を振り返るには中途半端な時期ではあるが、何となく思いついたので、とりあえず、現時点までに見た作品をリストアップしてみようと思う。その過程で、特に印象が蘇った作品については、おいおい感想を認めて行くとしよう。因みに10月28日時点で、映画館で見た新作映画は98本を数える。

 基本的に私は「夫婦50割引」(夫婦の何れかが50歳の場合、割引料金が適用される)か、毎週水曜日の「レディースデイ」か、毎月1日の「映画の日」、或いは各映画館が独自に設定している割引の日にしか映画を見ないので、1本あたり1,100円(この価格も消費税値上げ以降のもので、以前は1,000円だった)で、しかも、イマドキのシネコンは6本ないし5本見たら1本無料で見られるサービスもあるので、年間100本見たとしても10万円は使わない。ブランドバッグをひとつ、ふたつ買うのとそんなに変わらない(ブランドによってはひとつも買えない)。もちろん、私はブランド品に興味はないし、私が普段お金を使うのは映画以外に本や展覧会(←これも招待券を貰うことが多いし、買うとしても金券ショップで前売り券や安くなったものを買う)くらいなので、同世代の女性の中で突出して贅沢しているとも思わない。

 私が映画を身近な娯楽として感じているのは、自宅からバスや自転車で10〜15分程度のところにシネコンが3つもあり、メジャーな作品だけでなく、単館系の作品も気軽に見られる環境が整っていることが理由としてあげられるだろう。以前は渋谷まで行かなければ見られなかったアート系の作品も、自宅近くで見られるのだ。映画を見終わった後に買い物に行っても、費やす時間はせいぜい3時間である。すっかり私の生活の一部になっている。私は「新作を映画館で見る」には最高の環境にいると思う。尤も、どうしても見たい作品があれば、未だに日比谷や銀座まで出向いてはいる。

 映画の素晴らしいところは、タイトルを見ただけで、印象的なシーンがすぐさま頭に浮かぶところだろうか。瞬時に作品の世界へと誘われる。私がテレビ画面に映し出されたワンシーンを見ただけで、それがどんなに古い映画でも見たことのある作品なら、即座にタイトルと主演俳優を言い当てるのを、夫は「役に立たない(収入に結びつかない)特殊能力」と言って、いつも残念がっている(笑)。尤も、この程度の能力の持ち主は、巷に幾らでもいると思う。


 今年は、私にとって「映画の当たり年」である。(昨年があまりにも不作だったのかもしれないが)素晴らしい作品に例年になく出会えた。

クリックすると元のサイズで表示します 相変わらず韓国映画にはハズレがない。今年だけでも韓国人が製作に関わった作品(韓国発とは限らないが、韓国人監督や俳優が絡んでいる作品も含む)は「危険な関係」「ゲノムハザード〜ある天才科学者の5日間」「7番房の奇跡」「新しき世界」「スノーピアサー」「怪しい彼女」「ルーシー」「レッド・ファミリー」「ザ・テノール 真実の物語」の9本は見ている。日本には選りすぐりの作品が来ているとは言え、その水準の高さには目を見張るものがある。何より演出力の高さとプロットの巧みさは群を抜いていると思う。俳優も独特の存在感がある。それが近年の国際映画祭における韓国映画の評価の高まりに繋がっているのだと思う(因みに所謂"韓流TVドラマ"は見たことがない)《写真は「ザ・テノール〜真実の物語」》

 私は、日韓で取り交わした条約で既に解決済みであるにも関わらず、未だに過去の問題に囚われて日本に執拗に謝罪と賠償を迫る韓国と言う国の在り方は嫌いだ。しかし、国内市場が小さいが故に、活路を求めて、あらゆるジャンルで海外市場へ果敢に挑戦を続ける韓国人の強かさ〜積極的な攻めの姿勢〜には一目を置いている。それが映画の世界でも功を奏しているのは確かだ。

 昨日たまたま見た民放のニュース番組でも、先ごろ開催された釜山国際映画祭が1996年から始まった後発の映画祭であるにも関わらず、昨年の東京国際映画祭(1985年より開催)の観客動員数12万人の倍近い23万人を集めたとの報道があった。番組では、短期間にこの映画祭がアジアbPの映画祭へと飛躍した理由として、「これから市場・作品共に成長が期待される"アジア映画"に特化したこと」「ショート・フィルム製作のワークショップを開催する等、今後のアジア映画を担う若手の育成に力を入れていること」「世界に向けてアジア映画を売り込むべく、アジアの製作会社と世界中のバイヤーとの出会いの場アジア・フィルム・マーケットを設け、先発の香港フィルム・マーケットと並んで、積極的にアジア映画の見本市としての役割を果たしていること」を挙げていた。

 逆に日本の映画界は、世界2位の市場を持つがゆえに、海外市場への進出を意識した映画作りに韓国から大分遅れを取り、日本市場先細りへの危機感が足りなかったと、ある映画関係者が今更ながらの反省の弁である。釜山国際映画祭を躍進させた上述の3つの発想が、なぜ日本から生まれなかったのか?それは日本映画界が恵まれた国内市場に胡坐をかいて、努力と革新を怠ったからだろう。私が特に気になるのは人材育成の体制だ。映画人を養成する専門の大学が設置されたのも(←専門学校からの改組)、東京芸大等、国立大学で映像製作の指導に力を入れ始めたのも、日本ではつい最近のことである。製作現場では、未だに徒弟制度もどきの低賃金で、若手が下積み生活を送っているのではないのだろうか?

 また、世界を意識すると言う意味では、日本の俳優陣に、海外の俳優ほどの内面的な豊かさが感じられないのが本当に残念だ。ハリウッドで活躍する俳優にしても、韓国人俳優にしても、トップ俳優ともなれば、インタビューでの発言には豊かな教養に裏打ちされた知性が感じられる。誰もが一家言を持っている。ハリウッドの俳優に至ってはハーバード、イェール、スタンフォード、コロンビアなど、超一流の大学で学んだ人間がゴロゴロいる。そうした学歴の裏づけがなくとも、ディカプリオやアンジェリーナ・ジョリーのように、環境問題や人権問題に深い関心を寄せ、国連の活動に積極的に関わっている俳優もいる。そうした演技力以外の素養が、演じる役柄に深みや奥行きを与えているのだと思う。俳優業に限らず、所謂「芸術表現」の分野では、表現者の内面から滲み出る豊かさが演技力と相俟って、鑑賞者の心を打つのではないだろうか?

 それが日本ではどうだ?映画のプロモーションでも、まるで台本に書かれた台詞を覚えたように通り一遍のことしか言えず、自分の言葉で語れない。容姿が美しく台詞覚えが良ければ俳優になれるのが、日本の映画界なのだろうか?俳優は大手プロダクションに所属さえしていれば、実力が伴わなくても主役の座を得られる上に、固定ファンが俳優を甘やかす。公正なオーディションによって、実力を持った無名俳優が発掘されることは稀である。国内のぬるま湯に浸かって満足しているようでは、常に厳しい競争に晒されながら切磋琢磨する海外の俳優陣には、到底太刀打ちできないだろう。それどころか、端から演技者としての高みを目指そうなんて志など持ち合わせていないのかもしれない。

クリックすると元のサイズで表示します 最近、ハリウッドの映画でもドラマでも、韓国人俳優の活躍が目覚しい。それに対して、日本人俳優の内向き志向もさることながら、現時点で、私が思う海外に出ても恥ずかしくないレベルの演技力と内面性の両方を備えた日本人俳優は、公の場での言動を見聞きする限り、渡辺謙か香川照之くらいなものである(頭の中に真田広之の名もちらつくのだが、いかんせん彼の発言を耳にする機会が殆どないので、何とも評価のしようがない。渡辺謙は大病を患ったり、「ラストサムライ」での成功を契機とした彼を取り巻く環境の変化が、内面の充実に繋がったのだろうか?)。次いで、自分の言葉を持っていると言う点では、桃井かおりだろうか。他に、若干20歳ながら俳優としての実力も矜持も十分にあり、日本の若手では珍しく自身の将来的ヴィジョンを明確に語れる二階堂ふみに、私は大いに期待している。また、中堅俳優で、聡明さを持ち合わせている俳優と言えば、海外作品にも積極的に参加している伊勢谷友介も忘れてはならないだろう。彼の活躍のフィールドは俳優業に留まらず、社会貢献にも熱心で、ポリシーを明確に持っている人だ。

 もちろん、「自分は俳優(業)しかできない"役者馬鹿"(←日本は他にもアスリートの"筋肉馬鹿"等、一芸に秀でていればそれで良しとする風潮があるが、米国ではオリンピックチャンピオンが医師を目指す等、人間としての幅の広さを重視しているように見える。彼我の違いはどこから来るのか?ゴルフ等一部のスポーツを除き、アスリートとして活躍できる期間は若年期に限られており、その後の長い人生をどう生きるのかについて、選手に早い段階で考えさせるような指導がなされているのだろうか?)」と自認する俳優の中に、俳優としては優れた資質、力を持った人もいるのは認める。たとえ英語をしゃべれなくとも、プロモーションで上手くスピーチできなくとも、その希有な演技力で海外映画に誘われる人もいるだろう。しかし、コンスタントに活躍できるかと言うと、それは難しいのが現実だ。海外で活躍する方が、国内で活躍するより格上と言うわけでもないのだろうが、国内市場が先細りするのが避けられない以上、俳優も今後は海外進出を意識せざるを得なくなるのではないか?(←ことスピーチ下手に関しては、これまでの日本の学校教育にも問題があったのかもしれない。今後は海外の俳優に気後れせずにスピーチができるよう、日本の俳優も日々努めて教養を蓄え、演技を離れたところでも自身の表現力を磨く必要が出てくるだろう。)


 さらに、今年注目の国はインドである。以前からインド映画も年に1〜2本は見て来たが、「きっと、うまくいく」以来、本格的に注目し始めて、今年は「マダム・イン・NY」「巡りあわせのお弁当」「パフィ! 人生に唄えば」の3本を見ている。いずれも見ごたえのある作品であった。インド映画が、かつてのような賑やかに踊って唄って最後は大団円(←これはこれで個性があって好きなんだが…)から、より洗練された、最後にしみじみとした余韻を残す、物語の面白さが際立つ作品等、幅の広がりを見せて来ているのが興味深い。海外作品にも触れた若手が、インド映画界に新風を吹き込んでいるのかもしれない。今後も目が話せないインド映画である。


 赤字の作品は、作品の完成度、プロットの巧みさ、キャストの名演でオススメ作品。特に太字は個人的に感銘を受けた作品である。青字作品は気楽に楽しめる内容、或いはキャストの魅力で、見て損はない作品。黒字作品はDVDでも十分だったかな、と思う作品。

(敬称略)
 
1月(13本)※内10本は「TOHOシネマズ1カ月間無料パスポート」で鑑賞

@キャプテン・フィリップス
A麦子さんと
B大脱出
Cジャッジ
Dエンダーのゲーム
Eバイロケーション 表
F危険な関係
Gトリック劇場版ラストステージ
Hルパン三世VSコナン
I黒執事
Jゲノムハザード ある天才科学者の5日間
Kソウルガールズ
L7番房の奇跡

2月(9本)
 
Mアメリカン・ハッスル
N新しき世界
Oマイティソー・ダークワールド
Pエージェント・ライアン
Qスノーピアサー
Rメイジーの瞳
Sちいさいおうち
㉑ニシノユキヒコの恋と冒険
ウルフ・オブ・ウォールストリート

3月(11本)

キックアス2 ジャスティス・フォーエバー
ネブラスカ
大統領の執事の涙
それでも夜は明ける
アナと雪の女王
あなたを抱きしめる日まで
㉙猫侍
ワンチャンス
ライフ
銀の匙
白ゆき姫殺人事件

4月(5本)※一週間、旅行で不在

ローン・サバイバー
ウォルト・ディズニーの約束
ダラス・バイヤーズ・クラブ
㊲サンブンノイチ
そこのみにて光輝く

5月(11本)

プリズナーズ
ワールズ・エンド
キャプテン・アメリカ ウィンターソルジャー
とらわれて夏
Wood job!神去なあなあ日常
ブルー・ジャスミン
FOOL COOL ROCK
チョコレート・ドーナツ
8月の家族たち
マドモワゼルC ファッションのミューズ
ディス/コネクト

6月(12本)

インサイド・ルーウィン・ディヴィス
(51)ぼくたちの家族
(52)トカレフ
(53)Xーmen Future and Past
(54)ノア
(55)私の男(←二階堂ふみちゃん主演)
(56)マンデラ
(57)グランド・ブダペスト・ホテル
(58)ラスト・ミッション
(59)こっこ、ひと夏のイマジン
(60)サード・パーソン
(61)her 世界でひとつの彼女

7月(11本)

(62)人生はマラソンだ
(63)万能鑑定士Q
(64)All you need is kill
(65)超高速参勤交代
(66)ジゴロ・イン・NY
(67)マレフィセント
(68)複製された男
(69)マダム・イン・NY
(70)怪しい彼女
(71)ゴジラ
(72)思い出のマーニー

8月(6本)

(73)るろうに剣心 京都大火編
(74)バトル・フロント
(75)トランスフォーマー・ロストエイジ 3D
(76)巡り逢わせのお弁当
(77)プロミスト・ランド
(78)パルフィ! 人生に唄えば

9月(11本)※10日間は旅行で不在

(79)イブ・サンローラン
(80)フライト・ゲーム
(81)るろうに剣心 伝説の最期編
(82)イン・ザ・ヒーロー
(83)実写版 ルパン三世
(84)猿の惑星 新世紀ライジング
(85)ルーシー
(86)イントゥ・ザ・ストーム
(87)柘榴坂の仇討ち
(88)アバウト・ア・タイム
(89)ジャージー・ボーイズ

10月(10本)

(90)バツイチは恋のはじまり
(91)悪童日記
(92)レッド・ファミリー
(93)ザ・テノール 真実の物語
(94)小川町セレナーデ
(95)誰よりも狙われた男
(96)まほろ駅前狂騒曲
(97)イコライザー
(98)STAND BY ME ドラえもん 
(99)If I stay

11月(12本)

(100)小野寺の弟、小野寺の姉
(101)マダム・マロリーと魔法のスパイス
(102)祝宴シェフ
(103)福福荘の福ちゃん
(104)ザ・ゲスト
(105)花宵道中
(106)エクスペンダブルズ3
(107)6才のボクが、大人になるまで
(108)ショート・ターム
(109)トワイライト ささらさや
(110)インターステラー
(111)西遊記〜はじまりのはじまり

12月(6本←まだ途中)

(112)チェイス
(113)天才スピヴェット
(114)ゴーン・ガール
(115)ビリー・エリオット ミュージカルライブ〜リトル・ダンサー
(116)ホビット 決戦のゆくえ
(117)あと1センチの恋
(118)ベイマックス


2014/10/13

NHKの台風中継  はなこのMEMO

 13日(月)は、午前中に放映予定の朝ドラ「花子とアン」の総集編の前後編を録画した後、これまで撮り溜めていた初回から最終回の中で特に気に入った回のみを残して、後は削除するつもりだった。それが放送予定を大幅に変更しての終日続いた台風中継で出来なかった。ハードディスクの整理ができず、ガッカリした。まあ、とるに足らない、ごくごく個人的な事情なのだが…

 確かに災害報道は、公共放送としてのNHKの役割の中でも、大きな割合を占めているとは思う。しかし、キー局が全ての番組を潰して、ずっと台風中継のみというのは、少し遣り過ぎではないのか?映像も同じものの使い回しが多かったような気がする。こうした偏った編成は、私の知る限り、昭和天皇の崩御や、震災報道ぐらいなもので、あまり記憶にない。台風では初めてのことではないだろうか?

 テレビの災害報道はリアルタイムな映像と正確な情報の発信が胆だ。しかし、台風情報は分単位で状況の変化を伝えられる類のものではないような気がする。おそらく、気象庁から入手できる情報も、現地で撮れる映像も、四六時中流すには足りない量なのではないか?こと全国放送においては、要所要所で(1時間おきに15分程度?)ニュース番組で伝える以外は、通常番組を放送中に画面サイドにテロップを流し、何か緊急事態が発生すれば割り込みを入れる、と言う対応で十分なのではないか?

 今回の特別編成の内幕を一視聴者には知る由もないが、想像するに、NHKの一存でこのようなイレギュラーな編成になったのではなく、政府からの指示があったのかもしれなし、或いは、従来の東京圏中心の偏向報道(←東京圏に関わるニュースのみを大きく取り扱いがち。台風も東京圏を通過しなければ扱いが小さい)に対する地方からの反発に配慮してのことかもしれない。個人的な印象としては、このところの天災続きで、政府もNHKも、そして国民も、災害に対して神経質になり過ぎているようにも感じる。

 地デジのデータ放送のニュース欄も、台風報道一色なのには驚いた。13日と言う日に起きていることは、台風以外にもいろいろとあるだろうに、まるで台風以外の一切の情報が遮断されたような違和感。

 寺田寅彦が「天災は、忘れた頃にやって来る」と釘を刺したように、常に災害への備えを怠ってはいけないが、自分の住んでいる場所から遠く離れた場所の状況を、刻一刻とのべつまくなしに伝えられるのは、精神的に疲れるものだ。もちろん、嫌ならテレビのスイッチを切れば良い話なのだが(実際切ったが…)、戦時中の大本営報道のような、全国民に「台風のことだけを考えろ」と言わんばかりに同調圧力をかけるような放送の仕方には、些か違和感を覚える。例えば、全国放送で各地の状況を、四六時中休みなく伝えるのではなく、もっとローカル局で、災害に直面している地元の人に対して、きめ細かなアナウンスをすることに注力してはどうか?

 ところで昨日、ニュースを伝える中で、アナウンサーが「○○しないで下さい」と少し強めの口調で言ったところ、間髪を入れず、ディレクターらしき人から「もっと、柔らかく!」と言う指示が飛んだ。人命に関わるアナウンスながら、命令口調でもいけない。伝える側も視聴者にいろいろ気を遣わねばならず、大変だなと思った。

 それから毎度のことだが、年配者の強風に煽られての転倒事故が多過ぎる。報道による印象操作なのかもしれないが、台風による怪我人の殆どは「65歳以上の年配者」で、「強風に煽られての転倒」だ(それ以外は、思慮にかけた若年層が、荒れ狂う海や沿岸部に行って、波に呑み込まれるケース。これは自業自得で、同情の余地はない)。地方のひとり暮らしの年配者が、自宅の台風対策で外に出たのが原因なのか?そうならば、早めの対策を心がけ、風が強まったら外に出ない、と言ったことを周知徹底しないと、年配者の事故は減らないだろう。

2014/10/12

今日は10年ぶりに…  携帯電話から投稿

横浜MMのクィーンズイーストの一風堂で、白丸元味と一口餃子を食べました。

一風堂自体、久しぶりで、極細麺の美味しさを再認識しました。

暫く来ないうちに、いろいろマイナーチェンジがあった印象。いわゆるコストカットですね。

しかし、相変わらず、カウンター越しに見る厨房スタッフは、キビキビと無駄のない動きで、次から次へとラーメンを作っていました。

そんな若者達の働く姿を見るのも楽しい。


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2014/10/11

心理テストで知る、意外な自分  はなこのMEMO

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 「意外な自分」とは、単に自分自身のことを自分で分かっていないだけなのかもしれないが、写真の小冊子「心理テストでわかる あなたの性格」(PHPスペシャル11月増刊号、税込み360円)は、「あなたの魅力」「コミュニケーション力」「心の折れづらさ診断」「嫌な気持ちの晴らし方」の4章立てで、22もの心理テストによって、読者の性格を診断するものだ。

 根拠に乏しい☆占いと違い、「心理学」と言う学問的裏付けがあると言うか、統計データに基づく分析だろうから(テスト作成は「ハート&マインド」と言う所が手がけたらしい)、診断結果はそんなにいい加減なものではない印象。しかも、心理テストの形式も多彩で、読者を飽きさせない工夫が随所に凝らされている。結局、私も最後まで飽きずに楽しめた。

 場の空気が読めるか否かを問う心理テストでは、砕けた席で、「場違いに真面目な話を持ち出す生真面目さが場をシラけさせ」「用心深くて本音を言わない水くささが場を盛り下げる」と言う診断結果が出た。

 当たっている、と思った。私は酒の席が大の苦手である。体質的にお酒が飲めないこともあるが、皆がほろ酔い加減のところで1人シラフでいるせいか、皆が気を緩めてバカ騒ぎするのを、覚めた目で見てしまう傾向がある。しかも人前でバカになれないし、大真面目に政治経済の話をすると来ている…そういう人と酒席で一緒にいても、誰も楽しくなかろう。私も居心地が悪くて、場違いな感じがして、正直言って苦手である。そもそも夜は、布団に潜り込んで、静かに本でも読んで過ごしたいタイプの人間なので、夜間に外を出歩くのも苦手だ。

 そんな人間だから、新人OL時代はまだしも、働き始めて数年経つと酒の席には極力自分から出なくなったし、結婚後は25年間で本当に数えるほどしか酒席に参加していない。殆ど誘われもしないし、たまに誘われても、よほど親密な関係でない限り断ってしまう。友達自体、平均?よりは数が少ないのかもしれないが、そもそも多くは欲していない。本当にわかり合える友人達と、深く付き合えれば十分と思っているからだ。

 診断結果で思わず苦笑いしたのは、「楽天度」を測るテストで、最高の楽天度90%を獲得し(笑)、「度が過ぎていてノーテンキ。暢気すぎて準備を怠ったり、過ちを反省しないとなっては、人から疎まれる。もっと先のことを考えて、人に迷惑をかけないよう、物事をきちんと処理して」と釘をさされたことだ。心当たりがあるので、今後は気をつけねば、と反省した(←普段の私を知る周囲の人々には「今頃?」と呆れられそうだが…)

 「図太さレベル」も最強(笑)。非常にタフで、ちょっとやそっとでは傷つかない、と出た。そりゃあ、そうだ。子供時代は親に、女の子として大切に育てられた記憶がない。毎日がサバイバルだった。そんな私が対人関係で注意すべき点は、弱い人、繊細な人への思いやりを忘れるな、であった。高校生の頃、一部男子に、漢文の一節を取って「"寸鉄"女」と呼ばれたのは、率直な物言いが恐れられたせいだろう。ただし、その男子達とは紅一点で一緒にSF映画を見に行った仲だ(もちろん、彼らからは"女子"扱いされていなかった。恋愛対象でもなかっただろう)。昔から、性格的には男勝りなところがあった。逆に女々しいのが大嫌いだった。女子生徒が連れ立ってトイレに行くのを内心「臭い仲」と嗤っていた。今はそれほど極端ではなく、大分物腰も柔らかくなっているが、根っこのところで男勝りな気性はそのままなのかもしれない。

 それでいて、別のテストでは「デリケートで、声の大きな人、ガサツな人、無遠慮に振る舞う人の側にいるだけで、嫌な気分になってしまう」と言う分析結果が出た。確かに騒々しいのが嫌いで、所構わず大声でくっちゃべっている集団が近くにいるだけでイライラする。耳ふさぎにイヤフォンで音楽を聴いて、気を紛らわせたいぐらいだ。昨日も、アルコールでも入っているのか、映画館の女子トイレで、用を足しながら大声でしゃべっている若い女の子がいた。トイレから出て来ても、私が近くにいるのも構わず大声でしゃべっている。そのあまりのデリカシーのなさに思わず「ここはあなたの家ではないし、聞きたくもない内輪話を聞かされるのも迷惑だ」と言いたいところを、グッと堪えた。

 そう言えば、お祭りのような賑やかなイベントも、パーティのような華やかな席も苦手だ。できれば、自分の結婚披露宴さえパスしたかったくらいだ。

 そんな私のことを、夫や息子は「変人」と評する。しかも夫は「変人だから好きになった」、息子は「変人上等」とのたまう。褒められているんだか、貶されているんだか、どちらか分からないが、ふたりは家族として、欠点も含めて私と言う人間を、確かに受け入れてくれているようだ。そのふたりの思いに、私も「愛ある変人」で応えたいと思う。


 心理テストの診断結果は実際のところ、あくまでも「お遊び」のレベルかもしれませんが、なかなか面白いので、興味のある方は是非お試しあれ1コインでおつりが来て、数時間は楽しめます

2014/10/9

都市部に、子供の居場所はないのか?  気になったニュース

地方の経済は疲弊する一方で、産業も人口も都市部に集中する。政府は将来的な労働力不足を見越して、「女性の社会進出を促す」と言う大義名分を掲げ、女性の労働力を活用しようと必死だ。給与水準も頭打ち状態。かつてのような高度経済成長も望めない。共働きでなければ、子育て世代は、リタイヤ世代並みの生活水準も得られない(高度経済成長の波に乗れた世代は、年々給与も上がり、預金金利も高く、着実に資産を増やせたし、国の将来にも明るさを見出せた。誰もが真面目に地道に働けば、安定した生活が送れた。それが今はどうだろう?雇用さえ不安定である。リタイヤ後の年金受給さえ危うい)

そして、子育て世代の女性が外で働くとなれば、日中、子供を預かる施設が必要である。


今朝のNHKのニュースによれば、安倍政権が推し進める女性の社会進出を後押しする形で、待機児童問題を解決すべく、官民一体で各地に保育園の設置が進められていると言うが、これに対して、近隣住民からの反対の声が少なくないと言う。

これも人口の一極集中で、住宅密集の都市部ならではの問題なのかもしれないが、静かな住環境を求める老人世帯と、保育園が発する騒音問題と送迎時の交通渋滞が、対立の原因のようである。

(そもそも保育園設置となると、ある程度の規模の土地が必要である。そんな土地が確保できる場所は限られているはずだ。都市部である程度の規模の土地となれば、邸宅や社宅や町工場などの跡地ぐらいだろう)

しかし普通に考えて、地域コミュニティは、居住者の世代バランスが取れている方が健全ではないのか?文句を言っている老人世帯は、近隣が同世代の老人ばかりで、地域の活性化が図れるとでも思っているのだろうか?自分達が支払う固定資産税だけで、街が潤い、いつまでも街の財政が安泰だと思っているのだろうか?近年増えている災害に、老人世帯だけで対処できるとでも思っているのだろうか?

閑静な街は、見方によっては、活力のない街である。子供の歓声が聞こえない街は、死んだに等しい。子供を大切にしない社会は、いつか滅びに至るだろう。

番組では、互いに顔が見えないからこその誤解もあると考え、例えば保育園側が運動会などの行事に近隣の老人を招き、児童との交流を図っているケースを紹介していた。

また、民間が運営する保育園では、近隣住民が厭う騒音問題に配慮して、屋上に子ども達の遊び場を設置して、近隣の理解を得たと言う。しかも、子供の声が集積しないよう、遊具の配置にも工夫したという気の遣いよう。今の都市部ではそこまでしないと、子供が長い時間を過ごす空間を確保できないのか?

たかだか保育園の設置に文句を言っている老人は、自分の孫だけでなく、街に住む子ども達すべてが、街の宝、社会の宝とは思えないのだろうか?街の未来、この国の未来を作って行くのは、間違いなく子供達である。

自分の今の生活さえ安寧であればと願う独善的な考えの老人は、人間としてただ徒に肉体の年齢を重ねただけで、精神の成熟とは程遠い存在に思えて仕方がない。年齢を重ねることや社会的に成功し財を成すことが、必ずしも精神の成熟をもたらすわけではないのが残念だ。

「敬老」と言う社会的コンセンサスは、(根本の儒教思想にしても)加齢による人間の成熟を前提として日本の社会に根付いていたと思うだけに、自分本意な老人が増えることで、次第に人々の中から失われていくのではないかと危惧している。私が老人になる頃には、「姥捨て山」が復活しているのかもしれない。

また、昨今の子供の失踪事件は学校帰りに多発していると言うが、日中は親世代の多くが外に働きに出て、地域には老人しか残っていないのなら、その老人が街路に繰り出して、学校帰りの児童生徒の見守り役を買って出ても良いのではないか?地域によっては、それを実践している所もある。(特に都市部は元々、田舎の濃密な人間関係が嫌で都会に出て来た人が多いせいか)現代人の互いに干渉を嫌う気風が、地域コミュニティを殺伐としたものにし、子供の命さえ地域で守れない事態を生んでいるのではないか?

関連記事:「『都市部に、子供の居場所はないのか?』のその後」

2014/10/6

我が家から、成田は遠い  海外旅行(旅の記録と話題)

 今回の中欧ツアーでは、初めて羽田空港の国際線ターミナルを利用しました。我が家は羽田空港から至近で、京浜急行一本で行けます。その便利さたるや…感激レベルでした(笑)。

 これまで海外旅行と言えば、専ら千葉県にある成田空港からの出発でしたが、とにかく我が家のある神奈川県から成田は遠い!その為、これまで午前発の便だと早朝5時過ぎに家を出るか、成田空港近くのホテルに前泊しなければなりませんでした。一度、私の運転する自家用車で成田空港まで行ったこともあるのですが、元々運転嫌いの私は高速走行にとても疲れてしまいました。

 自宅から成田空港まで公共交通機関利用のdoor to doorで、最短でも2時間強、交通費も片道約4,000円かかり、自宅を早朝出発では体力的にもキツイものです。前泊ともなれば、さらに宿泊代が嵩みます。

 対して、今回の羽田空港へは、door to doorで所要時間40分程度、交通費も600円弱と、身体にもお財布にも優しい。空港内の移動も羽田はコンパクトで、しかも出発時刻が正午過ぎだったこともあって、本当に楽でした。

 今後、羽田の需要が大幅に伸びることで混雑し、また空港内の利便性は変わってくるかもしれませんが、今回利用した限りでは、これまでの成田に比べて本当に肉体的にも精神的にも楽でした。こんなに海外旅行が身近に思えたのは、自宅から空港まで車で40分程度と至近だった中東駐在以来です。逆に成田発着が、これまでいかに自分の身体に負担だったのかが、旅行から帰って来てからの数日間の体調で実感できました。

 また、今回のツアー参加者の実に3分の1以上が静岡県からという事実に、添乗員さんが驚かれていのですが、これも羽田から新幹線の停車駅である品川へのアクセスが便利だからでしょう。これはツアーを企画する旅行社の、羽田利用を促す重要なポイントになるかもしれません。

 千葉県の成田空港が政府の肝いりで、成田闘争(あの手塚治虫の『ブラック・ジャック』でも描かれましたね)を経て開港したのは知っていますが、現実問題、東京以南の首都圏の人間にとって、羽田空港の方が利便性で勝ります。空港の近隣住民にとっては羽田への発着便が増えるにつれ、飛行ルートの変更を余儀なくされ、騒音問題が悩みのタネにもなりかねないのですが、海外への玄関口としての羽田のアドバンテージはかなりのものです。

 もし再び海外に行く機会があるのなら、是非また羽田空港を利用したいと思っています。

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2014/10/6

国会中継  はなこのMEMO

国会中継をよく見ます(ヒマ人と馬鹿にするなかれ)

国会での議員と大臣の質疑応答を通じて、質問する議員と、それに答弁する大臣、その背後に控える省庁の仕事ぶりが窺えます。

議員の弁舌の巧みさ、ディベート力と言う表面的なパフォーマンスだけでなく、そのサポートにあたる秘書も含めた、問題提起した事案に関する調査能力も窺い知れて、とても興味深いです。その意味では弁護士上がりの議員が多いのは宜(うべ)なるかな?

先日の稲田朋美議員(←福井県選出。この方も弁護士出身で、メディアでは相当なタカ派として取り上げられていますね)の、韓国による一連の「ジャパン・ディスカウント運動」に対する外務省の対応についての質疑応答では、通り一遍の、稲田議員の強い主張を軽くいなすような岸田外務大臣の答弁に、日本の韓国に対する一貫した弱腰姿勢は、裏に何かあるのかなあと感じずにはいられませんでした。反論材料は幾らでもあるはずなのに反論しない。日本の一存では何も出来ない体制になっているのかな?

稲田議員の歯切れの良さに溜飲が下がる思いでしたが、もしかしたら、これも単なる「ガス抜き」の為のパフォーマンスかもしれない、と、近年の日本の国際社会におけるプレゼンスの低下から、政治の世界に対しては疑心暗鬼になるばかり。

この国の為に、本当に身を粉にして働いてくれている議員は、衆参合わせて717人中、一体どれだけいるんだろう?もちろん、国会中に居眠りしている議員はもってのほか、であります。

舌が滑らか過ぎる首相の答弁も、「本当に心から、そう思っているの?」と、今ひとつ信じられないのであります。巧言令色少なし仁。

ざっくりとした計算ながら、国会議員1人当たりの経費年間約1億円、国会運営費1日当たり約1億円と言われています。それらは全て国民の税金から賄われていると考えると、時々は国会中継を見て、議員や省庁の仕事ぶりを監視するのも、国民として当然かなと思います。政治の深淵を覗き込むのは無理にしても、この国の方向性がどのようにして定められているのか知る意味でも。


そう言えば、さっき沖縄県の普天間基地跡地利用についての話が出ていましたが、いっそのことユニバーサル・スタジオ・オキナワを作れば良いのに、と思いました(実際、USJは名護市にUSとは違ったタイプのテーマパークを建設計画中との噂がありますが…)。観光の大きな目玉になるだろうし、慢性的な高失業率に悩む地元にとっては雇用創出にも繋がり、地元の人々にとっても娯楽の場になるだろうし、さらに狭い島に閉じ込められ、常に出動態勢でストレス溜まりまくりの米兵にも適度な「ガス抜き」の場になって、米兵絡みの犯罪にも抑止効果が出る?、とまさに一石三鳥!

しかし、市街地のど真ん中に位置しているので、騒音や交通混雑がネックとなって、実現は難しいでしょうか?大阪の湾岸地区と違って、内陸だと土地の拡張もままならないのもネックかな?ただ、「跡地利用で、地元にどれだけ利益を生み出すか」を考えたら、上記の問題をクリアさえすれば、なかなか良いアイディアだと思うんだけどなあ…跡地利用が、もし先行の「美浜地区」や「おもろまち新都心」の単なる後追いならば、あまりにも芸がなさ過ぎだと思うのです。

【2014.10.08 追記】

私がこの記事を書いた翌日に、民主党の蓮舫議員の質疑応答に係ることが話題になりました。

私も蓮舫議員の質疑応答の様子を家事をしながら聞いていたのですが、次から次へと女性閣僚を狙い撃ちで質疑応答を重ねていたのが印象的でした。民主党政権時代の事業仕分けの時からそうですが、彼女は舌鋒鋭く相手の欠点を突くのが得意なようです。民主党の中で、そういう役割を担わされているのかもしれませんが、どうもいつも誰かを攻撃している印象が強い。聞いている側としては段々ウンザリして来ます。相手の良さを認めた上での問題点の指摘ならともかく、彼女の場合、批判の為の批判という印象がどうしても拭えません。そんな彼女に対して、受ける側の与党議員も「また、何か文句言ってる」と態度を硬化させることなく、或いは馬鹿にしたように軽くいなすこともせずに、あくまでも真摯な態度で彼女に反論して欲しいと思います。

貴重な時間と場なのだから、野党議員は政権与党の欠点をあげつらうだけでなく、この国の発展や国民の幸福に繋がるような建設的な意見交換を、政権与党とは行って貰いたいものです。



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